こんばんは。わたくし、谷口と申すケチなやつでございます。
へえ。左様でございます。世間様で言うところの、下衆というやつでございます。

 

なぜ今わたくしがこのような状況にあるのか。なぜわたくしのような立派な人間が、かような道端の側溝にはまって身動きできずにいるのか。
それには深い、深い訳があるのです。

 

それは、3日前の寒さのまさる夜半のことでございました。例のクリスマスとかいうお祭りの帰りがけのことでございます。
わたくしはいつものように、やんごとなき月刊誌 (エロ本) を買い、整然とした面持ちで帰路についておりました。
すると、ひゅるりと突然の通り風。あな寒し。そう思ってわたくしはぶるりと身をふるわせ、肩をすぼめました。
厚手のセーターに身をつつんでいたとは言え、やはりそこは冬の空っ風でございます。たまたまも縮み上がるほど寒うございます。
するとどうでしょう。あはや、と言う間に手からすべり落ちたるやんごとなき月刊誌 (月刊メガストア)。
あな口惜し。と、と、と。地面の上を転がる月刊メガストア(月刊誌)。しばし、しばししばし、とそれを追うわたくし下衆谷口。
フィギュアスケートさながらのすべりっぷりで路面をつるりつるりと転がるメガストア。あの表面はラバーのごとき手触りゆえ、非常に摩擦抵抗が少ないのでございます。
焦るわたくしの気持ちをあざ笑うかのようにすべり続けるメガストア。その先には、ぱっくりと開いた一筋のまん○じのごとき用水路の側溝が。


ああ!と声を出し、地を蹴り空を飛ぶわたくし。そこに落ちてしまっては、ビニ本がヌレ本になってしまいます。それだけは断固として阻止せねばなりません。
いきおいを緩めることなく奈落へむかうメガストア。させじとそれを追うジャンピング谷口。
わたくしの手が、わずかにメガストアの端にとどきました。スタンディングマスt……もといスタンディングオペーションなみのファインプレーです。
ついに私は、ビニ本をビニ本のままで守りきったのです。感動の瞬間でございます。メガストアが側溝に落ち込む、わずか数cm前の出来事でした。
愛しきわが子を両の腕に抱く母のように、未読のメガストアを胸にかき抱くわたくし。たすかった。もう、決してきみを手放さないよ。いつまでも、いつまでも。
こうして無事メガストアを守りきったわたくしは、勢い余って側溝に転げ落ちたのです。

 

 

 

用水路は非常にせまく、メガストアを抱くわたくしの身体にぴったりサイズでジャストフィットしておりました。しかも意外に深い。
ゆえになかなか抜け出せないのです。水路には、水が流れていなかったのが唯一の救いといえるでしょう。
身体をもじもじと動かしてもらちがあかず、私は腕を伸ばして上半身を起こしました。もちろん、側溝から抜け出すためです。
するとどうでしょう。またあの、いたづらな空っ風がひゅるりと吹いたのです。そしてそれに釣られてめくれあがる、通りがかりの女性のおスカート。
おほん。おほほん。これは。むふふん。

 

なんという怪我の功名。塞翁が馬。人生苦あればパンティあるさ。
ここは、なんという。通路上からの死角でございましょう。めくれたスカートの女性は少々気恥ずかしそうに、楚々とした仕草でその場を立ち去りました。もちろん、両の目を爛々と輝かせるわたくしの存在には気づいておりません。
これは実に美しき聖夜の奇跡。色あせない瞬間。風にあおられた使用済みおパンティ様がそのご尊顔を拝ませてくれるとは。
ふほほほほ。

 

私は上げかけた手をそっと下ろしました。もちろん、側溝から這い出ようと伸ばした手でございます。
ここは実によろしい場所であるようです。どうやらここは、パンチラ目撃ゾーンの最たる場所と考えてさしさわりないようでございます。
きっと日頃の行いの良いわたくしに、メガストアの神様が与えてくれた輝ける桃源郷に相違ありません。
ここは女子高の通学路です。下校の時間帯ともなれば大勢のうら若き未来のキャリアウーマンたちが天使の笑みを浮かべてこの栄光のロードを歩いて行くことでしょう。
そうなれば。ふふふん。どうしてこのユートピアを抜け出すことができましょうや。
私はメガストアを胸に固く抱いたまま、穏やかな笑顔を浮かべ静かにそこに横たわりました。

 


~~~~~

 


それから2日間は天国のような日々でした。大勢の女子生徒たちがこのロードを歩いて行くのですが、女性が通れども通れども、ちょうどここは道路上からは死角になっているゆえにわたくしの姿は見えないのです。
おかげでお宝見放題。しかも無料。ベストショット連発状態でございます。


しかしそんな極楽浄土も2日間が限度でした。なんせ寒いし、おまけに腹が減る。3日目ともなると体力気力ともに限界点が見え始めているわけでございます。

固くメガストアを抱いたままの格好のわたくしは、横目で空を見上げました。
まずいです。非常にまずうございます。
3日間の飲まず食わずで天のパンティ様を拝み続けてきたわたくしにはもう、この側溝を抜け出す体力が残っていなかったのです。
ぴっちりはまった水路は意外に難敵で、逃れよう逃れようとしても、粘っこい美女の両腕のようにわたくしの身体をつかんではなさないのです。
いやん、もうそろそろ離してよ。こいつぅ。

 

なんて言ってる場合ではありません。体力を消耗したわたくしの腕では、もう個人の力でここを脱出するだけのパワーを生み出せなくなっていたのです。
やばいです。次第に私の心に、焦燥の雲がふつふつと湧き上がってまいりました。
やっとこやっとこ身体を起き上がらせようとするのですが、空いた腹が鳴るばかりで上半身は持ち上がりません。
わたくしは本格的に我が身のピンチを感じ、声を張り上げました。

ここです! わたくしはここでゲス! 側溝にはまってしまったのです! お助けくだされ!
しかし、なんとしたことでしょう。まるでかすれた衣擦れのような音量の声しか出ないのです。腹筋に力をいれて叫んだつもりだったのに、蚊の鳴くような声しかでません。
なんというショック。なんという落涙のワンシーン。なんだかんだでわたくしは、自分の美声は世界一だと自負していたのです。だのに、今のわたくしの声ときたら……。

あまりに小さい声なので、わたくしの魂をこめたシャウトは残念ながら路上の通行人たちには届かなかったようです。


わたくしはまた、芋虫のようにうねうねと蠕動して身をよじりました。もどかしいもどかしい、もどかしいったらもどかしい。
じたばたとしながら私は、あうあうと呻いていました。このままでは私はネロとパトラッシュのように天国へと旅立ってしまいます。クリスマスの涙と感動の物語になってしまいます。
ただネロとパトラッシュと違う点といえば、わたくしの最後に見る絵がルーペンスの絵画でなくメガストアの裸婦像だという一点です。

 


気づけば、じわじわと冬の寒さが私の体の芯まで侵犯してきます。まずいです。本格的にこれはまずいです。
このままでは、街中で遭難の上、衰弱死してしまう可能性も高いです。
だれが、だれか助けてください! ぼくはここだよ! ぼくの声をきいてよ!

その時です。ふと、路上を歩いていた小錦のような主婦が側溝の中をのぞきこんだのです。おお。きっとわたくしの、あうあうという心の叫びが彼女のハートに届いたに違いありません。
よかった。気づいてくれたんだね。さあ。さあ。僕を助けてくれたまえ。カムヒアー!
その時でした。

 

『へい、そこのブタ野郎! なに見てやがんだファッキューメーン! 散れよ、Get out!!』

 

突然、わたくしのポッケにしまってった携帯電話がブルブルと勢いよく震え始めました。我が友、藤原くんがわたくしのためにチューニングしてくれたメール着信音から鑑みて、どうやらどなたからメールが届いたようです。
ああ、なんという悲劇。そのイかした着信音をわたくしのセリフと勘違いした主婦は、道端に落ちた飴玉を見るような汚らしい目つきで一瞥すると、なにも言わずさっさと歩いて行ってしまったのです。
悲しいかな。今のわたくしはその誤解を解くための一言さえも発することができないのです。体力的な意味で。
希望の救世主かと思われた近所の主婦は、無情にもわたくしの前から立ち去ってしまいました。再びわたくしの胸には、痛々しいほどの悲哀が去来しました。


なんという悲劇。なんという災厄。このようなタイミングでメールとは。
イライラしながらポッケから携帯電話を取り出しメールを見てみると、それは友人のキョンからでした。
件名は、『どうした?』。どうしたもこうしたもあるか、このウ○コちゃんめが。お前のせいで主婦天使が帰ってしまったではないか。
メールを開いて本文を見てみると、『3日も学校休んでるみたいだが、どうしたんだ?』と書かれてありました。どうしたもこうしたも。
そしてその下には、仲むつまじくじゃれあうSOS団の面々の写メが。

 

はい。その通りでございます。ものすごい破壊的衝動にとらわれました。わたくしにもう少しだけ体力が残っていたならば、きっと私は携帯を側溝の壁にたたきつけていたことでございましょう。
しかしわたくしはそうしませんでした。実に賢明な対処でございました。なぜならその時、この携帯電話を使って救助を呼ぶという方法を思いついたのですから。
なんという天啓。なんというひらめき。やはりわたくしは頭がいい。

早速わたくしは携帯のボタンをプッシュしました。その一動作一動作に未来への希望がつまっているような気がして、大変充実した瞬間でございました。
電話した先はキョンです。人選に他意はなく、ただ単にメールが届いたばかりだから、というだけの理由です。
3コールでキョンは電話に出ました。実に律儀な男です。しかし今はその律儀さがありがたいのでございます。
『もしもし、谷口か?』
おお、心の友よ。今ならまさにお前のことを、心の友と呼んでも良い。さあ、すぐに俺を助けておくれ。今すぐここに駆けつけ、俺をプリズンの底から救い上げておくれ!
「あうあうあう」
『は? なんだって?』
「あうあー……ううあうあう」

 

なんということでしょう。なんという惨劇でしょう。疲労と寒さのせいで、わたくしの口は自分のそれではないかのようにうち震え、言葉にならぬ音しか発することしかできないのです。
しばらくそんな押し問答が続いたのですが、空気の読めないキョンは、ちっと軽く舌打ちして電話を切ってしまいました。
いたづら電話だと思ったのでしょうか。誰だっていたづらでこんな命の危機に瀕したりはしません。ファッキューメン。

いよいよをもって、私は死というものが具体的な象をもって目の前にちらつき始めたのを感じました。
このままでは本当に、メガストアの裸婦像を目に焼き付けて昇天するネロになってしまいます。
助けを呼ぼうにも、もう言葉で救助を呼ぶことはできません。絶望的です。文字でも使わない限りは助けなんて……そうだ! 文字があった! メールがあったじゃないか!
閉じかけていたわたくしの胸裏に、再び熱い希望の炎がともりました。そうです。どうして今まで気づかなかったのでしょう。文明には電子メールという希望の光があったではないか!
生への衝動につき動かされた私は、一度閉じた携帯を、今一度開け放ちました。全ては、明日を生きるため。

 

 

電池がきれていました。

 

死にたくなりました。

 


死に瀕しているのに、死にたくなりました。
でも次の瞬間には、またすぐに生きたいと思えました。人間、いざという時にはやはり生への執着が強まるもののようでございます。

しかし、もうどうしようもございません。
私には、なにものこされておりません。
金もない。携帯の電池もない。体力もない。気力もない。夢もない希望もない。
あるのは失望感と便意だけ。

 

私は胸のメガストアをぎゅっと抱きしめました。きみだけが、きみだけがぼくの友達だよパトラッシュ。
ひゅるりと一陣の風がふきすさびました。どうやら、わたくしの命もあとわずかのようでございます。
悲しゅうございます。名残惜しゅうございます。しかしこれも運命。「さだめ」 と書いて運命。

生まれ育ったこの町で、愛するふるさとで、土に還れる。考えてみれば、これはある意味とても幸せなことかもしれません。
郷里に帰りたくても帰れず、遠い地で不遇のまま人生を終える人のなんと多いことか。
故郷の側溝にはまったまま死ねるなんて、わたくしはきっと幸せな部類の人間なのでしょう。
そう考えると、このまま神の御許に召されるのも悪くない気がしてきました。わたくしは果報者でございます。
頭が……なんだか、ぼーっとしてきましたよ。ああ、どうやらもうそろそろ、おむかえがきたようでございます……。

うつろな瞳のむこうには、茫々とした赤い輝きが。うふふ。さあ、いらっしゃい。よってらっしゃい。ここまでおいで。
さらば友よ。さらば親類よ。さらば地上の星たちよ。
下衆は、下衆はひとあしお先に到るべき地へと旅立ちます………。

 


~~~~~

 


谷口「………」

 

谷口「……ぅぅ…」

 

谷口「………こ、ここは?」

 

キョン「お、目がさめたか」
谷口「キョン? ここは……病院?」


古泉「そうですよ。町角の用水路にはまったまま虫の息になっていたあなたを発見し、緊急でここまで搬送してきたのです」
谷口「俺は……生きているのか?」
キョン「ああ。生きてるよ」

 

キョン「お前から変な電話をもらったのが妙に気になってな。電話をきった後、SOS団でほうぼうを探して回ったのさ」
古泉「そしたら、あなたが側溝にはまっているじゃないですか」
キョン「これはマズイと言うことになって、救急車を呼んだって次第さ」

 

谷口「おお」

 

谷口「おおお!」

 

谷口「サンクスマイフレンズ! オー、サンクス!」

 

谷口「みんなは俺の命の恩人や! いやホンマやで! 愛してる! ラヴィッ!!」


キョン「わかったからヨダレを拭け」
古泉「でも、なんであんなところにいたんですか? そんなにボロボロになって。もう何日もあそこにいたような風体じゃないですか」
谷口「そう。俺はあそこに実に3日間もはさまっていたのだ」
キョン「3日!? バカかお前は!? なんでそんなも。さっさと電話なりメールなりすればもっと早く救助されただろうに」

谷口「いやはやなんというか」

 

谷口「はまってみれば分かるよ。うん」

 

谷口「側溝にはまって見えてくる物もあるってことだよ」

 

キョン「哲学の話か? よく分からないな」


谷口「あそこは天国でござった」

 

谷口「住めば都」

 


 ~おしまい~


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