普通に登校。普通に授業。普通に放課後。俺は今日も部室に向かおうとしていた。
部室のドアを開けると朝比奈さん以外は既に全員来ていた。
ちょいと鼻につくイケメンの男子部員、眼鏡っ子で読書好きな女子部員。そして小うるさい我らが団長。
「朝比奈さんは今日はお友達と用事があるのでいらっしゃらないそうです。」
本当か? 可憐な花がいないとなると俺の部室に来る意味は99.99999%ぐらいは失われてしまうのに!
「まったくみくるちゃんも、遊ぶんなら土日に存分に遊べばいいのに! 何物にもかえがたい一日で一番有意義なこの時間を削るなんて!」
土日もすべからくお前が拘束してる気もするが。
ふと左へ目を向ければ、いつものようにおとなしい元文芸女子部員が読書にふけっている。
時々思うがこいつは眼鏡をとったらどんな顔になるんだろうな。顔自体は整ってるから意外にかわいい気もするが。
…………うん?
違和感。
何かの違和感が俺を突き抜けた。なんだろうこれは。
でも俺がいる部室はいつもの部室。朝比奈さんがいない以外は何もいつもと変わらないSOS団のはずだ。
家具――と呼ぶのがふさわしいのかどうか――や備品はいつものままだし、人物も
デタラメな力を持った団長さんと背の高いニヤケ面に、今はいないが未来から来た美少女と、団長様に部室を横取りされた薄幸の元文芸部員(俺と同じ一般人はこいつだけだ)。
そう、人物も何も変わっちゃいない。
……この違和感はなんかの幻覚なのか? 杞憂だろうか。
まあいい。今日も古泉と盤ゲーに興じるとしよう。今日はチェスの気分だが、
「すみません。今日僕が持ってきたのは将棋だけです。」
しょうがないか。どうせ勝敗は戦う前から分かってるしな。ゲームの種類どうのこうのの問題ではなく。
「んじゃ、先攻は……」
と言いかけたとき、
「今日は私がやるわ!」
へ。
「いっつも古泉くん負けてばっかりでしょ? あたしがあんたをぎったんぎったんに叩きのめして打ち負かしてやるんだから。」
俺は別にいいが、お前将棋できるのか?
「仕方がないな。弱くて拍子抜けさせるなよ。」
「あんたがね!」
ハルヒは俺のイスを奪ったので、俺はいつも古泉が腰掛けている長門側に座ってゲームを始めた。
ゲームは俺優勢。というかほとんど詰みの段階だ。
「くく……小学生の将棋大会32人トーナメントで一位を取った俺をナメるなよ!」
「何それ! ここからなのよここから! はいそこに角成り!」
ハルヒの抵抗むなしく。順当に俺勝利。なんともあっけない敵だったな。
「三回勝負よ!」
来ると思ったぜ。でもいくらやっても無駄だぞ。
結局五回勝負になったが、それでも三本ストレートで俺の圧勝。
「ぎったんぎったんになったのはお前の方だったな」
「……何よ! もう! 将棋だったのがいけなかったのよ、オセロなら……」
そうか。んじゃやるか? オセロは部室に常備だし。
「もうっ!」
「あぶな」
ハルヒはいつぞや文化祭後に俺に草を投げつけた時のような動作で、今度は握った駒を、
「うわ!」
桂馬と飛車が宙を舞う。俺はすかさずよけ、パソコン側へ非難。我ながらけっこうフットワークいいな。
「えい!!」
2発目が来た。今度は歩と王か? スピード速いな、本気で投げやがって。でもこんなに俺は動体視力良かったか?
「あ」
ハルヒの投げた駒は全発命中。いや、俺にじゃない。
「長門!」
「ご、ごめん有希!」
俺とハルヒはすぐさま長門に駆け寄る。古泉は必死に駒を集めている。
ちょうど……顔だな。顔に7発か。
眼鏡のおかげか目は大丈夫だが、頬がちょっと切れてるようだ。軽傷で良かったよ。
「ごめん。本当にごめんね有希。キョンが避けるから……」
なんだよその絶対王政時のフランス国王もビックリな理屈は。
「とにかく軽傷で良かったじゃないですか。」
古泉は散乱していた駒を集め終わって、体制を直す。
「長門。ちょっと見せてみろ」
近づいてまじまじともう一度容態を確認してみる。
……涙?
「お前涙でて」
ハッとした仕草を見せた後、長門はすぐさま眼鏡をとって顔をぬぐった。
駒が当たって痛かったから出た涙なのか、団員の優しさに涙腺がほだされた結果なのかは分からんが、正直レアな代物だった。
この調子だと俺はもう一度レアなものを拝めるな。そう、長門の眼鏡をとった顔だ。 けっこう前から期待はしていたが、俺の予想は当たってくれるのだろうかね。
こいつは絶対に眼鏡をとったほうが映えると思うぜ。
ぬぐい終わった長門がさっと顔を上げた。
そう、同時に俺には閃光のようなものが一瞬駆けめぐる。
ド忘れしていたものを思い出すような、テスト中に起こってくれれば正直ありがたいような現象。
……俺は今日何を見ていたんだ? 何を思っていた? この長門は『本当の長門』じゃない。
いつもの対有機生命体なんとかかんとかから何故か変化してしまった、昨日の長門じゃないか!
何故だかは知らんが、俺は昨日の出来事を全部忘れていた。いや、正確に言えば、昨日『変化してしまった長門』を本当のものだと思ってしまっていた。
そうだ! 今日は昨日のことを長門に何か問わなければいけなかったんじゃなかったか。
昨日ベットに入るまでは覚えていた。……どこから忘れている? ともかく……
「古泉。ちょっとトイレ休憩だ」
「は? 何言ってるのよアンタ! 有希がいまね……」
「僕はかまいませんが……いわゆる『連れション』というやつでしょうか?」
わざわざ言わんでいい! そういうことにしておくからちょっと来い! ……って、なんで少し遠い目をしてるんだお前は! そんな色目はいいからさっさと来い!
俺は古泉を連れて部室を出た。もちろん、昨日のことを問いただすためである。
「おい。昨日のことを覚えているか?」
「昨日のこと? 何のことでしょう?」
本気なのかどうなのかこいつはよく分からんな・・・
「昨日、長門が変わってしまったことだよ!」
「長門さんがですか?」
「そうだ。お前が俺に感じたことを説明してくれたんじゃないか。」
「……」
「分からないのか?」
「まったく覚えておりません。そもそも長門さんの何が変わっても正直僕はそれほど関心が無いので……」
は?
「朝比奈みくる――いえ失礼、朝比奈さん――涼宮ハルヒの動向なら逐一機関に報告しなければならないことになっていますが、あなたと同じ一般人の長門さんは……」
やっぱりだ。朝からさっきまでの俺と同じ認識。
長門は本当の普通の人間で、まるで昨日の長門が現実のような認識。 今までの長門を忘れてしまったような……
「分かった。もう聞くことはおしまいだ」
「え? 連れション……はどうするのでしょう?」
トイレならお前一人で行けばいいだろ
「そうですか……」
なんでお前は残念そうなんだ。
「では、あなたのトイレの時間まで待ちましょうか?」
……俺はお前を忘れたいぐらいだ。
「遅かったわね。」
長門のほっぺたには絆創膏で手当てがしてある。たまに見る丸形のやつだ。
時計に目をやってみると下校時間までには数分しか時間が無かった。
「今日の戸締まりは……あたしがやっとくわ。みんなはもう帰っていいわよ」
さすがのハルヒも多少引け目を感じてはいるみたいだな。
「では僕はお先に、今度はトイ」
「それは未来永劫、無い。」
俺は下駄箱で長門を待っていた。今回のことの手がかりを聞きつけるために。
「長門」
長門はこちらを見つけると小さな驚きの表情になったが、すぐに顔を下に伏す。
「ちょっと話したいことあるんだけど、帰り道、いいか?」
驚きの表情は強くなった
「……いい」
ハルヒに見つかるとなんとなくやばそうな気がしたので、長門を急かしてすぐに校門を抜けて敷地外へ出た。
聞きたいことは山ほどにあるが、それをはたしてこの長門に聞いてしまって良い物かどうか、二人で歩きながら俺は思案していた。
当然言葉もとりとめのないものになる。日常の学校生活のことばかり。
でもそれによって、それでだいたい『この長門』の境遇が分かってきた。内気な少女。読書好き。やっぱり家はあのマンション。少食。
ようするに、「以前の騒動」のときの長門とほぼ同じだった。違うところは、SOS団員として過ごした記憶をきちんと持っているってことか。
でも、長門の超人的な活躍で解決した事件はすべからくちょっと違っている。ギターは弾けないらしい。
「わたしの家……来る?」
いつしか長門にそう言わせる方向まで話が進めていたか。なんというデジャヴだろう。
しかし、もうマンションが地理的に近づいているのは分かっている。とりあえず二人きりになれたわけだし、この機会を逃すとまたかなり面倒だ。
「どこにあるんだ? そのマンション?」
「もうすぐ。」
マンションの真ん前にきた俺たちは、無言が少し気まずいエレベーターを抜け、長門の部屋の玄関前についた。
長門の後を追い、靴を整えて入った俺は俺はやはりあの部屋に通された。
さて、どうすればいいのだろう。と考える前に、お茶を出そうとする長門に向かって俺は言っていた。
「お前、宇宙人って信じてるか?」
セールスマンはあくどい……というか単なる詐欺師だが、少しばかり見習いたいところもあるね。
ああ、俺にはしゃべりの才能が皆無だな。こんな切り口から何を聞き出そうというのか。どう話を繋げればいいんだよ。
言葉よ! もう一回口の中に戻ってきてくれ! もっといいものにしてはき出してやるから…
「……?」
まさにクエスチョンマークが似合いすぎる表情をして、長門がこちらを見る。 ちょっぴり首をかしげる動作のおまけ付きで。
「いや、あの……その宇宙人は本が大好きでさ! な、なんでもできるんだよ。そして俺をいつも助けてくれる。で……」
言いかけたとき、俺はとっさに手を伸ばしたが間に合わなかった。
長門の手から茶碗がこぼれ落ちた。
「うわっ!」
昨日の放課後に死ぬほど蒸し暑さを感じているときにこの冷えたお茶をかぶるのはいいが、さすがに夕暗くなった今ではな。
「ご、ごめんなさ! ……あっ!」
謝罪の言葉と共に、後ろのポットの横にある布巾を取ろうとした長門は転当。
正直、朝比奈さんでもめったにみられないドジっ娘っぷりだ。……なんて考えてる場合ではなく、
「大丈夫か!?」
そう叫んで長門に駆け寄る俺……なのだが
不覚。
こたつは敷いていなく、その分露出していたテーブルの四脚に足をとられて俺も転倒。
長門に……そうだな……この体勢はなんと言えばいいんだろうか。 まあ平たく言えば古泉とは絶対になりたくないような……
でも……いや古泉なら大丈夫だろうが、成人の平均身長並みの体重は持ってる俺が長門に覆い被されば、うん。それは長門はキツイだろう。
「ごめん!」
「ごめんなさい!」
真っ先に離れたのは長門の方だった。少し惜しい。
いやいやいや。早くこの散乱したポットやら茶碗やらを片づけなければ! 長門の持っていた茶碗が割れなかったのが救いか。
かかった冷水の影響か、俺の体は少し寒い。長門と俺で布巾雑巾を使いながら必死に掃除に精をだしているとき、突然、長門は驚くべきことを切り出した。
「わたし……そういう小説を読んでた。」
「え?」
「宇宙人の小説。さっき、ついさっき」
どういうことだ?
「あなたが将棋をしていたとき、ちょうど読み終わって、でもラストが無くて……」
この長門も、言葉を出すときに単語を並べるようにして口をつぐむ傾向があるが、正直に言って断片的すぎて意味が分からん。
「どういう……ことだ?」
長門は小説の説明――やはり断片的に――をしてくれた。
SFもの。主人公は地球人……なのかは分からんが人間。その主人公と仲間達の日常に、小柄な宇宙人の少女(読書好き)が現れ、事件を解決していく。
でも少女は同じ言葉を話せない。だから他の仲間達には気味悪がられる。そんな中、理解者になってくれたのがその主人公。
主人公やその仲間達に近づきたい宇宙人は、悪魔の秘法で同じ言葉を話そうとする。
でもその魔法を使うと、本来は何百年も生きられる宇宙人も、あと三日の命になってしまう。
主人公には仲間のいいなずけがいたが、それでも宇宙人はその魔法を使う。
……って、そんなのはなっからバッドエンドが確約されてるような「人魚姫」じゃねえか。
作者出てこい。そんな小説が売れるなら俺も小説家目指すぞ。
しかし、今『バッドエンド』と俺は言ったが、その小説で一番特筆すべきなのは……
そう、さっき長門が言っていたような気もするが、その小説、エンディングが無いらしい 。
いや、いくら怠慢で盗作バリバリ印税ウハウハな性悪作家でも、一巻もので落ちをつけないなんて暴挙は犯さない。
長門によれば、ちょうどページが破れて抜け落ちていたそうなのだが、そういうまがいものは普通図書館から借りるときに気づくんじゃないだろうか。
「図書館から借りた時は、全部のページがあった。」
「……」
「何時破れたのか、分からない……」
そんなことあるのかねぇ……エンディングの無い本、か。
「そっちの雑巾、とって」
「ん? あぁすまんすまん」
……
そんなこんなで長門と俺の大掃除作業が大詰めに近づいた頃、これまでの静寂を一気にぶち破りやがるような台風X号が到来してきた!
「こーーんにちわーー!! いやこんばんわかなっ? 長門っちいる~?」
こ、この声は……
「こんばんわぁ~。長門さんいませんかぁ」
……あぁ。
まあ予想してた最悪規模の台風Xでは無かったようだが、それでも二大巨頭台風Yと台風Zと言えよう。どうするべきかっ!
「だ、誰だろうなぁ……ハハ」
ちょっと白々しいか? 俺。
「たぶん……」
そう。
どう考えても時を駆ける少女こと朝比奈さんとSOS団名誉顧問の第一人者こと鶴屋さんですよね。ハハハ、笑いが止まらん。ハハハハ。
遊びに行くと言ってたが、不覚だったぜコノヤロウ。
俺が必死に、簡潔かつ不自然にならぬような言い訳を考えるまでもなく、鶴屋さんは居間に上がってきた。
朝比奈さんはともかくも、明日鶴屋さんからハルヒにばれたら……。
「鶴屋さん、かってにあがっちゃ……」
「あ! 長門っちいるねぇ! ってぇ!?」
ハイ、スミマセン……今は夜……九時ですか。
「ど・う・し・てキョンくんがここにいるのっさ~。」
なんと形容すればいいんだろう。この目。
カツ丼を出してくれるような男気のある取り調べはしてくれそうにない。鶴屋さんならもう少し話が分かって見逃してくれると思ったが……
長門は居づらいのか台所へ行ってる。朝比奈さんはなんでそんなにうつむいてるんですか? 目ぐらい合わせてくれたって……
「い、いやですね、これにはちょっとだけ、いや深い、そう! 深いわけが」
「……」
鶴屋さん、あなたはなんでそんな目で……
すると、俺にとってはこれ以上ない助け船。長門が軽食を作って持ってきた。
「ま、まあ長門がせっかく作ったんだしこれでも食べましょう!」
上級生二人は……うん。目は笑ってるんだが眉毛が笑ってないな。
結局、それから俺らは四人で気まずい食卓――いつぞやの朝倉、長門と食った時のようだ――を囲んだ。
血の池地獄やら針地獄やら、いろいろと地獄にはバリエーションがあるだろうが、
俺から閻魔大王にかけあって、それらに追加したいいただきたいぐらいの地獄だ。いや本当に辛い。 明日のことも考えると鬱になる。
……って、朝比奈さん、あなたはなんで俺が醤油をとるだけでびくついてるんですか。
静寂――実際には鶴屋さんが一人でしゃべっていたが、ほとんど環境音のようなものだ――を切り裂き、長門が一声を発した。
「あの……わたし、ちょっとお茶こぼしたり、倒れただけで……お二人が考えているような……」
間髪入れず、
「「倒された」ぁ!?」
倒れたです。
「い、いや彼は、悪くなくて」
「い~やいやいや、もういいんだよ長門っち。両手に花をきどる悪の女ったらしは私が成敗してやるっさ!」
ああ、なんか話が……
「キョンくん……」
あなたはまたそんな目で。
「い~いかい? キョンくんっ。明日ハルにゃんにかけ合ってSOS団で審議してもらうよ! この議題はねっ!」
「い、いや、それだけは、っていうか本当に俺はただの「深いわけ」でここにいるだけなんですよ。」
「なんだいそれ! ……あーあ、明日報告したらハルにゃんと古泉くんはめがっさ深い悲しみに包まれると思うよ~」
なんで古泉なんだ。
「キョンくん、真実はちゃんとお話しした方が……」
そしてあなたまで……
そのときだった。
カタン。
と音を立て、長門が無言で席を立つ。顔にキラリと何かが見えたのは気のせいだろうか。
「…………」
取り残された三人。
5秒ぐらいの静寂を破ったのは朝比奈さんだった。
「わたし、帰りますね……ちょっと用事が……」
この状況なら俺も帰るしかあるまい。
「じゃあ俺」
と言いかけたところで鶴屋さんの視線に気がつく。なんだ? この人はデタラメ犯罪追求以外に話すことがあるのか?
しかし、鶴屋さんの眼光は、さっきまで俺を尋問していたときとは、明らかに性質を異にしていた。
なんだ? 何が言いたいんだ?
「あのさ、キョンくん。」
「なんですか?」
三秒の間の後、
「今日の長門っち、ちょっと変じゃないかい?」
……!
いつそう思ったんだ?今の長門の癇癪――と言っていいのだろうか――からだろうか?
「今日ここに来てから、なにか違和感があったような……」
もしかして、この人は長門の変化を感づいているのか?
古泉は完全に以前の……つい一昨日までの長門のことを分からなくなっていた。
朝比奈さんがそれと同じなんらかの記憶操作を誰かにされていても不思議じゃない。さっきの朝比奈さんの挙動からは読めないが。
まぁハルヒは前々からおとなしい少女像を長門に見ていただろうから、『いつもの長門』のままだろうけれど・・・
「うん。確かに変だよ。」
「具体的には、どんなところが?」
「いつもの長門っちみたいなミステリアスな感じがなくなってると思わないかい? なんというか、本当に普通の女の子みたいな。」
普通の女の子。
その通りだ。普通の単なる少女。美の形容がつくかはわからないが、俺はついてもいい気がする。
「……キョンくんは何か知らないのかい? 今日ここにキョンくんがいるのも、なにか関係があるんじゃないのかい?」
相変わらず恐ろしいほどに洞察のいい人だ。
さて、俺はどう答えればいい? 一切合切を話すのならば、神のことや少年エスパーのことや未来人のことも話さないと説明がつかない。それは無理だ。
だいたいなんでこの人が長門の変化を読み取れるんだ? というかなんでこの人の記憶は操作されていない?
「教えないと、ほんとに明日言いふらすにょろよっ?」
「いや、俺もそれを感づいて、何か変わったことがあるのだろうか、と思って長門の家に来たんです、けど……」
「……。」
半信半疑……か?
「結局手がかりは何もなくて、何か内面で人には言えないような変化じゃないのかなぁ、と。」
でまかせでもあり、一部真実でもある。
「……本当に?」
「ええ。」
そのとき、台所の裏に行っていた長門が帰ってきた。
「長門」
「…………」
なにか言いたいのだろうか。よく分からないが、伏せた目は悲しみの表情を作っている気がする。
「じゃ、あたしももうそろそろ帰ろっかな~」
鶴屋さんが一転してやや場違いなトーンの声を出す。まあここで何か言葉を発して場を和らげるなら、こうしたものしかないとは思うが。
「じゃあ俺も。」
俺もこの場は帰るしか無いような気がした。
鶴屋さんが先にドアをひらき、出て行き、俺もカバンや乾いた制服をとり、玄関へ向かった。
長門は廊下の途中まで見送りに来たが、俺が靴を履く段階になると居間へ戻っていたようだった。
あのときと同じように、長門に制服をつままれて請われるようなことは無かった。