Close Ties(クロース・タイズ) プロローグ

 

 

 暗くなった部室に私は涼宮ハルヒと二人きりでいた。なんとも珍しい状況だ。
 部活時間は過ぎ、下校を促す放送も流れた。
「アタシは、その…そんなつもりで質問したわけじゃないのに…」
「私は確かに古泉一樹の気遣いには感謝している。でも、彼に対して特別な考えを抱く事はない。それは誰に対しても変わらない。だからあなたも安心して欲しい」
 昨日、私は一人図書館で、本という装丁からして芸術的で美しい記憶媒体が多数保存されている空間からの帰り道で古泉一樹と出会い、歩いていただけだ。私の居住地を教えておいた方が良いと判断したためである。
 しかしその姿はクラスメイトに目撃され、私は同級生から何故一緒にマンションへ入ったのかと質問攻めにされるという非常に面倒な状況に陥ってしまった。感謝の印としてお茶を振る舞うのはおかしい行為なのかと質問し返したのは、火に油を注ぐ結果となってしまった。
 古泉一樹もおそらく同様に質問攻めに遭っている事だろう。彼に謝罪を申し入れたいところだったが、あいにく本日彼に出会う事ができなかった。
「あ、あ、アタシがキョンとなんだっていうの?」
 一言も『キョン』とは言っていない。誰に対してもと私は述べたつもりだ。
「あなたは恋愛行為など、単なる精神病であると定義している。私もそれに賛成していい。なぜあなたは他人に対してあらぬ嫌疑をかけ、その精神病に私がかかっていると、相手は偶然共に歩いていた古泉一樹であると人を揶揄するのか理解し難い」
 何故私はここまで怒りを燃やしているのだろうか。理解し難いのは自分自身の感情の部分だ。
 一瞬怒りの表情をした涼宮ハルヒの顔を見て、私は溜飲が下った気分になった。何故人を怒らせる言動をして私は歓びを覚えたのだろうか。
 恐らく涼宮ハルヒはそのまま怒りを燃やして私の頬を打つなりするだろうと思ったが、驚くべきことに、彼女はその怒りを収めた。
「…ごめん。どうかしてたわ」
「別にいい」
 冷静になった涼宮ハルヒに対して、私の感情も従来の波を取り戻した。
「ちょっと…浮かれてたのよ。有希ってアタシ達以外と遊んでる姿見たこともないし、聞いた事もなかったから。ちょっと…その…嬉しかっただけよ」
 嬉しかったとは、どういう事だろう。
「だって有希が団とは関係無いところで誰かと会ってる姿なんて見たことなかったから、その、心配だったのよ団長として!」
 その心配の根拠が理解できないという問いに対し、涼宮ハルヒは再び怒りの視線を向けてきたが、それはすぐ悲しみを帯びた目に変わった。
「じゃあ、単刀直入に質問するわ…その、古泉君の事はなんとも思っていないの!?」
 最後の方はかなりの早口だったので聞き取りにくかったが、とにかく古泉一樹をどう考えているかを述べれば良いという事なのだろう。
「特に問題の無い人間だと思っている。利害関係も生じていないし、性格や素行も好ましい点がいくつも見受けられる。それは団の人間誰に対しても同じ思い。古泉一樹だけが特別に良いと感じる事はまずあり得ない」
「それだけ…?」
 私は頷いた。
「本当に?」
「ほ…」
 私は顔に強い風が当たったかのような感覚を覚えた。
「本当に」
 なんとか言葉を発し終えた。
「そ、そう。分かったわ。もうこの話は終わりね。ごめん」
 私は見逃さなかった。ドアの方へと走る涼宮ハルヒは、確かに泣いていた。
 そして、莫大な数の閉鎖空間が生じ始めたのも、この瞬間からだった。

 

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