・・俺はただあいつに、笑っていてほしかっただけなのかもしれない。

 
 
涼宮ハルヒの再会
 
(1)
 いろいろありすぎた一年を越え、俺の初々しく繊細だった精神は、図太くとてもタフなものになっていた。
今の俺ならば、隣の席に座っている女の子が、突然『私、実はこの世界とは違う世界からやって来ているんです』などと言いだしたとしても、決して驚かないだろう。
愛すべき未来人の先輩や無口で万能な宇宙人、そして限定的な爽やか超能力者たちとともにハルヒに振り回されて過ごしたこの一年間は、俺があと何十年生きようとも、生涯で最も濃密な一年になるはずだ。
と言うより、そうなってくれないと困るな。
これ以上のことは、さすがの俺も御免こうむりたい。
いくらなんでも毎年毎年、クラスメイトに殺されかけるような事態は起こらないはず・・・と、思いたいな、うん。
 
 北高に入学してから丸一年がたち、SOS団の団長及び団員はみな、無事進級した。
まぁ、“無事”などという表現が必要なのはどうやら俺だけだったようだが。
もっとも、万が一俺が留年し、一年生をやり直すなどという事態になれば、ハルヒの雷が落ちるのは間違いなかったわけで、そうなれば古泉の機関も黙ってはいなかったであろう。
来年、俺が留年しそうになったら頼むぜ、古泉。
「申し訳ありませんが、あなたの学業のことに関しては、機関はノータッチを貫かせていただきますよ。」
冗談だ。俺もお前や、お前の機関にできるだけ借りなんて作りたくないからな。
「それは結構。では、とりあえず今度の中間テストの結果を楽しみにしておきますよ。」
ふん、誰がお前にテストの成績なぞ教えてやるものか。
「いえいえ、あなたの口から直接伺えるとは僕も思ってはいませんよ。あなたもご存知の通り、この学校には僕や生徒会長の彼以外にも、機関の息のかかった者はおりますので、ご心配なく。」
いやいや、逆に心配になるんだが。
一体お前の機関にどこまで俺のことを調べられているのやら。
「おや、興味がおありですか。では少しお話ししましょうか、あれはたしかあなたが中学2年生の6月・・・」
「おい、こらちょっと待て、誰が話せと言った。」
それは、この約3年間の月日をかけて、ようやく記憶の片隅に追いやった、二度と思い出したくないエピソードだ。
勝手に引っ張り出してくるな。
「そうですか、それは残念ですね。やはり記録として活字で上がってくるものを確認するのと、本人のリアクションを見ながら確認するのでは、だいぶ違いがあるのではと思ったのですが。」
「いいか、その話は二度とするな。特にハルヒの前では絶対にだ。」
「それはもちろん分かっていますよ。僕のほうとしましても、いたずらに涼宮さんの心をかき乱すようなまねは避けたいですしね。」
ハルヒだけではない、この場に朝比奈さんがいなくて本当によかった。
あんな恥ずかしい話を朝比奈さんに聞かれた日には・・・
ああ、いや、これ以上考えるのはやめにしよう。
軽く思い出すだけで、激しい自己嫌悪に襲われる。
とにかく、あの二人に聞かれなかっただけ良しとしよう。
俺が部室に着いた時にはもう、いつも通りのポジションで本を広げていた長門には、話の触りを聞かれてしまったが、あいつのことだ、とっくに承知のことなのだろうし、仮に知らなかったとしても何ともないだろう。
先ほど、古泉の野郎があの話をしそうになったときに、長門がこちらをジトっとした目で見ていたのはなにかの間違いだろう、うん、そうに違いない。
 
その後、いつもより少し遅れてやってきた朝比奈さんのいれてくれたお茶を飲みながら古泉とゲームをし(当然俺の全勝だったのだが)、同じく遅れてきたハルヒによって朝比奈さんがおもちゃと化すのをなんとか止め、長門が本を閉じるのを合図に帰宅する、というこの一年の間にすっかり定着したこの日常を、俺はいたく気に入っていた。
 だってそうだろ。
 未来人や宇宙人、自分の望み通りのことをおこせるトンデモ少女(古泉の機関に言わせると“神”か)なんていう、ありえない肩書きをもっているとは言え、学校でもトップクラスの美少女たちに囲まれて、毎日の暇な放課後に色を加えることができるのだ。
 まぁ、リーダーである団長様がアレなので、今の俺のポジションを羨む野郎なんてのは、つい一月ほど前に入学してきたばかりの新一年生にしかいないだろうが、人って生き物は慣れてさえしまえば、あとはなんとでもなるものである。
 最初にも言ったが、俺はハルヒ絡みのことではちょっとやそっとじゃ驚けない体質になってしまっている。
 宇宙人、未来人、超能力者が揃い踏みのこの空間で普通に過ごしている俺にとってみれば、身の危険さえ迫らねば、あとのことはたいてい黙って見過ごすことができるだろう。
 
 そう、それがハルヒ絡みのことであれば、だ。

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