「いやーすっかり遅くなっちゃったわね」
全くだ。現在時刻、午後9時半。部活にしては遅すぎるぜ。
朝比奈さんなんかさっきからあくびをかみ殺してばかりだ。ふぁあ。あくびうつった。
とりあえず、早く帰って休もうぜ。明日休みとは言え疲れをためるのは良くない。
「わかってるわよ!…キョン、古泉くん!」
何だ。
「何です?」
「女子をそれぞれの家に送りなさい!こんな時間に女の子が一人で歩いたら危険よ!」
あのなハルヒ、こんな時間になったのはお前が…
「わかりました。ここから一番近いのは長門さんの家ですね」
「じゃあみんなで有希の家へゴー!スパイダーマン♪スパイダーマン♪」
 
近所迷惑になるからスパイダーマンのテーマ(エアロスミス)歌うな。
 
「ぅう…暗いですね…」
すみません朝比奈さん、俺がついてますから…本当だったら真っ先にあなたを…
「…キョン」
何だよ…
 
---------
何となく喋りながら歩き、ほどなく長門のマンションに着いた。
まだ更に朝比奈さんの家・ハルヒの家へと行かなけりゃならん事を考えると少々気が滅入るがまぁ仕方ない。
じゃあな長門。また学校でな。
「………」
「どうしたの有希?」
マンションの門で立ち止まったままの長門に、ハルヒが問い掛ける。
確かに様子がおかしいな。どうしたんだ?
「…あそこ」
「…ぁあっ!ひぃい…」
 
長門の視線が指す先を俺が見る前に朝比奈さんの悲鳴が夜の住宅地に響いた。
おいおい…あれは…
 
「おやおや…これは」
おやおやって…お前な…
 
「キョ、キョン!何なのあれ!」
俺に聞くな!俺にはアレにしか見えんが…
 
「…有機生命体の言語で言うなら」
待て待て。俺は認めたくないんだ。何かの間違いだ。特撮だ。
 
「あれは幽霊」
 
……はぁ…
「ふみゅう。。。」
崩れ落ちる朝比奈さんを古泉と支えながら、長門に尋ねる。
マジで言ってるのか?幽霊なんてホントにいるのかよ。
「いるじゃない実際に!あたしだってそりゃ100%信じてたわけじゃないけど、
幽霊なんていないって言うならアレは何よ!」
 
確かにハルヒが指差す先には、中学生くらいの女の子が…
その…何だ。浮いてるんだ。宙に。
 
それに俺は長門に聞いてるんだ。なぁ長門、本当に幽霊なんか…
 
「…あなたは誰?」
 
…は?何故それを俺に向かって言うんだ?聞くならアッチだろ?
 
「あなたに聞きたい。答えて。」
 
…何か意図するところがあるみたいだな。
 
俺は俺だ。これでいいか長門。
 
「いい。次の質問」
………
「なぜあなたはあなただと言い切れる?」
 
……解らん。
「降りてきなさーい!あんたに聞きたいことがあるのよ!」
 
向こうでハルヒが拳を振り上げ何やらきゃいきゃい騒いでいるがとりあえず無視する。
「…自意識という情報があるから」
「自分、という概念」
「その情報はとても大事」
「それが確立していないとヒトは自他の境界線を失う」
「だから自意識の情報には強固なセキュリティがかかっている」
「普通死後は全ての情報が破棄されるが自意識の情報はそのセキュリティのせいで残る事がある」
「それが幽霊」
 
要するに、自意識情報が魂みたいなもんで死後に残ってしまうといわゆる幽霊になるってわけか?
 
「そう」
 
なるほどな…
情報統合思念体なんてものの存在を知った今じゃ、
幽霊が完全削除するのを忘れてゴミ箱フォルダに残ったデータだ、
とかいう突拍子もない話の方が、もっともらしい心霊番組よりよほど信じられる。
 
「キョン!あんたさっきから人を無視して!」
…あぁ、すまん。
「あいつ捕まえるわよ!」
幽霊をどうやって捕まえるって言うんだ!
「頑張るのよ!」
「そうですよ。努力は時に天才を打ち負かすものです」
 
…古泉を本気で殺したいと思ったのは初めてだ。いや初めてか…?まぁいい。
 
あのなお前ら、
「あっ!消えた!」
なにっ?
 
さっきまでヤツがいた所を見ると…確かに消えていた。
あぁ…俺の頭にわずかに残っていた特撮説も、一緒に消えちまった。
一般人よりもちょっとばかり超常現象に耐性がついてる俺は、
幽霊が消えた事に驚くよりもさっきから最高の笑みを崩さずこっちを見ているハルヒが、
次に言うだろうセリフを予測しうんざりしていた。
 
「探すわよ!」
 
ってな。…まぁいいが、
探しに行く前に、朝比奈さんを起こさないとダメだろ。
「そうね。みくるちゃん起きなさい。気絶なんかしてる場合じゃないわよ」
「う…ん…」
俺の腕の中でかわいらしい声を出す朝比奈さん。
自制しなければ…ってうわぁ!
 
「……」
 
いきなりがばっと立ち上がった朝比奈さんは、黙ったまま俺達に視線を向けた。
 
「みくるちゃん…?」
「これは少々厄介ですね…」
どういう事だ古泉。
「朝比奈みくるの自意識情報が一時的ブランク状態である事を利用して入り込んだ」
…えっとつまり…
 
「朝比奈さんが気絶しているスキに幽霊が憑りついたということです」
「みくるちゃんが憑りつかれた!?凄いわみくるちゃん!
日頃から巫女さん衣装とか着せてるから霊媒体質になってたのかも!」
…何でそんなに嬉しそうなんだ。
しかし、ハルヒがいくらつねったり胸をつついたりしても無反応な事を考えるとどうやらマジらしい…
「あなたたち」
朝比奈さん(霊)が突然口を開いた。
 
「あなたたち、私が怖くないの…?」
朝比奈さん(霊)は、朝比奈さんの声で俺達に問い掛けてくる。
不思議と恐怖感は全くない。奇妙なものに遭遇するのにも慣れてきたしな。
「全然大丈夫!ところで、あんた名前は?」
「…ちひろ」
「ちひろちゃんね!どうしてあたし達の前に出て来たの?
あと、憑りつくってどんな感じ?
そうそう、どうやったら幽霊になれるの?」
朝比奈さん(霊)、どうやらちひろというらしいが…
ハルヒのヤツ…幽霊に質問攻めとは…
 
「好ましくない状態」
長門が呟く。
「一つのフォルダに二つ自意識情報が入っている」
「このまま朝比奈みくるの自意識情報がブランク状態から復帰したら」
 
「…重大な人格障害を起こす危険がありますね」
「…そう」
 
人格障害…?まずいじゃないか。何とかならないのか…?
「入り込んだ自意識情報を削除すればいい」
 
「しかし、セキュリティはどうするんです?」
 
「外部操作によってセキュリティを解除する」
「正確には自ら解除させるよう仕向ける」
 
わかったぞ。つまり俺達が幽霊ちひろの未練みたいなのを取り払ってやれば、
セキュリティは解除されるって事だな?
「飲み込みが早いですね。驚きましたよ」
「私も驚いている。
こうも容易に理解することは予測していなかった」
ただ幽霊モノの基本を言っただけなんだが…なんかムカつくな…
長門まで…
 
「おーいあんたたち!」
 
俺達をそっちのけで朝比奈さん(霊)となにやら話していたハルヒが、彼女の手をひいてくる。
「ちひろちゃん、生きてた時に付き合ってたひとと話したいんだって!」
 
またベタな展開だが…いいのか、長門。
「…」コク
正直こんな時間に見ず知らずの人を訪ねるのはどうかと思うが、
朝比奈さんの事を考えれば仕方ない…か。
 
で、場所は分かってるのか?
「大丈夫。あの人の事はいつも感じているから」
 
幽霊ならではの能力ってわけか。
「形のない情報として存在しているから自他の境界線はない」
ふむ。
「だから他人を自分として認知することもできる」
頭が痛くなってきた…とにかく行こう。
 
「こっちです…」
 
俺達は朝比奈さん(霊)…ちひろについて歩く。
どうやら彼女の恋人の家は例の公園の方向にあるらしかった。
5分ほど歩いたところでふと、ちひろが足を止める。
「………」
 
…ここか。
「ここね!じゃあちゃっちゃと済ませましょう」
待て!
何普通にチャイム鳴らそうとしてるんだ。
「だって出て来てくれないと話せないじゃない」
あのな…今何時だと…
 
「…あの…」
…!
「何かご用ですか…?」
 
…この人は…まさか?
ちひろの方へ視線を向けると、彼女は泣きだしそうな表情で呟いた。
 
「道弘くん…」
 
やっぱりそうか…
 
俺達の後ろからやって来た、不審な顔で問いかけてきたサラリーマン風の男。
この人がちひろの探していた人物らしい。
 
「…どこかでお会いしましたっけ…?」
「あの…私…」
 
「わからないむぐっ!まいむんももっ!」
何やらわめこうとしたハルヒの口を抑え、古泉と長門に目で合図を送る。
俺達は邪魔者だ。空気を読もうじゃないか。
 
しばらく遠巻きに見る事にしようと、場を離れかけた時だ。
 
「何だかわからないけど、制服姿でこんな時間にうろついてたら捕まるよ?
早く家に帰りなさい」
 
事情を知る俺達にはとてつもなく非情に響く言葉を残し、彼は玄関に歩いて行ってしまった。
 
「…無理もないですね…彼は何も知らないわけですから」
「話くらい聞いてもいいと思わない!?ふざけてるわ!
これじゃあせっかくちひろちゃんが…」
 
ガチャン…
ドアの音がこんなに冷たいとは知らなかったぜ。
 
「顔が違うだけでわかんないの!?
死んじゃったら忘れるなんて酷い男だわ!信じられない!」
 
『パパ…か…りーっ』
 
「いいちひろちゃん、あんな奴の事忘れなさい!
もっとマシな男がきっと…」
しっ!ちょっと静かにしろ!今…
 
『ただい…ちひ…』
 
…ちひろが息を飲むのがわかる。
いや、息を飲んだのは俺だったのかもしれない。
 
『ちひろねぇ、パパがかえってくるのまってたんだよ』
『ありがとう。でも夜更かしはダメだぞ』
 
「「あ…」」
ちひろとハルヒの声が重なる。
 
「みなさん、こっちを見てください」
古泉が芝居がかったポーズで指し示しているのは…
 
表札。
 
そこにはこうあった。
 
木下 道弘
早紀
千日旅
 
「これは、何と読めばいいんでしょうね」
 
「…ち…ひろ…私と同じ…字で」
「これは珍しいですね。きっと出生届を出すときも一悶着あったでしょう。
わざわざこんな字を当てるなんてよほど思うところがあったんでしょうね」
…ハルヒは、驚きと悲しみが混ざり合ったようなよく解らん表情で表札を凝視している。
 
かくん、と朝比奈さんの体が崩れ落ちる。何とか支えられたが、こりゃ…
 
「…長門さん」
「彼女の自意識情報は削除された」
 
…成仏したってことか?
「そう」
 
「じゃああなたは涼宮さんをお願いします」
 
再び長門をマンションに送った後、俺と古泉はそれぞれ二手に別れて二人を送ることにした。
あの後ハルヒが終始無言だった事を懸念してるらしい。
懸念だけじゃなく対処もしてほしいんだがな。
 
「………」
どうしたんだ。黙ってるなんてらしくないじゃないか。
 
「死んじゃった後の事考えてたの」
 
…ふむ。
 
「そしたら…怖くなって…」
あぁ。誰もが体験する感覚だ。自分が死んだらどうなるのか考えて、勝手に恐怖を感じる。
死んだらもう何も感じないし、何も感じない事も感じない。
feel nothingどころかdon't feel nothing
の状態になるって事を考えると確かに怖い。
 
でもなハルヒ、今日した体験で死んでも自意識情報…魂は残る事もあるって解ったじゃないか。
お前ほど自意識の強い奴なら、絶対に幽霊になれると思うぜ。
 
「当たり前じゃない。幽霊になる方法もちひろちゃんに聞いたし、
死んだら絶対に幽霊になってやるって思ったわ」
…じゃあ何が怖いんだ?
俺は今日の体験で逆に死への恐怖感が減ったくらいだ。ほんの少しだが。
 
「ちひろちゃんは結局、道弘くんと話せなかった」
 
…そうだな。でも彼はちひろの事を忘れてなかったじゃないか。
 
「すれ違いなのよ」
 
…何がだ?
 
「例えるなら車道ね。すれ違う時、限りなく近づくんだけど
交わることはないの。だって正面衝突しちゃうでしょ?」
 
お前まで分かりづらい例えをするようになったか。
要はちひろは道弘さんと話したいし、道弘さんはちひろの事を忘れていないけれど----
 
「もう一度二人が会うことはできないってこと…」
…そうか………
 
「その事だけじゃないわ。
…そもそも道弘くんがちひろちゃんの事を死んでしまった後も覚えてて、
娘に同じ名前をつけたのって愛してたからよね」
 
そうだろうな。
 
「あたしが死んだ時、誰かが同じ事してくれるのかなって考えたら…
また怖くなって。」
 
ハルヒ…
 
「…あたし死んだらあんたのとこに化けて出るわ」
………
えーっとこの脈絡でそういうこと言われると…どう反応していいか…
 
「何よ。イヤなの?」
 
いや、そういうわけじゃないんだが…
お前より先に俺が死んだらどうするんだ?
 
「あたしのとこに化けて出ればいいじゃない!」
 
そうする為には俺も幽霊になる方法を知らなければならないんだが…
 
…何赤くなってんだ?
 
「…すごく、好きな人がいればいいんだって…!
もうここまででいいわ!ありがとう!気をつけて帰りなさい!じゃね!」
 
…はぁ。
何と言うか…
 
 
死ぬ時は一緒に…なんて考えちまった俺が憎いぜ。
一緒に幽霊になっちまえば、同じ車線にいるわけだからな。
 
…疲れてんのかな。明日も休みだし、帰って寝よう。
 
To:ハルヒ
Sub:幽霊の件
Txt:
 
どっちかが先に死ぬって考えるから怖いんじゃねーか?
例えばお前が先に死んでも忘れられないとは思うが…
まぁちょっとした思い付きだ。俺は寝る。
 
Fm:ハルヒ
Sub:Re:幽霊の件
Txt:
 
バカな事言ってないで早く寝なさい!明日9時集合だからね!
 
To:ハルヒ
Sub:Re:Re:幽霊の件
Txt:
 
明日は何もなしじゃなかったのか!?
 
Fm:ハルヒ
Sub:Re:Re:Re:幽霊の件
Txt:
 
今決めたの!
 
 
fin.


|