1月16日。世間的に、この日は”ただの1月16日”と見受けられるだろうが、この日が冬休みの最終日である我が北高生徒にとっては口惜しい、特別な日だ。だが他に、あの男にとってもこの日は特別であるらしい。
 
 毎日ダラけながらも少しずつ消化していた『冬休みの課題』なる俺にとって邪魔でしかない物も残っている分量はもう5分の1もない。
 残りはあと1日だってのにこの量は少し多いかもしれないが、今日一日ずっと机と睨めっこしていれば大丈夫だろう――と、俺は悠長に思っていた。
 だが、『アレ』が来てしまったのだ。声色は天使の100Wの笑顔であるにもかかわらず、内容は俺にとって悪魔のささやきにしか聞こえない、あの悪夢の電話が。
『あたしだけどね、あんた駅前のバイキング店知ってるでしょ? あそこに今日12時集合ね。そこでお昼ご飯食べるから! 強制参加で、遅れたら死刑だから! おーばぁ♪』
 
 プツッ。ツー……ツー……
 
 危うく携帯を投げ飛ばすところだったね。今回は会話さえさせてくれないときた。今度等身大ハルヒフィギュアでも買ってみるかね、ストレス発散用のサンドバックに使えそうだ。……いやいや、妹に余計な誤解は生みたくないからそれはやめておこう。
 ……で、何だっけ。ああそうだ、バイキング店だっけか。俺の知ってる場所で合ってるのか? しかし何故突然バイキングなんだ、しかもよりによってこの最終日に。まったく、課題を終わらせないための嫌がらせにしか思えないぜ。
 そんなことを考えつつも、結局は素直に集合場所へ行ってしまう俺は心底お人好しなのだろう。
 
 
「おっそーい!」
「時計をよく見てみるがいい涼宮さん、今は何時だ?」
「え? 11時、ごじゅっぷん……」
「それで、集合時間は?」
「……う、うっさいわね! 何よ涼宮さんってのは!」
「さあな。そんなことよりさっさと中に入ろうぜ。」
「待ってください、まだメンバーは揃っていないようですよ。」
 何? いつもの5人メンバーじゃないのか?
「それがですね……おや、来たようです。」
 俺は古泉の見る方向へ視線を合わせてみる。すると何やらぞろぞろと団子みたいに固まって、十何人かの集団が走ってきた。
「えっほ、えっほ、えっほ、ぜんたい止まれーっ!」
「うす!」
 ……あの、なんで上ヶ原パイレーツの皆さんがここへ?
「まさかハルヒ、お前が呼んだのか?」
「違うわよ。呼ばれたのはあたしたちの方。」
「……は?」
「だーかーら、上ヶ原パイレーツのキャッチャーさんの誕生日にご招待されたってわけ。」
 ホワイ、なぜ?
 ハルヒが少し考え込むように黙っていると、上ヶ原パイレーツのキャプテンが、
「SOS団のみなさんとは戦友であるし、勝利を譲っていただいた借りもあったからね。これはそのお礼だ。」
「は、はあ……」
「今日は存分に食べていってくれ。お金は全部こちらが負担しよう。」
「そんな悪いじゃ――」
「――そう!? ありがと、キャプテンさん!」
 お前少しは遠慮というものを……いや、やめておこう。今に始まったことではないし、奢ってもらえるのもやぶさかではない。なによりにここはお言葉に甘えておくのが最善だろうからな。
 そうした方が俺のポケットマネー的にも助かる。……二人分の昼食代をほいほいと払えるほど、俺の財布は太ってないからな。
「でへへ、キョンくん早く入ろー!」
 だが、未だに俺はこの食欲旺盛なマイシスターがついて来た理由が解からん。
 
 
 上ヶ原パイレーツ軍団+SOS団+小学生1人という大所帯で入店した俺らは店員に案内されるまま腰を降ろした。
 さすが昼時ということもあって、店内は家族連れの客で溢れかえっていた。上ヶ原パイレーツの皆さん(ええい、いちいち面倒くさいな)が予約してくれていなければ1時間ほど待たされていたことだろう。
「キョンくん、食べ物取って来ていいのー?」
「ああ、1時間半の間食い放題だ。晩飯が入らないくらいたくさん取って来い。でも残すなよ。」
 妹は晩飯の「ば」の字を聞かぬ内に、『ごはんの歌』なるキテレツな歌を口ずさみながら食料が立ち並ぶ棚へと軽装に走り去っていった。
「上ヶ原パイレーツのキャプテンさんに感謝しなくてはなりませんね。」
 不意に、隣からまるでバイキング店でこれから食べ物を取りに行こうというような――つまりは今の状況――ウキウキとした声が聞こえた。
 お前、いつ俺の右隣の席をゲットしたんだよ。
「そうだな。これならハルヒのストレス解消空間も生まれそうにねえ。」
「ふふ、今くらいそんなことは忘れてしまいましょうよ。」
 なんだよ。いつもあいつの話題を切り出してくるのはお前じゃねえか。
「もちろんその意味もありますが……ほら、あなたの妹さんはあんなに楽しそうな表情で次々とトレイにお肉を運んでいます。この微笑ましい光景こそが、平穏かつ平和な状況と言えるでしょう。あなたも少なからず楽しんでいるのでしょう?」
 少なからずも糞も……いや、この席で下品な表現はやめておこう。少なからずなんてもんじゃない、大いに楽しんでいるさ。正確にはこれから楽しむつもりだがな。
 古泉は柔和な笑顔を俺に振り撒いた後、羽織ったジャケットを揺らしながら席を立った。
 さて、俺も食いもんでも取ってくるかね。時間は限られてるんだ、このまま何もしていないんじゃあキャプテンさんに失礼である。
 
 
 俺が皿に食料を盛って帰って来ると、不躾にも既に妹がありとあらゆる料理を口の中へと運んでいた。
「いい食べっぷりね、妹ちゃん!」
 俺の左隣に妹、正面にはハルヒが座っていて、ハルヒの両隣には長門と朝比奈さんが鎮座している。
 朝比奈さん、あまり箸が進んでいないようですが、せっかくの機会ですしもっと食べましょう。ほら、長門なんてどんどん空の皿を積み上げていきますよ。
「それにしても元気な妹さんですね。また勝手についてきてしまったのですか?」
「いいや、それが違うんだ。ちょっと訳有りでな。」
 そう、朝のハルヒからの電話のあとに、もう一度電話がきたんだ。
 ………
 ……
 …
 
 
『さっき言い忘れてたんだけど、今日妹ちゃんも連れてきてね!』
「妹を? そりゃまたなんでだ。」
『理由はよく知らないんだけど……キャプテンさんに是非、って言われちゃって。ほら、妹ちゃんも野球大会の時に居たじゃない? だからよ。』
 だったら鶴屋さんや谷口&国木田ペアも呼んだのか?
『そのことなんだけどね。鶴屋さんは大事な用があって、国木田は勉強するって、谷口は当然の如く拒絶されたわ。まああんな奴こっちから願い下げだけどねっ。』
「解かった、妹を連れていけばいいんだな。」
『そーゆーことっ。遅れるんじゃないわよ! おーばぁ♪』
 
 
 …
 ……
 ………
「ということさ。」
 俺は古泉に言ったはずなんだが、代わりに他のやつが割り込んできた。
「詳しい事情はキャプテンさんに訊いてよ。あたしは知んないからねっ。」
「……裏がありそうですね。」
 おいおい、話をややこしい方向へ持っていくな。今日は楽しい食事会のはずだろ?
「そうでしたね。失敬。」
 
 
 それから俺たちは雑談を交えながら、楽しい食事の時間を共有した。途中でハルヒがジュースを混ぜ出すというかなり幼稚染みた悪行をしたり、朝比奈さんが皿をお盆に盛ったまま転倒して騒ぎになったり、長門が食欲のあまり寿司を食い尽くして窓の向こうのおばさんを困らしたりなどがあったが、さしてここで公表する気はない。
 ……ただひとつ解かったことは、長門はマグロがお気に入りだったってことくらいかな。
 そして、まさに唐突だった。唐突に上ヶ原パイーレツのキャッチャーの肩が俺の方へ寄って来たのだ。そして爆弾発現を一言。
「キョンくん、いえお義兄さん! 妹さんを……僕にください!」
「―――――」
 今の棒線はもちろん周防九曜のものではない。俺だ。声が出なかったんだ。とりあえず俺は精一杯止まった思考回路の修復に取り掛かり、やっと一言発した。
「……はあ?」
「いえ、今からとは言いません! 妹さんが16歳になるまで、僕と結婚を前提としたお付き合いをさせてください!」
 一同沈黙。意気消沈。あ、意気消沈は意味合いが違うかな。
「誤魔化さないでください、どうかご検討を!」
「いやあの……正気ですか?」
「正気も正気、いつもより正気です!」
 なんだか恐怖さえ感じられた。なんだって? 妹と付き合いたいだ? しかも結婚を前提にだと? この人は何語を話しているんだと問いただしたいほどだ。
 俺は周りを見回した。俺の後ろには土下座で頭を下げるキャッチャーさんが居て、真正面のハルヒは何か珍しい物を見るような目でキャッチャーさんを凝視し、その隣の朝比奈さんはなぜか顔が真っ赤、反対側の長門は頭上にハテナマークを浮かべている。古泉は見てない。
「キョンくん、この人なんて言ってるのー?」
「どうやらお前宛てにだぞ。」
「あたしにー? なんてー?」
「ええと……」
 俺がどう伝えようか悩んでいるのを見たのか古泉が切り出す。
「あなたへの求婚のお言葉のようですよ。どうです? キャッチャーさんと交際を始めてみては?」
 こらお前、なぜ肯定を促すようなことを妹に言いやがるんだ。もし妹がオッケーなんかしたらキャッチャーさんが本気にするだろ。
「きゅーこん? なにそれ、おいしいの?」
「まずい。まずいんだよ。色んな意味で。」
「んー、キョンくんがそう言うならやめるー。」
「そ、そんなあっ……!」
 おおそうかそうか、お前が旅立つ日はまだ早すぎるもんな。もしその日が今日ならお兄ちゃんが泣いてしまうかもしれない。
 ……いかん、その日のことを想像したら自然と涙目に……
「キョンくん? 泣かないでー?」
「え? いや、泣いてなんか……!」
 こら、頬に触れるな! こそばゆい!
「美しい兄妹愛ですね……」
「キョン、なにあんた泣いてんの?」
「キョンくん……」
「……ロリータ・コンプレックス……」
「なっ!」
 長門、そんなこと言っちゃいけません! ハルヒと古泉! ニヤニヤするな! 朝比奈さんもなんでそんな真っ赤なんですか!
「い、言っておくがロリコンじゃないぞ!」
「ほうほう、ロリコンですか。」
「そんな趣味だったのね……」
「ロ、ロリコンじゃねえっ!!」
 
 
 1月16日。世間的に、この日は”ただの1月16日”と見受けられるだろうが、この日にロリコン疑惑説が生まれてしまった俺にとっては口惜しい、特別最悪な日だった。
 
 
サムデイ・イン・ザ・ロリータ end
 
 
 
……これは、大橋 隆昌さんの誕生日に掲載させていただいたSSです。

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