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 萎れた木々からポツポツと零れていた紅葉も全て抜け落ち、あと一ヶ月もするとクリスマスの予定を立て始める様々なカップルや、慌しくケーキをせっせと用意する店が増え、それに加え街はネオンの光に包まれる頃合いになるだろう。
 だが所詮一ヶ月後の話であって、平々凡々と高校生活を真っ当――超が付くほど非常識ではあるが――している俺にはクリスマスの日に愛する女のために尽くすことも、ましてやケーキを作る……なんてことは地球がひっくり返っても有り得ないことだ。
 俺の予想としては、時事イベントをことあるごとに制覇していく我等が団長さんか、はたまた冷静でスカした性格とハンサムフェイスを併せ持つ超能力者さんのどちらかが頼んでもいないのにどんどん面倒ごとを持ち出して来るから、イヴの日もイエスさんの誕生日も俺はそれらを消化していかなければならない使命にあるだろうね。
 今頃いつかの喜緑さんや阪中のような訪問客が来ることも考えにくいから、これからこの約一ヶ月間は大した事件もなく過ごせることと踏んでいる。というか、これは俺の願望そのものだ。
 そういえば去年のクリスマスは何をしたっけか? 年越し近くに吹雪の中あの不気味な館を訪れた記憶は鮮明に残っているが、他に脳に保存してあった記憶は朝比奈さんのミニスカサンタ姿くらいのものである。それだけでも充分な記憶であり、今年もその姿が拝めるとなれば万々歳だ。今回は長門との共演というのも興味をそそるぜ。
 
 ――さて。本日もSOS団はいつも通りに活動しており、俺は片手にコマを持ち視界はオセロ盤に集中させて、時折お茶をすするという最高のリラックス状態の中でのほほんとゲームに興じている。
 俺がコマを打つ度に表情を少しずつ変化させていく対戦相手は、今日もニヤケっ面を披露してくれている。その笑みはもう癖になっちまってるようだが俺にとってそれは何のメリットもなく、それはSOS団女性団にとっても同じことであって、喜ぶとしたらお前のことを密かに好いている隠れファンくらいだ。
 結論としてその癖は止めたほうがいいってことで、それがお前のキャラ設定なんだとしてもそれは何かの設定ミスだ。今すぐ誰かに取り消してもらいに行ってくれ。
「何度言われても、直りませんよ。」
 コマを打ちながら話す古泉は、そのまま声のボリュームを小さくして「これが涼宮さん望む、一団員としての性格なんですよ。」と耳打ちするように呟いた。そんなこと知ってる。知ってるけど納得出来ないから困ってるんだ。まあお前が無表情な日ってのもそれはそれで気味が悪いから結局のところ……どうでもいいか。今に始まったことじゃないしな。
 古泉は微笑して、またオセロの世界へ身を投じた。四隅全てを取られているというのにこの笑みはどこから沸いてくるんだろうね。こいつには負けて悔しいという感情は生まれないのか?
 そろそろゲームの勝負が見え始めたところで俺にも”飽き”が生じて、改めて部室内を見渡してみる。
 ハルヒは今日もパソコンと睨めっこ、朝比奈さんは俺らが興じるゲームの観戦、そして長門は今日も黙々と……ん?
「……おや? どうしたのですか?」
 俺は驚いた顔をしていたようで、それに気付いた古泉は俺の視線を沿うように視線を合わせた。それを追うように、朝比奈さんも。
 長門が読書に励む姿勢はいつもと変わってないが、まさかこんな小説があるんだなと俺はまたひとつ知識を備えた。
「な、長門さん……そんな重そうな本読んでて、辛くないんですかぁ?」
 朝比奈さんの抱く疑問にも同感できる。長門の読んでいる本は広辞苑の如き、いやそれ以上の分厚さ――いつものより2倍増程の量だ(当社比)――で、太ももの上に置いているだけで痛みを感じるような代物だった。しかもそれを両手で持って顔に近づけ、ページをめくる度に一度置いてはまた持ち上げるという動作を繰り返しているんだから、俺らの驚愕にも同感してほしいね。
 長門は皆からの視線に気付いたのか、ショートヘアを揺らして仰向き、不思議そうに首を傾げた。もちろんミリ単位でだ。予想通りの反応というか、よくこんな時に長門はこういった仕草をする。もう一年半以上の付き合いだ、そこらへんも上手く把握できる。
 何故か沈黙が部室を支配し、長門は徐々に困惑の表情を露に――むろん、ミクロン程の極僅かな変化だが――しだし、状況が掴めない感じに耐え切れなくなったのか、
「……なに?」
 と、遂に問い始めた。その返答はカチカチとマウスの音を立ててネットサーフィンを続けていたハルヒがしやがった。……別に悪くないけどさ、何かを取られたような錯覚に陥るぜ。
「それ、何の本? ずいぶん分厚いけど、面白いの?」
 声に芯の通ってないようなハルヒの質問に、長門は三秒程度間を空けて「面白い」と答えた。当然面白くなければ読む気も失せるし、俺の場合ではたとえどんなに面白くてもあんな何百ページあるか解からない本なんて読破出来るかどうかすら危うく、長門の開いているページが半分近くまで到達してることに感服というか、尊敬の意に値するような感情を抱けるぜ。
 そのまま長門は元の状態に戻り、軽く何キロかありそうな本を持ち上げる。見てるだけで手首を痛めてしまいそうなその光景は、メンバー全員の興味をそそった。ハルヒと朝比奈さんは密かに長門に近寄り、ページを覗こうとする。
「…………」
 長門は無言の抵抗で、開いていた本をひっくり返した。
「ああん、いいじゃないの有希っ!」
「気になりますぅ。」
「だめ」
 長門が拒絶する理由がからかいの意を込めているのからなのか特別な理由があって見せられないのかは解からないが、もし前者だとしたらそれはそれで可愛らしい長門の一面を見ることが出来た、って感じの解釈にもなるが後者だとしたら異様にその理由が気になっちまう。
 美少女2人組の特攻隊も諦め、改めて長門がページを開くと同じ頃にオセロの勝負がついた。勝敗は一目瞭然、俺の黒が盤の八割以上を占めているという結果だった。
「やはり、あなたには敵いませんよ。」
「何度も言うがお前が弱すぎるんだ。図形のこと全般に関しては得意なのに、どうしてゲームになると極端に弱いんだ?」
 ……まさか全てが演技なわけじゃねぇだろうな。いや、そんなこと考えたくもないから考えないことにする。うん、単純で実に良い。
「それより、長門さんの顔を見てください。」
 やはりこいつにはゲームの勝敗などどうでもいいようで、すぐに話題を切り替え始めた。長門の顔? 長門の顔がどうかしたのか?
 長門の顔への注視はでかい本に遮られていて、そのおかげでうまく見ることが出来なかったが、ページをめくった時に一度本を置いたから数秒間だけ見ることが出来た。
「あんなに楽しそうな顔で読書をしている長門さんなんて、初めて見ましたよ。相当お気に入りのようですね、あの本。」
 だろうな。長門の笑みはかなり特別で、見ている者を微笑ましい心情にさせてくれるという特殊効果を備えている。あの本は長門にとってもかなり上位な方なのだろう。自称――あくまで自称だが――長門鑑定士の称号を持つ俺が言うんだから間違いはない。
「もう一度、やりましょうか?」
「いや、朝比奈さんと代わってやっててくれ。」
 さっきの長門の拒絶振りを見ていなかったわけじゃないが、気になったっていいじゃないか、人間だもの。それに自意識過剰だがなんとなく俺には見せてもらえそうだなんて自信があったのさ。
 朝比奈さんに席を譲ったところで、長門の定位置と化したパイプ椅子に近寄る。長門は俺の気配をすぐに察知したようで、横に立つ俺を上目遣いで注視してきた。
「……なに?」
「いや、なんで見せてくれないんだろうと思ってさ。」
 すると長門は、そういえばなんでだろう、みたいな表情で考え直し、その後でぽけーっとした顔で「理由が見つからない」と返してくれ、その後に続けた。
「有機生命体の心情変化についての概念がよく理解できない。わたしの知識能力の限りを尽くしても、それは解からない。」
 また電波なことを言いやがる。はっきり言って、そんな心情変化だか概念だかは当の有機生命体である俺にだってよく分からないさ。感情ってもんは無意識に生まれてくるもんであって、難しく考えてもただ損なだけだ。そういうことは心理学者にでも任せときゃいい。
「……なんとなく。」
「ん?」
「なんとなく、見せてあげない。」
 なんとなく――なんて、長門の口から聞くこともあるんだなと思った。いつもの平坦な声でお茶目なことを言う長門は、そりゃあ可愛かったさ。
「でも、いつかは見せてもいい。」
 俺にだけ聞こえるようなそのほのかに甘い声は、何故か俺の心に大きな刺激を与えた。好奇心? いや全然違う、だったら何なんだ、このドギマギは。
「そうか、じゃあいつか、頼むぜ。」
 長門は機械的な動きで肯定の仕草をしたあと、また読書に移る。木製の長机の方に視線を落とすと、なかなかいい勝負を繰り広げている朝比奈さんと古泉の姿があった。
 ああもう、そこはそうじゃなくてもっと……おい古泉、お前は馬鹿か、何故わざわざ相手に隅を取らせるようなことを……って朝比奈さんも何故隅を取らないんですか!
 
 
 何かいたたまれない気持ちでゲームを観戦していたその日も、時計が刻々と時を刻むにつれて外の景色も暗くなり、いつもより早く活動が終了した。
 今日は長門の可愛げな一面を見れただけでも大きな収穫だったね。そんな妙な満足感に包まれながら、俺は床に就くのだ。
 
 
 
◇◇◇◇◇
 
 この本は、とにかく色々なことが細かく表記されている。些細なことでも、何かがあった日はその日ごとに描写されていて、いわば簡易化した日記みたいなものだ。
 物語中の彼と彼女は大抵一緒に居て、同じ部活仲間である他の三人と一緒に事件に遭遇したりなどすることが多い。わたしは、どんどんこのミステリアスな本に魅かれていく。
 有機生命体がコートを羽織ることが当たり前になった冬の十一月二十五日。その日曜日に彼らは街へと繰り出した。所謂高校生同士の遊戯。
 いつも五人一緒にいた彼らは、今日は二ペアに分かれて行動していた。
 
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 彼と彼女は、一緒のペアになった。雑踏が混雑する街中を二人は歩く。
 彼が彼女の名前を呼びかけてから、
「何処へ行こうか?」
「図書館。」
 彼は微笑して、
「じゃあ行くか、早くしないと集合時間までに余裕がなくなるからなっ。」
 彼は小走りで颯爽と、似合わない爽やかさで駆けて行った。彼女も、それを追うように地を蹴り始めた。
 
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 SOS団恒例の休日不思議探索は寒さが吹き荒れるこの日にも当然あって、俺は渋々家を出た。外に出た瞬間に俺はまたこの季節が嫌いだってことを再確認し、まだ暖かい手でチャリのキーを開錠した。
 つい最近あったように思える俺のチンケな誕生日会の日からもう一ヶ月以上が経ち、十一月ももう終わろうとしている今日は十一月二十五日。ああ、そういえば丁度一ヵ月後がクリスマスか。本当に、面倒ごとにならなければいいが。
 そんなことを道中考えていると、これまたSOS団恒例の待ち合わせスポットの駅前に着き、団長さんからの罵倒が入り混じった説教をBGMにして喫茶店に入った。
「今日は北と南に分かれましょ。じゃっ、くじ引いてーっ」
 隅にあった爪楊枝を五本引き抜いて二つに印を付けたハルヒは、握り込んだ手をテーブルの中央へ寄せた。
 赤い印――今日は二人の組か。となると重要なのはもう一人だが……ハルヒと古泉だけは御免だね。あいつらは色々とうるさい。
「印有りは誰だ?」
 問いかけると、本を片手に離さない有機アンドロイドが先端に印のある爪楊枝を見せ付けてきた。……良かった、長門か。
 ハルヒはふう~んとした顔で俺を一瞥すると、残っていたカフェオレを飲み干して立ち上がった。
「じゃ、また一時にここ集合ね!」
 
 
 俺の横に、やはり分厚い本を腕に抱えている長門が並んで歩く。体中から『本読みたいオーラ』なるものが流れ出ていたのを見逃さなかった俺は、長門への配慮のつもりで提案する。
「図書館行くか? 俺も行きたい所なんてないし……ほら、お前も座って本読みたいだろ?」
 長門は瞬きひとつせず俺と本を交互に見て、肯定の仕草を見せた。こいつも素直な奴だな、自分から言えばいいものを、まあそれが出来ないのが長門の良さでもあるが。
 
 いつもはびっしりと読書に励む人が埋め尽くしている図書館の椅子にも、今日は都合が良く空きがあった。読書好きでない奴にとって図書館は絶好の涼みの場所で、俺にもその認識はあった。つまり冬である今は、本当に本が好きな奴くらいしか図書館には来ないものなのさ。
「俺は本棚漁ってくるけど、お前はここでずっと読んでていいからな。」
 長門は音もなく座って、特大小説を広げ始めた。さあて、何を読もうかね。そう思って俺が本棚へ歩き出そうとしたところで、大きなあくびが漏れた。
 そういえば今日も早起きだったな。だから睡魔に襲われるのも当然というもんであって、ここは昼寝が得策と言える。集合時間まではあと三時間以上もあるし、まあ大丈夫だろう。
 俺はそのまま顎を掌に乗せて、浅い眠りに就いた。
 
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 図書館に着くなり、すぐ眠ってしまった彼を見て彼女は困った。
 ――起こしたほうが良いのだろうか。
 気付けば時刻は午後十二時半。けれど彼は気持ち良さそうに眠っているし……
 
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「おわっ……!?」
 俺の眠りを妨げるバイブの振動を尻ポケットから感じて、俺は飛び上がるように目覚めた。情けない声を出しちまったせいか、周りの目が痛いぜ。そんな痛い子を見るような目で俺を見てないでくれよ。
 とりあえずかかってきた電話には出るというのが人間最低限のマナーであるから、俺は起き上がって館外まで出て行き、そこで――あまり気が進まないが――電話に出た。
『こらバカキョン!! 今何時だと思ってんの!?』
 知らん、今までぐっすり寝てたからな、なんて言えば俺の人生も終わりが近づいちまうことになるから、俺は恐る恐る時計を見る。
「……一時半、ですね。」
『そーよ! 一時半! 早く来なさいこのバカ! アホンダラゲ!!』
 そんなバカバカ言っても俺の頭の悪さは治らないんだから、少しは俺の心のケアのことも考えてくれよ。次の罵倒が来ないと思っていたら、既に電話は切られていた。寝坊か……くそっ、またやらかしちまったぜ。
 寝る前と全く同じ姿勢で本を読んでいた長門を引きつれ、俺はこれまた恐る恐る喫茶店に入る。
「それで……どういう言い訳をしてくれるのかしら?」
 腕を組んで椅子にふんぞり返って座っている団長様は、まるで獲物を捕らえるライオンのような目で俺を凝視した。まずい、マジで怖いぞこいつ。
「その、あれだ。実は道に迷って」
 ギロッとした漆黒の目が俺を睨む。今のナシ、うそ。
「図書館に行っててな、あまりに本が面白くて……」
「なんていう本読んでたの?」
「それは……」
 今度はニヤリとした表情でハルヒはテーブルに身を乗り出して聞いてきた。
「本当のことを言いなさい。何してたのよ。」
 もう万事休す。心を落ち着かせて真実を述べようとしたその時。
「悪いのはわたし。寝ている彼を起こさなかったのは、わたしの責任。」
 まるで送りバント目的だった球が場外ホームランになっちまったバッターのようにハルヒは目を丸くした。朝比奈さんと古泉も目を見開いているようだ。
「わたしが起こしていれば問題はなかった。気付いていたのに……ごめんなさい。」
「ゆ、有希が謝ることはないのよ? そもそも、居眠りしてたキョンが悪いんだからねっ!」
 確かにそうかもしれないが、……いや、そういうことでいいや。というか、本当にそうだしな。長門、お前が気を追うことはないぞ。
「……そう」
 長門はいつもの無表情で無感動な顔に戻った。内心ではもうちっと残念そうな長門の顔を見てみたいとも思ったが、自分は何を考えているんだと我に帰り、まあつまりはほっとした。いつもどおりの長門は俺にとって、何よりの安心グッズに他ならないからな。
 ん? でも待てよ。それに気付いてたんなら、なぜ長門は起こしてくれなかったんだ? 「わたしの役目は観測だから」って言い張るのは以前までの長門だ。今現在の長門なら、きっと優しさの心を持って俺を起こしてくれるはずだが……
「あなたが疲れていたように見えたから、それに気持ち良さそうに眠っていたから。……わたしはそれを妨げることは出来なかった。」
 ……なるほどね。これは長門の精一杯の思いやりの気持ちだったのか。気付かなくてすまんな、長門。
「いい」
 長門はいつのまにか読書に移っており顔は下を向いて見えなかったが、表情には笑みがあると信じたい。癇癪を起こしてる長門なんてのもまた希少価値があるが……いやいや、また俺はそんなことを。
 そのまま昼食を終え、食後のティーを堪能もせず数秒で飲み干したハルヒは、早速午後の部のペア決めを開始した。
 
 しかし当然っちゃあ当然だが、午後の部も不思議な出来事は何ひとつなかった。そもそも俺は非現実的な出来事なんて探したくもなく、これは俺の体験談だが、もし出会ってもろくなことにならない。ハルヒもまだ探す気があるのかも疑わしいところだ。もはやあいつはこの行為自体を楽しんでるわけで、別に何も起きなくても何の不満もないだろう。まさに古泉含む『機関』が喜びそうなことだね。
 とりあえず、俺の高校生活はこれでいいはずだ。ハルヒも俺も満足してるなんて、これ以上理想的なことなんて無いじゃないか。
 だがこのまま何事もなく卒業までの日々を送ることは出来ないってこともおおよそ予測出来るぜ。ハルヒが何の願望も持たず、ずっと大人しくしてるなんてそれこそ異常事態だ。こういう平穏な日々は何か良からぬ事の予兆だと思って間違いはないと、俺は思っている。
 まあ今からいくら心配しても未来は変わらないから、俺は明日も平凡に登校するしかないのさ。
 

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