3、

 

時刻はお昼ちょっと前。

ふう・・・。やっと我が家に帰ってこれた・・・。

俺は今、クーラーの効いたリビングで麦茶を飲みつつソファーで休んでいる。

朝倉(小)は俺の隣で約束していた例のアイスをちびちび食っていて、長門はとてとてとどこかへ行ってしまった。買い物だとか言ってたが、何を買いに行ったのやら。

それにしても、家に帰るのってこんなに大変だったっけ?

朝倉(小)がおとーさんおかーさん言いまくるおかげで、道行く奥さん方の視線がもの凄い勢いで背中やら顔やらに突き刺さってきた。某有名ゲームで言うなら、きゅうしょにあたった。こうかはばつぐんだ、といった感じだな。

視線だけならまだいい。時間が時間だったので人通りもそこそこあったのだ。

だからだ。あいつが俺らのことを変に言うたびにひそひそと話をする姿が目に入る。

頼むからこの噂だけはハルヒにまで伝わらないでくれ!

もし奴が知ったら世界と俺の終焉なんだ!俺との約束だ!

「お前なあ、外であんなこと連発するなよ。いくらなんでもこの歳で父ちゃんってのは世間的にマズイんだからな」

「えー?なんで?おとーさんはおとーさんだし、おかーさんはおかーさんでしょ?」

首を傾げて訳が分からないとでも言いたげな顔をする朝倉(小)。

とにかくだな、マズイもんはマズイんだ。

「おとーさん・・・わたしのこと、きらいになっちゃったの・・・?」

・・・!?!?!?

こ、こいつ・・・。もう長門の技を自分のものにしてやがる!

しかも涙目なんかしやがって・・・。

ああ、こうやって父親は娘に甘くなっていくのだろう。

この歳でそれを実感するとは思いもしなかった。こりゃため息もんだ。

「はああああ。分かったよ分かった。父ちゃんが悪かった。呼ぶなとは言わん。けどな、少しは遠慮してくれ。な?」

「えん・・・りょ?」

「ようは外でも呼んでもいいが人があんまりいない所か、小さな声で呼べってことだ」

「うん。わかった!」

よしよし、いい返事だ。

「それよりもおとーさん」

ん?なんだ?

「そのね・・・えとね・・・」

恥ずかしそうにもじもじとしている。

どうした?言いたいことがあるならちゃんと言いなさい。言わなきゃ分からんからな。

ぐー。

「あっ・・・」

と言うが早いか顔を真っ赤に染め上げ、うううと唸りをあげている。

俺は時計を見る。そうか、もうお昼時だもんな。腹も減っちまう訳だ。

「んじゃ、飯にすっか」

「うん・・・」

まだ気にしてるのか?父ちゃんは全く気にしてないぞ。それに、腹が鳴るってのは元気な証拠だ。俺だっていつも鳴ってるぞ。今日はたまたま鳴らなかっただけだ。

「そう・・・かな?」

そうだそうだ。健康なのは良いことだ。ほら、あの顎のおっさんだって言ってるじゃないか。元気があれば何でもできる、ってな。んじゃ、飯にするか。

「・・・うんっ!」

ふう。女の子って皆こんな感じなのだろうか?

ハルヒなんぞは気にせずいつもグーグー鳴らしてそうだがな。あ、これハルヒに言うなよ。

朝比奈さんは・・・きっと真っ赤になって、違いますぅ!とか手をバタバタさせながら弁明をおっしゃられそうだ。うん。きっとそうに違いない。

長門は・・・・・。分からんが、ちょっと目を閉じてみよう。

今長門はちゃぶ台の前で正座をしていて、手にはスプーンを握っているとしよう。

そんで、そのちゃぶ台の上にはコップ一杯の水と千切りキャベツのサラダと山盛りのカレーがどどんと乗っている。しかしそれを食べてはいけない。じーっと見ていなければならない。そんな状況の長門は、腹を鳴らすだろうか?

・・・・・・・・・・。鳴らすな、絶対。下手すりゃよだれも垂れるかもしれん。

もし尻尾があったらブンブン凄い勢いで振ってそうだ。

・・・って飯だ飯。隣に腹ペコ娘がいるのをすっかり忘れちまったぜ。

「何か食いたいもんあるか?父ちゃんができるやつの中でな。できないやつは作れんぞ」

う~ん、と数秒考える朝倉(小)。おいおい、そんなに真剣に考えなくてもいいぞ。

「じゃあ・・・・・おでん!」

うん、それ無理。だって材料ないし。

生まれ変わりとはいえ、やはり朝倉は朝倉ってことか。

「すまんがそれは無理だ。作ったことも無い。それ以前に材料もないしな」

「えー、じゃあ・・・・・。うんと、えと、じゃあ・・・。おとーさんのとくいなやつがいい!」

俺の得意料理?そんな事考えてもみなかったな。

「父ちゃんの得意なのって言ったら・・・そうだな、チャーハンとか、そういうのだぞ?いいか?」

「うん!おとーさんのちゃーはんたべたい!」

「よし、それじゃ昼飯はチャーハンにしよう。すぐに作るからリビングで待ってなさい」

はーい、とこれまた元気な返事とともに腹ペコ娘はリビングへ向かっていった。

さてと、久々のチャーハンだが頑張るとしよう。だが、長門の分はどうしたもんか。

買い物に行くと言ってまだ帰ってこない。ふむ、困ったもんだ。

だが俺は一応長門の分も作っておくことにした。富士山級のカレーをぺろりと平らげるあいつのことだ。例え外で何か食べてきたとしても、何の苦も無く食べきるに違いないからな。

「さてと、エプロンはどこにやったかな」

エプロンを捜しに一旦自分の部屋へ。ドアを開けると大きな鞄がドンと部屋の真ん中にあった気がするが、俺は見ていない。目に入らなかったことにした。

「お、あったあった」

がさごそと自分の箪笥をあさって目的の物を手に入れ、その場で装着。

いくら男とは言え、料理をするにはやっぱりエプロンは必要だと思う。

形から入る、って言葉もあるくらいだ。やっぱりそれなりの格好をしたほうがやる気が出るような気がする。

さて、本題に入るとしよう。

俺が作れるチャーハンなぞ、たかが知れた普通のものだ。

そう、簡単だがそれでいてなかなか旨い、王道・卵チャーハンである。

卵をささっと溶いて、チャーシュー、葱、なるとなどを細かく切って、それらをご飯と一緒に炒めるだけだ。

だが、それだけではあのパラパラご飯は作れない。というか、パラパラしていないチャーハンなどチャーハンではない!そこだけは誰にも譲らんぞ!

と言うわけで、その方法でもにょろっと書いておくとしよう。

まずはご飯だ。できることならば、厨房などの大火力で中華なべを使ってパパッと水分を飛ばせばそれだけで十分パラパラになるのだが、一般家庭では難しいだろう。

だが、それじゃもう無理だ、なんてすぐにあきらめてはいけない。

だまされたと思ってこれから書くことをやってみて欲しい。

まずだ、炒める前のご飯にサラダ油をかけて、ご飯と油をよく馴染ませる。

この時、できるだけダマができないようにするのがポイントだ。

あ、言い忘れたが、油を入れすぎると逆にべっちょべちょになるから適量にしておいた方がいい。

次はもう炒める段階に入る。炒めるときの注意点だが、ご存知の通り、まず最初に卵を熱したフライパンに投入するだろう。その時に、卵投入後、ササッとフライパン上で5秒くらいかき混ぜたら、もうすぐにさっきの油と馴染ませたご飯を投下して欲しい。

もちろん、投下後もすぐにかき混ぜないといけない訳であるが。

その時間約10秒。その短い時間で行うことによって、世間で言う「黄金チャーハン」ぽくなるのだ。

もちろん、炒め方にも一工夫ある。普通に炒めるのでも構わないが、おたまなどで、フライパンに押し付けるようにしてやるとよりパラパラになる。

火加減に関しては、やっぱり油や水分を飛ばさなければならないので、強火をおススメする。

味付けや具の投下はお好みだ。卵を絡めたければご飯の後すぐにでも入れちまえばいいし、嫌なら後で入れればいい。

おっと、こんな事言ってる間に完成しちまった。

腹ペコ娘がそろそろいちゃもんつけてくる頃合だ。

「おとぉーさぁーん、まぁーだぁー?」

ほらな。言ったとおりだ。

「へいへい、できたぞ」

朝倉(小)にスプーンを出すように頼み、俺はチャーハンを三皿に分けて盛り付けをし、テーブルに運ぶ。長門の分にはカバーをかけておいてやろう。

「うわー、すごーい!!!」

すでにスプーンを手に持ったまま席についていた朝倉(小)は目をキラキラさせて、俺のチャーハンを見ている。うんうん、作った側としてはこの反応はうれしい限りだ。

さかんにおいしい?おいしい?と聞いてくるお袋の気持ちも分かる気がする。

「んじゃ、食べるか」

うんっ、と相変わらず元気な返事を返してくる。

それを聞き終え、いただきます、と言おうとした瞬間に、ピンポーンとチャイムがなった。

「おとーさん、ちゃいむなってるよ?」

「ああ、そうだな。多分なが・・・じゃなかった、母さんだ。父ちゃんちょっと行ってくるから先食べてなさい」

「はーいっ」

いただきます、と手を合わせてつぶやいた後、がつがつと食べ始めた娘を尻目に俺は玄関に向かう。

「はい、どちら様ですか?」

一応聞いておく。万が一違ったら恥ずかしいからな。

「わたし」

短い返事。おいおい、わたし、じゃ分からんぞ、長門。と思いつつ鍵を開ける。

はて、鍵が閉まってるということは、長門は外から鍵を閉めたんだよな?

じゃあ自分であければいいんじゃないだろうか?

と疑問に思いながら、ドアを開けてやると、そこには両手いっぱいに買い物袋を持った長門の姿があった。ん?じゃあどうやってチャイムを鳴らしたのだろうか・・・?謎だ。

それにしてもお前、それ買いすぎだろ・・・。

「…うかつだった」

んで、何買ったんだ?

「おでんの材料。今夜あの子に食べさせたい」

お前・・・よくあいつがおでん好きだって分かったな。俺もさっき知ったのに。好きな食べもんでも聞いたのか?

「聞いたわけではない。でも朝倉涼子がおでんを好んでいたのは知っていた」

だから生まれ変わりのあいつもおでんが好きかもしれない、と?

俺の疑問にコク、と頷く長門。

俺は、ほんとお前って良いお母さんだな、と心の中で思った。

「…………照れる」

顔を少し赤らめる長門。

あれ、今口に出してました?

またもやコク、と頷く長門。なんだか空気が耐えられなくなってきたので、俺は何とか話を逸らすことにした。

「ふ、袋重いだろ?持ってやるから早く上がれって。飯まだだろ?チャーハン作ったんだが食うか?」

と矢継ぎ早に質問する。

チャーハンと聞いて、目の色を変える長門。食べる、というこれまた短い返事を聞くと、俺は両手に持ったビニール袋をひったくる様にして台所まで持っていき、その場を後にした。

だがそこからが大変だった。

食卓に戻るとすでに大半を平らげていた朝倉(小)に、ものすごい勢いで皿を空にしていく長門。唖然として食わずにそれらの様子を見ていると、二人の視線が俺の手付かずのチャーハンに伸びる。どうやら腹ペコ母娘は自分の分だけでは足らず、人の分にまで手をつけたいようだ。仕方ない。

「・・・食うか?」

コク、とシンクロして頷く二人。どうやら俺は昼飯抜きの運命にあるらしい。やれやれだぜ。

とまぁこんな感じで波乱万丈な昼食は終わった。

帰宅時と同じように俺は今、ソファーで麦茶を飲んでいる。

しかも悩みを抱えているところまで同じとは、こりゃなんの皮肉かね。

それで、その悩みについてなのだが・・・。

「長門、この後どうする?どこか行きたい所でもあるか?」

「わたしはどこでも構わない」

んじゃお前はどうだ?

「うーんとねぇ・・・おとーさんとおかーさんがいきたいところならどこでもいいよ!」

出かける、と聞いて少しテンションが上がっているようだ。

そう、この後の予定である。こんな事になるなんて、昨日の時点では思いもしなかったので、これといったことは何も決まってないのだ。

うむ、どうしたもんだろうか。俺とて特に行きたいところがあるわけではない。

わざわざ映画、という気分でもないし、本格的に遊ぶにしては時計の針が回りすぎている。

あ、あそこなんていいんじゃないか?涼しいし、二人とも喜びそうだ。

「なぁ、図書館なんてどうだ?」

「としょ・・・かん・・・?」

「図書館ってのはな、本がたくさん置いてあって、ただで読めるところだ。しかも涼しいときた」

「ごほんがいっぱいあるの!?いくいく!わたし、いってみたい!」

もともと高めだったテンションがさらに上がったようだ。

「長門、お前も図書館で良いか?」

俺の言葉に対して無言で頷く。

了解了解。んじゃ、図書館に行くとしますかね。

「よーし、決まりだ。図書館に出発だ」

おーっ、と手を振り上げて喜ぶ朝倉(小)。よく見ると長門まで小さく手をあげているではないか。珍しいこともあったもんだ。

「あ、暑いから帽子かぶるの忘れるなよ。暑さ負けしちまうからな」

こいつは長門のマンションに行くときにもうすでに負けてたし、何かあったら大変だ。一応注意しといて損はないだろう。

「それなら」

と長門が言い、一旦席を外してからすぐに帰ってくると、

「これをかぶって」

と長門が赤いリボンの付いた麦わら帽子を朝倉(小)に被せた。

「どうしたんだ、それ」

「さっき買い物に行ったときに買ってきた。この子に似合うかと思って」

うんうん。それは正しい選択だ。こいつの白いワンピースにその帽子は凄まじく似合ってるぞ。

「ほんと?わたし、このぼうしにあってる?」

おう。すんごく似合ってるぞ。

「えへへ・・・」

恥ずかしそうに笑う娘。その姿を穏やかな気持ちで眺める。

長門も同じような気持ちだったに違いない。

だってあいつの顔、今までで一番柔らかい表情をしていたからな。

いつまでもその顔を見ていたい衝動に駆られたが、いつまでもそうしているわけには行かないので泣く泣く諦める。

「よし、行くか」

俺は腰を上げて立ち上がり、ぽんぽん、と隣にいる朝倉(小)の頭をやさしく叩いてから玄関に向かう。

図書館に着いたら、こいつの気に入った本でも読んでやるとするかね。

そう思って俺は表の路地へと歩みを進めたのだった。

 
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