一年の計は元旦にあり……とは先人の弁だが、たった一日に365日の運命を決められてたまるか、というのが俺の正直な感想であり、事実我が家では、正月だろうがなんだろうがいつも通りグースカ惰眠を貪り、昼に起きては餅を食うだけの、なんてことない一日を過ごす。
いつもなら、そんな俺の至福の時を邪魔しにくるのが妹なのだが、本日ばかりは大人しく、俺宛ての年賀状を俺の部屋まで持ってきただけでどこかへ行ったようだ。兄たる俺への些細な心遣いだとしたら、その成長を素直に喜ばないこともない。
さて、そんな、なんてことない新春の昼下がり。ベッドから起き上がった俺はボケーっとした頭で年賀状を確認する。
年賀状と言っても、高校にもなれば無差別に年賀状を送ってくるようなハイテンションなクラスメイトも減り、さらに携帯電話の普及も相俟って、わざわざハガキで送ってくるやつはほとんどいなくなった。
そんな中、なぜかこういった年間行事には日本古来の姿勢を守ろうとし続けるハルヒからは、やはりしっかりと年賀状が届いていた。書道の嗜みまであるのだろうか、惚れ惚れするような達筆で、今年もSOS団のさらなる前進うんたらと書いてある。まあ、罵言が綴られてないだけよしとしよう。
そんなハルヒの提言あってか、長門や朝比奈さん、古泉からも来ている。
一つ言えることは、個性はあれど、こちらが滅入るくらいに全員字が上手い。朝比奈さんは可愛いらしい丸文字だろうという予想に反して、ハルヒに負けず劣らずの荘厳とした達筆の筆書きである。まあ考えてみりゃあ、元書道部だったな。意外と言っては失礼か。
他にも中学の恩師や知人等からのメッセージに、懐かしさに浸るも束の間、早くも最後の一枚に至ってしまった。本当に少ないな……友達が少ないわけではないぞ。メールで代用されてるだけだ。たぶん。
『光陽駅前公園にて待つ』
「……は?」
最後の一枚には無記名で、こうとだけ書かれてあった。
果たし状じゃあるまいし、年賀状にまさか一方的な待ち合わせ場所を書かれるとは、誰が予想できよう。だいたいいつ届くか定かではない……くもないか、年賀状だしな。まあとにかく、こんな非常識なことをやらかすのは俺の身近には数えるほどしかいないし、さらに内容・筆跡からするといつぞやの長門の枝折りと同じである。わざわざ二通も送らなくても、と思うが、どうせ暇だし、他ならぬ長門の頼みだ、行ってやらん道理はない。
寒空の元、自転車をせっせとこいで、公園についた頃にはちょうど子供達の無垢な遊び声が響く時間帯。大の男が一人でこんなとこにいるのは気恥ずかしいに決まっている。長門、どこだー?
「遅いよ」
……へ?
「のわぁっ!!!」
「……女の子に対して、その反応はないんじゃない?」
……そりゃあ俺じゃなくても驚きもするさ。
なぜならそこにいた人物は長門ではなく――――
「ま、無理もないか。あんなカタチのお別れだったし」
消えたはずの、俺の命を二度も狙った――――
「あけましておめでとう、キョン君」
朝倉涼子、その人であった。
言いたいことは山ほどあるが、敢えて俺は、あのときと同じように切り出してみた。
「なんの用だ?」
「なんの用ってこともないんだけどね。今日だけこっちに来られることになって」
「俺がこなきゃどうするつもりだったんだ?」
「現に来たじゃない」
「……長門と同じ筆跡なんだな」
「わざと真似たのよ。あなたが来るように」
「……今日だけっつったな?おまえ普段どこでなにしてんだ?」
「カナダで別の仕事よ」
……あれ本当だったのか。
「おまえ、消えたんじゃなかったのか?」
「他にもこの星の調査は山ほどあるからね。インタフェースを作るのは、すっごくエネルギーを使うことなのよ。
統合思念体にとっては造作もないことだけど、この地球にはそうではない。だからインタフェースが必要なら、私が私であった情報素子を再利用した方が、エコロジーだったワケ。」
「ふーん。よくわからんが、宇宙人にまで心配されるとは地球の環境破壊もいよいよもって末期だな。」
「……ってこんなことを話しに来たんじゃないの!!」
「用は特にないんじゃなかったか?それともまた俺を……刺しにきたのか?」
そう、朝倉といえば俺の命を二度も狙った、AAランク+の危険人物なのである。こうして目の前に冷静に立っている自分が不思議なくらいだ。
「そのことも謝ろうと思って。あのときはごめんね」
「そう素直に出られても反応に困るな」
「私、長門さんより優秀なのよ」
そりゃまた大きくでたな。
「だからね、人間のこと長門さんよりも早く、たくさん学習できたの。そのせいで、色んな誤作動も起きるようになったけど」
「誤作動で命狙われてちゃ、たまったもんじゃないな」
「あのときのことを思い出すと、目から塩辛い水がでてくるのよ。その意味がどうしてもわからなくて、ずっと調べてた。仮説に辿り着いたのがつい最近」
二流ロボット映画の筋書きみたいなことを言いやがる。
しかし次に飛び出したのは、ラブストーリー絶頂の恥ずかしい台詞であった。
「ひょっとしたら、あなたのことが……好きだった」
鼻の頭に冷たい礫があたり、俺はようやく朝倉の言葉を理解した。
「……冗談、だよな」
「冗談?」
朝倉はいつものように笑顔であった。笑顔なのに……感情がわからない。
「……そうね、冗談よ」
「雪だな」
「雪ね」
「雪が降り始める瞬間を初めてみたかもしれん」
「私も」
雪の降る様を、昔の日本人は「しんしん」と表現したが、そんな擬音語とも擬体語ともわからない言葉が、ぴったりの公園。子供達の声も雪によってかき消えた気がする。
「長門さんは元気かしら?」
「あいつが元気ハツラツ!ってほど元気だったら驚くが、まあどちらかと言えば元気だ」
「そ。あ、忘れてたわ。これ」
朝倉から渡されたのは、見た目よりもズッシリした小袋だった。
「……なんだこれ」
「マフラー、セーター、それとチョコレート。全部手作りなんだから」
「ああ、ありがとな。……ってなんでだよ」
「クリスマス、誕生日、バレンタインってとこね。今日しか会えないんだし」
そう顔を赤らめる朝倉の仕草に、俺は不覚にもドキリとしてしまった。
「俺の誕生日を知っているのか?」
「一月から十二月のどれかでしょ」
「……当たりだ」
まあこいつも人並に年中行事を味わいたかったってところだろう。深い意味はないはずだ。
「ハルヒ、いやクラスのみんなも元気にしてるぞ。おまえが顔見せたらきっと喜ぶ」
「そう。でもいいの。顔を見ても名残惜しくなるだけ」
……こいつが優秀すぎたせいで人間の欠点まで学習してしまったという話は、あながち嘘じゃないかもしれん。
「そうか。寒くなってきたことだし、他に用がないなら帰るぞ。プレゼント、ありがとな」
名残惜しさは、なにもこいつだけが感じるわけじゃない。
「あ、うん」
「またいつでも会いにこいよ。なんなら学校に来てもいいぞ。みんな喜ぶぜ」
「……あなたも?」
「え?」
「あなたも、喜ぶの?」
「……ああ、俺も嬉しいぜ。大事なクラスメイトだしな」
それは俺の嘘偽りない、正直な答え。
「……こんなとき、どんな顔をすればいいのかしら?」
「そんなこともわからないで、どこが優秀なんだ」
どこかで見たようなやり取りの応酬。それは、こいつの典型的な、人を引き付けるヒロインみたいな人格から生じるのかもしれない。
「笑えばいいんだよ」
「……そうだったわ。復習不足ね」
そのとき俺は、そんなはずはないのに、出会ってから初めての――――朝倉の笑顔を見たような気がした。
「じゃあ、行くぞ。またな」
「あ、忘れてた」
朝倉が距離を詰めてくる。あのときのように警戒する必要は……ないだろうが、朝倉は顔を接近させると、あのときのように思いがけない行動に出た。
「なっ………」
それはこの世のモノとは思えないほど柔らかく、そして暖かい、頬への感触。
「お年玉よ。じゃあね」
我に帰った頃にはもう、朝倉の姿はなく、目の前にはしんしんと雪が降っていた。
「とんだ年賀状だったが、寝正月よりはいくらかマシだったな」
「……なにがまし?」
「うわっ……長門!何してんだこんなトコで」
「雪」
「雪って……雪見にきたのか?いるなら声かけてくれればよかったのに」
「お邪魔かと思った」
「……おまえいつからいた?」
「「のわぁっ!!!」」
「最初じゃねーか!!!つーかそのとき雪降ってねーよ!」
「湿度・気温等の要素から気象を予測した結果、98.28%の確率で降雪が予想された」
気象予報士にでもなればいい。
「あの…今日のことはなんでもないからな」
「そう」
「偶然なんだ……そう、朝倉だよ朝倉!おまえ来ること知ってたんじゃないのか?」
「朝倉涼子はあなたに会いにきた。私ではない」
あの…長門さん?なんか怒っていらっしゃいます?
「別に」
「そ、そうか……と、図書館でもいくか?」
「元日」
「……そうだったな。ははは。」
「……涼宮ハルヒ」
「え?」
「……以前涼宮ハルヒに、何かあったら報告するよう言われた。今日のことも報告すべき」
「ちょっとまて!俺が悪かった!……のか?とにかく、それだけはやめてくれ!」
「冗談」
「え?あ……そうだよな、冗談か……」
洒落にならんからやめてくれ……。
宇宙人達は日々こうしてたくましく、地球人らしさを身につけていくのだった・・・
最終更新:2020年06月22日 14:32