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 あたしは、高校時代をすごしたこの街に戻ってきた。
 理由なんてない。ただなんとなく来てみたかっただけ。
 ……なんて、ごまかしよね。
 やっぱり、未練なんだと思う。ここにはキョンとの思い出がたくさん詰まっているから。
 
 高校を卒業したあたしたちは、みんなで同じ大学に入った。
 みくるちゃんは一足先に入学していたし、古泉くんや有希は心配するまでもなかった。問題はキョンだったけど、あたしの特訓の成果で何とか合格させることができた。
 あたしは、家賃や生活費の節約になるからと理由をつけて、強引にキョンと同棲した。
 一緒に暮らせば、何か進展があるかもしれないと期待していたのは確かよ。
 でも、何もなかった。
 キョンにとっては、あたしは、ルームメイトで、SOS団の団長だった。親友とも思ってくれているかもしれない。
 でも、それ以外ではなかった。
 あたしがどんなに思わせぶりな態度をとっても、キョンはいつもと何も変わらなかった。
 そんな生活が半年以上を過ぎて、あたしは辛くなってきた。佐々木さんがあえてキョンの側から離れていった気持ちも、今なら分かる気がする。
 あたしは、何もかもが耐え切れなくなって、同棲生活を解消した。あたしが部屋を出て行った日も、キョンの態度は何一つ変わらなかった。
 
 そして、今、あたしはこの街にいる。
 すっかり冷え込んだ空気は、まるであたしの気持ちを代弁してるみたい。
 駅を出て、ただなんとなく公園に向かう。
 公園のベンチに見慣れた姿を見たような気がして、あたしは目をこすった。きちんとした姿勢で黙々と本を読んでいる姿は、何度見ても、見間違いじゃない。
「有希!」
 あたしは、そう叫んで駆け寄っていった。
「今日はここに何かの用事?」
「私は、この日はここで過ごすことに決めている」
 有希は、いつもどおりに淡々とした口調で答えた。
 今日は、12月18日よね。
「何かの記念日かしら?」
「教えない」
 有希はそう言い切った。
 こうなると、いくら問い詰めても答えてはくれないわね。有希は、そういう娘よ。
「あなたこそ、なぜここにいるの?」
「……」
 有希の問いに、あたしは言葉を詰まらせた。
「彼と何かあった?」
 あたしは、驚きのあまり固まっちゃった。
 なんで分かっちゃったの?
 有希は、じっとあたしの目を見ていた。
 あたしは、観念して有希の隣に座り、事情を話した。
 
 あたしの話を聞き終わったあと、有希はこう言った。
「あなたは、彼のことを諦めたのか?」
「……」
 あたしは、答えられなかった。
 正直にいえば、未練があるのは事実だったから。
「諦められない気持ちが少しでもあるのならば、彼にその想いを告げるべき。諦めるのは、彼にはっきりと断られてからでも遅くはない」
 有希がそんなことを言ってくるなんて意外だった。
 だって、有希もキョンのことが……。
「それって、有希にも言えることなんじゃ……」
「私はいい。もう諦めたから。私と彼は互いに相容れない」
「そんなことはないわよ。キョンは、有希に何くれと優しいじゃないの」
「彼は友人であれば誰に対してもそういう態度をとる。私だけに特別な態度をとっているわけではない」
「いや……まあ……確かにそうだけどさ」
「私は諦めたけれども、朝比奈みくるがそうであるとは限らない。行動を起こすならば、急ぐべき」
「有希。本当にそれでいいの?」
「いい」
「分かったわ。考えてみれば、当たってもいないのに砕け散るなんてあたしらしくもないわね。やるだけやってみる」
 あたしは立ち上がって、有希の両手を握った。
「ありがとうね、有希。結果がどうなっても、有希は親友よ!」
 有希は黙ってうなずいた。
 あたしは、手を離すと駅に向かって走っていった。
 
 
 
「これでいいのか?」
 涼宮ハルヒの姿が見えなくなってから、私は問いかけた。
 ベンチの背後の植木の陰から、朝比奈みくるが現れた。現在大学に通っている朝比奈みくるよりも、さらに成長した姿。
「はい。ご協力ありがとうございました。長門さんには辛いお願いをしてしまってすみません」
 朝比奈みくるは、謝罪すると、私の隣に座った。
「彼が幸福でありさえすれば、私はそれでいい。そもそも、安定を志向する私では、彼とは相容れない。中学時代の彼の友人は、彼のことを『エンターテーメント症候群』と称したそうだが、それは当を得た表現であると思う」
「ええ、そうですね。キョンくんはもう退屈な日々には耐えられない体になってしまってます」
「それに、涼宮ハルヒとの婚姻の機会が得られなければ、彼は生涯独身である可能性が高い。あなたのシミュレーションではどうか?」
「長門さんのおっしゃられるとおりです」
「ならば、これが最善の選択であると私は判断する。むしろ、あなたこそ、これでよかったのか?」
「はい。もう終わってしまった初恋です。今さら未練はありません。私は長門さん以上に安定を志向する人間ですから、キョンくんとは相容れません。それに、この私はキョンくんにはすっかり嫌われてしまいましたしね。自業自得ですけど」
「そう……」
「それでは、私は帰ります」
 朝比奈みくるは、立ち上がった。
「もう帰るのか? 私としてはさらなる情報交換を希望する」
「任務外行為で過去に長くとどまっていると問題視されますので」
「任務外?」
 朝比奈みくるの発言は意外だった。
 私は、彼女の行為が任務によるものだと解釈していたのだが。
「上層部は、キョンくんと涼宮さんの結婚を規定事項とはみなしていません。それがなくても、自分たちの時間平面には全く影響がないと結論付けてます」
 彼女の組織ならば、ありえない話ではなかった。
 彼女の組織にとっては、彼と涼宮ハルヒが婚姻するかしないかということも、この公園に転がっている石ころが一つ多いか少ないかといった程度の事柄でしかないのだろう。
「でも、私はその決定を疑問に思ってますし、規定事項でなくても私にとっては史実ですから、逸脱事象を黙ってみていることはできませんでした」
「私があなたの立場でも、同様に行動したと思う」
「ありがとうございます」
 朝比奈みくるは、そういい残して消えていった。
 この時間平面から消失したことを確認する。
 
 私は再び本に視線を落とした。
 紙の上で展開される物語は、恋愛であった。
 この日にここで読む本は、恋愛小説と決めている。
 理由はない。ただなんとなくそれが読みたいだけ。
 ……というのは、ごまかしであろう。
 諦めた恋ではあるが、終わらせたわけではない。
 きっと一生、この感情を抱え続けるのだろう、私は。
 
終わり
 

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