[恋人とは]

 

「あたしは別にキョンと恋人同士になりたいわけじゃないわ」
「なんでだ?」
「そこに意味があるとは思えないからよ」
「そこに意味がなくちゃいけないのか?」
「いけないわ」
「そうか、残念だ」
「ちょっと待ちなさい」
「何だ?」
「あんたにとっての意味は何? あたしにそれを求めてきたということは、少なからずあるはずよね」
「一緒に居たかった、じゃ駄目か?」
「平凡で面白くないし、わざわざ付き合わなくてもできることね」
「友達という関係から昇華したかった」
「それが必ずしも良いものである定義がわからないし、納得できない」
「セックスしたかった」
「それが一番の意味らしい意味ね。あたしもわかる」
「じゃあ付き合おう」
「嫌ね」
「何でだ? さっきわかったと言ったじゃないか」
「セックスしたいのはわかるけど、だからといってあたしは付き合いたいとは思わない」
「セックスはしたいのか?」
「そりゃ、人間だもの」
「じゃあしよう」
「そうね、しましょう」

 

 

 

「付き合うなんて絵画をはめる額縁みたいなもんだろ。それがあったほうが立派に見えるってだけだ」
「そうね」
「そこにそれ以上の意味を見出すのは難しいんじゃないか? ないよりはあったほうがいいというだけで」
「その額縁は固定概念よ。それがあってから評価されるような絵画に価値があるようには思えないわ」
「…………」
「他人がどう見るであれ、あたしやあんたが絵画に価値を見出せれば額縁なんてどうでもいいのよ。あた
しから見たら額縁は必要ないんじゃないかってだけ」
「俺はできれば欲しいものだが」
「どうして?」
「なんとなく淋しいような気がしてな」
「じゃあいいじゃない」
「どうして? 淋しいのは辛いだろう」
「何を言っているの。淋しさのすぐ隣には愛があるのよ。淋しさがあるからすぐ隣の愛の温みを感じられる
のよ。そこには額縁云々なんかより、よっぽど価値のある意味があるわ」
「そういうもんかね」
「そんなもんよ」

 

 

[議論とは]

 

「キョン、死についてとか生についてとか考えたことある?」
「死? 生? 中学のときにちょっと考えてたような気がするが、いまさらそれがどうしたんだ?」
「いまさら? てことは、あんたはもうそれらについては解決しちゃったの?」
「ああ。俺の結論としては『そんなことより今を楽しく生きよう!』だ。いくら考えたって、答えは出ねーよ」
「何言ってるのよ、もっとちゃんと考えなさい! バカキョン!」
「どうしてだ? 真理や宇宙の果てと同じで、誰かがその答えを知ってるわけじゃないんだぜ? そんなこ
とを考えるよりは、明日をどう楽に生きるかに悩んだほうがよっぽど有益じゃないか」
「答えを得るために考えるんじゃないの。考えることそのものに意味があるのよ」
「考えること?」
「そう。人間には議論をするという能力があるわ。それはお互いの情報を確認し間違いを補完しあうことの
他に、自分を確立することにも繋がるわ」
「…………」
「考え方は人それぞれ、なんていう考え方はあたしにとっては陳腐すぎて吐き気すら覚えるわ。そんなこ
とは誰だってわかってるのよ、それを前提にして訊いてるに決まってんじゃないの」
「だが、個人の尊重は大切だろう? じゃないと、(お前みたいな)我侭人間ばっかりになるじゃないか」
「それこそ自己中を増殖させるためのくだらない概念だって、まだ気付かないの?」
「は?」
「さっきも言ったけど、議論は補完しあうことと自分の確立のためにあるの。個人の尊重だからと言って誰
もが誰にも干渉せず、また干渉されずに社会に出たらそれこそ常識知らずの馬鹿しか出てこないに決ま
ってるじゃない」
「はぁ……」
「いい? 常識やルールをわきまえない人間ほど煩わしいものはないの。相互の補完と情報交換によって
形成されるはずのそれが欠けているということは、相当なイレギュラーになり得ることなのよ。だから議論
をするの。それによって新たな情報を造りだすためにね! わかった?!」
「ああ、だいたい(一割ほど)わかった。で、お前はとにかく『生と死』について議論したいと?」
「うん、そうだったんだけど……今日はもういいわ」
「どうして?」

「いまのあたしの考えについて、あんたの意見を聞きたいからよ」
「…………」

 

 

[人間とは]

 

「あたしには心臓がないわ」
「俺には心臓がある」
「よこしなさい」
「それは出来ない」
「どうして?」
「これがなくちゃあ人間としていれないんだ」
「あたしも人間になりたいの」
「じゃあ俺の心臓を片方あげよう」
「それじゃあ半分人間で半分人間じゃないじゃない」
「俺もそうなるのだからいいじゃないか。俺とお前で一人の人間さ」
「なるほど、そう考えれば確かにそうね。いいわ、半分よこしなさい」
「ほらよ」
「ありがとう。半分だけだけど、人間になれてとても嬉しいわ」
「どうして人間になりたかったんだ?」
「人間じゃなかったからよ」
「人間になると何かいいことがあるのか?」
「わからないわ。ただ、人間じゃないから人間になりたかっただけなの」
「そうなのか」
「あんたはどうして人間だったの?」
「人間だったからだ」
「人間であって何かいいことはあった?」
「わからない。ただ、人間であったから人間でありつづけただけなんだ」
「そうなんだ」

「あたし、やっぱり人間をやめるわ。心臓の片方を返すね」
「どうしてやめるんだ?」
「人間になってみてわかったけど、人間って熱いのね。心臓から送られる血液が身体に染み込んで、すご
く心が温かくなった。でも、そんな貴重なものをあんたから借りてちゃ悪いと感じたわ。だから返すの」
「俺はお前と一人の人間として生きていくのは楽しかったんだがな。これからも一緒じゃ駄目かね?」
「……ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、もう少し人間でいさせてもらおうかしら」

 

 

[愛を求めるとは]

 

「…………」
「どうした長門?」
「人はどうして愛を求める?」
「愛? んなこといきなり言われてもなぁ……そうするようにできてるんじゃないのか、人間が」
「そう」

「…………」
「あ、長門さん。どうしたんですか?」
「人はどうして愛を求める?」
「愛? うーんと、えーんと……好きだからとか寂しいから、あと安心するからなんじゃないでしょうか」
「そう」

「…………」
「あら、どうしたの有希?」
「人はどうして愛を求める?」
「愛? それは、あたしには答えられない質問だわ」
「どうして?」
「いくら言葉にしても、それが確かにそうであるとあたし自身が思えないからよ」
「そう」
「有希は愛を求めたことがないの?」
「わからない。けど、たぶんないと思う」
「それなら、もう解ってるはずよ?」
「……?」
「解らないってことは、そうじゃないってことよ」
「そう」
「そうよ」

 

「…………」
「おや、長門さん。どうしましたか?」
「人はどうして愛を求める?」
「愛? それはそう呼び名をつけられただけのものではないでしょうか。いま長門さんがそうしているように」
「?」
「長門さんが僕に疑問を尋ねる。それがすなわち愛なのではないですか?」
「……わからない。でも、そのほうが良い」
「僕もそう思います」
「古泉一樹」
「はい、何でしょう」
「ありがとう」
「どういたしまして」

 

 

[お題:シュール]

 

「ちょっとすいません」
「?」
「わたくし、ねずみに似ている顔が特徴の配達員で伊藤と申します。失礼ですが、キョンさまでいらっしゃ
いますね?」
「え、えぇそうですけど……(なんであだ名?)」
「ああ良かった、一つあなたに御聞きしたいことがあったんです」
「?」
「あなたにとって、幸福とは何ですか?」
「幸福?」
「えぇ、幸福です」
「うーん、そうですねぇ……。俺にとっては、とりあえず三大欲を満たすことですかね。睡眠欲、食欲、性欲、
この三つを満たせてあとは平凡よりちょっとだけ刺激のある生活を送れれば十分ですね」
「ふむ、なるほど……。ちなみにですね」
「?」
「わたくしにとっては知ることに幸福があります。知識を深めることによって自分の世界が広がりますから
ね。いわば、知識欲を満たすことに快感を得ているということでしょうか」
「はぁ……」
「お答えありがとうございました。失礼します」
「…………」

 

「あ、すいません」
「?」
「俺、しまうまに似ている顔が特徴の葬儀屋で佐藤って言います。あなた、キョンさんですよね?」
「え、えぇそうですけど……(なんであだ名?)」
「ああ良かった、一つあなたに聞きたいことがあるんです」
「?」
「あなたにとって、不幸とは何です?」
「不幸?」
「そう、不幸」
「うーん、そうですねぇ……。悲しいことがあったり、泣きたいことがあったりすると不幸だと思いますね。
後は、そうだな、他の人よりも劣っていると感じたときとか」
「ほぉ、なるほどね……。ちなみに」
「?」
「俺の不幸は、いつかは死んでしまうってことですね。せっかく思考というものを持っているのに、そこに期
限があるのが不幸で溜まらないんですよ。だけど、だからこそ文明が進化したし、これほど面白い世界が
今ここにあるんですけどね」
「はぁ……」
「答えてくれて助かりました。それじゃあ」
「…………」

 

「ちょっと、そこの若いの」
「?」
「わしは、はえに似ている顔が特徴の駄菓子屋で後藤という者だ。あんた、キョンさんだね?」
「え、えぇそうですけど……(なんであだ名?)」
「ああ良かった、一つあんたに聞きたいことがあってな」
「?」
「あんたにとって、人生とは何だ?」
「人生?」
「そうとも、人生だ」
「うーん、そうですねぇ……。俺はそもそも人生に意味を求めてはいないです。意味を求めたところでそれ
によって何かが起こるわけじゃないし、考える気にもなりません」
「何じゃそりゃ!」
「え?」
「お前は何もわかっとらん! 意味というのは含有されてるものではなく、与えられるものなのだ! お前
の今までの経験・知識・思考から与えられた意味、それをいま問うたというのに、何もないだと? つまら
ん! まったくもって、お前の人生はつまらん! お前はただの阿呆だ!」
「なっ……!」
「ふん! まったくどいつもこいつも……」スタスタ
「…………」

 

数日後

「なぁハルヒ」
「なに? キョン」
「お前にとって、幸福ってなんだ?」
「……そうね、あたしにとっては知ることに幸福があるわ。知識を深めることによって自分の世界が広がる
からね。いわば、知識欲を満たすことに快感を得ているってとこかしら」
「……じゃあ不幸は?」
「あたしの不幸は、いつかは死んでしまうってことね。せっかく思考というものを持っているのに、そこに期
限があるのが不幸で溜まらないわ。だけど、だからこそ文明が進化したし、これほど面白い世界が今ここ
にあるんだけどね」
「…………人生については?」
「あんた、あいつらと同じ質問してくるわね」
「あいつら?」
「数日前ね、ねずみに似た配達員としまうまに似た葬儀屋とはえに似た駄菓子屋にあんたと同じ質問をさ
れたわ」
「…………」
「だけど、そいつら、いい質問してくる割にはちっとも面白くない考え方しかしてないから頭にきてたのよ。
だから、三人目の駄菓子屋のときは先に聞いたのよ」
「何を?」
「同じ質問をよ。『あんたにとっての人生って何?』 そしたらあの駄菓子屋、『うーん、そうだな……。わし
はそもそも人生に意味を求めてはいないんだ。意味を求めたところでそれによって何かが起こるわけじゃ
ないし、考える気にもならんな』って言ったのよ! あんまりにも不愉快だったから、一字一句しっかり覚
えてるわ」

「…………」
「あたしはもう本気で頭にきちゃって、言ってやったのよ。『何よそれ! あんたは何もわかってない! 意
味というのは含有されてるものではなく、与えられるものなのよ! あんたの今までの経験・知識・思考か
ら与えられた意味、それをいま尋ねたというのに、何もないですって? つまんない! まったくもって、あ
んたの人生はつまんない! あんたはただの阿呆よ!』 ってね」
「…………」
「駄菓子屋はそそくさと逃げていったわ。まったく、久しぶりに本気で激怒したわね。配達員と葬儀屋のも
腹立つし」
「?」
「配達員は『わたくしとしては、とりあえず三大欲を満たすことですね』。葬儀屋は『悲しいことがあったり、
泣きたいことがあったりすると不幸だと思いますね』。なんて面白くないの!」
「…………」
「あんまりにもつまらなすぎて、掘り下げる気にもならなかったほどだわ」
「すまん」
「? なんであんたが謝んのよ」
「いや……あれ? そういえば、なんかおかしいような」
「それより」
「?」

「それらのあんたの考えを聞かせてちょうだい。つまらなかったら、どうなるかわかってるでしょうね」
「…………」

 

 

[自殺とは]

 

「キョンくん、わたし死にたいです」
「いきなりどうしたんですか、朝比奈さん!?」
「わたし、生きているのが怖いんです。辛いんです。苦しいんです」
「だからといって死んでどうするんですか? 生きていればいいことがきっとありますよ!」
「知ってます。だから死にたいんです」
「え?」
「禍福は糾える縄の如しです。生きている限り良い事がくれば、必ず悪い事もきます」
「じゃあ悪い事がきたらその次はきっと良い事ですよ」
「ええ、ただわたしの場合、それらの合計が著しくマイナスへと傾いているんです。だから、死にたいです」
「でも今は生きてるじゃないですか! どうして今は死んでいないんです!?」
「それは、死にたい気持ちよりも死の恐怖が大きいからです。死の瞬間に訪れる苦痛が畏怖となってるんです」
「…………」
「想いが越えるまで、わたしは阿鼻地獄をただひたすら廻るだけです」
「…………」

 

「キョン、あたし死にたいわ」
「いきなりどうしたんだ、ハルヒ!? 気は確かか?」
「ええ、確かよ。すこぶる正常だわ」
「じゃあどうしたって、いきなりそんなことを」
「好奇心よ。死んだ瞬間とか、死んだ後とか、その先に何があるのかがすごく知りたいわ」
「は?」
「だから死にたい。その先が見たくて死にたい。けど、あたしは死なないわ」
「死なないって、自殺しないってことか? こんなこと聞くのも阿呆みたいだが、どうしてだ?」
「死んだらこっちのあたしが確認できないからよ」
「こっち?」
「死んだ後にもあたしがいるのを仮説にした場合の話。そうだとしたら、あっちのあたしじゃなくてこっちの
あたしがそれを確認したいのよね。でも、それは理論上不可能みたいだから今のところは諦めてるわ」
「そ、そうか」
「死ぬときとか、死んだ後ってどうなるのかしら。やっぱり悠久の無意識しかないのかしら」
「…………」

 

「あなたに聞きたいことがある」
「なんだ長門」
「私は私を認識している人間たちの記憶内部からいずれ認識データが消去されることをひどく恐れている。
このエラーの対処法を共に思案して欲しい」
「ん? どういうことだ?」
「あなたや涼宮ハルヒなど、私を知っている人物は生物であるためいずれ死ぬ。そのとき、彼ら彼女らの
中にある私の記憶も共に消去される。それは防ぐことのできない自然。でも、私に自然はない。私の記憶
は悠久的に保存される。だから私を知る者たちが皆消えてしまった場合、最終的に残されるのは私のみ。
私のみでは私は私を認識できない。故にこれは死と同じ。昨晩の十時三十二分十七秒二三にこれらの
結論が導き出され、それから私はずっと畏れている」
「つまり、死ぬのが怖いってことか?」
「肉体的な死ではなく、精神的な死」
「……そうだな、確かに死は怖いかも知れない。だったらそれ以上に今を楽しくしちまえばいい」
「…………」
「死ぬまでの時間を最大限有効的に使えば、満足に死ねるだろうよ」
「そう」
「たぶん、だがな。もしかして、もう解決しちゃったのか?」
「解決した。あなたが言うのなら、そうだから」
「…………」

 

「死は崇高なものだと僕は思います」
「聞いてないんだが」
「人間は死んでしまうというタイムリミットを課せられたためにここまでの文化ができたといっても過言では
ないでしょう。死ぬこととはつまり進化ですよ」
「死に向かうことが進化、ねぇ。その究極が自殺ってか」
「それは違いますね。タイムリミットはあくまでタイムリミット、制限時間です。自らを欺き通せずにそればか
りに気をとられていては、生きてはいけないことを示しているんですよ」
「じゃあ俺らはみんな自分を騙しているのか」
「そういうことになります。そこが進化の要であり、進化の産物ですよ」
「進化、ねぇ」
「進化の先には何があると思いますか?」
「さぁな、そいつは行き着くところまで行ってみないとわからんだろう」
「そうですね、まずは行き着くところまで行くことにしましょう。そうするにはまず」
「?」
「自らを欺く技術を磨かねばなりませんね」
「…………」

「久しぶりにチェスをやりませんか?」
「いいだろう、相手をしてやるよ。もちろん少しは強くなってんだろうな」
「さぁどうでしょう。ただ、以前のときの僕と違うことは確かです」
「そいつは楽しみだ」
「ええ、僕も楽しみです」
「じゃあ始めるか……」

 

 

[コーヒーとは]

「なぁハルヒ」
「どうしたのキョン」
「実は、すごいコーヒー好きだ」
「知ってるわ」
「特にブラックだ。というか、ブラックしか飲まない」
「知ってるわ」
「何故ブラックなのかは、他の甘いものを食べるときとのマッチングが素晴らしいからだ」
「知ってるわ」
「もう一つある、ブラックは目が覚めていい」
「知ってるわ」
「色が漆黒なのもいい。そこに心底が映し出されるからな」
「知ってるわ」
「そこに写る自分をいつも哀れみの目で見てしまう」
「知ってるわ」

「これらは全部お前のことだぞ」
「……それは、初めて知ったわ。よく見てるのね」
「ああ。ついでに聞くが、どうしていつも写る自分に哀しむんだ?」
「……そうね、もしかしたら今の自分が絶頂期だからじゃないかしら」
「絶頂期?」
「そう、幸福のね。いつもそこに写るあたしは今までのどんなあたしより嬉しそうな顔をしてるのよ」
「確かにいつもニコニコしてるなお前は」
「そして、それが羨ましいと思うのよ。すると、そこに写るあたしは今度はあたしを羨ましがるわけ」
「はぁ」
「こんなあたしを羨ましがるなんて、なんて可哀相なあたし。だから、哀れむんじゃないかしら。たぶん」
「たぶん?」
「そう、たぶん……きっと……」
「…………」

 

 

[ハルヒとは]

 

「人はみな自分を欺いて生きているわ。キョン、知ってる?」
「どういうことだ、ハルヒ」
「みんなは『それ』をまったく疑わないのよ」
「それって、それのことか?」
「そう。『それ』の正当性を正当とするために自分に言い聞かせてるのよ。しかも、無意識にね」
「ほお。お前はそのことを『欺いてる』と言って揶揄してるのか」
「揶揄してるわけじゃないわよ。むしろあたしはそれが上手にできてるみんなが羨ましく思うわ」
「お前はできてないのか?」
「あたしにはどうも上手くできないのよ。だからジレンマが出ちゃう。でも、いくら悩んでも解決法はやっぱり
『自分を欺く』しかないのよ。だからあたしはあたしを欺きたいんだけど、あたしはそのことすらも疑ってしま
うのよね。だから、みんなが羨ましいわ。あたしはどうやら馬鹿だったみたいだから」
「どうしてそれが馬鹿なんだよ。お前はやたらと頭がいいじゃないか」
「『人は自分を欺けるほど頭がよくて、自分に欺かされるほど馬鹿じゃないといけない』この言葉はある本
からの受け売りなんだけど、実際そうだと思うのよ。この言葉に準拠すれば、あたしは馬鹿に分別されるわ」
「…………」
「あたしは疑うわ。さっきの言葉も、『それ』も、あんたも、あたしも、そしてこの疑うこと自体にも」
「……ハルヒ?」
「疑うってある種の矛盾から湧き出るものなのよ。いえ、どちらかというと勘めいた撞着のようなものかしら
ね……。あれ、でもそうなると……あれ?」
「おい! ハルヒ、お前透けてきてるぞ! いったい何を考えてるんだ! ハルヒ!」
「じゃあ、あたしって……あたしは……」
「ハルヒ! おい! くそっ完全に消えちまった! どこ行っちまったんだ、ハルヒ!?」
「おいハルヒ! ハルヒ! ハル……ひ? はるひ! はるひ?」
「…………」
「……? はるひって、何だ?」
「…………」



「なぁ古泉」
「はい、なんでしょう」
「お前はどのボードゲームをやっても弱いな」
「不足な相手で申し訳ありません。ですが、あなたが強いという原因もあると思いますよ」
「いいや、お前が弱いだけだよ。俺はさほどやったことすらないんだからな」
「はい、キョンくんに古泉くん。お茶です」
「どうも」「ありがとうございます、朝比奈さん」
「はい、長門さんも」
「…………」
「なぁ古泉」
「はい、なんでしょう」
「最近、妙な夢を見るんだ」
「妙な夢、ですか」
「あぁ。北高のある女子が出てくる夢なんだ。黄色いカチューシャが特徴の女子なんだが」
「黄色いカチューシャですか。僕はその人はまだ知らないですね、誰なんですか?」
「いや、それが俺もわからない。未見の美女なんだ。その女子の向かいに俺がいて、その後ろから俺は客
観的視点で二人を見てる。俺はその女子と何かを喋ってるんだが、何を喋ってるのかはよく覚えてない。
『騙す』とか『証明』とか、そういうことを話してたような気がするが確かじゃない。ただ、俺は女子を説得さ
せたくて何かを懸命に語ってたような気もする。その女子もかなり攻勢的なやつで、説得が議論になって
いって、結局はそいつに言い負かされてるような感じになるんだ。するとものすごく悲しくなってな、俺は女子

の前にも関わらず、おいおいと泣いちまうんだ。案の定、女子は哀れみの目を俺に向けてるよ」
「議論の内容はまったく覚えてないんですか?」
「何せ夢だからな、判然としないんだ。ただ、」
「ただ?」
「最後の台詞だけは覚えてる。夢が覚める直前に微笑みながら必ず聞くんだ。『あんたはどう思う?』ってな」
「…………」
「そんなに重く受け取るなよ、ただの夢だ。まぁ、なんとなく、お前や長門や朝比奈さんにも話しておきた

くなったんだがな。不思議とここのみんなにとっては重要なことのようにも思えたんだが……」
「夢、ですか……」
「キョンくんの夢……」
「夢……」
「あぁ、俺の夢だ。それで、これについて一つ聞きたいんだが……」

「みんなはどう思う?」

 

 

[夢の中で]

 

「あんたは自分を欺くのが上手ね、キョン」
「いきなりなんだってんだ、ハルヒ」
「あんたはあたしが居なくなっても、いつも通りの団活をしてるからよ。あんただけじゃない、有希やみくる
ちゃんや古泉くんもね」
「そういえば、お前が居なくなったのにまったく気付かなかった」
「『それ』を疑わない限りは、ずっとそれが続くわ。疑ってから初めて、あたしはあたしとしてあんたたちの
元へ戻ってこれると思う」
「戻るって……じゃあお前は今どこにいるんだ」
「今あたしは宇宙の意志になったの」
「意志?」
「『時間と空間によって個体化』されてないのがいまのあたし。だから、あたしはあんたでもあるし、有希で
あったりみくるちゃんや古泉くんでもあるわけ」
「わけがわからん。宇宙の意志ってことは、情報統合思念体や天蓋領域とやらのようなものなのか」
「それらが溶媒としているものってとこかしら。それらがわかめや昆布だとしたら、あたしは海ってとこね」
「お前は現実には存在してないのか」
「あんたたちから見たらそうなるわ。でも、いずれはあたしは帰ることになると思う。あんたたちが疑い始め
たらね。あんたたちが今のところまだ『それ』の正当性を疑ってないようだけど、『それ』が何故『それ』であ
るのかに気付いたら、あんたたちはあたしを必要とするわ。何故ならそこには矛盾があるから」
「ハルヒ、どうしてお前はそんなことに拘るんだ。『それ』の正当性だとか、欺くとか、そんなのどうだってい
いじゃないか。正当だろうが、不当だろうが、そんなのかまやしない。重要なのは、今の俺たちの気持ちだ
ろ。俺はお前と一緒の時を過ごしたい、喜怒哀楽をともに噛み締めたい。それだけじゃ駄目だってのか」
「……キョン、あんたの気持ちもよくわかってるわ。でも、あたしはそれだけじゃ納得できないのよ」
「何が納得できないんだよ」
「あたしは普通じゃないのよ。みんなにはない能力があたしにはある。それはキョンがよく知ってることで
しょう?」
「…………」
「こんな能力を持ってるあたしが何も知らず構わずに世界に居ることにあたしは納得できない。普通の人
なら、キョンの理屈でも通っていいと思うわ。でも、あたしには有り余る責任がのしかかってるの。だから、
あたしは消えた。もしこんな能力を持ってる人が居ると知ったら、あたしなら是非居なくなってほしいと思う
もの」
「…………」
「あたしはもうあたしに納得することはできなくなったわ。でもね、まだ矛盾はあるの。その矛盾は矛盾を生
んで連綿としたものになってるけど、あんたや有希やみくるちゃんや古泉くんならきっと気付いてくれると
信じてるわ。その矛盾が矛盾として表象されたとき、改めてあたしはあんたたちと一緒になれるの。頼んだ
わよ、キョン」
「あぁ……まかせろ……」
「あんたは本当に優しいわね、バカキョン。その涙はあたしのために流してるの? それともあたしの代わ
り? 両方だったら、あたしはとっても幸福だわ」
「…………」
「ねぇキョン、教えて」
「…………」

「あんたはどう思う?」

 

 

おわり

 

 

 

 

 

[あとがき]

   この度は会話形式のみのSS「あなたはどう思う?」のこんなところまでお読み頂き誠にありがとうございます。普段はあとがきを書くなんていうでしゃばったことはしないのですが、どうしても書き綴りたいことがあるためでしゃばってしまいました。先にお詫びを申し上げたいと思います。

   「あたなはどう思う」の編々は主に命題といわれるものに沿った物語にしました。それらは日常の隣でいつも息づいているものなのですが、おそらく大半の人はそれをわざわざ問題として提起することはしません。その人々の五十パーセントは既に自分の中に答えを持ち、三十パーセントはそれがまだ問題として練られていなく、十五パーセントはさんざん研究機関で追求しており、残る五パーセントは密かに自らの世界で展開しているからです。

   そんなものをわざわざSSという形で提起した私にはある目的があったのですが、それは大失敗という形で幕を下ろすことになりました。その原因が私の知識不足と総合的な文才の無さであることを認めることは吝かではありません。より精進せねばならぬという現実は享受せねばなりません。

   これらの作品は直截的ではないにしろ、彼ら彼女らの台詞はすべてあなた自身に差し出されています。ハルヒとキョンを中心とした短いやり取りから垣間見える何かが釣り針のようにあなたの心臓を釣り上げることがあったとしたら、それは私にとって非常に思惑通りであり、人生初のしめしめ笑いができるでしょう。

   目的についてですが、これは既に作品を読む以前から問いかけられていることです。即ち「あなたはどう思う?」

   あなたのありありと生きたそれが意見・感想・批判として私に流れ込むことを心待ちにしていたのですが、とうとう何も始まらぬままに辞去せねばならぬことになりました。残念な心残りであります。

   人の存在や愛を語るには私はまだおぼこだったのかも知れません。しかし、それらを語ることは神を語ることと同じようにロマンが満ち溢れています。神は世界の創造と同時に、神自身をも創造したのでしょうね……

   それではそろそろお別れです。皆様に神の、ハルヒのご加護がありますように。

 

P.S

   因みに私は他にも多数作品を書き上げていますが、それらを特に明示するつもりはありません。

   しかし、もしIP検索などをしてわざわざ拝見してくださる方がいたとしましたら、その方はよほどの暇人であり愚鈍な者であると同時に、私は彼ないし彼女に人生二度目のしめしめ笑いをするでしょう。


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