第六話 鶴屋
 
「皆さん、どこに行かれたのかと思いましたよ」
そうか、連絡取れずに済まなかった。今お前どこに居るんだ?
「あなたの家です」
は?ああ、そうか。そこからならすぐだから、早く来い。
「そうですね。これからすぐ参ります」
おう、待ってるぞ。
とりあえず古泉に連絡を入れた俺は、携帯を仕舞いながら再び催事場に戻った。
 
しかし、凄い人出だな。ここら辺の住民全てがここに居るんじゃないかって程の混み様だ。あまりの喧噪の凄さに俺はその人混みの中に突入する気力が削がれ、催事場脇のベンチに腰掛けて改めてパンフレットを見直した。ふ~ん、福引きまでやってるのか。一等一組「日本全国温泉巡り5日間・ペア宿泊券」、二等一組「東京周遊3日間の旅・ペア宿泊券」ねえ……まあ、もし当たったとしても今年の俺には縁のない代物だな。
そりゃそうと、パンフレットを見る限り本当に日本全国から来てるんだな。ってことは、前住んでいたところからも何か来てるのだろうか。あそこには全国区の名産品など無かったような気もするのだがな。
まあ、行ってみようか。もしかしたら俺の知らない名産品があるのかもしれんし。
 
俺はその「元・地元」の販売ブースの前で唖然としていた。
販売テーブルの後ろに掛けられた高そうな暖簾とこれまた高そうな和傘。そしてシックな色遣いの敷物の上に並べられた逆ハート型のお饅頭。ブースのあちこちに立っている幟には、まるで一流の書道家が書いたような達筆で「鶴屋饅頭」と書いてある。そして落ち着いた色合いの和服を着た女性が、まるで魚屋の店先で特売のアジかサバを売るような口調で遠巻きに見ている客達に売り口上を読み上げていた。
 
「さあさあ、この『鶴屋饅頭』は創業なんと300年の、老舗の自信作だよっ!今までは地元でしか売ってなかったけど、今回ここに県外初進出っさ!美味しいから食べてみるにょろ!なんと1コ300円っ!普通のお饅頭よりもちぃ~~とばかし高く感じるかもしれないけど、それが歴史の味ってもんさっ!見てらっさい!食べてらっさい!」
……鶴屋さんだ。何やってるんですか、あなたはこんな所で。
 
「やぁやぁ、キョン君じゃないか!久しぶりだねぇっ!」
あ、見つかった。
 
「何やってるんですか?こんな所で」
「見れば分かるにょろ。うちで作ったお菓子の販売っさ」
「え、これ鶴屋さんちで作ったお菓子なんですか?」
「うちのグループ企業というか、まあ分家なんだけどね。ずっと昔からやっている和菓子屋さんなんだっ!」
「へえ、そうなんですか。でも、あんまり見たこと無いですねこの……」
「しーっ!」
突然鶴屋さんは、口に手を当てて「静かに!」のポーズを取った。
「ちょろっと出てくるっさ。暫く任せるにょろ」
は~~い、と他の和服姿の女性が返事をしたのを確認すると、鶴屋さんは俺の手を引いて催事場の外へ連れ出した。
 
「実は、キョン君にお願いが有るっさ」
催事場裏の、おそらく関係者以外立ち入り禁止区域だと思われる休憩ブースに俺を連れ込んだ鶴屋さんは、開口一番にこう言った。
「は……なんでしょう。俺で出来ることであれば、ご協力するのは吝かではありませんが」
「あの饅頭を売る知恵を貸して欲しいのさっ」
知恵を貸す?俺が?え、何で?
盛大に頭の上にクエスチョンマークを吐き出した俺に、鶴屋さんは俯きながら続けた。
「実はあんまり売れて無いんよ、あの『鶴屋饅頭』」
「……そうなんですか。人は結構集まってたみたいですが」
「うん、人は集まるんだけど中々買ってもらえないんだよねっ」
何でだろうねえとうんうん唸っている鶴屋さんを見ながら、俺は先ほどの疑問を口にした。
「あ、ところで俺この饅頭を見たこと無いんですけど、もしかして俺が知らないだけですか?」
「……創業300年の老舗和菓子屋の自信作、ってのはウソじゃないんだけどねっ。この『鶴屋饅頭』は今年完成したものなのさっ」
 
顔を上げ、あっけらかんと言い放つ鶴屋さん。
「え、それって一歩間違うとウソになるんじゃ」
「うん、だから300年前から売っているとは言ってないっさ……でもね、ホントに美味しいんだよっ?」
そう言いながら、鶴屋さんは俺の口に『鶴屋饅頭』を押し込んだ。
 
……確かに旨い。中の餡子が甘すぎない……というか、すっきりした甘さで諄くない。コンビニとかの饅頭を食うとついついお茶が欲しくなるものだが、コレにはそれがない。幾らでも食べれるとまでは言わないが。
「どう?美味しいっかな?」
「ええ、確かに美味しいですね。でも何故コレが売れないのは分かりません。試食でもしたらもっと売れそうなんですが」
「試食、やってるんだけどね。中々実売にならないにょろ。だから、少々キョン君のお知恵を拝借したいってことでっ!この通りっ!」
ぱん!と俺に向かって柏手を打った鶴屋さんは懇願のポーズを取った。
 
ふむ。暫く考えた俺の頭は、僅かこの1ヶ月のこの地域の拙い経験を元に一応の結論を弾きだした。
「ここって、あっちに比べて田舎じゃないですか。TVのチャンネルも少ないし、CMだってそれほど多くはないんですよ。この辺じゃ、鶴屋の名前を知っている人は殆どいないんです」
鶴屋さんは、一体俺が何を言い出したのかという目で見ている。あっけにとられた鶴屋さんの表情というのもレアではあるが、そんな彼女の目を見ながら俺は続けた。
「そう言うところの情報伝達方法って、なんだと思います?」
俺の言葉を暫く考えていた鶴屋さんは、ぱっと明るい表情になった。
「……分かった。口コミにょろ!」
「正解です。おそらく、物産展最終日には結構な人が来ると思いますよ?」
「そっかぁ。ここじゃあ向こうと違って鶴屋の名前は通用しないんだもんねっ!あたしとしたことがすっかり忘れてたにょろ!キョン君ありがと!」
「いえいえ、俺のこのアドバイスが正しいかどうかは分からないですよ?」
「いいっていいって!こっちも色々やって手詰まりだったにょろよ。キョン君のアドバイスで道が開けたってことさ!」
「そう言って頂ければ俺も安心です」
 
壁に掛かった時計を見て、時刻を確認した鶴屋さんはそそくさと立ち上がった。清楚な和服姿の鶴屋さんは、いつも見ていた元気一杯の彼女とは違う魅力がある。あー、いやいや。
「……そろそろあたしも売り場に戻らなきゃね。キョン君はどうする?」
「あ、俺も戻ります。あ、それと、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「ん?何かなっ?」
長い髪を結った鶴屋さんが振り返る。
 
「大学はどうされたんですか?いくらGWとはいえ、鶴屋さんがわざわざこんな所で饅頭販売のバイトをしているのは謎なんですけど……」
「ふ~~ん、キョン君はこの『全国旨いもの物産展』のパンフレットを良く読んでいなかった様だねっ!」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。慌てて側にあったパンフレットをよく見てみる。
 
「協賛:鶴屋グループ」
 
はぁ~~とため息をつく俺の姿を見て、鶴屋さんはけたけたと笑った。
「そう言うことっさ!」
あー、なるほどね。そう言うことですか。
「あ、でも、何で鶴屋さんが来てるんですか?会社というか、グループには他に人もいるでしょうに」
「んー、家訓でね。高校卒業したら、大学4年のうちどこか1年間、社会勉強しなきゃならないのさっ!」
……ん??あれ??どっかで最近聞いたような話だな……???
 
「それにね……みくるが家庭の事情で1年間休学してるにょろ。丁度いいと思って、この1年を社会勉強に当てたっさ」
ああ、そう言えば朝比奈さんはこの1年は未来に帰ってるんだな。朝比奈さんご本人にとっては、多分1年ではないのだろうが。
「『鶴屋饅頭』も、みくるのお茶とセットならもっと売れたかもねっ!」
ああ、その意見には同感だ。この旨い饅頭と朝比奈印のお茶とのセットなら、一日で完売ですよ!
 
休憩スペースを出た鶴屋さんは、俺の前をしずしず歩く。それでも速度が俺とあまり変わらないのは流石だ。
「キョン君のアドバイスは次回に生かすとして……問題は今回なんだよねっ」
は?今回ですか?先ほどの販売スペースに戻る道すがら、鶴屋さんはこちらを向かずにぽつりと言った。
「んー、鶴屋饅頭を県外で売るのはここが初めてなのさ。だから、実績作りたいにょろ。それに、せっかく向こうから持ってきたんだ、出来れば今回の分は全部掃かしたいしさっ!」
ああ、なるほど。売れ残ったからといって、持って帰ってもしょうがないですもんね。
「そうなんだよねぇ……困っちゃったにょろ!」
本当に困っているのかどうか、満面の笑顔で振り向く鶴屋さん。
ああ、分かりました。俺もちょっと考えてみますよ。
 
 


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