さて、朝比奈さんが捕まっているとは、どういう意味だろう。
「さっき、みくるちゃんのクラスに変な男がたくさん押し掛けてね、クラス全員を人質にして、立てこもってるらしいの」
これはドラマか映画の撮影か? こんな何の変哲も無い県立高校の一クラスを人質にして、一体要求は何なんだ。千円よこせとか、そんな感じか?
「それで、キョンから電話がかかってきた事を鶴屋さんに言ったら、クラスメイトが協力して壁になってくれたそうなの。ヤツらに見えないようにね。だから電話出来たのよ。かなり小声だったけど」
そうか、それで、重要な事は何も分からずか。
「当たり前でしょ、犯人が自己紹介するとでも思ってるの? 第一、みくるちゃんが見切れるわけないでしょ」
まぁ、そこは同意しておく。じゃあ今度は古泉に電話してみるか。

 

 rrr……rrガチャ
こいつは早いな。
「もしもし、今何処です」
声に緊迫感がある。こいつも俺達みたく、修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。
「文芸部室だ。お前は何処だ」
「奇遇ですね、僕は部室棟の一階に居ます」
俺達の後ろを歩いていたのか。ということは、さっきのライフル野郎の近くに居るんじゃないのか?
「お察しの通りです。やや距離があるので声は聞かれませんが、油断大敵です」
それで、お前は何か知っているのか?
「残念ながら、何も把握出来ていません」
お前それでも副団長か。
「面目ありません。現在『機関』が総力を挙げて捜査しています」
何か分かったら連絡してくれ。それから、とりあえず今は全員が集まった方がいいと思う。今すぐに部室に上がって来てくれ。見つかるんじゃないぞ。
「了解しました、急行します」

 

 

 部室が、こんなに遠く感じられたのは初めてだ……。とにかく、あのライフルを持った人物に見つからないよう、ゆっくりと進むしかないな……。
 そう思い、腰を上げて立ち上がろうとした僕の視界に、突如異物が現れた。手の平……? そう分かった時には、僕の背中は既に廊下に接触していた。何が起こったのか、現状を把握しようと視線をあちこちに飛ばすと、迷彩柄のヘルメットを被った男の顔が、逆さまに見えた。声を出そうとしたが、口が開けられない。男の手で押さえられているようだ。その手を払いのけようと、男の手首を右手で掴んだ。すると男は左手で僕の右手を掴んできた。そして、小声だがはっきりと聞き取れる声で、言った。
「動くな、声を出すな。私は君の敵じゃない」
敵じゃないと言われても、いきなり後ろに倒されたのだ、誰が信じられよう。
「そのまま静かに聞け。私は救出部隊の一員だ。仲間が他に六名、既に校内に侵入している。我々の任務は、テロリストから君達を保護する事だ」
救出部隊……テロリスト……保護……それらの単語が、徐々に一本の線で結ばれていく。
「安全な場所まで退避してもらう。私と一緒に来るんだ」
どうやらこの人の言っている事に偽りは無いようだ。ライフルを持っている人物とは格好が違うようだし、それに何より、今はこの人の言葉を信じるしかない。
 僕が彼の手首を離そうとすると、同時に彼の手は僕の口から離れた。
「手荒だったので驚きました。二階の一室に、僕の仲間が居ます。僕を救出するなら彼らも一緒に救出してもらいたいのですが」
「よろしい。ではその部屋へ向かう。私の後ろを歩け」
彼は太ももの辺りから拳銃を取り出し、しっかりと握り締め、歩き始めた。僕はなるべく足音を立てないよう気をつけながら、後に続いた。

 

 変わらない強さの雨の中、雷光が走った。瞬間的に白く照らされた廊下。十メートルほど前方に、ライフルを持った男の姿がはっきりと視認出来た。今僕の直前に居る、自称救出部隊の人物とは少し変わった迷彩服を着ている。その上の黒いベストは、防弾チョッキだろうか。更に視線を上に移すと、男の横顔が見て取れた。頬の所に傷があり、素人目にも激戦を駆け抜けてきた事が容易に想像出来た。テロリストと聞いたが、あの風格から、かなり優秀な人物に見える。
 「強靭な肉体、頬の傷……あれは単なるテロリストではない……」
彼も一瞬の内に、男を見切ったようだ。
「彼らの正確な人数は不明だが、二十名以上という情報も入っている。長期戦になるかも知れんな」
何の変哲も無い、こんな山中の県立高校に立てこもる、その真意は何なのだろうか。テロリスト達の要求は……。
「君は落ち着いているな。恐怖ではないのか」
彼と目が合った。こんなに接近しているテロリストから目を離すとは……。この人は対人戦闘のスペシャリストなのか、それとも自意識過剰なだけなのか。
「何故か恐怖を感じません。この上で待っている仲間の事を、信頼しているからでしょうか」
過去に神人との戦闘を何度も経験してきたからとは、当然言えなかった。彼は驚く表情もないまま、言った。
「君は、いい軍人になれそうだ。さぁ、行こう」
テロリストが廊下の先を曲がった、その時を見計らい、彼と僕は階段を駆け上がり、文芸部室へ急いだ。もちろん、足音を消す努力を忘れていないが、雨音が手助けしてくれるのはありがたかった。

 

 二階にテロリストの姿は無く、安全に文芸部室へたどり着く事が出来た。と言っても、そこが既に敵の手に落ちている可能性も捨てきれない。彼は銃を構えながら室内に突入した。

 

 

 ハルヒの悲鳴を聞き、俺は振り返った。銃口と、鋭い二つの眼光が俺に向かってくる。さっきのやつが突入してきたらしい。もう駄目だ、谷口、もうすぐ会えそうだ。国木田、会えなくてすまん。こんな事になるなら、昨日のうちに攻○機動隊のDVD観ておくんだったぜ……。
「皆さんご無事でしたか、朝比奈さんはどうされました?」
俺の人生最初で最後の走馬灯の幕開けが、どうして古泉の言葉なんだ……。こんな時ぐらい、マイメモリーの朝比奈ボイスを全部再生しやがれ、俺の脳。
「それが、みくるちゃんのクラスが大変なの。それでその人は?」
今度はハルヒの声かよ……。そう言えば長門の声が聞こえないな……。
「ちょっとキョン、いつまで目食いしばってんのよ」
何か重大な間違いがあったような気がするが、この際気にしないでおこう。
「急に突入してきたもんだからな、焦ったぜ」
男は構えていた銃をようやく下ろした。俺ってそんなに危険人物に見えるのか……。
「すまんな、室内にテロリストが居る可能性が看過出来なかったのだ」
はぁ、さいですか。ところで貴方はどちら様ですか、今日は参観日ではありませんよ。
「この方は僕達を救助して下さる方です。今からこの件に関して説明してもらいたいのですが」
「よろしい」
俺達はとりあえずパイプイスに座り、男は必然のようにホワイトボードの前に立った。

 

 暗闇の密室――当然文芸部室だが――電気を点けないのは、テロリストに気付かれないためだ。向かいの校舎の廊下を、数人が巡回しているようだからな。
 そんな中、男は淡々と説明を始めた。
「現状を説明する。現在本校は、テロリスト集団によって占拠されている。彼らの人数は不明であるが、一説には二十名以上という情報もある。私は、君達を救出しに来た部隊の一員である。我々は今回の救出作戦のために編成された特殊部隊であり、私以外に六名が校内に侵入している。これより君達四名には、私に付いて来てもらう。校外に退避するためである。何か質問は」
長門みたいな喋り方の人だな……さすがに軍人ともなると、的確に言葉を取捨選択し、無駄の無い発言が出来るんだな。……軍人? この人は誰なんだっけ?

 

 「あの、どちら様でしたっけ」
俺は、この人に関する記憶を最初から再生してみたが、どこにも正体の手がかりを見出せなかったため、直接聞いてみた。
「私は、陸上自衛隊中部方面総監部、瀬戸三佐である。本作戦、オペレーション・デルタの指揮官を賜っている」
三佐と言うと、結構上の人だったと思うが、自衛隊が出動しているなら、これはいよいよ危ない。俺の想像以上に大事になってきているようだ。
「あっちの校舎に、一クラス全員が人質に取られた教室があるんだけど、どうするの?」
自衛官の、しかも佐官クラスの方に対するこの口の利き方。紛れも無い、我らが団長であるところの涼宮ハルヒ張本人だ。
「問題無い。現在他の隊員が突入準備を行っている」
「いつ突入するの?」
「司令部からの命令があり次第、という事になっている」
司令部からの命令。ゲームや漫画じゃあ、よくある話だ。大抵どこの司令部も無能で、現場の人間が苦労するって展開な。そんな事にならなきゃいいが。
 「人質の中には、我々の仲間が居ます。救出に参加させていただけませんか」
古泉、どこまで素人だお前は。自衛官と俺達がまともにタッグを組めるはずがないだろ。相手は神人じゃない、ライフルを持ったテロリストなんだぞ。
「残念だが、それは出来ない。我々の任務は君達の保護であり、君達を危険な目に遭わせる訳にはいかないからだ」
「しかし……」
「安心しろ、我々が必ず救出する。これ以上、一人の負傷者も出さない」
これ以上? 一体何人が負傷したんだ……?
「状況の発生は本日〇八五七時。テロリストの突入、その後の校内制圧の際、六名が死亡、二十余名が負傷した。現在、回収した重傷者は我々のキャンプにて治療中である」
俺が急激な睡魔に負けて眠ったのが、大体八時五十五分だったから……事件はすぐその後に起こったんだな。教室に俺とハルヒしか居なかったのはどういうわけだ? 谷口もクラスメイトも、全員で抵抗したのか? そんな馬鹿な話は無いよな……大体、谷口以外の奴等は何処に行ったんだ?
「既に半数以上の生徒が校内より退避している。しかし、君達のように残っている生徒が居る事も確かだ。我々は、生徒全員を捜索し、退避させる」
とりあえず、自衛官と一緒に居ればまず安全か。こっちにはハルヒや長門だって居るんだからな。鬼に金棒ってもんだ。

 

 「話は以上だ。これより退避を開始する。その際、私が先行し、安全を確保する。確保出来次第、君達に合図を送る。合図と同時に、私の居るところまで来るんだ。注意する、決して、繰り返す、決して音を立てるな。また、常時周囲を監視してほしい。何か異常が発見された場合、直ちに私に知らせろ。いいか、一人で考え込むな。何かを見たら、すぐに報告するんだ」
落ち着いた声色だな。実戦経験があるのだろうか。自衛隊の訓練は激しいそうだが、訓練だけでここまで落ち着いた態度を身につけられるものだろうか?
「最後に注意するが、これから校外へ完全退避するまでの間、一切音を立てるんじゃない。確約して欲しい。では行くぞ」

 

 瀬戸三佐は腰を低くし、扉に向かって歩き出した。その後ろを、俺、ハルヒ、終始無表情だった長門、スマイル退却・緊張気味の古泉が続く。長門の本が、窓際のイスの上に置かれていた。その光景を最後に、文芸部室の扉は閉じられた。あの本……必ず取りに帰って来ような、今度は朝比奈さんも連れて、全員で。

 

 

SOS団の激闘 第三章                           SOS団の激闘 第五章

 

 


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