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 画面をスクロールしていく携帯小説と、それを追う瞳の動きをしばし休めて、わたしは生徒会室の壁掛け時計を見上げました。


「今頃、文芸部室の方は宴もたけなわ、といった所でしょうか」


 長門さんから非常連絡が来ないという事は、SOS団+αの皆さんはつつがなくクリスマスパーティーを楽しんでいらっしゃる、という事ですね。今の所は外部から干渉しようとする存在も特に検知できませんし、平穏無事で何よりです。

 もっともパーティ会場たる文芸部室内は、ちょっと平穏無事とは言いがたい様相のようですが…。誰です、鍋大会に便乗してアルコール類を持ち込んだのは?
 騒ぎに顔をしかめた他の部の顧問の先生がたが押しかけたりしないよう、取り急ぎ遮音フィールドを展開しておきましたから、外部的には大丈夫なはずですけれど。内部方面の処理はお任せしましたよ、長門さん。


 ………昨晩に彼女が「朝比奈みくるとのコンビ漫談の際に着用する」と披露してくれた雪だるまの着ぐるみ姿を思い返すと、一抹の不安を覚えないでもないですが。
 でも、あの長門さんがアルコールに飲まれたり、ドンチャン騒ぎに我を忘れてしまったりなんて、あり得ないですよね。食事に気を取られるあまり注意力が少々散漫になったりとかは…絶対に無いとも言い切れませんけど…。


 ま、まあ、そういった不測の事態に備えるのがこのわたし、喜緑江美里の役割ですし。こうしてわたしが北高生徒会室に控えている以上は、まず何の心配も無いと言えるでしょう。
 そう、わたしは確たる必然の理由があってクリスマスイヴの今日、この場に居るわけなのですけれど。それに比べて――。


「あなたはここで何をしているんですか」
「ん?」


 わたしの呟きに、会長席で問題集とにらめっこをしていた生徒会長は、不審そうに顔を上げました。


「何をって、もちろん大学入試に備えた最後の追い込みに決まっている。受験生にとってはクリスマスも正月も無い。悲しい事にな」
「ご愁傷様です。でも勉強なら、自宅でもどこでも出来るでしょう?」


 ふう、と呆れ気味の溜息と一緒に、わたしはそう彼を問い詰めました。


「冬休みに、寒風吹きすさぶ中をわざわざ登校してきてまで生徒会室で勉強をなさる必要など、どこにも無いでしょうに」
「確かに『必要』は無い。だが裏を返せば『そうしてはいけない』という理由も特に無い、とも言える。
 端的に表現するなら、どこで勉強しようと俺の勝手!という事だ」


 事も無げにそう言い捨てると、会長はいかにも肩がこったという仕草でゴキゴキと首を左右に振ってみせます。と、彼はおもむろに傍らの学生鞄からビニールの袋を取り出しました。


「とは言え勉強勉強と、あまり入れ込みすぎても却って効率が悪い。適度に休憩も取り、時には余興も楽しまなくてはな」


 そうして彼が小皿に乗せたのは、『そのまんまバナナ』という菓子パンでした。丸ごと1本のバナナをたっぷりのホイップクリームとスポンジ生地でくるりと巻いた物で、購買部でも人気の商品です。手軽で高カロリーなので疲弊した脳に栄養を補給するには適した食物ですね。でも、会長はなぜそれをわざわざお皿に…?

 わたしがそんな疑問を抱いていると、彼は続いてビニール袋から爪楊枝ほどの大きさの物を取り出し、お皿の周りにひょいひょいとそれらを並べ、ライターで火を着けていきます。それらは、小さなロウソクだったのです。


「どうだ。こうして見れば、小型のブッシュドノエルのようじゃないか」
「はあ…」


 そう言って会長は、ショーアップされたお皿の前で得意げに両腕を広げてみせたのでした。
 が、どう見ても菓子パンは菓子パンですよね。当惑の表情を浮かべるわたしに、会長はやがて広げていた両腕を持ち上げて『お手上げ』のポーズを取り、きまりが悪そうに頭をかきました。


「――やはり無理があるか。
 他の生徒たちの手前、あからさまにケーキやシャンパンを持ち込む事も出来ないからな。せめて雰囲気だけでもと思ったんだが」

 

 照れ隠しのつもりなのか大声で独り言を洩らしながら、会長はどさりと自分の席に腰を降ろします。ああ、つまり彼はこの『そのまんまバナナ』をケーキに見立てた演出を試みていたのですね――。

 ふう、とわたしは再び嘆息してしまいました。まったく、のん気なものです。ご自身でも仰っていた通り、会長は大事な追い込みの時期ですし、わたしはわたしで重要な任務を帯びてこの場に居ます。クリスマス気分に浮かれている暇など、お互いに有りはしないはずですのに。
 でも。


「でも確かに、あまり入れ込みすぎるのも却って効率が悪いかもしれませんね」
「うん?」
「適度に休憩を取り、時には余興を楽しむ心の余裕も必要でしょうか」


 たそがれかけた会長の背中にそう微笑みかけて、わたしは席を立ちました。


「せっかくですし、紅茶でも淹れましょう。それともコーヒーの方がよろしいですか?」
「あー、いや、紅茶で構わん。熱いのを頼む」
「承知しました」


 うやうやしく一礼して、わたしはお茶の準備に取り掛かりました。

 菓子パンのケーキに、ティーバッグの紅茶。ふふ、なんとも簡素ですね。パーティというよりもむしろ『一杯のかけそば』とか、そういった方面の想像が喚起されてしまいます。
 でも、のんびりクリスマスを楽しむ訳にも行かないわたしに「せめて雰囲気だけでも」と彼が用意してくれた、ささやかなお膳立て。その遊び心に少しくらい応じてさしあげても、バチは当たらないでしょう?


 冬休みの静かな校内。照明を落とした生徒会室。
 閉め切ったカーテンに、揺れるロウソクのほのかな明かりが照り返す中、切り分けた小さなケーキの前で。
 わたしたちは湯気の立つ紅茶のカップとカップの縁を、チン、と軽く重ねたのでした。


「メリークリスマス」
「メリークリスマス」




生徒会室のメリークリスマス   おわり

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