自由惑星同盟軍統合艦隊は、銀河帝国首星トランター近傍宙域へのハイパースペースジャンプを完了した。
 旗艦「ナデシコ」戦闘中枢指揮所では、司令長官朝倉涼子がゆったりと椅子に座っていた。
 艦載メインコンピューター「オモイカネ」が、周辺情報を空中に映し出した文字で示す。
『前方に敵性艦隊を確認。銀河帝国親衛艦隊と判定。総数534隻』
「帝国最後の艦隊ね。さぁ、どんな戦いを見せてくれるかしら」
 親衛艦隊534隻に対して、こちらは1543隻。優位は揺るがないが、油断はできない。
『楽しそうですね』
「戦争は私の仕事だもの。仕事は楽しんでやるに限るわ」
 
 
 トランター、皇帝宮殿。
 帝国宰相長門有希は、敵艦隊を確認すると、淡々とした声で命令した。
「玉璽台、応答せよ」
 玉璽台は古典的な電子音声で応答した。
「音声認識、帝国宰相長門有希。御命令をどうぞ」
 玉璽台には、帝国の全権力を象徴する立方体、すなわち玉璽が載っている。
「帝国親衛艦隊全艦の制御キーを帝国宰相に変更せよ。私が直接指揮をとる」
「了解。制御キー、変更しました」
 長門有希は、制御キーの変更を確認すると、手元のパネルを猛烈な勢いで叩き始めた。音声命令よりもこちらの方が早いと判断してのことだった。
 猛烈な勢いでパネルを叩く彼女を、後ろの席で座っている皇帝は目を見開きながら見ていた。
 しかし、おそらく帝国最後の皇帝になるであろう彼女は、特に口をさしはさむようなことはしなかった。
 
 
『敵艦隊、ハイパースペースジャンプを開始』
 朝倉涼子が「どこへ?」と問う暇すらなく、敵艦隊はハイパースペースジャンプを完了していた。
 オモイカネが、敵艦隊と自艦隊の位置関係を空中に三次元映像として示した。
 敵艦隊は、球形陣を形成する自艦隊の内部に現れていた。
 
 
 長門有希は、親衛艦隊の全艦に対して、「全兵器使用自由(オールウェポンズフリー)、最寄の敵艦を攻撃せよ」を下令。
 朝倉涼子は、自艦隊全艦の制御キーを自分に移すと同時に、手元のパネルを猛烈な勢いで叩き始めた。
 
 
 10分後。
 その宙域には、1隻を除いてすべての宇宙戦闘艦艇が消滅していた。
 かつて艦艇であったものは、無数の破片となって、宇宙を漂っている。
 残った艦は、ナデシコであった。
 そんな状況でも、朝倉涼子はゆったりとした態度を崩さなかった。
「さすがは、親衛艦隊。帝国の誉れといったところかしらね」
『第三区画に損傷。戦闘航行に支障なし』
「第三区画を閉鎖しなさい」
『閉鎖完了。これからどうするのですか?』
「ノヴァヤ・ロージナ星系で待機している予備艦隊にこちらに来るように命じなさい」
『了解』
 
 
 予備艦隊は、星系同士を連結するハイゲートを光速の10%という猛烈なスピードで続々と通過していった。
 そして、ハイパースペースジャンプで、次々とナデシコの周囲に集結していく。
 
 
「新たな敵艦隊。総数1432隻」
 玉璽台が告げてきたその事実は、その場にいる者のほとんどを絶望の底につき落とすのに充分なものであった。
 帝国にはもはやこれに対抗すべき戦力がない。
 
 
 朝倉涼子は、指揮下の全艦に命じた
「全艦に命令。搭載全兵器を使用してトランター軍事施設を攻撃。ただし、皇帝宮殿区画は攻撃不可」
『なぜです?』
「帝国政府に降伏を認めさせなければならないもの」
『なるほど』
 
 
 自由惑星同盟軍統合艦隊の全艦は、ありとあらゆる兵器をトランターに降り注がせた。
 艦首ガンマ線レーザー砲、陽電子ビーム砲、電磁レールガン、反物質弾頭魚雷、マイクロブラックホール爆弾……ありとあらゆる兵器が地上に降り注いだ。
 帝国側もありったけの地対宙兵器で応戦したが、しょせんは焼け石に水であった。
 攻撃目標は軍事施設であったが、周囲の民間人を巻き込まないわけにはいかない。
 地上の阿鼻叫喚の様子は、ナデシコ戦闘中枢指揮所のメインスクリーンにも映し出されていた。
「まるで、人間がゴミのようね」
 朝倉涼子は、凄絶な笑みを浮かべながらそうつぶやいた。
 オモイカネは、何も言わずに沈黙を守っていた。
 
 
「トランターの戦闘能力の99.9999325%を喪失」
 玉璽台が淡々とそう報告する。
 長門有希は、体を反転させ、皇帝に要請した。
「私に皇帝権限の委譲を」
「有希、何する気?」
「あなたには、安全な場所に移動してもらう。でも、私は後始末をつけなければならない」
「ちょっと、有希。あんた死ぬ気なの!?」
「違う。後始末を終えたら、私もあなたのところに行く」
「本当に?」
「私があなたとの約束を破ったことがある?」
 長門有希は、じっと皇帝を見つめた。
「……分かったわ」
 皇帝は、凛とした声で、おそらく皇帝としては最後となる命令を下した。
「玉璽台、応答しなさい!」
「音声認識、皇帝陛下。御命令をどうぞ」
「帝室典範第123条に基づき、皇帝権限を一時的に帝国宰相に委譲するわ」
「委譲範囲を指定してください」
「全部よ!」
 それは、皇帝の帝国宰相に対する絶大なる信頼を示すものであった。
「了解。設定を完了いたしました」
 長門有希は、手元のパネルを叩いた。
 天井から等身大のカプセルが下りてきた。自動的に開く。
「入って」
 長門有希に促され、皇帝はカプセルの中に入った。自動的に閉じる。
 皇帝が何かを叫んでいたが、もはや聞こえない。
「皇帝陛下を緊急避難指定惑星に転移せよ」
「了解」
 玉璽台の応答と同時に、カプセルは忽然と消え去った。
「転移を完了しました」
「帝室典範第143条に基づき、玉璽台より機密情報を消去せよ」
「了解。消去完了」
「敵艦隊司令長官宛に通信。『銀河帝国は貴艦隊に降伏を申し入れる』」
「了解。送信完了」
「皇帝宮殿に白旗を掲揚せよ」
「了解。白旗を掲揚します」
 
 
『帝国政府より、降伏の申し入れがありました』
「受諾すると返答しなさい。艦隊の各艦は、トランター低軌道で待機。陸戦隊は地上降下の準備をしなさい。私も降りるわ」
『お気をつけて』
 
 
 1時間後。
 低軌道から無数の揚陸艇がトランターの大地に降下していった。
 
 
 朝倉涼子は、陸戦隊の兵士の護衛のもと、皇帝宮殿に乗り込んだ。
 陸戦隊の兵士たちは、M89A5重機動装甲服に身を包んでいる。
 兵士たちは、朝倉涼子の命令のもと、宮殿内にいる帝国政府の者たちを次々と屋外に連行していった。
 宮殿内に残ったのは、帝国宰相長門有希ただ一人。
 朝倉涼子は、その部屋に入り、兵士に長門有希の身体検査をさせて危険がないことを確認すると、護衛の兵士に廊下で待機しているよう命じた。
 扉が閉じられる。
 
 と同時に、長門有希は、遮音フィールドを部屋に展開した。
「お久しぶりね。長門さん」
 朝倉涼子の挨拶に、長門有希は淡々と応じた。
「久しぶり。状況を知らせてもらいたい」
「予定どおり、陸戦隊は全部トランターに降ろしたわよ。艦隊も低軌道に待機。自由惑星同盟軍の全兵力の99%がここに集中してるわ」
 長門有希は黙ってうなずいた。
 そこに、忽然ともう一人の人物が現れた。
「トランター在住の涼宮ハルヒの子孫はすべて転移させましたよ。皇帝を除いて」
 現れたのは、あの喜緑江美里であった。
「皇帝は私が転移させた。自由惑星同盟軍は?」
「ここにいる兵士たちの中に涼宮ハルヒの子孫がいないことは確認済みよ」
「了解した。では、最終工程に移るが、その前にこの後のことについて確認する。私は北方星域群と西方星域群、朝倉涼子は南方星域群、喜緑江美里は東方星域群において、涼宮ハルヒの子孫の観測及び保全の任務を継続する。それが情報統合思念体からの命令。よろしいか?」
「了解です、プレジデント」
「了解よ。でも、もったいないわね。あのナデシコは結構気に入ってたんだけどなぁ」
「やむをえない。銀河帝国滅亡後のパワーバランスを考慮すれば、強大な自由惑星同盟軍の存在は銀河規模の政情不安要素となる。政情不安は、涼宮ハルヒの子孫の保全にも悪影響を及ぼす」
「分かってるわよ。さっさとやっちゃって」
 長門有希は、うなずくと、玉璽台に命じた。
「玉璽台、応答せよ」
「音声認識、皇帝代理長門有希。御命令をどうぞ」
「帝室典範第157条に基づき、特別非常措置をとる」
「了解。トランター惑星自爆装置起動します」
 
 
 
 とある星系、とある惑星、とある避暑地、とある別荘。
 かつて銀河帝国皇帝であった彼女は泣いていた。
 Vネットで飛び交うのは、ここ数時間、ひたすら同じニュースだった。
 惑星トランターの大爆発、1万2000年にもわたる歴史を有する銀河帝国の滅亡、自由惑星同盟軍の壊滅。ひたすらそのニュースが繰り返されている。
「有希……なんで……」
 彼女は、泣きながら、つぶやき続けていた。
「なんで……。約束したじゃない……。なんで……死んじゃったのよ……」
 
「ひとを勝手に殺さないで」
 
 彼女はあわてて振り向いた。
 そこには、長門有希が立っていた。
「有希!」
 彼女は、ものすごい勢いで長門有希に抱きついた。
「有希! 本当に有希なのね!?」
「私の偽者など存在しない」
 長門有希は、ひたすら淡々と応じる。
「死んじゃったかと思ったじゃないの!」
「私は約束を守るといったはず」
 
 長門有希は、自分の胸でひたすら泣きじゃくる涼宮ハルヒの子孫を優しく抱きしめた。

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最終更新:2020年07月24日 16:05