電車を乗り継ぐ事約一時間半。俺たちは今、入園ゲートの前にいる。

涼子はもちろんのこと、長門も楽しみなようだ。その証拠にさっきからちらちらとゲートの方ばかり見ている。そういう俺も久々の遊園地で結構楽しみにしている。

自転車に乗ったおかげで何とか予定の電車に乗ることができたので、まずはなかなかの好スタートと言えるだろう。

「ねぇおとーさん。どーしてなかにはいんないの?」

確かに涼子の言うとおりである。ではなぜ未だゲートにいるのか。その理由は簡単だ。

「そりゃな、まだ遊園地が開いてないからだ」

「じゃあじゃあ、あとどのくらいでひらくの?」

時間的にはもう開く頃合なのだが・・・。

ピンポンパンポーン

「大変長らくお待たせいたしました。これより開園です」

とアナウンスが流れる。

「お、もう入れるみたいだぞ」

開園アナウンスを聞いた俺は、長門と涼子を連れてチケット販売ブースまで行って「一日乗り物乗り放題券」を三人分買う。これでもう後はアトラクションに行くだけだ。

「涼子、まずはどれに乗りたい?」

と娘に尋ねる。こいつの為に来たんだから、好きなようにさせてやりたい。

もっとも、ジェットコースターや大きいパイレーツなどは身長制限に引っかかっちまうのだが。

「うんとねー、えっとねー」

と涼子は眉を寄せて考えている。父ちゃんはなんでもいいぞ。

「・・・わかんないっ!」

にぱぁと笑顔で開き直られた。

「わからないからおとーさんがきめて!」

さて困った。希望が無いなら俺が決めるほかあるまい。女の子の好きそうな乗り物を選んだほうがいいだろう。こういうとき、下に妹がいるとその経験が大変役に立つ。

「そうだな、じゃあコーヒーカップなんてどうだ?」

「こーひーかっぷ?」

きょとんとした顔で聞き返してくる。

「そうだ。コーヒーカップだ。涼子もカップは分かるだろ?お茶とかコーヒーとか飲む時に使うやつだ」

「・・・ゆのみ?」

ちょっとズレている。

「少し違うが、まあそんな感じだ。んで、コーヒーカップってのはな、そのカップ乗ってぐるぐる回すやつだ」

「じぶんたちでまわすのー?」

そうだ、という意味をこめて頷く。

「よくわかんないけどわたしそれのりたいー!」

よく分からないんかい。・・・俺も説明下手だから言い訳はできんが。

「よし!じゃあ乗りに行くか」

「うんっ!」

涼子はぐるぐるぐるる~とか言いながらくるくる回っている。こらこら、こんなところで回るんじゃありません。転んじまうぞ。

あまりにあぶなっかしいので涼子の右腕を取る。これ以上放っておくとそれこそ誰かにぶつかりかねない。

そんな俺と同じタイミングで長門が涼子の左腕を取っていた。

「涼子、落ち着いて。回っているのは危険。お父さんとお母さんが手をつないであげるから」

ね?とでも言いたそうに首を横に傾げて涼子を見つめている。

「うんっ!わーい、おとーさんとおかーさんといっしょだー!」

今度は俺と長門の間に挟まれながらキャッキャと騒ぎ出した。

ここでずっとこうしていても仕方あるまい。目的地は決まったし、ひとまずそこへ向かうとしよう。俺たちは三人四脚のようにして歩き出した。

コーヒーカップはというと開園直後ということもあってか、待ち時間は五分十分といったところで、すぐに俺たちの番が来た。

「おとーさん、これどーやってまわすの?」

そうか。お前は回す気満々か。長門は・・・そうか。お前も回す気満々か。

怖いからそんなに俺を凝視しないでくれ。

「ここにあるハンドルみたいなのがあるだろ?」

カップの真ん中から生えている立ち食いそばやのテーブルっぽい物体に手をかける。

「それをな、動き出したら時計周りに回してやるとこのカップも回るって寸法だ」

「わかったっ!」

と涼子はハンドルに手をかける。おいおい。気が少し早いぞ、お前は。

・・・訂正。気が早いぞ、お前ら。

よく見ると長門までハンドルに手をかけている。お前らは何がそんなに楽しみなんだ?

「…まかせて」

何をだっ!

「許可を」

だから何のだっ!変な力を使うのは許さんぞ。

「………」

ぷいっ

そこ!視線をずらさないっ!涼子と目配せしない!頷きあわない!

なんてゴタゴタやっているうちに、ブーとアトラクションが動き出すのを伝えるブザーが鳴り響く。俺にはそのブザーが最終警告に聞こえた。逃げ出すなら今が最後だ、というな。

嫌な予感というものはなぜかは知らんがよくあたるというが、そうであってほしくないものだ。だが、残念ながらその予感は見事的中してしまうのだが。

「おい長門。すこ・・・・・ぶぇ!」

少しは手加減しろよ、と事前に言っておきたかったのだが、俺は最後まで言わせてもらえなかった。時既に遅し、というやつだ。

突然俺の身に降りかかる遠心力。

例えるならばそう・・・ハンマー投げのハンマーになった気分?

とにかく凄まじい力が俺にかかったのである。

顔を上げて視界をちらと確認する。視認不可。なにがなんだかさっぱりわからん。それくらい早い。とにかく早い。

「なが、なが、長門!じゃなかった有希!」

必死に呼びかける。

「涼子がやばそうだからスピード落としてくれ!」

高校男児が飛ばされそうなくらいだ。小さい女の子なんて、一発・・・だ・・・?

長門がクスリと笑ったような顔をしてチラリと涼子のほうを向く。

そこには太陽のような笑顔でハンドルをぐるぐる回している

・・・なんで?どうしてこいつはなんでもないんだ?

長門がクスリと笑うというレアイベントそっちのけで涼子の姿を目を点にして見る。

「あなたもまわす?」

そう、だな。くよくよ考えても分からんもんは分からん。よっしゃ。俺も頑張るとするか。

ぷしゅううううう

や・・・やっと終わった。俺が回すのに参戦してからというものの、カップの回転速度は鰻上りで上がっていき、最後のほうではもはや限界速度を越えていた。少なくとも俺はそう思うし、その証拠に今までに無いくらいの平衡感覚の喪失に陥っている。

なんて少しかっこよく言ってみたが、ようは頭がくらくらして千鳥足になっているっつーことだ。はぁ・・・。情けない。

「おもしろかったねー!」

「ユニーク」

二人が楽しんでいるからいいのだが、どうしてこいつらは平気なのだろう?

「つぎはどこいくのー?」

どこに行ったもんかねぇ。

ひとまず涼子の願いで全ての乗り物制覇を目指す。

とは言っても予想通り身長制限がある訳で、自分が乗れない乗り物がある度に一悶着あるわけだ。

ジェットコースターの時がいい例だ。乗れないと分かったとたんこうである。

「おとーさんっ!たんこぶ!」

へ?

「わたしのあたまをかなずちでおもいっきりたたけば・・・」

「やめなさい!」

大体そのとんかち、どっから持ってきた?長門か?うん。長門だな。

露骨に視線を合わせないようにしてるし。

「やーだー!のりたいのりたいのりたいのりたい!のーりーたーいー!」

とまあこんな感じで駄々をこねられる。

これがジェットコースターだけならまだしも、乗れないのがある度にこうだったから大変の何の。やれやれ。どうしたもんかねえ。

でもその分涼子と長門の微笑ましい姿もたくさん見ることができたのでプラスマイナス0といったとことだろうか。

例えばお化け屋敷。

お化けが出てくるたびにキャーと叫んで俺の腕にしがみついてくる。

それだけでも十分父親として嬉しいのだが、お化けが通り過ぎると必ず、

「べつにわたしこわくないんだから。ぐすん」

と涙目で見栄を張る。これを微笑ましいと言わずして何というべきか。

ちなみに長門はというとお化け役の人が可哀想になるくらい無反応でとてとてと道順を進んでいた。こいつが驚くことなんてあるのだろうか、と思って悪戯をしてみた。

   まず「有希」と照明が普通のところよりも暗い角のあたりで呼ぶ。

   次に長門が振り返る瞬間にタイミングを合わせて耳に息をふぅとする。

という冷静に考えれば結構赤面物なのであるが、謎のテンションで実行してしまった。耳ふぅは俺が風呂場でやられたしな。

その結果。

「…きゃっ」

ビクッと肩を震わせて驚いた。こいつでも驚くことがあるんだな。

・・・てか今の反応は結構きました。ええ。きましたとも。

しかもぷぅと頬を軽く膨らませてこっちをにらむ姿が涼子と同じでなんともいえない父性本能をくすぐられちまった。

他の例を挙げるならば・・・そう、ミラーハウスが挙げられるだろう。

ミラーハウスに着くと、涼子は中に入るなりだーっと走っていってしまい、俺たちはその姿を見失ってしまった。

つまり迷子にさせちまったわけだ。最後は係員の人に連れ出してもらえたからよかったものの、ミラーハウス内で、

「うわーん!おとーさん!おかーさん!どこぉー!」

と泣き声が聞こえてきた時は流石に肝を冷やしたもんだぜ。

係員の人に連れられて来て、俺らの姿を確認すると大泣きしながら長門のところへ走ってくるんだもんな。長門は長門でそんな涼子をなだめるようにやさしく抱きしめていたし。

見ているだけで温かい気持ちになった。

ご飯の時だってそうだ。

長門の作ってくれたお弁当(こんなに暑いのに痛まないのか?と聞いたら情報操作は得意と言われた)を皆で食べている時も、涼子が口の周りを汚したりご飯粒をほっぺにくっつけたりするたびに拭いてやったり・・・

常に長門は涼子を気にしている。まるで自分の愛娘をするように。

いや、ように、じゃなくて実際しているんだな。愛娘の世話を。

俺は。

俺はそんな二人をいつまでも見ていたいと思った。

しかし。

そんな俺の願いは叶うことはないのだ。

だって明日には別れが待っているのだから。

だからこそ。

だからこそ俺は最後の瞬間まであいつに笑顔でいて欲しいと思う。

そんな思いを隠すようにして俺は明るい顔で言った。

「じゃ、次はどこに行きたい?」

第五章後半へ


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