1.プロローグ

 2月上旬のある日のこと。
 それは、SOS団団員にして文芸部長兼コンピ研部長たる長門有希の唐突な宣言から始まった。

「あなたがたに勝負を申し込みたい」

 唖然とする俺たちに対して、長門は淡々と説明した。
 長門を含むコンピ研 vs 長門を除くSOS団(名誉顧問を加えてもよいとのことだった)。勝負は、去年やった宇宙戦闘ゲーム"The Day of Sagittarius 3"を大幅に改良した"The Day of Sagittarius 4"で行なわれる。
 賭けるものも指定してきた。
 コンピ研側が勝った場合には指定する日に一日限定でSOS団団長権限を長門に委譲、SOS団側が勝った場合にはデスクトップパソコンを一台進呈する、とのことだった。

 堂々たる果たし状であり、こうまで言われて、ハルヒが応じないはずもない。
「相手が有希だからって、容赦しないわよ!」
「望むところ」
 長門もやる気満々のようだ。
 こいつもすっかり人間らしくなって結構なことだが、よりによってハルヒに喧嘩をふっかけることはないと思うのだが……。
 そうはいっても二人ともやる気満々では、もはや止めようもなく、一週間後に勝負が行なわれることは規定事項となった。

 その後一週間、長門を除き名誉顧問を加えたSOS団の面々は、放課後にゲームの練習にいそしんだ。
 朝比奈さんも鶴屋さんも受験の真っ只中というのに、まことに申し訳ない。
 俺が謝ると、
「気にしない、気にしない。たまの息抜きにはちょうどいいさっ!」
 鶴屋さんは笑ってそうおっしゃってくださった。
 本当に心の広いお方だ。

 で、勝負を賭ける"The Day of Sagittarius 4"だが、前作との変更点がいくつかあった。
 完全3D化された三次元空間での戦闘。索敵艇の設定は廃止され、マップ全体が最初から見える状態。前回のコンピ研側のインチキであるワープはなし。
 パラメータ100を攻撃、スピード、防御に振り分ける設定はそのままだが、ゲームの途中でも任意にパラメータ配分を変更可能。前回長門がコンピ研を苦しめた分艦隊モードも健在だ。艦隊は双方5個ずつで、全滅するか総旗艦を撃破された方が負け。
 取扱説明書には他にもいろいろと書いてあったが、主なところはこんなもんだろう。

 そして、一週間はあっという間に過ぎ去った。



2.決戦

 勝負の日の放課後。
 戦いの舞台は、整えられていた。
 コンピ研帝国連合艦隊は、総旗艦を有する「ユキ総統閣下艦隊」を筆頭に、「総統閣下の下僕A艦隊」、「総統閣下の下僕B艦隊」、「総統閣下の下僕C艦隊」、「総統閣下の下僕D艦隊」。ネーミングセンスについては、とやかくいうまい。
 対するSOS帝国連合艦隊は、総旗艦を有する「ハルヒ皇帝陛下艦隊」を筆頭に、「名誉顧問閣下艦隊」、「古泉くん艦隊」、「みくるちゃん艦隊」、「雑用係艦隊」。なんか俺の扱いが前回よりも悪いような気がするんだが、気のせいか?
 戦闘意欲満々のハルヒの横顔を眺めている俺の耳に、開戦のファンファーレが鳴り響いた。
 さて、どうなることやら……。


コンピ研部室……。
「各艦隊、制御キーを総旗艦に委譲せよ」
 長門有希は開戦と同時にそう命じた。
「「「「了解!」」」」
 4人の下僕たちは、すぐさま命令に従った。
 長門有希は、制御キーの委譲を確認すると、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
 彼女は、たった一人で5個艦隊を操ろうとしていた。


文芸部室……。
 開戦と同時に、敵艦隊は連携のとれた積極的な機動で、SOS帝国連合艦隊を翻弄した。
「敵は、こちらを分散させて各個撃退する作戦のようですね」
 古泉が敵の動きをそう分析した。
「この動きは人間技じゃねぇぞ」
「長門さんが全艦隊を一人で制御しているのかもしれません」
「そんなことが可能なのか?」
「ええ、取説にも書いてありました。各艦隊が制御キーを総旗艦に委譲すれば、総旗艦から全艦隊の直接制御が可能となります。前回の分艦隊モードの拡大版といったところですか」
「長門なら、それぐらいはやりそうだな」
 画面を見ると、敵の思惑どおりというべきか、SOS帝国連合艦隊は、各艦隊がバラバラに分散しつつあった。


コンピ研部室……。
 長門有希は、敵艦隊を意図通りに分散させたことを確認すると、キーパンチのペースを緩めずに、淡々と命令を下した。
「制御キーを各艦隊に返還した。各艦隊は、各個、対面する敵艦隊を殲滅せよ」
「「「「了解!」」」」


文芸部室……。
 戦況を簡単に述べれば、広大な宇宙空間の5箇所において、それぞれ一対一の殴り合いが行なわれているといったところだった。それぞれの戦場の間には距離があって、相互支援ができるような状態にはない。

 俺の雑用係艦隊は、目前の敵D艦隊を相手にするのが手一杯で、他に手が回らない。

「手ごわいですね」
 古泉はいつものスマイルを浮かべたままそんなことをつぶやいていた。
 善戦はしているようだが、敵B艦隊を相手にじりじりと残艦を減らしている。

「はわわわ……」
 朝比奈さんは、残艦が急激に減っていく様子にただおろおろとするばかり。

「有希っこは容赦ないね。燃えてくるさっ!」
 鶴屋さんは、敵A艦隊を相手に大立ち回りを演じている。
 この人は、何をやらせてもすごい人だな。

「さすが有希ね! 正々堂々と勝負よ!」
 ハルヒ皇帝陛下艦隊の状況を画面で確認する。 

 ユキ総統閣下艦隊は分艦隊モードで20個に分裂し、ハルヒ皇帝陛下艦隊を袋叩きにしていた。
 そして、長門の総旗艦がハルヒの総旗艦めがけてぐんぐんと距離を縮めていた。
 長門は、総旗艦同士の一騎打ちで一気に片をつけてしまう気だ。
 ビーム砲の射程に入ってしまったら、ハルヒの総旗艦は、長門の精密な射撃であっという間に撃破されてしまうだろう。

 俺は、雑用係艦隊のパラメータ配分を変更した。攻撃0、スピード100、防御0。
 そして、旗艦を先頭に、ハルヒ皇帝陛下艦隊とユキ総統閣下艦隊が戦う戦場へと、猛突進を開始した。
 今から思えば、なぜそんなことをしようと考えたのか、よく分からない。


コンピ研部室……。
「D艦隊、敵雑用係艦隊の動きを阻止せよ」
「駄目です! 振り切られました! 追いつけません!」
 D艦隊は、敵雑用係艦隊を半分まで減らしたところで、完全に振り切られた。
 敵雑用係艦隊のスピードは100。D艦隊のスピードを今から100に上げたところで、永久に追いつけない。

 それが、あなたの気持ちか……。

 長門有希は、心の中でそうつぶやきつつ、自艦隊のパラメータを変更した。攻撃10、スピード70、防御20。
 敵総旗艦を撃破する前にやられてしまっては元も子もないので、それがギリギリの数字だった。

 果たして、間に合うか?


文芸部室……。

 間に合えぇー!

 俺の心の叫びは、どうやら天に通じたようだ。 
 敵総旗艦がハルヒの総旗艦を射程に収める直前に、敵総旗艦に俺の雑用係艦隊旗艦が突っ込んだ。 

 盛大に衝突する。
 これじゃ、まるで昔の神風特攻だな。

「ハルヒ、俺に構うな! 撃て!」
「えっ!? でも……」
 こんなときに限って躊躇するなよ。らしくもない。

 結局攻撃したのは、いつの間にかこの戦場に到達した古泉の艦隊だった。
 俺の旗艦が突き刺さったまま身動きがとれない敵総旗艦は、ビーム砲を雨あられと浴びせられ、撃破された。

 You! Win!

 そう表示されて、画面がブラックアウトした。

 俺は古泉の方を向き、
「おまえ、いつの間に」
「あなたの動きを見て、すぐに意図を察しましてね。速度優先にパラメータを変更して、馳せ参じたというわけです」
 古泉は、何かいいたげなニヤケ顔でそう答えた。
 そのニヤケ顔はなんかむかつくからやめろ。


コンピ研部室……。
「このたびの敗戦の責任はすべて指揮官である私にある。よって、献上するパソコンの費用は私が出す」
 長門有希は、淡々とそう宣言した。
「そんな! 何も部長ばかりが悪いわけじゃありません! 俺たちがもっとしっかりしていれば……」
 副部長の言葉を、彼女はさえぎった。
「いい。あなたたちには、私のわがままに付き合わせてしまった。申し訳ない」
 彼女はそういい残すと、部室を去っていった。
 その後姿があまりにも寂しそうで、誰も声をかけることができなかった。



3.エピローグ

 あれから数日後、俺と古泉は、部室でオセロ対戦をしていた。
 女子団員三人は、先に帰った。長門の部屋で明日の準備をするそうだ。
 明日は、2月14日。
 今年は、どこの山をほじくり返すことになるのやら。あるいは、マリアナ海溝にでも潜らされるハメになるのかもしれん。

「ところで、先日のゲーム対戦、あなたの最後のあの行動ですが。どうして、あんなことをしようと思ったんです?」
 古泉が唐突にそんなことを聞いてきた。
「ゲームに負けてハルヒの機嫌が悪くなったら、いろいろと都合が悪いだろうが。おまえだって、例の灰色空間に行かずにすんだんだから、感謝の言葉ぐらいほしいところだな」
「ええ、その点については感謝しておりますよ。でも、理由はそれだけですか?」
「何がいいたい?」
「あのような事態がゲームではなく現実の世界で起きた場合でも、あなたは同じような行動をとったのではないかと思ったものでね」
「おいおい、勘弁してくれよ。あれはゲームだったからだ。現実では絶対やらんぞ。俺だって命は惜しいぜ」
「まあ、そういうことにしておきましょうか。それにしても、長門さんは一日団長になって何をしたかったんでしょうね?」
「さぁな。いつも団長様の理不尽な命令に従わされてばかりだから、たまには命令してみたくなったんじゃないのか?」


 一方、三人娘は、長門有希の部屋でチョコレート作りに励んでいた。
「ねぇ、有希」
「なに?」
「有希さ、一日団長になって何がしたかったの?」
 長門有希は、長い沈黙のあと、ぽつりともらした。
「…………団員その一」
 涼宮ハルヒは思わず顔をあげて、長門有希を見る。
「……彼と明日一日をともにすごしたかった」
 涼宮ハルヒは、唖然としたまま固まった。
 朝比奈みくるも、目を見開いて驚いている。 

「私は負けた。だから、その願いはもうかなわない」
「で、でも! そんなチャンスなんて何回だってあるわよ! 有希はいい子なんだし、あいつだって!」
 涼宮ハルヒは内心の動揺を隠すようにそう叫んだ。
「あなたも、そろそろ正直になるべき」
 長門有希はあくまで淡々と、核心を突くセリフを吐いた。
「……」
「大丈夫。あのゲーム対戦での彼の最後の行動。あれは、紛れもなく、彼のあなたへの気持ちそのもの」
「有希……」
「女子団員三人が共同して男子団員二人にチョコレートを贈呈するのは、今年を最後とすべき。来年は、あなたが彼にあげればいい」


 翌日、男子団員二人がどれだけ苦労して、チョコレートを探し当てたかという詳細については省略する。
 一連のイベントが終わったあと、長門有希は、北高の部室棟にいた。
 文芸部室の前を通り過ぎ、コンピ研部室に入る。
 手にしていた大量の手作りチョコをテーブルの上においた。
 部員たちの視線が集中する。
 そして、ぽつりと一言。

「あげる」

 しばし唖然としていた部員たちは、ハッと気が付くと、全員が一斉に最敬礼し、学校中に響き渡らんばかりの大声で叫んだ。

「ありがとうございます!!!」

 昨年までバレンタインデーなど無縁であった男子部員たちは、感涙にむせび泣きながら、チョコレートを味わった。

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最終更新:2020年07月03日 16:24