第八話 対戦~午前~
 
GW最終日。この日が終わればまた明日から勉強漬けの生活が始まる。ああ、この日が永遠に続いてくれればいいのに、などと夢見ていた俺のベッドに飛び込んでくる闖入者ひとり。
 
「キョンく~~ん、朝だよぉっ!!」
「ぐふぉあ!」
……妹よ。せめてもう5分夢を見させてはくれまいか?毎朝、起き抜けのフライングボディプレスを食らわせられるのが定番となっているとはいえ、お前ももう中学生だ。そろそろ、優しい起こし方というものを覚えた方がいいぞ。
「何言ってるの?今日はハルにゃんと佐々にゃんの勝負の日でしょ?キョン君は行かないの?」
 
……
 
俺はがばと跳ね起きた。ああ、そっか。枕元の時計を確認する。9時30分??
やばい、朝メシ食ってる暇ねーじゃん!慌てて身支度を調え、俺は「朝ご飯食べないの~~??」という妹の声を無視してショッピングセンターに向かって走り始めた
 
開店10分前にショッピングセンターの駐車場に着いた。久々に走ったせいで息が上がりそうだ。最近は勉強ばっかりだったから、運動不足気味なのかもしれん。ショッピングセンター入り口の方に目をやると、凄い人だかりだ。この入り口だけでざっと百人は居るんじゃないか?流石はGW最終日、開店前からこんな混み具合とはね。
そこでふと俺はイヤな予感がした。男の比率が異様に高いような気がする。普通ショッピングセンターの開店同時ダッシュは女性の方が多いと思っていたのだが……いやいや、まさか。この人達が全部催事場に行くとは限らんし。おそらく、他にも何かイベントがあるのだろう……きっとな。
入り口の人混みの中に混じろうと、携帯を見ながら歩を進める。あと5分ほどで開店時間だ。
10時、ショッピングセンター開店のアナウンスが流れ入り口のドアが開けられる。
わっ、という感じで店内になだれ込む男達。あろう事が、ほぼ全員がエスカレータやエレベータに殺到した。
階段の方にダッシュしていく学生らしい人影も見える。俺はと言えば、男共の波に押し流されるように店内に入ったは良いものの、エスカレータへと続く行列から押し出されてしまった。何なんだ、一体。
 
「やあ、いらっしゃいませ」
「待ってたにょろよ~~」
再びあの行列の中に潜り込む気力など既に失ってしまい、押し合いながらもエスカレータやエレベータに乗り込んでいく人たちを呆然と見ていた俺は、背後から声を掛けられた。この声は古泉と鶴屋さんだな。
 
「どうも、こんち……ええっ?」
振り返った俺の目に、0円スマイルとヒマワリの笑顔をした具服屋の若夫婦が映った……え?古泉?
「ええ、そうですよ。似合いませんか?」
そつなく和服を着こなした古泉が、0円スマイルを更に増幅させて聞いてきた。あー、くそ。お前は何でこう癪に障るほどどんな服装も似合うんだ。鶴屋さんも長い髪を後ろに結い上げた和服姿で魅力が3倍増しだし。
「お似合いですよ、鶴屋さん。あー、ついでに古泉もな」
「そうですか。ありがとうございます」
……ところで、お前の持っているものは何だ?
「ああ、コレですか?プラカードですよ。今日は『全国旨いもの物産展』最終日ですから、それの店内告知とご案内です。僕は今日、この役を仰せつかりまして」
いや、それはいい。俺が聞きたいのはそっちじゃない。プラカードに書かれてある内容の方を説明して欲しいと言っている。どうも俺の理解の範疇を超えているようなことが書かれてあるような気がするのだが?
「コレですか?『全国旨いもの物産展最終日の特別企画!美少女4人による饅頭販売勝負!物産展終了までに果たして何個売れるのか!女の意地を賭けた大勝負!』と書かれておりますが」
俺は頭を抱えた……誰のセンスだ、コレは。某怪獣映画や安っぽい3流映画の煽り文句じゃないんだぞ。いや待て。それ以前に……俺の頭の中にちょっとした疑問が浮かんだところで、鶴屋さんに声を掛けられた。
 
「そろそろ第一陣が去った様だね。じゃあキョン君、あたし達も行こうっか?古泉くん、案内宜しくねっ!」
「承知しました」
古泉がプラカードを掲げてこちらに手を振るのを見ながら、俺は鶴屋さんの後ろを付いていった。
客用エレベータに乗る客でごった返す乗り場を通り過ぎ、従業員用以外立ち入り禁止のスペースにスタスタと入っていく鶴屋さん。和装で、更にいつもの長髪を結い上げているため、綺麗なうなじがよく見える。
後れ毛が物凄く色っぽい。うむ、ポニーテールもいいがコレはコレで中々……あー、いやいや。俺は一体何を考えているんだ?ぶんぶんと頭を振って邪な考えを頭の中から追い出した。
 
「鶴屋さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん?何かなっ?」
従業員用エレベータが降りてくるのを待つ間、俺は鶴屋さんにさっき感じていた疑問をぶつけることにした。
「あのプラカードの宣伝文句ですけど、ハルヒと佐々木が勝負することに決まったのは昨日ですよね?なんで今日開店前にいた人たちが知って居るんですか?」
ん??と頭の上から大きなクエスチョンマークを出した鶴屋さんは、ああ、と言った顔で俺を見た。
「キョン君、今日の新聞のチラシ読んでないにょろね?」
「は?チラシですか?ああ、読んでないですね」
「昨日、みんなが帰ってから急遽新聞にチラシを入れて貰うことにしたっさ!あの二人もお客さんが多い方が良いだろうしさっ!それに、こんな面白いことはやっぱりみんなに見て貰わなきゃねっ!」
「はあ、そうでしたか……でも、翌日の朝刊にチラシって。随分と費用がかかりそうな気がするんですけど」
「そうだね、結構かかったっさ。でもね、これで『鶴屋饅頭』の名が広がるなら、安いもんにょろ!」
そうなんですか?と言葉を返そうとしたとき、丁度エレベータが到着した音がした。
 
4階に到着した従業員用エレベータのドアが開き少し歩くと、そこは昨日俺が鶴屋さんから相談を受け、この勝負イベントが決定したあの休憩ブースだった。
「さ!キョン君も着替えるにょろ!」
「は?何でですか?俺は今回は部外者ってことになっている様ですし、今日はただ見物に……」
「な~~に言ってるにょろ?キョン君が部外者だなんてだ~~れも考えてないっさ!ハルにゃんはそう言ったかもしれないけど、照れ隠しだよっ!それより、さあ!脱いだ脱いだ!」
鶴屋さんはそそくさと俺の上着を脱がしに掛かる。わ、ちょっと待ってください!自分で脱ぎますから!
「そうかい?何だか残念にょろ……」
……鶴屋さん?俺は貴方が何を考えているのか、時々よく分からなくなるときがあるのですが?
「冗談だよっ!さ、あっちに更衣室があるから、向こうで着替えるっさ!」
 
更衣室で鶴屋さんから手渡された和服に着替え、俺は再び休憩ブースに戻った。
「コレで良いですかね?」
「ふ~~ん、よく似合ってるねっ!キョン君は和服の方が似合ってると思うよっ!ただねぇ……」
鶴屋さんは後ろに回り、俺の腰に巻かれている帯を緩め始める。
「ここがちょっとね、甘いっさ。ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢してねっ!」
言うが早いか、ギュウギュウと俺の帯を締め始めた。ちょ、ちょっと鶴屋さん?苦しいんですけど?
「……こんな感じかねえ?うん、これでOK!じゃあ、両方のブースに行ってくるにょろ!」
俺を一時呼吸困難に陥れた鶴屋さんは、俺を休憩ブースから押し出した。
 
物産展会場に出てみると、昨日とは違った異様な雰囲気が漂っていた。
各県名産・名物を売っているというのは全く変わりはない。各ブースの販売している名産品とやらも最終日と言うことで若干価格に変更があるのかもしれないが、基本的に昨日と同じだ。だが……販売員達の視線がどこか落ち着かない。あえて言えば物産展の二つの入り口の方に注意が行っているようで、ちらちらと両方を盗み見している。自分のブースの名産品を見ている客の方など目に入っていないと言った感じだ……いや、まさかな。だが、いやな予感がした俺はとりあえず手近な方から回ってみることにした。
 
「さあさあ、この『つるまん』!向こうじゃ超有名な老舗高級和菓子屋の自信作よ!今まで県外に出たことは無いという超秘蔵っ子!アンタ達も一口食べてみなさい!絶対気に入るから!気に入ったなら最低5コは買いなさい!一個300円!」
鶴屋さんの売り口上をもっと過激にしたようなセリフが俺の耳に飛び込んで来る。俺はハルヒ担当の売り場に着いて思わずこめかみを押さえた。販売ブースの前には、極彩色に彩られた布やポスターに飾られた文字。
「初恋の味『つるまん』」
「SOS団推薦!『つるまん』」
「老舗高級和菓子屋謹製!『つるまん』」……
 
俺がこの看板だか前衛芸術だか分からない代物を前に頭を抱えていると、先ほどから売り口上を朗々と読み上げていた和服姿の少女が俺に気付いた。
「あらキョン、遅かったじゃない?どう、これ?昨日有希と一緒に作ったの!」
……あー、あのな。勝手に商品名を略すな。しかも『つるまん』かよ。それと、この色遣いと煽り文句はどうなんだ?原色系で統一するって……俺はここからは「老舗の味」なるものは全く感じ取れないんだが。
「何言ってるの!ものを売るには、まずその商品の名前を覚えて貰わないといけないのよ!固っ苦しい漢字の名前より、こっちの方が覚えやすいじゃない!それに老舗だからってシックな色遣いをしなきゃいけないとは限らないわ。こういうのこそ逆にポップな色合いを使った、斬新な切り込みが必要なのよ!」
……あー、いや、お前が納得してるのならそれでもいいのだが。あ、そう言えば長門はどうした?
「有希?ああ、いまお茶と水を買いに行っているわ。あ、来た来た」
ハルヒの視線をやった方向を見ると、大きなミネラルウォーターのペットボトルと、おそらく他県のブースで買ってきたのだろう、でかいお茶っ葉の袋を抱えた長門がとことこと、こちらにやってくるところだった。
「有希にはね、試食コーナーの担当を頼んだの。今、お茶に使う水とお茶っ葉を買ってきて貰ったのよ」
試食コーナーね。確かに饅頭の試食にお茶のサービスがあれば嬉しいな……ん?ってことは、長門がお茶を入れるのか?
以前長門の部屋でお茶を飲んだ記憶が蘇る。確かにマズくはなかったが、可もなく不可もなくといった感じしか印象はない。長門には悪いが、流石に朝比奈さんのお茶とは比較にならないだろう。
「……大丈夫。朝比奈みくるが過去2年間私に提供したお茶のデータは全てデータベースに登録されている。だから私はそれと同等のものを供給することが可能」
まるで俺の思考を読んだような長門の言葉。そ、そうか。お前も朝比奈さんと同じ味のお茶を煎れる事が出来るのか。でも朝比奈さんのあの味を出すにはデータだけではなくて、それなりの経験と勘も必要なんじゃないのか?よく分からんが。
ハルヒの売り口上を聞いていた客達が、ブースの商品を次々に購入していく。それににこやかに応対している従業員の人も大変だな。そんな光景を見ていた俺を、ハルヒは販売ブースの中に引っ張り込んだ。
「キョン、向こうはどうなの?」
向こう?ああ、佐々木のほうか。スマン、まだ見てないんだ。ここに入ってから、直接こっちに来たからな。
「……ふうん、そっか。ところでアンタ、意外に和服が似合うわね」
そ、そうか?さっき鶴屋さんにも同じ事言われたんだが。
「うん、似合ってるわよ?いっそのこと、普段から和服を着てたら?」
何言ってんだ。こんな動きにくい服を普段から着ているなんて、それこそ拷問だぜ。
 
「……飲んで」
俺がハルヒと馬鹿話をしていた間、てきぱきとお茶の準備をしていた長門は、俺の目の前に紙コップに入った煎れたてのお茶を差し出してきた。
「おう、ありがとな」
ふむ、良い香りだ。流石だな長門。朝比奈さんのデータをフル活用しているのは伊達ではないようだ。
一口啜ると、口の中に煎れ立てのお茶の良い香りが広がる。抹茶を薄くしたような、それでもその香りは心地よく鼻に抜けていく。口の中に少し苦みが残るが饅頭と一緒に飲むならコレがベストなのではないか、という味だ。無性に甘いものが欲しくなる。
「……旨いぜ、長門。これなら饅頭の試食にぴったりだ」
「……そう」
心なしか頬を赤らめたような長門の反応を見ていると、隣でハルヒが紙コップに入ったお茶を一気飲みした。
「流石じゃない、有希!美味しいお饅頭には美味しいお茶。コレでこの勝負、貰ったも同然だわ!」
部室の時の朝比奈さんのお茶の時もそうだったが、お前実はお茶の味なんて分かってないんじゃないか?
そんな俺の脳内突っ込みが聞こえるわけもなく。ふふ、と何やら意味深な笑みを漏らしたハルヒは再び周りに集り始めた客を前に、先ほどよりも更にテンションが上がった声で再び売り口上を読み上げ始めた。
「ご来場の皆様!この『つるまん』は老舗超高級和菓子屋の自信作で……」
 
はあ、と一言ため息をついた俺は、もう一つのブースに向かおうと腰を上げた。
 
 
ハルヒの朗々たる売り口上が次第に聞こえなくなってきた時、俺はもう一つのブース、つまり佐々木と朝倉が担当する売り場に着いていた。
 
「やあ、キョン。遅かったね?向こうに行っていたのかい?」
「いらっしゃい、キョン君。向こうはどうだった?」
こちらも和服姿の佐々木と朝倉。こちらは向こうのブースと違い落ち着いた雰囲気だ。もちろん『つるまん』なんて商品名を略したりはしていない。ちゃんと『謹製・鶴屋饅頭』と書かれた幟が翻っている。だが、見たところあちらのブースほど人はいない。いや、居ることはいるのだが明らかに数が少ない。
 
「くくっ、キョン。それも計算ずくさ。ある意味、こちらはまだ準備中なんだからね」
は?何言っているんだ佐々木?もう勝負は始まっているんだぜ?
「ええ、分かっているわ。でもね、勝負はこれからよ」
お前もか、朝倉。しかしこの状態からこちらに流れを取り戻すのは難しいんじゃないのか?
「勝負は昼食時間以降だよ。ところでキョン、キミには和服が似合うようだね。正直、驚きだ」
「そうね、普段よりも男前に見えるわよ?」
お互い何か含みを持った顔で笑い合う佐々木と朝倉。
何だか背筋に寒気が走ったのは、この季節のせいではないと思いたい。
 

 


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