ハルヒは変わった。
以前に比べ非常に社交的になったし、むやみやたらに怒ることも無くなっている。
もともとは美人のハルヒだ。そうなれば誰から見たって魅力的に写るだろう。
そして、そんなことを如実に表すかのように北高アンケートである結果が生まれた。
 
 
彼女にしたい女子No.1
 
涼宮ハルヒ
 
 
さすがに最初この結果を見たときは愕然としたね。普通朝比奈さんが一位だろ、とか考えて。
しかしまあ、俺のそれは単なる誤魔化しに過ぎなかった。
ハルヒが変わったことは俺自身が一番自覚していたからな。
 
 
アンケート結果が出た翌日の朝。俺はいつも通り遅刻するわけでもなく、かといって特別早くもない時間帯に登校した。
教室の扉を開けると、ハルヒの席の周りをクラスの女子が囲んでいるのが目に入る。
別段、最近では珍しい光景でもない。
当初はいじめられてるんじゃないかと思い独りで気にもんでいたが、今考えるとあのハルヒがいじめられるわけもなかったな。
 
席に着き机に突っ伏す。
前は恒例だったHR前の雑談も今は全くない。
ふと、後ろの席の話し声が聞こえてきた。
やることもない俺は素直に耳を傾けることにする。
 
「アンケート、やっぱり涼宮さんが一番だったわね」
「まあ当然よ。涼宮さん女の私たちから見てもかわいいし」
 
……本当に随分と変わったもんだ。
昔は阪中くらいしかそんなことを言う奴はいなかったのにさ。
その阪中もハルヒと一緒にいるところを近頃見かけない。遠慮しているようにも見える。
 
「ちょっと言い過ぎだって」
「そんなことないわよ。あっ、それより昨日七組の人に告白されたんだよね。どうしたの?」
 
心臓が飛び出るかと思ったね。
……ハルヒが、告白された?
どうしたんだ俺。なぜこんなに動揺している?
元はと言えばハルヒを普通の人間にしてやるためにSOS団には入ったんじゃねえか。
そうさ、これは喜ばしいことだ。
 
良かった良かった。これでめでたくSOS団も……………解散、するのかな………。
 
もう、あんな不思議体験をすることもなくなるのか?
もう、あの部室で放課後を過ごすこともなくなるのか?
もう……ハルヒと一緒に笑うことはできなくなるのか………?
 
「まだ返事はしてないわ。だって突然だったんだもん。まあ直に告白してきたのは評価してやってもいいわね」
「付き合った方がいいよ。だってかなり格好良かったじゃない」
「あれ、でも涼宮さんキョンくんと付き合ってるんじゃないの?」
「そうなの?でも涼宮さんなら古泉くんとかの方がお似合いよね」
「キョンくんってなんか地味だし」
 
きゃあきゃあ騒ぐ女子達。
……いい加減、ムカついてきた。
女に怒る趣味なんか一ミクロンほども持ち合わせていないが、今回は何故か我慢できない。
意を決して席を立ち上がろうとしたとき
 
「ちょっとひどいのね。わざとキョンくんに聞こえるように言ってるようにしか見えない、最低!」
 
………阪中?
 
「何よ阪中。あんたに関係ないでしょ」
「確かにあたしには関係ないのね。でもそんなひどいこと黙って聞いてるほど我慢強い人間じゃない。涼宮さんもどうして何も言わないのね!?」
「あたしは別にキョンなんか……」
「嘘!涼宮さんはキョンくんのことが――」
 
バンッ!!
 
クラス中が静かになった。
まあ、原因は俺だけどな。
俺は机に叩きつけた手の痛みに堪えながら言った。
 
「阪中、ありがとな。でもいいよ。
……俺はな、最初からこいつをまともにするために存在していたようなもんだ。だからこいつがまともになった今、これ以上付きまとう必要もない」
「あんたいきなり何を――」
「SOS団も晴れて解散だな。ありがとよ涼宮、今まで楽しかった」
「キョンくん!」
 
阪中の声に反応することもなく、俺はその場の勢いのまま教室を出た。
 
 
後悔ばかりが頭の中を襲う。
何故あんなことを言っちまったんだろうか。これでSOS団も完全に終わりだ。
それに、俺は何に対してあそこまで熱くなっていたのだろう。
SOS団のため?
 
当然それもある、だが……違うだろ………いい加減誤魔化すなよ……これは、馬鹿みたいな嫉妬だ……。
我ながらあきれてしまう。こんな取り返しの付かないようなことをしておいて、今更気づくなんて。
 
…………俺は、ハルヒが好きだった………
 
そう、誰にも取られたくないくらい。誰にも見られたくないくらい。
それが男子であっても女子であってもSOS団であっても。
俺はハルヒの全てを愛していたんだ。ハルヒの手を、ハルヒの声を、ハルヒの性格を、ハルヒの……俺にだけ見せてくれていた太陽のような笑顔を。
 
ふらつく足で何とか部室にたどり着いた。
もう二度と来ることもないだろうから最後くらい、な。
室内を見渡す。本当にいろいろなものがある。
ボードゲーム、本、コスプレ衣装……そして、そんな中一段と目立つパソコンが乗った団長机。
 
俺は引き付けられるようにその机に座った。
あいつはいつもここからどんな景色を眺めていたのだろうか。
長門の本を読む様子、朝比奈さんがお茶を煎れる様子、古泉と俺がアナログゲームをする様子。
成る程な、ここからなら確かによく見渡せる。
楽しそうにしてる俺たちみんなが。
突然、目の前がぼやけた。
次第に机の上に一つ二つとシミができる。
………本当に、情けねえよ………みんな、ごめんな……
 
 
 
耐えきれなくなりキーボードに頭を下ろした。
今となっては懐かしい香り。二度と感じることが出来ないかもしれない匂いがする。
そして俺は、それに包まれるかのように深い深い眠りに落ちた――
 
 
 
 
―――――――――――――意識が覚醒する。
 
俺は何してたんだっけ?
確か部室で……ってここどこだよ。
やけに暗い場所だが……妙に懐かしい。
 
そのとき唐突に理解した。これは夢のようなものだと。
何故かと訊かれても困る。
解ってしまうんだからしょうがない、と言うほかないな。
 
「――――」
 
不意に人の気配がしたので振り向くと、1人の男が女と向かい合っていた。
女の方は背中だけしか見えないがよくわかる、間違いなく涼宮ハルヒだ。
対する男は、悔しいくらいにイケメンで正直ハルヒとお似合いだと思う。
 
「――――」
 
ハルヒが何か喋ったらしいが何も聞こえない。
しかしその言葉を聞いたとたん、男の顔が酷く歪んだ。
 
「――――」
 
男も何か喋る。
次の瞬間、男がハルヒを押し倒した。
 
…………そう、か…結局は、そうなったんだな……。
……仕方ねえよ……あんなやつに告白されて断る奴なんかいねえって……。
 
だんだん頭が重くなってきた。これで本当に目が覚めるんだろう。
何故俺がこんな夢を見たかは知らんがこれだけはわかる。
 
今ここで起きていることは現実だ。
 
夢だと散々言っていたがわかるのさ。
夢であって夢でない。あのときと同じ様に。
 
「じゃあな涼宮。これで本当にお別れだ」
 
俺がそうこぼすと、頭が一段と重くなる。
 
意識が途切れる――
 
その直前、確かに俺は聞いた。
 
「――キョン!!」
 
 
 
 
―――あいつが呼んでる。
 
目を覚ました俺は部室を飛び出した。
場所は、もうわかっている。
 
『協力しなさい』
 
ハルヒが俺をSOS団に入れた場所。
 
『あたしの新クラブ作りよ』
 
全ての不思議体験の始まりの場所。
 
階段の、踊場だ。
 
俺は階段を一段飛ばしで駆け上がり急いだ。
起きたばかりで酸素が体に行き届いてないのか、すぐに息切れを起こしてしまった。
畜生、急がねえと、急がねえとハルヒが危ないのに――
くそっ、足が折れてもいい。さっさと登れよこの野郎。
 
「いやっ、キョン!!」
 
ハルヒの声がはっきりと聞こえた。
俺は思いっきり叫ぶ。
 
「ハルヒ!!」
踊場に着いた俺が見たのは、夢に見たときと同じ……いや、それよりたちが悪い。
 
ハルヒがキスをされていた。
 
押し倒されて、涙目になりながら。
もう俺の頭に冷静な部分など残っちゃいない。
 
俺は男の右頬を力いっぱい殴ってハルヒから引き離す。
 
「キョン、あたし……あたし………」
 
ハルヒが抱きついてきた。
嬉しいが少し待っててくれ。こいつを殺すのが先だ。
ハルヒを引き離して男のところへ向かう。
未だに倒れ込んでいる体を無理矢理引き起こして殴った。
何度も、何度も。ハルヒを傷つけたやつに情けなんかかけてやる必要ない。
 
どれくらい時間がたっただろうか、ハルヒが俺の手を止めてきた。
男は既にピクリとも動かない。
 
「キョンだめ……それ以上したら死んじゃう……」
「こいつは死んで当然のことをした。絶対に許さねえ」
「でも……」
 
ハルヒと言い争っていると、頭に衝撃が走った。
狭まる視界の中、男を見るとその辺りに落ちていたらしい角材を持っている。
やべえ、完全に油断しきっていた。
 
「キョン!キョン!!」
 
だめだ………意識が薄れてくる。せめて…ハルヒだけでも………。
 
「ハルヒ……逃げろ………」
 
もう……無理…だ…………。
意識を手放しかけたそのとき、誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。
 
「大丈夫ですか!!」
 
古泉?それに、長門、阪中も……。
 
「阪中さんは早く救急車を」
「わかったのね」
「長門さん、二人を頼みます」
「わかった」
 
………よかった……これでハルヒも安心だ……。
疲れた……ちょっとだけ、眠らせてくれ………。
 
 
 
屋上へと出る階段を登った僕が見たのは、泣いている涼宮さん、頭から血を流している彼、そして木材を手にしている顔を腫らした男でした。
 
 
 
閉鎖空間が猛烈な勢いで広がっている、僕はそのような連絡を機関から受けました。
しかし、涼宮さんはどこにもいない。
ですから阪中さんから最初に話を聞いたときは驚きました。彼が屋上へ続く階段に向かっている、とね。
機関でさえ……いえ、あの長門さんでさえ涼宮さんの位置を探索出来なかったというのに、彼はわかっていた。
きっと涼宮さんは彼に助けてもらいたかったのでしょう。
だから、彼だけにしか自分の位置を教えなかった。
結果的に命に別状がないのは幸いですね。
しかし、あの男性は少々おふざけがすぎたようだ。
ふふっ、そこは機関にお任せください。二度と彼らには近付かせません。
 
おや、そろそろ彼が目を覚ますようです。
りんごでも剥いて待っていてあげましょう。
 
 
 
真っ先に俺の目に飛び込んだのは、いつしか見た白い天井だった。
ぐっ…まだ少し痛むな。あの野郎、最後の最後まで腹が立つことしやがって。
 
「ようやくお目覚めですね。りんご、いかがですか」
 
いらん。
 
「そうですか。しかし、ふふっ」
 
何だ、いきなり。
 
「いえ、あなたには本当に感謝しています。あのままでしたら何の躊躇いもなく世界は消えていたでしょうから」
 
別にお前等のためにやったんじゃない。
俺はあいつの………………そうだ。ハルヒは何処だ?
この部屋には居ないみたいだが。
 
「涼宮さんでしたら、先程何処かにフラリとお出かけになられましたよ」
 
…………俺、ちょっとハルヒ探してくる。
 
「無理はなされないようにお願いします。それから、頑張ってください」
 
ウインクするな。気色悪いんだよ。
 
「ああ、それから――」
 
 
 
 
病室を出た俺は病院の中庭に向かった。
特に意味はない。ただ、あいつなら俺がいて欲しいところにいるだろうと思ったからだ。
で、やっぱりいた。
あのライブの後みたいに草の上に寝っ転がってやがる。
 
「よお、気分はどうだ?」
「………それ、あたしの台詞でしょ」
 
そうか、と言ってハルヒの隣に座った。
 
「ねえ、キョン――」
 
 
 
 
『ああ、それからあなたには言ってませんでしたが、最近はやけに閉鎖空間が多く発生しているんです』
『どういうことだ?友達もたくさんできて楽しそうだったが』
『ええ、確かに涼宮さんに友人は増えました。しかし、その代わりに彼女にとって一番大切なものが奪われてしまいましたからね』
『何だそりゃ?』
『あなたと一緒に過ごす時間ですよ。あなたと話し、あなたをからかい、あなたと笑いあう。それを奪われるのは彼女からしてみれば一番の苦痛です』
 
 
 
「あたし、キョンのこと――」
 
ハルヒの唇を優しくふさぐ。
あんなやつには勿体ないほど、そこは柔らかかった。消毒するように、あいつのことを忘れさせるように優しくキスを続ける。
その後、俺は唇をゆっくりハルヒから離して告げた。
 
「……ハルヒ、好きだ。この世界中、いや宇宙中の誰よりも……。どんなときでもお前を愛し続けると誓う。だから、もう二度と、離れないでくれ。俺もお前を離したりしない。絶対――」
 
今度はハルヒに唇をふさがれた。とても長く。お互いの息が続かなくなるまで。
 
「バカ。あたしがあんたを離したりするわけないじゃない。……あたしも好きよ、キョン。あんたが好きって思ってるよりも、ずっとずっと好き」
「そうかい」
「ねえ、キョン。あんた今、幸せ………ってやだ。何泣いてんのよ」
 
気が付くと俺は泣いていたらしい。
でも、これは部室で流した涙とは違うことだけはわかる。
それだけで充分だろ?今の俺の気持ちを伝えるには………。
 
 
おわり

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最終更新:2020年06月11日 01:33