第十話 対戦~午後~
 
休憩ブースを出た俺は、午前中とは逆にまず佐々木のブースへと向かった。順番というのもあるが、まずそれよりも「佐々木が何をやっているのか」が気になったからだ。佐々木のブースに近づくと、かなりの人集りが出来ている。よく見ると……ん?これは行列か?って、行列?慌てて行列を横切り、その奥にある販売ブースへ出た俺は、その光景に唖然とした。
 
そこにはどう見てもスペースが2倍以上になった佐々木ブースがあったからだ。饅頭を販売している場所とは別に、試食会場というよりは簡易喫茶のような感じのスペースが出現している。その簡易喫茶の中を和服姿に襷掛けをした佐々木と朝倉がにこやかに笑顔を振りまきながら飛び回っていた。そうか、先ほどの行列はこの簡易喫茶に入るための行列か。
 
「やあ、キョン。どうだい?」
あまりの販売ブースの変貌に俺が簡易喫茶の入り口で呆けていると、そんな俺に気付いた佐々木がぱたぱたと小走りに駆け寄ってきた。
おい、これは一体どういう事なんだ?何で販売ブースが広がっている?それにこの簡易喫茶は……??
「ああ、これはね。お隣さんが午前中で店終いするという事だったのでね。鶴屋さんに頼んでブースを広げてもらったのさ。当初の予定とは違ったけど、ラッキーだったな」
午前中で店終いって……まさか朝倉が情報操作を……あ、今は出来ないんだっけ。じゃあこれは偶然なのか?
「何でも、昼過ぎの飛行機に乗らないと今日中に地元に帰れないんだとさ。羽田で乗り継ぎもあるらしいから大変そうだったよ」
そっか。それは大変そうなことで……で、この簡易喫茶なんだが、これは一体?
「これもこんなに大きく場所を取るつもりはなかったんだ。昨日朝倉さんの煎れてくれたお茶がとても美味しかったんで、お茶付きの饅頭試食+αで行こうと思っていたのさ。ただ、さっき説明した嬉しいハプニングでスペースが広げることになった。そこで、急遽『購入した饅頭をその場で美味しいお茶と一緒に食べられる』ように作戦変更したんだよ」
なるほどね。って、+α?まだ何かやっている事があるのか?
「それはね……朝倉さん、ちょっと来てくれ」
ぱたぱたと簡易喫茶の中を走り回っていた朝倉が、饅頭とお茶が入っているだろう紙コップと何か小さな物が乗ったお盆を手にこちらへやってきた。
 
「あ、キョン君!凄いのよ!午前中に比べて物凄く売れてるの!流石は佐々木さんのアイディアね!」
喜色満面と言った顔で興奮気味に話す朝倉は、佐々木にお盆を渡すとぱたぱたと簡易喫茶に戻っていった。
俺は佐々木の手の中にあるお盆の中を改めて見回し、その中にある+αを見つけた。
 
それは、ちんまりと盛られた色とりどりの『漬け物』の小皿だった。
赤はしば漬け、黄色はたくあんの細切り、緑は……大根葉の浅漬けか?それらの上に散らばっている黒のつぶつぶは紫蘇の実だろう。
全てほんの一口サイズの量しかないが、それはいかにも食欲をそそりそうな色合いだった。
 
「美味しいお茶と饅頭の組み合わせは確かに絶品さ。特に、朝倉さんの煎れてくれたお茶はこの鶴屋饅頭にとても良く合うんだ」
佐々木は、まるで推理小説の種明かしをする探偵のように語り始めた。
「ただ幾ら美味しいお茶との組み合わせでも、饅頭のような甘いものを食べると舌が麻痺して飽きてしまう。だからまあ、一度に食べることが出来ても数個と言ったところが関の山だ。そこでこれ、お漬け物だ。これが有れば舌に新しい刺激が加わって、また甘味を感じることが出来る。これでまた新鮮な味覚でこの鶴屋饅頭を味わうことが出来るようになる。まあ、これが僕の考えたアイディアと言うことさ」
……確かに甘い物を食ったあとにしょっぱい物をほんの少し食べると、口の中がサッパリするからな。まあ、そこら辺に気付いたのは流石と言うべきだろうか。
「佐々木さんゴメン、手が足りないわ!手伝って!」
朝倉の悲鳴のような声が聞こえると、佐々木は俺ににっこり笑って手を挙げた。
「じゃあ、僕は戻るよ。ああ、何ならブースの内側に饅頭とお茶とお漬け物を用意しようか?」
ああ、俺のことなら気を遣わんでも良いぞ。ブースの中から暫く状況を見物させて貰うわ。
「そうかい。では、ごゆっくり」
それだけ言うと、佐々木は簡易喫茶に戻っていった。
 
ブースの内側から売り場を見物するというのは中々面白い物だ。
まず売り場で饅頭を注文し、空いた席に着く。そこに佐々木と朝倉がお茶と漬け物と饅頭の載ったお盆を配る訳だ。ただし、食べ終わった後片付けは客がするという、まるでどこぞのセルフサービス形式の食堂だ。実際お客の平均滞留時間は大体僅か10分ほどのはずだが、列に並ぶ客はどんどん増えていく。
中年の主婦グループや老齢のご夫婦の方々も見えるが、大半が男共だ。中には、何回も並んでいる猛者もいるようだが……まあ、確かに佐々木と朝倉の襷掛けした和服姿に一見の価値があるのは俺も認めざるを得ない。
でもな、なんつーか……オトコのサガだねぇ、などと達観したような顔で売り場を見物していた俺の目の前にお茶の入った紙コップが差し出された。
「キョン君、どうぞ」
朝倉か。良いのか、こんな所で油売ってて。あっちはまだ大変そうだぞ?
「うん、でも佐々木さんがキョン君にお茶を出してあげてって」
そっか。流石に気がつくね、アイツは。じゃあ、遠慮なくいただくわ。
「お茶のお味はどう?結構自信があるんだけど……」
……あれ?この味は……最近どこかで飲んだような……いや、違うな。ちょっと違う。でも、とても懐かしい味だ……って、これ朝倉が煎れたのか?
「そうよ。美味しくなかった?」
いや、そう言う訳じゃない。何だかどこかで飲んだような感じがしたんでな。気のせいだと思うが。
「……流石はキョン君ね。これ、あなたの先輩……朝比奈さんが煎れたお茶のデータを参考にしたの」
朝比奈さんの煎れたお茶?あれ?そう言えば長門も同じ事を言ってたよな?データベースがどうしたとか。
「ふふ、そういうこと。情報統合思念体のデータベースに、朝比奈さんが今まで長門さんに提供したお茶のデータが全て登録されているの。長門さんが登録していたんだけどね、それを参考にさせて貰ったわ」
ああ、なるほどね。そう言えばお前は、現在は能力は制限されているもののデータベースにはアクセスできるとか言ってたもんな。
「長門さんは『2B-87682D-HARIGANE』を選んだみたいだけど、私は『4C-97824E-GYOKURO』にしたわ。お漬け物とお饅頭の両方に合うのっていったらこれしかないもの」
……スマン、朝倉。お前の言っていることは俺にはサッパリ理解出来ん。だがまあ確かに、これは納得できる旨さなのは間違いないぜ。
「ありがと。じゃあね」
朝倉はそう言うと素早く俺にウインクを飛ばし、再び売り場へと戻っていった。
う~~む。
簡易喫茶に漬け物のアクセントに(複製)朝比奈印のお茶か。佐々木と朝倉が、午前中有る意味余裕だったのが分かった様な気がする。これではハルヒブースは、午後の部はキツイかもしれないな。
 
そろそろ向こうに行ってみるか。
俺は紙コップに残った温いお茶を一気に喉に流し込み、ブースを出た。
 
ハルヒのブースに近づくにつれ、午前中に聞いたあの朗々とした売り口上ではなく軽快なポップスが聞こえてきた。ん?なんだ?ハルヒのところも午後から作戦を変更したのか?。
しかし俺がハルヒのブースを目にしたとき、俺は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
有る意味、先の俺の想像は当たっていた。斜め上の方向でな。
佐々木のところと同じように販売ブースの広さが倍くらいになっている。おそらく鶴屋さんの仕業だろうが、まあそれはいい。だがその広がったスペースに居たものは、俺の想像を超える物だった……ってか、これって何のコスプレ?もしかしてこっちでやっていないアニメか何かか?
バニースーツの上に燕尾服のような白いジャケット&白手袋。映えるようなラメの入った黒タイツが眩しい。
頭の両側に装着された、鶴の頭を象ったようなコサージュがキラリと光る。そんな格好をした美少女二人が、CDプレイヤーから流れ出る軽快なポップスに合わせダンスを踊っていた。おそらく即興なのだろうが見事にマッチしている……もちろん、ハルヒと長門だ。
曲が終わると、美少女達は取り巻いていた観客たちに決めポーズを取った。
おお、とどよめきが起こり拍手がわき起こる。
 
「お集まりの皆さんっ!まだまだ「つるまん」ダンスは続くわよっ!続きを見たいなら「つるまん」を買ってからねっ!お茶はサービスしてあげるから、一人最低5個は買いなさい!以上!」
ハルヒがそう宣言すると、うぉう!と何だか地鳴りのするような男どもの声があたりを振るわせる。
それと共に饅頭の販売ブースは都会の朝の通勤ラッシュ並の混み用を見せ始めた。
ハルヒは、その光景を見て満足そうに頷くと長門を引き連れて販売ブースの中に戻っていった。
先ほどから感じる目眩をあえて意識しないようにしながら販売ブースの中に入ると、そこには汗一つかかずにお茶を紙コップに注いでいる長門と、汗だくに成りながらも自分のコップに注がれたお茶を旨そうに飲み干すハルヒが居た。
「……おい、何をやって居るんだお前は」
「あ、キョン!見てくれた?思ってたよりもキツイのよ、これ!」
「いやそれよりも、なんだこれは?何時の間にここはストリートパフォーマンスの会場になったんだ?」
「何言ってんの?昔から大道芸で客を寄せてから物を売ったりするのは、定番中の定番じゃない?アタシは単にそれを現代風にアレンジしただけよ」
「大道芸ねぇ……それより、このコスプレ衣装はどこから持ってきたんだ?」
「ああ、これ?古泉くんが手配してくれたわ」
あの野郎、この案が出た時点で断れよ。せめて反対くらいはしろってんだ。『それは無理な相談ですね』と、俺の頭の中の古泉はニヤケながら断言したがな。
「どう?凄い注目度でしょ?これなら佐々木さんにも勝てるわ!」
「……そうかもしれんが、これは『鶴屋家』の名前を貶めるようなことにはならないのか?鶴屋家は一応名家なんだし、それは確か今回の勝負のルールの中にもあったような気がするんだが?」
「鶴屋さんは大賛成してくれたわよ?『鶴屋饅頭の販促用イメージキャラクターとして、採用しても良いかもねっ!』って言ってくれたし」
……鶴屋さん……あなたは面白ければ何でも良いのですか?
「あ、そろそろ次の講演の時間ね!じゃあ有希、行くわよ!」
「……了解」
次の講演て。お前はいつからミュージカルの出演者になったんだ?
そんな俺の突っ込みなど聞こえていないようなハルヒと長門は、俺を販売ブースの中に残したまま再び売り場……いや、ダンス会場へと戻っていった。
先ほどのポップスとは違う軽快なユーロビートが流れ始めた。目の前ではコスプレ姿のハルヒと長門の完璧なダンスが繰り広げられる。ハルヒのメリハリのある軽快な動きにはやはり目を見張る物があるが、それを同じようにコピーして踊っている長門も凄い。しかも、全く正反対の動作だ。動きだけを見ると、まるで鏡を見ているようだ。一つのユニットでのダンスとしては完璧だろう。
暫くハルヒと長門のダンスを見ていた俺は、改めてこちらの販売ブースを見渡した。
ポップな色合いの看板や何やらはともかくとして、集まっている客の数を見る限りこちらもかなり売れているようだ。しかも佐々木ブースの方には殆ど居なかった子供連れの客が目立つ。子供達は、目の前で繰り広げられているハルヒと長門のダンスをきらきらした目で見ていた。中には手足でリズムを取ったり見よう見まねで踊り出している子供もいる。もちろん佐々木ブースに負けず劣らず男共も多いがな。
曲が終わり、ハルヒの「つるまん買って!」宣言で一段落。男共の怒号はともかくも、子供や母親とおぼしき女性達の黄色い声援を背中に受けながら、ハルヒと長門がブースに戻って来た。それと同時に俺は席を立つ。
「あれ?キョン、戻っちゃうの?」
顔に付いた玉のような汗をタオルで拭きながらハルヒが俺に尋ねた。長門もお茶を入れる手を止め、こちらを向く。何となく二人とも寂しそうな表情になっているのは、俺の気のせいだろう。
ああ。実は、まだ昼飯食ってないんだ。なんつーか、お前らが心配で食えなかったんだよ。でも、大丈夫そうだから、俺は休憩ブースに戻るわ。
「そう、判ったわ。あ、ついでに佐々木さんと朝倉に伝えて。勝ちは貰ったわ!ってね」
……その自信は一体どこから出てくるのだろうという根本的な疑問を頭の片隅に追いやり、俺はああ、判ったとだけ答え、ブースを後にした。
 
ハルヒと佐々木、どちらのブースもそれぞれに別の客層を掴み、それなりに売れているようだ。果たしてこの勝負、どっちが勝つんだろう?などと考えながら俺は休憩ブースに戻った。机に突っ伏して虚ろな目で何かをぶつぶつ呟いている会長を横目に弁当置き場に目を向けたが、あれだけあった弁当が既に一つも残っていなかったのは既定事項なのかもしれない。くそ、二日連続で昼抜きかよ……。
 
 


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