【仮説2】その1
 

「素粒子タイムトラベル理論」
Illustration:どこここ 



 
「みんな、十一時からミーティングよ。タイムマシンについてハカセくんから重大な発表があるわ」
「その議題、だいぶ前にやんなかったっけ?」
「なに言ってるの、これが初めてよ」
え、そうだっけ?俺はカレンダーを見た。そういえばまだ会社作ったばかりだな。この歳で健忘症か。
 
「第一回、時間移動技術会議ぃ。拍手~」
色物バリでハルヒがパフパフでんでん太鼓を叩き、古泉と朝比奈さんがやたらパチパチと拍手している。俺は社交辞令程度に叩いておいた。
「改めて紹介するわ。我が社の期待の新人、ハカセくんよ」
「どうも、よろしくお願いします」
「ハカセくんと有希にはタイムマシンを担当してもらうわ」
長門は大学院のほうもあって、さらに開発部の面倒も見ないといけないだろうにご苦労なことだ。
 
「長門さんのご指導で予習をしてきました。現在の物理学で実現できそうな時間移動をご紹介しようと思います」
「待ってました、いよっ大統領」
どうでもいいチャチャ入れんな。
「数年前、コネチカット大学のロナルドマレット教授が提唱したタイムトラベルの理論ですが、」
そんな物好きな先生がいたのか。奇矯さでいえばハルヒといい勝負だな。
「変な比べ方しないでよ。あたしはまじめなんだから」
論理的裏付けから言って教授とやらのほうがずっとまじめだと思うぞ。
 
「ええと、図で説明します。下にある黄色い輪はビームのリングです。ビームを高速で回すと弱い重力が発生します。リングは光子クリスタルと呼ばれる特殊な加速器らしいです。黄色い網目がその重力場です」
ハカセくんはホワイトボードに貼り付けてあるイラストの、円筒部分を指した。
「教授の理論によると、この重力場のまわりではリングの回転方向に沿って時空が歪んでいる、つまり時間がループしているらしいです。物体がリングの内側に入って、出てくると過去に到着します」
「その重力場は、ブラックホールみたいなものと考えてよろしいんでしょうか」古泉が質問した。
「擬似的なブラックホール、といった感じですね」
「そのビームのリングとやらは作れそうなのか?」
「教授の実験では成功しているようです」
「人間が入っても大丈夫なんだろうか」
「まず小さな物質、たとえば電子などで試してみようと思います。それから少しずつ質量のあるものを試してゆきます」
 
「それで、実現できそうなの?」
「この理論は数年前から実験されていて、今も研究が続いているはずです。微弱ながら重力を作るのは可能なので着手も早かったようです」
すでに実証されていると聞いてハルヒの表情が途端に輝きを増した。
「じゃあすぐにでもやれるわけね」
「ええ。加速器さえあれば」
「いくらすんのそれ」
おい、社長がまた突拍子もないことを言い出したぞ。
「値段は詳しくは知りませんが、国の専門の研究施設とか大きな病院なんかにあるそうです」
「うーん。なんとか手に入らないかしらね、中古でもいいのに」
粒子加速器の中古品が出回ってたりしたら一家に一台電子レンジ並みの普及率だぞ。
 
 翌朝、職場のビルの前に大型のトラックが止まっていた。数人の作業員が木枠で厳重に梱包された、やたらでかい工業機械らしきものを運んでいた。ま、まさか。
「ハルヒ、もしかして下に来てるトラックはうちの荷物か」
「そうよ。昨日粒子加速器がネットオークションに出てたから速攻で落札したのよ。時価の半額だからお買い得だったわ」
なんてこった。粒子加速器がオクに出るようになっちまったのか。しかも時価の半額って、寿司屋のネタみたいに定価があってないようなもんだろ。こんなことができるのは古泉の機関か長門しかいない。俺は長門をチラと見たが、我らが副社長はあわてて目をそらした。やっぱりこいつの仕業か。
「あんなでかいもんどこに置くんだ」
「空いてた二階のフロア借りたわ」
「え、下の住民引っ越したのか」
「今朝引っ越したみたいよ」
夜逃げにしちゃ唐突すぎねえか。不動産関係は古泉だな。俺は古泉をチラと見たが肩をすくめるばかりだった。やっぱりこいつの仕業か。
 
 それから一週間くらい、地下鉄でも掘ってるのかと思うような工事の音が床下から響いてまったく仕事にならなかった。三階に住んでいる部長氏以下五名は頭を抱えていることだろう。
 部長氏がドアを開けた。
「あのさ、下ってなにやってんの?でっかい核融合炉みたいな機械を運び込んでるけど、SOS団のロゴが入ってたよ」
「さ、さあなんでしょうねえ。きっとハルヒが自転車で自家発電でもするんじゃないでしょうかね」
俺は眉をハの字にしながら笑ってごまかした。ここで企業秘密を明かしてしまっては新聞ネタになりかねん。同じ職場の仲間に嘘をつくのは気がひけるが、敵を欺くならまず味方からだ。おかげで夜しか仕事にならず、残業代がうなぎの滝登り状態で人件費が高騰中だ。
 
 長門は分厚い取扱説明書らしきものを読んでいた。英語ではなさそうだ。ラベルを見るとMade in Dutchと書いてある。ドイツ製かこれ。
「そういや粒子加速器って放射線技師かなんかの免許がいるらしいぜ。勝手に動かして大丈夫か」
「……問題ない。情報操作は得意」
まあ長門にかかれば資格があろうがなかろうが問題ないだろうけどな。長門曰く、これはハカセくんのための教材なのらしい。長門にしてみればブラックホールを作る程度なら機械なんかいらないということだが、そういやいつだったか、飛んでる素粒子を手づかみしてたな。
「興味深いことに、粒子加速器のスイッチを入れる資格とスイッチを切る資格は別らしいですね。長門さんはどちらもお持ちのようですが」
全員がへええと唸った。そんなところでマメ知識を披露せんでもいい。
 
「……通電テストに入る」
「あ、有希待って待って。そういうときはまずお祓いしないといけないわ」
その言葉を聞いて朝比奈さんはぞくっと背中をふるわせた。
「わたしはイヤです!」
「そう言うと思って、ちゃんと用意してきたわよ」
「な、なんで俺を見るんだ」
「キョン、これ着てお祓いしなさい。やんないと減俸よ」
なんてひどい社長だ。ハルヒが取り出したのは平安貴族が着そうな束帯だった。藤原のなんとかとか、源のなんとかが着てそうな、太っててもOKフリーサイズっぽいあれだ。お祓いっていうか地鎮祭だよな。
「俺お祓いの呪文とか知らないぞ」
「呪文じゃなくて祝詞よ。ほら、ちゃんとメモ用意しといたわ」
「か、かきくえば~」
「ぜんぜん違うじゃないの。ちゃんと玉ぐしをしゃんしゃんと振って、こう!」
「お前がやったほうが早いんじゃないのか」
「なに言ってんの、コスプレは見て楽しむのがいいのよ」
まあ気持ちは分かるが。コスプレイヤーには自らやってこそ楽しめるって考え方もあるようだぞ。
「こ、こうでいいのか。た、たかまのはらにぃかむづまります~」
俺は書かれているノリトとやらの意味も分からないまま、社長命令とあってはしかたないので読み始めた。ラップの歌詞を棒読みしてるような気分だ。古泉と朝比奈さんが笑いをこらえきれないでプルプルしている。ほんとは巫女さんがやるべきなのに。お前まで笑うこたないだろ、ハルヒ。
 
 読み終えたところで雷でも鳴れば効果絶大だったのだろうが、古い蛍光灯がときおりチラついているだけだった。
「……で、電源投入、ッ」
お笑いのセンスを理解するようになったのはいいんだがな長門、その今まで我慢してましたって笑い方はなんだ。
 
 フロアのほとんどを占めるでかいドーナツ型の機械に、俺たちは部屋の隅に追いやられて小さくなっていた。制御装置が並び、壁には液晶モニタがずらりと貼り付けてある。長門は椅子に座ってモニタの数値をじっと見ていた。
 長門の指示でハカセくんが操作パネルをいじった。
「冷却部、稼動します」
「……確認した。温度の安定を待つ」
モニタ上の緑のカウンタがぐんぐん下がっていく。な、なんだか寒気がしてきたぞ。ドーナツのほうを見ると冷凍庫の内壁にへばりついているような霜が張りつき、冷気が漂っている。人数分の防寒服を用意したほうがいいな。
 カウンタがマイナス二百度を指し、まだまだ足りない様子でどんどん数字を下げ、マイナス二百七十度付近でゆるやかに止まった。
「長門さん、マイナス二百七十三度に達しました」
「……分かった。磁性体コア、稼動開始」
ドーナツを下から支えている箱の部分がいくつもあるが、それが磁性体コアらしい。IHクッキングヒーターより強い電磁石が入っていて、スチール缶なんか持って近寄ると勢いよく吸い寄せられて凹んでしまうくらいの磁力らしい。
 
 長門以外のみんながガタガタ震えている。
「な、長門、寒いから外にいるわ」
このコスプレ、隙間が多すぎる。平安貴族はさぞかし寒い冬を過ごしていたことだろう。
「……分かった。数時間、維持する」
 俺のお祓いが効いたのか、通電テストはなにごともなく終わった。あの分だと実験中にハカセくんが冷凍マグロ化してしまうので、制御装置がある一角を仕切って断熱材入りの壁を貼り暖房器具も入れさせることにした。
 
 電子を打ち出すという棺桶のような長い箱も運ばれてきた。ドーナツの上に長いパイプを渡し、片側に棺桶、もう片側に測定装置を置いた。
「……基礎実験を行う」
「重力場に電子を飛ばしてどれくらい軌道がずれるか測定します」
俺たちは長門とハカセくんの後ろに立って、ドクターウェアの上からダウンのコートを着てハァハァ言いながら実験を眺めていた。もう食肉加工工場とかマグロ冷凍倉庫ででも働いている気分だ。
「熱電子ビームを射出します」
 ゴットンゴットンという音に合わせて小さな火花が散っている。どうやら電子を打ち出しているらしい。
「変ですね。検出できません」
ハカセくんが指差している壁に取り付けられたモニタの折れ線グラフは動かない。
「どういうことだ?」
「電子が的に当たると、その位置からどう軌道を描いたか分かるはずなんですが。まったく数値が出ません」
「……」
長門が無言のままだ。スクと椅子から立ち上がり、制御室を出て棺桶と的になっている測定装置を調べていた。
 
 俺は遠目に呼びかけた。
「故障か、不良品だったとか」
「……故障はしていない」
「もう一度やってみればいいんじゃないか」
「……おそらく、何度やっても同じ。電子が消失した」
電子が消えた?どうやってだろう。長門はドーナツのそばに立って、俺たちには見えないなにかを見ているようだった。右の手のひらを上に向けてフゥと吹くと霧のようなものが発生した。空中を漂っていた霧がやがて渦を描くようにドーナツの中心に向かって移動している。なにか小さな穴に吸い込まれていくようだ。それを見た長門が、
「……特異点が生まれている。全員、緊急避難」
と言うのと、朝比奈さんが、
「頭が……痛い」
と言ってこめかみを押さえるのが同時だった。長門が右手を上げて詠唱をしようとしたが、間に合ったのかどうか、次の瞬間ドーナツの中心に向かってすべての光が流れ出し俺の目にはなにも映らなくなった。急速に足元が落下する感覚、これは前にも経験したことがあるが、暗く見えない渦の底が足元のずっと下のほうにあり、俺もそこにいたみんなも壁も部屋にあった机もパソコンもすべてが吸い込まれていった。あとにはただ、自由落下のときに感じる吐きそうな感覚だけがあった。
 
 気がつくと暗闇の中にいた。目が慣れるのにしばらくかかったが、少しずつ月明かりが見えた。
「おい、みんないるか」
「あたしはいるわ」
ハルヒが全員を確かめていた。
「ハカセくんはどこだ?」
「あれ、いないわね」
古泉と長門の姿を確かめて、ここがどこなのかまわりを見回した。俺たちは湿った土の上にいた。近くにうっそうと茂る森の影が見える。川のそばだろうか、どこからか流れる水の音が聞こえる。
「朝比奈さんはどこだ?ハカセくんは?」
朝比奈さんは少し離れたところにうつぶせて倒れていた。駆け寄ってゆすってみると顔を上げた。
「大丈夫ですか朝比奈さん」
「ああ、キョンくん。大丈夫。いったい何が起こったのかしら。急に頭が痛くなって……あっ」
「どうしました」
「TPDDが壊れちゃったわ」
え、まさかそんな。朝比奈さんが帰れなくなっちゃうじゃないですか
「スペアとかないんですか」
「予備はないの。定時連絡することになってるから、待っていればたぶん誰かが迎えに来るでしょう」
「よかった。一生ここで暮らすのかと」
「そんなことはないわ」
笑う朝比奈さんは少し青い顔をしていた。
 
「ハカセくんがいないな」
「あれなにかしら?」
ハルヒが指差したほうを見ると、家の明かりらしきものが見えた。家というよりビルっぽい影だが。
「行ってみよう」
だんだんとその建物らしきものが迫ってきて、妙に時代がかった造りらしいことに俺は違和感を覚えた。問題なのは、ここはどこだではなくて、いまはいつだ?なんじゃなかろうか。
 
 壁に触れてみると石でできているようだった。石造りの建物?丸いアーチになった門に木戸がはめ込まれている。
「えらく古くないか?」
「見たところライムストーンのようですが」
「ライムストーンってなんだ」
「イギリスで使われていた建材の石です」
ってことはここはもしかして、と言おうとしたとき、上のほうからやかましい怒鳴り声が聞こえた。見上げると建物の上にある窓から誰かが俺たちを指差してわめいている。おっさんらしいことは分かるが、どこの国の言葉なのか聞き取れない。
「英語じゃないですか?」
「英語にしては聞き取りづらいわね」
「ほら、どちらかと言うとラテンなまりの、古代英語っぽくないですか」
「そういえばそうね」
お前らはラテン語を聞いたことがあるのかと突っ込みそうになったが、なにいってんの教養のひとつでしょと返されそうなのでやめといた。それより、
「あいつなんて言ってるんだ?」
「そこでなにしてるんだと言ってます」
「じゃあ、旅の途中で迷子になったので助けてくれと伝えてくれないか」
古泉は上を向いてふたこと三言しゃべった。その途端、上から矢が飛んできて足元に刺さった。冗談だろこれ。門が開いてバタバタと大勢が出てきた。な、なんだなんだお前ら。振り回してるのは刀か、いや剣か。両刃の剣がギラギラと俺たちを取り囲んだ。暗くてよく見えないが、その着てるのって鎧?
 
 古泉がなんとかとりなそうとしているのだが、こいつらは表情を硬くするばかりで槍まで構える始末だ。近くで見ると中世だか近世だかの西洋風兵士コスプレっぽい。
「すいません、僕の発音がここのとは違ってるのでかえって怪しまれているようです」
「じゃあここはおとなしく引き下がろう」
「そうもいかないようです。敵のスパイだと思われてるらしくて」
それじゃ俺たちはまるで飛んで火にいる夏の虫じゃないか。
 
 いちばんガタイのいいやつが一声叫ぶと兵士どもは俺たちの手を皮の紐らしきもので縛り上げ、建物の中にひっぱって行った。中は小さな町のようだった。町というか規模的には村というか。ところどころに明かりがついているのはロウソクか油のランプか。建物の上には屋根がなく、天井がない。ってここ、もしかして城?建物だと思ってたのは城壁だったのか。
 
 見回している余裕もなく背中を小突かれて、俺たちは石で作られた狭い部屋に押し込められた。ドアの外で錠前をかける音がした。部屋の中は藁が敷いてあり、ひどい匂いが鼻を突いた。
「それにしても、ここはどこなんだ」
「イギリスでしょう。言語も、彼らの鎧とか紋章などもそうです」
「じゃあいつごろなんだ?」
「それはまだなんとも。もう少し観察できるといいのですが」
「ねえ、なんかここ、かゆくない?」
ハルヒがボリボリと腕をかきむしっていた。おおかたダニかノミがいるのだろう。南京虫じゃないことを祈る。ハルヒが突然俺にしがみついた。
「ちょっと!今なんか足の上を乗り越えていったわ」
「ネズミだろ。さっきから鳴き声が聞こえてる」
「なんだ。ネズミなの。あたしハムスターくらいなら飼ったことあるわ」
ここにいるネズミはお前が想像してるのとはたぶん大きさも食ってるもんも違うと思うが。ハルヒは安心したのか部屋の隅で丸くなってグウグウと寝息を立て始めた。この非常時によく眠れるよな。
 
 俺はできるだけハルヒには聞こえないようにと声を落として聞いた。
「長門、なにがあったんだ」
「……おそらく、重力場のエネルギーが急増したために時間軸が壊れた。通俗的な呼称を用いるなら、タイムスリップ」
「TPDDが壊れたのもそのせいかしら」朝比奈さんが言った。
「……その可能性が高い」
これは困った。タイムスリップだけならまだしも、こともあろうにイギリスとは。
「ハカセくんはどうなったんだ?」
「……彼には保護フィールドの展開が間に合った。あの時間平面にいる」
「そうか。あいつはまだ未成年だしな。ハルヒの突発的事態に巻き込むのはかわいそうだ」
というか俺は十六歳の頃からこういう事態に巻き込まれてるんですが。
「この世界には情報統合思念体はいるのか」
「……いる」
「じゃあ助けてもらえば」
「……それは、できない」
「なんでだ」
「……言えない」
「なんで言えないんだ?」
「……話せない理由は、話せない」
なに言ってるんだこいつはとイライラと長門を見たが、いっこうに動じないようで正面を見据えたままだった。まあいざってときには動いてくれるだろうとすがるような気持ちを長門に向けていた。
 
 ともかく夜が明けるのを待つことにして、俺たちは部屋の中のきれいなところを選んで横になった。うとうとしていると携帯が鳴った。
「え!?」
ここで携帯が鳴る?俺はポケットから取り出した。眠っているハルヒ以外の全員が俺を見た。鳴ったのはメール着信音だった。にしてもなんでメールなんか来るんだ?アンテナは確かに圏外表示だった。
「バカなことを聞くが、携帯が発明されるのってずっと先だよな」
「ええ。マルコーニの無線通信は確か一八九四年の話です」
マルコーニが誰なのか知らんが、中世にメールをよこすような人間じゃなさそうだな。メール本文の内容は『SOS』だった。
「誰からですか」
「俺かららしい。こんなメール出した覚えはないんだが」
「メールの日付はいつですか」
「俺たちの時間で昨日だな」
「ありえないことですね。タイムスリップした際の故障でしょうか」
そうだとしても、このメッセージは気になる。
 
 夜が明けたようで、小さな明かり取りの窓から光が差し込んできた。俺はとうとう一睡もできず、遠くから雄鶏が朝を告げる声を聞いた。なんとなくこう、しみじみと古き良き時代にこういうのがあったなって感じだ。部屋の中が少し明るくなって、みんなは目を覚ました。
 
「しっかしどうするんだ?こんな言葉も通じない場所で無事でいられるのか」
「僕はある程度は分かりますよ。ただ、アメリカ英語ではないので僕の発音はなかなか通じないようですが」
俺はハルヒと朝比奈さんを見た。
「発音がきついけど、あたしもなんとなく分かるわよ」
「ええ。わたしも多少なら話せます」
なんだ俺だけ話が見えてなかったのか。まじめに英語勉強しとけばよかった、と思ってもいまさら遅い。
 
 長門にこっそり聞いてみた。
「通訳してくれるナノマシンとか持ってないよな」
「……ある」
「おっそうか、ひとつカプっと頼む。話が通じないとどうにもならん」
「……頭をかして」
「腕じゃないのか」
「……大脳皮質に近いほうがいい」
なるほど。長門が八重歯で左の耳たぶをカプリと噛んだ。な、長門さん、今ゾクっと電気みたいなものが体を走りましたよ。
 
 数分待ったがなにも起らない。俺は耳たぶを指差して尋ねた。
「これ、どういう機能?」
「……感覚性言語野および運動性言語野における双方向コンバータ」
ええと、どういうことですかそれ。
「……通俗的な用語を用いるなら、翻訳こんにゃく」
そりゃ分かりやすい、って某未来猫型ロボットのパクりじゃないか。あんまり通俗的とも言えんぞ。
「……」
「す、すまん。そう悲しそうな顔をするな、今の突っ込みはお約束だ」
せっかく用意したのに、と、長門があんまり悲しそうな顔をするので俺はひとり突っ込みセルフフォローするはめになった。
 
 ボソボソと話をする番兵の声に耳をそばだててみると、ただの雑音にしか聞こえなかったのがだんだんと話の内容が分かるようになってきた。俺以外の四人には必要ないだろうが、こいつぁすげえぜ。これで英検一級も合格できそうじゃないか。
「……それは無理。この地域限定」
チッ、甘かったか。
 
 木のドアがギイと開いて人が入ってきた。これまた中世の騎士みたいな物々しい格好をしている。うす暗くてよく分からないが、鎧は着ていないようだ。それを見てハルヒが食って掛かった。
「ちょっとおっさん!いつまでこんな狭いっ苦しいところに閉じ込め、ムグ」
俺はハルヒの口を塞いだ。なんでもありませんよ、こいつは腹が減って気が立ってるだけですから。
 
 騎士みたいな格好をしたやつが俺たち一同を見回し、朝比奈さんを見るなりドアの外に向かって怒鳴り声を上げた。
「番兵!番兵!」
「はいっ」
「こちらの御仁を連れてきたのは誰か」
「確か昨日の夜番のやつらだと思います」
「連れてこい」
「イエッサ」
「執事を呼んでこい」
「イエッサ」
このおっさんはたぶん番兵よりずっと偉い人なのだろう、着ているものも質がよさそうだ。黒い髪にキキリと引かれた眉毛の線、耳まで繋がったあごひげ。ロビンフッドとかジャンヌダルクの話に出てきそうな風体だ。重そうな指輪をはめているところを見ると、もしかして城主か。
 
 昨日の夜俺たちを閉じ込めた兵士が現れた。
「この方々を連れてきたのはお前か」
「そうです、マイロード」
「この大バカものぉ!」
兵士はいきなりぶん殴られて吹っ飛んだ。あっちゃー、グーの上に指輪で殴られたら、ありゃ痛いわ。それからおっさんが俺たちに頭を下げた。
「お客様、とんだご無礼をいたしました。今執事にご案内させます、どうぞこちらへ」
いきなり待遇が変わったな。俺は、殴られて目のまわりが腫れあがり指輪の形がついている兵士をジロリと睨んで牢屋を出た。ハルヒもジロリと睨んで出た。
「ふん、まったくシツケがなってないわね。位の低い家来はいつもそうよ」
お前に家来の教育をとやかく言えた義理はないがとツッコミを入れそうになったが、自虐的なのでやめといた。
 
「それにしても、ここどこなのかしらね」
ハルヒはいちばんの博識であろう古泉に振った。状況判断に関しちゃ古泉より長門のほうが上だと思うんだがな。
「だいぶフランス語っぽいなまりのようです。もしかしたらフランスに近いのかもしれません」
「ということはやっぱりタイムトラベルは成功したのね」
「タイムトラベルというより、不用意なタイムスリップという感じでしょうか」
「そうね。あたしもそう思っていたところだわ」ほんとかヲイ。
古泉は俺をちらりと見て、ハルヒに言った。
「涼宮さん、僕たちが未来の情報を漏らすと歴史が変わってしまいかねません。ここは用心したほうがいいかと」
「っていうと?」
「たとえば百年戦争のことなど、世界史の授業で習ったことは言わないほうがいいかと思われます。それから教科書に載っていても実際の歴史と違うこともあります」
「そうね、分かったわ。黙っておくに越したことはないわ、みんな分かったわね?」
俺たちは少なくとも守ってる秘密がそれぞれにあるからな。お前がいちばん口が軽いんだよ、と突っ込みたいところだがここは素直にうなずいておこう。長門も朝比奈さんもうなずいていた。
 
 俺たちが連れてこられたのは、映画で見るような玉座というよりはずいぶんと地味な、たぶん主人が客に会うための広間だろうか。壁はレンガのように四角に切られた石でできており、床は木の板で赤い布が敷いてあった。日本でいえば殿様が座っている上段の間というか。
 
 さっきのおっさんが正装らしいかっこうで出てきた。うやうやしく朝比奈さんの右手をとり、軽く口をつけた。朝比奈さんはかすかに震えていた。
「マイレディ、昨晩のご無礼をお許しください。あなたのようなお美しいお方はさぞ高貴なお生まれのご息女に違いない」
「い、いえ、わたしたちは……」
「どちらの領地からお越しになられたのか、伺ってもよろしいですか」
朝比奈さんはどう説明したらいいのかしらと俺たちを見た。ここで口を挟むのはどうやらまずいだろうと暗黙のうちに気がつき、俺たちは見守るだけだった。
「ええと、わ、わたしたちは日本から来ました。船が難破してたどり着いたのがここでした」
「なんと!ジパング!」
もっと未来から来ましたとでも言われたかのように、おっさんは目を見開いた。
「黄金の国ジパングですと!!家がすべて純金で出来ているという幻の国」
誰だそんな嘘を流したのは。
「嘘つきマルコの話は本当だったんですな」
「あ、えっと、そんな家もあったかもしれません」
マルコって誰だ?古泉が「マルコポーロでしょう」と耳打ちした。そういえばそんなやつが世界史に出てきたな。
 
「素晴らしい。東洋の美女がはるばる私に会いにきてくださったとは。はじめてシバの女王に会った賢王ソロモンの気分です。おい、外国からのお客様だ、おもてなしの用意をしろ」
長門が朝比奈さんに近寄り、なにやらボソボソと耳打ちしていた。朝比奈さんがおっさんに向き直った。
「あの、マイロード」
「なんでしょう」
「気持ちばかりの差し上げたい品があるのですが……」
長門が俺と古泉に向かって右手を上げ、ボソボソと詠唱した。俺たちはくるりと出口を向いて、足がギクシャクとロボットのように勝手に動いて歩き始めた。
「なんだこれ」
「分かりません。長門さんの魔法でしょう」
シャクシャクと客間の外に出ると、そこには大きな宝石箱のようなツヅラが二つ置いてあった。これを持ってこいというのか。二人でやっとひとつを抱えられるくらいの重さで、俺はそこにいた番兵にも手伝えと促した。
 
 箱をえっちらおっちらとおっさんの前に運んで、ゴトリと置いた。朝比奈さんが蓋を開けた。
「お近づきのしるし、らしいです」
「オオォォォ」
そこにいた召使やら家来やら衛兵やらが驚嘆の声を上げた。金銀財宝、じゃなくて白いツブツブは真珠か。丸く束になった白い布は絹か。まあ日本の特産品といやこれくらいしかないな。
「素晴らしいシルクと真珠だ。これぞ東洋の奇蹟!」
俺たち、船が難破して無一文でしかも牢屋に囚われてたんじゃなかったっけ。そんな疑問はどこ吹く風、おっさんは真珠を持ち上げてはジャラジャラとこぼしていた。
「マイレディ、このような高価なものを戴くわけには」
「わたしたちには泊まるところがないんです。これでどうか宿をお貸しいただけないでしょうか」
「いやいや、これではお釣りが足りませぬ」
「いえいえ、どうかお納めください」
「いやいや受け取れぬ」
「いえいえお納めを」
どうでもいいけどさっさと商談終えてくれないか。腹が減ってしょうがない。結局この国の王様に献上するのでおっさんが預かるということになった。おっさんは王様ほど偉くはないらしい。地方の殿様、領主ってところか。
 
「マイレディ、お召し物を用意させましょう。客室のほうへご案内させます」
気がつけば俺たちは薄汚れた二十一世紀の服のままだった。この時代の服のほうがまだましだろう。執事とやらが俺たちを部屋に案内した。新川さんではなかったが。
「執事さん、お聞きしたいことが」
「マイレディ、なんなりと」
「ご主人の名前はなんとおっしゃるの?」
「我が主人はジョンウィリアムスマイト卿と申します。現国王の従兄弟のご子息になられます」
なんだか舌を噛みそうな名前だが、はて、どこかで聞いたことがある響きだな。ジョンスマイト?首をかしげていると、朝比奈さんがなるほどという表情をして俺の耳元で言った。
「スマイトはスミスの古い呼び方でしょうね」
「ええっ」思わず大声を出してしまった。
「どうしたのキョン」
「い、いやなんでもない」
つまり城主はジョンスミスじゃないか!まずいな、ハルヒがこれに気がついたら俺たちは、というより俺自身がえらいことになりそうな気がする。
 
「スマイト卿はおいくつかしら」
「御歳、二十三才になられます」
全員がエエッと声を上げた。髭モジャでしゃべりも態度もおっさんくさい、あれで二十三才なら俺たちはどうなる。
「どうかなさいましたか」
「い、いえなんでもありません。ご主人があまりにその、ダンディでいらっしゃるので」
「そうでしょう。家臣のわたくしが申すのもなんでございますが、我が主人はこの国きっての美男子。しかも独身なもので、貴族のご婦人方から引く手あまたでございます」
確かに、あれが独身とあらば物好きな女が大勢寄ってくるに違いない。
「お嬢様方はこちらに、殿方はあちらへどうぞ」
あれが同じ歳なのかと感慨にふけっている俺たちを置いて、ハルヒはさっさと歩いていった。廊下に飾ってある鎧やら盾やらが気に入ったらしく、甲冑をいじったり剣の柄を握ったりしている。
「これ本物なのね」
ハルヒの瞳に映る、石壁に取り付けてあるロウソクの光が中世の雰囲気たっぷりにキラキラと輝いていた。執事が困った顔をして、お嬢様こちらへと何度も促したのであきらめてついていった。
 
 本物のメイドさんがやってきて、食堂で食事の用意が整ったと告げた。俺たちの薄汚れた格好を見て、着替えるようにと言われ、召使のような格好をさせられた。このタイツ、ちょっと股がきついんじゃないか。股間がちょっと恥ずかしいぞ。
「似合ってますよ」
お前に言われても嬉しかねーよ。それにしてもその格好、貴公子って感じで堂に入ってるじゃないか。
「ありがとうございます。僕には元々貴族の資質があるみたいです」
「自分で言うか。そういえばあのおっさん、古泉に似てないか」
「そうでしょうか」
「髭で最初は分からなかったが、目のあたりとか、声の調子とか。もしかして古泉の先祖じゃ?」
「そんなはずはありませんよ。僕は生粋の日本人ですから」
古泉がハハと笑った。
 
 女ども三人が部屋に入ってきた。
「プッ。あんたたち、なんて格好よそれ」
「この時代の男は衣装なんて気にしないんだよ。男は中身だ」
朝比奈さんがやけに俺たちから目をそらしている。やっぱタイツのせいか。目のやり場に困るのは男だけだと思っていたが、この時代は違うようだ。
 
 にしても女三人のその衣装、似合いすぎている。朝比奈さんはどんな衣装を着ても、最高の美辞麗句を並べ立てても足りないくらいのドレッサーだが、この中世だか近世だかのフリルのついた長いドレスに身を包んだ三姉妹、これは素晴らしい。
「朝比奈さん、すごく似合ってますよそれ」
「ありがとうキョンくん。意外としっかりした縫製なのね。手縫いよ」
「質もよさそうですね」
「さすが現地のものは違うわ」
長門がじっと俺を見つめていた。俺がなにか言うまで視線を釘付けにして離さないという覚悟のようだった。
「な、長門」
「……なに」
「似合ってるぞ。すごくかわいい」
「……そう」
そのまま時計を持ったウサギを追いかけていきそうな萌え姿だ。
 
「ちょっとキョン、あたしはどうなのよ」
「お前はまあそれなりに似合ってるっていうか」
「もうっ」
「涼宮さん、あなたには最高の賛辞を贈って差し上げます。色といいボリュームのあるスカートといい、舞踏会に招待されたら脚光を浴びるであろうこと、まず間違いありません」
「えへへっ、さすが古泉くん。ホメどころを抑えてるわ。キョンはもうちょっと女心ってもんを勉強しなさい、よねっ」
ハルヒは長いスカートのすそを持ち上げて俺のケツを蹴った。タイツが薄いから痛い痛い。
 
 執事に食堂へ案内された。食堂とはいっても豪華な飾りがあるわけではなく、部屋の真中にやたらでかいテーブルがでんと置いてあるだけだった。床は木目、ところどころ虫が食っていて隙間風が入ってくる。ここの主人は偉い人っぽいのに城の造りはやけに質素なようだ。
 
 朝飯は、さすがに客に出すとあってディナーに相当する豪華なメニューだった。丸ごと一羽のローストチキンもあるぞヲイ。腹の虫がグゥグゥ鳴っておさまらない。イギリスはメシがアレだとつねづね聞いていたが、もうなんでもいい、どんな味付けでも食ってやる。
「さあみなさま、お席にどうぞ」
お席というのは球場の外野席シートのような横長の椅子だった。領主のおっさんが暖炉を背にした上座に、俺たちは両脇に別れて座った。俺がフォークとナイフを握り締め、さあとりかかるぞと目の前の肉の塊に突撃を開始しようとしたとき、神聖にしておごそかなるソレが詠唱され始めた。
「天にまします我らが父よ……」
あ、ここではそうなのか。ハルヒも朝比奈さんも両手を合わせて目を閉じている。古泉が片目で俺を見て笑いをこらえきれないように震えていた。ケッ、悪かったな、俺は信仰より食い気なんだよ。
 
 長門より長い詠唱を終え、スープが出されてずるずると音を立てて飲み干していると、隣に座っていたハルヒが行儀の悪い子を叱るように俺の尻を思い切りツネった。イテテなにすんだよと言おうとしたらテーブルの上座からズルズルとスープをすする音が聞こえてきたのでハルヒは唖然としてなにも言えなかった。ナイス王様、じゃなくて殿様。
「マイレディ、まだお名前をうかがっておりませんでした」
「わ、わたしは朝比奈みくると申します」
「レディミクル、こちらへはどのような趣で来られたのですか」
「ええと、この者たちとずっと船で旅をしていまして、途中で遭難してしまったのです」
「とするとスペインかベネチアを目指しておられたのですかな」
「ええ、そうです」
ベネチアってどこだっけ、なにいってんのイタリアでしょ、とハルヒと内緒話をした。長門は俺の向かい側にいるのでヒソヒソ話ができない。
 
 味付けは確かに日本人が食うにはうす味で、というか塩味ついてないじゃんこれ、と突っ込みたくなるくらいに素朴な味だった。俺は備え付けの岩塩をガンガンと砕いて肉といっしょに噛み砕きながら飲み下した。これはこれでうまい。日本の栄養剤漬けブロイラーなんかよりずっといい肉だ。出されたワインは酒をあまり飲めない俺にも分かる高級品だった。おっさんはブランデーをがぶ飲みしていた。食うことはともかくイギリス人は酒にはうるさいようだ。
 
「ジパングはどんな国なのですか」
おっさんはジパングというところをズィパングと妙になまっている。
「ええと、夏は暑いです。台風も来ます。でも冬になると雪も降ります」
「暑いのに雪が降るとは、変わった国ですね」
おっさんはハハハと笑った。
「南北に長い国なので、北のほうは寒くて南のほうは暑いんです」
「さようでしたか、失礼しました。一国で夏と冬を堪能できるとは、一度たずねてみたいものです」
「ええ、ぜひいらしてください」
 
兵士の一人がやってきて、おっさんに耳打ちしていた。おっさんの表情がキリリと厳しいものになった。
「みなさま、申し訳ないがわたくしはこれにて失礼させていただきます。北のほうで賊が出たとのことなので行ってまいります。執事がお相手しますのでごゆっくりおくつろぎください、ミカーサスカーサ」
おっさんは胸に手を当てておじぎをして食堂から出て行った。意外に忙しい人なんだな。にしてもミカサスカーサってどっかで聞いたセリフだ。
「盗賊が出るんですか」俺は執事の爺さんに聞いた。
「さようでございます。例の、シャーウッドの森の伝承のせいでまねをする輩が増えまして」
シャーウッドの森ってなんだっけ?なんかの映画で聞いた覚えがあるが。
「ってことはロビンフッドに会えるのね!?」
ハルヒがまたよからぬことを思いついたと見えて、目んたまがキラキラ度全開にまで達した。
「お会いにはなれません。ロビンフッドは想像上の人物です」
「なーんだ。実在するかと思ったのに」
古泉が内緒話をするようにハルヒに耳元で囁いていた。
「まだこの時代には物語にはなっていないはずです。あながち嘘でもないかと思いますが、そういう人物がいたという伝説を物語にしたものなのでしょう」
「残念。一度山賊になりたかったのに」
古泉が冷や汗を垂らしていた。いっそのことハルヒを首領にして暴れてみるか、悪代官を懲らしめるSOS山賊団、とか。
 
 朝飯をたらふく食って腹も膨れたところで、城の中を案内してもらった。城というのは俺が想像しているような着飾った貴族だけがしずしずと傘をさして歩いているのとは違い、城壁に囲まれたひとつの町のようなものだった。人以外にも鶏やらアヒルやら豚やらがゾロゾロ歩いていて、みなは目を細めてほほえんだ。あれが俺のメシになるのか。
 
 城壁の中は市場や店が並んでいて日中はわりと人が多い。中に住んでいる人もいるし、城からは離れた畑のそばに住んでいる農家もいる。戦争がはじまると城門を閉じて守りを固めるらしい。城の外は堀になっていて、庶民の生活の場がそのまま要塞になっている感じか。もっとも、戦争がおっぱじまる前に住民は逃げ出してしまうらしいが。
 
 夕方、城門の上の見張り台から暮れていく夕日を眺めていると、スマイト卿が部下を引き連れて戻ってきた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「おう、今戻った」
「マイロード、おかえりなさい」
朝比奈さんの目がうるうるしている。それもそのはずだ、スマイト卿は鉄の甲冑に身を包み、鉄のヘルメットをかぶって長い剣を下げている。このまま朝比奈さんを馬に乗せて走り去ってもうんうんと納得してゆるしてしまいそうな格好だ。背中には盾を、鞍には弓も下げていた。お付きの兵士が家紋入りの旗を掲げている。
「残念ながら取り逃がしてしまいました。逃げ足だけは速いやつでして」
「マイロード、お姿が素敵ですわ」
「か、からかわれては困ります」
おっさんはポッと髭モジャの顔を染めそっぽを向いた。見かけによらずシャイなのな。
 



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最終更新:2008年01月29日 18:27