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“元気にしているか?そっちの様子はどんなもんだ?ハルヒ。”
“通常ならこんな手紙を書いている場合じゃないんだがな。”
“リーダーという肩書きが異常なほどに当てはまっていたお前がいなくなってから”
“にわかに落ち着かなくなってな。…なかなか慣れないな。”

 

 

 

 この文章は一体何か?そう質問されたなら、これは手紙だと答える他ない。紛れもなく俺の筆跡であり、文中にハルヒと書かれているからにはこれがハルヒに向けて書かれた手紙なのだ、ということは分かるのだが…。しかし俺の脳味噌が非日常に晒され続けた結果不具合を起こしていないなら、この手紙を書いた覚えは全くもって記憶にない。それ以上に気になる点はどういう訳かこの4行の文章だけで、続きが何も書かれていないことにある。

 

「一体これは何なんだ?」
 と聞いてみた場所はこの手紙を発見した俺の部屋であり、話の相手は毎度のごとく長門、古泉、朝比奈さんの3人だ。つまり俺の部屋には団長不在のSOS団が勢ぞろい。

 

 発見した場所を正確に言うとすると、それはろくに勉強机としての機能を発していない箱状オブジェに装備された引き出しの中だった。豪華な文房具入れ、と言い換えたほうが良いかもしれない。ただ、本来の機能としては利用しないものの、納められている文房具故に全く机に触れない訳でもない。

 

 つまり、今日たまたま鋏を取り出そうとして引き出しを開けたときにこの手紙を発見してしまった、という訳である。

 

「内容から察するに、これは明らかに現代で書かれたものでは無さそうですね。」
 と口を開く古泉。至極簡潔な結論だ。だが、俺もこれを目にしたときにその考え以外には辿り着けなかった訳ではある…が。だとしたら何だ?ハルヒはこの先俺達の元から姿を消すってのか?

 

「……机の内部に微かな位相のズレを感知。」
 良くわからんが…この手紙は確かに未来から来たものなのか?長門。
「……解析不能。手紙には完全にロックされたプロテクトが幾重に掛けられている。……一般的に言えば、お手上げ。」
 …そうか。

 

「あの、ちょっといいですか?」
 割り込むように朝比奈さんが口を開いた。
「今調べてもらったんですが、未来からこの時代に向けて渡航を行った履歴はありません。
手紙である以上誰かが人為的に送ることになるので、もしそうなら形跡が残るはずなんです。
あ、あくまでも、私の組織での範囲ですけど。…これ以上は禁則事項に関わります、ごめんなさい。」

 

 文面はバリバリの時差ボケ。専門家は未来からの贈り物説を否定。

 

 問題は解決せず、時計の長針が忙しなく走り続ける音のみが部屋を木霊する。

 

「何にせよ。このままでは涼宮さんが僕達の前からいなくなるという事態に直面する事があるのかもしれない、と考えた方がいいでしょう。その事態が訪れないように策を立てるのがこれからの課題です。
そしてこれは僕の憶測ですが…。この際ですから言っておきましょう。」
 続けて古泉は俺の予想だにしなかったことを呟いた。

 

「もしかしたら涼宮さんがこの世からいなくなってしまうのかもしれません。それが何時なのかはやはり分かりませんが。」

 

 突拍子な事を言うものだと呆けていたが古泉の言葉はさらに続く。

「今現在、私達SOS団の連絡手段といえば主に携帯電話です。何故かと聞かれれば理由は単純。連絡が容易だからです。涼宮さんがわざわざ文明の利器を蔑ろにしてまで七面倒な手段を使うでしょうか?
いいえ、彼女の性格から考えて、まず使わないでしょう。ですからあなたを含め僕達も同様に携帯を利用することを半ば義務付けられています。

そこで今回の件ですが。これを未来の手紙と仮定しましょう。今でさえ地球上のどこにいても携帯が使えるにも関わらず、より発達されているはずであろう未来で、涼宮さん相手にわざわざ手紙という手段を採るでしょうか?」
 まぁ、なんとなく意味は分かるが。それでさっき言ったこととどう結びつくんだろうか?

 

「これは、第三者に…、真にはこの手紙が誰に向けたものなのか解らせる為のものではないでしょうか?

それに僕は…。… “転校して” または “転勤して” ではなく、わざわざ “いなくなって”を使ったことに胸騒ぎを覚えるんですよ。」

 

 なるほど、一理あるな。もう一理おまけして二理にしてやってもいいぞ。しかしだ、そんな心配事を解決するには1分も掛からないじゃないか。未来にハルヒが生きているかどうか、朝比奈さんに聞けばいい。
「で、どうなんです?朝比奈さん。」

 

 朝比奈さんは
「もちろん、います。ただ、確証はと聞かれると…。」
 と答え、後は文中に【禁則事項】を織り交ぜて理解に苦しむ話を喋っていた。

 

「……時空とは唯一つ限りの流れとして存在しているのではなく、半不変的な未来が無数に存在する。
しかし基本的には選択されなかった未来は我々の時空に関与出来ない。
選択されなかった未来にはその未来が在る為の過去が生まれて宛がわれる。つまりパラレル・ワールド。
世界が崩壊する未来が有り得ても、その未来からこの時代に渡航してくる者がいないのはその為。」
 そういえば漫画で見たな…。確かわざと誤差を生じさせても最終的には修正されて同じ未来に辿りつくと。
「……少し違う。特例として未来を知りえた者が直接世界に影響を及ぼした時に未来は新たな道を選ぶ。
ただし一つ間違えば自分たちの存在の危機に繋がる為、
彼らは悪戯に世界を変えないよう何らかの対策を立てる。」
 なるほど、例の【禁則事項】か。
「そう、だから朝比奈みくるが “いる” と言うならば涼宮ハルヒは我々の未来にも存在して “いる” 。」

 

 助け舟のつもりだったのか、ともかく長門にしては意外に解りやすい説明のおかげで理解することができた。だが、いまだにこの手紙については全く解明の活路が見出せない。普段から有効的な活用もされていない俺の脳はそれ以上考えることを拒否し、結果3人が帰っていった後もしばらく手紙と睨め合いをしただけで終わり、やがて眠りについた。

 

 無常にも時間はこの手紙について考察するだけの暇を与えてくれることもなく流れ続け、俺達高校生の本分である勉学の為に登校時間を刻一刻と手繰り寄せているからだ。

 

 

 

 

 

  (ハルヒがいなくなる、ね…。)
 手紙を見つけた日の次の日。朝から一心不乱に新しいチラシの原本を書き続けているハルヒを見るとそんな前触れが一欠けらも見つからない。少なくとも高校を卒業するまではな。しかし最良の結果が引越しで最悪の結果が死とは。天秤さえも載せるのを躊躇うバランスの悪さだとは思わないか?

 

 そもそもハルヒが死ななければならない理由がどこにあるのだ。

 

 とは言っても相手は命だ。俺だって明日には車に撥ねられて死んでしまうかもしれない。命とはそれだけ儚いものなのだ。だからこそこの件を楽観視するわけにはいかないだろう。そんな奴がいたら頭の構造を是非見せて頂きたいもんだ。

 

 なんて、俺の頭はもうハルヒのことで一杯になってしまっていたようだ。

 

 (いなくなるなよ、…ハルヒ。)

 

「何か言った?」
 いいや、何も。
「暇なら少しは手伝いなさいよね!団長1人に仕事をさせるなんてもってのほかよ!」
 その仕事は自分で作り出したものなんだから “させる” なんて表現は間違っているが…。ともかく何かしていないと落ち着かないので黙って協力することにしておいた。

 

 さて少し蔑ろにしていた手紙についてだがさらに気になる点があった。

 

 手紙だというのに紙は無地。素っ気無いにも程がある。仮にハルヒに渡ったとすれば即電話が掛かってきてハルヒ流手紙講座で1時間潰れてしまいそうだ。(その講座が有益なものであるかどうかはこの際どうでもいいだろう。)
 うーむ。確かに古泉の言うとおり、俺がハルヒのために手紙を認めるなんて厄介な事をするはずがないな。

 

 あとは手紙の余白がいやに広いことか。4行しかない文からもこの手紙は結構な大作で、そのうえ未完成であると見て取れる。が、俺はあまり長ったらしい文章を書かない人間なので、これもまた怪しいといえば怪しいと言える。

 

 しかし新たに分かった点はさらなる疑問しか生み出さず、疑問に疑問が絡み合って最早理解に苦しむ手紙であるということを再確認させられただけであった。

 

 

 

 ところが不可解な事はこれに収まらなかった。珍しく廊下ですれ違った長門の発した声を俺の耳が一字一句聞き逃さなかったからだ。

 

「異常事態。幾多もの未来が我々の時代にリンクされてしまっている。」

 

 急展開。だけで話を括るには無理があった。そこらにあるような小説ならそれで良いのかも知れないが、既に事件に巻き込まれてしまった俺自身をただの登場人物の、しかも単なる傍観者の1人と考えたくは無かった。

 第一、リンクって何だよ?つい昨日した説明と180度違うじゃないか。

 

「つ、つまりどういうことなんだ?長門。」
 正直に言って長門の話す内容は理解するのに多大な時間を要するものだが…今回ばかりは持てるだけの脳をフル稼働して高速で理解するしかないだろう。長門が “異常事態” と言うからには言葉のとおり、紛れも無く異常事態なのだから。

 

「時空がそれぞれ固有の流れを持つこと、それは互いに干渉して自滅することを防ぐための自己防衛。
ただしこの時空を主観として考えるならば、他の未来に宛がわれる “創られた過去” とは
この世界から若干の調整をされてできた所謂コピー。大差は無い。

過去、つまりこの時代の集約については理を無視したものではない。」
 そうなのか…いやそれよりも、今言った自滅ってのはどういうことだ?
「全ての未来のトリガーとなる事象がこの世界に発生する。

ある人物が生きているために存在する未来があれば、死んでいたために存在する未来もある。つまり矛盾。世界は矛盾を最初から無かったものとして存在を保とうとする。イコール未来の消滅、そしてトリガーの抹消。全ての矛盾を消し去るならば世界には何も残らない。
だからこそ今回の件は “本来起こり得ない” 筈のもの。」
 うーむ、だんだん理解に苦しくなってきた…。

 

「 “本来起こり得ない” 例えを出しましょう。静脈と動脈が途中で一つになっているとしたらどうなると思います?」
 どこからともなく古泉の登場である。
「酸素を運ぶべき動脈は静脈と共に二酸化炭素を全身に送り、すぐに酸欠で死に至ります。それが世界規模で起こることになるのです。違いますか、長門さん。」
 顔を動かさず
「違わない。」
 とだけ一言。

 

「だ、だったらこんなノンビリしてる暇無いんじゃないのか!?」

 

「……他方向の未来からの干渉を情報統合思念体総動員で防いでいる。
ただし一時凌ぎ。長くは持たない。すべての能力をそちらに使っているために原因を調べることも難しい。」
 長くは持たない…、って一体どれだけなんだ?
「猶予は3日間。」

 

 これはこれは、と肩を竦める古泉。あまりにも唐突過ぎて理解しようとフル回転していた俺の脳も悲鳴を上げているようだ。
 3日後に世界は滅ぶだって?

 

 いや、長門はなんて言った?猶予、と言った筈だ。この3日間で解決策を見出せ、と言うことと同義だ。
やれやれ…。世界の命運が俺達の手にあるとは。まぁ、それについては今に始まったことではないのだが。こう何度も危機に晒される世界に同情の手を差し伸べてやりたい。などと無駄なことを考えている場合ではない。

 

 ん?向こうから歩いて来るのは朝比奈さん?何やら雰囲気が重いような…。

 

「……全ての未来の干渉を遮断している。故に朝比奈みくるについても例外ではない。」

 

 この後、朝比奈さんに泣きながら抱きつかれ、【禁則事項】をふんだんに散りばめられた怪文章を浴びせられたのは最早言うまでも無い。なんとか宥めながら、それでも一向に泣き止まないので保健室に連れて行くことにした。
 …何か誤解を生じそうだからハッキリと言っておくが、勿論俺・長門・古泉の3人で連れて行ったからな。都合のいいことに、と言うと本来の保健室の機能を全否定することになるが、担当の先生は出払っていてもぬけの殻だった。

 

 この歳になっても、ただの一人で見知らぬ街に置き去りにされると流石に慌てふためく。それも通信手段はおろか、切符を買うための金銭も持ち合わせていない、そんな状況でだ。それが只今時空レベルで迷子進行中なのが、この涙をせっせと大量生産している朝比奈さんなのだ。時空で迷子になるなんていう不安の大きさは、やはり当事者にしか計り知れないものなのだろう。
 そう考えると朝比奈さんにかけるべき言葉がどんどん消え失せていく。ああ、なんだって俺はこんなにもボキャブラリーの少ない人間なのだろうか。
 そもそも、この手紙が現れてからこんな厄介な事になったんだ。

 

 やり場の無いモヤモヤをぶつけるべく、ずっと手に持ち続けていた返事をする筈も無い例の手紙を広げてみたその時。俺は目を疑った。

 

 

 

“──────────────…なかなか慣れないな。”
“修学旅行を覚えているか?珍しく偶然一緒に登校したあの日だ。”
“正直、まさか前日に見た番組の “進化論について” を延々と語り続けるとは思わなかったが。”
“すがすがしいのは天気だけだったな。まったく、お前は昔っから話の方向性がどっかズレてたよ。”
“ルビーを手に持って冬虫夏草の話をする、みたいな。例えるならそんな感じだ。”

 

 

 

 手紙には続きの文章が現れていたのだ。…やはり途中で切られているのだが。

 

 これに意味が無い訳はないだろう。もし無ければこの事件は解決の糸口すら見出せないと言っている様なものだ。そこで俺よりも、いや、恐らく地球上の人類全てより優れた頭脳を持つ長門と、長門のバイリンガルである古泉の2人に手渡してみる。

 

「どういう仕組みなのでしょうか。…しかし、ふむ…。修学旅行のお話の展開ですか…、成る程。」
 何が成る程なんだ。自己解決で終わらせずに、ちゃんと話せ。
「涼宮さんがこの先いなくなってしまう、ということを伝えたいのならば、
わざわざこうして過去の思い出を書く必要は無いのです。
それならばいなくなってしまう経緯を、表現をあやふやにしつつも
織り交ぜていく方が効果が高いものなので。」
 すると、ハルヒについてはもう心配しなくてもいいということなのか?
「まだ、なんとも言えませんね。
僕の立てた仮説が杞憂で済むかと思いましたが、まだ確定要素は足りません。
ですが、修学旅行、つまり3年生になるまでの間は存在しているということは確実ですね。」
 3年生…、修学旅行…。って、もう半年も無いじゃないか。

 

 …いやまて?長門の話ではこの世界が滅ぶか否かは3日間次第だと言ってたよな?修学旅行を無事終えているのなら世界は崩壊しない、ってことにならないか?あー、また頭がこんがらがってきた。説明してくれ、長門。
「……未来の干渉により起こる時間平面の崩壊は始点を持たない。
全ての時間平面枠が終点となる崩壊。」
 つまり、どういうことだ?

 

「紙に書いた文字を消しゴムで消すか、火をつけて燃やしてしまうかの違いですよ。」
 なるほど。実に不愉快だが古泉の例えは的を射ている。

 

 世界というより時代の消滅、だな。確かに存在していたが、存在しなくなる。…もう矛盾の2文字にこれ以上出演してもらうのは結構だ。
 しっかし、つい昨日まで平和(であるかの基準は人それぞれだが)そのものだった筈の未来がたった1日でこうも変貌を遂げるものだろうか。
その未来が訪れるのかどうかも疑わしい状況で何をどうすればいい?

 

 ハルヒの消滅、時代の消滅。唯一のヒントとなる手紙は完成を遠くに忘れてきた未だ書きかけの便箋。なにぶん情報が少なすぎる。新たに文章が追加されたとはいえ現在8行しか無いその文章から具体策を練りだそうにも、何も無いところからは何も生み出せやしない。だからと言って今日だけ特別に団長だけ席を外してもらって、俺たちだけで秘密会議をさせていただきます、などとハルヒ本人に言えるだろうか?

 

 考えるために与えられた時間は殆ど用意されていない。

 

「部活に、…行かないと。」
 十分に泣き尽くした朝比奈さんがすっくと立ち上がり、考えていたことを俺より先に行動に移す。
「今日だけ顔を出さないのは不自然ですから…。」
 どこか抜けているようで結構しっかりしている、それが彼女だ。今早足で保健室を出て行ったのも恐らく顔を洗う為だろう。…ドアが閉まって数秒後に何かに躓いて転んだ音が聞こえたが、気のせいということにしておこう。

 

 さて、件のハルヒはというと──

 

 …特にいつもと変わらない様子だった。いや、今日から突然余所余所しくなったり怒り狂っていたり笑い転げていたりして欲しくも無いが。
 とにかく今日も何事も無いSOS団活動を仕切るハルヒそのものであり、今日も週に何度あるのか解らない朝比奈コスプレショーを始め、今日もまたいつものように俺と古泉の男性陣は廊下に放り出されて寒空に震えつつ、こうして今日も何気ない一日、としか言いようの無い学校生活が終わったのであった。我ながら今日という単語を馬鹿のように使った気がするが、そこは特に気にしないでいただきたい。

 

 下校時間になると同時に
「用事があるから。」
 と朝比奈さんの腕を掴んであっという間に廊下に消えてしまったハルヒ。朝比奈さんを引きずって行かなければならない用事とは何だ?あまり良い予感はしないのだが…。

 

 単純計算で部室には3人が取り残される。しばらくの間発生していた沈黙を破るかのように言葉を発したのは古泉だった。
「さて、どうしたものでしょうか。このまま黙って世界が消え去るその日まで棒立ちで待っているのは僕も避けたいものです。」
 そうだな、俺も同じ意見だ。何が悲しくて世界と無理心中しなくてはならんのだ。
「それだけじゃありませんよ。涼宮さんの事についても目を背けられません。」
 分かっているさ。…しかしこうも情報不足ではどうしようもない。
「だからこそ、僕にも十分に頼って欲しいのです。
長門さん程には的確な答えは出せませんし、唯一出来る事と言えば閉鎖空間の対処くらいです。
ただ、僕が言いたいのは機関員だからという理由ではなく、SOS団員だから、いや──」
 そこは流石に答えてやることにした。

 

「友達だから、だろ?」

 

 時々ふと思うことがある。長門、古泉、朝比奈さんは確かに一般人の目から見て特異な立場にいる。
それぞれの思想に基づいてハルヒを観察する3人だということを、俺は高1の時から知っている。では彼らは与えられた任務だけこなしていればいいと考える機械人間か?

 

 答えはノーだ。

 

 俺が毎日この部室で、非日常にも愉快な一日が送れるのは心に心で接してくれる彼らがいるからだ。
心を持つ人間相手に過ごすという日常が、心を持たない宝石の山相手に過ごす日常より遥かに優れているという事を、忘れてはならない。

 

 さてもう陽も暮れる。電気ストーブ様の精励によりとても暖かなこの部屋から暴力的な冷気が立ち込める廊下に出るのは些か乗り気ではないが、いつまでもここにいては日付が変わってしまう。家に帰ったら真っ先に暖かい風呂に入って体を休めたいところだ。手紙についてはその後で考えるさ。

 

 戸締りを確認して電気ストーブを消し施錠しようとしたが、電気ストーブに手をかけたところでそれは中断された。長門によって、だ。

 

 古泉は調べることがある、と既に部室を出て行った後なので現在この部室には俺と長門の2人だけ。
「どうかしたのか?長門。」
 そう質問すると長門は何も言わずパソコンを指差した。
「パソコンに、何かあるのか?」
 再び質問すると今度は答えてくれた。
「……メールの確認を。」

 

 よく分からないが、長門の言うことには最優先で従うべきであるということを俺は理解している。言われたとおり、早速パソコンを立ち上げてみると確かにメールが来ていた。数分前までハルヒが使っていたのに、気づかなかったのだろうか?それともハルヒが出て行って俺達が帰るまでの数分の間をピンポイントに狙って送信されたのか?メールを開いてみると奇妙なことに差出人は無記入で、件名も省略。本文にただ1行、

 

“未来に注意せよ”

 

とだけ書かれていた。

 

 このメールを何故長門は感知できたのか?その理由を聞く前に珍しく自分からこう言った。
「先程、このケーブルから微弱な信号を感知した。それはこの時代ではまだ開発されていないもの。
私とあなたが丁度2人きりになる時を見計らい、そのうえ確実に発見されるように
細工されたものと言い換えられる。」
 何やらこのメールが大層な代物か何かに見えてくるが、…しかし。

 

「未来に注意…、って言ってもなぁ。」
 注意しなければならない、なんてのは既知の最重要課題。未来の干渉で世界の存在の危機だってのはもうウンザリするほどに理解しているさ。今更警告されても…、ただただ拍子抜けするばかりである。ひとまずこのメールを一読してから俺が考えたものは未来に気をつけよう、が未来に充分に気をつけよう、に変わっただけであり、つまり姿勢は何も変わらない訳で。

 

「既に留意している分野を拾い上げて注意を促すことがまともとは言い難い。」
 全くその通りだ。流石に長門もこのメールには呆れたか。
「そうではない。これはむしろこの事件の核心に迫るヒントだと受け止めている。」
 …意味が全然分からない。俺の脳はスペック不足によりほとんど機能を果たさなくなっているのだから。どういう意味か、俺に分かるように言ってくれないか?長門。

 

「……私達の近辺にも、 “未来” は存在している。」

 

 ここまで聞いてもまだ意味が分からないと言う奴はこの部室以外にしか存在しない。SOS団メンバー達から非日常を強引に理解させられた俺には長門の言おうとしていることが手に取るように分かった。

 

「朝比奈さんだと、お前は言いたいのか?」
 長門は暫くの間押し黙っていたが、こう呟き始めた。

 

「断定は出来ない。ただ、今回の事件との関連性を考えれば妥当とも言える。
手紙について、時間移動説に首を横に振ったのも彼女ただ一人。しかしどう見繕ってもこの手紙はこの時代に正規の方法で書かれたものではない。」
 そして俺が遮るのも見透かすかのように続けてこう言った。
「私という個体は…、今述べた仮説が正しいとは認めたくない。
彼女もSOS団の一員。仲間を確証も無しに一方的に疑うことは、この世界で言う最も卑劣な行為。
逆に言うと、そういった仮説を立てざるを得ない程、この件は重大性を帯びている。」

 

 そこまで聞いた時点で長門に何か言い返そうとする気は失せた。長門だってこの世界を護ろうとしているのだ。世界さえ消滅しなければ傍観を貫き通す、一年前の長門はここにはいない。その仮説に行き着いてしまった事について俺がとやかく言えるような立場ではない。それに朝比奈さんを気にした言動の方が、俺にはむしろ喜ばしいことだ。

 

「……情報統合思念体に判断を仰げないからだと、私は認識している。」
 そんなはずは無いさ。説明している最中に僅かに下がった眉、あれは長門の心の表れだろう。

 

 認めないのかもしれないが、それは確実にお前が誇ることの出来る、真心というものなんだぜ?

 

 

 

 帰り道、部室で話した説について、長門本人は忘れるようにと言った。まずその説を正しいとするならば、どこから送信されたのか不明なあのメールを信じるのが前提だと付け足した。確かに長門の言う通りだ。それに仮説が正しいものだとしても、それはきっと朝比奈さんにも事情があるのだと俺は思う。
 【禁則事項】で秘し隠しにされるであろう、未来の事情が。

 

 あとこれは聞く必要があったのかどうか定かではないが…。長門にはこの寒空に対する不満は無いのだろうか?とふと過ぎった疑問心そのままに聞いてみたところ、返ってきた言葉は
「ない。」
 の一言。…ならば。

 

「でも流石に今日はいつもより寒いだろう。やせ我慢は良くないぜ?」

 

「……今日の気温は昨日と同じ。ただ湿度が少ない為に体感温度が低く感じられるだけ。
それに、私は体の構造が人間とは多少異なる。私にとっては平気でいられるレベル。」

 

「そっか。俺は寒いのは苦手なんだがな。」

 

「……そう。」

 

「そこでこれから一番に出くわすコンビニに立ち寄って家に帰るまでの熱量確保のためにでんを食すつもりなんだが。長門は寒さが平気だから必要無いな?」

 

「食べる。」

 

 こうしてこの日もまた何の成果も上げずに終わる訳だが、停滞しているのはただボーっと手紙を眺め続けている俺の頭脳が生み出す解決策だけのようだ。やがて睡魔に10-0で大敗を帰してしまったのだが、手紙は俺達を嘲笑うかのように怪奇さを停滞させる気配を見せず、またも新たに文章を書き足していた。

 

 その事に気づいたのは翌日の朝になってからだった。

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