超能力者。
 涼宮ハルヒによって、閉鎖空間と神人を倒すための力を与えられた存在。機関と呼ばれるハルヒの情報爆発以降に発足した組織に属し、
その意向、つまり世界の安定に協力している。
 三つほど前の世界では、その目的は変わらず「世界の安定」だったが、情報統合思念体が排除行動に出たため、
手段を「ハルヒの安定」から「ハルヒとその影響下にある人間の排除」へと変化させ、ついにはそのために核爆弾を炸裂させた。
 でリセット。
 
 未来人。
 涼宮ハルヒによって、時間遡行能力を与えられた存在。組織名やそれが一体いつの時代のものなのかは不明。
目的は自分たちの未来への道筋を作り続ける涼宮ハルヒの保全。そのためには別の未来を生み出しかねない存在は
かたっぱしから抹消している。
 それが原因で二つほど前の世界では、ハルヒの観察を命じられた朝比奈みくるという愛らしいエージェントがその役割を
押しつけられ、結果目も当てられない惨劇が次々と演じられていった。
 んで、その過程でハルヒの能力自覚がばれて情報統合思念体の排除行動が始まったためリセット。
 
 宇宙人。
 唯一、ハルヒが関わらない形で存在している。その名称は情報統合思念体。基本的な目的を自律進化の可能性を秘める
涼宮ハルヒの観測にする一方、能力を自覚してしまった場合は地球ごと抹消することにしているようだ。
その監視には対有機生命体コンタクト用インターフェースと呼ばれる人造人間を送り込み、近い距離からのハルヒの観測を行っている。
 前回の世界では、そのインターフェースの一人、長門有希と俺が文芸部活動に没頭した結果、彼女が一人の少女になろうと
その任務を放棄し人間になる決断の末、情報統合思念体をハルヒの力を使って抹殺しようと試みたため、
長門は初期化されてしまった。同時に長門は俺との文芸活動の過程で、ハルヒの力の自覚を知っていながら隠していたため、
初期化の際にその情報が情報統合思念体にも渡り、排除行動が開始された。
 それでリセット。
 
 これが今まで俺とハルヒが歩いてきた軌跡だ。
 はっきり言って全部バッドエンド。まあ、ハッピーエンドならリセットなんて起きず、平穏無事な世界が続き
今頃俺は自分の世界に帰ってSOS団の活動に没頭しているだろうが。
 しかし、その過程で得られたものは無駄なものは無かった。情報統合思念体と超能力者と未来人の微妙な関係が
世界の安定に大きく貢献している事実が得られたんだからな。ただ、おまけとして、俺の世界が絶妙なバランスで
成り立っているのかという事実も突きつけられた。そこにあって当然だと思っていたから。まさか、同じにならずとも
安定させるだけでこれだけの苦労をさせられるとは、初めてこの世界のハルヒに引っ張り込まれたときに考えもしなかった。
 
 さて。
 材料は全てそろった。まだ唯一にして最大の懸案事項は残っているが、この際仕方がない。次にやることは一つ。
 
 宇宙人・未来人・超能力者が存在している世界を作ることだ。
 
◇◇◇◇
 
 俺はもう4回目になる北高入学式の早朝ハイキングコースを歩いていた。俺の世界の正式・正統な入学式を含めれば
もう五回目か。一体俺は何度入学すれば気が済むのだと愚痴りたくなりつつも、それ自体は俺も同意しているんだから
グダグダ抜かすなと心の中の天使だか悪魔だかの声が聞こえてくる。
 
 そして、平穏無事に終わった入学式後、教室での自己紹介タイムまで到達した。
 俺は背後の席にハルヒがむすーっとした表情で座っているのを確認しつつ、自分の席に座った。
 と、ここでハルヒがごんと椅子の底を軽く蹴ってくる。全くなんだ。いきなり事前の打ち合わせを無視した行動を
してほしくないんだが。
「……何か?」
 俺がゆっくりと振り返ると、やっぱり不機嫌顔で腕を組んだハルヒがこっちを睨みつけてきている。
その視線を見ると大体は言いたいことはわかったが、はっきり言ってただの意味のない文句だけみたいだから
相手しないようにしよう。だからこそ、ハルヒも口を開こうとしないんだろうし。
 この宇宙人・未来人・超能力者のいる世界を作ったときに、ハルヒとこういう取り決めで行動することにしていた。
 まずハルヒは中学時代――自分の力を自覚した直後からこの世界には行ってもらい、俺は北高入学式からにする。
これに関しては校庭落書きの一件を意識した上での俺の要望だ。同じになるとは限らないが、ひょっとしたら
眠りこけた朝比奈さん(小)を連れた俺が現れるかも知れないからな。念には念をってことだ。
ただし、その間に起こること――例えば、学校の校庭に落書きするハルヒとか、実はその時重なるように
俺は三人存在(中学生の俺・七夕のときの俺・冬のあの日の俺)していたりとか、俺の世界で起きたことについては
ハルヒにまったく教えていない。前回の世界で思い知らされたように俺の世界とまったく同じにするのは不可能だし、
予定を決めてハルヒに動いてもらうと返って不自然さが増すだけだからな。中学時代どうするかはハルヒに一任することにした。
 ちなみにふと俺の方からその時に聞いてみた今更な疑問だったが、前回までのように中学時代をすっ飛ばしたら
その間のハルヒはどういう立場になっているんだ?と聞いてみると、
『ダミーみたいなものを置いておくのよ。後はこっちから操作して、時間軸を早回しして問題が起きないか確認。
で予定時間になったらあたし自身と入れ替えるわけ』
 外部から操れる人形がおけるなら、今までだってわざわざ作った世界に入らずにダミーとやらをこの時間平面の狭間から
操っているだけで良かったんじゃないかと突っ込んでみたところ、
『外から見ているだけだと臨機応変に対応できないし、なんていうか自分の目で見ているのとは大きく異なるわ。
それにあんまり不自然に操っていると情報統合思念体に勘づかれる可能性もあるから。だから、その手を使うのは
大した問題が起きないってわかってときだけよ。幸い中学時代は平穏だってわかっているからこの手が使えるんだけどね』
 頭半分で理解しておくにとどめた。難しいレベルに突っ込むと頭がパンクするからな。
 話を戻して。
 俺が高校からだったのは、ハルヒ曰く脳天気なあんたを三年間も日常生活を歩ませたら何をしでかすかわからんとか
言うからである。まあ、三年も非現実的な世界から遠ざかっていたら、入学後の驚異の世界への突入に拒否反応を
示しかねないから正しい判断だろう。どうせ何の宇宙人とかの属性を持っていない俺なら、ダミーとやらで十分だからな。
 で、俺の入学後も俺とハルヒは目立つように接触しない。これも取り決めの一つだ。なぜかというと前回の世界で
長門が俺に注目したのは入学当初から、変人ハルヒが俺とだけ気兼ねなく接触していたからと言っていたである。
確かに何の接点もなかった二人がぺらぺらとしゃべっていたらおかしいと言える。そんなわけで、GWが終わるくらいまで
二人とも大人しくしておこうと決めている。
 ……多分、その大人しくしておくというのの不満が積もっているんだろう。さっきの蹴りはそれを意味しているんだと推測する。
 ほどなくして、教室に担任の岡部が入ってきた。快活な口調で自己紹介などを生徒たちにさせ始める。
もちろん俺はこの時に朝倉がいることを見逃していない。前回の世界でずたぼろになりながらハルヒが消滅させたのに、
やっぱり復活しているんだな。前の世界の存在をリセットして情報統合思念体にもそんな世界はなかったと
誤認させているんだから仕方がないんだが。
 やがて俺の順番になり、適当な挨拶をすませた。
 そして、その後ろにいるハルヒへと順番が回る。
 
 その時のハルヒの自己紹介はとても懐かしい気分にさせられるものだった。
「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人・未来人・超能力者がいたら
あたしのところに来なさい。以上」
 ――すでにいる異世界人(俺)は抜けていたが。
 
◇◇◇◇
 
 入学式から数日後の放課後、俺とハルヒは人目を避けて非常階段の踊り場で落ち合っていた。一度だけは情報収集+意識あわせで
話し合うというのも事前取り決めの一つだった。
「で、自己紹介はあんな感じで良かったわけ?」
「ああ、あれでお前が変なものに興味津々ってのがアピールできただろうから」
 しかめっ面のままのハルヒに、俺はそう答える。
 さてこの状態で長くいるのはまずいからさっさと意識合わせするか。
「で、この三年間変わったことはあったか?」
「真っ先に思いつくのは、中一のときにあんたとみくるちゃんが来たわよ。あたしの校庭落書きに付き合ってくれたわ」
「……お前、アレやったのか」
 俺は呆れ顔になる。教えてもいないのに、団長ハルヒと同じことをやるとはやっぱり基本的人格は同じってことか。
 ハルヒは肩をすくめつつ、
「何よ、思い当たる節でもあるわけ? まあそれはいいけど、ちょっと暇だったからなんとなくね」
 そうなるとこのまま行けば、七夕のときのTPDD~長門の部屋で三年間朝比奈さんと添い寝があるってことか。
ん、ならひょっとして……
「一応そのときの状況を確認しておきたいんだが、俺と朝比奈さんは手伝っただけなのか?」
「みくるちゃんはすやすや眠っていたわよ。あんたなんかやったんじゃないでしょうね?」
 何もしてねえよ。まあ、朝比奈さん(大)からはチュウぐらいならOKと言われていたが、自制したぞ。
いやそんなことはどうでもいい。
「ってことは、手伝ったのは俺だけか。その後に何か言っていなかったか? 世界を大いに盛り上げるジョン・スミスをよろしくとか」
 俺の指摘にハルヒは記憶の糸を穿り返すようにあごに手を当てて思案顔になるが、
「そんなことは言っていなかったわよ。ただ手伝って、完成したらあたしはとっとと家に帰っちゃったし。
大体、ジョン・スミスって何よ。あんたにそんな風に名乗られた覚えはないわ」
 ハルヒの返答に俺ははっと気がつかされる。そりゃこのハルヒと俺はとっくに顔見知りなわけで、さらに朝比奈さん(小)が
眠っている間だったことも考えると、わざわざ偽名をハルヒに名乗る必要はない。俺の世界では一種の切り札みたいな名前だが、
この世界ではハルヒが力を自覚している時点でまったく意味を成さないのだ。そういうわけで、その名はハルヒに対して
今後も使われることはないだろう。この時点でもう俺の世界とは大きく異なっているな。しかし、二度目の接触、
よろしく!に変わるものがまったくなかったのに、俺は疑問を覚える。どうなっているんだ? あの冬の日の事件は
今後も起きないことになっているのか、それともあったがその必要がないから何もしなかっただけなのか。
ううむ、この時点では判断のしようがない。
 ただ冬の事件がなかったことについてはもう一つ確信を得るような状況があった。少し前に部活動について調査したところ
長門は文芸部には入っていなさそうだからな。そうなると、俺は三年前長門に文芸部室で待っていてくれと
言わなかったことになる。
「…………」
 とりあえず、そのことについては保留だ。この世界で唯一の問題は長門の暴走を情報統合思念体がどう対応するのかだからな。
成功してハッピーエンドになるかどうかはそれ次第な以上、時期が来るのを待つしかない。長門が暴走せずに穏便に
一人の少女になってくれるのが一番ありがたいから、そうなるように努力すべきだろうが。
「他にはなんかなかったのか?」
「何にもなかったわよ。あまりになさ過ぎてずっとイライラしっぱなしだったわ。ただ待っているだけっていうのはつらいものよ。
おかげでかなり閉鎖空間で大暴れしちゃったから、古泉くんも結構苦労したでしょうね」
 ハルヒのあっけらかんとした発言に、俺はお気の毒にと古泉へと手を合わせておいてやる。
 まとめると、変わったことは校庭落書きだけか。そうなると、特別な対応は発生せず予定通りに動けばいい。
GW終了後にSOS団――名称は何でもいいから、宇宙人・未来人・超能力者が集う団体の設立ってことになる。
 おっとそういえば未来人と超能力者はきちんといるんだろうな?
「昼休みにみくるちゃんは確認したし、三年間機関らしい連中があたしの周囲を見張っていたから問題ないわ。
同時に前回の世界みたいな小規模組織の乱立も起きていないからね。機関か未来人のどっちかが大半のものを
つぶしてくれたみたい。おかげでこっちは大助かりだわ」
 ハルヒの言葉に、俺はほっと安堵で胸をなでおろす。これで役者は全員そろったって訳だ。あとは俺たち次第になる。
「大体事態は把握できた。じゃあ、後はGWまで大人しくしていようぜ。そっから行動開始だ」
「ちょっと待って」
 俺はとっとと解散しようとしたが、すんでのところでハルヒに足を止められる。見れば、少し迷いながらもようやく決意したと
言った表情のハルヒの視線がこちらに向けられていた。
「あんたの世界であった冬の一件について教えて。それだけはやっぱり事前に知っておきたいから」
 その要求に俺は顔を困惑で顰める。この世界に入る前、俺の方から同様にハルヒへ教えておこうと思ったんだが、
それを拒否したのはハルヒだぞ。どういう心変わりだ?
 ハルヒは肩をすくめつつ、
「あの時はまだ有希の消滅が受け入れられていなかったから正直そんな話を聞きたくなかったのよ。でも、三年間じっと考える
余裕ができてやっぱり聞いておこうと思い直したわ。条件が同じなら、この世界でも同じことが起きるかもしれないしね」
 俺はやれやれと思いつつも冬のあの日のことについて教えてやることにする。
 朝起きてみたらまったく異なる世界に改変されていたこと。
 そこではハルヒと古泉は別の学校にいて、長門はごくごく普通な文芸少女になっていたこと。
 結局長門の緊急脱出プログラムで脱出できたこと。
 そして、その世界を改変した犯人は長門だったということ。
 
 全部話すといつまでたっても終わらないのでかいつまんで説明してやった。
 ハルヒはその話を聞いて、少し憂鬱そうに顔をうつむかせ、
「そっか……有希がそんなことをしたんだ」
「……当時俺は長門に何でもかんでも頼りっぱなしだったからな。そんな状態に追い込んだ責任は俺にもあると思っている」
 だが、現在における最大の問題はどうして情報統合思念体がそれを許したのかがわからない。前回の世界の長門と
何の差があるというのだろう。奴らにとってはインターフェースが暴走しハルヒの力を消して自らを抹殺したという点は
まったく変わらないはずなのだ。ひょっとしたら、何だかんだで長門は緊急脱出プログラムを用意していたし、
時間という考え方が俺たちとは全く異なることから考えて、結局元通りになるとわかっていたから……
 いや――さっきも言ったがやめておこう。今考えてもどうにもならん。俺にできるのは長門に負荷をかけることなく、
普通の少女になってもらう努力をするだけだ。
 この話を最後に俺たちは解散した。ハルヒはあと一ヶ月か……とまたも憂鬱そうな表情を浮かべていた。
 一方で俺はどうでもいいことを思っていた。
 せっかくだから中学時代にハルヒに髪を伸ばしてもらって置けばよかったと。それならまた曜日で変わる髪形が
見れたかもしれなかったのに。
 
◇◇◇◇
 
 入学式から一ヶ月特に変わったこともなく過ぎてGW明けとなった。
 さて、休みがてらそこそこにしゃべれるぐらいの関係になったことをアピールしていた俺とハルヒは、
ここから本格的な行動開始となるわけだが、授業終了後ハルヒは一目散にさてどうしたものかと考える俺のネクタイを
引っ張って走り出す。動くならせめて前準備をしてからだな……
「そんな悠長なことを言ってられないわ! この日のために三年も待ったのよ!」
 そんなことを言いながら、まずは6組へ突入。帰ろうとしていた長門をとっ捕まえて自分についてこいと一方的に告げる。
ただ長門自身も拒絶することはなく、
「わかった」
 そう了承し、今度は二年の教室へ全力疾走するハルヒの後ろをついてきた。やれやれ、なんと言う猛進振りだ。
 そして、二年二組に入ると部活動へ行こうとしていた朝比奈さんの腕をつかみ、
「はーい、確保!」
「ふえ? ――うひゃあああああ!」
 ハルヒはもう朝比奈さんの意思も聞かずに抱きかかえて走り出した。おい、今度はどこに行くつもりだ。
まだ古泉は転校してきていないぞ。長門と朝比奈さんをそばに置いたがために、古泉は転校を余儀なくされたわけだけどな。
「あ、ちょっとみくるをどうするつもりだいっ!?」
 その様子を見ていた鶴屋さんは、あわててとめにかかるが、持ち前の機敏さでハルヒはするりとよけて、
「キョンっ! あたしたちは文芸部室に行くから、鶴屋さんに事情を説明しておいて! あとよろしく!」
 そう言って朝比奈さんを拉致して立ち去って行っちまった。ちょこちょことその後ろを長門がついていっている。
やれやれ、本当に鉄砲玉みたいな野郎だ。三年間溜まりに溜まった我慢を今爆裂させているんだろう。
 さてこのままだと鶴屋さんに通報されかねないからフォローしておかないとな。
「お騒がせしてすいません。とりあえず、朝比奈さんに危害は――ええとそこまでひどいことはしませんのでご安心ください。
ただちょっとお友達にと」
「ふーん、キミとさっきの女の子は誰なのさっ?」
 珍しく疑惑の視線を見せる鶴屋さん。まあ朝比奈さんの保護者みたいな存在だから、心配なのだろう。
「一年のものです。さっき朝比奈さんを強奪して言ったのが涼宮ハルヒ。うちのクラスの名物暴走女ですよ。
朝比奈さんを見かけてどうやら一目ぼれしてしまったみたいで。もう一人は長門有希。となりのクラスの人であって5分も
たっていませんが」
 思わず自分の説明で苦笑いしてしまう俺。無茶苦茶な状況すぎるだろ。
 案の定、鶴屋さんも訳がわからないという疑問符を浮かべていたが、やがてぽんと手をたたき、
「ああっ、あれが涼宮ハルヒって人なんだねっ! ちょっと忘れていたけど思い出したよっ! そっか、みくるが気に入ったかっ!」
 のわはっはっはと大声で笑い出し、突然自己完結してしまった鶴屋さん。何でそんなにあっさり……
 ってそりゃそうか。鶴屋さんは遠巻きながら機関の関係者であり、ハルヒのことについても何らかの情報がわかっているはず。
俺の世界ではそう言ったことを断言はしなかったが、匂わせる発言はあったからな。ハルヒが特別な存在というぐらいは
知っていてもおかしくはないだろう。
 ここで鶴屋さんは俺の肩をパンパンとたたき、
「よっし、わかったよ。深い事情は聞かないからみくるをキミに任せるっ! でも、あの子は弱い子だからあまりいじめちゃ
だめにょろよっ」
「ええ、それはもちろん。ハルヒの魔の手からできるだけ守りますんで」
 鶴屋さんが物分りのいい人で本当に助かった。これでこの場は落ち着いたはずだな。
 俺はがんばれと手を振る鶴屋さんに一礼すると、文芸部室へと向かった。
 
「……遅かったか」
 文芸部室に入った後の俺の第一声。見れば、相当もみくちゃにされたのだろう。床にひざを抱えて
しくしくとすすり泣いて座り込んでしまっている朝比奈さんの姿が。全くハルヒの奴は加減というものを知らんからな。
一方のハルヒはかばんから何かを取り出そうとごそごそとやっている。まさかバニーガールではあるまいな?
さすがに初日にアレをやると、朝比奈さんがパニックを起こすから全力で止めさせてもらうぞ。
 拉致されたもう一人の長門は、文芸部に置かれている本棚をじーっと見つめていた。どうやら何か感じるものがあるらしい。
 せっかくだから、俺は前の世界で最初に読ませてやったあのSF小説を取り出すと、
「読んでみるか? 結構面白いと思うぞ」
「…………」
 長門はめがね越しの視線でその表紙を見つめていたが、やがてそれを受け取るとぺらぺらとページをめくって
内容を読み始めた。よし、これで読書狂長門できあがりっと。
 ここでハルヒはようやくかばんから取り出したものを俺たちに配り始める。内容は文芸部への入部届けだ。
ハルヒが勝手に書いたのか、後は自分の名前をサインすれば言いだけの状態になっていた。
「はーい注目。これからここにいる全員はいったん文芸部に入部してもらうわ」
「おいちょっと待て。文芸部に入ってどうするんだよ?」
 俺の突っ込みにハルヒはちっちっちと指を振って、
「文芸部は仮の姿。一応部室を占拠しておくにはそれなりの理由が要るからね」
 偽装入部かよ。なんてことを考えやがるんだ。長門が文芸部入りしていない以上、ここを使うにはこの手しかないのは事実だろうけど。
「ほらほらとっとと入部届けにサインしなさいよ。あとみくるちゃんはいつまで泣いてんのよ。そんなのじゃ、
渡る世間は鬼ばかりの世界は生きていけないわよ」
 鬼はお前だろうが。まあいい、これ以上続けても仕方ないからとっととサインしてしまおう。
どういうわけだか――いや予想通りかもしれないが、長門はもうサインを終えて、SF小説の続きを読んでいるからな。
 ここでようやく朝比奈さんはローン30年が残っている家が地震で倒壊したのを目撃したサラリーマンのように
肩を落としたまま立ち上がり、
「で、でも、あたし書道部で……」
「じゃあ、そこちゃっちゃとやめちゃって。我が部の活動の邪魔だから」
 一応抵抗を試みたのだろうが、ハルヒは全く取り付く島もない。
 朝比奈さんはどうしようとおろおろをしばらく続けていたが、やがて長門がサインした入部届けを見て、
「……そっかぁ。わかりました。こっちの部に入部します……」
 その声は可哀想になるぐらい悲愴なものであった。しかし、やっぱり長門の存在が気になるようだな。
 ふと、朝比奈さんはまたまた困ったという顔を浮かべて、
「でもでも、あたし文芸部って何をするところなのかよく知らなくて」
「さっきもいったでしょ。文芸部は仮の姿だって」
「?」
 ハルヒの言っていることの意味がわからないらしい朝比奈さんは、頭の上にはてなマークを浮かべるような
愛らしい疑問を顔に浮かべた。
 ここでハルヒは高らかに宣言する。
「我が部の本当の名前――それはSOS団よ!」
 
 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。
 それを聞いたとたん、朝比奈さんを取り巻く空気が固まった。しかし長門は無視してSF小説に没頭している。
 一方で俺は呆れ顔だ。
 おいハルヒ。その名前でいいのかよ。事前の打ち合わせで、なにその安直なネーミングセンスはとか言っていただろ。
なんだかんだで実は気に入っているんじゃないのか?
 朝比奈さんは何かを聞こうとして顔をいったん上げるものの、すぐにあきらめたような表情に変化してうつむいた。
だんだんハルヒっていう奴の性格がわかってきたんだろうな。長門はどうでもいいと完全に無視だが。
 そんなわけで、俺の世界のときと同じように、ここにSOS団がついに誕生したのである。
 いやはや、ここにたどり着くまで長かったから少々感慨深いものがあるな。
 ただ……ハルヒが力を自覚し、長門・朝比奈さん、そしてもうすぐやってくるであろう古泉の正体を知っている限り、
その活動内容には若干異なるところが出てくるだろうけど。
 ふと、俺は長門と朝比奈さんを交互に見渡す。
 朝比奈さんは自分の任務に耐えられなくなり自殺を試みた。
 長門は俺とハルヒとともに居たいがために、情報統合思念体を抹殺しようとして初期化されてしまった。
 こうしていつもどおりの二人を見るとうれしいが、一度見てしまった惨劇と悲しみは早々心から消えるものではない。
俺の中では少々複雑な感情が入り混じっていた。やれやれ、トラウマになっているようだな。
 
◇◇◇◇
 
 SOS団結成から数日間、俺はその活動初期の悪事を抑えるべく奮闘していた。まずはコンピ研パソコン強奪。
あれをやると後腐れが残るからな。もっともハルヒはハルヒでも別のハルヒなんだからやらないんじゃないかと
淡い期待をしてみたが、言い出したときにはパソコンショップで強奪対象を精査するという事前準備までして
突撃準備OKの状態だったりしたもんだから、俺は即刻その計画を阻止した。やっぱり根本は同じ奴だよ、全く。
ただこれを阻止すると、のちにコンピ研とのゲーム対決がなくなって、長門がパソコンに興味を抱かなくなる可能性が
頭に引っかかったが、ただパソコンを使わせるのならそんな因縁めいた舞台なんて用意する必要はない。そのうちどうにかするさ。
ちなみにハルヒにはもうすぐ古泉がやってくるから、そっちに言えば用意してくれるさと言い聞かせておいた。
 あと、バニーガールでのビラ配りだがこれはハルヒの方からやるとは言い出さなかった。まあ、すでに宇宙人・未来人を
確保し、もうすぐ超能力者までやってくるSOS団がこれ以上この世の不思議を募集する必要なんてない。俺の世界との違いを考えると
こうなるのは必然と言えよう。ただし、ハルヒの朝比奈さんに対するコスプレ癖はそのままのようで、
事あるごとにバニーガールやメイドに変身させていた。パソコン強奪を取りやめにしてくれたのと引き換えに
これは容認しておいたが。それにこれがないとなんつーかSOS団らしくないというか……
 
 で、ようやく最後の一人古泉の到着だ。
「ヘイお待ち! 本日一年九組に転校してきた即戦力をつれてきたわよ!」
 その日の放課後メイド姿の朝比奈さんとオセロに興じていた文芸部室に威勢のよい声とともに飛び込んできたのはハルヒだ。
その手に引きつられてきたのは、あの胡散臭いインチキスマイルを浮かべているあいつだ。
「古泉一樹です……どうもよろしく」
 そう言って近づいた俺に握手を求めてきたため、俺もそれに答える。
 ……その瞬間、超能力者オンリーの世界の出来事、特に機関の暴走のシーンが脳裏によぎり俺の顔が少しゆがんだのを
自分でもわかってしまった。やっぱりトラウマになりかけているな、やれやれ。
「どうかしましたか?」
「い、いやなんでもない。よろしく」
 俺は平静を取り繕って、不思議そうな顔を浮かべている古泉に挨拶を返す。思えば、こいつは一番最初に
構築した世界だったため会うのは相当久しぶりだ。
 ハルヒは手でSOS団の部員をそれぞれ指差して言って、
「それが有希。そっちのかわいいのがみくるちゃん。で、今握手したのがキョン。みんな団員よ。で、あなたが4番目の団員。
そして、あたしがその頂点にいる団長涼宮ハルヒ! よろしく!」
「ああなるほど」
 古泉は部室内の団員を一通りまるで観察するかのように見回すと、そううなづいた。宇宙人と未来人の存在を確認できたということか。
しかし、異世界人(俺)までいるとはわかるまい。何か出し抜いてやった気分だっぜ。
「入るのはいいんですが、一体何をするクラブなんでしょうか? 申し訳ないんですが、いまいちピンとこないので」
 この古泉の問いかけに、ハルヒはにやりと笑みを浮かべると、
「いいわ。教えてあげる」
 そう言って大きく息を吸うと、部室どころか旧館全体に響くでかい声で宣言した。
 
「ここにいる全員友達になって遊んで遊びまくることよ!」
 
 ハルヒの宣言に空気が死んだ。
 まあ無理もない。突然、宇宙人・未来人・超能力者をピンポイントに集めたかと思えば、一緒に遊び倒しましょうってんだからな。
そんなハルヒに古泉はスマイルを絶やしていないし、朝比奈さんはおろおろするばかり、長門は話を聞いているのかいないのか
ひたすら読書中である。
 俺の世界のハルヒは、宇宙人みたいなものを探すことを目的としているが、それはすぐ近くにそんな奴らがいることを
知らないからそう言っているのであって、このハルヒはそれを知っている以上探す必要などない。
とはいっても、SOS団団長――ああ、今両方とも同じになったか。俺の世界のSOS団も不思議なことを探すとか言って
おきながら実際にはそれとはあまり関係のないお遊びサークルと化しているからな。活動内容自体に大差はないといえる。
「SOS団の旗揚げよ! いえーい、これからみんなでがんばっていきまっしょー!」
 ついに全員そろったことに喜びを爆発させているのか、ハルヒの声はどこまで明るく透き通っていた。
 さてと、ここからが本番だな。この先、平穏無事にことが進んでくれることを祈るばかりだ。
 
◇◇◇◇
 
 それから数日間は俺の世界と同じようにカミングアウトラッシュとなった。
 まず長門が本に仕込んだ栞のメッセージで俺を呼び出し、宇宙人であることを告白。
 週末のハルヒ主催の出歩きツアーで朝比奈さんが未来人であることを告白。
 その週明け、俺の方から古泉へ接触し超能力者であることを聞かされる。同時に機関とその役割についてもだ。
 
 それと同時に始まったSOS団活動だったが、ハルヒはこれでもかというぐらいに団員たちを引っ張りまわした。
 ある時は読書狂の長門に答えるかのように古本屋めぐりで変わったものがないか捜し歩いた。
 次に朝比奈さんのコスプレ衣装を選ぶとか言ってデパートで衣装の選び大会。どこからそんなに金をがめてきたのか。
 さらに古泉用にとボードゲーム大会を休日の部室で開き、ハルヒ先生による攻略法講座までやった。それでも古泉は弱いままだったが。
 
 ――ただ、俺はこのハルヒに少しだけ違和感を感じ取っていた。それが何なのか言葉には出来なかったが。
 
◇◇◇◇
 
 そんな状態が続いたある日、下校時刻になった俺たちはいつもの長い坂を下っていた。ハルヒは朝比奈さんに何かを熱心に語り、
長門はやっぱり読書したまま歩いている。最後尾には俺と古泉が歩いていたが、
「さすが涼宮さんですね。この十日程度でこれだけのパワーを見せ付けてくるとは思いませんでしたよ」
「最近のハルヒのはしゃぎっぷりについてか?」
「そうです。まるで僕たちと一緒にいるのが楽しくてたまらないという感じですね。最初はまさか未来人や宇宙人を集結させて
一体何をするつもりなんだろうかと思っていましたが、このような遊びで満喫しているだけのようなので一安心です」
 そうにこやかな笑みを浮かべる古泉。
 ま、それがハルヒがSOS団を作った理由だからな。当然といえば当然のことだ。
 ふとここで俺はこいつの役割について思い出し、
「そういや、最近お前の仕事のほうはどうなんだ? やっぱり頻発していたりするのか?」
「いえ、涼宮さんも十分に楽しんでいるようでして、全くストレスを感じていないようです。そのためか、閉鎖空間・神人も
全くご無沙汰な状態ですよ。僕も落ち着いて日常的学校生活を楽しめています」
 古泉の話にほっと安堵する俺。最近のハルヒの行動は少々違和感を感じていたからな。実はストレスを溜め込みまくっていて、
あの灰色世界で暴れているんじゃないかと不安になっていたが、ただの取り越し苦労で済みそうだ。もっとも、このハルヒは
意識して意図的に閉鎖空間を作っているんだから、たとえストレスを溜め込んでいてもそれを発生していないだけかもしれんが、
あいつの性格を考えるとその可能性も低いと思われる。
 古泉は続ける。
「中学時代の涼宮さんとは雲泥の差ですよ。あの時は毎日ストレスを抱えていて、ことあるごとに閉鎖空間で暴れていましたからね。
SOS団設立後では本人の表情もまるで違うのは、入学当初から一緒だったあなたも感じていることなのではないですか?」
「まっ、確かにあいつが元気になったのだけは鈍い俺でもわかるよ。今の学校生活を心底楽しんでいるんだろうな」
 事実を知っている俺からしてみると、思わず突っ込みたくなる衝動に駆られてしまうが、ここは堪えて適当に流しておく。
演技を続けるって言うのもつらいもんだ。そういや、俺の世界では古泉がその不満について愚痴を言っていたが、よくわかるよ。
戻ったらご苦労さんの一言ぐらいかけておこう。ああ、ついでに生徒会長にもな。
 ふと、ここで古泉は前を歩くハルヒを見つめながら、
「ですが、少々疑問があるのも事実です。SOS団結成前後では涼宮さんの心情は全く異なっている。なぜなんでしょうか。
まるで僕たちが集まるのを待っていて、中学生時代はそれをストレスに感じていたのでは、と疑いたくなるほどですよ」
 俺は一瞬ぎくりと心臓の鼓動が跳ね上がった。まさにその通りだった。ひょっとして機関――古泉はその可能性を疑っているのか?
 しかし、古泉が続けた言葉が少々意味合いが異なっていた。
「つまりですね。涼宮さんは入学式の自己紹介で――これは機関からの情報で僕は実際に聞いたわけではありませんが、
宇宙人・未来人・超能力者を探していたじゃないですか。この場合、長門さん・朝比奈さん・僕が上手い具合に当てはまるわけです。
そして、僕たちがそろったのと同時に涼宮さんのストレスは一気に解消された。つまり、涼宮さんは目的を達成したと認識している
可能性があるということです」
 そうきたか。だが、それでも矛盾があるだろ。
「そうなるとハルヒはお前らが普通の人間じゃないと認識していることになっちまうじゃねえか。だが、SOS団設立の時でも
ハルヒにそんなそぶりなんてまったくなかったぞ。大体、せっかくそういった連中を集めたって言うのに、やっていることは
普通のお遊びサークル状態だ。何のために宇宙人みたいな連中を集めたのかさっぱりわからん。それにお前らがそれを
ハルヒに察知されるようなことをしていたわけでもない」
「涼宮さんは無意識下でそれを望んだんですよ。だからこそ、僕たちが集められた。これはこないだも話しましたよね。
さらにその無意識下での認識でありながら、涼宮さんは現状に満足してしまった。そう考えられませんか?
事実、SOS団の活動であなたも言った通り、宇宙人・未来人・超能力者に関わることは何一つとして言っていませんから」
 無意識下ねぇ……実際には無意識どころか待ちに待った連中がついにやってきたんだから、そんなことはないと言える。
しかし、それを言うわけにもいかないから、
「難しく考えすぎじゃないか? 俺には単にハルヒが遊ぶことに夢中になって、そんなことはどうでもよくなったと思っているんだが」
 そう別の方向に誘導しておく。あまり深く突き詰められて、真実にぶつかっても困るだけだからな。
 古泉は苦笑しつつ、
「確かにその可能性はあります。僕のは個人的な推測に過ぎませんので。しかし、今の涼宮さんは幸せだというのは
確実にいえることですね。以前の灰色の砂嵐だった精神状態からは完全に脱していますよ」
「それについては異論はねえよ……中学生時代のハルヒはよく知らんが、この一ヶ月でもその変化ははっきりとわかっているさ」
 ここで俺たち二人の会話が途切れる。前を歩くハルヒはまだ朝比奈さんに対して得意げに語っていた。
 日が傾き、空をカラスの集団が飛んでいく。
 俺はふと思いつき、
「なあ古泉。一つ聞いておきたい」
「何でしょう?」
「今の立場に満足しているか?」
「十分に満足していますね。涼宮さんの精神状態は安定し、閉鎖空間の発生頻度もほとんど――」
「そうじゃなくて」
 俺は古泉の言葉を手で静止してから、
「お前自身はどうなのか聞きたいんだ。ハルヒにここ最近引っ張りまわされているだろ? それはお前にとって、
面白いのかつまらないのかってことだ」
 その質問に、古泉は顎に手を当ててしばらく思案を始めた。そして、やがてゆったりと口を開き始める。
「難しい質問ですね。僕としましては、楽しいとかそんな感情よりもどうしても涼宮さんが安定してくれてうれしいという
考えに至ってしまいます。これもずっと機関で彼女を見続けたことが原因でしょう。僕はSOS団の前に、機関の一員なんです」
「そうか……」
 俺の世界の古泉とは真逆のことを言われて、俺は少々気分が重くなった。やっぱり今俺の目の前にいるのは、
ただの超能力者・古泉なんだな。SOS団を作ってからまだそんなに経っていないから無理もないんだが、
こう直接言われるとやはりショックを受けてしまう。
 そんな俺を見ていた古泉はここで、ですがと話を続け始め、
「確かに今はそんな感情しか生まれてきません。でもたまに思うんですね。機関の一員とか超能力者とかそんな属性を
投げ捨ててみたら自分はどんな気分になるんだろうと。ひょっとしたら、純粋にとても楽しい学校生活を歩めるかもしれない……」
 そうしみじみと言った。
 そうか。古泉もそういう感情はあるんだな。それを確認できただけでもほっとするよ。
「この際だから言っておくが、俺は現状が楽しくてたまらない。ハルヒはわがままで横暴だが、あいつのやることには
どこか興奮させられる部分があるからな。だから――この生活を失いたくない。絶対にだ」
「…………」
 俺の言葉を古泉はただいつものスマイルのまま見ていた。おっと、ついでだから言っておくか。
「お前の話を聞く限りだと、どうもこのSOS団をぶち壊しかねない思想の連中がいるみたいだったな。
そいつらの好きにはさせないでくれ。俺は現状を守り抜きたい」
「肝に銘じておきましょう」
 古泉の返答からは、それが機関の人間としてのものなのか、SOS団としてのものなのか判断は出来なかった。
 
◇◇◇◇
 
 SOS団設立からしばらく経った後、俺は朝倉に襲われた。シチュエーションは俺の世界のときと全く同じで
放課後に教室に呼び出し→ナイフで襲われるという形だった。
 この件については事前に予測が出来ていたため、ハルヒと対処について相談していた。なにせ、この世界の現状の推移は
俺の世界とは似通っているとはいえ、根本的にSOS団の活動内容など異なる点も多い。長門の救援が間に合わなかったり
あっさりと俺が殺されてしまう可能性も否定することなど出来ない。ただ、それを考えると朝倉が暴走しない可能性だって
十分にあるわけだが、前回の世界といい俺の世界といいそれは低いんじゃないかと思いたくなる上、
殺される恐れがあるなら用心するに越したことはないはずだ。
 そんなわけで事前に長門たちの隙を見計らって昼休みにハルヒと相談していたんだが、
 ………
 ……
 …
「ふーん、なるほどね。もうすぐに朝倉があんたを殺しに来るっていう可能性があるわけか」
「そうだ。で、当時は長門に助けられたわけだが、ここでも同じになるとは限らない。そこで事前になんかいい手がないか
相談したいんだ」
 いつもの非常階段踊り場の壁に寄りかかり思案顔になるハルヒ。
 正直なところ、ハルヒに相談したところでどうにかできるのかという疑問もある。こないだのハルヒVS朝倉では、
戦うというより一方的に蹂躙されまくっただけで、最後にサヨナラ逆転満塁ホームランが飛び出して勝利しただけだ。
しかし、だからといって事前に長門に相談するわけにも行かず、古泉にそれとなく話したところであの朝倉と対等に
戦えるだけの力を持っているとは思えない。ああ、朝比奈さんは論外な。実力云々の前にそんな危険なことにあの人を関わらせたくない。
 とはいえ、命の危機が迫っているかもしれないのにただ黙っているのは何かこうむずむずしてきて嫌だ。
 ハルヒはしばらく黙ったまま考えていたが、
「でもさ、有希ってそういうこと事前に察知できるだけの情報操作能力を持っているような気がするんだけど。
あいつら、あたしたちの言う時間の流れとは異なる概念を持っているみたいだしね。そうなら朝倉に襲われても
必ず助けに来るんじゃないの? 文芸部活動でおかしくなるほどに負荷をかけているとも思えないから」
 ハルヒの指摘に俺は腕を組んで考える――と同時に思い出した。そういえば、長門は冬のあの事件を起こすまでは
未来の自分と同期ができるとか言っていたっけ。ん? そう考えると、長門は三年前の七夕の時に未来の自分と同期を
取っていたわけだから、自分が暴走することも知っていたし、そうなると当然朝倉が暴走することも事前に知っていたことになる。
 ならあのぎりぎりの救出タイミングはわざと狙っていたのか、長門さん? わざわざかっこよさを演出する必要なんて
長門には全くないからきっと別の理由があるんだと考えておこう。
 俺はそれを認識してそれなりの安心感を覚えると、
「ああ、そういや長門はそういうことも可能だって言っていたな。なら大丈夫か」
「そうよ。どのみちインターフェースの動向に関しては連中の内部で処理させたほうがいいわ。あたしが動くとばれる可能性が
飛躍的に高くなるしね。有希なら何とかできるでしょ」
 …
 ……
 ………
 とまあそんな結論至っていたため、安心は出来なかったが特に対応策はとらずに、そのまま朝倉に襲われることになった。
やれやれ、襲われるのをわかっていながらホイホイとそれを受け入れるってのも酷な話だぜ。
 結局のところ、途中で長門が助けに来てくれたおかげで俺は無事生還。朝倉も無事消滅させることに成功した。
順調に言ってくれて何よりだ。長門が痛めつけられるのを見るのは辛かったけどな。
 ついでに、やっぱり教室に入ってきた谷口を追い出しつつ、長門にメガネをはずして置くように促しておいた。
前回の世界だと結局最後までメガネ姿だったが、やっぱり俺はメガネ属性ないし。
 
 朝倉襲撃に関しては全く同じ展開だったのに対して、その次に会った朝比奈さん(大)との遭遇はなかった。
 これに関しては最初は動揺し、何かとんでもない間違いをどこかでしたんじゃないかと不安になった。
なぜなら朝比奈さん(大)がいない=朝比奈さん(小)が未来人オンリーの世界のときのように今後自殺という
悪夢の惨劇が待っているかもしれないからだ。
 しかし、当時の状況をしばらく考えてから当然であるという結論に至る。あの時朝比奈さん(大)は白雪姫という
キーワードを俺に伝えるためにやってきたようだった。もちろんその意味は、ハルヒによる世界改変の時の対処法についてだろう。
思い出すと耳から火を吹きそうになるから、あまり脳内再生したくないが。
 ん? ちょっと待て。ということは朝比奈さん(大)はアレをしろと事前に俺に言っていたわけか? さらに言えば、
あの閉鎖空間で長門がsleeping beautity とか告げてきたが、それもアレをしろということなのか?
二人そろってなんてことを求めやがるんだ、全く。
 まあ、そんなことはどうでもいい。それは俺の世界ですでに起こった話であって、この世界では同様の事態は発生しないと
断言できる。なぜかといわれれば、そんなことを力を自覚しているハルヒがするはずがないからだ。やるならリセットだろうしな。
そういう意味で朝比奈さん(大)は俺にヒントを告げる必要が発生しなくなり、その姿をあらわさないということになる。
あのナイスバディを超えたダイナマイトが見れないのは少々残念ではあるが、今後は嫌でも顔を合わせる必要が出てくるだろうから、
それまでの楽しみに取っておくかね。
 
◇◇◇◇
 
 そこから夏休み直前まで話を進めよう。何でかというと特に変わったことも無かったからだ。
 まず、ハルヒによる世界改変は無し。何度も言っているがこれは当たり前の話だ。
 SOS団活動で目立ったものといえば、野球大会に参加に参加したぐらいか。結局一回戦で辞退したのも変わらない。
まあ優勝したらしたで面倒事になるだけだし、ハルヒは辞退すると言ったらムスーとしていたが、まあそれなりに楽しんだようだった。
 カマドウマ大発生はいつ起きるのやらとハラハラしていたが、考えたらここのSOS団はHPを持っていないんだから
起きるわけがなかった。
 おっと、七夕の話があったな。あれについては、やったことは同じだったが、ハルヒの態度が違うのは当然としても、
そこでようやく出会えた朝比奈さん(大)がちょっと意味深なことを言っていた。
 ………
 ……
 …
 俺と朝比奈さんが三年前の七夕に戻り、夜の公園のベンチでそのまま朝比奈さん(小)が眠らされた時に、彼女はやって来た。
女教師みたいな服で、年齢は20歳前後、ゴージャスがダイナマイトになったあの朝比奈さん(大)である。微妙に空いた胸元に
どうしても視線が行ってしまうのは男の性だ、許してくれ神よ。
「キョンくん……久しぶり」
 朝比奈さん(大)は(小)を放って俺の手をつかんできた。本当に久しぶりの再開のようで、その表情は懐かしさを発揮している。
 このタイミングで久しぶりとか言われると何だか妙な気分だ。思わず俺は困惑して後頭部を掻いてしまう。
「どうかしたの?」
 俺が面食らうかと予想していたのだろうか、不思議そうな視線を向けてくる。いかん、これでは不審に思われるな。
えーと当時はどうやって答えたんだっけ?
 そう必死に記憶の糸をたぐりつつ、
「あの……朝比奈さんのお姉さんですか?」
「あ、うふ、わたしはわたし。朝比奈みくる本人です。そこで今寝息を立てているわたしよりもずっと未来から来た
わたしというところですね」
 そうにっこりと笑みを浮かべて説明する。だが、すぐにまた感激の表情に切り替えるとぎゅっと俺の手を握り占め、
「……会いたかった」
 その言葉に、俺もちょっと懐かしさを憶える。考えてみれば、こっちの世界に旅立ってからかなり経つが朝比奈さん(大)に
遭遇したのは初めてだった。握られた手から暖かい体温が伝わって来るに連れて、その実感が増してくる。
 俺は朝比奈さん(大)が前屈みでこっちを見ているため、どうしても上から胸元を除いているような状態になっているになり、
こそこそと視線を外しつつ、
「えっと、なるほど。わかりました。つまり朝比奈さん+何歳かってことですね」
 とりあえずとっとと納得しておこう。こういう状態をあまり長引かせるとボロを出す確率が高くなるだけだからな。
しかし、そんな俺の態度を朝比奈さん(大)は納得していないと判断したのか、頬をふくらませると、
「信じてないでしょ? それに女性を歳で判断するのは失礼です」
「ああいえいえ、信じています。確実に。実際に今俺は三年前に戻るなんていうSF体験をしたばかりですからね。
ちょっと変なことが起きてももうあっさり飲み込める自信がありますよ」
 俺はあわてて手を振りつつ答える。
 朝比奈さん(大)はホントに?と疑いの視線を俺の目に合わせてくるが、同時にこっちの視線が時たま胸元へ向かっていることに
気が付いたらしい、顔を赤らめつつあわてて前屈みのポーズを解除して直立状態に戻った。
 このまま話を止めていても仕方がないので、
「で、その朝比奈さんが何の用なんですか? わざわざ三年前に来て、さらに高校生の朝比奈さんを眠らせるなんて
状況がよくわからないんですけど」
「この子の役目は一旦終了です。再開はもうちょっとしてからね。そして、あなたを導くのはわたしの役目になります」
 東中へ行けってことかと考えると、朝比奈さんは俺の思考を後追いするかのように、向かい先――東中へ行くように言った。
全く予言者か心の透視能力を持った気分だよ。
 ここで朝比奈さん(大)は一歩離れると、
「時間です。これでわたしの役目も終わり。後はあなたに任せます」
 この後に、冬のあの時の俺と落ち合うんだな――いや、ちょっと待てよ? それなら、この世界でも長門のエラーによる事件は
起きるっていうことになる。そして、それを越えられたからこそ、この朝比奈さん(大)(小)が存在しているわけだ。
 俺は思わず笑い声を上げてしまいそうになったが、あわてて喉から逆の胃袋の方向へと流し込んだ。何でこんなことに
気が付かなかったんだ。
 朝比奈さん(小)がいる時点で、この世界は情報統合思念体による排除行動は発生しない。
 朝比奈さん(大)がいる時点で、あの思い出したくもない惨劇も起こらない。
 つまり未来人絡みの問題は全て解決したということになる。平穏かどうかはわからないが、世界は存在し続ける。
 この事実に、俺はまるで勝利気分になった。当然だろ? あれだけ右往左往・七転八倒を続けてようやくここまでたどり着いたんだから。
 よし帰ったらハルヒに報告してやろう。俺の役目も終わったも同然だしな。
 だが。
 次に朝比奈さん(大)の口から出た言葉は、そんな俺の気分をあっさりと覆すものだった。
「別れる前にキョンくんに言っておきたいことがあります」
「……何ですか?」
 少し真剣気味な朝比奈さん(大)の言葉に、俺の気分が若干削がれる。
 しばらく考える素振りをしてから、彼女は続けて、
「これから先、キョンくんたちは二つの大きな分岐点にぶつかります。詳細については禁則事項になってしまうので言えません。
その他の既定事項についてはわたしたちがどうにか出来る問題だけど、その二つだけはあなたと――涼宮さんにしか解決できないのものなの」
「……二つ?」
 その言葉に、俺は真っ先に冬のあの日の事件が思いつくが、もう一つは何だ? 俺の世界でも朝比奈さん(大)でも対処不能で
俺とハルヒだけができるというのは、ハルヒによる世界改変ぐらいしか思いつかないが、それはとっくに時間的に通過済み&
ハルヒがそんなことをするわけがないという結論に至っている。
 そうなると、この世界特有の問題がこの先に起きるって訳か。全く9回表に満塁ホームランで逆転したのに、9回裏のツーアウトから
土壇場でまた追いつかれた気分だぜ。
 朝比奈さん(大)は真剣なまなざしのまま続ける。
「その二つを超えた先にある未来からわたしとそこで眠っているわたしはやって来ているんです。
でも過去は非常に不安定なものであって、脇道にそれないようにわたしたちのような人間が動いています。だけどその二つだけは
こちらではどうしようもありません。自分の力を自覚していない涼宮さんは頼れないので、あとはキョンくんだけなんです」
 朝比奈さん(大)にも結局ハルヒについてはばれていないのか。いやそれよりもだ。
「よくわからないんですが、俺が失敗したら朝比奈さんの未来へつながらなくなるっていうことですか? それだと、どうして
今ここに朝比奈さんたちが存在しているのか――ああええと、何か矛盾してる気がしてくるんですけど」
「それについては禁則事項というよりも、わたしたちが用いるSTC理論をあなたに教えるのは不可能だから言えません。
概念も立脚もこの時代に生まれた人に教えるのは無理なんです。あ、決してキョンくんの頭が悪いということではないんですよ?
この時間平面状で、その話を理解できる人なんて誰一人としていないってことなの」
 朝比奈さん(大)の説明を聞く度に、俺の好奇心が揺さぶられてくるがどうせ聞いたってわからないだろうから、
深く尋ねるのは止めておこう。考えるのに夢中になって俺の正体がばれるようなボロを出したらとんでもないことになるからな。
 俺は話を打ち切ることを決めると、朝比奈さん(小)をオンブし、
「とりあえずその辺りは深く突っ込まない方が良さそうなんで、今の役割を果たすことにします。でも、その二つの問題っていう
ヒントぐらいはもらえませんか? できれば事前準備ぐらいしておきたいんですけど」
「ごめんなさい。全て禁則事項なんです。それほどまでに難しくてデリケートなものだから。ただ一つだけ言えるのは、
それが起こればあなたはすぐにわかるはずです」
 朝比奈さん(大)が申し訳なさそうに頭を下げた。やれやれ、ヒントゼロか。今の時点で当てたら一気に無条件で
甲子園優勝の旗が貰える難易度だな。だが、起こればすぐにわかる――つまり、気を抜いたらあっさりと
見逃すようなものではないということだ。それだけでもありがたい情報かな。
「じゃあ、キョンくんまたね。次逢えることを願っています」
 またもや意味深な言葉と共に、朝比奈さん(大)は公園の暗がりへと消えていった。二つの問題が解決されたなら、
やっぱりこの後俺と落ち合うことになるんだろうか。その辺りの茂みを探してみたくなる衝動に駆られるが、
そんなことをしたらいろいろぶちこわしになるかも知れないんで止めておこう。
 さてと。
 俺は軽いんだろうけど、肉体労働に慣れていない俺には重く感じる朝比奈さん(小)を背負いつつ、東中へと向かった。
 
 ここからはちょっとした余談になる。
 俺は東中の門前でそこを乗り越えようとしている子供っぽい人影を発見し、
「おい」
 そう声をかけてやった。そいつはすぐに反応して、何よとこっちを睨みつけてきたが、
「……なんだキョンじゃないの。何やってんのよ、みくるちゃんなんて背負って」
「朝比奈さん――というより未来人からの指示だよ。俺の世界でも同じだ。どうせこれから校庭に落書きするんだろ?
そのお手伝いをしろってさ」
 俺は溜息混じりで答える。
 電灯で照らされたハルヒはまだ小柄で、朝比奈さんには劣るもののパーフェクトなボディは未成熟だった。
唯一、俺の世界の七夕と違うのはハルヒの髪が短いってことぐらいか。活動的な性格のこいつから考えれば、
短くするのが当たり前な気もするが、この違いは何なんだろうね? どうでもいい話だろうけど。
 そんなことを考えている間に、中学生ハルヒは俺の背中で眠っている朝比奈さんのほっぺを突っつきながら、
「あんた、みくるちゃんが眠っている間に何かしなかったでしょうね?」
「してねーよ。てか今から三年後にも同じことを聞かれたぞ」
 ハルヒはジト目で俺の否定に、疑惑の視線をぶつけてくる。しまった、朝比奈さん(大)にチュウぐらいならというのを
確認し損ねたな。やるかどうかはさておき聞けることは聞いておけば良かった。
 ここでハルヒはまあいいわと言ってポケットから東中の門の鍵をプラプラさせて、
「じゃあせっかくだからあんたに手伝ってもらうわよ。一人だと結構大変だからね」
 
「ちょっとそこ曲がっているわよ! 本当に方向音痴ね」
「方向音痴は意味が違うんじゃないのか?」
 俺はハルヒのキリキリ声を背後に、線引きをひたすら走らせていた。全く何を考えたら、家でゴロゴロするのより、
こんな犯罪まがいの行為をしたくなるのやら。俺なら絶対に前者を選ぶね。
 ほどなくして、石灰を白巨大ミミズが暴走した後のような地上絵が完成する。ん、俺の知っているものとかなり異なるものだが、
何か意味でもあるのか?
「一応意味なら込めてあるわよ。人に言うことじゃないし、わからないように暗号化しているけど」
「おいおい、これ仮にも織姫と彦星へのメッセージだろ? 暗号化なんかしたらわからんだろ」
「良いのよ。そのくらい神様なんだからきっと解除するなんて朝飯前よ」
 ハルヒは校庭に描かれた不気味な模様を満足そうに眺める。こんな時だけ都合の良い理論を引っ張り出すなよ。
 しばらく俺もそれを眺めていたが、ふと時間の経過に気が付き、
「そろそろ朝比奈さんが目を覚ます頃合いだ。解散しておこうぜ」
「わかったわ。あたしも目的が果たせたからとっとと帰る」
 俺は再び朝比奈さんを担ぎ、ハルヒはすたすたと人に散々作業させた割に礼の一つも言わずに校門へと向かっていった。
 が、途中で急に振り返ったかと思うと、
「ねえ、三年後みんなちゃんとそろったの?」
 距離が離れてしまったため、月明かりだけではある日の表情はわからなかったが、その口調はやや不安げなものに感じた。
 俺はできるだけ明るい声で、
「ああ大丈夫だ。お前は喜びを爆発させて、毎日楽しんでいるよ。三年後を楽しみにしておけ」
 それにハルヒはほっと肩を落とした。そして、すっと空を見上げぽつりと言う。
「三年か……長いなぁ」
 …
 ……
 ………
 そんなこんなで目を覚ました朝比奈さんと共に長門のマンションへと行き、そこで三年間の時間凍結で現代に戻ってきた。
その辺りは俺の世界と変わりなく進んでいった。
 帰った後、ハルヒにはこれから二つばかしでかい問題が待ちかまえていることを告げておいた。当の本人は、
情報が少なすぎるからそれが起こるのを待つしかないと言い、静観する構えを見せていた。
 
 そして、期末テスト明けの部室。
 ハルヒが意気揚々と夏休みに何をするか離している間、俺はぼーっと考える。
 朝比奈さん(大)が言っていた二つの大きな分岐点。一体何なんだろう。未来に多大な影響を与える上に、
未来人が全く手の出せないこと。一つは冬のあの日の可能性が高い。しかしもう一つは?
 
 俺はこの時それがもう目前に迫っていることなんて考えもしなかった。
 
◇◇◇◇
 
 夏休みが直前に迫り、学校も短縮営業になった部室では、相も変わらずSOS団の面々が生まれた川に戻ってくる
サーモンのごとく集まっていた。現在は夏休みのSOS団予定作成ミーティング中である。
 ハルヒはホワイトボードを団長席の前に置き、延々と『夏休みにやろうと思うこと一覧』を書いている。
しかし、その量がまた凄いこと。これじゃ、夏休みの全部がつぶれてもおかしくないぞ。お盆は避暑と里帰りを兼ねて
田舎に戻るんだからキツキツなスケジュールは勘弁してくれ。
 ――だが、以前から少しずつ感じていたハルヒに対する違和感がここに来て、さらに拡大してきている。何だ? 
俺は一体何に気が付いているんだ? 全く自分の心の内が読めないってのも嫌なもんだ。
 一通り書き終えたハルヒは、ぱんぱんとホワイトボードを叩き、
「さて、夏休みと言ってもSOS団に休みなんて無いわ。どうせキョンみたいなぐーたらタイプはガンガンに効かせた
クーラー部屋でさして興味のない甲子園の生中継を判官贔屓で負けている方を何となく応援するなんていう
無駄極まりない過ごし方をするに決まっているんだから。でも、そんなのは却下よ却下! 充実して二度と忘れないくらいの
夏休みにするんだからね!」
 全く元気満々な奴だ。しかし、俺を使った例が適切すぎるぞ。確かに受験勉強とかしていなかった夏休みの過ごし方は
ずっとそんな感じだったからな。人の生活を密かに除いたりしていないだろうな?
 俺はすっと古泉に視線だけを向けて、
「お前たち――機関とやらは何かたくらんでいないのか? ハルヒの退屈を紛らわせるぐらいに、孤島への旅行パックぐらい
持ってきそうだと思っていたんだが」
 俺の世界だと古泉の方からハルヒに進言していたわけだが、今のハルヒの様子から見てどうもそんな雰囲気じゃない。
やっぱりこの辺りで際は出ているか。
 が。
「全く……たまにあなたと話していると、本当にあなたが涼宮さんに関わらない純正のESPをもっているのかと
疑いたくなりますね」
 げ。
 心の中で舌打ちした俺だったが、古泉はそれに気が付くわけもなく、
「あなたの言うとおり、涼宮さんの好みそうな孤島への旅行がついさっきまとまったところだったんですよ。
ただし、涼宮さんは涼宮さんなりに予定を考えてきているみたいでしたから、それとかち合わなければ言うつもりでした」
 そう言いつつじーっと俺の方に好奇心を込めた気色悪い視線を向けてくる古泉。
 いかんいかん。危うくこんなどうでも良い場所でヘマをやらかすところだった
 俺は首筋にたまった汗を乾かそうと、襟首をぱたぱたとさせながら、
「いんや、孤島で事件なんてハルヒが望みそうなところだったからな。ただの推測だ。それに本当にそんなパワーを持っているなら
今頃宝くじや競馬で大もうけして学校なんぞとっくに辞めている」
「それもそうですね」
 俺の言葉に、古泉は疑惑からインチキスマイルへと表情を変化させた。さらにハルヒがこっちを指差し、
「こらそこ! なに会議中におしゃべりしているのよ! そんな不真面目な態度を取っていると旅行中は永遠荷物持ちの刑にするわよ!」
「これは失礼しました」
 古泉は大仰に頭を下げる。一方の俺はあごに手を乗せたまま、やっぱり何か引っかかるハルヒの態度に困惑していた。
ええい、もどかしい。
 ハルヒは腕を回しながら、山登り・海水浴などの大イベントを手で叩きながら、
「こういうのはね、最初が肝心なのよ! つまり夏休みの初日! これがうまくいくかどうかで、全休日が上手く過ごせるか
決まると言っていいほどだわ。そんなわけで、当然強烈なものを一発目に持ってくるのが当然ってわけ。
そうね……海水浴なんてどう、古泉くん!」
「大変よろしいかと」
「何かやる気なさげねぇ……じゃあ、みくるちゃん! 山登りなんてどう? 今の時期は暑いけど、高いところは
眺めも良いし涼しくて良いわよ。みくるちゃんは汗でいろいろ大変でしょ?」
「ふえ? ええっと……確かに汗の処理は大変ですけど、その……ちょっときつそうで……あ、でもいいですよ。
涼宮さんがそこに行くならついて行きます」
「ああもう……そういうこと言っているんじゃないのよ。んじゃ、有希! 読書ばっかりして身体中に文字列がしみこんでいるんじゃない?
温泉に行ってそれを一旦排出するってのもいいわよ。どう?」
「わたしは構わない」
「かー! もー!」
 ハルヒは心底いらだったように頭頂部の髪の毛を掻きむしる。何をそんなにかりかりしてんだ。それになんで俺には聞かないんだよ。
 俺の突っ込みも無視して、ハルヒはまた次々と案を俺以外の団員たちに出していく。
しかし、元々ハルヒのそばにいるのが仕事みたいな連中だ。ハルヒがそこに行くと言えば、どこだって付いていく。
決して反論や代案を出したりはせずにな。こればっかりは俺の世界でもまだまだ改善されていない部分だ。
 だが……ハルヒの行動に対する違和感が俺の中でさらに増大していった。このレベルになってくるとさすがの鈍い俺でも
気がつき始めた。理由は知らんが、ハルヒは焦っている。夏休みが終わるなら時間がないと焦る気持ちもわかるが、
まだ始まってもいない夏休みの予定表作りになんでだ?
 エスカレートし続ける痛々しさにさすがに見かねた俺は、
「おいハルヒ」
「それならハイキングって言うのはどう!? その辺りでいい場所があるのよ」
「おい」
「あ、宝探しならみんなワクワクしない? 鶴屋さんの家は昔からあるみたいだし、古びた蔵とかあされば宝の地図ぐらい――」
「おいハルヒ。ちょっと落ち着けよ」
 俺は自分の席を立ち上がり、ハルヒの肩を叩いて暴走状態を止めにかかる。直にハルヒに触れて初めて気が付いたが、
全身にかなりの汗を掻いていた。顔にも無数の汗の粒が浮き、ハルヒ特有のオーバーリアクションで頭を揺さぶったせいか、
まるで風呂上がりで髪の毛を放置した状態みたいだ。一体どうしたってんだ。
 ハルヒは俺を無視して、また何か言おうとして――すぐに口をつぐんだ。そして、しばらく沈黙を保った後、
少しだけうつむいて団員たちから視線を外すと、
「……ごめん、何かちょっとテンパってた」
 そうぽつりと言うと、顔を洗ってくると言って部室から出て行ってしまった。本当にどうしたんだ一体。
 古泉が少々心配そうに、
「どうしたのでしょうか? 最近もちょくちょく感じていましたが、涼宮さんの様子がおかしいですね。
特に夏休みが近づくほどにその度合いが強まっているように思えます」
「何だ、閉鎖空間も乱発状態だったりするのか?」
「いえそれはないんですが……何なんでしょう」
 ハルヒの精神分析担当の古泉もお手上げか。ん、何かまたちょっと引っかかったぞ。ええい、どうして俺の頭は
断片ばっかりキャッチするんだ。粉砕した野球ボールの破片を取っても意味無いぞ。
「涼宮さん、確かにちょっとおかしいですね……あのあの、あたし何かまずいこととかしちゃったんでしょうか?」
 オロオロし始める朝比奈さん。……何だか少しわかってきた気がする。
「…………」
 長門は読書こそ止めていたが、無言のまま俺の方を見つめていた。なんとなーく理由が……
 …………
 …………
 ああ、そうか。そういうことか。良く気が付いたぞ、俺。
 俺は団員全員を順次見回していくと、
「ちょっと聞きたい。みんなハルヒが言っている夏休み初日にどこかに行くのに反対か? ハルヒは今いないから正直に答えてくれ」
「涼宮さんが行くという場所へはどこにでも」
「あたしも涼宮さんと一緒に」
「そう指示されるのなら」
 古泉・朝比奈さん・長門の順に答えが返ってきた。全くハルヒがいらだつ気持ちもわかるぜ。
「そうじゃなくてだ。みんなの意思――つまり宇宙・未来・超能力とかそんなの関係なしにハルヒと一緒に
夏休みを過ごしたいのかと聞いているんだよ。組織とかそんなのはこの際無視して答えてくれないか?」
 俺の呼びかけに、朝比奈さんと古泉がお互いを見つめ、長門はじっと俺を見たままだ。
 やがて、朝比奈さんが手を挙げて、
「あたし、それでも構いません。ただ運動は苦手なので、山登りとか体力を使うのはちょっと……」
 次に古泉。
「僕としましては、自分のプランを用意したこともありますので、それを推したいですね。おっと組織の都合とかではなく、
これには僕の仲間も加わる予定なのでそれなりに楽しめるはずです」
 最後に長門。
「読書が出来るのなら」
 そうだよ。それでいいんだ。
 俺は手を置いて、
「だったらハルヒにそう言ってやれ。それだけであいつの違和感は消えるはずだ。ただあいつはみんなと一緒に遊びたいだけなんだ。
ハルヒをそんな特別扱いした目で見ないで、普通のSOS団の団長として見て欲しい」
 ハルヒはただみんなを楽しませることに必死なんだ。でも、肝心の団員がハルヒの顔色をうかがっているばかりで、
本当に楽しんでくれているのかわからない。ひょっとしたら無理やり付き合わせているだけなんじゃないか。
恐らくハルヒはそんな疑念があるのだろう。やれやれ、一方的にこっちを引っ張り回すウチの団長様とは大違いなデリケートぶりだ。
まあ、ここの団長ハルヒは何度も喪失感を味わって、二度と失いたくないという気持ちが強いせいで、そんな状態になっているんだろうが。
事実、俺も一度失って以降SOS団に対する執着みたいなものは大きく変化したしな。
 俺の主張に、古泉が感心したような笑みを浮かべて、
「なるほど。確かにその通りです。わかりました。涼宮さんが戻り次第、僕の方から孤島への旅行を提案してみます。
SOS団は一人で作られるものではありませんでしたね」
「あ、あたしもそれで良いです。そっちの方がいいです」
「異論はない」
 朝比奈さんと長門も同意した。
 ほどなくして、顔を濡らしたハルヒが戻ってくる。俺はそそくさと自分の席に戻る。
 代わりに古泉が立ち上がり、
「涼宮さん、言うのが遅れて申し訳ありません。実は僕の友人からちょっとした誘いがありまして――」
 古泉の孤島招待に、ハルヒが全力で頷いて100Wどころか核爆発の熱球のような笑顔でOKしたのは言うまででもない。
 ああ、あとついでに古泉をSOS団副団長に任命したことについてもな。
 
 その日の放課後、どういう訳だか長門・朝比奈さん・古泉は用事があるからと言って別々に帰宅して、
俺とハルヒだけで下校することになった。
「孤島よ孤島! 古泉くんから持ってきてくれるなんて思ってなかったわ! ようやくSOS団も一丸となりつつあるわね!
あー、もう待ちきれないわ! 早く出発日にならないかしら!」
 古泉からの提案がそんなに嬉しかったのか、帰りになってもまだハルヒのテンションは爆発モードのままだ。
このハルヒにはあの必死さが全くなく、違和感なんてみじんも感じない。ようやく元に戻ったようだな。
「古泉からの意見がそんなに嬉しかったのか?」
「もっちろんよ! だってみんな今までただあたしの言うことに付いてきていただけなのよ? 初めて自分から意思を
示してくれたんだから嬉しいに決まっているじゃない! なんていうか、初めて意思疎通が成り立ったって言うか……」
 ――ここでハルヒは少し声のトーンを落として――
「SOS団を作ってからずっと不安だった。みんなそれぞれの目的だけで一緒にいてくれるんじゃないかとか、
実は嫌々ついてきているんじゃないかって。でも、今日初めて意思を示してくれて、そうじゃないってわかった。
夏休みでばらばらになって、二学期になったら疎遠になっていたっていうのが一番怖かったのよ」
 ハルヒには少々悪いが、古泉の孤島はひょっとしたらその組織絡みの可能性があるから何とも言えないんだけどな。
これについては言わないでおこう。それにハルヒに意見を言ったという点が重要っていうのもあるし。
 夕焼けに染まったハルヒは少しうつむき、
「あたしはもう絶対にみんなを離したくない。絶対にこの世界を成功させてみせる。組織のためにとかそんなんじゃなくて
純粋にみんなで遊んで楽しめるようになりたい。そうすれば――きっと何もかもがうまくいく気がするから……」
 そうだな。きっとみんなで楽しく過ごせる世界が作れるさ、きっと。今までそのために沢山のものを犠牲にしてきたんだ。
 にしても、本当に団員を思いやっているんだな。今の内に爪のアカをほじらせてくれないか? 元の世界に戻ったら、
ウチの団長様の茶に混ぜておくから。
 だが、ここでハルヒはうつむいたまま立ち止まると、
「ただ――」
 そう何かを言いかけた――が、すぐに頭を振って、
「ううん、なんでもない」
 そう言ってまた歩き出した。
 ……まだ何か不安があるんだろうか?
 
 
 ~涼宮ハルヒの軌跡 SOS団(後編)へ~


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