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モンスターや異国の敵を倒して世界を救う類の漫画やテレビゲームのエンディングを見て、ふと疑問に思うことはないだろうか。この後、主人公はどうなるのだろうかと。
あるテレビのコメンテーターは、シンデレラは王子様と結婚してハッピーエンドになっているが本当の試練は結婚の後にやってくる、と言っていたけど、俺のこの疑問はこのコメンテーターの言っている事とよく似ているのかもしれない。
たいていの物語は英雄が世界を救ったところで終わっているが、世界を救った後も件の英雄の人生は続いていくのだから、彼がその後どのように生きたかはもっと問題視されていいはずだ。
ゲームのエンディングなどでは、世界を救った勇者が最後に国王から王位を譲り受けて王様になるというものもあるが、戦士としての才能と政治家としての才能は全く違う。
権謀術数の渦巻く宮廷の中で彼ら英雄は果たして幸せな晩年を過ごせたのだろうか。
現代であれば書籍を出版したり講演をしたりすれば十分生活はできるだろうが、スキャンダルを起こさないよう常に品行方正でなければならないのがちょっと窮屈な感じがする。
まあ、ある種の特権と引き換えに、みんなが持っている権利を放棄することはよくある話なので、これはこれでバランスが取れるのかもしれない。
しかし、これらは世界を救って英雄になった者の話である。
ではもし、人知れず世界を救った者は、その後どうなるのだろうか。
もちろん答えは簡単である。彼には世界を救おうとした以前の平凡な日常が戻ってくるだけだ。
しかし問題はそういうことではない。ここで問題にしたいのは、世界を救うほどの活躍をした者が、世界を救おうと志した以前の平凡で退屈な日常に戻ることができるかどうかである。
世界を救おうと決意した時、彼は他に比類することのない大儀を掲げて行動できたはずだ。そして彼はその行動のひとつひとつに細心の注意を払い、信念を持って行動したはずだ。
彼は、仮に肉体的な苦痛があったり挫けてしまいそうな精神的困難にぶつかったとしても、自らの人生に生きがいを持てたことだろう。
そして、他人と比べてより困難な人生の坂道を登っていたとしても、普通の人間が歩むことのできない稀有な人生を歩んでいる自分に優越感を感じていたかもしれない。
そして彼は、例え誰に知られることがなくとも、世界を救おうとする自分に誇りを持っていただろう。
そのような経験をした人間が、もう一度怠惰な日常に戻ることができるのだろうか。
クドクドと説教地味たことを述べてしまったが、じつはこれらのことは、いま実際に俺の身に降りかかっている出来事を多少大げさに表現したにすぎない。
朝比奈さんが卒業式を迎えたあの日、俺は、ようやく自分の心に素直になることができ、一大決心をしてハルヒに告白をした。
その結果、俺とハルヒは付き合うこととなり、古泉曰く、俺は鍵としての役割をまっとうすることができたというわけだ。
その日を境にハルヒの変態的な能力はだんだんと消失し、3月が終わる頃には完全に消滅してしまった、という説明を長門から受けた。
ハルヒが能力を失ったことにより、SOS団の三人はその役割を終え、朝比奈さんは卒業、古泉は転校、長門は情報操作によりもともと北高にいなかったというかたちで、俺達の前から去って行った。
「この世界で長門さんや朝比奈さんのことを、特に長門さんのことを覚えているのは、おそらく僕達ふたりだけになるでしょう。彼女達のためにもSOS団での思い出を大切にしてください」
これは転校していく古泉を見送りにいったとき、奴が俺の耳元で囁いた言葉だ。俺は咄嗟に言葉を返すことができなかった。
俺がそのときどんな顔をしていたのか知り得る術はない。しかし古泉は、言葉に詰まった俺の顔を見て、いつものニヤケ顔で
「そんな顔をしないでください。きっとまた五人全員でめぐり会う日が来ますよ。そんな保証はどこにもないですけど、なぜかそう確信できるのです」
そう言いながら片目をつむった。そのときの古泉の顔が今でも鮮明に思い出せる。普段なら気持ち悪いと怒りを覚えるところだが、このときはなぜか古泉の胡散臭い言葉に救われたような気になった。
長門や朝比奈さんと別れなければならない状況で、情緒不安定だった俺の勘違いだと思いたい。
昔話が長くなったが、こんな具合に俺の世界を救う物語は幕を下ろし、本来の日常が戻ってきた。いまではあの当時の思い出のひとつひとつが、まるで夢の中の出来事であったかのように思える。
それに比べて、いまの日常がなんと退屈でつまらないことか。
俺は、目の前の机の上に置かれた一枚の紙切れを見つめて、心の底からそう思った。その紙切れの上部にはこう書かれてある。
『センター試験対応模擬試験』
たった一枚の紙切れで、世界を救った男の人生が左右されるなどといった不条理なことがあっていいのだろうか。
虚ろな目つきで答案用紙を見つめてそんなことを考えていると、視界の横から伸びてきた手が俺の見つめていたその紙切れを奪っていった。
「何よキョン、ぜんぜん特訓の成果が出てないじゃない! 今の時期にこんな体たらくじゃ行ける大学が無くなっちゃうわよ!」
「な、何を言ってるんだよく見ろハルヒ、志望校はC判定が出てるじゃないか」
俺の反論を聞いて、ハルヒはあきれたように両手を広げて首を左右に振り、大きな溜息をついた。
「あんたねえ、CやDで満足してたら受かる大学も受かんなくなるわよ。もっと性根をいれてがんばってよね!」
「そんなこと言ったって仕方ないだろ。俺としてはここまで伸びただけでも上出来だと思ってるぜ。もともと俺は国立を受ける気はなかったんだからな。だいたいお前の志望校の偏差値が高すぎるんだよ」
「あのねえ、あんたそれでも誇りあるSOS団の一員なの! 本来であれば、あたし達が目指すのは常に一番上でなければならないのよ!
ただ、大学ごときで県外に出て行くのがめんどくさいのと、あんたが不甲斐ないせいで、あたしは県内の国立大学まで志望を落としたの。
だからこの程度で弱音を吐くんじゃないわ。死に物狂いで勉強しなさい!」
ハルヒは俺の目の前に人差し指を突きつけて、そう叫んだ。うーん、高校生にして教育ママの素養が十分にあるな。
俺が、将来ハルヒが子供の教育で暴走しないかと心配していると、隣の席で俺達の様子を窺っていたヘリウムガスより軽そうな男が横から茶々を入れてきた。
「お前等本当に仲がいいな。それになにか、キョンはもう涼宮の尻に敷かれているのか」
ハルヒがへらへら笑っている声の主をギロリと睨みつけると、谷口は慌てて俺達から目をそらし、国木田のほうを向いて無言で助けを求めた。
「でもキョン、涼宮さんの言うとおりだと思うよ。僕から見てもキョンはまだまだ努力が足りないんじゃないかな。もっと伸びる素質はあると思うんだけど」
おいおい国木田、そこでまたそっちに話題を振るのか。谷口はそれで助かるだろうが、俺は見殺しにするつもりか。ハルヒは腕組みをして、国木田の言葉をうんうんと頷きながら聞いていた。
「国木田の言うとおりよ! キョン、あんたにはまだまだ努力が足りないわ。いい、掃除が終わったらまたSOS団で特訓だから。必ず来なさい! 遅れたらぶっ飛ばすわよ!」
そういい残して、ハルヒは俺の返答も聞かずに教室から出て行った。
「おい……国木田……」
俺は恨めしそうに国木田を睨むが、国木田は飄々とした顔で
「まあまあ、結局落ち着くところは同じなんだし、長い目で見ればキョンのためになると思うよ」
と笑顔で誤魔化した。
「うらやましいなあ、放課後に涼宮と残って特訓かあ。変な勉強するんじゃねえぞ、キョン」
そう言いながら、谷口が国木田といっしょに教室から出て行く姿を見送った後、俺は大きな溜息をついた。
大学受験を目前に控え、試験に追われる一介の高校生。北高に入学して以来、俺が経験してきた様々な非日常的体験に比べると、あまりにも平凡で退屈な日常だ。
あの当時は平凡な日常に憧れたものだが、こうやって実際に平凡な日常を過ごすと、心にポッカリと穴が開いたような寂しさのようなものを感じる。
いまの俺の感情は大学受験から逃げたいという気持ちもあるのだろうが、自分の今後の人生を考えると長門や朝比奈さんや古泉とSOS団で活動したような稀有な経験はおそらくないだろうという確信がある。
そんなふうに考えると、俺の人生は最盛期を終えて、下り坂に入ったような虚しさを覚えるのだ。
掃除を終え、鞄を手に取ると、俺はゆっくりとした足取りでハルヒの待つ文芸部室へと向かった。部室の扉を開けると、
「遅い! 掃除ごときにいつまでかかってんのよ!」
と、ハルヒの無駄に元気のある声が飛んできた。
「いつもこんなもんだろ。それにそんなに急ぐこともないだろう」
「あんたねえ、人生は一度っきりなのよ! 時間の浪費はなるべくしないに越したことはないわ!
あんたの言ってることを聞いてると、やるべきことをやり終えて隠居したじいさんの妄言みたいに聞こえるわ。昔はよかったみたいなね。
大して年もとってないのに、そんな風に惰性で人生を過ごしてると、将来必ず後悔する日が来るわよ!」
ほんのちょっとだけハルヒの言葉にドキッとした。
結局、最後までハルヒは何も知らないままだったが、本当にハルヒが自分の能力のことや長門や朝比奈さんや古泉の正体を知らなかったかどうかは、正直自信を持って断言できない。
時々、気づいていたのではないかと思わせるような言動をすることもあるが、勘のいいハルヒがそれらしいことを無意識に言っているような気もしないでもない。真相はいまだ闇の中だ。
ハルヒはそんな俺の気も知らずに、黄色のメガホンで机をパカパカ叩いて、俺に鞄から教科書と今回の模擬試験を出すように催促した。
「じゃあ、今日は数学をみっちりとあんたの頭の中に叩き込むことにするわ。次の試験で少なくとも全国区で名前が載るくらいにね」
「おいおい、無茶を言うなよ。そんなことになったら岡部が教壇の椅子からひっくりこけるくらい腰ぬかすぞ」
「それは面白いわね」
ハルヒはケラケラと笑いながら、自分の鞄から教科書と参考書を取り出した後、真剣な表情になって、俺の模擬試験の間違った部分の解説を始めた。
「…………というわけよ。わかった。じゃあ、後は類似問題で復習しなさい」
ハルヒは自分の参考書をペラペラっとめくって、俺の前に開けると、
「このページの最初からこのページのこの問題までを終業のチャイムが鳴るまでに解きなさい。いい、これは団長命令なんだから、できなかったら罰ゲームよ!」
そう言った後、一仕事を終えたといった表情で両手を上げて大きく背伸びをしてから団長席に座った。
その後は、ハルヒが団長席でネットサーフィンをする傍らで、俺が参考書の問題をせっせと解くという、ここ最近の見慣れた光景が繰り広げられた。
さすがにハルヒの教え方は的確に要点を整理していて、授業を聞いているよりも理解し易く、ハルヒに指定された問題も苦戦しながらであるがなんとか解くことができた。
そんなこんなで最後の問題をやり終えて、ハルヒに終わったことを伝えようとしたとき、ふと先ほどの寂しさのような虚しさのようなやるせない思いとともに、ある疑問が俺の頭に思い浮かんだ。
『ハルヒは、長門や朝比奈さんや古泉が去ってしまったこの状況を、どのように思っているのだろうか』
チラッとハルヒの座る団長席に目を移した瞬間、俺は、いままで心の中に抱いていた虚しさも、目の前の数学の問題さえも忘れてしまい、頭の中が空っぽになった状態でハルヒを見つめてしまった。
部室の窓から差し込む真っ赤な夕日に照らし出されたハルヒの横顔は、どのような名画も足元に及ばないほどの、完成された一枚の絵画のように美しく思われたからだ。
その光景は、触れてはいけないような荘厳な神聖さと初めて山の頂上で日の出を見たような感動を併せ持っており、過去の思い出にばかりすがりついている自分を卑小でつまらない人間と思わせるのに十分であった。
時が経つのも忘れてハルヒの横顔に見惚れていると、呆けたような表情で自分を見ている俺に気づき、ハルヒは俺を睨みつける。
「あんた何じろじろ見てんのよ! それよりあたしの言った課題は全部終わったの!」
「え、あ、ああ」
我に返ってノートを差し出そうとする俺から、ハルヒはノートをひったくって参考書も見ずに答え合わせをした後、こちらの方に顔を向けてニヤっと笑った。
「ふーん、あんたにしてはなかなか頑張ったわね」
なぜか今日は、そう言ってハルヒに誉められたことがとても嬉しく感じられた。ハルヒがそう言ってノートを閉じた瞬間、まるでタイミングを見計らったように終業のチャイムが鳴り響く。
「ぎりぎり間に合ったようだから罰ゲームは免除してあげるわ。明日からまたびしびししごいてあげるから覚悟しなさい」
ハルヒはそう言いながら俺にノートを突っ返すと、教科書と参考書を鞄の中に入れて帰り支度をし始めた。そんなハルヒの様子を見ながら、俺は勇気を振り絞って先ほどの疑問をハルヒにぶつけてみる。
「な、なあハルヒ、お、お前はいまの俺以外のメンバーがいなくなってしまったSOS団をどう思ってるんだ」
ハルヒは、俺の言葉を聞いて一瞬キョトンとした表情を見せた後、すべてを見透かしたような顔で俺を見つめながら答えた。
「ふーん、最近様子がおかしいと思ってたら、あんたそんなことばっかり考えてたのね。過去ばかり振り返るような女々しいことしてるんじゃないわよ。
あんたにそんな風に思われたって、誰も喜んだりしないわよ。むしろ迷惑だって思ってると思うわ。
だいたい、あんたがそんなことをあたしに言うこと自体、あたしは情けないわ。目の前にあんたが本当に大切にしなければならない人がいるんじゃないかしら」
ハルヒの言葉には、過去を振り返るといった感情は一片もなく、ただ前だけを向いて歩いているような感じがした。
その言葉を聞いて、俺の頭の中に高校に入学してからのSOS団での活動風景が走馬灯のように浮かんでは消えていく。そして俺は重大なことに気がついた。そうだ、どうして俺はこんなことに気がつかなかったんだろうか。
俺はあの当時、何度も古泉にこう言っていたはずだ。「お前達のためにやったわけではない」と。
つまり俺は、あの当時から、世界を守るためにSOS団にいたわけではないのだ。そんなつもりはまったくなかったのに、結果的に世界を救うことになっただけなのだ。
ハルヒに告白したのだって世界平和のためでも、ましてや古泉の属する機関のためでもない。俺自身がハルヒのことを好きだと思ったからだ。そしてその気持ちはいまでも変わってはいない。
それなのに俺は、長門や朝比奈さんや古泉が去ってしまったときに、自分の物語が終わってしまったように思っていたんだ。しかしそうではない。これから俺の、いや俺とハルヒの物語は始まるんだ。
第一幕が終わっただけなのに、俺は物語がすべて終わってしまったと勘違いしていたんだ。そう考えると、いままで退屈なだけに思われた日常が、なぜか全く違うように感じられた。
そう、よくよく考えれば長門や朝比奈さんや古泉はいなくなったが、ハルヒは相変わらず俺の傍にいるじゃないか。
いつも俺のもとに面倒な面白い出来事が集まって来た原因はハルヒだ。能力が無くなったいまも、その性質はそうそう簡単に変わるものではない。
それに俺の周りにはハルヒ以外にも鶴屋さんや谷口、国木田といった愉快な仲間もいる。佐々木もいるしな。なぜか佐々木の話題を出すとハルヒは不機嫌になるから大きな声ではいえないが……
結局は、俺の気持ちの持ち方の問題に過ぎなかったのかもしれない。まあ、大学入試が近づいてきたから情緒不安定になったということで勘弁してくれ。
「あんた何ひとりでニヤニヤしてるのよ。傍で見てると気持ち悪いわよ」
怪訝そうな表情で俺を見るハルヒの方を向いて、俺はいまの自分の素直な気持ちを伝える。
「ハルヒ……」
「な、なによ!」
「ありがとう」
「はあ?」
ハルヒは、照れてるのか怒っているのかわからないぐらい顔を真っ赤にして、プイっと俺から顔を背けると
「馬鹿なこと言ってないでさっさと帰るわよ!」
と言って、俺を置き去りにしたまま部室から出て行った。
「やれやれ」
以前、封印したはずの感嘆詞が思わず口から漏れてしまう。
教科書やら筆箱を鞄の中に放り込み、帰り支度をして部室を出て扉を閉めようとしたとき、ふと気になって、誰もいないはずの部室の中を振り返る。
もちろん部屋の中には寡黙な宇宙人の姿も、愛らしい未来人の姿も、ニヤケ面の超能力者の姿も無かった。
過去を振り返るのはもっと後でいい。いまはハルヒとの愛を少しずつ大切に育んでいこう。
そう心に誓い、俺は静かに扉を閉めた。
 
 
~終わり~
 

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