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第十二話 そして日常へ
 
翌日。
GW明け、久々の教室の自分の席で朝っぱらから俺は頭を抱えていた。あー、別に何か懸念事があった訳ではない。朝起きたら、頭の中で重量級力士が四股を踏んでいただけ……早い話が単なる二日酔いだ。
「おはようキョン君……具合でも悪いの?保健室行こうか?……あら?この臭い……」
俺が席に着くのと同時に前の席の朝倉が心配そうに声を掛けてきたが、俺の周囲にほのかに漂う熟柿のような臭いに顔をしかめた。ジト目で俺を見る朝倉に、俺はかすれた声で「大丈夫だから」とだけ答えた。
この状態で保健室になんぞ行ったら、下手すると停学になっちまうからな。
 
昨日の夜、鶴屋さん主催の打ち上げ会があったのだが、そこで「一杯だけ」と言う約束で出された口切りのワインで「乾杯」したのが拙かった。止めを刺したのはの後のワインの追加の方だろう。俺はワインの値段など知らないし知りたくもないが、あれだけの本数を開けたらと相当な値段になるだろう事は容易に想像がつく。会計が終わってレストランを出た後の鶴屋さんは、かつて長門に情報連結解除を宣言された後の朝倉のように呆然としていたからな。もっとも、何やら古泉が耳打ちした後は、徐々に普通に戻っていったが。
それよりも、良い具合に酔いが回ったのだろうと思われるハルヒと佐々木が、駅に向かう道すがら口論じみた恋愛談義をしていたのは驚いた。正直俺は飲み過ぎて幻覚でも見ているのかと思ったほどだ。大体「恋愛感情なんて精神病の一種」と公言していた二人が「恋愛談義」をしているだけでも、俺はこれは夢の世界なのかと勘違いしてしまいそうだったのに、その恋愛談義の端々に何度も「キョン」という俺の事を指すのであろう固有名詞が出てくるのを聞くと、俺はもう恥ずかしいのを通り越して妙な笑いがこみ上げて来ていた。
鶴屋さんや古泉や長門、朝倉の生暖かい視線がハルヒ達と俺の間を行ったり来たりしていたしな。
まあハルヒに関しては、転校直前の件があったからある程度想像は付くが、佐々木は一体どんなことを話していたんだろ?何となく興味が湧く話ではあるが、多分あいつに言っても絶対に話してはくれないだろうな。
 
「……おはよう、キョン、朝倉さん」
頭の痛さを忘れるために昨日の夜のことを色々と思い出していた俺は、ふと掛けられた声にズキズキと響く頭を無理矢理後ろに振り向かせると、そこには苦虫を噛み潰したような表情の佐々木が自分の席に着くところだった。
 
「……今日ほど学校を休もうと思った日はなかったよ、キョン」
なんだ、お前も二日酔いか?俺はそう言って、改めて佐々木の顔を見る。色白の佐々木の顔が、更に青白く見えると言うことは、余程調子が悪いのだろう。
「……お前も、と言うからには君も御同類のようだね?しかし噂には聞いていたが、二日酔いというものがこんなに辛いとは思っても見なかったな。今朝、僕はもう二度とお酒は飲まないと心に誓ったよ」
はあ~~と、ため息を漏らす佐々木。ああ、そうだな。その考えには大いに同意するぜ。
 
「ところでキョン、ちょっと聞きたいことがあるんだが……実はレストランで、涼宮さんにワインを無理矢理飲まされてから記憶がないんだ」
……は?そうなのか?じゃあ、もしかしてレストランを出た後は全く覚えてないのか?
「ああ、だから気がついたときには僕は自宅のベッドの上だった。キミが送ってくれたのかい?」
まあな。だが佐々木、お前はあまり酔っぱらっているようには見えなかったぞ?あいつらを見送って駅前からこっちに戻ってきた時も、俺や朝倉と普通に会話していたし、お前の家の前で解散した時だって、いつも通りだったしな。
「そうか……ところで僕はレストランを出た後、何か妙なことはしでかしていなかったかい?」
……妙なことねえ……例えばどんなことだ?
「ん……ああ、いや。何もなかったなら良いんだ」
 
目線を俺から逸らす佐々木。おそらく佐々木はハルヒと恋愛について激論を交わしていたなんてことは、全く覚えていないのだろう。『実は昨日の夜、お前とハルヒは夜行の発車時刻まで延々と恋愛談義をしていたぞ』なんて本当のことを教えたら、下手すると佐々木の自我が崩壊しかねんしな。本人も自覚がないようだし、ここは武士の情けで黙っておいてやるかね。
 
 
GW明け初日の午前中の授業を久々の睡眠学習で過ごした俺は、昼休みになってようやく生気を取り戻した。
佐々木も午前中は集中力が途切れてかけていたようだったが、午後にはいつもと変わらぬよう授業に集中していたようだ。そんなこんなで、授業が終わる頃に俺と佐々木はやっと普段の調子を取り戻していた。
「じゃあ帰ろうか」
「おう」
鞄を手に持ち、俺と佐々木は席を立つ。えーと、今日は月曜日だから朝倉先生の日か。そう思いながら朝倉の方を見ると、朝倉は席に着いたまま何かを取り出し一生懸命書き込んでいる。ん?それはクラス日誌か?
「……うん、4月分のクラス日誌のまとめ。これ今日まで出さなきゃいけなかったんだけど、まだかかりそうなの。だから」
朝倉はこちらを振り向き、すまなそうな顔をして手を合わせた。
「キョン君ゴメン、今日行けなくなっちゃった」
 
「そう言うことなら仕方ないさ。でも、僕もこれから塾に行かなければいけないし……じゃあ、キョン」
佐々木は俺の顔を見ながら言った。
「今日は自習と言うことにしよう。ただし!サボって良いと言うことではないからね。GW直前まで僕と朝倉さんが教えた内容の復習をしたまえ。いいね!」
俺の鼻先に右の人差し指を突きつけ、左手は腰に添える。あー、あのな。誰かを思い出すから、そのポーズはやめろ、佐々木。
 
学校前に止まっている旧市街行きのバスに佐々木が乗り込んだことを確認した俺は、自宅へと歩き始めた。
 
それにしても自習か。初めてだね、こんなのは。確かにGWに色々あったせいで、忘れているものもあるかもしれんしな。一応今日は、真面目に今まで二人から教わって来たことの復習をして、早めに寝るとしようか。
そんなことを考えながら家に着いた俺は、リビングにいたお袋に「今日の家庭教師はお休みだそうだ」と一言告げた。「今日涼子ちゃん来ないの~~??」という妹の不満そうな声を背中に、俺は部屋へと戻った。
 
部屋に入り制服を脱ぎ捨てて部屋着に着替えた俺は、とりあえず机の上に置いてあった携帯を開くが、電源が切れていた。ああ、そう言えば昨日の夜電源切ったままだったっけ。今朝はそれどころじゃなかったしな。
電源を入れて少し経つと、着信音と共にメールが届いていることが表示された。
メール着信2件。どちらもハルヒだった。
 
「本当に楽しかったわ。おやすみ」
「無事に着いたわ。アタシ達はこれから学校だけど、アンタもちゃんと行きなさい」
 
時間と文面から考えておそらく夜行列車内からのメールと、今朝到着した駅からのメールだろう。
意外とマメだね、アイツは。
 
返信のメールでもと思ったが、ふと思い直して直接電話を掛けることにした。んー、まだ団活中の時間かなと思いつつ、俺は携帯のメモリーを呼び出す。
以前のハルヒなら1コールもしないうちに出るのだが、今日は中々出ない。10コールを数えた辺りで出た。
 
「もしもし」
「キョン?どうしたの?」
「……いや、お前メールくれたろ?だから、何となく電話したくなってさ」
「ふうん。アンタらしくないわね」
ふと、電話口のハルヒの周りが騒がしい事に気付いた。何というか、喧噪がこちらに漏れ聞こえてくる。
 
「お前今どこに居るんだ?部室じゃないみたいだが」
「……駅前よ。ちょっと参考書を買いに行こうと思ってね。昨日の今日でしょ、だから団活は休みにしたの」
「そうか。ところで、お前は今朝は大丈夫だったのか?」
「今朝?全然オッケーよ?久々の気持ちいい目覚めだったわ!」
「……いや、実は俺、今朝二日酔いでさ。おまえはどうだったのかと思ってな。こっちは酷かったんだぜ?」
「だっらしないわねー、あの位で。有希だって全然大丈夫だったのよ?」
「長門が平気なのは分かっているさ。古泉はどうだった?」
「……言われてみれば、少し青い顔をしていたような気がするわね……あ、それよりアンタ、何で日中携帯に出ないの?」
「今の学校は携帯持ち込み禁止なんだ。だから、日中は家に置いてる。だから、日中掛けられても出ることは出来ん」
「はあ?何時の時代の話なのよ、それ?」
「しょうがないだろ、校則で決まってるんだからさ。だから、メールの方が確実だな」
 
「そっか、分かったわ。でも、偶には今日みたいに掛けてきなさいよ?」
「そうだな。時々はハルヒからも掛けて来いよ。こっちからだけだと、流石に辛い」
「でもアンタ、夜も電源切ってるじゃない?」
「夜って言うか、勉強中は『気が散るから携帯の電源を切っておけ』と、佐々木と朝倉からのお達しが出てるんだ。だから、あいつらとの勉強が終わる夜の10時以降だったらOKだ」
「……ふうん。ところで、アンタ頑張りなさいよ?佐々木さんや朝倉にも迷惑掛けてるんだから、大学に合格しないと死刑だからね!」
「分かってるよ。俺だって頑張ってるんだぜ。その、おまえと約束したからさ」
一瞬、会話が途切れた。携帯の向こうからは、駅のアナウンスが聞こえてくる。
 
「どうした?」
「……バカ、何でもない!じゃあ、そろそろ電車が来るから切るわ」
「ああ、そうか。無駄話して済まなかったな」
「全くよ……勉強頑張って。じゃあね」
その言葉と共に、携帯は切れた。
 
やれやれ。
 
俺はいつものセリフを口にしながら、改めて自分の机を見回した。
佐々木と朝倉お手製の高校一年生レベルの問題集と、それらの回答と解き方が記載されたノート。目の前には古泉から貰ったノートパソコンと北高時代の1,2年の教科書がある。
俺はまず勉強をする前に必ず行う儀式、つまり勉強机のライトに引っかけられたハルヒのカチューシャに手を合わせた。
 
「神様仏様ハルヒ様、なにとぞ志望大学に合格できますように」
 
暫く拝んだ後、俺は佐々木と朝倉が用意してくれた高校一年生の問題集を取り出し、最初のページを開く。
 
さて、やるか。
 

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