はっきりいって俺は普通の高校生が過ごしているそれと比べると遥かにアブノーマルなスクールデイズを送っていると自負している。宇宙人、未来人、超能力者に囲まれたスクールデイズなんかなかなか送れるものではないぞ。望む望まないに関わらず。この中のどれか一つでも、身の回りにいる奴がいたら是非知らせて欲しいものである。全力を持ってそんな奴の精神安定を疑ってやる。
では俺はどうなのか、と反論されれば、もちろんぐうの音も出ない。
これが俺の精神不安定によるものならどんな怪しげな精神科にだって通うさ。


まあそんな非日常な時間の集積も、主に放課後から始まるのである。常日頃からあらゆるトラブルの発信源となる我らが団長こと涼宮ハルヒも、授業中は大抵俺の後ろの席で寝ているだけで、厄介事の種にはならない。
教師も心得たもので、ハルヒには干渉しない。障らぬ神になんとやら、というわけだ。
古泉がハルヒを神と称した時は思わず訝しんだが、なんのことはない、教師連中にとってもハルヒはある意味で神なのである。厄病神か?

午前中の授業が終わると、俺はいつものように鞄に手を突っ込んで弁当を出そうとした。
最近は昼飯は主にハルヒか谷口たちと食っている。もちろん両者と同時に食べることはない。そんなことは不可能である。ハルヒは普通の人間に興味がないし、谷口は谷口でハルヒの電波ぶりを畏れているからな。谷口自身も相当な電波だということを本人はどうやら自覚していないようだが、今更言及するのはやめよう。
また、ハルヒが周囲に畏怖をもたらすレベルの奇人であることは俺も疑念を挟む余地はない。
とにかく、ハルヒがぶすっとした顔で自分の弁当の包みを開け始めたら、俺はハルヒと昼食を食べることになり、ハルヒが突発的に教室を出ていった場合は谷口や国木田たちと昼食を共にするわけである。

しまった。
どうやら弁当を忘れた。
鞄に確かに入れたと思ったのだが。
面倒だから昼飯を食べないで午後へ臨むという案もあったが、即座に却下された。
放課後、SOS団の活動で何をやらされるかわからないからな。古泉とのチェスだけなら一向に構わないが、買出しだのビラ配りだのに狩り出されたらとてもじゃないが家に帰る前に倒れるだろう。
俺はSOS団に対し度重なる罰金を支払ってすっかり軽くなった財布を握り締め、席を立った。
「ちょっとキョン、どこいくのよ」
弁当を忘れたから、購買で飯を買ってくるだけだ。お前に度々奢らされてもなお財布に留まっていたなけなしの五百玉でな。
「待ちなさいよ」
ハルヒの声が聞こえたが、どうせすぐに戻ってくるんだから後で聞いても問題ないだろう。とにかく今の俺は昼食を買うことしか頭にないんだからな。

購買はそれなりに混雑していたが、すぐに俺はめぼしいパンを見つけておばちゃんに代金を渡した。やきそばパンひとつで成長期たる俺の身体を放課後まで稼動させられるかは心許ないが、あんまり金銭的に余裕もないしな。古泉あたりにバイトでも紹介してもらいたいくらいだが、あいつのバイトは本当に危険だ。色んな奇跡体験を経験してきた俺でも、ちょっとごめんである。

廊下を歩いていると、10mほど前方を見覚えのある顔がすーっと横切っていった。無口で無愛想な対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、長門有希である。部室以外で見かける事は滅多にないのだが。俺は長門の歩いていった方に向かった。
当然といえば当然だが、長門の向かった先は文芸部室であった。入り口の辺りで長門は俺に気が付いたようで(本当はもっと早くから気づいていたのかもしれないが)こちらに向き直った。
よう、長門。どこに行ってたんだ?
俺の問いに長門は手に持っていた缶を見せた。無糖の缶コーヒーだった。
ヒューマノイド・インターフェースでも喉が渇くものなのだろうか。
「有機体のインターフェースの維持には、適度な水分の補給が必要。」
じゃあ水でいいのではないか、とも思ったが、いちいち突っかかるのも面倒だ。
長門はすっとドアを開けて中に入った。教室に戻ろうかとも思ったが、長門がドアを開けたままにして入っていったので、俺もなんとなしに部室に入った。
長門はいつものポジションで本を読んでいる。
俺も他にやることもないし、とりあえずやきそばパンを食べよう。
数分くらいして、横に長門がいるのに気が付いた。音も無く接近する奴だ。
なにか俺に用なのか?
長門は無言で飲みかけのコーヒー缶を俺の机に置いた。
「飲んで」
いいのか?
「もう、水分は補給した」
そういって長門はまたすーっとポジションに戻っていった。そういうことならお言葉に甘えていただくことにしよう。
やがて長門が本を閉じると同時に予鈴が鳴ったので、俺も教室に戻ることにした。

「遅いわよ!どこ行ってたのよ!」
教室に戻ると、ハルヒはどうやらかなり機嫌が悪いようである。やれやれだ。古泉の仕事を増やすなよ。
ちょっとパンを買いに行った帰りに部室に寄っていただけだ。
「おかげでお昼食べそびれちゃったわ。罰金ものよ」
なんだかよくわからん理屈だな。先に食べておけよ。というか、これ以上罰金払わされたらリアルに俺の財布が危ない。今度全員に奢らされる時はうまい棒か、せめてチロルチョコにして欲しいくらいだ。
そういえば教室出る前になにか言いかけてたな。なんだったんだ?
「もういいわ。たいしたことじゃなかったし」
ハルヒはぶすっとした顔で窓の外を眺めている。
結局、ハルヒの不機嫌は放課後までずっと続いていた。
部室に来たハルヒは、俺のせいで食べそびれたという弁当をかきこむと、しばらくネットサーフィンに興じた後、「今日は解散!」といって出て行ってしまった。
俺たちはいつも通り、本を閉じるという長門のサインが出るまでは思い思いに過ごした。

翌日のハルヒは昨日の不機嫌は微塵も引き摺っていないようだった。とりあえず安心だ。
俺としては、ハルヒが不機嫌な時の方が厄介ごとに巻き込まれることは少ないし助かるのだが、またいつ閉鎖空間につれていかれるかと思うとたまったものではない。世界の危機よりは自分の非日常を選ぼう。
非日常でも平和ならいいじゃないか。

おかしい。
また弁当を忘れてしまったようである。
それにしても二日続けてとはどうかしているのだろうか。
この調子でいくと、本当に俺の昼飯はうまい棒になりかねない。
俺はまた昼飯を抜くか否かの逡巡を数秒で強制終了し、購買へ向かった。向かう前に、またハルヒから「どこ行くのよ」「待ちなさいよ」の問いがあったが、昨日と全く同じ流れでいなして俺は購買へ向かった。

購買へ向かう途中の廊下で、俺はまた見覚えのある顔をみつけた。今度は二つである。我らがSOS団のマスコットであり、俺の毎日の心の栄養補給、目の保養を一手に引き受けてくれる朝比奈さんと、その友達の鶴屋さんである。
「おや、キョンくんじゃないかいっ」
鶴屋さんはすぐに俺に気が付いたようで、朝比奈さんと一緒にこっちに向かってきた。
「キョンくんはどこに行くところなんですか?」
いや、ちょっと弁当を忘れてしまいまして。購買へいくところです。
「おっ、それはめがっさナイスタイミングだねぇ!実は今日、弁当を多くつくりすぎちゃったのさ!よかったらキョンくん一緒に食べるかいっ?どうにょろ?」
渡りに舟とはこのことだ。しかも鶴屋さんの弁当、まずいはずがないじゃないか。
そして鶴屋さんと朝比奈さんという北高屈指の美人を眺めながら食べる昼食、これはもう大満足することうけあいである。

というわけで俺は二人との幸せな昼食を終え、教室に帰ってきた。
なんということだ、ハルヒがまた不機嫌になっているぞ。しかも昨日以上だ。
「遅かったわね」
ああ、飯買いにいく途中で鶴屋さんと朝比奈さんにあってな。鶴屋さんが弁当を余分に持ってきちゃったというのでご好意に甘えて頂いてきたんだ。
「またお昼食べ損ねちゃったわ。もう最悪よ」
なんだ、また待っててくれたのか。悪いことしたな。しかしそのくらいでこんなに不機嫌になられても困るのだが。

そんなわけで、今日もハルヒは不機嫌なまま早めに部室を出ていってしまった。
これはこれで平和だからいいのだが、あそこまで不機嫌だと気になるな。


「つかぬことをお伺いします。涼宮さんと何かあったのですか?」
俺とバックギャモンをしていた古泉が尋ねてきた。
なぜ俺に聞く。こいつの口ぶりではまるで俺とハルヒの痴話喧嘩でもあったみたいではないか。
爽やかに演出された笑顔がまた含みを持っているように感じるぞ。
「そういうわけではありませんよ。ただ、現状で涼宮さんの感情にある程度の影響を与え得る人物といえば自ずと限られてくるのでは?」
何かあったというほどのことは何もないさ。とりあえず、俺は二日連続でなぜか弁当を忘れ、ハルヒは二日連続で昼を食べそびれた、というだけのことだ。
「ほう、なるほど。あの涼宮さんのことですから、昼を食べられなかったくらいでここまで不機嫌になることはないと思うのですが…」
ひょっとして、また、アレ、出てるのか?
「閉鎖空間ですか?昨日の晩は僕のバイトも大忙しでしたよ。」
やれやれだな。
「まったくです」
古泉は本当に困っているのか分からない顔をして、肩をすくめた。

夜になって、ベッドに入りまどろみかけた頃に電話が鳴った。古泉からである。
「夜分遅くに申し訳ありません。」
お前の声色からは申し訳ないという感情が一切感じられないんだがな。何の用だ?
「実は、お願いがありまして。明日は、弁当を持ってこなくて結構です。それから、購買へも行かないでください。」
まて、俺の昼飯はどうなる。
「大丈夫ですよ。そうですね、昼休みが始まって十分経ったら機関で用意した弁当をお持ちいたしましょう。おそらく必要ないと思いますがね」
古泉は意味深な言葉を意味深な声色で話すと、電話を切ってしまった。
なんなんだ、まったく。


結局俺は古泉の言うとおりに、昼飯を持たずに学校に行った。実際は昨日も一昨日も持ってきていないのだが、予め知っていると知っていないとでは心の持ちように差が出てくるというものである。
そして昼休みに入ってからも、俺は古泉の言うとおり購買に行かずにぼーっと座っていた。
「キョン、あんた昼食べないの?」
今日も昼を持ってこなくてな。お前は俺に気兼ねすることなく食べてくれ。
「別に気兼ねなんかしないわよ。あ、それならあんたこれ食べる?」
ハルヒはそういって弁当箱を差し出した。
いや、遠慮しておく。また俺のせいで昼を食べそびれたといって不機嫌になられたら困るからな。
「あたしはこっち食べるからいいわよ」
そういってハルヒは弁当箱をもうひとつ取り出した。
なんだなんだ、2つも持ってきてるのか?頭の中身は常人離れしていると思ったが胃袋もなのか?
「なによ、その怪訝な目は。いらないなら別にいいわよ」
おっと、せっかくだし貰っておくことにしよう。あと十分もすれば古泉が弁当を持ってくるだろうが、そんなところをクラスの連中に見られたらあらぬ疑惑が生まれかねない。


ハルヒの弁当は、なかなか旨いものだった。なんでもそつなくこなす事は常日頃からよーく理解しているつもりだが、料理がうまいというのはこれは勉強ができるとか歌が巧いとか以上に重要なスキルではないだろうか。ああ、願わくは、この料理を作ったのが朝比奈さんであったならば…
そんな俺の心の声を知ってか知らずか、ハルヒは終始俺のほうをちらちらと見ながら箸を進めている。
「どう?」
どうって、ああ、うまいぞ。正直うちのお袋の弁当よりうまいかもしれない。さすがに海の上を走り出すほどではないが、普通にうまいじゃないか。
「そう、それならいいのよ」
ハルヒはいつものようにぶすっとした顔をしていたが、俺はなんとなくハルヒの表情が昨日のそれとは違うことに気づいた。SOS団の団員の感情の機微には鋭いと自負しているからな。あの無表情無口の長門の感情だって、バウリンガル以上の精度で読み取ることができるぞ。団長の感情も然りだ。

放課後、ハルヒはすっかり上機嫌になっていた。
といってもほとんど昨日とやることは変わらなかったが。
いつも通り、未来から来たメイドさんは俺たちに美味しいお茶を淹れ、宇宙からきたヒューマノイドインターフェースは無言でただただページを繰り、超能力を持つ転校生は俺とオセロに興じ、団長閣下はネットサーフィンである。
しかし昨日とは違って殺伐とした空気はなかった。
ハルヒは今日も早めに家に帰ってしまったが、機嫌はよさそうだったのでよしとしよう。

やがて時報のように正確で絶対的な長門のサインが出たので、俺たちも帰りの支度をした。


「ちょっとよろしいですか?」
古泉が俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「今日のことで、一応報告しておきたいことがありまして。」
今日?今日は何もなかっただろう。ハルヒもいたって上機嫌で世界は平和。これ以上何を望めばいいのか。
「ええ、僕の知る範囲内でも現時点で閉鎖空間の出現はないようです。涼宮さんはいたって落ち着いています。」
で、おまえはいったい何を報告したいんだ。
「ですから、あなたのおかげでまた閉鎖空間の出現を抑えられた、という報告ですよ。」
俺は弁当を忘れてハルヒに弁当をもらっただけだが。
「あなたもつくづく鈍感な人ですね。まあいいでしょう。それから、明日は普通に弁当を持ってきていただいて構いませんよ。うっかり家に忘れてきてしまうこともないでしょう。」
話はそれだけか。俺はもう帰るぞ。
古泉は肩をすくめてこう言った。

「しかし、『あなたが弁当を忘れてくること』を望むなんて、涼宮さんもなかなかいじらしいではないですか」


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