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 外に出てから気付いたが、夕闇に暮れていた空の色は段々と濃さを増していき、街頭が街を照らす時間帯になってきていた。
「どうも。」
「神人狩りお疲れさん。」
「まだ閉鎖空間の発生は絶えませんよ。同士たちが総動員で狩りに出ています。ああ、そこの二人は除いてね。」
「長くなりそうな話があるんだろ? 車内に入ろうぜ。立ち話はちと寒い。」
「あの……わたしも車に乗っていていいんでしょうか?」
 というの喜緑さんの声で、古泉が爽やかに答えた。
「できればあなたにも聞いておいて欲しいのです。どうかそのままで。」
 いや、きっとそういう問題じゃなくて、いくら五人乗りの車だとはいえ後ろ座席に男二人と乗るのはどうかという話じゃないのかね。
「まず僕の仮定の結論から話しましょう。僕の想定を総合するに……長門さんは自分だけの空間で世界改変を行ったのですよ。」
 また世界改変を……だと? お前、前の一件を知っているのか?
「かなり前の話ですが、長門さんから直々に。」
 古泉は話を戻しましょう、と一言言ってから、
「世界改変の意図は解かりかねますが……この世界に影響を及ぼさないようにしたのでしょうね。ですがその世界に入った瞬間、情報統合思念体とコンタクトが取れなくなった。そして今に至る、というわけです。」
 当然の如く俺は疑問の意を唱える。
「どうして解かる。」
「今も小規模なものを乱立している閉鎖空間ですが、一箇所だけ全く出現していない場所があるんですよ。まるで閉鎖空間がそこを避けているかのように。」
「……どこなんだ?」
 古泉は拳をかため親指だけをピンと立てて、窓の外へその親指の方向を向けた。
「ここ、北高ですよ。」
 喜緑さんがはっと何かに気付いたように北高を凝視しながら考え込む。なんだ、何かに気付いたのか? もう少し説明しろ。
「ふふ、相変わらず推理は苦手ですか?」
 前置きは要らん。
「ここ一体は、まるで隙間がないように閉鎖空間で埋め尽くされているのです。しかしどういう訳か、北高の敷地内だけはぽっかりと閉鎖空間の範囲に含まれていない……。」
「……長門の作り出した空間は、北高敷地内にあるってことか?」
「恐らく、敷地内全域に及んでいることでしょう。」
「ちょっと待て、なぜそんな小さな世界で改変をしたんだ? その世界をこの世界とそっくりに作り変えることもできたろうに。前はほぼ同じ世界だっただろ。」
「それが、長門さんにとってその空間は小さくて充分のようですね。それもかなり静かな。」
「静か?」
「情報統合思念体でさえ感付くことが出来ない空間ですよ? 全く、何の音沙汰も起こさない空間だということが考えられます。あまりに静か過ぎたため、誰もそれに気が付けなかった……。」
 確かに芯が通ってる仮定だ。
「まあ、静寂にさせる理由もまた解かりかねますが……恐らく誰にも気付かれない為なのでしょう。」
 喜緑さんも時折頷いている。そういうことだったのか、と言いたげに。
「それで、その空間に入ることは出来るのか?」
「一度閉鎖空間へ侵入する感覚で入ろうと試みたのですが……僕ではダメだったようです。」
 おいおい。
「そこで喜緑さん、あなたなら出来るかどうかということを訊きたかったのです。」
 喜緑さんは伏せ考えていた顔をあげて、
「……やってみます。きっと不可視遮断フィールドが展開されているのでしょう。長門さんが、どれほどの力をその空間へ注ぎ込んだかは解かりませんが、できるところまで。」
「お願いします。」
「最初に断っておきますが、入れたとしても長門さんがそれを解かない限り出てこられません。いいですか?」
「もちろんですよ。それ覚悟でこちらも臨んでいますから。」
 
 俺らが車から降りた時、もうとっくに下校時間は過ぎていた。校舎から一人……いや、二人の人影がこちらへ向かって来るのが見える。空はすっかり暗くなっているから、もう少し近づかないと顔までは確認できない。
「……朝比奈さん?」
「キョンくん!」
 ハルヒを精一杯におぶった制服姿の朝比奈さんが出てきた。
「ごめんなさい、先生に帰れって言われたのでどうしても……」
「いいえ、こっちこそ無理に押し付けてしまってすみません。……それで、ハルヒの奴は起きちまいましたか?」
「ずっと寝たまま。息をしてるのか心配になったけど、ちゃんと確認したから大丈夫ですっ。」
 ああ、仕草に話し方、全てにかけて可愛らしい。
「それで……みなさんお揃いで、何を?」
「あまり説明する時間はないんです。とりあえずハルヒをそのままお願いできますか?」
「は、ふぁいっ。」
 俺は喜緑さんにすうっと頷きの合図を送る。やっちゃってください。
「じゃあ、いきます。」
 喜緑さんは顔の前で両手を重ねて腕をピンと張った。その瞬間、何もない空間に揺れが生じる。まるで蜃気楼のような光景が俺の目の前に広がった。
 喜緑さんの両手から波紋のように波が広がる。それはだんだんと強くなり、喜緑さんの腕にも力がかかっているように見える。
「くうっ……これじゃあ……」
 喜緑さんは汗をかいていた。どんどん溢れている。
「どうしました!?」
「これが限界……ほんの少しの穴しか空けられないんですっ……入れたとしても……一人くらいしかっ……くうっ……!」
 どうやら迷っている時間はないらしい。
「古泉、入るなら今しかないぞ!」
「僕はご健闘を祈っておりますよ。」
「……! 俺が行ってもいいのか?」
「あなた以外に誰が居るというのです。あなたが適任ですよ。」
「頑張ってくだされ。」
「長門さんをよろしく、キョンくん。」
 まるでラスボスの本拠地へ乗り込む主人公みたいなポジションだな、今の俺。こんな皆に見送られるのも悪くは……
「キョンくん」
 朝比奈さんの凛とした声が届く。
「まだよく理解できてないけど……待ってますよっ。」
「はい……!」
 俺は波紋の広がる中心に近づく。
「喜緑さん、どうすれば?」
「……わたしが手を離すから……その瞬間に、波の中心へ思いっきり……飛び込んでください……!」
「解かりました!」
「いきますよ……さん、にい、いちっ!」
「うおお!」
 
 グニュウン、と時空がズレた時にはこんな音がするんじゃないかと思う効果音を立てて、俺は長門の空間へ飛び込んだ。
 
 
 
「うわっ……?」
 校門を過ぎた先の乾いた地面に着地したはずだが、俺はグチュリと音をたてて水でぬかった地面に直立した。
 それより、この申し分なく俺の体に降りかかる無数の雨の針。強く既視感が残る光景。……なるほど、これが正夢というやつなのかね。
 空はまるで白い紙で蓋をされたかのように真っ白で、あと数時間ここに居たら洪水発現の瞬間を見れることだろうが、今はそんなことに興味はない。
 長門がこのどこかに居るんだ。
「長門ーっ!!」
 叫んでみるが、返答はない。
 髪やら服やら、もう全身が突き刺すような雨によって濡れる。でも、構うものか。やっとここまで来れたんだ。
 俺は思い切り一歩を踏み出して走り、長門の名を叫びながら校舎の中を調べだした。一番居る可能性が高いのは……はやり文芸部室か!?
 部室棟へと続く渡り廊下を走っていたところで何かに気付き、ふと左を向いてみる。ポツポツと至るところがハゲかけた芝生の先にある一本の木――その根元に…………居る。
 
 そこには、雨雲の涙をたっぷりと受けたショートカットの女の子が、濡れた髪先からぽとぽとと雫を垂らして佇んでいた。
「……っ、長門!!」
 叫んだ時にはもう走り出していた。
 俺の声に気付いたのか、長門はこちらを向いたあとに信じられないような顔で俺を見た。
「……どう……して……」
 長門は例の小説を両手に持っていた。あの反則的なデタラメ力もないのに……相当重かったんだろうな。
「……っ!」
 夢中で抱きしめる――なんて、よく恋愛ドラマや小説なんかである表現だが、今までイマイチ感じが解からなかった。だけどたった今解かったね。なぜなら、俺は夢中で長門を抱きしめたんだからな。
 身体はまるで氷のように冷たく、抱きしめた拍子で小説がドスンと地面に落ちた。ページがパラパラとめくれる。
「長門……もう……俺の前から居なくならないでくれ……!」
「…………」
「長門……戻ろうぜ、元の世界に。」
「…………ダメ……」
「ど、どうしてっ……!」
「ダメなの……!」
「ダメって、何が!」
「あなたが……あなたがっ……!」
 長門の俺の制服を掴む力が強まる。
「長門……おい、どうした!?」
「はぁ……はぁっ……」
 息が荒い。体も小刻み震えて……
 
 その瞬間、小説の見開きの二ページが光り出した。比喩ではなく……目を突き刺すような光が広がった。
 あまりの眩しさに俺は目をつむった――
 
 
 
 目を開けたら、俺は宙に浮いているような――いや、実際宙に浮いていた。それしか言い様がない。
 今の状況は、空中に立つことは出来ないという俺の固定観念を軽々しく打ち破っている。空間に透明な床を作り出したかのように俺は空中で直立している。
 意味も訳も解からなかった。長門はどこへ行った? 学校は? 小説は?
 そしてここは……駅前? そうだ、いつもの待ち合わせ場所である駅前の五メートル程上空に俺は位置している。
 よく観察すると、雑踏を生んでいる人々の中に一人、佇んでいる女性がいる。背丈から見るに、恐らく高校生だろう。
 髪型はショートカットで、雰囲気はどことなく長門に似ている。だが、長門ではない。決定的な証拠として、この女性の髪の色は黒だ。茶気がかかっているかもしれない。
 そこに一人の男性が現れた。少し背は高めで、こっちも髪が真っ黒だ。女性と親しそうに挨拶を交わしているから、きっと友達かそれ以上の関係なのだろう。
 二人が歩き出して、俺も無意識のうちに二人を追うように歩き出していた。
 何かが解かるような気がするから。
 
 駅前よりは人通りが少なくなった道を歩いているせいか、だんだんと二人の会話の内容が聞こえるようになってきた。(……まてよ)
「そういえば、この近くの総合デパートの中にでかい本屋があるんだ。そこに寄ってみないか?」
「うん、行く。」
 総合デパートの本屋――俺も知っている。雑誌をパラパラと読む程度にしか寄ったことがなかったが。……今度の不思議探索で長門とペアになった時、連れて行ってやろう。(おかしい)
 
 デパートに入ると、クリスマス用品が立ち並び、赤と緑の装飾品が入口を華やかにしていた。
「あれ……今日何日だっけか?」
「十二月十五日。」
 十五日? 今日より後じゃないか、これは過去の話か何かじゃなかったのか?(ちがうんだ)
「そうか、クリスマスの丁度十日前だからこんな赤と緑ばっかなんだな。」
 男性は女性の名を呼びかけてから、
「お前は何か欲しいものはあるか? あったら買ってやるぜ。」
「うーん……」
 女性はしばらく考えてから、
「厚い、すごく厚い小説が欲しい。」
「しょ、小説……?」
「うん、小説。」
 考えておくよと男性は行ってから、本屋への道をまた歩み始めた。
 十二月十五日か……もしかしたらその日に行けばこいつらと会えるかもしれないな。(バカ野郎)……なんてね。
 
 一時間ほど二人の動きを観察していたが――まったく、俺はなにをすればいいんだ――ただ男性は週間雑誌や月刊雑誌、女性は推理小説や恋愛小説を読んでいただけで、これといって目立って何かをしている様子はなく、ごく普通である。(きづけ。そうじゃない)
 男性が奥の方まで本を漁り見ていると(そこだ)、一番奥の本棚の隅に、大きな、そして分厚い……。
「なっ……!?」
 俺は目を疑った。男性が手に取ったその本は、長門が読んでいたあの超分厚い小説そのものであった。表紙も背表紙もなく、ただ黒一色の本。だが、決定的に何かが違っていた。
 ページに文字がないのだ。全ページ真っ白で、目次もあとがきも何もかもがない。
 男性はそのままそれをレジまで持って行き、会計を済ませて女性の元へ歩いた。
「……なに? その大きな袋。」
「まだ秘密だ。そのうち解かる。」
「……ふうん。」
 その後、二人はデパートを出た。そのまま出口のすぐ近くにある横断歩道を渡ろうとして――
「危ねえぞ、おい!」
 サングラスをかけた男が運転するスポーツカーが猛スピードで信号を無視。このままだと二人は撥ね飛ばされてしまう。
 男性は女性の名前を叫んだ。そして、彼女の服の襟を掴み、後ろへ思いっきり投げる。
「きゃあっ!」
 女性は歩道に倒れて、男性はそのまま車に――
 
 小説の入った紙袋が女性の元へ飛び、男性が撥ね飛ばされた瞬間、俺の意識は遠のいた。
 
 
「……はあ、……はあ、……はあ……」
 俺はざあざあと雨が降り止まない長門の空間で四つん這いになっていた。
「……それから、彼は死んだ。……彼女をこの世に残して……。」
 はっと顔を見上げる。まさかそれって……
「その後、彼女は彼の買った小説に文字を記していった。今までの自分と彼の日常を鮮明に思い出して、真っ白な頁に一頁ずつ……。あれが、彼女にとって最後のプレゼントだったから。」
 俺は体勢を立て直し、長門の話に耳を傾ける。
「この小説の描写は……全てわたしたちの日常の模様と一致していた。……学校での話も、図書館での話も……」
「…………」
「……だからっ……あなたも死んでしまうんじゃないかと思って……わたし……!」
 長門は崩れるようにそのばにしゃがんで、顔を伏せる。
「あの日と同じにならないように……ここから出たくはなかった……!」
「長門……」
「出たくない……居なくならないでっ……!」
 長門の震えが強くなる。こんなに辛そうな長門は……見たくない。
「長門……俺は居る……」
 そっと長門を包み込むように抱きしめる。
「俺は、ここに居る……!」
「……っ!」
「ずっと一緒に居てやる、ずっと、ずっとだ。死んだりなんかしない。」
「……うっ……」
「俺はお前が居ないとダメなんだ……お前が居ない世界なんて、生きた心地がしなかったんだ。」
「……うっ、ぐすっ……」
「長門、皆の場所へ戻ろう。皆だってお前を待ってる。ハルヒや朝比奈さん、古泉や喜緑さんも、森さんと新川さんだってお前を待ってるんだ……!」
「っ…………」
 嗚咽するような長門の泣き声はだんだんとおさまってきて、長門はようやく顔を上げて、頬を真っ赤にして俺を見つめた。
 その瞬間、俺の体中と脳の思考回路が何かの感情に全て支配された。それと同時に、雨が地面を打つ音がまったく聞こえなくなるようになり、無音の静寂がこの空間を覆う。
 そうだ、俺は今まで何を躊躇っていたんだ。気持ちを誤魔化す必要がどこにあったというんだ。
 長門のことを……こんなにも想っていたのに。
「……長門。」
「……?」
「俺さ……」
 
 俺はそのまま――静かに……唇を――
 
 
 
◇◇◇◇◇
 
 彼女は、彼へ気持ちを伝えられなかった。
 彼もまた、彼女へ気持ちを伝えられなかった。
 彼女はそれを悔いて、この小説を書いたのだ。
 
 これ以上、永遠に想いが重ならない恋を……創らぬように。
 
 
 最初、彼が何を言っているのか解からなかった。
「……長門。俺さ……」
 彼はわたしにはっきりと想いを告げてくれた。
「お前のこと、好きなんだよな。」
 彼がわたしを抱き寄せて、唇を重ねあう。
 彼はわたしが好き。
 わたしは彼が好き。
 ……それだけでいい。他に何も要らない。
「…………わたしも。」
「……ん?」
「きっとあなたが想っている以上に、わたしはあなたのことが好き。」
 ただ、それだけ。
 
 この小説の最後のページ。そこには、こう――記されている。
 
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 これは実話をもとにした、ある男女の日常を描いた恋愛ラブストーリーである。
 
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