キョンハル前提のハル+古→長です。苦手な方は注意!

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 涼宮さんと〝彼〟の結婚式を翌日に控えたある日、僕は涼宮さんに呼び出され、彼女と2人繁華街をぶらついていた。涼宮さんに誘われた場合、僕の選択肢に『拒否』の文字はない。〝彼〟に悪いような気がしないでもなかったが、それは仕方ない。新製品の家電並べた電気屋を冷やかし、涼宮さんの新しいワンピースを見繕って、僕のネクタイを選んでもらった。そういえば彼女とこんな風に出かけるのもこれが最後か、とふと感慨に染まった冬の午後7時の駅前はもう既に暗い。

 
「うふふ。涼宮ハルヒ、生涯最初で最後の浮気相手が自分だってことを喜んで頂戴。古泉くん。」


 そう言って、何の前触れもなく僕の手を取った涼宮さんは悪戯っぽく笑う。

キョンには内緒よ、古泉くん。

 それは僕が高校一年生の頃から見慣れたもので、中学生の頃の僕が見たくてしょうがなかった笑顔だった。それなのに、僕は上手く笑えなかった。「さよなら」に代わる言葉が思いつかなかったのだ。


 彼が、彼女を変えた。出来れば僕が変えたかったけれど、彼女が幸せなら何の問題もない。それだけで、僕は幸せだった。ただ、妹がひとり立ちしてしまう兄の心境というか、仕えたお嬢様が嫁いでしまう執事の心境というか。淋しいような気もするけれど。


 10年近い、僕が一方的に知っていた時間も含めると10年は軽く越す付き合いだけれど、彼女の手に触れたのは初めてだった。涼宮さんの手は、あれだけの大きなことをしでかす人の手にしては小さすぎる。彼女はただちょっと人と違うだけで、おかしい所なんて全くない、ただの女性だ。すこし、変わっているだけで。けれど、女性だというのに冷え性知らずのその小さな手は、何度、僕を助けてくれただろう。


 彼女がいたから、僕は生きていこうと思った。彼女に選ばれて、初めて自分が肯定されたような気がした。金曜の午後の駅前はたくさんの人で溢れかえっている。仕事帰りの人、明日が休みと狂乱へ向わんとする人もいる。ここだけでこれだけの人がいて、日本中、世界中にはそれこそ気が遠くなるほどの数字の人間が犇めき合って生きているのだ。それなのに、彼女は僕達を、いや、自分に一番近い超能力者に僕を選んでくれた。他の誰でもない、この僕を。

 それだけで、単純な僕にはまるで世界に中に自分の居場所を見つかったような気がした。必要とされている、と、心から感じられたのだ。僕は、この人から必要とされている。僕は誰かにとって必要な存在なのだと。


 まだ幼い頃の僕は、彼女の手を引くのが自分の使命だと思っていた。もちろん、それが間違っていたことを今は承知だ。しかし、あの頃の僕は違った。幼かったのだ。正直〝彼〟の存在に嫉妬したこともあるし、何故それが自分でなかったのかを、恨んだこともあった。

 でも、違ったのだ。僕が彼女に抱いている感情と、〝彼〟と涼宮さんの間にある感情は根本的に違ったのだ。そのことに気が付いたのは、一体いつのことだっただろうか。もう随分昔の話なので忘れてしまった。


 涼宮さんが僕の目の前に現れた日から、何もかもが違って見えるようになった。その瞬間まで、憂鬱なだけの朝も、ただの光源でしかなかった光も、角膜を潤すだけだった涙も、音の羅列でしかなかった歌声も、初めて意味を持ったものとして見ることが出来た。輝いて見えたのだ。


 僕は感謝しているのだ。日常を奪った相手として恨まなかったと言えば、嘘になる。でも、自分の居場所が見つからないまま、宙ぶらりんに、でも必死に、自分のすべきことを探していた僕にやるべき事を与えてくれたことに、言いようのない感謝を感じているのだ。涼宮さんがいた。そして彼女に望まれた。だから、僕はここにいる。ここにいる理由がある。彼女に望まれた、ただそれだけの理由で僕はここにいる。生きる意味を、初めて得られたような気がしたのだ。

 

「ごめんね、古泉くん。」


 突然の贖罪に、僕はぎょっとする。涼宮さんはそんな僕の様子に構わず続けた。


「あたし、ずっと古泉くんの時間を奪ってきたわ。なんとなくね、分かるの。古泉くん、いつもあたしのことを一番に考えてくれてたんだって。なんでかは、最初は分からなかった。でも今なら、これもなんとなくだけど、分かるわ。」


「…………。」


 涼宮さんに『機関』や涼宮さんの能力、僕の地域限定超能力については、未だかつて一度も話したことがない。それは、彼女を傷つけることになるし、混乱させることになるからだ。これは、僕ら超能力者や、森さんを始めとする涼宮さんとの接触経験のある構成員の総意だった。もちろん、『機関』内にはそれに反論する派閥もあったが、主に森さんと新川さんの一声で大事にはならなかった。他の誰でもない、一番涼宮さんの深層意識に近くまで行った超能力者全員がそれを望んだのが大きかったのもあるだろう。


 僕が涼宮さんのために青春の全てを捧げたのは事実だが、涼宮さんには、知りようもないことである。未来勢力や情報統合思念体も、僕らの意見に賛同してくれていて、言わずもがな、〝彼〟も深く頷いてくれた。なのに今、彼女はなんとなく、のレベルではあるがそれを感じていたことを言及している。やはり、僕の行動は分かり易すぎたのだろうか。


「なんでかは、聞かないわ。10年近く友達やってても教えてもらえなかったことを、今更教えてくれるわけないし、古泉くんにも事情があるんでしょ? それも、あたしのことを思ってくれてなのよね。それも、なんとなく、分かるわ。」


 涼宮さんの呟きのような台詞は、白く漂いながら僕の耳を撫でた。涼宮さんは、残酷にも続ける。

「でも、それはあたしのことを好いてくれていたからじゃないわ。 ううん、好いていないって表現は違うわね。恋愛感情じゃない、が正解。違う? 古泉くんが好きだったのは、ううん、恋愛感情を抱いていたのは、有希。これも、正解でしょ?」


 今は、どうか知らないけど。と、くすりと笑った涼宮さんを、僕は先ほどとは比較にならないくらい驚いて見やった。言い訳をしようと口をあけるが、上手く声がでずにパクパクと開閉するだけだ。


「図星……か。案外判りやすいわよね、古泉くん。高校のときから、ポーカーフェイスだとかよく言われてたけど、仲良くなってみればすぐに分かるわ。佐々木さん達と知り合ったあたりから……違うわね……鶴屋さん家の別荘に冬合宿に行った時ぐらいかな。でも、意識し始めたのは2年の初めでしょ、有希のこと。隠したって無駄よ。古泉くん、ちらちら有希の方見てたじゃない。あたしの目は誤魔化されないわ。」


 涼宮さんの言っていることは正しかった。高校時代の僕は、いや、高校二年生の僕は長門さんにそんな感情を抱いていた。いつの間にか、長門さんのことを目で追っている僕がいて、正直あの頃の僕はかなり驚いたのを良く覚えている。その頃には、涼宮さんへの感情も恋愛感情ではないと解っていはいたのだが、それでもまだ、僕の心と人生は涼宮さんに捧げたものだと思っていたのに、それとは別にこんな感情を別の誰かに向けるなんてこと、想定していなかったのだ。


 涼宮さんへ向けた感情とは違う、何とも言えずどろりとした、言いようもない感情。それを、誰かに向けることに戸惑いを感じたのも事実だし、熱に浮かされたのも事実だ。しかし、僕はそれを必死に隠していたはずだったのに、まさか気付かれていたとは。
僕は少々、涼宮さんを甘く見ていたらしい。

 

「……で、有希は何故かキョンが好きだった。ううん、コレもおかしい事に恋愛感情じゃあなかったのよね。んー、でも、恋愛感情と言えないこともないか。有希は、恋に、恋をしていたのよ。あたしにも、かっなり昔だけど身に覚えがあるし、有希はあんな性格だから、それがただ遅かっただけ。女の子はみんな、一度は恋に恋するのよ。男の子はどうか知らないけど。」


 そう言って白い息を吐く涼宮さんの横顔を、僕は何を言っていいの判らず、ただぼんやりと見ていた。今目の前にいる女性が、明日には名実共に他の誰かのものになってしまうということに、あの頃の僕なら、きっと言いようのない悲しみと悔しさでいっぱいになっていただろう。

 しかし、今の僕には全くそれが無い。むしろ、誇らしいのだ。彼女が〝彼〟に頭を下げてまで一緒に居てくれと言わせるような女性になったという事実が。そして、それと同時に彼女を泣かせたら、例え親友である〝彼〟であろうと許さない、という気持ちもある。それこそまるで、妹を親友のところに嫁がせる兄の気分だ。

 
 ところで、涼宮さんが恋に恋をするというのは、なかなかに想像しがたい。一体誰を相手に、恋をしていると勘違いしていたのだろう。これで、ジョン・スミスだと言われたら、笑うしかないだろうな。


「でもね、有希のキョンに対する気持ちは、間違いなく恋だった。恋に恋すると言っても、誰でもいいわけじゃないの。相手がキョンだったから、有希は恋に恋をしたのよ。恋に恋をするのは、本当の恋をする前準備。有希はね、キョンに会って、恋をする必要を感じたのよ。」

 恋愛感情なんて精神病だなんて言っていた人の台詞とは思えませんね、と思った矢先に涼宮さんは、みくるちゃんの受け売りなんだけどね。といたずらっぽく笑った。そして、それからゆっくりその表情を引っ込めると、すっと視線を僕からはずし、彼女にしては低い声音でこう、口にした。


「あたしは正直、怖かったわ。有希の恋に対する恋が、いつかキョンに対する本物の恋になるのが。そうなっちゃったら、あたしに勝ち目なんかないもの。意地っ張りなわたしより、絶対、素直な有希の方が可愛いし、第一、キョンはいつだって有希に甘かった。だからあたし、有希の気持ちもずるい事だってことも解って、有希の気持ちが本物になる前に、キョンに告白したの。有希には悪いことをしたと思うけど、あたしだって、キョンが好きだったもの。そして、結果的に不戦勝のような形であたしが勝った。卑怯かもしれない。でも、あたしは勝ったのよ。だから、あたしは明日、キョンと結婚する。有希に、このことを謝るのはお門違いでおかしいし、でも、あたしは有希に恨まれてもしょうがないの。でも、勝ったのはあたし。あたしなのよ。こういうのは、最終的に勝った方が勝ちなのよ。結果が大事なの。」


 だから、古泉くん。涼宮さんは、意を決したように、いや、僕に意を決しさせるような目線でキッと僕を見上げた。


「まだ、間に合うわ。この間有希と電話した時、有希まだ結婚してないって言ってた。恋人もいないって。多分、キョンとあたしのことがあったから、有希は恋をするのに臆病になってるんだと思うの。古泉くん、まだ有希のこと好きなんでしょう? だから、どんな子に告白されても断ってる。違う?」


 涼宮さんの言っていることは、正しかった。僕は未だに誰とも付き合ったことがない、彼女いない歴生まれてこのかた……というやつだ。恋人を作らない理由を今まで任務ということにしていたが、実際は涼宮さんがおっしゃるような理由のほうが大きいのだろう。


 何も言い返せない僕に構わず、涼宮さんは続ける。


「結果が大事なの。最終的に勝ったほうが、幸せになったほうが勝ちなのよ。まだ、間に合うわ。だから、明日こそは、がんばって。卒業式の時は、大騒ぎで言えなかったでしょ。これを逃したら、3年間一度も同じクラスになったことがない古泉くんと有希は、同窓会でも会えないわ。これが、最後のチャンスなの。あたしが古泉くんにできるのは、応援してあげることだけだけど……。でも、あたしは、キョンと同じくらい古泉くんと有希には幸せになってもらいたいのよ。友情的な意味で。」


 友情的な意味で。と僕が復唱すると、涼宮さんは友情的な意味で。と、ずいぶんと真剣な口調で返された。


「それに、3年のときには有希だって古泉くんのこと……」


「……何かおっしゃいました?」


「なんでもない! さ、急がないと電車出ちゃうわよ、古泉くん!」

<END>


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