第七話 対決
 
販売スペースに戻った俺は、さっきまでの考えが無駄骨に終わったことを悟った。
「あら、遅かったじゃない?」
「……キョン」
しれっとした顔で鶴屋饅頭の試食品をぱく付くハルヒと、それとは対照的に、疲労困憊と言った顔の佐々木がそこにいた。
 
「あれっ?ハルにゃん?」
「あら?鶴屋さん?どうしたの、こんな所で」
「それはこっちのセリフっさ!……って、あ~~~~、そう言うことにょろね!」
「え?……あ、いやいや、別にそう言うことじゃないわよ?」
「ふ~~ん、そう言うことってどういう事かなっ?詳しく聞きたいにょろ~~」
「だからそう言う事って……」
何だかにょろにょろ言っている鶴屋さんと妙にムキになっているハルヒを眺めていると、なんとか体力を回復した佐々木が側に寄ってきた。
 
「……キョン、僕はね。こんなパワフルな人を見たことがないよ。見てくれ、コレを」
佐々木の周りの床には、おそらく女性一人では持てないだろうと思われる量の紙袋が置いてあった。それぞれ各県の名前と名物の名前が書いてある。ひい、ふう、みぃ……全部で18コか。いや、待て待て。
おそらく買わなかったものもあるだろうから……もしかして、この二人はこの短時間で殆どのブースを回ってきたんじゃないのか?
「……正解だよ、キョン。全部のブースを回ってきた。それこそ、北は北海道から南は沖縄までね」
あー……ハルヒならやるだろうな、それくらいは。
 
「それだけじゃないんだ。聞いてくれないか!」
先ほどまでの疲労困憊の表情はどこへやら、瞳の中に困惑と憤りと諦観が混じったような顔で、佐々木は俺に先ほどまで自分が陥っていた状況の説明を語り始めた。
「涼宮さんはね、まるで競歩のようなペースで歩いていたかと思うと、突然立ち止まるんだ。何事かと思って見てみるとブースの試食品を一口食べ『マズイ!』と言い放つと、またすぐ競歩に戻る。キミは僕がそれらのブースの人たちにどれだけ謝ってきたのかを知りたいと思わないか?」
……結構だ。十分に想像が付く。ってか、それって今まで俺がやってきたことと同じじゃねーか。
「試食して気に入ったものが有れば即決でその場で買い込むんだが、自分が持てなくなると当然のように僕に持つように促すんだぞ?しかもね、会場を回る速さは、荷物を持っているにもかかわらず変わらないんだ……正直、キミの過ごした2年間の苦労に同情するよ。涼宮さんのあのペースについて行ける人間を、それだけで僕は賞賛したい」
……そんなことになっていたのか。悪い、俺が一言ハルヒに「手加減しろ」って言っておけば良かったな。
 
「キョン」
佐々木の愚痴を聞いていた俺は、ハルヒの声に振り向いた。
「鶴屋さんから全て聞いたわ。友人が困っているのを見過ごすなんてSOS団の名が廃るわ!明日の物産展最終日、アタシ達も販売応援するわよ!」
え……喋っちゃったのか、鶴屋さん??鶴屋さんは驚いた俺の方を向いて、片手で拝むような仕草をした後、ぺろっと舌を出した。あー………もういいや。何でもやって下さい。で、どうするんだハルヒ?販売応援って言ってもな。俺は何も案など思いつかんのだが?
「そうねぇ……あ、そうだ!」
ハルヒは面白いものを見つけたときのあの笑顔で、俺の隣にいた佐々木を見た。
何だか無性にイヤな予感がするのは俺だけか?
 
「佐々木さん!勝負しましょ!」
は?!勝負?一体どこで誰と何を賭けて勝負するってんだおまえは?そんな考えを一瞬頭の中に浮かべた俺は反射的に佐々木の顔を見た。突然のことに、佐々木も鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
そんな俺たちの反応を気にも留めず、ハルヒは続けた。
 
 
「明日の開店から物産展終了までの間、誰が一番この『鶴屋饅頭』を売ることが出来るか?で勝負よ!」
待て、おい。なんでそんなことまで勝負事にしてしまうんだ、お前は。普通に売ればいいだろ、普通に。
「普通に売ってるから、こういう状況になって居るんじゃない?だから、ここは逆転の発想なのよ!」
いや、お前のその「逆転の発想」の意味が分からん。そもそも、どこをどうやって逆転させれば販売勝負になるんだ?
「あ~~、アンタはもういいから!で、どうなの佐々木さん?やる?やらない?」
何かを考えているような表情の佐々木。まあ、そりゃそうだろう。いきなり饅頭の販売勝負と言われてもな。
ところが、暫く思考の海に沈んでいた佐々木は鶴屋さんの方を向き、驚くような言葉を口にした。
「……勝った方は何かご褒美を頂けるんですか?」
 
佐々木のその言葉を聞いた鶴屋さんは、面白そうな目をして佐々木を見返した。
「ふ~~ん?そうだねえ……じゃあ、こんなのはどうかなっ?」
おもむろにパンフレットを取り出した鶴屋さんは、ある場所を指さした。それって……福引き?
「この二等商品と同じものを進呈するってのはどうかなっ?流石に一等はあたしのポケットマネーでは難しいにょろ」
ポケットマネーって……いや、それより二等商品?ってことは……東京周遊3日間の旅・ペア宿泊券か?
その言葉を聞いて、真っ先に反応したのはハルヒだった。
「え、マジで?いいの?鶴屋さん?」
「ハルにゃん、あたしに二言は無いにょろよ?」
「よしっ!俄然やる気が出てきたわ。佐々木さん!あなたはどう?」
珍しく額に皺を寄せ、真剣な目で何かを考えていた佐々木はハルヒの問いには答えず、再び鶴屋さんに質問を投げかけた。
「……そのペアチケットの有効期限は何時までですか?」
「ん?そうっさねぇ、どうせ新しく手配するものだからいつでも良いにょろよ?行きたい日の1週間前までに連絡くれれば、こっちで手配するっさ!」
その言葉を聞いた佐々木はふっとその表情を崩し、今度はハルヒに視線を戻した。
「……分かった。その勝負受けようじゃないか、涼宮さん」
その言葉を聞いて、この場で一番動揺したのは俺だったに違いない。まさか佐々木が、こんなアホな申し出を受けるとは夢にも思っていなかったからな。
「いいんだ、キョン。コレは涼宮さんと僕との話だ。キミは黙って見ていてくれ」
お、おい……お前ら一体……そんな俺の戸惑いなど気にも留めず、佐々木はにっこりと笑いハルヒに向かって手を差し出した。
「涼宮さん。お手柔らかに」
その手を握り替えしたハルヒの顔にも、不敵な笑みが宿っている。
「……手加減しないわよ?」
「もちろん、こちらも全力でやらせて頂くよ」
「そうこなくっちゃね!」
がっしりと握手をし、にこやかに笑い合う美少女二人。そんな光景を遠巻きに見ていた物産展の客から暖かい拍手と歓声が上がった。だが俺は目の前の二人から得体の知れない何かが湧き上がっているのが見えたような気がした……先程から感じるこの寒気はいったい何なんだろうね?
 
観客達の拍手と歓声の中、そんなハルヒと佐々木の様子を見ていた鶴屋さんがハルヒに問いかけた。
「ハルにゃん、もしかしてこの人が?」
「ええ、佐々木さんよ」
 
いつもの満面の笑顔で鶴屋さんは佐々木に向き直った。
「……ふ~~ん、あなたが佐々木さんにょろ?にゃるほろ~~、こりゃハルにゃんも気になるわけだっ!」
「なっ……えっ……あ、アタシは別に、そんなことは……」
何だかもごもご言っているハルヒをそっちのけで鶴屋さんは佐々木の前に立ち、上から下までじっくりと睨め上げる。少々居心地の悪そうな佐々木は、俺に救助要請の視線を送ってきた。しょうがない、助け船を出してやるか。
「……あ~~、鶴屋さん。こいつは俺の『親友』の佐々木です。佐々木、この人は俺たちの……え~~先輩の鶴屋さんだ」
「……鶴屋?もしかして、あの鶴屋家の?え、でもなんで?」
心底驚愕したような顔の佐々木。まあ、向こうじゃ鶴屋家は名家だもんな。そのお嬢様が、まさかこんな所で饅頭の販売をやっているとは思うまい。俺だってビックリしたくらいだ。
「初めまして。キョンの『親友』の佐々木です」
ふと我に返った佐々木は、改めて鶴屋さんに自己紹介する。ふ~~ん、と佐々木から何かを感じ取ったような
顔をした鶴屋さんは、ニカッと笑った。
「……気に入った!あんたのこと気に入ったよっ、佐々木さんっ!」
呆然としている佐々木に、鶴屋さんはニコニコ笑いながらさっきのハルヒと同じように手を差し出してきた。
その動きに釣られるように差し出された手を握り返す佐々木。
「これからも宜しくねっ!」
握手した手をぶんぶか振り回した鶴屋さんは、改めてハルヒと佐々木に目を向けた。
「さて、じゃあ二人ともこっちへ来るっさ!この勝負のルールを決めようじゃないかっ!」
そう言うと鶴屋さんは、先ほどまで俺たちが居た休憩ブースの方へと、ハルヒと佐々木を誘った。
肩で風を切って鶴屋さんに付いていくハルヒと、多少疲労の伺える顔をしながらもそれに続いていく佐々木。
それを唖然とした表情で見守っていた俺は、後ろから掛けられた声に我に返った。
「遅くなりました。それにしても、妙なことになりましたね」
古泉か。そうだな……ところで、これも『機関』の仕込みか何かなのか?
「いいえ、コレは全くの偶然です。『機関』は何も関知しておりません」
そっか。まさか、宇宙的な何かって事もないだろうしな。
「そう。我々も何も関わっては居ない」
「ええ」
気付くとすぐ側に長門と朝倉が立ってハルヒと佐々木が去った方を見ていた。何時の間にいたんだ、お前ら。
「さっきから居た」
「涼宮さんと佐々木さんが握手をするあたりから居たわよ。キョン君、もしかして気付いてなかった?」
ああ、俺は今目の前で起こっている状況の整理に忙しかったからな。周りに目を配っている余裕はなかった。
「それはそうと、我々も行ってみましょう。どのような勝負になるのか、個人的にも非常に興味があります」
「……了解」
「そうね、興味があるわ」
そそくさと休憩ブースに移動しようとする長門、朝倉。0円スマイルのまま、彼女たちの後に付いていこうとした古泉に俺は声を掛けた。
「なんでしょう?」
振り向いた古泉に、俺はハルヒが買った全国名産品の数々が入った紙袋を指さしながら言った。
「この荷物、持つのを手伝ってくれ」
 
名産品が入った嵩張る紙袋たちに辟易しながら休憩ブースにお邪魔すると、鶴屋さんとその他二人でこの販売勝負のルールを相談していた。ややこしい話は割愛するが、つまり「相手より多く売上げた方が勝ち」「販売時間は10時の開店から物産展終了予定時刻の16時まで」と言うことで決まったようだ。
ただし販売はそれぞれ二名+鶴屋さんのところの従業員2名の合計4名で行うこと。ブースで販売したものの他、予約・注文されたものもカウントする。販売スペースは、明日までに2つ有る物産展入り口脇に一つずつ設置し、お互いの売り場は見えないようにする。販売にはどんな手段を使っても構わないが「鶴屋家」の名を貶めるようなことはしないこと。その他、何か必要なものがあれば鶴屋さんに相談すること。
一通り説明が終わった後、鶴屋さんは二人を見渡した。
「何か質問はあるかなっ?」
「無いわ。アタシはすぐにでも準備に掛かりたい位よ!」と、ハルヒ。
「ありません」と、シンプルな返答したのは佐々木。
 
「よし!じゃあ、コレで決定にょろ!明日の売り上げ、楽しみにしてるからねっ!」
説明を追えた鶴屋さんは、にゃははと笑いながら休憩ブースを出て行った。
 
鶴屋さんを見送ったハルヒは、俺たちが立っている方にやってきた。
「じゃあ、アタシ達も準備しなきゃね!古泉くん、有希、行くわよ!作戦練らなきゃ!」
「了解しました」
「承知した」
ハルヒは俺が持っていた名産品の袋を引ったくるように奪い取ると出口に向かって歩き始めた。
……おいおい、待てよハルヒ。
「何よ?今は1分1秒でも惜しいんだから、くだらない質問だったら却下だからね?」
あー、俺はどうすればいいんだ?一応、俺も鶴屋さんに同じ事を頼まれたし、SOS団の一員だしさ。
 
ぴたりと動作を止めたハルヒは、こちらを見ずに言った。
「……アンタは黙って見てなさい。アタシ達の力を見せてつけてやるから」
アタシ達の力って。何も知らない一般客相手に、その力とやらを見せつけてどうするつもりなんだ、お前は?
ハルヒはくるりと振り向くと、俺の鼻先に人差し指を突きつけた。
「うっさい!とにかくアンタは今回は部外者!もちろん佐々木さんと朝倉に協力したりするのも禁止だから!分かったわね!」
それだけ言うと、ハルヒはさっさと休憩ブースを出て行った。
「それでは、また」
「……明日」
俺は、ハルヒの後をって休憩ブースを出て行こうとする古泉と長門を呼び止めた。
「何でしょう?」
「……何?」
明日の勝負だが『超能力的』もしくは『宇宙的』な小細工やインチキは禁止だからな。分かってるだろうが、念のため釘を刺しておくぞ?
「……わ、分かってますよ」
古泉、そこで口ごもるな。お前、何かする気だったのか?
「……承知した」
長門、何故俺と目を逸らす?ちゃんとこっちを見なさい。
「こらー!古泉くんと有希!早く行くわよ!これから準備があるんだから!」
休憩ブースの外からハルヒの怒号が聞こえる。
「すいません、呼ばれてますので」
「……また」
古泉と長門はその声に追い立てられるように俺の前から姿を消した。
 
お供を引き連れたお姫様がこの場から居なくなると同時に、佐々木もこちらにやってきた。
「僕たちも行こうか、朝倉さん」
「そうね、作戦を練らないとね」
お前らもやる気満々だな。つか、何でハルヒの勝負を受けたんだ?何というか、お前らしくないぞ、佐々木?
「そうだね。でも、僕にも『引けない事』ってのはあるからね。女の意地ってヤツかな」
引けない事、女の意地ねぇ。男である俺にはよく分からない話って事なのか?
「分かって欲しいとは思うが、それではキミがキミではなくなってしまうような気がするからね。追々、理解してくれればいいさ」
……何のこった。お前らの言うことは、時々俺の理解の範疇を超えるときがあるような気がするのだが?
「くくっ、今のキミには関係ないことさ。とにかく僕は涼宮さんに勝負を申し込まれて、僕はそれを受けた。勝負ってのは勝たなきゃ意味がないからね……行こう、朝倉さん。君の部屋で作戦会議をしたいのだが、良いだろうか?」
「ええ、構わないわよ」
にこやかに談笑……いや、作戦会議をしながら休憩ブースを出て行く二人。
そして最後には、何だかよく分からないまま休憩ブースに取り残された俺が居た。
 
やれやれ。
 
何だか変なことになっちまったな。
 
その後、休憩ブースを出た俺は何とかお袋と妹を捜し出したのだが、二人ともあちこちにある試食品コーナーでの試食で既に満腹になっていたようで、そのまま俺はお袋が購入した各地名産品の紙袋をぶら下げたまま、家に帰ることになった。その日の俺は、昼飯抜きだったのは言うまでもない。
 

 


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