プロローグ
 
 季節は夏だ、誰がなんと言おうと夏なんだ。
夏と言えば、学生である俺たちにとっては待ちに待っていた、そう、
サマーヴァケイション! 夏休みだ。
 で、その夏休みなんだが、またもや初日から俺達SOS団は合宿という名目で、
去年来た孤島の別荘へ来ることになっちまった。
それはまあいい、俺にとってこの合宿は、海辺ではしゃぐ水着姿の女性陣を見て、
眼の保養をするのが目的だと言っても過言ではない。
 しかも、今年はさらに女性陣が一人増えてるからな。でもそれは新入生じゃないぞ。
まあ、ひとり神出鬼没な新入生がいたような気もするが別にそんなことはなかったぜ。
 そう、隠す必要もない、SOS団名誉顧問の鶴屋さんだ。
 
 実は鶴屋さんの知り合いが所有している海外の城に行く予定だったのだが、
それは城の所有者の都合がまだつかない、という理由でやむなく延期となった。
鶴屋さんは、大見得きって招待するはずだったのに申し訳ないっ!
と、謝っていたがこっちとしてはその方が色々と都合がいいので気にしないで下さい。
それに、ハルヒが夏休み初日から行動をおこすことを、
もっと早く鶴屋さんに伝えておけば良かったんだが、忘れていた俺たちにも責任はあります。
 で、今回は去年のメンバーに鶴屋さんも加わった。
と、いってもこのメンバーは冬休みに雪山へ行った時と同じだ、
すでに鶴屋さんは俺たちの仲間と言ってもいいくらいだしな。
 
 そういう訳で俺たちは別荘に向かった、ついでに言えば妹もついてきている。
海外の城に行く時はさすがに連れて行けないからな、
そのかわり、去年は臨時参加だったが今回は正式に連れてってやる、ってことにした。
 とまあ、もっともらしいことを言ってるが、実際は親に妹の面倒を押し付けられただけだ。
それに、密航まがいのことをされるより、普通に連れて行ったほうがまだましだからな。
 
 適当に部屋割りをした俺たちは以前と同じくハルヒの選んだツインルームに集合した。
 ベランダから見える水平線を眺め、腕を組んでいたハルヒが、
何かを思いついたように口を開いた。
「解ったわ!」
 勢いよく俺達の方に振り返るハルヒ、すかさずツッコミをいれる。
「何がだ」
「犯人」
 一瞬デジャヴかと思ったがこれはまったく去年のやり取りだ、
知らないのは鶴屋さんだけだが、説明することでもない。
「またか、また圭一さんが犯人とかいうのか」
 まったく、進歩してねぇなコイツは。
「違うわよ、今回の犯人は……」
 ニヤリと不敵な笑いを浮かべ、一同を見るハルヒ。
「キョン! あんたね」
 そう叫んでいきなり俺を指差す団長、突っ込む気も起きん。
「そしてやっぱり最初に狙われるのは、みくるちゃんね」
「ひいっ」
 ビシッって感じで朝比奈さんを指差すハルヒ、
律儀に去年とまったく同じリアクションをする朝比奈さん、
そこまでしなくてもいいですよ。適当に流してください。
 そして妹よ、兄をそんな目でみてはいけません。
 ちなみに朝比奈さんの隣に座っている長門は去年と同じく無言で読書中、まあ、
俺にとってはその姿の方が安心するが。
 
「キョンくんっ、開放的になったからって、みくるにおいたはだめにょろよ」
 ずいっと前に出てきたのは鶴屋さんだ、長い髪がふわりとゆれる。
「ハルヒの言うことを真に受けないでください、
そんなこと出来るはずないじゃないですか、俺に出来るとしたら写真を撮るくらいですよ」
 被写体として狙うんならまず朝比奈さんからだ、それに関してならハルヒの予言通りだな。
「お、それいいねぇ、あたしもみくるの水着写真撮りまくることにすっかな」
 くるりと朝比奈さんの方に向き直る鶴屋さん、よし、
鶴屋さんを味方にすることに成功だ、水着写真が撮りやすくなったぞ。
「そこのニヤケ面っ!」
 やおらハルヒが雄叫びをあげ、俺に人差し指が突きつけられた。
にやけ面でわるかったな、俺にとってこの合宿の一番の目的がそれなんだ、
健全な男子高校生なら誰だって俺と同じ考えになるさ。
 ここにいない谷口や国木田ならわかってくれるだろう、ここにいる古泉はどうだかしらんが。
「あんたにカメラは渡さないからね!」
 
 そんなこんなで海岸の砂浜にやってきた。
 うん、やっぱ海はいいねえ、水着美女が複数いるし、
特に長髪の方はもれなく髪を束ねてくださるのがいい、三割、いや、魅力五割り増しだ。
 ハルヒも鶴屋さんも我が妹もどこにそんなエネルギーがあるのか、はしゃぎ過ぎだな、
朝比奈さんだけ振り回されてる感じだ。
 で、長門お前は参加しなくていいのか? たしか泳ぎもハルヒ以上に達者だったろ。
いざとなったら読書しながらでも海の上を走ることが出来そうだが、
こんな時くらいはみんなと普通に接してバカンスに興じてみるのもいいんじゃないのか、
とはいえ、はしゃいでる長門ってのは想像すらできないが……。
「有希っ! 古泉くん! ついでにキョン! あんたらも来なさい!」
 ほら長門、団長様がお呼びだぜ、て、俺はついでかよ。
 ま、ついででもいいや、水着美女達と一緒にはしゃげるならな、
あとで谷口と国木田に自慢できそうだ、……しないけどさ。
 普段は倦怠ライフをこよなく愛する俺だがこの時ばかりはアウトドア派に切り替わる、
もともと俺は寒い冬より夏の暑さの方が好きなんだからな。
 
 いま、こうして何も考えずにはしゃいでいられるのは、
ここまで来る途中のフェリーの中で古泉に確認をしたからだ。
「去年のようなサプライズパーティがまた用意されてるのか?」てな。
 すると古泉は、苦笑交じりに、
「事前に言ったらサプライズにならないじゃないですか」だと。
 そりゃそうだな。じゃ質問を変えて、冬の時のような推理ゲームなんてのを用意してるのか。
 古泉はあごに手をあて、少し思案した後、
「正直に話しましょう、何かが起こるのか、それとも何も起こらないただのバカンス旅行になるのか、
今回僕は何も知らされていません。本当です。
ですから、今の僕は完全にあなた達と同じ立場なんですよ、
ひょっとしたら森さんや新川さんあたりが何か用意してるのかもしれません、
そう考えると少し楽しみです」
 ひょっとしたら機関の仲間からハミゴにされてるんじゃないのか? なぁんてな。
「あなたは時折ひどいことを言いますね、折角のいい気分が台無しです」
 お前が本当に楽しみにしているような顔をするからだ、とはいえなんだろな、この安心した気分は。
長門といい、古泉といい、もともと所属していた所よりここ、
俺たちがいるSOS団の方を重視している感じがするのは非常にいい気分だ。
 おっと、朝比奈さんは最初から俺の精神安定剤だ、見ているだけでいい気分になる。
だが、朝比奈さん(大)の方は滅多に会わないせいかどうにも仲間って意識は芽生えないが。
 
 と、そんなことは今は関係ない、何が起こるのかわからないから今を楽しめるんだ、
長門も未来との同期を断絶したから行動の自由を得たとか言ってたからな。
 とはいえ古泉はともかく、機関としてはハルヒを退屈にさせない方がいいらしいからな、
何かしら退屈しのぎを用意してきそうだ、古泉じゃないが楽しみにしておくとするか。
 
 プライベートビーチでの海水浴を終え、風呂に入った後、
部屋でのんびりとしていたら夕食の時間になった。いや、晩餐と言ったほうがいいか、
新川さんの料理はすごく豪華だったからな。
 ハルヒも長門ももう少し落ち着いて食えよ、ちゃんと味わってるのか? 
朝比奈さんと鶴屋さんを見習えって。
 で、妹よ好き嫌いはよくないな、それにプロ級の調理人が高級食材(だと思う)で作った料理だ、
いつも食べてる庶民的な味付けじゃないから絶対食べておいたほうがいいと兄は思うぞ。
 
 余談だが、新川さんと森さんが食後のデザートを持ってきたときハルヒが、
「今回キョンはデザート作りを手伝ってないの?」
 と言ってきたが、そんな時間どこにあったんだ。なんか知らんがハルヒの中でデザート=俺、
ってことになってるのか? 
「そんなだからあんたはいつまでたっても雑用なのよ、
団員だったら団長のためにそれくらいのサプライズを用意しときなさい!」
 とか言っていたが俺にはさっぱり解らん、
俺なんかが作るより新川さんが作った方が出来がいいに決まってるだろ、まったく、
ハルヒはただ俺に労働をさせたいだけじゃないのか?
 て、なんだか長門も朝比奈さんも俺のほうを見ているが何か言いたいことでもあるんですか。
古泉はいつものことだが鶴屋さんまでニヤニヤしないで下さい。
 ところで妹よ、デザートはおかわりするものじゃありません、
あと寝る前にはちゃんと歯を磨くように。
 
 晩餐の後は花火をしたり、孤島探検肝試しをしたりして皆でワイワイしていた。
 肝試しの時、クジでペア分けしたら、俺とハルヒ、鶴屋さんと朝比奈さん+妹、長門と古泉、
という俺にとってはまったく盛り上がらない組み合わせになった、一番の役得は鶴屋さんのようだ。
 一番手の俺とハルヒは肝試しじゃなく、ただの孤島探検になっただけだった、
どんどん進んでいくハルヒ隊長について行く隊員俺って感じだ。気分でねぇー。
 とはいえつまらないわけじゃないけどな、そこそこ楽しめた。
 
 二番手の鶴屋・朝比奈上級生+妹組は、ちゃんと肝試しになっていたようだ、
終始鶴屋さんの笑い声と朝比奈さんの悲鳴、妹の奇声が孤島に木霊していた、うーん楽しそうだ。
 三番手の長門古泉ペアは、どうだったんだろうね。さっきとは対照的で終始静かだった。
 まぁ、長門が悲鳴をあげたり、古泉が取り乱したりするよなことはありえないからな、
しかし、まさかとは思うが二人とも無言でコースを一周してきたんじゃあるまいな。
 
 そんなこんなで孤島探検肝試しは無事終了、しかし初日からハードだな、
とはいえこれがいつものSOS団ってな感じだ。なにせあの台風娘が団長だしな。
 いつも以上に肉体の疲労を感じつつ、別荘に向かっていると、
「風が出てきましたね」
 いつも安っぽいスマイルを顔面に貼り付けた副団長が、
不意にその微笑の仮面をはがしながら俺の方に振り向いた。
 だから真面目な顔は気味が悪いやめろ。
「すいません……、でもこの様子じゃ去年同様、明日は嵐になるかも知れませんね」
 古泉の言うとおりなにやら不穏な空気が漂い始めている様な気がした、
満天の星空も月明かりも、今は翳り始めていたからだ、
これが俺の気のせいだったら良かったのだが、こんな時に限って俺の感は外れてくれなかった。
 それでも俺たちSOS団はどんな困難でもなんとかなると思っていた、
宇宙人、未来人、超能力者、それに世界の中心的存在までいらっしゃるからな。
 なんて結構楽観的に考えていたあさはかな俺は、
このあと、とんでもない事件が起こるなんて思いもしなかったのだ。
 
 別荘に戻り食堂でくつろぎながら飲み物を飲んでいると、
「ふぁ~あ」
 さっきまでうろちょろしていた妹が、
飲みかけのジュースの入ったグラスをテーブルに置くと、眠そうなあくびをした。
 さすがにはしゃぎ過ぎたせいか、いつもより早く睡魔が襲ってきたようだ。
 ハルヒはまだまだ遊ぶつもりのようだが、妹はもう限界だ、
それに小学生に夜更かしさせるのは良くないしな。
 周りをみてもどうやらハルヒと長門以外のメンバーはお疲れ気味のようだ。
 長門はともかくハルヒはいったい何処にそんなエネルギーを蓄えてるんだ? 
 ひょっとして核融合炉でも体内に内蔵でもしてるんじゃないのか、
あの食欲はきっと燃費の悪いそれの維持に使われてるのかもしれないな。
 そんなこと思いつつ、俺は地下の遊技室に行こうとしているハルヒに、
「すまないがハルヒ、今日のところはこれでお開きにしてくれないか、
俺たちはともかく妹はそろそろ限界らしい、今朝は早起きしてきたからな」
 意気揚揚と遊びに行こうとしていたところに水をさされた団長様は少し拗ねた表情をしたが、
俺の妹の様子をみて、しょうがないって感じの微笑に切り替える。
「まあいいわ、その代わり明日以降は今日以上に遊びまくるからね、
それこそ途中で眠くなんかならないくらいに」
 何か知らんが大威張りで宣言するハルヒ、なにか変なこと思いつかなきゃいいんだが、
などと要らぬ心配をしていると、
「ハルにゃん、睡眠不足は健康によくないっさ、夏休みは始まったばっかだし、
昼間はめがっさはっちゃけて、夜は豪快にぐっすりと寝た方がまた次の日も大暴れできるってもんさっ」
 鶴屋さんが俺のほうに目配せしながらハルヒをなだめてくださった。とてもありがたい。
あなたのほうが神様です。ああ、鶴屋さま。
 俺は鶴屋さんに感謝すると、妹と同じ部屋で泊まることになっている朝比奈さんの方に向いた。
 
 ハルヒが、あたしの部屋のほうが広いわよ、などと妹に言っていたが、
妹はまたもや朝比奈さんとの同室を選びやがった、ま、わからんでもないが。
 そんなわけで朝比奈さんに妹を部屋に案内させてもらう旨を伝えていると、
「キョンくんも一緒に来てください」
 と、朝比奈さんが耳元でささやいた。うん、ゾクリときたね。
 とはいえ、眠そうな妹を連れて行くだけなのだが、
朝比奈さんがなにか俺にアプローチをしてくるときはなぜか裏で朝比奈さん(大)が暗躍してる、
という図式が俺の頭の中に浮かんでしまい、なにやら勘ぐってしまう俺が情けない。
 そのとき、俺はどんな表情だったのだろうか、自分で確認することができなかったのだが、
視界の端のほうでハルヒが俺のほうを見ていたような気がした。
 
 その時のハルヒがただ俺たちのほうを見ていただけだったのか、睨むような眼差しだったのか、
いまさら知る由もないのだが、さほど気にせず、俺たちは食堂を後にした。
 
 二階にあがり、俺と妹は朝比奈さんの泊まる部屋の前まで行く。
 そこでやっと妹の着替えやら荷物が俺の部屋に置きっぱなしになってることに気づき、
ついでに妹の歯磨きと寝る前のトイレに行かせるために朝比奈さんとは分かれることになった、
「じゃ、また後でね」
 と、妹に言って部屋に入ろうとしていた朝比奈さんを見送くった後、妹をトイレまで連れていき、
その後俺は自分の部屋に妹の荷物を取りに行った。
 妹の着替えの入ったカバンと、洗面用具を持ち出して、トイレまで妹を迎えに行く。
 俺は事切れそうな妹を洗面所までつれていき、強引に歯ブラシを渡し、磨かせた。
 
 所要時間10分もかからなかっただろう、すぐさま朝比奈さんの部屋まで妹を連れて戻ってきた。
 何度か扉をノックして待っていたが、なぜだかまったく返事が帰ってこない。
 この時、俺は言い知れぬ違和感を感じた、なんだろう、虚無感、静寂、不安?
よく分からんがそのような感覚にとらわれたのだ。
「朝比奈さん、どうかしましたか?」
 声をかけても静寂しか辺りに漂わなかった、なんかいやな予感がする。
「朝比奈さん、開けますよ、いいですね」
 失礼しますと言って開けて入った部屋の中には誰もいなかった。
 ただ、窓の外から風の音がびゅうびゅうと聞こえていて雨が降り始めてきていたらしく、
窓ガラスに水滴がつき始めていた。
 ひょっとして部屋を間違えたか? などと思い、何度も廊下の部屋番号を確認する。
それに朝比奈さんの荷物もあるし、この部屋で間違いないはずだ。
 ちなみに両隣の部屋にもノックしたが返事はなかった、
俺の記憶が正しければ左隣が鶴屋さんで、右隣が長門の部屋だったな。
 彼女らの荷物もあるし勝手に入るわけにもいかんな、てか鍵かかってるし。
「みくるちゃん、どこいったの、トイレ?」
 妹よ、俺たちはそのトイレと洗面所がある方からこの部屋に向かって来たはずなんだが、
その間、誰ともすれ違うことなど無かったと記憶しているぞ。
 しかし、何か忘れ物か落し物でもして下に降りてったということもあるかもしれない。
「わからん、だとしたらすぐ戻ってくるかもしれんが、誰かに呼ばれて出て行ったのかもしれん」
 本来なら俺が探しに行って妹はここで待てっというところだが、
何故だか知らんがここに妹を一人にしないほうがいい気がした俺は二人でみんながいる食堂に向かう。
 すでに外は嵐になりかかっていた。
 
 朝比奈さんが忽然と消えた、これがこの事件の幕開けだとは思いもしなかった。
 
 
 
    挿絵1

    挿絵2
    つづく


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