ハルヒがいつもうるさいくらい、朝比奈さんがいつも可愛らしいくらい、長門がいつも静かなくらい、古泉がいつも微笑んでいるくらいにいつも通りの、俺にとってまさに普通の日常であった中のある日のことだ。
 俺は学校に着くなり後ろの席の奴の話し相手を余儀なくされ、しかもそいつの発言の3割は罵倒が占めているという、なんともサディスト的な罵りっぱなしの状況が終わったと思ったらすぐに朝のホームルームが始まり、もちろんその最中にも俺への語りかけはやめないという最高レベルに騒がしい女と言えば一人しか居まい。
 そう、そんな奴は涼宮ハルヒの他には居ない。なぜこんなに名前を出すまで引っ張ったのかと言うと、ただの気分である。
 授業の板書もそこそこに、1時限目から昼休みまでを見事に耐え抜いた俺の心境はというと今すぐ家に帰りたかった。こんな狭っちい校舎に閉じ込められるなら、この無限に広がる雄大な空に「アイキャンフライ!」と叫びながら飛び出したいぜ。ハルヒに頼めば、翼のひとつやふたつ俺の肩甲骨あたりに生やしてくれるかもしれない。
 そんな冗談はさておき、俺のカラになった胃袋に食料を詰め込むべく弁当を取り出した際に、見慣れた友人の姿を視界の端に捕らえた。
「ちょっとさ、キョン。相談があるんだけど……」
 少し深刻そうな表情で話しかけてきたのは国木田である。
「どうした?」
「えっと、食べながら話すよ。」
 
 教室の片隅に机を付けている最中に谷口が寄って来た。まあいつも一緒に食べているからこれも当たり前のような光景だ。
「いっやあ、今日も相変わらずかったるかったなあ、我が戦友たちよ。」
「ごめん谷口、今日は他の人と食べてくれないかな。僕、ちょっとキョンに話があるんだ。」
「んあっ? なんだよそれ。」
「キョンにしか話せない用なんだよ。悪いけど……」
「キョンには話せて俺には話せない話だとー!? く、くそっ、俺をさしおいてーっ!」
 谷口の声はだんだんとフェイドアウトして最後にはミュートになった。なぜかというと谷口は教室を意味もなく飛び出したからで、悪いが今は谷口より国木田の相談のほうが気になる。
「それでね、相談っていうのは……朝比奈さんのことなんだ。」
 俺の眉間が、光よりも速いスピードで――あろうという強調の意味合いで――ピクンと反応した。
「あれから朝比奈さんと何かあったのか?」
 そう、俺は知っていた。正確には今瞬間的に思い出したのだが、去年の秋頃に国木田と朝比奈さんが付き合っているというテポドンより規模も被害もでかい爆弾発言を落とされたのを覚えている。
 前までの俺ならショックで何週間か寝込んでいそうな事実であるが、俺の精神も大きな進歩を遂げたようであまり衝撃はこなかった。
 むしろ国木田が彼氏なら大事にしてくれそうだし、ルックスの差には開きがあるが俺はそれに納得したのだ。
「その……なんかね、朝比奈さんが僕を避けてるみたいなんだ。」
「避けてる?」
「うん。僕の杞憂だったらいいんだけどね。最近一緒に帰ることが減ったし……休日に誘ってもキャンセルされることが多いんだ。」
 それは……問題だな。朝比奈さんは自分の彼氏の気分を損ねるような行為はしないお方だ。好きな人には尽くして尽くして尽くし通す、そんなイメージがある。
「今日の放課後、朝比奈さんにどういう訳が訊いてくれないかなあ。何か僕に原因があるならはっきり言ってくれたほうがいいよ。」
 彼女は控えめな性格だからな。あっても言い出せずにいるのだろうさ。
「って、そういうのはお前が訊くべきなんじゃないか?」
「えーっ、僕ぅ? キョンが訊いてよ。」
「ダメだ。」
「な、なら、一緒に来てよ。それならいいでしょ?」
 
 俺らは弁当のつつく頻度をそこそこに早め空腹感を抹消したところで、3年の教室がある校舎へ向かった。
 朝比奈さんのクラスまでたどり着くと、都合のいいことに鶴屋さんが入口付近で雑談を交わしていて、俺はここぞとばかりに話しかけ寄る。
「鶴屋さん、朝比奈さん居ますか?」
「おやっ? キョンくんと少年くんじゃーないかっ! みくるかい? ちょっち待ってね! おーい、みくるー!」
 教室の奥に居た清楚なるマイエンジェル朝比奈さんは、鶴屋さんの声に反応してぴくっと動き、こちらを向いた。
「ほら、行けよ国木田。」
「やっぱりキョンが訊いて、お願い! 今度何か奢るからさ~!」
「そんなこと言っても……って、あ、おい!」
 国木田は、まだ力の差がありすぎて倒せないモンスターと直面した弱小勇者のような足取りで逃げるようにこの場を去った。
「あ、キョンくん。どうかしましたかぁ?」
「ああ、えっとですね。」
 しょうがない、ここは俺が代役を務めさせてもらおう。
「どうですか、最近……その、あいつと。」
「あいつ……?」
「ほら、国木田とですよ。」
「はっ、えっ……」
 朝比奈さんは少し顔を赤らめた。ちくしょう、国木田め。
「ど、どどどうしてそんなことを訊くんですかぁ?」
「いえね、少し気になりまして。うまくいってるならいいんです。」
「あ、はい、おかげさまで……」
 俺が2人の為に何かをした記憶はないのですが、まあそこらへんはいいでしょう。どうやら国木田の気のしすぎのようですね。
「え? 国木田くんがどうか……」
 俺は校舎の壁からひょっこり顔をだしてこちらを伺い見てる国木田を発見し、グッドのサインを指でつくってから手招きをしてやった。
「はっ!」
「え、朝比奈さん?」
 その瞬間、朝比奈さんは尋常なまでのスピードで教室の中へ戻り、なにやらすぐ席についたようだ。
「あっれぇ、朝比奈さんは?」
「なんか教室に戻って行ったけど……お前、何かしたのか?」
「してないよ! やっぱり朝比奈さんは僕を避けてるのかな……僕、教室に戻るね。」
「おい、国木田!」
 国木田はマイナスオーラを漂わせながら、まるでヒロインをラスボスにさらわれてしまった後の勇者みたいな足取りで再びこの場を去った。
「うーん、どうしたんだろうねみくる。ちょろんと行ってくるから、とりあえず今はキョンくんも戻りなよ。」
「お願いしますね、鶴屋さん。」
 物凄く頼りになるSOS団名誉顧問さんに後のことは任せて、俺は国木田の後姿を追うことにした。
 
 
 謎を頭の中に抱えたまま午後の授業を耐えて放課後。今日も俺は、デフォのテンションが既にハイな上機嫌ハルヒと部室へ向かう。
 ハルヒがノックなしに勢いよく扉を開いた先には変わらぬ読書姿と変わらぬ優男の姿があって、動く目の保療剤こと朝比奈さんはどうやら居ない。
「あら? みくるちゃんは?」
「今日はまだ姿を見ていませんね。長門さんは知りませんか?」
「……知らない。でも、調査にはさほど時間はかからない。」
「ちょ、調査か?」
 俺が本当に長門に調査を頼むか頼まないか悩んでいると、
「ビックニュースにょろよっー!」
 と、超がいくつも付くほど元気がある声と共に扉が開け放たれ、どんな手入れをすればそんな綺麗な髪になるのかと思える長髪の持ち主が、まるで戦で自分らが優勢であるという朗報を聞いた武将のようなニンマリとした顔で入ってきた。
「鶴屋さん、ビックニュースって何っ!?」
 話に食い付いたのは言うまでもなく涼宮ハルヒに他ならない。
「ちょっとついてきてっ! 早くしないと終わっちゃうんさっ!」
 鶴屋さんは俺らを誘い招くような動作をしたあと、1階へ降りる階段の方へと駆けた。
「なにぼけっとしてんのキョン! ほら、みんな行くわよっ!!」
 ハルヒに制服の袖を掴まれた俺は、そのまま鶴屋さんのあとを追うハルヒの速い足のテンポに合わせるハメになり、それは鶴屋さんが立ち止まるまで続いた。
 
 
 教室がある校舎と部室棟とを繋ぐ渡り廊下の柱で体を隠すように、鶴屋さんとSOS団メンバー――朝比奈さんを除いた――が到着した。
「ほら、あそこ!」
 鶴屋さんが指差す方向に居るのは、疑う余地もなく朝比奈さんと国木田だ。朝比奈さんは持っている何かを隠すように腕を背中へまわして頬を朱色に染め、国木田はこめかみ辺りを人差し指でちょいちょいとかいている。ええい、見ているだけでじれったい光景だ。
「みくるちゃんと国木田じゃない。あの2人付き合ってたんだっけ。なにやってんのかしら?」
「キョンくんは知ってると思うけど、最近2人、すれ違いが多かったみたいなんさ。それを少年くん――国木田くんだったね――が気にしてギシギシしてたみたいなんだけど、それはみくるが原因だったんさ。」
「どういうことですか?」
「みくるが持ってるあれ、見えるかいっ?」
「んー……?」
 目を凝らしてよく見てみた。だが、色までしか判別できていなかったところで、
「何かの編み物……ですかね。」
「セーターに該当する物と推測。朝比奈みくるの心がこもっている、はず。」
 2人の助言――まあ8割長門のおかげ――を聞いてどうやらセーターだということが解かった。それにしても長門、心がこもっているだとかも解かるようになったのか。
「……日常の賜物。」
「話を戻すにょろよ?」
「あ、お願いします。」
「みくるが一緒に帰れなかったり休日会えなかったりしたのは、あのセーターを編んでたからなんさっ。この日のために寝る間も惜しんで編んでたらしいよっ。」
「この日のためって、今日は何か特別な日なんですか?」
「国木田くんから聞いてなかったのかい? 今日は彼の誕生日なんだって!」
 へえ、そうだったんですか? それは初めて知りましたよ。
「昼休みにみくるがあんな速さで席に戻ったのも、机に置いておいたセーターを隠すためだったらしいんさ!」
「ふうん、あたしが知らない間に色々とあったのね……なんか悔しいわね。」
 お前はいつも話の中心でないと気が済まないのか?
「当たり前でしょ! SOS団団長として、あるまじきことよ!」
 お前が自虐したところなんて初めて見たよ。
「なっ……あ、ほら、みくるちゃんがセーター渡すわよ!」
 
 彼女が彼氏にプレゼントをあげる姿というのは実に馨しいもので、それが朝比奈さんであるから魅力は何十倍にも跳ね上がり、それに比例して俺の国木田への羨望の心も高まっていた。
「あ、あの、これからも……よろしくおねがいしますっ。」
「こ、こちらこそ。その、ありがとうございます。」
 2人の距離が狭まっていき、俺の鼻息が荒くなり始めてきたころに鶴屋さんが俺らの視界を遮り、背中を押され強制的に移動させられた。
「はいはーい、これで退散とするにょろーっ!!」
「え、あの、鶴屋さんっ!」
「これからがいいところなのよっ、鶴屋さん!」
「あの少しでしたのにね……」
「……残念。」
 
 
 その後のことはよく覚えていない。が、数日後、国木田が着ていた温もりに包まれた青いセーターがとてもよく似合っていたのは、今でもはっきりと記憶している。
 
 
スレチガイLOVER end
 
 
 
 
……これは、松元恵さんの誕生日に掲載させていただいたSSです。

他の誕生日作品はこちらでどうぞ。

 
 

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最終更新:2008年02月06日 00:02