第九話 休憩ブース~昼食交代~
 
開店から既に2時間を過ぎ、時間的にはそろそろ昼飯時だ。物産展は最終日と言うこともあってか、かなりの盛況のようだ。あれから何度かハルヒと佐々木、お互いの販売ブースを見て回ったがどうもハルヒのブースの方が優勢のように見える。佐々木の方もそこそこ売れているようだがな。
 
「やっぱり気になるにょろ?」
休憩ブースでお茶請けに出されていた『鶴屋饅頭』をかじっていた俺に、両方のブースの途中販売集計を確認してきた鶴屋さんが声を掛けてきた。
「どうですか?どっちが売れてます?」
「現時点では、若干ハルにゃんが優勢だねっ!さっきの時点で300コ近く売り上げてるっさ。佐々木さんの方は200コ強ってところかなっ!」
「そうですか。でも、佐々木の方はまだ何かやるようなこと言ってましたから、分からないですよ?」
俺のその言葉に興味を持ったような顔をして、鶴屋さんはにっこりと笑った。
 
「ところで、キョン君はどっちに勝って欲しいのかなっ?」
な……何を言ってるんですか鶴屋さん?別に俺はどっちが勝とうと関係ないですから。
その言葉を聞いた鶴屋さんは、真剣な顔でまじまじと俺の顔を覗き込んだが、暫くして、ふっと表情に笑いの要素が加わった。
「あっはっはっ!そうだよねえ、それでこそキョン君だ!」
すいません鶴屋さん。さっきのにらめっこは何の意味があるのでしょうか?あと、俺が今何故貴方に笑われているか、意味が分からないのですが。
 
「おや、こちらでしたか」
その声に振り向くと呉服屋の若旦那……いや、古泉がこちらにやってきた。
「中々盛況のようですね。どちらのブースも人だかりでしたし」
双方のブースを回ってきたらしい古泉は、休憩テーブルを挟んだ向かい側に座った。
そうだな。今現在はハルヒブースの方が優勢らしい。佐々木ブースも頑張っているようだがな。そう言えば、お前も朝からプラカード係で大変だったんだっけな、お疲れさん。
 
「あなたに労いの言葉を頂くとは。それだけで疲れが吹き飛びますよ」
……気持ち悪いこと言うな。一瞬でもお前に情けを掛けたのが間違いだったかもしれん。あれ?そう言えば、
お前プラカードはどうしたんだ?
「ああ、交代要員……いえ、会長にやって貰ってますよ」
……かわいそうに。あの人がここにいるのは俺のせいだと言うことは十分に理解しているつもりだが、まさか幾ら仕事とはいえ、プラカードを持って客引きするとまでは考えていなかっただろうな。
 
スマイルを顔に貼り付けた伊達男は、ふと壁に掛けられた時計の方を向いた。
「ところで鶴屋さん、彼女たちと昼食交代をした方が宜しいのでは?」
休憩ブースの奥の方には、堆く積まれた幕の内弁当の山があった。周りでは既に休憩時間に入った従業員達が弁当を広げて談笑している。おそらくもう少しすれば、狭い休憩ブースは一杯になってしまうかもしれない。
「あ、もうそんな時間だねっ!じゃあ行ってくるっさ!」
「お願いします。僕も昼食が終わったら、また彼と交代しに行きますので」
そう言うと古泉も席を立ち、幕の内弁当の山へと向かった。
 
清楚な行き足で休憩ブースを出て行こうとした鶴屋さんが、何かに気付いたような顔でこちらを振り向く。
「あ、そうそうキョン君、もしお腹空いてるんなら、そこにあるお弁当食べても良いんだよっ!」
「は?あ、いやでも数が足りなくなるんじゃないですか?」
「ハルにゃんと有希っこが居るから、今日のお弁当は多めに頼んであるにょろ。1つや2つ、大丈夫っ!」
いや、なんぼ何でも同じ弁当を二つも喰えませんって。鶴屋さんはそんな俺の顔を見てけらけらと笑いながらじゃあねっ!と休憩ブースを出て行った。
 
「ところで古泉」
「何でしょう?」
俺の向かいで幕の内弁当のふたを開け、いそいそと焼き鮭に箸を伸ばした古泉に問いかけた。
「鶴屋さん一人で2つのブースの食事交代ってことは、最後の人間が食事取る頃に物産展が終わってしまうんじゃないか?」
「ああ、そんなことですか。大丈夫です。交代要員はもう一人いますから」
ん?もう一人?誰のことだ?まさか……俺とか?
「いえいえ、貴方じゃありませんよ。貴方がもしどちらか片方のブースに交代に入ったりすると、もう片方のブースが非常に拙いことになりそうですしね。我々もそれを望みませんし」
まあな。幾ら交代要員とはいえ美女の代わりに男が売り子やっていたら、その分売り上げも減るだろうしな。
後でそれを勝負事の言い訳にされても、俺が困る。
古泉の箸の動きが一瞬止まったが、再び何事もなかったように掴んだシューマイを口の中に放り込んだ。
どうした?俺、何か変なことを言ったか?
「……何でもありません。気にしないで下さい」
 
「やっほー」
手を小さく振りながら朝倉がやってきた。交代1番手はお前か。
「あら、あたしが最初?てっきり涼宮さんたちの方が先だと思ったんだけどな。じゃあお弁当取ってくるね」
そう言いながら小さなポーチを古泉の隣に置くと、朝倉は幕の内弁当の山へと向かった。
 
 
「……なあ、古泉」
「……なんでしょう?」
「お前らの言うところのTFEIってのは、皆んなこんなに大食いなのか?」
「……さあ、どうなんでしょう?」
周りの視線が痛い。和服姿で楚々とした美少女が幕の内弁当を3つ並べ、物凄い勢いで次々と平らげていく。
俺と古泉は、ただそれを呆然と見守ることしかできなかった。GW初日朝のファミレスを思い出すぜ。古泉も弁当を半分しか平らげていない。朝倉の喰いっぷりに食欲を無くしてしまったようだ。
「あら、朝倉。早いわね?」
げんなりしていた俺と古泉は、食欲大魔神二人目が近づいてきたのに気付かなかった。ハルヒだ。
「あら、涼宮さん。そちらの売れ行きはどう?」
「まあまあってところね。アンタの方は?」
「うん、これから巻き返しかな?」
「あら、そう?でもアタシ達も手は抜かないからね!」
さりげなく火花が散るような会話を朝倉と交わしたハルヒは、携帯電話を俺の隣に置くと幕の内弁当を取りに行った。
 
 
「……古泉」
「……はい」
「……俺、帰って良いか?」
「……ダメですよ。僕をここに一人置き去りにする気ですか」
よりによってハルヒは弁当を4つ抱えて戻ってきた。先程からの痛い視線が更に強くなったような気がする。
朝倉と同様、幕の内弁当を4つ並べて物凄い勢いで平らげていくハルヒ。もうこうなったら食欲がどうのって感じではない。一体こいつらの胃袋はどうなってるんだ?
既に3つの幕の内弁当の空を前にして紙コップのお茶を飲んでいる朝倉と、そして俺の隣で絶賛栄養補給中のハルヒを見ていると、げんなりを通り越して何も食いたくなくなる。ダイエットなんぞ、俺には縁遠い物だと思っていたのだが。
「じゃあ、あたしは行くね」
優雅にお茶を飲み終えた朝倉は、3つの弁当の空とポーチを持って席を立った。
「キョン君も見に来てね?」
ああ、もちろんさ。午後の部、頑張れよ。
朝倉の後ろ姿を見送っていると、古泉も半分しか食べていない弁当を持って立ち上がった。休憩が終わったばかりなのに、更に疲れて見えるのは気のせいかね?
「……そ、それでは僕も行きます」
……おう、お前も頑張れな。
 
「キョン」
古泉が休憩ブースから姿を消したところで丁度4つめの弁当を平らげたハルヒは、お茶を啜りながら俺に問いかけた。
「佐々木さん達と毎日勉強してるらしいじゃない?どんなことやってるの?」
ああ、そうだな。この間やっと高校1年の前半の復習まで終わったところだ。GWが終わったら1年生後半に掛かる予定だそうだ。何でも夏休みまでに2年生までの復習を終わらせるんだとさ。地獄だぜ、全く……
「ふうん、そっか。あたしがアンタにやらせようとしてたことと同じ事をやってるって訳ね。流石だわ」
え、お前もアレを俺にやらせるつもりだったのか?
「そ。アンタは頭が悪いんじゃなくて基礎がなってないのよ。だからまず、基礎を叩き込まないとね」
何だか以前、佐々木と朝倉にも全く同じ事を言われたような気がするな……ああ、つまり勉強できるヤツから見れば俺の弱点なんてのは丸わかりって事か。情けないぜ、俺。
「で、どうなの?受験の方は何とかなりそう?」
まだ分からん。まだ半年以上あるし、どこまで成績を上げられるかは何とも判断できん。そんな曖昧な答えをした俺の耳が強烈な力で引っ張られ、耳元でハルヒの怒号が炸裂した。
「アンタ、バカじゃないの?『まだ半年以上ある』じゃなくて『もう半年しかない』のよ?気を入れて頑張りなさい!アンタあの時、あたしと一緒の大学に行くって言ったでしょ?忘れたとは言わせないわよ!」ああ、分かった分かった。耳元で怒鳴るな。そしてその前に俺の耳を離せ。俺の耳がエルフか福禄寿になる前にな。
「おやおや、お邪魔だったかな?」
俺がハルヒに人差し指を鼻先に突きつけられ色々とお小言を聞かせられていると、少し困ったような顔をした佐々木がテーブルの向かい側に立っていた。
おう佐々木、お疲れさん。お前も休憩か。
「ああ」
佐々木は何だか妙な顔をしたまま俺の向かいに持っていたペンと手帳を置き、幕の内弁当を取りに行った。
何だ?何か言いたそうな雰囲気だったが……
「キョン!あたしはもう行くけど、変な気を起こさないでね!約束だから!」
……お前が何を考えているのか俺にはよく分からんのだが、分かったよ。
「……ふん」
俺の返事を鼻息で一蹴したハルヒは4つの弁当箱の空を持ち、佐々木が戻ってくる前に席を立った。
 
佐々木は幕の内弁当を一つと、お茶の入った紙コップを持って俺の向かいに座る。良かった。お前は常識的な胃袋なんだな。そう言うのを見るとほっとするぜ。
「おや?涼宮さんは行っちゃったのかい?」
ああ、さっきな。何だ、ハルヒに何か用でもあったのか?
そんな俺の問いには答えず、割り箸を取り出しながら弁当のふたを開ける佐々木。
何だか妙に煮え切らない態度だな。何かブースの方で拙いことでもあったか?それとも思ったより売り上げが芳しくないとかなのか?
「別にそう言うわけではないよ。ブースの方はもう準備は終わったしね。今頃はもう始まっている頃さ」
そうか。でも朝倉一人だときついんじゃないか……と、そこまで言って、俺はもう一人の交代要員とやらが居ることを思い出した。誰なんだ?
「昨日エレベータのところでパンフレットを配っていた女性さ。確か喜緑さんだったね」
あー、そっか。喜緑さんか。佐々木ブースの落ち着いた雰囲気も彼女なら似合うだろうな。逆にハルヒブースには元気一杯の鶴屋さんが似合うだろう。まさに適材適所だね。
 
「キョン」
ハルヒと鶴屋さん。はち切れんばかりのヒマワリが2輪、元気一杯に咲いているようなハルヒブース。
朝倉と喜緑さん。落ち着いた雰囲気の中でキキョウの花が2輪、たおやかに咲いているような佐々木ブース。
動と静、イメージ的には正反対。
さてどちらが勝つかね?などと無節操に想像を繰り広げていた俺は佐々木の声で我に返った。
「さっきの涼宮さんとの会話だが……」
どうした?何か気になることでもあったか?
「……キミの志望大学だが、もしかして涼宮さんも同じ大学を志望しているのか?」
そうだな。あれ?言ってなかったか?
「初耳だよ……確認したいのだが、キミがあの大学を志望したのは、まさか涼宮さんの命令かい?」
んー、命令、ではないな。どちらかと言えば、俺が同じ大学に行くって宣言したようなもんだからな。
「……そうか」
でもな、お前も同じ大学志望なんだろ?お前達に家庭教師をして貰っている身分でこんな事は言いづらいが、みんなで一緒の大学ってのも良いんじゃないか?俺も何とか合格できるように、一生懸命頑張るしさ。
「……キミってヤツは……もういい、分かったよ」
 
佐々木は納得いったような、不満そうな顔をして弁当の残りを食べ始めた。
……何だかさっきから空気が重くありませんか、佐々木さん?俺が話しかけようとすると、何だか物凄い目で睨まれるし。黙々と弁当を食べる佐々木は、何かを一生懸命考えているようだ。多分、弁当の味なんて分からないんじゃないか?考えながら食事をすると消化に悪いぞ?
弁当を食べ終わった佐々木はお茶を一気に飲み干し、紙コップを机に置くと同時にガタンと席を立った。
……あ、あの~~、俺、何かあなたのお気に障るようなことを言ったのでしょうか?
そんな俺の懸念を更に倍増させるような笑顔を俺に向けた佐々木は、いつもよりも抑えた声で宣言した。
「……キョン。僕はね、今日の勝負は絶対に負けられないという決意を新たにした。キミに僕の方を応援してくれなどとは言わない。ただ、最後まで見ていてくれ。必ず涼宮さんに勝ってみせるから」
お、おう。分かった。最後までしっかり見届けるから、お前も頑張れ。
「もちろんさ」
凛とした表情の佐々木は、ペンと手帳を持って休憩ブースを出て行った。
 
……はあ~~~。何故だ?何故俺はこんなに疲れているんだ?ここ休憩ブースだよな?
大体、朝から俺は何も食っていないはずなのに何でこんなに満腹なんだ?何かもう、暫く食い物は見たくない感じだ。
 
 
「あら、お疲れのようですね?」
「……」
鈴のような声で顔を上げると、そこには喜緑さんがふんわりとした笑顔をこちらに向けていた。隣には長門も居る。たまたま一緒になったのだろうか?
ああ、お疲れ様でした、喜緑さん。あと長門よ、三点リーダではお前が居ることに普通は気付かんぞ?
「……問題ない。あなたは気付いた」
喜緑さんと長門はそれぞれ持っていたパンフレットと文庫本を俺の席の前と横に置き、弁当置き場に向かう。
……ちょっと待て。
俺の目に狂いがなければ、弁当置き場にいる二人の美少女TFEI達はそれぞれ片手に少なくとも3つ以上の弁当を持っているように見えるのだが。もしかして、幕の内弁当乱れ食いをまた見せられるのか?しかも二人同時かよ。俺は、頭から血の気が引いていくような音が聞こえたような気がした。
 
「やれやれ、やっとメシか。幾ら任務とはいえ、何で俺がプラカード持ちなんぞを……」
その時、何やらぼやきながら休憩ブースに入ってきた男と目が合った。ああ、会長!良いところに!
「何だ?どうかしたのか?」
美少女TFEI達がまだ弁当置き場にいることを横目で確認した俺は音を立てずに立ち上がり、会長に伝言を頼んだ。もちろん、喜緑さんと長門への伝言だ。
「ふん。つまり『二つのブースを見回って来るからゆっくりと食事休憩してくれ』と伝えればよいのだな?」
ええ、お願いします。
 
俺はそう会長に伝えると、そそくさと休憩ブースをあとにした。
 
 


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