Close Ties(クロース・タイズ) 最終話

 

 

「お待たせしました長門さん」
「ま、ま、待って…ない」
 いつもの公園のベンチは、いくら寒い日であっても、私のお気に入りの場所だ。街には雪が積り、いつもとはまるで違う趣を見せていた。気温は三度しかないのに、私の体は沸騰するのではないかと思うくらい上気していた。
 どこかで皆が私達二人を観察しているのは分かっているのだが、視界には入って来ない。
 私はもう大丈夫だ、とははっきり請け合えないからなのだろうか。
 古泉君(朝比奈さんには申し訳無いが、この呼称が今の私には限界だ)の大きな手が、私の黒い手袋をつけた手を包み込んで、一緒にゆっくりと歩き出す。
 もうこうして出かけるのは何回目かも覚えていない。
 だから、今日こそ皆に見せつける。私はもうみんなに心配されるような人間ではないんだと。
 古泉君が嫌だと言わないのなら、私は彼の、ええと、彼の唇に、その、なんと言えばよいのだろうか。
「な、長門さん、大丈夫ですか?ちょっと座りましょう」
 少しふらつきながらも、私は頷く代わりにそのまま腰を下した。初めて履くジーンズという厚手のパンツのお蔭でそれほど冷たさを感じない。
 彼が心配そうな顔で覗き込んで来た。近い。近すぎる。
 手入れの行き届いていない伸び放題の生垣が、微妙に揺れているのが見えた。
 ハルヒのものと思われる赤い手袋をつけた手が激しく振り回されていた。それを私はゴーサインであると判断した。
「…そのままこっち見たままでいて!」
「な、長門さん、そ、それはしかしですね、少々顔が近すぎるというか、その…」
 いつも顔を近づけて話す癖があるというのに今更何を戸惑っているのだろうか。
 あなたの同意を得る前にしてしまうのは申し訳無いが、冬で少しかさついていそうに見えるあなたの唇は、私には魅力的すぎるのだ。
「そのまま動かない!」
「は、はい!」
 もう、何も考えてはいられなかった。
 多分、多分だが、私の唇は彼の唇に数秒間触れていたはずだ。でも、酷く残念な事に私の中には記憶が残っていない。
 だから、彼の言葉が嬉しくて嬉しくて泣きそうになった。
「長門さん…もう一度、お願いしてもよろしいですか?」
 私は賛同の意を、彼の唇に私の唇を重ねる事で伝えた。彼は少し戸惑っていたが、私はもうわがままに、自分の気持ちというままならぬものが満たされるまで離すつもりはなかった。彼の息から、コーヒーの匂いがする。口の中にも彼の匂いが広がってくる。
 お互いの唇が離れる時、唾液が一瞬細い糸を引くのが見えた瞬間、私は我に還った。
 まともに古泉君の顔が見れなくなってしまった。何故だろう。ずっと見ていたい顔が見れない。
 今日はどこへ連れて行ってくれるのだろう。本当はどこであろうと、私の手さえ握ってくれていれば、それでいい。
 だけど敢えてそれは言わない。毎回一生懸命趣向を凝らしてくれているのは、よく分かっているからだ。
 いつか私が彼をリードして、彼を楽しませてあげよう。
 小さい事かもしれないが、それが私の今の目標。

 

 

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