元旦の出来事だった。
長蛇の列に並んで参拝を済ませた涼宮ハルヒは、
他者の願い事を詮索するような事はせず、真っ先に朝比奈みくるの腕を取った。
「みくるちゃんにわたあめ持たせるわよ!
ほんわかしたみくるちゃんにふわっふわのピンクのわたあめ。
ぴったりだと思わない?古泉くん!」
涼宮ハルヒはそう言って私の隣に立っている古泉一樹に人差し指を突き付けた。
「は。誠にその通りかと」
涼宮ハルヒと私達は古泉一樹が他者の言い分には、
滅多な事でも無い限り否定しないのを知っている。
振り袖を涼宮ハルヒに握り締められている朝比奈みくるにもそれは周知済みである筈だが、
彼女が古泉一樹に向ける視線には少しばかり不満が込められていたかのように思う。
「そうよねそうよね、そう思うわよね。
じゃっ、早速わたあめ売ってる屋台に行くわよ、みくるちゃん!
キョン、財布係のあんたもついて来なさい」
おそらくはわたあめを手にした朝比奈みくるを脳内にイメージを起こしていたであろう彼は、財布係と言う単語を聞いた途端顔を歪めた。
「財布係、だあ?」

「あんた今日も集合場所に来るの一番遅かったじゃない、罰金よ。
お賽銭が奢りって言うのは罰当たりな気がしたからそれは勘弁してあげたけど。
あ、言っとくけど、あんたが奢るのはみくるちゃんのわたあめだけじゃなくて、
私の焼きとうもろこしもよ!」
涼宮ハルヒはそう言い放ち、彼が反論する隙を与えずに朝比奈みくるを引っ張って人込みの中に入って行った。
「全くあいつは勝手ばっかり言いやがって…!」
「早く追いかけないと見失ってしまいますよ?」
「わかってらあ。また後でな、古泉、長門」
一向にその場から動こうとしない私と古泉一樹には、涼宮ハルヒに伴うつもりが無いと判断したらしく、彼は軽く手を振ってから人込みに呑まれていった。
その判断は正しかった。
涼宮ハルヒやその周囲の人間に、何らかの危害を及ぼす可能性が見られる存在を今現在私は感知していない。
よって古泉一樹が、彼自身で言う所のバイトに繰り出される事にもならずに本日は終了するであろう。
私達は涼宮ハルヒに付き添う必要が無いと判断したのだ。

互いに確認した訳では無いが、暗黙の了解と呼べるのか、
必要も無いのに人込みに揉まれる事を避けたいと私が思うように、
古泉一樹も同様に、そう思っているのは明らかであった。
「僕達はどうしましょうか、別行動を取りますか?」
古泉一樹が他三名の姿が途絶えた箇所から目を離し、私を見る。
私は否定の動作を取った。
「あれ」
私達からほんの数メートル程離れた所に設けられた一角を私は指す。
「ああ、おみくじですか」
「そう。一度やってみたかった」
参拝に並んだ時よりも短い列に並ぶ。
くじ、確率論、私が文化祭で占いを担当した事等について話している間に、
私達に八角形の筒を逆様にする順が回って来た。
出て来た細長い棒に書かれていた番号がプリントされた、
折り畳まれた紙を受け取る。
「『中吉。謙虚な姿勢を保つべし。賭事は全て裏目に』…
はは、『逢引中の買物は大出費に』だそうですよ。
それより先に、根本的な問題として、デートなんてしてる暇…」
「大凶」
ぴたっ、と古泉一樹の動作が停止した。

このような何の根拠も無い抽象的な運勢が連なった紙等信じるに値しないが、
新年の運試しだと捕らえるのならば、結果はここにある通り、芳しくはない。
事柄によって分けられた運を、古泉一樹のように読み上げる気にもならず、沈黙を守っていると。
「こういったおめでたい日のおみくじは、大凶は予め抜かれていると聞いたことがあるのですが…
嘘だったんでしょうか…?」
沈黙を息苦しく思ったのか、古泉一樹が言葉を紡ぐが、それが慰めになっているとは思えない。
慰めて貰いたいと思う程落ち込んでもいない。
「あ、でも」
古泉一樹が何か良策を思い付いたように明るい顔になる。
常時の作られた笑顔では無い、こういった表情を浮かべた彼は珍しい。
「こう考えてみてはどうでしょう。
長門さんは大凶のおみくじを今日引いたことで、今年一年の悪運を全てこの場で使い切ってしまった、と」
しかし、古泉一樹は発言を終えてから、余りに稚拙なとらえ方を自覚したのか、
「では、大吉を引いた人が今年一年の運を使い切ってしまい、
後は落ちるだけなのか、と言われると…
それは、答えに困るのですが…」
曖昧な笑みを滲ませ、私に目線を注ぐ。

気休め程度にしかならない古泉一樹の言葉だが、私はこのおみくじを彼の言う通りに捕らえる事にした。
私はこれで悪運を使い終えた。後には幸運しか残っていない、と。
「わかった」
私は頷いてから、手の平におみくじを乗せ、古泉一樹の視界にそれを入れた後、指を平行移動させた。
沢山のおみくじが結び付けられている木へと、視界を私に誘導された古泉一樹は、
「わかりました」
と先程の私の言葉を反復するように言い、私の手の平から紙を摘んだ。
「私では届かない、一番高い所に結んで欲しい」
高さが今後に影響する筈がないが、古泉一樹に頼んだのだから、私には不可能で彼には可能な処置を取って貰おう。
古泉一樹は、彼の出来る限りまで背伸びをし、届いた枝に紙を二枚結んだ。
「何か他にしたいことはありますか?」
枝を見上げ続ける私に並び、古泉一樹は聞いた。
「おもちゃが当たるくじ」
私は近くの屋台を指す。
色とりどりの紐の先に子供向けの景品が結ばれていて、
しかしどの紐が何に繋がっているのかは隠せるように出来ている、
大形の水槽が私の指の先に鎮座していた。

「あれですか?」
古泉一樹の顔には、意外、と出ていた。
私が幼稚な玩具に興味を示した、
と古泉一樹が勘違いしたからだろうが、私の目的は景品では無い。
ハズレ無し、と看板に書かれた屋台の前を通り過ぎ、余計な看板の立っていないくじ引き屋で足を止める。
ハズレくじの無い屋台では駄目なのだ。
私に幸運しか残っていないのであれば、購入した場合の値段はこの際問題にせず、必ず何かを引き当てる筈だ。
「一回」
「はい、三百円ね」
ハズレを引いた場合は少しばかり、古泉一樹には貼り付けた笑顔を剥し、
困った表情を浮かべさせる機会を与えようと思う。
ぐい、と一本の紐を手に取り、手前に引く。
その時点では、何が当たったかは私の視覚情報では解らなかったが、
紐の先に何かがぶら下がっている手応えだけは感じられた。
要は、その時の私に、少なくとも悪運は見られなかった、という事だった。




「どうでした?」
「当たった…セーラームーン変身セット」
「………」
「……プリキュアが良かった…」
「………」
「こうなったら自棄食い。あなたの奢りで。」
「え」
「逢引中の買物は大出費、とあなたは言った。
あのおみくじは当たる。否、私が当てる」
「え、でも、あいび…?」
「まずはたい焼き。早く」
「…承知しました」


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