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 自宅に帰ってくると家族は寝静まっていた。
 連絡のレの字もなかったし、明日どれだけ怒られるかは想像に難くないな……
 ……明日?
 そう、昨日俺が長門を『忘れて』いたのは朝起きたときである。明日も同じようなことにならないとは限らない。
 俺はカバンから筆記用具とメモ帳を取り出し、明日絶対に今日の出来事を忘れないように紙に逐一書き記そうと思った。
 貼り付ける場所は……そうだな。いつも着替えるときに開ける洋服棚にしよう。
 
 それが終わって寝静まったころには、夜の12時をとうにすぎていた。
 
 
 
「ぐあっ、ぐおおあっ!?」
 痛ぇ! なんだか分からんがいてぇ!
「キョンくん! おきてぇ~!」
 いつもの時報なのだが……か、髪を引っ張ったらダメだろ! もう起きてるぞ、俺は!
 
 朝から災難だったが、まあ今日寝起きが悪いのは俺の夜更かしも原因の一つだし、しょうがないか。
 昨日長門の家にずっとおじゃましていたからな。鶴屋さん、朝比奈さんも来て……
 洋服棚は見た。でも正確に言うとそれで思い出したのではなく、俺のカバンに本が入っていて、それを見て思い出したのだ。
 そう、昨日長門に紹介された本が。
 長門が入れたのだろうか? いや、昨日一度も俺のカバンに触れてなどいないはずだが。
 
 朝からやや気だるい気分で授業を受けていた俺だったが、その理由は睡眠不足だけじゃないような気がする。
 
 授業中、俺は教科書を上にして長門の本を読んでいた。もちろん、何か手がかりがあるのではないかと思ったからだ。
 正直中身はB級だな……俺でも書けそうとまではいかなかったが。
 ストーリーは長門から説明されたものと相違なく、展開もだいたい分かっているのでつまらなすぎるところは飛ばし読んだ。
 ちょうど中盤……後ろのほうが抜け落ちているから正確には分からんが、そこらへんについたとき、俺は発見してしまった。
 
 ベタすぎるわけでは無いが、それはいつも長門が扱ってきた感慨深い手法だった。
 ご丁寧にセロハンで貼り付けてある。なんでわざわざこんなことをするんだろうな。そのザラ紙のような薄さも相まって、役割を全く果たせていない。
 本の文章に重ならないように下部に貼り付けてある”それ”には、ただ「三日目」とだけ書かれている。
 
 正直ビビッとしたね。いや、昨日のアレとはちょっと違うが、直感でこの言葉が何を意味しているかさすがの俺にも分かった。
 いやそれも推測に過ぎないのかもしれないが、その三日目が「その三日目」なら猶予はあんまり残されていない。
 谷口の珍回答がクラスの爆笑を誘っても、俺の思考は上の空だった。
 
 
 
 放課後俺は真っ先に部室へ直行。
 俺はこんなに速かったか。今からでも陸上部で活躍できるんじゃないか?
 部室の前につく。走ってきた疲れもあるが、それ以上に一息深呼吸が必要な気がした。
 
 ガチャ
 
 やっぱり。誰もいない。俺が一番乗りだ。となると、次に来るのは恐らく……
 
 ガチャ
 
「…………」
 やはり。やや気まずい雰囲気を漂わせているということは、こいつも昨日の記憶は消えていないな。
 夜寝て記憶無くなるのは、ちょうど『以前の長門』のところだけ、ピンポイントのようだ。
 現に俺も本を見る前から寝不足の理由が分かっていたし。
「お前、昨日俺のカバンにこれ入れてくれたのか?」
「……!」
 驚きの表情。やや疑いも混じっている。
「なんであなたがそれを……?」
 そうだろうな。当然の反応だろう。
「ごめんごめん。ジョークだよ。お前に紹介されたから、読んでみたいと思って、台所に行ってる間に拝借したんだ。ごめんな?」
 こうするしかない。長門にとっては貸した記憶が無いんだから、どの道疑われるだけだ。
「……そう」
「ごめんな?」
「別に、いい」
 我ながらちょっと苛立たれる回答かもしれないと思っていたが、予想外に長門の表情はやわらいでくれたようだった。
 だが、俺がクラス対抗マラソンでも見せないような速度で部室に来たのはこれだけのためじゃない。間違いなく、パソコンにも何かある。
 
 俺はパソコンをサッと立ち上げ、すみずみまで変化を確認しようとした。
 眼鏡の長門と二人きりのときにパソコンを立ち上げたのはあのとき以来だが、さすがに『こっち』のは速いね。
 技術の進歩をじっくり味わうことはできたが、探せど探せど何か手がかりになりそうなものはでてこない。
 ここで何も見つけられないとなると、ちょっと、いやかなりキツイのだが……
 
 タイムリミットは、半日を切っているというのに。
 
 ふと、長門がしきりにこちらに視線を送っているのに気がついた。なんだ? 何かあるのか? 
「……」
「もしかして、使いたいのか?」
 長門の目が若干晴れ、小さなうなずきを返す。
 そういえば俺が相当早く部室に来たのに、こいつは直後にドアを開けた。
 もともと何かパソコンでやりたいことがあってこんなに早く部活に来たのかもしれない。
 他の部員が来るまでの時間は惜しいが、どのみちこのまま調べていても手がかりつかめそうにないし、俺は長門に席を明け渡すことにした。
 
 イスに座る前におもむろに長門が取り出したのは、俺も最近あんまり見てなかった、黒くて上部にシャッターがついたカード型の物体。フロッピーディスクだ。
 長門はソフトを立ち上げそれを読み込ませる。
 ……小説を書くのだろうか? 俺が見ているが、大丈夫なのか。それともちゃちゃっとしたデータ移送だけなのか。
 しかし、俺の思案もつかの間、直後ディスプレイを見た瞬間、長門は絶句した。
「……どうして……」
 長門がうつむいて今にも泣きそうな目をしている。
 なんだ? 何があったんだ? 俺にもパソコンを見せて……
 
 ガチャッ
 
 いや、そんな静かな効果音では無いな。この場合は「ドーン!」が的確か。
「諸君!!!ちょっとこれをみなさーーーーい!!!」
 お前かよ。
「って、キョンと有希しかいないの? 何よ。こんな嬉しいお知らせがあるっていうのに。」
 正直それどころではない。お前のうれしい知らせは俺にとってはメランコリーな知らせだ。これ以上問題事項を増やすな。
「まぁいいわ。これ、人数分もらってきたから古泉くんとみくるちゃんにも渡しといてね!」
 あれは……何かのビラか。遠くからじゃ文章は読めんが、「~大会」と書いてあるのは気のせいか?
「そうよ! また球技の大会の知らせ。今度はサッカーよ!」
 あぁ勘弁してくれ。本当に突っ込む気分にもなれんのだ。
「あれ? 有希がパソコン? 何やってるの……なーにこれ、何にも書いて無いじゃない。」
 何も書いてない?
「こんにちは。」
 全解放のドアから、今度は古泉が顔をのぞかせた。
「どうしたんですか? このビラ。」
「ああ、よくぞ聞いてくれたわ! 今度はSOS団はそれにでるの! 古泉くんは、そうねぇ……GKなんかがお似合いなんじゃないかしら」
 古泉はいつもの常態スマイルを返す
「そうですか。それは楽しみですね。」
「…………消えた」
「え?」
 突然の長門の一言に、真っ先に疑問の声をあげたのはハルヒ。
「有希が書いたの全部消えちゃったの?」
 ハルヒが画面をスクロールするが、このとき、正直俺はいてもたってもいられなかった。
「ハルヒちょっとパソコンを貸せ。古泉もちょっと来い」
「なんでしょう?」
 ハルヒは半ば強引にマウスを奪った俺に罵詈雑言を叫んでいるが、何一つ俺の耳には入らなかった。
「古泉、これをどうみる」
 俺は画面をスクロールする。
「どう、と申されましても、長門さんのおっしゃるように……普通の白紙ですよ?」
 
 ――白紙、何にも書いて無い、消えた。
 
 ……か。しかし俺の目は、脳はそう言っていない。
 長門、ありがとうな。絶対にまた取り戻してみせる。
 
「わたしの処分が検討されている」
 
 いつぞやの長門の言葉だ。これがその処分、だと?
 ハルヒも、朝比奈さんも、古泉も、そして俺も、明日になれば長門を忘れてしまうってのか。今日が三日目、俺の自意識が届く最後の日。
 そりゃ明日になっても長門はいるさ。でも、以前の長門を忘れたんじゃ、それは、長門が死んだのと同じだ。
 
 俺は、前に一度エンターキーを押した。
 この長門ではなく、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースとしての長門有希を、そして変わらぬSOS団を選んだはずだ。
 憤りを通り越して、俺はどうにかなりそうになっていたかもしれない。パソコンに書かれた最後の文章に目を通したとき、俺はカバンも持たずに部室を飛び出していた。
「ちょっとキョン! どこ行くのよ!」
「長いトイレだ! 明日までには終わる!」
 
 
 
 野球選手の、なんと言ったか。フクシマ……いや違うな、まあとにかくめちゃくちゃ盗塁した選手がいる。
 でもそんなに足は速くなかったらしいな。いやでも、速くなきゃそりゃ絶対に刺される。
 俺は足が別段速いほうではないが、今は我ながら足が速いと思う。さっき部室に駆け込んだときとは比べものにならないぐらいだぜ。
 
 長門のフロッピーから出したあのパソコンの画面には、長門の状況が逐一、というわけではないが、いつもの長門のように、断片的に説明されていた。
 
 情報統合思念体の中の一派が進めた長門の処分。
 それは俺を含めたSOS団から記憶を改変し、まるで『あの騒動』の時の長門を長門本人として植え付ける、というもの。
 そしてその行動を行うのは長門本人らしい。なぜなら、そうするようにプログラミングされてしまったらしいからな。
 
 俺は歯ぎしりした。
 長門を一般人にするということは、早い話がSOS団の監視役としてはお役ご免。新たな適当な人生を歩んでくださいよ。ってことだ。
 そりゃ古泉の『機関』のやつらにとってみれば、悪いことではないだろうさ。新たなお目付役はくるかもしれないが、敵が一人消えるだけだからな。
 おそらく、朝比奈さんの未来人の人たちにとっても、それは同じこと。
 結局情報統合――口にするのも嫌悪感が勝る――の行動には、結局その2つの勢力はノータッチ。
 こう考えれば鶴屋さんの記憶のみを操作しなかったのにも合点がいく。あくまで気づくことの無い一般人として見ていたのだろう。
 
 駅の改札に足止めを食らう。ちくしょう。なんでこんな時に限って!
 
 俺は足を止める。
 駅員が異常者を見るような目で見てくるがそれもしょうがないだろうな。
 いざこざのあった改札を抜けて全速力で走っていた高校生がいきなり急ストップ。そして焦点の合わぬ遠い目をするんだから。
 
 電光が走るように思い出した。こういうの、この三日間で三度目か? 良く覚えていない。
 ――どうする?
 俺の行くべき場所は分かっている。でも、もう一度戻るか?そもそも『それ』が無くて一体何の不備があるんだ?
 ――かまわない。行こう。
 そう思って走りだそうとした俺の背に、そうだな。以前はハムスターを掴むと言ったが、今回はなんと言えばいいんだろう。
「…………」
「長門……」
「これ……」
 改札で止められたとはいえ、お前の足でなんで俺に追いつけるんだ?
 顔が赤いぞ? 照れではなく、そう、まるで風邪にかかったみたいな。そもそも、なんでお前はここにいるんだ?
 
 ざっと思いついたのはこんなところか。しかし、そんな俺の疑問を砂塵のようにふきとばしたのは、長門が大事に抱えていたものそのものだった。
「長門、その本……」
「……持って行って」
 なんで知ってるんだ? 確かに、俺の行くべき場所へ行く時はそれが必須とはパソコンの文に書いてあった。
 だがあの文字を読めないはずのお前が何故……?
「わたしの小説……」
「え?」
「この本を元に、あのディスクに書いた、わたしの小説……」
 長門の小説が?
「あの本にはラストはない、けど……わたしの書いたラストでは、」
 長門の頬の赤らみは、確かに照れでは済まされないレベルになっている。
「主人公は、走って、そうはし……っ」
 なぜだろう。ここは駅の雑踏のハズだが、俺の耳にはこのか細い声しか聞こえていない。
 同時にすすり泣きを始めた長門の声は、まさに天啓のように俺の耳をつんざく。
「だか……ら……」
「ありがとう、長門!」
 俺は長門から本を受け取り、出発のサイレンがすでに終了している電車のドアをこじ開けた。
 
 
 電車の中で俺はつかの間の休息を得る。
 俺はその間、パソコンの最後の文章を何度も暗唱していた。
 
 これは情報統合思念体の一派が仕組んだことだ。
 正直、俺が『そこ』へ行っても、結末は変わらないかもしれない。
 そこへ俺を呼んだのは長門なわけだし、いくら長門でも情報統合思念体に刃向かえるだけの…………。
 
 ドアが開いて、俺は多少弱気な考えを持ってしまった自分の頭を呪いつつも、また駆け始めた。
 そうだ。俺は何より約束を守るしかない。それ以外のできることはないしあてもないのだ。
 
 最後の反芻。パソコンの最後にはこう書かれていた――
 
 ――”また図書館に”
 
 駅を出た俺は当然、何もかも考えず走る。
 最後の反芻と言ったが、本当に思考も含めて、走り続ける以外の行動をとらなかった。単に体がきつくなってきたから、ということもあるかもしれない。
 突然、俺の意志に反して、俺の体は左側の車道へと倒れ込む。
「あぶねぇぞ、クソガキ!」
 ……なんだ。
 くじいたのか? ああ、族さんよ。確かに危ないな。アンタが正しい。
 痛みはないんだがな……歩くことは、できる。
 でも、このままじゃ夜になっちまうよ。
 
 
 
 空は星空になってきた。
 蒸し暑さとすがすがしさが同居した星空。俺はハルヒや古泉と違って星の名前は分からない。
 あれが「べが」と「あるたいれ」なのか? よく分からんな。綺麗だってことぐらいしか。
 
 この空が雨や晴れを超えて雪になるまで、どれだけの時間がかかるんだろう。何回寝て起きればいいんだろうなぁ。
 ああ、だめだ。俺なんかにゃ全く似合わないことまで言ってる。古泉が言えばハクがつくかもしれんが。
 そういえば、長門の意味深な小説にも雪がでていたな。たしかストーリーは……
 あれ、なんか目の前が……、ダメだ。12時を回ったら長門は消えちまう。それまでに図書館へ……
 
 
 俺は気がついた。どうやら気を失っていたようだな。
 しまった! と思うより先に時間を見る。携帯にはハルヒからの着信が溜まっていた。
 夜11時。
 図書館まではもう少しだが、閉まっているのは火を見るよりも明らかだ。
 ……行くしかない。時間指定はされていない。ヨタヨタと醜い歩きで、俺は図書館へスパートをかけた。
 
 
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