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 いやに目覚めの悪い朝で、その理由の大部分を冬の寒さに押し付けてしまうのは些か身勝手なものではあるが、不満をぶつけられる側の冬の寒さは憤ったりして反論するようなことは無いので、このまま寒さのせいにしておこう。大体、こんな寒空で元気一杯になるのは犬とガキだけで充分だ。シャミセンもいつの間にやら俺の布団に潜り込んでいるではないか。犬でもガキでもない俺にはこの寒さが憂鬱で仕方が無い。

 

 朝の光を頭から浴びてトドメの目覚まし代わりにしようと、カーテンを開けてみてさらに憂鬱になった。凶悪的な冷却効果をその見た目と “雪” という可愛らしい言葉に巧みに隠しこんだ白銀の結晶の集合体。それが辺り一面。歩いているうちにだんだん靴の中へ侵入していき、冷水に形を変えて靴下をずぶ濡れにしてくださる、紛う事なき悪魔的な自然の産物である、とここに断言しよう。
 …同じ “ユキ” とは大違いだ。

 

 これは靴下の予備を持っていく必要があるな、あと靴を部室で乾かす為に何か包装紙的なものも必要だろう、とその朝雪景色の次に目に留まった文章続々絶賛追加中の手紙をろくに目を通さず鞄に仕舞い、必要物の準備に勤しんだ。そしてさっさと学校に向かうため家を後にした訳である。何故なら自転車での登校が不可能である、という事に真っ先に気づいたからだ。

 

 

 

「おはようございます。何か変わったことは?」
 学校に着くや否や、いきなり古泉に呼び止められてこんな質問をされたのだが、その言葉には何やら若干の焦燥感みたいなものが伴っている気がする。つまりだ。
「何かあったような物言いだな。」
 と先に古泉の話を聞くのがこの場での最適な受け答えだろう。

 

 何かあったのかといえば確かに何かがあったのだと古泉は言う。彼ら超能力者達が所属する機関が専門としている閉鎖空間についてだ。同時にそれは、返ってくるであろう回答予想一覧表のトップに配置されたフレーズなのだが。

 

「理解が早くて助かります。しかし今回の件は極めて特殊な例なんです。」
 成る程な。ではどういう風に特殊なのか聞かせてもらおう。

 

「閉鎖空間の発生は今日の深夜1時でした。ですが、駆けつけてみるとそれは実に小規模なものだったのです。ドームの大きさがイメージできますか?丁度あれの半分程、ですかね。規模はどうあれ閉鎖空間は閉鎖空間ですから、早速片付けようと侵入を試みたのですが。不思議なことに、閉鎖空間は跡形も無く自己消滅してしまいました。その後現在に至るまで再発生はありません。」
 無事、平穏を取り戻せたんならめでたし、じゃないか。浮かない顔をしている理由はなんなんだ?
「基本的に閉鎖空間とは閉鎖空間そのものを叩かなければ消滅することはありません。涼宮さんに何らかの方法を取る、という方法も無くはないのですが、それは我々 “には” 出来ないことです。」
 古泉は意味ありげにはにかんで見せ、さらにこう続けた。
「ところが、です。今回の件では我々は閉鎖空間に一切関わっていません。それが大きな疑問です。これは明らかに不測の事態となっているのです。今回は無害で済みましたが、次回がある場合も今回同様に無害なのかと問われれば、僕はイエスと断言することは出来ません。」
 確かに仰るとおりだ。次の事なんざ一切考えていなかったな。これが専門家と一般人の違いと言って良いんだろうな、見る角度の違いというか。

 

「…さてもう一点。閉鎖空間についての基本事項といえば何かを、覚えていますか?」
 放っておけば地球全土を覆いつくして世界を乗っ取る侵略者。でもって原因はハルヒのストレス。この2点だけは忘れようにも忘れようが無いさ、何度も体験した身にとってはな。
 ああ、嫌な予感がする。ハルヒに事を治めて欲しければ最終手段は俺任せに…、なるんだろうな。今までの経験上。
「では今回も頼らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
 つまり…、ハルヒの顔色を見て何かイライラがあるようなら取り除いてやれ、と。
「ご名答。流石ですね。」
 何をどうすればいいのかについてを省略しても理解してしまえる俺の脳は日常から遥か遠くに隔離されてしまったせいでどこかおかしくなり始めているに違いない、きっとそうだ。俺はもう普通じゃない、やったね。
 やれやれ、どうにも俺には都合のいいように利用されるだけの価値しか無い気がしてくるな。

 

「さて、あなたの方は?何か変わった事とか。」
 そういえばあの手紙がまた文面を更新していた事を思い出した。しかしタイミングが悪く、手紙を取り出そうと鞄に手をかけたところで予鈴が鳴り響く。
「残念ですね。…また後で見せてもらう事にします。長門さんや朝比奈さんには、僕に遠慮なさらず先に見せておいて下さって結構ですよ。それでは。」
 そう言うと自分のクラスへ歩き出す古泉。俺もさっさと教室に行かなければ。

 

 

 

「遅いわよ!」
 これが教室に入るなり浴びせられたハルヒの第一声だった。
「あたし一人に仕事を押し付けるなんて愚の骨頂よ!仕事を避けようとしてわざと遅れて来たんじゃないでしょうね?」

 

 何事かとハルヒの机を見てみれば成る程、昨日のチラシの下書きが散乱している。昨日書いたものは出来に不服だったのだろうか。いや、そこを指摘するつもりは無いけどな。あまりにも自分の書いた文章が気に入らなければいっその事破棄し、新たに書き直す方法を取る。それは俺にだってある経験さ。指摘するポイントは唯一つ。これはハルヒ自身が作り出した不必要な労働であり…いや、これはもういい。
 ともかく朝の古泉との会話から導き出される俺がすべき事は、ここで反論してハルヒの不機嫌度を助長する事ではないのだ。当たり障りのない事を言って、この未完成のチラシを褒めるようにしておくとしよう。

 

「ふふん、あたしの手に掛かればざっとこんなものよ。レイアウトをもうちょっとだけ考えるとして、後は印刷するだけよね!」
 意外に簡単に機嫌が良くなったようだ。と、言うよりハルヒは特に最初から機嫌が別段悪かったようでも無さそうだ。高校に上がってからこれまでの2年間、家族といるよりもハルヒといる時間が長い俺だ。こいつが不機嫌オーラを身に纏っている状態の時はすぐに感知できるようになっている。…全く実生活で役に立たないが。つまり今のハルヒの精神状態は超問題なし。多少のイライラまで否定していてはハルヒ自体を否定する事と同義。
 第一、この程度でいちいち閉鎖空間を発生させていたんじゃ世界が幾つあっても全然足りないじゃないか。そう考えると、今回の閉鎖空間の原因とは何だ…?

 

 しかしこうして見てもこのハルヒがいずれいなくなってしまうかもしれないなんて、全く考えに及ばないな。いっそのことこの事件全てを忘れ去る事が出来ればどれほど楽だろうか。

 

 もちろん都合よく忘却してくれるほど俺の脳は融通が聞くわけではなく、それは同時に俺がまだまだ老化を知らない健康体そのものであるということを実感できる。

 

 だからこそ、その日現れた意外な訪問者に、俺の脳は警笛を鳴らすべきだった。

 

 

 

「久しぶり。元気にしてた?」

 

 

 

 大雪に見舞われた為にグラウンドが使用不能となり、本日の体育は屋内に変更となった。それだけは、素直に雪に感謝しておこう。外気に上下ジャージという薄着姿で触れなければならない時間なんざ無くて結構。

 

 その体育が終わり、教室に帰ろうと下駄箱から上履きを取り出そうとした時だ。そこで発見した本来の下駄箱の用途を考えると不適当なもの。世の男にとってはこれを不適当だと言ってしまえば神罰が下るほどの代物。ややこしい言い回しはやめよう。つまりその極端に矛盾したものとは何か?

 

 それは手紙である。

 

 見た事のある可愛らしい封筒、見た事のある可愛らしい便箋。そして見た事のある可愛らしい文字の列。前回の手紙から1年以上の空きがあるが、俺がそれを忘れる訳が無い。そう、俺に久しぶりと言うこの人物とは下駄箱に手紙という実に古典的な、丁寧にも遠まわしな手段で俺を体育館準備室に招いた朝比奈さん(大)なのである。

 

 ただ、会えて嬉しい反面、すぐさま疑問が頭を支配した。
「えっと、長門の話では未来は今この時代に干渉できない、と聞いたんですが。」

 

 その問いかけに朝比奈さん(大)は重たそうに口を開いてこう話し始めた。
「今回の件では今仰った事に間違いありません。私のいた時代でもあまりに急すぎて対処のしようがなかったと聞いています。」
 …います?
「ええ、私は偶然にも過去に調査に来ていたので事無きを得ました。そして事件の当日、急に未来との交信が途絶えたので詳しく調べてみたところ、初めて今回の事が発覚したのです。」
 成る程、そういうことだったのか。

 

「それで、…手紙の事なんですけど。あっ、キョン君をここに呼び出すのに使った手紙ではなく、キョン君の元に届いていた未来から来たと言われている手紙についてです。今持ってますか?」

 

「ああ、あの手紙ですか。朝比奈さんはあの意味不明な手紙に何か心当たりがあるんですか?それなら、今すぐ持ってきますよ。丁度鞄に入れて持ってきてたんで。」
 と、回れ右して教室に手紙を取りに行こうとするとドアに掛けた手を朝比奈さんに掴まれた。こんな時になんだが、やはり朝比奈さんの手は柔らかく暖かい。何やらいい香りも漂ってきそうだ。

 

「あっ、いえ。今は結構です。その手紙について今ここで伝えておきたい事があるんです。…この時代の私はあの手紙について、一人だけ皆さんの意見を否定していますよね。そして今後幾度会議を開いた時も、私、つまりこの時代の朝比奈みくるがしばしば否定意見を通した結果、いずれ不審の目で見られるようになると思います。もしかしたらすでにそうなのかもしれませんけれど。」

 

「そんな。俺は朝比奈さんを信じますよ。」

 

「それは構わないんです。でも、このままでは事態は解決する事の無いまま、 “その日” を迎えてしまう事になる…。
だからこそ、私はあなたに伝えなければならない事があります。…キョン君!私と共に過去に来てください!」
 朝比奈さん(大)たってのお願いだ。これを断る男子がどこにいようか?二つ返事で承諾する俺。しかし、今度は過去か。

 

 過去にこの事件の鍵があるのかどうかまで朝比奈さんに聞くのは無意味な事だろうな。大方返ってくる答えは【禁則事項】唯一つだろう。そうなれば、俺はいつまでも脳内問答をしている場合ではない。古くからの諺にも “百聞は一見にしかず” とあるし。

 

「ありがとう。それじゃあ、この椅子に座ってくれる?」
 嫌な思い出が蘇る。確か、…TP…DDだったか。簡単に言えばタイムマシンなのだが、その視認できない装置とやらは、時間旅行の際にえも言われぬ衝撃を引き起こすのだ。正直な話、あの急激に酔った感じになる衝撃が大の苦手なんだが。

 

 しかしそうも言っていられない。一度やりますと答えた以上もう後には引けない。それに朝比奈さんを支持する以上、俺は真実を知らなければならないのだ。この場合の朝比奈さんとは俺の良く知るこの時代の朝比奈さんは勿論、今目の前にいる朝比奈さん(大)も含む。

 

 さて、もうウジウジ考えるのは終わりだ。そう自分を奮い立たせて朝比奈さん(大)が招く椅子へどっかと座り、
「さあ、いつでもどうぞ!」
 と目を固く瞑った瞬間。

 

 衝撃はあった。身体に。

 

 何事かと目蓋を開けてみれば目の前に広がるのは一面の木目模様。つまり床。

 

 俺は、長門に抱えられていた。

 

 

 

「俺の頭でも容易に理解できる説明を頼む、長門。」
 いまだ抱えられたままの体勢で目に入ってくるものは、何が起こったのか良く分かっていない様子の朝比奈さん(大)とその朝比奈さん(大)を真っ直ぐ見据える長門の2人。

 

「…未来に注意せよ。」

 

「へ?…あ。」
 一瞬で昨日のメールの件が思い起こされる。と同時に今の今まですっかり忘れ去っていた自分が情けない。

 

「端的に説明すると、彼女は朝比奈みくるであって朝比奈みくるではない。」
 すまん、もう少しレベルを上げて説明してくれないだろうか。

 

「彼女はこの場所に感知できない空間を新たに創り出した。本来のこの部屋は隣に存在する。」
 そんな馬鹿な事が、…と思ったのは一瞬。確かに長門の言うとおりだ。元々の準備室には窓があるはずなのに…、この部屋には窓が無い。
「おかげでここに辿りつくまでかなりの時間を要した。」

 

 長門は朝比奈さん(大)に向き直り、こう続ける。
「彼女の時代ではまだこのレベルの情報操作を扱えるほどの進歩には至っていない筈。彼女は朝比奈みくるの異時間同位体とは別物。恐らく分岐した未来に存在する、我々の知らない朝比奈みくる。」

 

「そんな、私は私です。」

 

「その装置を使い、彼に手紙を完全に抹消させる命令を書き込むつもりだったと推測している。不用意に校内に現れて自分で探す場合、必ずすぐに私に見つかる。至極当然の答え。だからあなたは彼を招いた。いつからこの時空に侵入していた…?
…あなたをこの時空から強制追放する。インターフェース:長門有希から情報統合思念体に伝令。朝比奈みくるの異時間同位体を騙る人物を敵性と判定。時空離脱の為時空切断面の遮断プログラムの一部解除を要請する。」
 長門が例の高速呪文を唱えると同時に水平に上げた手の先から光が溢れる。

 

「キョン君…。私を信じる、って言ってくれましたよね?どうか、長門さんを止めてください!」

 

 信じる…。そう、確かについさっき本人に対して信じると言い放った後だ。メールの件を蔑ろにしてしまっていたとは言え、これではあまりにも一方的過ぎないだろうか。

 

「長門、証拠は?何か確実な証拠ってのは無いのか?お前が言う事の絶対的な証明となるものは。」
 俺は咄嗟に長門の腕を掴んでこう聞いた。

 

「……彼女の出生のルーツは本来のこの時空には無い。生まれる時間が僅差でも違えば遺伝子情報は大分変わる。
即ち、本来の朝比奈みくる特有の身体的特徴を彼女が持ち得ていなければ、それが証拠。」
 成る程。しかし、そんなものあったか?見る限り俺が知っている朝比奈さん(大)が持つモデルのような背丈、抜群のプロポーション、流れるように綺麗な長髪、その全てを目の前の朝比奈さん(大)も充分に持っている。あと他に特徴…、特徴は…?
 思い出した、もう一つあるじゃないか。確実に識別できるとっておきの身体的特徴。

 

「朝比奈さん。すみません、1つだけ質問にだけ答えてください。…胸の、ここのところに “丸い” ホクロがありますよね?」
 出来れば長門の勘違いであって欲しい、そう考える自分もいたのだが。…そう祈るのは無駄だったようだ。

 

「え?ホクロ…?あ、ええ。た、確かにここにありますよ、 “丸い” ホクロが。」

 

 俺が長門の腕を離すのと、長門が高速呪文の続きを唱え始めるのはほぼ同時だった。

 

「え?え?な、何故?どういうことです?」

 

「朝比奈さん、以前胸の上にあるホクロを見せてくれましたよね?非常に珍しい、 “星型” のホクロを。」

 

 途端に顔色が変わる朝比奈さん(大)。といっても慌てふためく、怒り狂った、等の修飾語は相応しくなく、むしろ落ち着いた印象がその顔から読み取れる。朝比奈さんらしく無く、妙に不気味だ。

 

「そう…、ね。やっぱり最初から強行手段に出れば良かった。せっかくあなただけでも助けてあげようと思っていたのにね。…今日は引き上げることにします。ではまた。」
 同時に長門が明らかに苦しそうな声を出し、ついには俺にもたれ込んでしまう。

 

「一体どうした、長門!」

 

「情報プログラムコードがクラッキングされた。つまり……逃亡を許してしまった。」
 朝比奈さんの偽者がいた場所を振り向くと、そこにいたはずの偽者は既に消え去っていた。

 

 しばらく狐につままれたかのように呆けて周りを見回していたが、間もなく長門に腕を掴まれる俺。
「この空間の構成情報が崩壊し始めている。ここからすぐに離れるのが賢明。」

 

 長門に連れられて部屋から出ると同時にさっきまでいた場所には壁が出来上がる。叩いて確認しても空洞特有の反響音はせず、コンクリートがぎっしり詰まった感じの紛れも無い壁の質感。まるで夢でも見ていたのではないかと錯覚する程に、だ。

 

 しかし、手紙一つでここまでされるとは。それも偽者とはいえ、あの朝比奈さん(大)に。それは即ち、あの手紙が今回最も重要なヒントを持っているのだと考えていいだろう。そういえば今日もまた文面が増えてたのにまだ目を通していなかったな。

 

「……文章の追加?」
 そうだ、まずは長門に見せるべきだな。それが解決への直線ルートだ。

 

「ああ。今すぐ見せる、…が、その前に着替えないとな。」
 先程の一件のおかげで着替えもしないまま昼休みに突入している。

 

「手紙は後でいい。あなたは先に昼食を取るべき。運動によってカロリーが消費された分、午後の授業での思考を大きく鈍らせる。注意力は散漫になり、眩暈や吐き気を併発する可能性も有り得る。」
 これは長門なりに心配してくれているのだろう。ここは言うとおりにしよう、まずは昼メシだ。

 

 食堂でギリギリ残っていたパンの中から焼きそばパンを2つ取り出して1つを長門に手渡す。身の危険から救ってくれたんだ、パン1つなんかじゃ足りないくらいだ。
「あなたを護る事は当然の使命。報いは必要ない。」

 

「じゃあ俺は、今ここで長門にパンを奢るのが当然の使命ってことにしておくよ。それならいいだろ?」

 

「……わかった。」

 

 健康な一般男子が昼前に結構な運動をしてパン1つで済むのかと聞かれれば普段なら全然足りないと答えるところが、今日に限っては不健康だからその限りではない。肉体的ではなく精神的な意味だけどな。

 

 偽者とはいえ姿かたちはまるっきり朝比奈さん(大)そのものだったのだ。行動の全てに意味があり、間接的に俺達の大きな助けとなってくれている女性、それが朝比奈さん(大)。本人ではなく偽者なのに、まるで裏切られたかのような感情を俺は捨て去る事が出来なかった。

 

 そう考えながら足に身を任せて教室へと向かっていると向こうから見覚えのある女子が歩いてきた。ハルヒだ。

 

「どこ行ってたのよキョン、お昼も食べないで。って、まだ着替えてもいないじゃない。」

 

「ああ、ちょっとな。」
 としか説明できない俺。

 

「まぁそれはいいんだけど。それより有希を見なかった?」
 長門?多分自分の教室に戻って行ったと思うが…。何か急用か?

 

「ちょっと数学の教科書忘れてきちゃってね。なんか時間割を1日間違えちゃったみたい。」
 へえ。ハルヒがそんなミスをするところを見るのは初めてだな。常時置き勉の俺がとやかく言える立場では無いが。
 こうして、ハルヒが去るのを見届けてからまた教室へと歩を進めた。

 

 制服は…、流石に女子がいる前で着替えるのもどうかと思う。上からズボンを履いて、そしてブレザーを羽織っておくだけでいいか。むしろこの方が寒さを凌げて良い。でもって、買ってきた焼きそばパンで胃を満たすとしよう。

 

 丁度そこへ数学の教科書を抱えたハルヒが戻ってきた。…パンを幾つか教科書に載せて。

 

「焼きそばパンたった一つで足りるはず無いでしょうが。授業中ぶっ倒れるわよ。その貧相な胃に無理やりにでも詰め込みなさい。」
 だとさ。意外に気に掛けてくれてるもんなんだな、と思うとさっきまで抱えていたモヤモヤが一気に晴れたようだ。好意に大いに甘えておこうじゃないか、急に腹もいい具合に減ってきた。

 

「頂くよ、ありがとうな。」
 まぁ、どうせこの分は次回の不思議探索の時にキッチリ回収されるんだろうけどな。ははは。

 

 

 

「……敵には逃げられた。しかし大きなヒントが浮上してきた。」
 ハルヒが特に普段と変わらぬSOS団活動、もといネットサーフィンを満喫して帰った後で集まった俺達、つまり俺、長門、古泉、朝比奈さんの4人は恒例の臨時会議を開いた。そして、今の会話は今日あった出来事を報告する長門のものだ。
「異世界とはいえ、この時空上の未来とほぼ等しい未来が存在しているはず。何らかの関与無しに急激な進歩は起こり得ない。
基本的にこの時空に存在する未来の技術レベルを大きく超えられない。しかし、現に情報プログラムコードにアクセスする程の技術を見た。異なる時空においてそれだけの進歩の差があったなら、必ず何か原因がある。」
 朝比奈さん(大)の偽者だった、という事は内緒にしておいた。朝比奈さん(小)は未来の自分がこれまで幾度と無く俺達をフォローしていたという事実を知らない。ならば偽者とはいえ朝比奈さん(大)瓜二つの偽者がこれから先も姿を現すかもしれない以上、事の詳細をこの場で言うのは危険だ。
何か未来に支障が生じてしまうかもしれない、という結論に結びついたからだ。

 

 古泉は朝俺に話した閉鎖空間についてを簡潔に話し、朝比奈さんは特に何も発言せず、そして最後に俺の報告の番となった。

 

 

 

“──────────────────────例えるならそんな感じだ。”
“にしても、そんなお前がまさか最難関の大学に一発で通るとはな。”
“はたから見ても嬉しそうだったぞ。「こんなもの受かって当然」とかなんとか言っていたが。”
“閉口の二文字が全く似合わない人間だよお前は。大抵自力でなんとかしてしまう。”
“さて、何とか留年せずに入れた俺だが、今年も卒業がやばそうだ。”

 

 

 

 報告といっても例の手紙を机の上に広げただけだったが。またも解決の糸口にすらならなさそうな文章のみ4行追加。むしろこの手紙は俺個人に対しての重大な警告文に見える。卒業の危機って俺…。もう少し身を入れて勉強しろよ俺…。

 

「いいえ、これは重大なヒントですよ。」
 立ち上がって手紙を手にした古泉はこう続ける。
「“人は自分の数年先の未来を知ると、その数十年後までの人生を失う” というのは最近読んだ書籍からの受け売りなのですが。
つまりはこういうことです。この手紙を、未来のあなたが書いて送ったものと仮定しましょう。未来のあなたは今のあなたがどういう過程で人生を決めていくのかを全て記憶しています。
では、例えばあなたが何の滞りも無く大学を無事卒業出来ると知らされたならどうなるでしょうか? “大学に行く事は出来る” とだけ良い様に考えて勉学が疎かになると思いませんか?逆に “大学になんか行けなかった” と書くのはさらに危険ですね。挑戦する前に諦める方を採る恐れが出てくるからです。」
 言い返そうにも全くその通りで返す言葉が見つからない。
「自分のいない過去を変えて存在の危険に手を出すパターンではありませんが、未来を一つ増やし、その時空にいる自分に苦渋の人生を送らせるパターンにはなりますね。だからこそあなたの事を考えるならば、未来のあなたは進学についての一切を書いてはならないのです。」

 

「つまり、そこまで分かっていながらこの文面を送ってきたということは、その文に注意を向けるな、っていう意味合いが含まれていると言いたい訳だな。」
 この文は全くの嘘っぱちってことか。…嬉しいような悲しいような。
 
「ご明察の通りで。」
 と手紙を戻して椅子に座り直す古泉。

 

 こういう知能問題は得意の分野じゃないんだがな。大体この文を取ってしまえば後に何が残るって言うんだ?この手紙。昨日から進展が無いじゃないか。期限はもう間近だって言うのに。

 

「あ、あの…。」
 隣から聞こえる、このか細い声の持ち主は朝比奈さんだ。
「その手紙を未来からの敵が狙っているんですよね…?か、帰ってからキョン君一人になったらまた襲われるんじゃ…。」
 確かにそうだ。何の特殊能力も持っていない俺ではこの手紙はおろか、自分の身すら護れないぞ。

 

「それじゃ長門、この手紙…、預かっててくれないか?俺が持ってるより数万倍安全だ。」

 

「……わかった。でも、あなたも。」

 

 …何を言ったのかすぐに理解できなかった。古泉や朝比奈さんが目を丸くしているところを見ると、残念な事に今のは幻聴では無かったらしい。

 

「な、長門?手紙だけで充分だろう?その、…俺まで匿う必要は無いんじゃないかな。流石に俺一人ってのはまずいんじゃないか?」

 

「敵の狙いは手紙だけではなくあなたも含まれていると推測。敵が最後に言った、 “あなただけでも助けようとした” という一文。
この文により私達が考えられる事はあなたは現在進行形でなおも危険な状態にあるということ。例えば拉致。私が護る。私の傍にいて。」

 

 ここまで聞いてようやく目の形を元に戻す古泉。
「なるほど、そういうことでしたら僕も長門さんの意見に賛成です。」
 そして朝比奈さん。
「私も賛成です。キョン君なら、その…、間違い…とか起こさないって信じてますから。」

 

 それじゃお言葉通り、長門の世話になるとしよう。家には何と連絡しようか。谷口の家…、ってのは止めておいたほうが無難か。アリバイの為に谷口に頭を下げるのはちょっとな。アイツなら事の原因を突き止めに来るに決まっているからな。長門の家に泊まるから、なんて事がバレてしまえば俺はこの先数年間、奴の目の敵にされる事間違い無しだ。似た理由で国木田もパスと。後は…、そうだ古泉の家という事にしておこう。古泉の親と家の親がバッタリ出会うような事も無いだろうしな。

 

「……あなたが一般的に言われる “間違い” を起こす確立は3.6パーセント。問題ない。」

 

 さっきの朝比奈さんが言った事についてか。ここまで問題なしとキッパリ言われるのも男としてどうかと思うのだが…。
「じゃあ、お世話になるぞ長門。」

 

「……任せて。」

 

 

 

 

 

 結論から先に言おう。 “間違い” は起こらなかった。長門の部屋に着いてから今日登校するまでにしたことと言えば飲食と睡眠くらいか。疲れていたせいかかなり寝付きが良かったようだ。なんだか体が軽い。

 

 予測していた襲撃者の訪問も結局杞憂に終わった。そのおかげで長門と一緒に手紙について深く調べる時間が出来た訳ではあるが。あれからさらに分かった事は一点。この手紙が文面を更新するかどうかは俺が手紙に触れている時間によるものだということ。確かに文が追加された時のことを思い起こしてみればその直前までずっと手に持っていたように思う。
 仕組みは長門によると
「手紙に施されたプロテクトコードの崩壊係数はあなたのDNAが触れている時だけ有効になる。
時間レベルでの単独的なリアクタ理論を用い、特定の条件下での自動自己解凍を容易なものとしている。」
 だそうで、つまり良く分からんが普段は俺が肌身離さず持っていたほうが良いというらしい。

 

 幸いな事に、今日の午前中は全て自習ということになっているので手紙に触れ続けるには持って来いだ。この忙しい時期だ。恐らく試験の答案を作る暇が無かったんだろうな。

 

 俺の憂鬱の元凶その1、文化部泣かせのこのきつい坂道を今日も、脚に無理やり命令を出して一歩一歩上っていっている俺の元に、憂鬱の元凶その2、谷口がどこからともなく現れた。
 何故憂鬱の元凶というマイナスな称号をくれてやったかと言うと、こいつが俺の肩を叩くと同時に
「お?今日は美少女と同伴出勤か?なんだかんだいって隅に置けんよなあ、キョンは。」
 なんてことを言い出しやがったからである。こんな低俗なギャグを天下の往来で叫ぶこいつの頭の中を誰か一度でいいから調べてやってくれ。長門には俺に構わず行くよう促し、俺は谷口の耳を引っ張ってこう言ってやる。
「単なる偶然だ。お前の考えているような妄想は有り得ん。」

 

 ムキになるなと宥められたが、別に俺はムキになっている訳ではない。ただ、俺の前か後ろにハルヒがいたとすれば、それこそどんな疑いを掛けられるか分かったもんじゃない。
「はいはい。お前はやっぱ涼宮だよなぁー。」

 

 この野郎はやはり何も理解してない。

 

 こういった子供じみたやりとりをしつつやっとのことで教室にたどり着く。ハルヒは、…と。良かった…、机の上に広げた荷物から察するにかなり前に登校していたようだ。御多分に漏れず、今日もまたチラシ作りの真っ最中だ。

 

「おはよう。…また、昨日の分で気に入らない箇所が出てきたのか?」
 何気ない、基本的な会話で顔色を伺ってみる。

 

 

 

「何言ってんのよ?気に入るも気に入らないも、今日から書き始めてるところよ。」

 

 

 

 は?どういうことだ?いや、ハルヒ。お前はこれを一昨日から作っていただろう?昨日も、出来上がり寸前の原本に意気揚々として喜んでいたじゃないか。あの原本はどうしたんだ?

 

「あの原本ってどの原本よ?…あ、さてはキョン、手伝いたくない為に適当な事言って逃げようとしてるでしょう?」

 

 何故だ?何故ハルヒはたった2日前からの記憶が抜け落ちているんだ?解けない疑問が頭を巡るうちに予鈴が校舎に鳴り響いた。

 

「ああもう!話してるうちにHRの時間が来ちゃったわ!1時間目は現文でしょ?初っ端からあたしが当てられる番じゃないの。はあ…、チラシ作る暇が無いわね。」

 

 

 

「…ハルヒ、今日の午前中は全時間自習だってこと、…覚えてないのか?」

 

 

 

 これは目に見えて “異常事態” だった。世界が生物と言う生物全てをもれなく巻き込んで、何度も何度もループを繰り返したあの一件の事が思い起こされる…、が。今回俺の目の前で起こっている事はなんだ?

 

 ハルヒだけが世界から置き去りにされてただ一人でループを繰り返していると言うのだろうか?2日前から。そういえば昨日、数学の教科書を忘れてきたというのもこの為なのか…?

 

 時間も世界中の人々の記憶も一緒に巻き戻っていたからこそ、あの事件では全員自覚が無かった。だからこそ大事にはならなかった。だが今回のこれは全くの正反対。ハルヒの時間と記憶だけが巻き戻り、世界中は昨日とは一致しない今日を歩んでいる。

 

 ハルヒから見れば世界は毎日、昨日との繋がりを無くしている訳だ。つまりハルヒがこれに対して不審の目を向けない筈がなかった。

 

「え?あれ?あたし時間割を間違えちゃったのかしら…。でも昨日の授業ではまだ終わってない部分があったような…。」
 それはそのはず。ハルヒの2日前までの記憶が無いということは、ハルヒにとって昨日とは3日前。授業の進行度と今日の全時間自習の関連性に違和感を覚えない方が可笑しい。

 

 だが真実をハルヒに教えられる訳が無い。不本意ながら、適当な事を言って納得させてしまうのがこの場合の得策。ハルヒの不安は少なからずこの世界に影響を及ぼすからだ。運命の日が訪れる前に自ら世界壊滅の道をフライングしてまで取ろうなんて、微塵にも思わない。

 

 しかし流石はハルヒ。
「まぁ良いわ、その分チラシを作る時間が出来るってことだから。」
 と簡単に納得してしまった。それどころか
「キョン、あんたも手伝いなさい。これは団長命令よ!」
 と無理やり協力させられる羽目となってしまったのだ。

 

 

 

 手紙に触れる時間も無く、そのうち昼休みが到来してしまう。俺は学食に行く振りをして真っ先に長門に会いに行く。勿論ハルヒの異常を伝えるために。

 

 半ば飛び込む形で文芸部室もといSOS団本拠地の部屋に転がり込む。本棚近くの指定席で本も読まずに座って待っていた長門が視界に入る。俺がハルヒに起こったループ現象を一通り説明すると、顔だけこちらに向けたままの長門は視線を全く動かさずにこう話した。
「涼宮ハルヒは単純に24時間の記憶を抹消されている。……原因は外部によるものと思われる。時空間に痕跡を残す方法ではなかったために気づくのが遅かった。不覚。
この件が世界に及ぼす影響は未だ不明。敵が涼宮ハルヒの記憶情報を操作して何をしようとしているのかも不明。覚醒して行動している対象に新たな記憶を書き込む行為は記憶に矛盾を生み出すだけで非常に危険。手の施しようが無い。」

 

「そうか…。」
 もう少しで外れそうだ、と動かしていた知恵の輪が、全く見当違いで余計絡まった時のような感覚。長門に聞けばなんとかなるに違いないと勝手に期待だけ膨らませていた俺が悪いのだが。

 

「何か気づいた事があったらまた俺に教えてくれ。」
 と言い残し、来た道を戻る事にする。食堂に行った事にしていたからジュースだけ1本買って。
 教室に戻れば箸を銜えたまま弁当に手を付けず、いまだにチラシと睨み合いを続けているハルヒがいた。メシはしっかり食べないと、午後にぶっ倒れても知らんぞ?と、昨日のハルヒに言われた言葉を口に出してみる。

 

「うっさいわねー…良い案が思いつきそうなのよ。ここまで出かかってるのに…!」
 と箸で喉の辺りを指してジェスチャーするハルヒ。
「ふー、ダメね。こういう時はむしろ諦めてしまうのが良策よね、一の案より十の案、十の案より百の案よ!」
 切り替えの早いのは良い事だが、自然を装って俺のジュースを飲む行為は良い事とは言えないな。
「あら、これ頑張ってるあたしへの差し入れかと思ったわ。」
 どう都合よく考えればそんな判断になるのか教えていただきたいね。まぁ、こんなハルヒの様子から察すれば時 “間” ボケに対して疑心暗鬼なんて欠片も持っていないのではないだろうか。

 

 と、物事は都合のいいようにはいかないようだ。

 

 放課後、部室に来て速攻でパソコンを立ち上げた後、頼んだ覚えの無い商品を注文した事になってると騒いだり、急に出て行ったかと思えばすぐに帰ってきて、予約していた商品は昨日既に受け取った後になっていると喚いたり。

 

 これはもう俺の手では誤魔化しが利くようなレベルでは無かった。
「疲れているのでしょう、今日は早めにお休みになった方がよろしいかと。」
 と古泉がフォローを入れるまで俺は何も言えなかった。

 

「そうね、そうするわ。団長が倒れでもしちゃったらSOS団は回らないものね。」
 曇った表情でそんな明るいフリをするなよ。見ているこっちまで気分が重くなるようだ。

 

 俺と古泉が先に来ていたせいで恒例のメイド服姿にまだ着替えて無かった朝比奈さんは、ハルヒに付き添う為に一緒に部室を出て行った。俺も出来れば一緒に付いて行ってやろうかと思っていたのだが、それは古泉の制止する腕により阻止された。

 

「何だ、何かあったのか?」
 そう聞くと古泉は自分の座っていた席に戻り、注がれていたお茶を飲み干してからこう話した。

 

「ええ、何か、がありましたよ。昨日に引き続き閉鎖空間の事です。実は今日僕が登校したのは午後になってからなんです。
それまで何をしていたかといえば、お察しの通りと言いましょうか。閉鎖空間を処理していました。」

 

 聞けば、今日の朝方から昼までずっと閉鎖空間が発生し放題だったのだと言う。昨日のような特例と言うわけでもなく、それなりの規模の通常版が結構な数と。

 

「何故これほどまでに突然多数の閉鎖空間が発生したのか?その理由は長門さんに伺ってみて、そして今の涼宮さんを見て概ね分かりましたよ。どうやら、今回の閉鎖空間の引き金とは涼宮さんが抱く不安、のようです。」
 あのハルヒがか?…と、普段の俺なら返すのだろうが事情を嫌と言うほど理解してしまっていた俺は、ただ古泉の話す内容一つ一つに頷くしか無かった。

 

「さて、話を続けます。僕が打ち立てた仮説に経験を交えてお話しすれば、閉鎖空間とはある意味世界創造だとも考えられます。
涼宮さんがこの世界を望まなければ、そして新しい世界を望むのなら、世界は涼宮さんの決めたとおりに生まれ変わるのでしょう。
あぁ、勿論涼宮さんは一年前とは精神的にかなり成長しておられます。滅多な事では世界を捨ててしまうような事は無いでしょう。これはあなたの受け売りですがね。ただ一つ注意しておかなくてはならないのが、新世界創造とは旧世界である私達の世界を消し去ってしまう可能性がある、と言う事です。
そして…これが、例の世界消滅のシナリオだとすれば…。」

 

「もう、沢山だ。」

 

 制止する権限があるのかと聞かれれば、俺はその権限を料金後払いで手に入れてやった、と言おうか。
「ハルヒの能力は今まで見てきたから充分に分かっているさ。お前の言う説も全く的を外しちゃいない。むしろインナーブル50ポイントと言ってもいい。それでも、ハルヒは俺達と俺達のいる世界を見捨てたりはしない!俺はそう信じたい。」
 我ながら驚いたが、ここまで声を荒げられるとは。

 

 一時の間を置いて沈黙を破ったのはやはり古泉。
「非常に軽率な発言をしてしまった事をお詫びします。僕もどうかしていると自覚しています、どうかお許しください。」

 

 頭を下げられるのだけは阻止しておいた。世界が明後日には消滅するかもしれないと知らされた時に、冷静でいられる人間が何人いるというのか。古泉も基本的に俺のような一般人と同じ人間だ。普段はニヤケ顔で冷静沈着を務めるいけ好かない野郎だが、こんな状況で冷静になどいられるはずも無いのに、長門と同じようにこの世界の為に奔走してくれているのだ。ならば、俺がただ自分本位な反論をしておいて古泉に頭を下げさせる権限は、どこにも存在しない。

 

 

 

「……手紙。」
 急に声を出して驚かせるなよ、長門。手紙…。隙を見てなるべく触れるように心がけていた手紙が俺のポケットの中にある。その手紙がどうかしたのだろうか。

 

「……文章の追加は?」
 そうだった。それ以外にこの手紙に何の用があるというのだ?…常識すぎて忘れていた。

 

 急いで手紙を広げてみると。

 

 

 

“────────────────今年も卒業がやばそうだ。”
“空論だけ無駄に大量生産中でなかなかまともな論文が出来上がらないんだよ。”
“間もなく締切日だ。今年こそ卒業したいが…どうなるやら。”
“のんきに見える?いやいや、これでも結構焦ってる方だぜ?”
“発端は…お前に憧れてなんだ。考古学者になると言い放ったあの日のお前にな。”

 

 

 

 最初からそう書かれていたかのように、極自然に文章が新しく追加されていた。余白から推測すれば、これで全文の80%といったところか。あと少しだが分がまだ足りない。…いや、それよりもこの文はなんだよ。未来の俺はとうとう頭のネジが一つ残らず外れてしまったのだろうか?
 ハルヒが考古学者を目指すってのはまぁ、理解できる。世にある尋常な職の中で一番あいつの求めている “不思議” に限りなく近い仕事だからな。問題はそのハルヒに憧れて、ってのが俺の大学進学の決め手だという点。おい、未来の俺。お前が直接ミステリーに身を投じてどうする。俺は今も昔も、霊妙不可思議を見つけても遠くから眺めているだけで満足できる性格だろうが。いくら出鱈目でも、この文章は無いだろう。

 

 …いや?本当にそうか?自問自答を繰り返してみると、意外にそうでもなかったような気がしてくるな。確かに命の危険に繋がるオカルト現象なんざまっぴら御免だが、そこまで精神面に影響を及ぼさないものなら結構楽しんでいたかもしれない。

 

 振り返ってみる事でいろんな補正が掛かり、美化されてしまっているって可能性も否定はできないが。喉元すぎればなんとやらと言うありがたい諺もあるしな。

 

 話が逸れた。

 

「もうちょっとマシな文を書けよな…。これじゃ今回もまた進展は無しじゃないか。」

 

 そう古泉に振ってみると、流石の解読コンピュータもさじを投げたか、
「これは…どうにも得られる情報が少なすぎですね…。」
 と言う始末。

 

 ではハイパーコンピュータなる長門に解読してもらえばどうか…?

 

 

 

 結果変わらず、だ。

 

 どうにかなるだろうと漠然に希望を持ちながら何も進展しない。タイムリミットまであと僅か。このまま何もせず世界の終わりと共に消えるのか…?せめてこの手紙の全文が現れてくれれば。…それでも対処の仕様が無ければそこで初めて諦めればいい。だが可能性がある限り、俺は諦めるという字さえ思い浮かべている場合じゃないんだ。まだジタバタできる。

 

「ともかく、明日が勝負だ。俺は長門の家で片時も手紙を放さないようにしておく。古泉は何か変わった事があったり、何か思いついたらすぐに連絡を寄越してくれ。」
 そういえば朝比奈さんとの連絡が取れずじまいだったな。メールで連絡しておこう。

 

「明日の授業は欠席。四人ともこの部室へ、朝練の生徒より早く集合だ。」
 古泉が了解し長門が頷く。朝比奈さんからメールが返ってきたのを確認し、俺達は人生最後となるかもしれない学校生活を、この日終えた。

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