朝比奈さんに続き、長門までも忽然と消えてしまった────、
一体何が起こっているんだ?
 
 
    新・孤島症候群─中編─
 
 
 ハルヒの部屋に着いた俺と古泉は、中に長門の姿が見当たらないことに戸惑った。
 てっきりすでにいるものと思い込んでいたからだ。
「有希? まだ来てないわよ、て言うかあんたが呼びにいったんじゃないの?」
 ハルヒは不機嫌そうに俺をにらみつける。
「いや、すまん、自分の部屋にいなかったからもうこっちに来てるんじゃないかと思ったんだ、
もう一回探してくる」
 そう言って俺はハルヒの部屋を飛び出していった。いやな予感がする。
「僕も探しますよ」
 古泉も着いてきた、その姿をみてふと思う、部屋にはハルヒ一人になっちまうぞ。
 その時、朝比奈さんと長門がいなくなった状況を思いだした。
 
 部屋に一人きりになるとやばいんじゃないのか?
 
 そんな考えが頭を横切った、だとしたらこのまま探しに行けない。すぐさまハルヒの部屋の前に戻り、
「ハルヒ、俺たちが戻るまで鶴屋さんの部屋で待っていてくれないか、すぐ戻るから」
 俺は廊下から部屋にいるハルヒに向かい、いつもと違う真剣な口調で言葉を発した。
「ちょっと、なに勝手に決めてるのよ! あたしも探しに行くわよ」
 ここまで付き合いが長いと、こう言ってくるだろうと予測することができる、
なので返す言葉も事前に用意することも可能だ。
「さっきお前が命令したんだろ、長門と古泉を呼んで来いってな、
だから団長様は待ってればいいんだ、名誉顧問の鶴屋さんと妹と一緒にな」
 そこまで言った後、俺は小声で、
「鶴屋さんと妹はきっとこの件に係わっていない部外者のはずだ、
不安がってたからお前の元気を少し分けてやってくれ、たのんだぞ」
 ハルヒはきょとんとした表情からなにやら考え込んだかと思うと、
「なにやら変な言い回しするわね、……ふうん、まあいいわ、
その方が都合がいいってことなんでしょ、しゃくだけどあんたの口車に乗ってあげるわ、
せいぜいあたしを退屈させないようにしなさい、でないと罰ゲームだかんね」
 
 どうやらハルヒの誘導はうまくいったようだ、鶴屋さんの部屋に入っていくところを見届けると、
「さすがですね」
 と言って古泉が俺に向かってハンサムスマイルを投げかける、だからそれが気持ち悪いんだって。
 ん? まてよ、この古泉の表情、笑ってられる余裕があるってことは、
「古泉、ひょっとして長門がいなくなったのはお前たちの差し金か?」
 なにやら下で相談してたのは今後の推理劇の展開なのではないかと思い、
そのために長門に姿を消すように頼んだんじゃないかと俺は考えた。
 しかし帰ってきた答えは違っていた。
「え!?、それはあなたが仕組んだんじゃないんですか? 僕たちは何もしてませんよ」
 古泉の表情から笑みが消えうせる。
「それじゃ長門さんがいなくなったのは……」古泉がひねり出す様に声を吐く。
 とんでもない状況になったことに気づいた俺たちはしばらく固まってしまった。
 
 その後、別荘中を探しまわったが長門の姿はどこにも無かった。
 まずいことになった、朝比奈さんなら時間移動しただけって可能性もあったが、長門がいなくなったとなると、
もう別問題だ、いやがおうにも別口の宇宙人の仕業ってことになっちまう。
 そして長門が敵の手に落ちてしまったとしたら、俺たちはもうどうすることもできなくなっちまう、
それこそはっきり言って、ハルヒのトンでもパワーに頼るしかない、
しかもそれが敵の望みかもしれないって寸法だ。
 
「まずいぞ、どうすりゃいいんだ? このままじゃなんかとんでもない方向に向かっている気がするぞ」
 頭がこんがらがってきた、冷静な判断が出来なくなってきている感じだ。
「まず落ち着いてください、そして最初から考えましょう、どこか不審な点はなかったかどうかです、
それに意外なところに手がかりがあるかもしれません」
 古泉はいち早く冷静になったようだ、一般人で凡人の俺よりかは異常事態に耐性があるようだ、
それは機関の訓練なのか、神人との戦闘によるものなのかは俺には判断ができないが。
「とりあえず食堂に戻りましょう、もう一度新川さんや森さん、多丸さんたちに相談したほうが良さそうです」
 俺は、ああ、と気のない返事しか出来ずにいた、ただ古泉の後についていきながら、
さっき言っていたこの事件の最初から考え直そうと思考をめぐらしはじめていたのだ。
 
 朝比奈さんがいなくなった理由は皆目見当もつかないが、時間を移動する能力を有する彼女だ、
その能力を使えばこの時間から消えてしまうことは容易だ、だが、その能力の実行には上司に申請し、
そして許可が降りないとできないはずだ。
 あの目を離した数分間にそんなやり取りがあったとはあまり思えない、
どちらかというと朝比奈さんは隠し事が下手な方だからな。
 事前にそういう予定があればおのずと態度に出していただろうと俺は思う、
で、そのときの彼女にはそんなそぶりは見受けられなかったしな。
 となると、もうひとつの懸案事項が頭をよぎる、もう一人の未来人、藤原と名乗るいけ好かない野郎だ、
そいつが朝比奈さんを連れ去った、っという考えだ。
 俺の中で一番有力なのがこの説だ、以前は未遂に終わったが、誘拐しようとしていたのは事実だしな。
 そう考えると、時間を行き来できる奴を相手にしないといけなくなるわけで、
今の俺たちに対抗できるかどうかも怪しい状態だ、はっきりいって厳しい。
 
 次に長門のほうだが、相手は長門と互角に渡り合えるであろう別口の宇宙人、九曜のしわざと考えるのが妥当か。
 しかもこの事件、連続性があると考えると藤原ってやつと九曜が協力している可能性が高くなる、
そうなるとそれを指示してまとめているやつもいると考えていいだろう、そうだ、あの誘拐実行犯、橘京子だ。
 はっきりいって俺たちSOS団に対抗できるやつらは世界広しと言えどもあいつらぐらいしかいないだろう。
 非常識な団体には非常識な集団で対抗するって寸法だ、いったいだ誰がそんなライバル組織を作ったんだか……、
その考えになるといつも俺はダウナーな気分になる、どう考えてもその下手人はわれらが団長、
涼宮ハルヒしかいないのだ。
 
 しかし、あいつらまだあきらめてなかったのか、ハルヒの能力を佐々木に移植させるなんてばかげたことを。
当の佐々木が要らないってんだからおとなしくしてればいいのに余計なことしようとするから……。
 ああもう、このことを考えるのはよそう、あの春の出来事は記憶の奥底に閉じ込めて厳重なカギを閉めて、
マリアナ海溝に沈めてしまいたいことだからな。
 
 俺と古泉は食堂で森さん新川さん、多丸さんたちと相談していた。
 俺の考えは先ほど述べたことでほぼ終了だった、この後の機関の方々の考えの深さと、
情報収集能力を目の当たりにして、凡人の俺が考えることなどたかが知れているってことを痛感させられることとなった。
 すでに橘や、九曜、藤原、佐々木の現在の居場所はもちろん、
敵組織との隠密なやり取りで現在休戦状態であることが伝えられた。
 このことにより、現在時間の彼らはこの事件に係わっていないことが判明したのだ。
 と、なると、まったく別の未来から来た未来人か、さらに未知の存在の仕業か、それとも……?
 
「あなたの考えの中に、部屋に一人でいると消えるという共通した事柄がありましたね、
もしそれが何か関係しているとすると、相手は単独犯、
もしくは二人組み等の少数の実行犯ではないかという推理がなりたちますね、しかも相手は女性、
とはいえ、朝比奈さんならともかく長門さんが普通の人間に拉致されるなんてことは考えられないことです」
 古泉はいつものように眉間に中指を当てたポーズで説明する。
 反射神経、運動能力、それに情報操作能力、どれをとってもこの地球上でかなう人間はいやしないだろう。
「そうなると、長門さんが消えたのと朝比奈さんが消えたのは別の事件の可能性もあります」
 別の事件?
「別の事件というより関連しているのかもしれませんが、
長門さんは消えた朝比奈さんを探しにいったという考えもあります、いくら考えても推測の域を越えられませんが、
朝比奈さんが別の空間に閉じ込められて、それを察知した長門さんが現在彼女を救い出しに行っているという考えです」
 それはあれか、例のカマドウマのようなことが起こったということか?
「まあ、そういう考えもできるってだけのことですが、この際、
あらゆる出来事を想定しておかないとこちらの対応に矛盾が発生してしまいかねません、
そうしておかないと涼宮さんにこの緊迫した状態を悟られる恐れもありますからね」
 ハルヒがこの状況に気づいて何かしらの行動やトンでもパワーを使い始めたらどうなる?
 まったく考えたくないね、神出鬼没の怪人や妖怪や妖精の仕業とか変な考えを起こされたら始末に終えん。
「もしそうなったらなんて僕たちも考えたくありません、そのようなことになって何かが起こった場合は、
もれなくあなたに活躍してもらうしか道はないってことになりますが、それはあなたにとっても不本意なことでしょう」
 古泉はなにか含みのある表情を俺にむける。
 おい、待てよ、なんでそこで俺の出番なんだ? まったく長門といい古泉といい、俺をハルヒ対策の最終手段にするな。
 
「あなたの活躍にはみな期待してますよ、去年の、あなたと涼宮さんがあちらの世界から戻ってきた時からです、
終わらない夏休みを終わらせた功績、映画の撮影によって現実世界に影響が出てきたときも、
あなたの活躍によって事態は収束したんですからね。あと、長門さんの起こした冬の出来事もですか、
そのことに関しては聞いた話だけですが、長門さんがあなたに何らかの影響を受けたことには違いないでしょう。
きっと朝比奈さんもあなたからなんらかの影響をうけているようにも感じます、我々に居て、相手側にはいない重要な存在、
それがあなたなんです。どんな状況に陥ってもあなたの判断に従いたくなります、
そしてあなたなら何とかしてくれると信じていますからね」
 
 ちっ、言っておくが今までのことは全部偶然なんだ、それに、
なんだかんだいって、そっちは一般人の俺を奉り上げて責任転嫁してるんじゃないのか、
そりゃ俺はどの組織にも組していない平凡な一般人だ、あえて何に属しているのかと言えばこのSOS団てことになる、
だからといって、何も考えちゃいねえぜ、俺はただ、いつもの日常が気に入ってるだけなんだ。
「やっといつもの調子に戻りましたね、あなたにはそうしてもらったほうが僕としても落ち着けます」
 古泉はいつものような笑顔の仮面をかぶり、
「我々としましても、事態の収束を願っています、ですが、
先ほどの様な狼狽したあなたの姿を涼宮さんに見られてしまうとマズイ事態になりかねません、
この先、どのような事態になるのか解りませんが、
このことだけはできる限り守っていただきたいと思います、いいですか」
 セリフの最後に一瞬だけ真面目な表情を見せる古泉、なにやら威圧的な感じだ、しかし、
俺はちらりと斜向かいに座っているメイド衣装の森さんを見る。
 あのときの森さんの表情に比べたらまだまだだな、森さんの凄惨な微笑で先ほどのセリフを言われたら、
もうどんなことが目の前で起こっても冷静でいられる気がするぜ。
 
「で、その言い方だとこの後、何かが起こることを知っているかのようなそぶりだな、
本当にこの件には無関係なのか怪しくおもうぞ」
 俺のセリフを聞いて古泉は、少し困った顔をして森さんの方をちらりと見た、
なんだそのアイコンタクトは。ひょっとして図星だったか。
 森さんは無言でうなずくと、古泉は苦笑いして俺のほうに向いた。
「まあ、隠していたわけではありませんけど」
 古泉はやれやれ、て感じで話し始める。
「このあと、どんな状況になるのか僕たちで予測をたてたんですよ、まあ、
その結果があまり良くないことでしたのであなたには黙っていたほうがよろしいかと思っていたのですが」
 なんだ、黒幕は機関でしたってことじゃないのか、しかし、そこまで言えばただ俺を不安にさせるだけだぞ、全部話せ。
 
 では、と言って古泉が口を開いた。
「僕たちが存在しているのは涼宮さんが宇宙人、未来人、超能力者がいてほしいと願ったからだと言いいましたね」
 そういや、そんなこと言っていたな。
「それから以前、涼宮さんの力が弱まっている、っと言ったことは覚えていますか?」
 ああ。
「これも仮説ですが、涼宮さんの力が弱まったせいで僕達の存在が希薄になっているのではないかってことです、
未来人である朝比奈さんがこの時代に存在しているのは涼宮さんの能力があってこそで、
その能力の低下に伴って存在意義がなくなり始めているのではないか、という理論です。
これは長門さんにも当てはまります、そして僕たちも」
「ちょっとまてよ、朝比奈さんは未来人でこの時代の人間ではないってのは俺もよく知っている、
そして長門が宇宙の思念体が作ったアンドロイドだってのもだ、
だから百歩譲って存在が希薄になるってのも考えられなくもないが、お前は……」
 普通の人間に戻るだけじゃないのか? っと言いかけたところで、
「ですからこのことはただの予測です、でも、次に狙われるとしたら間違いなくあなたではなく僕ということになるでしょう、
いえ、あなたと涼宮さん以外の全てが消えるかもしれません」
 なんでそうなる? いきなり話についていけなくなったぞ。
「少々飛躍しすぎましたか、すいません、ですが最悪のパターンも想定しておいたほうがこの後、
何が起こっても先ほどのように狼狽せずに冷静に対処できるというものですよ」
 俺は古泉の言い回しにうんざりしかけていて、
「そうかい」と一言、目をそらして返した。
 
 古泉はすぐさま元のニヤケ顔に戻り、
「話は変わりますが、去年のことです、我々が用意したサプライズパーティのさい、
涼宮さんとあなたが見たとされる人影についてなんですが」
 俺は見てないがな。
「ああ……そうでしたね、まぁそれはどっちでもよいのです、問題は涼宮さんが我々以外の人影を見たという事です。
あのとき涼宮さんは犯人は我々の中にいるのではなく、まったく別の誰かでいてほしいと願い、
そして実際得体の知れない何者かをこの島のどこかに生み出したのではないかということです」
 去年まさかと思っていたことが実際に起こっていたということか?
だがもしそのような怪しい奴をあいつが生み出したとしてだ、一年間もこの島に潜んでたとは考えられんがな。
「まぁ常識で考えればそうですが、涼宮さんでしたら長門さんですら苦戦を強いられる存在を生み出してもおかしくありません、
それが今回の事件を引き起こしている可能性もあります、しかも痕跡を残さず一人一人消し去る能力の持ち主です、
ですが涼宮さんが生み出したものだとしたら、我々に危害を与えたり、
敵意を持って襲い掛かってくるようなことはないような気もします」
 古泉はいつものように饒舌だ、説明役をさせると水を得た魚の様にしゃべりやがる、
しかし、なにかがおかしい気がする、俺の中で何か違和感を感じている、何だ?
 
 俺が古泉に猜疑心を持ち始めた時、
「少々長く話し込んでしまいました、そろそろ戻らないと涼宮さんを心配させてしまいます、
取り敢えず僕達としてはあなたが取り乱したりしなければこの事件はいずれ収束していくような気がすると言う事です」
 そう言った古泉の表情を見た時、俺が感じていた違和感の正体に気が付いた。
 最初、朝比奈さんが消えた時はもっと真面目な表情だったはずだ、だが今はどこか余裕のあるいつものニヤケ顔だ、
いくら俺を落ち着かせる為とはいえここまで余裕のある表情を作れるんだろうか、
まるでこの事件の真相を知っている首謀者のようにも見受けられる。
 まさかハルヒがこの失踪事件を古泉達が仕組んだサプライズパーティーだと思い込んだからか?
そのせいでいつの間にか現実がすり替わり始めてるんじゃないだろうな。
 いや、正直それが狙いだったんだが実際目の当たりにすると違和感がまさる。
 
 もし、今俺が考えている様なことが起こっているのだとしたら、
さっき古泉が言っていた様に、このまま冷静にしていれば事態は収束に向かうってことになるのだろうか。
 そんな、半分自分に言い聞かせる様なことを考えながら俺は古泉と共に食堂を後にした。
 
 そのまま二階に上がり鶴屋さんの部屋に向かう、その途中にある長門の部屋の前を通ったときふと思いついた。
 そういやさっき長門の部屋を調べたときは見落としていたが、
あの長門のことだ、ひょっとして本の栞に何かヒントを残しているかもしれない。
 
「古泉、俺はもう一度長門の部屋を調べてみる、何かヒントを残してるかもしれないからな」
 先に進んでいた古泉の背中に声をかけ、返事も待たずに俺は長門の部屋に入った。
 ドアは開けっ放しで中に入り、長門が持ってきているであろう本を探す、カバンの中をあさるのは気が引けるが、
そんな心配はしなくてもよさそうだ、ベッド脇にある小さな机の上に文庫本がおいてあったからだ。
 きっと何かヒントが書いてある、そう信じてその本を手にとろうとしたとき、背後に誰かの気配を感じた。
 俺は古泉が戻ってきたのだろうと思い、まったくもって油断していた、それより意識が本に向いていたというべきか。
 
 ──古泉じゃない。そう感じた瞬間、振り返る間もなく俺の意識は暗転した。
 手に持っていた文庫本が俺の手から離れていく、くそ、次に狙われたのは古泉じゃなくて俺だったじゃねえか。
 意識を失う直前に思ったのは古泉への悪態だった。
 
 
 
   つづく


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