明けましておめでとうございますというのは年を重ねて朽ちていくだけの人間にとって何がおめでたいのやらさっぱり理解不能であるし、高校生である俺にとっては受験という嘆きの壁が刻一刻と迫ってくる一里塚のようなもんだ。
 高校生活もはや半分以上が過ぎたある冬の出来事である。俺は毎週恒例の団活である、市内不思議探索パトロールにいつも通り参加していた。
 勿論俺だけじゃない。団長こと涼宮ハルヒ以下、団員全員の参加である。
 さて、ここで少し疑問に思う人がいるかもしれない。俺は団員全員が参加していると言った。高校二年生である俺達はともかく、高校三年生……言い換えれば、受験生でもある朝比奈さんが、何故今日このタイミングで参加できるのだろうか?
 この疑問はもっともである。ハルヒが時節に関係なく招集をかけたからといってしまえばそれまでだが、実際にそうは言っても、入試試験前に部活に参加する高校生など皆無に等しいだろう。
 だが朝比奈さんは団活に参加した。しかし決して受験勉強をサボっているわけではない。朝比奈さんの努力の結晶が、本日の団活参加を可能にしたのだ。
 つまり、朝比奈さんは一次試験を利用した推薦入試で、あっさりと希望大学に合格してしまったためだ。朝比奈さんらしいといえば朝比奈さんらしい。
 ハルヒも朝比奈さんの大学合格に大いに感激し、残された俺達4人も、来年朝比奈さんと同じ大学を受験することに決まってしまった。
 だが待って欲しい。俺以外の4人の学力ならば不可能ではないが、俺の学力では子猫が襲い掛かってきたパンサーにムーンサルトキックをかまして一発K.O.する並に不可能な話だ。
 しかしながら俺がいくら無理といったところで、涼宮ハルヒがその野望を止めることはない。おかげさまで『来週からは不思議探索に加えて勉強会をやるから!いいわね!!』とますます俺の休息時間が無くなってしまうのだった。
 やれやれ。困ったもんだ。これ以上俺に負担がかかるようなことはしないで欲しいものだ。


 そしていつもの喫茶店。ここで本日午前中の不思議探索のグループ分けをするのは規定事項だし、それに飲食代が俺のおごりとなるのも悲しいかな規定事項である。せめて一度だけでも『規定事項』が『既定事項』とならないようにしたいものである。
 ん、そういや一回は俺が早く来た日があったっけ?……思い出した。あの時の代金まだ俺が立て替えたままだった。くそ、いつかハルヒに請求してやる。だが一年半以上前のことを蒸し返すのも男らしくないか……?
「なーにぶつぶつ言ってんのよ。早く引きなさい!」
 言われて顔を見上げる。ハルヒは大好物のおかずを取り上げられた時のような形相で俺に問い掛けた。とはいっても、それ程不機嫌じゃないのは表情で分かる。ま、これも長年のカンってやつだ。
 さあて、今日は誰となるかな……印し付き。ってことは……?
「おや、僕と一緒ですね。よろしくお願い致します」
 最悪だ。何でこんな天気のいい日に男と二人でいなけりゃいかんのだ?
「男と女に分かれただけね。まあいいわ。みくるちゃんと有希にしてもらいたいことがあったし。じゃあキョン。今日こそは不思議なものを見つけてきなさい!!」
「ひゃ!!す、涼宮さ……」
「…………」
 宣言するや否や、二人の手を取って外にまっしぐらに駆け出すハルヒ。
「さて、僕達も行きましょうか?」
「やれやれ……」
 そう言って、俺は請求書を手にとって、レジへと並んだのだった。


 





 俺達は近くのコンビニで時間をつぶすことになった。正直、やってられん。
「宜しいのですか?不思議なものを探索しなくても?」
「ああ」
「涼宮さんに詰問されたらどうされるのですか?」
「どうとでもなる。あいつだって易々と見つけられないんだからな」
 そう。その通りだ。不思議なことなどそうコロコロと転がっているものではない。大抵は科学で説明できるものばかりだ。人体発火だって、人魂だって、ポルターガイストだって、某地動説論を唱えた天文物理学者のニックネームを持つ准教授が全て意味不明の数式で説明したじゃないか。
 不思議なものといえば、ここにいる変態赤玉超能力者や、宇宙人の操り人形や、申請方式で時間を駆け巡る未来人くらいのもんだ。あとハルヒの佐々木の超絶能力か。
「そうですか。ここ最近で少しは不思議属性が解消されたと思ったんですが……まだまでしたか」
 うるさい。お前のことはどうでもいい。ちょっとした例を上げただけだ。というかそれ以外に不思議なものなんて思いつかん。
「おや、そうでしたか?僕は今あなたが述べた人以外に不思議な人を知っていますよ。僕達以上の不思議な人物がね」
 ほう、それはよかった。それならハルヒに紹介してやれ。あいつも喜ぶだろう。
「残念ながら涼宮さんは既にご存知ですよ。それに、涼宮さんにとっては不思議な人物というより、仇のような関係でしょうか」
 誰だ?もしかして佐々木か?
「いえ、彼女はライバルではありますが、それ以上に親友関係でもあります。初期の頃はともかく、今となっては不思議系の人物だとは思っていないでしょう」
 そうか。では一体誰なんだそいつは?
「もしかしてお忘れですか?まあ忘れたい気持ちもわかりますが……」
 いいじゃないか。もったいぶらないで教えてくれよ。
「……わかりました。あなたが望むのであれば。それは……」
「それは……」


 その時。
 ピンポーン。

 コンビニ入り口の自動ドアが開き、そして――

「……まずい!隠れてください!」
 突然、古泉が俺を抱き寄せ、コミックが並ぶ棚の一角へと押しやった。
 こら古泉!何をする!!それに顔が近い!!くっつくな!!
「……申し訳ありません。ですが予期せぬトラブルが発生したんです。少々辛抱していただけますか?」
 古泉は声を潜めて俺にそう告げた。
「何だ、予期せぬトラブルって……?」
 連れて俺も声を潜める。
「あれ……です」
 古泉は小さくお菓子コーナーを指差し……


 ……げ。


「これが今日新発売のシフォンとミルフィーユなのですね!ああん、美味しそう!!せっかくですから全部買っちゃいましょう!!」
 ――どこかで見た事のある人物が、嬉々として買い物カゴにスイーツを放り込んでいたのだ。


「……古泉」
「ええ、わかってます」
 俺は古泉に目線を送る。古泉も俺が何をしようとしているか悟り、既に動き始めていた。はっきり言って、俺と古泉の意見が一致することなど早々ない。が、これは非常事態だ。犬猿の仲とまでは言わないが、擦れ違い気味で会った二人の意見は見事に一致した。

「――今です!!」
「合点!!」
 ――そして俺達は、コンビニの出口に向かって一目散に駆け出したのだ。


 しかし―― 


「……っと、そっちの杏仁豆腐も……って、ああーっ!!な、なんでこんなところにいるんですか!!お二人とも!!!」
 ――ツインテールのその少女は、何故かタイミングよく振り返ったのだった。

 
「き、奇遇ですねぇ……皆さんも三ツ星レストランのシェフが監修した、特選スイーツを買いにこられたんですか?これ本日発売日だったんですよね。いやあ、あたしこの日が待ち遠しくて。あ、このクリーム大判焼きも美味しいんですよ。どうです……」

 少女の言葉に、俺の記憶がフラッシュバックされる。
 ――大判焼き。
 ――和菓子。
 ――和菓子屋。
 ――個室と巨乳。そして襲い掛かる、ささ――


「はうっ……」


 ――俺は、意識が暗転した。


 





「……りしてください。大丈夫ですか?」
「キョンくん、死なないで~!!」
「あなたは黙っててください」
「えー、でも、こう言う時は話し掛けて、三途の川を渡らせないようにしないといけないんですよ。あたしの組織の顧問だったおじいちゃんが意識不明になったときも、それで……」
「…………」
「ちょっと!無視しないでください!!」
「せっかく彼のトラウマを徐々に回復させようとしてたのに、全くあなたという方は……」
「あ、あたしが悪いんですか……?」
「ええ、十二分に。ヒーロー戦隊モノの悪役の方がまだ空気読んでくれますよ……」
「ううっ……あたしってとことん不幸……」

 ――なんだこの夫婦漫才のようなやり取りは。もう聞いちゃいられねえ。

「!!……大丈夫ですか!?」
 ……ああ、すまん。いきなり意識が反転してな。何故か脳の全活動が停止したみたいにな。
「それは……正常的な哺乳類がもつ反応ですね。反射神経に近いのでしょう。脳が危機を感じ、全身の機能を停止されたのだと推察されます」
 なるほど。何故そうなったのか理解できないが、古泉の話に納得してしまう。どうしてだろう?
「それはですね……」
「ちょっとひどいじゃないですか!あたしも会話に混ぜてください!無視する人は嫌いなのです!!」
 後ろから聞こえた、女性の声に俺は振り向き――
「いけません!!まだ――!」

 
 ――そして俺は再び沈黙した。


「駄目ですよ。いきなりドアップした顔を見せつけたら。彼は前回の件……彼から聞いたのですが、あなたに色々とトラウマができているのですから」
「うう……あたし、何もしてないのに……トラウマならあたしじゃなくて佐々木さんに……」
「彼にとって、佐々木さん一人ではそこまで拒否反応を示さないのでしょう。親友でしたしね。ですがあなたは、彼の佐々木さんに対する負のイメージを増幅させてしまったんです。だからあなたをみると彼が拒否反応を示してしまうんです。言わば負の触媒ですね」
「そんな、ひどいです。あたしが何をしたって言うんですか!?」
「自業自得でしょう。胸に手を当てて考えてみてください」
「ふんだ!どうせぺったんこですよ。悪かったですね!!」
「そうじゃありませ……いや、なんでもないです……やれやれ。彼が苦労するのも頷けます……」

 ――意識が朦朧としている中、古泉の疲労困憊しきった顔が目に浮かんだ。
 そして、彼女の顔も。
 
 佐々木の閉鎖空間に入れる超能力者――これは仮の姿。
 佐々木の深層心理を探れる精神科医――これも仮の姿。

 佐々木の閉鎖空間に神人を発生させた張本人。
 佐々木を怒らせる能力は右に出るものはない。
 
 ――何より、俺を(ある意味)散々苦しめた、諸悪の根源。
  

 橘京子が帰ってきたのだ――


 






「さて……なぜあなたがあそこにいたんでしょうか?少しお話お聞かせできませんでしょうか?」
 それから暫くの後、俺は意識を回復させた。そしてその後、対橘のリハビリテーションを行っていた。
 ようやく直視しても平気になった頃、古泉が上記のように語り掛けてきたのだった。
 余談だが、俺が橘を直視していると、『キャー、あまり見つめないでください!恥ずかしいですぅ!』等と発言した橘を、さっき買った雑誌を丸めて橘の頭を景気よく叩き、沈黙させた古泉には拍手を送りたい。

「え……?だから、今日新発売のスイーツを……?」
「お聞きしたいのはそれではありません」
 一瞬、橘がビクッとなった。
「あなたにお聞きしたいのは、あなたが今回何を企んでいるかです」
「な、何って、なんにもないですよ。偶然このコンビニにはいっただけでして……」
「僕を甘く見てはいけませんね。あなたが僕達を監視しているのは、喫茶店を出たときから分かっていましたよ」
「ギクッ!」
「その後つけられている様子がなかったので、僕の杞憂かと思って安心していましたが、まさか僕達のいるコンビニに入ってくるとは思いませんでしたよ」
「だ、だから偶然ですよ、偶然!」
「本当、ですか?」
「モチのロンです!尾行しているなら、わざわざターゲットの前に顔を出すことなんてしませんって!」
「まあ、一理ありますが……」
 必死に自分の言い分を貫き通す橘。古泉はその意見を飲んだようだが――なるほど。俺は今回の橘の不明な行動が読めた。
「古泉。俺からの意見を言わせてもらおう」
「もう、大丈夫なのですか?」
「ああ。それで橘。お前は俺達を尾行してたな?」
「さ、さっきの会話聞いてなかったんですか?偶然ですって!偶然!!」
「そうだ。偶然だ。お前がこのコンビニに入ってきたのは全くの偶然だ」
「なら……」
「お前は俺達が喫茶店から出て尾行をしようとしたが、あっさり見失って、途方に暮れているうちにスイーツに目がくらんでこのコンビニに入ったんだ。偶然な」
「……!!そ、そん、なわ……わけないでしょ……です、ですわよ!!」
「顔を真っ赤にして必死になって言い訳しているところが真相を語っているぞ、橘。それに言葉もおかしいし」
「ち、違います違います!!」
「だからムキになるなって。そうだったって言えばいいんだよ。ネタはばれてんだから」
「ううう……そうですよそうですよ、悪かったですね!!」
「いや、悪いなんて……相変わらず面白い奴だなと思っているがな……ぷぷ」
「もう!笑わないでください!!」
 これを笑わずに何を笑えばいいというんだ?ちなみに古泉は顔を背けて肩を震わせている。多分、ニヒルな笑み以外の笑い顔を他人に見せたくは無いんだろう。

「それで、俺達をつけていた理由は何だ?」
「それは、その……」
「また変なお願いじゃないだろうな?この前みたいな頼み事は勘弁してくれ」
「いえ、今回はあたしの体についてのお願いはしないつもりです……」
 ふう、それは助かった。あの一件以来、ハルヒも佐々木も(ついでに長門も)大幅に胸囲がアップしており、俺は目のやり場に困っていたからな。
 特に体育祭の部活対抗騎馬戦は天国と地獄が同時に来たような感覚だった。左右の長門と朝比奈さんが俺の両腕を、上段のハルヒが俺の後頭部に擦り付けてくるもんだから、俺が中腰で走る羽目になってしまったからな。そのせいで負けてしまって、散々ハルヒに怒られたが……まあどうでもいいことだ。
 そう言えばハルヒから、橘のバストは殆どなくなってしまったと聞いたが、以前だって目立つほど大きくないから、俺にとっては正直変わってないといったところだな。
「今回は皆さんにお願いがあって……でも、あたしの意見を代弁してくれそうなのはやっぱりキョンくんしかいなかったので、古泉さんと別れるところを狙ってたんです……」
「お前、長門と仲良くなったんじゃなかったのか?」
「長門さんは、あたしの意見を代弁してくれそうにないです……」
 あ、そう言えばそうだな。あの無口で無表情なインターフェイスでは、橘の感情溢れる(溢れすぎてあたりに撒き散らして迷惑をかける)表現を他人に伝言するのは無理だろうな。
「それで、あなたの今回の依頼とは何でしょう。僕に言えないこととなると、ますますあなたとあなたの組織の計略を疑わなければいけませんね」
「い、いえ、古泉さんに言えないって訳じゃなくて、その前にキョンくんに相談したほうがいいかな、って思っただけです。こうなったら聞いてもらうほかありませんですけど」
「僕や機関の意志に沿うものであれば」
「ええ。決してあなたたちの邪魔をするわけじゃありません。だから聞いてください」
 橘は、何時になく真剣な表情で語り始めた。


「実は……旅行にでも行きませんか?」


『はあ??』
「え?聞こえにくかったですか?それじゃあもう一度……」
「いやもういい」
「意味は十分分かりました。ですが……」
 ――何故このタイミングで旅行になど行かなければいけないのでしょうか?
 恐らく、古泉はこう言いたかったのだと思う。第一俺もそう思ったからな。
「ああ、別に他意はありませんよ。旅行をしようと思うんです。あたしとキョンくんと、……しょうがないからついでに古泉さんとで。慰安旅行って奴ですよ。日ごろのストレスを発散させるのに丁度いいと思いませんか?」
 しかし、古泉はさらに食いついた。
「そんな理由で、この僕を納得させられるとでも思っているのですか、橘さん。それにしょうがないからって言うのは少し解せませんね」
 古泉はいつものニヒルな笑みを橘に向ける。だがしかし、本心では笑っていないであろう。
「そんなに凄まれても、本当なんですからしょうがないじゃないですか。ふふふっ」
 クスリと笑いながら古泉に微笑み返す。流石にあの森さんの笑みに耐えただけのことはある。古泉程度では簡単に本心を見せないようだ。
 てか久しぶりに橘がまともに見えた。

 二人はなおも笑顔による攻防戦を行い、そして――
「止めろ。分かったから。行ってやるよ。その旅行とやらに」
「な……」
「本当ですか!?有難うございます!さすがキョンくんですぅ!」
 俺が二人の対決にピリオドを打ちつけた。橘の意見を採用する形を取って。

(考え直してください!これは間違いなく橘京子の罠ですよ!あなたの――引いては涼宮さんの身に危険が迫るかもしれません!)
 古泉が俺の耳にひそひそと話し掛ける。橘の行動に憂いを感じているようだ。
 ああ、俺もそう思うし、実際そうだと思う。それにこいつの場合、実際とは違うところでトラップが炸裂する可能性があるしな、被害者の俺としては。本来なら、こんな供給は受け付けん。
(では何故……?)
 なに、答えは簡単だ。
「橘」
「はい、なんでしょうか?」
 ニコニコ顔の橘は、上機嫌に俺の呼びかけに応じた。
「旅行に行くのは構わんが、他にも連れて行っていいか?」
「……はあ、あまり大人数でなければ構いませんが、誰ですか?」
 ここで俺は少し含みを持たせた顔を作り、一拍置いた。橘の顔が、一瞬曇ったように見えたのは――まあ気のせいだろう。
 そして俺は医療機関で呼び出しをする看護士のように、さらりと言い放った。

「そうだな……ハルヒや佐々木も誘いたいんだが、どうだ?」

『ええーっ!!!』
 まさかの発言に、動揺を隠せないでいる橘。ついでに古泉。
「なんだ?駄目なのか?」
「だ、駄目って訳じゃないですけど、その……ちょっと最近お二人に苦手意識が……」
「お前あれだけ佐々木のことを慕ってたのに、どうしたんだ?もう佐々木を神様に祭り上げる計画は座礁に乗り上げたのか?」
「こ、今回はプライベートですから、組織は関係ないのです!!」
「プライベートか。なるほどな。では俺もプライベートで旅行に行くわけだが、それを素直にハルヒが承認してくれると思うのか?」
「あ……!」
「しかもその際に市内探索をするつもりだったらどうするんだ?欠席理由に、『橘と旅行に行ってました』って馬鹿正直に言えば良いのか?」
「あう……それはそこはかとなくまずいのです……」
「だろうが。リスクはちゃんと考えたのか?」
「いえ……なんとなく、思いつきで……」 
 ちったあ頭を働かせろこの脳みそゼリー女。そこまでサポートしてから誘いやがれ。
 
 その後橘は一人でふさぎこみ、『予定変更ね……』やら『あの作戦は……』やらブツブツと喋っていた。
 ――作戦って、やっぱり裏があるんじゃね―か。そんなツッコミをしたくなったが、こいつの考えることだ。普通に捉えてはいけない気がしたので無視することと相成った。

「……あっ!そうか!!」
 突然、橘が声を上げた。
「おっけーです。おっけーでした!皆で行きましょう。旅行!!」
 橘の頭の中ではスイッチとスイッチがオンになったようだ。とりあえず対暴走橘最終兵器のあの二人がいれば大丈夫だろう。橘の天然によって修羅場と化しても古泉が止めてくれるだろうし。
「わかった。ハルヒには伝えておくから、そっちで佐々木に伝えてくれよ」
「わかりました!あと朝比奈さんと長門さんにもお願いしますね!!」

 はあ!?

「ああ、お願いというのは、朝比奈さんと長門さんも誘ってくださいねってことです」
「いや、それはわかるが……」
「人数が多いほうが面白いじゃないですか。あたしのほうも、九曜さんと藤原さんも誘ってみますから」
「あの……橘さん……何故彼らまで連れて行くんでしょうか……?」

「みんなで旅行したほうが楽しいじゃないですか!」

『…………』
 俺と古泉、沈黙。
 ――橘。本当に楽しくなると思ってるのか?
 藤原の野郎が朝比奈さんとTPDD理論について花を咲かせると思っているのか?
 長門が九曜と仲良くマゼラン星雲に住む情報生命体について熱く語り合えると思っているのか?
 下手をしたらアルマゲドンなんか比じゃないくらいの厄災がこの星に降りかかる可能性だってあるんだぞ?
 
 橘京子の恐ろしさは身にしみて分かっているつもりだったが、まだまだ精進が足りないようだ。



 






 ――俺は事細かに、その件について説明してやった。
 未来人同士が時空の壁を超えた心理戦を行う可能性や、宇宙人端末の大本自身が地球に鎮座する可能性まで。ありとあらゆる懸念事項を伝えたつもりだった。
 しかし。
「いざとなったら、涼宮さんと佐々木さんを矢面に立たせばいいのです!」
 橘は見事に他人任せの意見を以って全てを一蹴した。
「……しょうがないですね。ここは橘さんの意見を飲みましょう」
 古泉!お前まで……!!
「なに、大丈夫でしょう。宇宙人や未来人も、下手に観察対象の前で大事を起こせば、自分で自分の首を絞めてしまう可能性があります。現状を打開するメリットの割に、デメリットのほうが大きすぎます。石橋をハンマードリルで叩いて渡るほど用心深い彼らがそのような大それたことはしないと思いますよ」
 まあ……それはそうかもしれないが……
「それに、今年の冬の合宿は朝比奈さんの試験結果が出てからということになっていましたし、タイミングも丁度良いのではないかと思います。橘さんに幹事をしてもらうことにしましょう」
 気軽に考える古泉。少々こいつらしくないような気がする。
(それに、僕達機関の人間も、数人紛れこます段取りをつけますから……)
 なるほど、そういうことか。ならば安心しても良いかもしれない。

 俺は橘の方へと振り返った。
「……わかった。俺がここで反対してもどうせおまえは泣いてぐずる気だろう。そんなことされたらたまらん。しょうがない、皆で行ってやる」
「あ、ありがとうございます!」
「大人数だがよろしく頼むぞ。それと各々の勢力の喧嘩だけは絶対に起こさないようにしてくれよ」
「分かってます!!この橘京子が命をかけてもさせません!」
 それは良い心がけだ。それと橘。もう一つ重大なお願いがある。
「はい、なんでしょう?」
 ――費用は、全部お前もちなんだよな?
「え゛……」
「おや、それは助かりました。涼宮さんのこととはいえ、毎度毎度資金を調達するのは少々骨でしたからね」
「な、なんであたしが……?」
「当たり前だ。お前が言い出しっぺなんだからな。生憎俺は旅行いけるほどの金は持ってない」
「そんな……こ、古泉さん、協力をしてくださいますよね……?」
「そのような約束を取り付けた覚えはありませんが?」
「それはそうですが……」
「そういうことだ。頼んだぞ」
「ううう……あたしのお給料、なくなっちゃう……」
「給料からじゃなくて、組織から調達すれば良いじゃないか」
「その……今回は、組織とはインディペンデントで行動しているので……だからキョンくん、古泉さん、少しだけでもお金を……」
『ヤです』
 何故だかハモるSOS団男性デュオ。理由は……まあ言わなくても分かるだろう。

 しばらく橘は煮枯らしたお茶を飲んだような顔をしていたが、やがて俺達を見据え、軽く頬を膨らませ、
「……二人ともいじわる」
 と拗ねた。
 うむ。やっぱりこんな感じで拗ねる橘に萌え……冗談だ。


 





 現時刻は12時14分。予定の時刻は既に過ぎ去っている(勿論橘が原因だ)。超能力ツインテール少女を加えた俺達一行は、ハルヒの待つ喫茶店へと足を向けたのだった。
 橘を連行した理由は簡単だ。SOS団団員が何かイベントを決行する以上、団長の許可を得る必要があり、例え団長以外の4人が賛成していても、団長が反対したらその意見は否決されるのだ。言わば国際連合の常任理事国みたいなものだ。
 ハルヒを説得するのは容易……かどうかはわからない。ひとえにハルヒの機嫌次第だからな。
 とはいえ、話をしない限り進展は望めない。ならば直接本人を差し出し、証人喚問をしたほうが手っ取り早いと考えた俺達は橘を拉致し、こうしてハルヒ他女性陣の待つ喫茶店へと直行したのだ。

 ハルヒは多少不機嫌な様子で、店員に注いでもらったお代わり自由のホットダージリンを3秒で飲み干し、俺達を見つけるや否や店内なのにも関わらずサラウンドスピーカーのようにがなりたてた。
「おっそーい!キョン!コンビニでエロ本の立ち読みでもしてたんじゃないんでしょうね!」
 違う。高校生が真昼間からコンビニでエロ本の立ち読みなどできるか。頑張ってヤング○○の系統を読む勇気しか俺にはない。
「これだけ時間をかけたんだから、不思議なものの一つや二つ、見つけたんでしょうね?」
 ああ、見つけだぜ。正真正銘、不思議なもんだ。
「本当!?嘘じゃないでしょうね?早く見せなさいよ!」
 俺の言葉に、ハルヒは今まで見せたことのないくらい目をキラキラ輝かせていた。先ほどまでの不機嫌さもどこ吹く風である。
「……ほら、これだ」
 そして俺は、ハルヒに不思議なものを見せてやった。

「……こ、こんにちは。お久しぶりです、涼宮さん……」
「…………」


 そして、ハルヒは不思議なもの――橘京子を見せた瞬間、死んだ魚のように目を濁らせたのだった。


「まあ……不思議なものと言えば不思議なものね……期待外れも甚だしいけど」
「不思議なもの扱いされてるのは癪に障りますが、期待外れって言われるとそれ以上にムッとします……」
「でもどうやって動くのかしらね、これ」
「しかもモノ扱いですか!モノ扱いはひどいです!」
「うわ!喋るんだ!!ビックリ!!」
「うわぁぁぁぁぁん!!!涼宮さんがいぢめるぅ~!!!」

 ハルヒに(いつも通り)苛められる橘。もしかしたら、ハルヒの丁度良いストレス発散品・玩具なのかもしれない。
 朝比奈さんを玩具扱いしたら俺も憤りを甚だしく感じるが、それが橘であれば文句はない。
 橘、少々頑張ってくれ。もう少し頑張れば古泉の機関から報酬がでるかもしれないぞ。


 俺と古泉にガッチリと挟まれ、被告人橘は裁判長である涼宮ハルヒに経緯を話し始めた。
 ハルヒは思ったよりも素直に橘の案を受け入れ、今度の試験休みを利用して皆で旅行に行くことが決定された。
 もちろんハルヒは速攻で佐々木に連絡を取り、佐々木も二つ返事で了承したようだった。
 橘も九曜と藤原に連絡をとり(橘、この2人の連絡先知ってたんだな……)、こちらも承諾の返事をもらったようだ。ただし橘が必死になって説得して、しかも条件付で不承不承の了承だったけどな。


 というわけで、2週間後の3連休。SOS団にとっては二回目の冬合宿が開催されることになったのだ。
 

 ――と、ここまでは概ね問題はなかった。
 しかしというか、やはりというか、こいつがしゃしゃり出てきてトラブルにならなかったことなど一度もなかった。
 つまり、今回も様々なトラブルとめぐり合うことになったのだ。

 ――橘京子の陰謀とともに。




 ※橘京子の陰謀(合宿一日目)に続く

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最終更新:2020年03月12日 01:03