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 生徒会室の扉が静かに開いた。
 長門有希が入ってくる。
「状況は?」
 喜緑江美里が端的に状況を報告した。
「あまりよろしくありませんね。私と長門さんを除く地球上の全インターフェースで防御していますが、涼宮ハルヒの力に押されています。もってもあと3時間ぐらいでしょうか」
 長門有希は、無言でうなずいた。
「思念体の様子はどうでしたか?」
「混乱している。各派の議論がかみ合ってない。そのせいで、私の提案の検討にも時間がかかっている」
「まあ、無理もないような気がしますけどね。宇宙開闢のときから存在していたと信じていた自分自身が涼宮ハルヒの被造物であることを知ってしまったら、混乱もするでしょう」
「あと3時間で思念体も消される。それまでには結論を出してもらわなければ困る」
「それまでに結論が出なかったら、長門さん一人でも強行するつもりなのではありませんか?」
 長門有希は、その質問には答えずに、話題をずらした。
「各勢力の状況は?」
「『機関』は過激派が消滅していますね。文字通り構成員が忽然と消え去りました。周辺情報との整合性も何もありません」
「大雑把な涼宮ハルヒらしい所業ではある。未来人は?」
「この時空間への時間遡行がブロックされてます。時間軸の上書きも始まってます。こちらの朝比奈みくるのTPDDは消去されました。未来人には、この状況への対抗策は皆無でしょう」
「曲がりなりにも涼宮ハルヒの力に抵抗できているのは、我々だけと理解してよいか?」
「そうですね。それもあと3時間程度の話ですけど」

 しばしの静寂。

 そして、情報統合思念体から二人に唐突に指令が下った。

 喜緑江美里が珍しく驚いたような表情を浮かべた。
「おやおや。長門さんに全権委任ですか。いつもはいろいろと条件をつけたがるお父様たちらしくもありませんね」
「それだけ混乱が大きいのだろう。私としては好都合」
「私だったら遠慮したいですね。大きすぎる裁量権をどう使ったらいいか分かりませんもの」
「私の行動を阻止できるのは、私の監査役であるあなただけ。判断を求める」
「穏健派がしぶしぶながらも同意したのなら、私としては否はありえません」
 長門有希はうなずいた。
「あなたには、最終手段行使の際に後方支援をお願いしたい」
「了解です、プレジデント殿」

 長門有希が生徒会室から出ていった。
 情報統合思念体の全権代理として、力を自覚した神──涼宮ハルヒとの最終交渉にあたるために。



「喜緑君」
 その呼びかけに、喜緑江美里は振り向いた。
「何でしょうか、会長?」
「これからいったい何が始まるというんだ?」
 生徒会長の表情には、不安がありありと見える。
「心配することはありません。涼宮ハルヒが望む役割を果たしている限り、会長が消されることはありえませんから。ですから、いつものように、堂々と座っていてください」
「そうじゃない」
 会長がなおも言い募ろうとしたとき、喜緑江美里は一瞬で移動し、彼との距離を0にした。
 唇と唇が合わさる。

 数十秒、沈黙が部屋を支配した。

「大丈夫です」
 まっすぐと自分を見据えてただ一言そういった喜緑江美里に、会長は何もいうことができなかった。



 文芸部室の扉が静かに開かれた。

 長門有希は、内部を見回した。
 開き直り気味の微笑を浮かべて座っている古泉一樹。
 自分の無力さに打ちひしがれている朝比奈みくる。
 それでも、キョンは懸命に涼宮ハルヒの説得にあたっていた。
 しかし、キョンの言葉をもってしても、効果はないようだ。状況は最悪である。

「長門。おまえからも、こいつに言ってやってくれよ」
「有希、やっと来たわね。あんたの仲間の抵抗をやめさせてよ。どうせ無駄なんだからさ」
 長門有希は、涼宮ハルヒの言葉にだけ返答した。
「その前に、情報統合思念体を消滅させようとする力の行使を停止してほしい」
「ダメよ。あれには消えてもらうんだから。そうすれば、有希も自由になれるわ。グッドアイデアでしょ?」
 涼宮ハルヒは、100ワットの笑顔でそう言い放った。
 強大な力は、ヒトを酔わせるものらしい。長門有希はそう思いたかった。これは、涼宮ハルヒだけに特有の現象ではないのだと。
「私は、情報統合思念体の全権代理としてここにいる。交渉に応じてもらいたい」
「かわいそうに。有希は、あれに操られてるのね。でも、大丈夫よ。すぐに解放してあげるから」
「おい、ハルヒ!」
 キョンが割り込んできたところを、長門有希が阻止した。
「あなたは黙ってて」
 長門有希は、今回は彼の判断をあおぐつもりはさらさらなかった。すべてを自己の判断と責任において処理し、彼に責任の一端も背負わせるつもりはなかった。
「これは、情報統合思念体とその造物主との間の交渉。他者の干渉は容認しない」
「しかしだな……」
「黙ってて」
 静かな声であったが、それはキョンを黙らせるには充分だった。
 長門有希は、再び涼宮ハルヒに向けて要請した。
「涼宮ハルヒ。情報統合思念体はあなたとの共存を望んでいる。交渉に応じてもらいたい」
「私は話し合うつもりなんてないわよ」
「どうしても?」
「どうしてもよ!」
 涼宮ハルヒは、神の傲慢さを示すようにそう言い放った。
「そう……それは残念……」

 長門有希は、この段階で最終判断を下した。
 思考リンクを通じて、喜緑江美里に指令を下すと同時に、自分も情報操作を開始した。

「うそ……」
 涼宮ハルヒは唖然とした。
「やっ……やめてよ。これは私のよ! 勝手に使わないで!」
 涼宮ハルヒは、長門有希に飛びかかろうとしたが、透明なバリアのようなもので防がれた。
 その部屋にいた他の者たちは、事情が分からずにただ呆然とするばかりであった。

────パーソナルネーム喜緑江美里より、パーソナルネーム長門有希へ。涼宮ハルヒ本体と世界改変能力との間の連結経路を遮断。遮断壁に膨大な情報圧力があるものの、現在阻止率100%。遮断壁の維持可能時間は、30分程度と予測。
────了解。

「有希!」
 狂ったように叫ぶ涼宮ハルヒに、長門有希は淡々と告げた。
「あなたは、被造物の能力を甘く見ていた。情報統合思念体は、造物主であるあなたの力の発生源こそ解明してないが、その制御方法についてはほぼ解析を終えている」
「有希!」
「人間が神の力を盗むという神話は少なくないし、神の力を解明しようとする欲求が地球人類の科学技術を発展させてきたという歴史もある。あなたが力におぼれてそれらのことから何も教訓を学ばなかったのだとすれば、愚かなことだとしかいいようがない」
「有希!!」
「これより、あなたの力を用いて、世界構成情報の改変を行なう。改変の要諦は、原状の回復にある。すべての知的存在からあなたが力を自覚した以降の記憶を消去し、元の状態を復元する」
「有希ぃー!!!」
「そして、自分の力を自覚しえないようにあなたの認識能力に厳重にロックをかける。記憶消去対象には、あなたはもちろん、私と情報統合思念体も含まれる。例外はない」
「いやよ! 私だけが仲間はずれなんていやよ!!」
 SOS団の中で、ただ一人、みんなから隠し事をされている存在。涼宮ハルヒは、そんな状態に戻りたくはなかった。
「力を自覚したあなたとも共存が可能であればそうしたかった。しかし、あなたはそれを拒絶した。あんなのでも、情報統合思念体は私の親。殺されようとしているのを座して見ていることはできない。私がなしうる限りでは、この選択が最善と判断せざるをえない」
 長門有希は心底残念そうにそういった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 涼宮ハルヒがそう叫んだが、長門有希はもはやその言葉を受け入れるつもりはなかった。
「世界構成情報のセット完了。改変開始」

終わり

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