「ここが生徒会長の家、ね」
「はい。ここが決戦の場です」
 森さんの言葉を聞きながら闇夜にそびえ立つ巨大な建造物を見上げる。
 月明かりに照らされたそれは、まるで中世の古城のように…………は、見えないわね、流石に。
 スケールは文句ないけど、見た目が新しすぎてファイナルステージにしては風格が足りないわ。
 もっと、こう……燃え盛る高層ビルとか、沈みゆく豪華客船とかを希望したいとこだけれど……ま、仕方ないか。
「ここにキョンと古泉君、ついでに谷口がいる訳ね?」
「そうです。彼らの交友関係や目的を考えれば、ここがもっとも理想的な逃げ場所と言えるでしょう」
 ……無駄にデカい家ね。金持ちのボンボンで、陰険な性格で、更に生徒会長……これで悪事の一つでも働いてなきゃ詐欺ね、詐欺。
 それにしても、古泉君と生徒会長が友人同士だったなんて意外だったわ。捕まえた後で色々と問い詰める必要があるかしら?
 意外と言えば――。
「喜緑さん、だったっけ?これからあなたの彼氏の家に乗り込む訳だけど、本当にいいの?」
「はい。他ならぬ長門さんの頼みですから」
「……私は頼んでなどいない。江美里が面白がって勝手について来ただけ」
「最近、長門さんが冷たいです……昔はあんなに懐いてたのに」
「……江美里、そんなことを言いながら、どさくさに紛れて抱きつくのはやめて欲しい」
「やっぱり冷たいです……反抗期でしょうか?」
 ――この二人が親戚同士で、しかも、こんなに仲が良かったなんてね。
「……頬擦りも禁止」
 あの有希が好き放題にやられてる光景を見てると、なんとなく納得しちゃったけど。
 ……そう言えば有希って森さんとも親しくしてたみたいだし、あたしが思ってるより交友関係広いのかしら?……って言うか……。
「……もしかして」
 古泉君のことと言い、あたしってば団員のことあんまり知らないんじゃ……?
「す、涼宮さぁん……本当にキョン君たちと戦うんですか~?」
 胸の奥でもやもやを感じていると、愛らしい我がSOS団のマスコットがおどおどと泣き言を言ってきた。
「本気よ。あいつらは団長であるあたしに……ううん、世の女性全てに喧嘩を売ったの。あたしたちには同じ団の仲間として、あいつらを罰する義務があるの」
 ふえぇ~、と情けない声を上げるみくるちゃん。
 もしキョンたちと全面対決になったなら、みくるちゃんが戦力になるとは思っていないけど、今回ばかりはみくるちゃんにも戦って貰わなきゃ。
「みくるちゃんも覚悟を決めなさい」
 ふと気付くと、さっきまで感じていたもやもやが消えていた。
 そうよ、色々考えるのは後回し。今はキョンたちを捕まえることだけを考えればいい。
 キョン……待ってなさい!
「さて、どうしようかしら?」


「さて、どうするかな?」
 ハルヒたちは玄関の前に陣取って何やら話しているが、何らかのアクションを起こすのは時間の問題だろう。ハルヒのことだ、扉をぶち破って乗り込むくらいはやりかねん。
「……このままじっとしてても埒が明かないな」
 こういう場合、真っ先に動いてくれそうな人物に話を振ってみる。
「古泉、何か策はないか?」
 俺がそう言うと、古泉はいつになく真面目な表情で頷いた。
「どうやら、アレを使う時が来たようですね」
「アレ?」
 古泉はソファをどけて、床下収納庫みたいな扉を開けた。
 そこから取り出されのは細長い金属製の筒に、いかつい柄や引金などが付いたもの。
 ……つまり、ライフルだ。
「あ、もちろん実弾ではないのでご安心を。流石に洒落になりませんから」
 そう言って、古泉はハリウッドのアクション映画辺りで見掛けそうな装備を次々と取り出す。
「これはサブマシンガンタイプ、連射が利きます。こっちはハンドガンタイプ、制服のポケットに入るでしょう。あとはゴーグルや手錠などですね」
「凄ぇ!これだけあったら涼宮たちを余裕で撃退出来るな!」
「待て待て待て!何故俺の家にこんな物騒なモノがあるんだ!?」
「森さんにお古を押し付けられたんですけど、僕の部屋には置くスペースがありませんから。遊びに来る度に少しずつ持ち込ませて頂きました」
「古泉、貴様……ッ!」
「ほらほら、そんなことよりも会長は自分のコレクションを持ってきて下さい。早くしないと敵が来ますよ?」
「……チッ、この馬鹿な騒動が治まったら必ず話を付けるからな!」
 ……エアガンとか電動ガンってヤツか。こういうものを使うのには抵抗があるが……向こうのメンバーを見ればそんなことも言ってはいられないな。
「やるしかないか」
「森さんのことです、僕たちと同程度の装備を持って来ているかも知れません。やらなければ殺られます」
 やらなければ……って。
「迎え撃つつもりなのか?」
「はい。逃げるにしても時間を稼がなければいけません。相手には車がありますし、こちらはコレクションを持って移動しなければいけませんから」
 ……しかし、長門や喜緑さん、森さんを相手に戦えるのか?
 森さんは明らかに堅気じゃない経歴を持っていそうだし、宇宙パワー持ちの二人に至っては最早反則の域だ。
「ふふ……機関の模擬戦で麒麟児とまで言われた僕の知謀を、とくと御覧に入れましょう」
 と、不敵な笑みを浮かべる古泉。メジャーリーガーにリトルリーグのチームで挑むような絶望的な状況のはずなのに、その余裕すら感じさせる落ち着きぶりからは自信の程が窺える……が、
「……知謀、ね」
 ……その割には将棋とかチェスとか弱いよな、こいつ。
 俺の不安をよそに、古泉はどこからともなく会長宅の見取り図を取り出し、一人で作戦の説明を始めた。
「僕の考えた完璧な作戦を説明する前に、まずは敵の戦力の分析です。要注意人物筆頭の長門さんですが……観察者という立場上、積極的に参戦はしてこないでしょう。そして、喜緑さんと森さんですが――」
 と、古泉の弁舌が乗りかかったところで、武器を漁っていた谷口の横槍が入った。
「古泉ぃ~これはなんだ?この化粧品みたいなヤツ」
「それは迷彩メイク用顔料です。今回のケースでは役に立ちませんが」
「おぉ、テレビで見るアレか。使ってみていいか?」
「……どーぞ」
 嬉々として顔料を塗りたくる谷口。本人の中では単身で敵地に乗り込む兵士のイメージなのだろうが……着ている服が北高の制服ではただの奇人だ。
「……説明の途中だったな。で、喜緑さんと森さんは?」
「あ、はい。喜緑さんも会長絡み以外なら無茶はしないでしょう。あとは、森さんですが――」
「古泉ぃ~これは?」
「……森さんお手製の催涙弾です。効果は低いですけど、危ないのであまりいじらないで下さいね」
「催涙弾か……」
 度々説明の邪魔をされ、少し不愉快そうな顔をする古泉。こいつみたいなタイプは話の腰を折られることを何より嫌いそうだからな。
「古泉、話の続きを」
「……分かりました。森さんが一番問題です。まず間違いなく積極的に参戦してきます。ですが、涼宮さんの前では無茶はしないでしょう」
「古泉ぃ~使い方は?」
「……ピンを抜いて投げるだけです。今大事な話をしてるので邪魔しないで下さいね」
「ピンを抜いて投げる、ね」
「……話を戻しましょう。今から説明する作戦は、前提条件としてTFEI端末のお二人にはちょっかいを出さず、あくまで静観して頂くことが――」 


「喰らいやがれ涼宮!」


 ガラッ!


「これはエロを奪われた俺たちの怒りだ!」


 ブンッ!


「…………」
「…………」
「よっしゃ!キョン、古泉!俺はやってやったぜ!」
「……谷口よ。今、お前は何をした?」
「ん?いや、見ての通り催涙弾で先制攻撃をだな」
「……お前……今、俺と古泉が作戦について話合ってるってのに……そのスタンドプレーでぶち壊しだぞ!?」
 俺が怒鳴ると、谷口は珍しい生き物を見るようにキョトンとした顔をして、こう言った。
「キョン……何をそんなにビビってるんだ?相手は女の集まりだぜ?男が女に負ける訳ねぇだろ?」
「それがただの女子高生相手ならな!」
「……ただの女子高生じゃねぇか?」
「あ……」
 ……そうだった。谷口にとって、ハルヒたちは『ただの女子高生+保護者』に過ぎない。俺たちのように危機感を持っていないし、直接対決なら作戦なんか必要ないと考えるのが普通か……。
「古泉、他にはないのか?爆弾系」
 がっくりと膝を着き、ブツブツと愚痴を言っている古泉に、迷彩メイクをした谷口が無邪気に問い掛ける。
 コレクションを抱えて戻ってきた会長も、その奇妙な光景に首を傾げていた。
「たかだか数分の間に、一体何があったんだ?」
 すまんな、会長……早々に負けが決まったようだ。
 何故なら……長門のヤツ、涙目になりながら、もの凄い形相でこっちを睨んでるからな。あれはどう考えても『静観』してくれる顔じゃないぞ……。
 ……待てよ?……涙目?
「古泉……おかしくないか?」
「……なんですか?もうどうでもいいですよ。この戦いは負けです」
 ……見事なまでにやさぐれてるな。
「そう言わず見てみろ。長門や喜緑さんが催涙弾でダメージを受けてる」
 長門たちにそんなものが効くのか?……いや、それ以前に長門なら投擲された瞬間にどうにかするはずだ。
「言われてみれば……」
「ハルヒの前だから演技してる、ってことはないよな?」
 喜緑さんは分からないが、少なくとも長門はそんなに器用じゃない。
「……なるほど。そういうことですか」
「どういうことだ?」
「これは推論ですが……涼宮さんは自分の手でこの騒動を解決することを望んでいるのではないでしょうか?」
「……つまり?」
「その願望が、涼宮さん自身が知らないはずの長門さんたちの能力を無意識の内に抑え込んでいる、ということです」
 ……相変わらずハチャメチャな能力だな、おい。
「ですが、長門さんたちが何らかの制限を受けているのは明白です。これでまともに戦えるかも知れません」
「それはそうだが……」
 なんとなく、ハルヒの思考が腑に落ちないな。いくら目立ちたがりのあいつでも、無意識とは言え仲間の足を引っ張るだろうか?
「今回はあなたが敵ですからね。事情が少々特殊なせいもあるでしょう」
 ん?今妙に意味深なこと言わなかったか?
 俺が先程の古泉の言葉の意味を尋ねようとすると、劇団俳優顔負けの近所迷惑な声量で怒鳴り声を上げる奴がいた。
「キョン!そこにいるんでしょ!?」
 あぁ、もう……ややこしいタイミングで……。
 ……とは言え、俺も言いたいことがあるのでハルヒの呼び掛けに顔を出す。すると、憤怒の形相をしたハルヒが更にデカい声で罵声を飛ばしてきた。
「よくもやってくれたわね!いきなり仕掛けてくるなんて随分なお出迎えじゃないの!?」
 だから、やったのは谷口だ。グラビアの件と言い、全てを俺のせいにしないと気が済まないのか、こいつは?
「一応降服勧告をしようかと思ったけど、その必要はなさそうね?……今からあんたたちを捕まえて、たっぷり罰を与えてあげるから覚悟しなさい!」
 問答無用か。催涙弾攻撃で相当お冠のようだな……だがな、
「今回ばかりは俺も頭に来てるんだ……誰が降服なんかするか!」
 ポニーテールの怨みは恐ろしいんだぞ?ハルヒよ。
「ふん……いい度胸ね。あくまで団長であるあたしに歯向うのね?」
「当然だ」
 お互いの顔を見据えて、見下ろす俺と、見上げるハルヒ。
 どうやら激突は避けられないらしいな。
 ……もっとも、避ける気はないけどな。


「ハルヒ……」


「キョン……」


「戦争だ!」


「戦争よ!」


 最終決戦の火蓋が、切って落とされた。 


 ハルヒへの宣戦布告を終え、室内を振り返ると古泉たちが苦笑いをしていた。
「やれやれ、勝手に二人で盛り上がって貰っては困りますね」
「全くだ。俺たちもいることを忘れるなよ、キョン」
「古泉……谷口……」
「気は進まないが、やるしかないようだな」
「会長……」
 何と答えようか迷っていると、仲間たちが無言で俺に頷き掛けてくれた。
 ……そうだよな。俺一人で戦う訳じゃないんだよな。
「……よし!皆でこの戦いを勝ち抜こう!」
 おう!と心強い掛け声が返ってくる。
 ……今、俺たちの心は、エロの元に一つになった。
「いいねっ!盛り上がってきたさっ!」
「鶴屋さんも、やってやりましょう…………って鶴屋さん!?」
「にょろ~ん」
 突然の闖入者に、全員が一斉に距離を取る。
 い、いつの間に?全く気配がなかったぞ?
「いやぁ~みくると遊んでたら今回の話を聞いてねっ。面白そうだから先回りして見物しようと思ったんだけど……」
 鶴屋さんは俺たちをぐるっと見回し、
「な~んか男衆が不利みたいだから、こっちに助太刀しようと思って忍び込んだのさっ」
 と、ハルヒ顔負けの笑顔でおっしゃられた。
「それはありがたいですけど……一体どこから入ったんですか?」
「いや、二階の窓の辺りにいい感じで枝が届いてたから、そこからお邪魔させて貰ったよっ」
 なかなか無茶をなさる。ご近所に見付かったら普通に通報モノだ。
「少し驚きましたが……何にせよ味方が多いに越したことはありません。歓迎しますよ、鶴屋さん」
「頑張るさっ!」
 しかし……鶴屋さんはこの戦いに何が賭かっているのか知ってるのだろうか?理由を知っていれば、普通なら女子が味方してくれるとは思えないが。
 その事を聞いてみるべきかどうか迷っていると、笑顔の鶴屋さんと目が合った。
「大丈夫、分かってるさっ。要するにエロ本防衛戦ってことにょろ?」
 そこまで伝わってるのか……それはそれで複雑な気分だ。
「な~に、男の子は助平なくらいのほうが健康的でいいさっ!……それに」
 それに?
「男の子のエロを容認出来ないほど、あたしはお子様じゃないにょろよ?」
 ……失礼しました。
 近所の気さくなお姉さんって感じだな。うん、年上の女の人はこういう感じでなくては。
 ……鶴屋さんの半分くらいハルヒの物分かりが良ければ敵対することはなかっただろな。
「ふぅ……」
 ふと気付くと、鶴屋さんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「心配ないにょろよ?キョン君とハルにゃんならどっちに転んでも大丈夫さっ」
 ……なんか勘違いされてるようですが、今のあいつは敵です。俺はあいつを倒すこと以外考えてませんよ。
「ま、そういうことにしとくにょろ」
「さて、人数も揃ったことですし、敵を迎え撃つ準備をしましょう」


「あぁ!もう!漫画やドラマみたいには行かないわね」
 いつぞやの時みたいに針金で鍵を開けようとしてみたけれど、やっぱりというか、鍵は開いてくれない。
「こうなったら強行突破しかないわね」
 幸い扉は木製だし、その辺の岩を投げ付ければ壊せなくはないはず。
 庭に転がっている岩の目星を付けていると、森さんが話し掛けてきた。
「少々、よろしいでしょうか?」
 そう言って、森さんは鍵穴を覗き込む。
「流石はお金持ちの家、鍵にも金を掛けてますね。ですが……これなら少し時間を掛ければ開錠出来ます」
「本当に?凄いわね、森さん」
「メイドならこの程度出来て当然です」
 と、きっぱりと笑顔で言い切る森さん。やっぱり本職のメイドさんは違うわ……今度みくるちゃんを研修に出してみようかしら?
「その前に皆さんにお渡しするものがあります。相手が武装している可能性が高いので、こちらも装備を用意しました」
 そう言って、森さんは車から山盛りの武器を持ち出してきた。
「色々ありますね?スタンガン、木刀、警棒に……」
「拳銃と手留弾!?」
「あ、それはゴム弾仕様になってますが、充分危ないので取り扱いには気を付けて下さい。こっちの手留弾は煙幕が出るモノで、殺傷力はありません」
 なんで森さんがこんなものを……。
「か弱き乙女の嗜みです。本当は人数分のライフルタイプを揃えたかったのですが、時間がありませんでしたので御容赦を」
 ……ま、確かにこっちは普通の女子ばかりだし、こういうのも必要かもね。
「んじゃ、あたしは木刀を貰うわ」
「あ……」
「え?」
 あたしが一振りだけの木刀を手に取ると、何故かみくるちゃんが残念そうな顔をした。
「なに?みくるちゃん木刀がいいの?」
 駄目よ?みくるちゃんの細腕じゃ逆に怪我しちゃうわ。
「い、いえ……そういう訳じゃ……あ、私はどれにしよっかなぁ?」
 あからさまに誤魔化しながら武器の物色を始めるみくるちゃん。時代劇にでも影響されたのかしら?
「では、私も何かお借りしますか」
「…………」
 みくるちゃんに続いて喜緑さんと有希が武器を手に取る。
「それじゃ、森さんが鍵を開け次第、皆で乗り込むわよ!」


「装備は行き渡りましたね?それでは、各員所定の迎撃位置に移動して下さい」
 すっかり作戦参謀の座に収まった古泉の指示が飛ぶ。
 俺も手に馴染まないエアガンを片手に、渡されたゴーグルを装着する。いよいよ間近に迫った激突の予感に体が身震いするのを止めることが出来ない。これが噂に聞く武者震いというヤツなのだろうか?
「よっしゃ、先鋒は任せろ!」
 そんなことを考えていると、我がチームの鉄砲玉……もとい、核弾頭谷口が意気揚々と出撃する。
 ……というか、メイクはそのままなんだな、谷口……頼むから朝比奈さんとは遭遇しないでくれ。あの人なら見ただけで泣き出しかねん。
「俺も行くとするか……パートナーがヤツというのは甚だ不安だが」
「じゃあ、あたしも行くさっ」
 続いて上級生コンビが出撃する。鶴屋さんの運動神経の良さは野球大会で証明されてるし、会長もなんだかんだで荒事には慣れてる雰囲気がある。この二人は大丈夫そうだな……っと。
「鶴屋さん、どれか武器を。相手も武装して来ますよ?」
 はりきって出撃しようとしている鶴屋さんだが、よく見るとゴーグル以外は何も装備していなかった。流石に丸腰は危険だ。
「ん~飛び道具は苦手でねっ、この部屋に来る時にいい感じの得物を見つけたから、それを使うさっ!」
「そうですか?では、気を付けて」
「キョン君と古泉君も、ファイトにょろよっ!」
 グッと力こぶを作るポーズをする鶴屋さんに、俺も親指を立てて返す。それを見て満足したように笑い、鶴屋さんは部屋を後にした。
 そうして、残ったのは俺と古泉の二人になった。
「んじゃ、俺たちも行くか」
 俺たちは相手が二手に別れて進軍してくることを予想しての、正面とは正反対の裏ルートの受け持ちになっている。ちなみに正面ルートが谷口と会長。遊撃部隊として鶴屋さんが二階に陣取る手筈だ。
「そういう予定でしたが……裏ルートは僕一人に任せて貰います」
 と、古泉が真面目な表情で顔を寄せてきた。こいつがこういう顔をする時は大抵よくない話なんだが……やっぱり聞かない訳にはいかないんだろうな。
「戦いの前に、少しお話があります」
「なんだ?」
「涼宮さんの特性について、ひとつ忘れていることがありませんか?」
 特性と言っても、あいつほど特殊かつ多種多様な性質を持った人間もいないだろう?
「僕のバイトに関する話です」
 バイト?……あ。
「……閉鎖空間か?」
「そうです」
「……もしかして今発生したのか?」
「いえ、グラビア事件の当日こそ大規模な閉鎖空間が発生しましたが、それ以降は比較的に落ち着いています」
「そいつは結構な話だ」
 もし閉鎖空間が発生したなら、古泉が戦線離脱することを止めようがないからな。
「ですが、このまま僕たちが勝利を収めると、恐らく大規模な閉鎖空間が生まれるでしょう」
「……ちょっと待ってくれ」
 ……なるほど、確かにハルヒの性格を考えれば負けた時にどうなるかは自明の理だが……。
「それじゃあ俺たちがやってることは無意味なことじゃないのか?」
 勝っても負けても俺たちが得るモノはない。回避しようのない負けのために戦うなんて、無意味を通り越してただの道化だ。
「普通に戦えばそうなるでしょう……それでも、僕たちが勝利を収める道は必ずあるはずです。そして……それは藁にすがるよりも遥かに頼りない、分の悪い賭けになるでしょうが」
「……相変わらず回りくどい言い方をするな?」
 たまにはシンプルな言葉で、俺の脳を休ませて欲しいものだ。
 しかし、古泉は俺の言葉を無視し、またしても難解な謎掛けのような言葉を俺に投げ掛けた。
「あなたが鍵です」
 ……何度目だろうな?その手の台詞を聞いたのは。
 今回が一番真剣に言われた気がするのはスルーしておこう。
「……正直な話、僕にもこの選択が正しいのかは分かりませんが……あなたにはラスボスとしてここで涼宮さんを迎え撃って貰います」
「……その前に、裏ルートはお前一人で大丈夫なのか?」
 いくら長門たちの能力が制限された可能性が濃厚と言えど、相手には森さんもいる。その賭けとやらに打って出るとしても、その前に陥落されては意味がない。
「僕がこの家に持ち込んだモノは武器だけではありませんよ。既に仕込みもほとんど済んでいます」
 ……あまり会長の心労を増やしてやるなよ。
「善処しましょう……それで賭けに乗ってくれますか?そうなると、あなたに全てを託すことになりますが」
 賭け、か……古泉がそう言う以上、これは非常に厳しい戦いになるんだろうな……。
「……分かった」
 お前の期待にどこまで答えられるか分からないが、俺もその賭けに乗るとしよう。他に生き残る道も思い付かないしな。
「ありがとうございます」
「それにしても……何故俺なんだ?」
 戦いのラスボス、というのなら会長や鶴屋さんの方が遥かにそれっぽいだろ。
「……そこまで行くと尊敬しますよ」
「……なんか引っ掛かる言い方だな?」
「そうですね……この戦いを無事に終えることが出来たなら、あなたも気付いているでしょう。それは僕が気付かせることではありません」
 そう言って、古泉は片手を上げながら背を向け、
「では……この戦いが終わったら、あのポニーテール本を探してみましょう。僕もうなじは嫌いではありませんよ?」
 と、肩越しに俺に微笑み掛けた。
 嫌味なほどキザったらしい仕草だが、こいつがやると結構様になるな。


 ……だがな、古泉よ。
「それは死亡フラグだ」


続く

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