SOS団という得体のしれない団を立ち上げるのに不本意ながら加担してから一年がたった。
 いわゆる一周年というやつだ。
 俺たちもそれぞれ一学年進級し、後輩と呼ばれる旧中学3年生の少年少女もぞろぞろと北高に入学した。 SOS団などという団を立ち上げた張本人、涼宮ハルヒはめぼしい新入生がいないか日々捜し回っていたが、
やがてあきらめ、新入生という言葉を発しなくなったのは新学期が始まってから1ヵ月先のことだった。
 こうして今日もSOS団は部員数5人という少数精鋭で活動しているのだった。
 活動といっても、大それたことをしているわけでもない
 本を読む長門、ボードゲームに興じる俺と古泉、パソコンをいぢるハルヒ、お茶を煎れる朝比奈さん、つまりはいつも通り、それぞれが思い思いの時を過ごしていた。
 しかし、朝比奈さんはいつものメイド服を着ておらず北高のセーラー服だった。
 
 
 
「お茶が入りましたぁ」
 朝比奈さんがお茶を配る。
 
 いつもいつもありがとうごさいます朝比奈さん。今の俺にとって、あなたの煎れてくれたお茶と、あなたの笑顔が一日の活力です。
 
 同じように朝比奈さんは古泉、長門とお茶を配る。
 最後にハルヒへ。
「涼宮さん、どうぞ」
 パソコンの横に置く。
「ありがと、みくるちゃん」
 置かれたお茶を一気に口へ流し込むハルヒ。
 喉元過ぎれば熱さを忘れると言うが、あいつの場合、喉元過ぎる前から熱さを感じていないのではないだろうか。
「それで…涼宮さん……。あの…またなんですけど………一緒についてきてもらえますか?」
 朝比奈さんがハルヒへ申し訳なさそうに言う。
「またなの!?ここまでくると可愛すぎるってのも罪なものよね」
「すみません……」
「いいのよ、みくるちゃん!あなたは我がSOS団のマスコットキャラなんだからこれぐらいもてるのは当たり前だわ!じゃあ行きましょう、今日は何部?」
「バスケットボール部の人です……」
「それじゃあ体育館ね?行きましょう」
 そしてハルヒは朝比奈さんの手を引いて部室から出ていった。なるほど、だから朝比奈さんはメイド服じゃなかったのか。
 
「やれやれ朝比奈さんも大変だな」
「ええ、そうですね。彼女の性格からするとかなり精神的に負荷を与えることでしょう」
 独り言でつぶやいたつもりだったが、俺の真正面に対面して座っているスマイルフェイスが律儀にも応えた。
 朝比奈さんはどうやら新1年生の男子(主に運動部)に毎日のように告られてるらしい。すぐに返事をすればいいものを、朝比奈さんが困ったようにおろおろとするので、相手が「返事はまた今度でいい」と言ってしまうみたいだ。
 かくして、連日朝比奈さんは「ごめんなさい」を言いに放課後にハルヒと、相手の所属している部活動まで足を運ぶのだった。
 おそらく朝比奈さんは去年の1年生(俺たちの学年のことだ)からも多数の告白を受けていたと予想できるが、去年は鶴屋さんに同行をお願いしていたのだろうか。
 そう考えると朝比奈さんとハルヒの関係はこの1年でずいぶん親しいものになったのだろうな。
 まあなんにせよ仲よさげにしている女子というのは、心を穏やかにさせてくれるからな。
 
 
 
 さて、そろそろ朝比奈さんとハルヒが戻ってきそうな時間だな。その前に目の前の相手を血祭りにでもあげるか。
 
「これで王手だ。詰みだな」
 俺が持ち駒を打ち、言い放つ。
「参りました。弱りましたね~。飛車角落ちで指して頂いても善戦できないとなると、将棋はもう辞め時なのかもしれませんね」
 古泉は残念そうな顔で駒を片付けはじめた。
 本当にこいつが得意なゲームはこの世界にあるのだろうか。などと考えていると朝比奈さんとハルヒが帰ってきた。
「今戻ったわ!」
 ドアを開け高らかに言う。
「今日のヤツはあきらめが悪くて大変だったわ」
 そりゃあ告ったからには多少はねばりたくもなると思うがな。
「涼宮さん、ありがとうございました。きっとあたし1人だったら何も言えませんでした」
 朝比奈さんはいつもより声のトーンが低く、落ち込んでるように見えた。
 そりゃそうだよな、告白を断って罪悪感がない女なんて少数派だ。
「いいのよみくるちゃん!団員の心配事や不安を解消するのも団長の仕事だわ。それと、あんまり気にしちゃだめよ?」
 ハルヒは伏見がちになっている朝比奈さんに言う。「ははい」
 朝比奈さんが顔を上げ、笑顔をハルヒに向ける。
 その様子を見て、ハルヒはニヤリと笑い、今度は窓辺で読書をする寡黙な少女に向かい、
「有希!あんたも告白の返事に困ってたりしてたらあたしに言うのよ?」
 などと言う始末である。 言われた本人である長門は本から顔を上げ、スッと立ち上がり、鞄を持ってテーブルまで歩いて行く。
 長門は鞄のポケットを開け、鞄をひっくり返すと、中から大量の何かがテーブルにばらまかれた。
 ……場が凍りついた。
 長門の鞄から出てきたものは、大量のラブレターと思われる手紙や封筒の山だった。
 おいおいマジかよ……どう見ても20通は軽くあるぞ。
 一番に口を開いたのはハルヒだった。
「ち、ちょっと有希!すごいじゃない!これ全部もらったの?」
「手渡しが2通、机の中に入っていたのが9通、下駄箱に入っていたのが13通」
 長門が淡々とラブレターの説明をする。
 ……いや、長門も十分可愛い部類に入るとは思ってはいたがまさかここまでとはな……。
「これ全部断っちゃっていいの?顔も知らない人だっているんじゃない?」
「いい」
 ハルヒの問いに長門が答える。
「ま、まあ有希がいいって言うんなら別にいいんだけど……」
 さすがの団長殿もこのテーブルの上の大量のラブレターには驚いているようだった。
 そしてハルヒは目線をラブレターから長門へ向ける。
「有希、あんたもしかして誰か好きな人でもいるの?」
 ハルヒからの問いだったが、長門から返事はなかった。ただ、長門が一瞬俺の方を向いたような気がした。まさかな。
 
 
 
 その後ハルヒはテーブルの上に山のように置かれているラブレターを開いて、
記載されている相手の電話番号に一件一件電話するという大変面倒な仕事をやらねばならなくなり、ハルヒの持ち前の行動力と話術を持ってしても、
長門への告白者24人に電話して、告白の断りの代弁を終わらせるのに今日一日の、部活動の時間すべてを費やした。
「そ、それじゃあ今日は解散。帰るわよ」
 さすがの団長殿もお疲れの様子で、足取りが重そうだった。
 ――お疲れさん。
俺はラブレターを一枚一枚大事そうに鞄のポケットにしまう長門を眺めながら心の中でつぶやいた。
 
「それにしても涼宮さんには驚かされました」
 帰る用意をすませた古泉からの言葉だった。
「何がだ」
 お前の言うことはいつもわかりずらい。もっとわかりやすく話しやがれ。
「正直、もっと大騒ぎをすると思っていたんですよ。
朝比奈さんも長門さんも、涼宮さんにとって貴重なSOS団のメンバーです。そんな彼女達にちょっかいを出す人たちに、涼宮さんなら怒りの一つでもぶつけてもおかしくないと推測していました。
しかし、今の涼宮さんは閉鎖空間を発生させていませんし、精神状態もとても安定しております。どうやら、僕の杞憂だった様です」
「そうかい、それは良かったな」
「えぇ、この様子ですと、僕のアルバイトも当分ないでしょう」
 言い終わると古泉は、文芸部室のドアまで歩いていく。俺もそれに続く。
「みんな何してんの~!早く行くわよ~!」
 廊下からハルヒの声が聞こえる。
 はいはい、今行きますよ。
 と、これが今日のSOS団の主な活動だった。
 
 
 
 翌日、俺は北高までの長い坂道を歩いている。
 
 さすがに一年以上も通っていると、この道も慣れたもので、入学当初に比べ、グッと体力の減りが少なくなった。
 まだ入学して間もなく、汗だくになって歩いている新入生達を横目で見ながら心の中でエールを送っていると、後ろから肩を叩かれ、声をかけられた。
「よっ、キョン」
 この声は知っている。振り向かなくてもわかる。谷口だろ?
 俺は振り返り、正解を確認する。やはり谷口か。
「よぉっ、谷口。ナンパの調子はどうだ?」
「すこぶる順調だ。……と言いたいとこだが、どうやら今年の一年はシャイな子が多くてな。なかなかついてきてくれん」
「それはなによりだ」
「なによりじゃねぇ!恋愛っつーのは自分から動かないとダメなんだよ。のんびりしてたら目当ての女が誰か他の男に取られちまうんだぜ」
 やれやれ。谷口に教えられるとはな。
「悪いな谷口。朝比奈さんも長門も、今は恋人をつくる気はないらしくてな、お前の言うようにはならん」 谷口は顔を俺の方に向けると古泉並みのニヤケ面になり、
「おいキョン、お前の目当ての女っていうのはその二人だけじゃないだろ?」
 
 
 
 谷口のアホ面がさらにひどくなった顔をこれ以上見たくないので俺は少し早歩きで歩く。
 俺はその後もしつこく追求してくる谷口を無視し、やがてあきらめ、今度は新入生と仲良くなるための、どうでもいい計画を聞かされるハメになってしまった。
 
 
 
 谷口のくだらない話をすべて反対の耳へ受け流していくうちに北高の校門が見えてきた。
 早歩きだったので少し早く着いてしまい、まだ人もまだらだった。
 校門のところで何やらこっちを見てヒソヒソと話す三人の女子生徒の姿があった。
「ほらっ、きたよ。早く」「頑張って!」
「ううん」
 話し声が聞こえるまで近づくと、三人の女子生徒の真ん中の一人が俺たちの方に向かって歩きだし、俺の前に立つ。
 何やら緊張している面持ちで、俺もつられてしまい、
「何でしょう?」
 つい丁寧語になってしまった。
「あ……あの、これ読んでください!」
 そう言って少女は一通の可愛らしいファンシーな封筒を俺に手渡した。
 
 受け取った俺は何が何だかわからなくなり、とりあえず何か言おうと顔を上げたが女子生徒は校舎へと走って行ってしまった。
 残った二人の女子生徒も慌ててあとを追って走っていく。
 その場に立ちつくす俺と谷口。
 ちょっと待ってくれ、これはあれか?片思い中の人が想い人に対する気持ちを綴った、いわゆるラブレターというやつか?
 中を開いて読んでみると、それは正真証明、恋する乙女の淡い恋心を書き綴ったラブレターだった。
「谷口、これはお前の悪戯か何かか?」
 俺と同じく放心状態で立ち尽くしている谷口の様子をみると、明らかに谷口の仕業ではないのが分かるのだが、念のため訊いておく。
「おいっキョン!これはどうゆうことだ!女子からラブレターをもらうなんて!しかもさっきの子は俺様的美的ランクBプラスだったぞ!ちくしょう、俺はこんなに頑張っているのに……」
 錯乱してわけのわからんことを口走ってやがる。この様子だとこいつの仕業ではないな。
 すると、俺は本当に正真正銘、女子からラブレターを貰ったということなのか?
「おい谷口。このことは誰にも言うんじゃ……」「くそ~!まだ幼さが残る感じだからありゃあ一年だな。今後数年でまだまだ可愛くなれるじゃねーか、Aランクにだって十分なれ……」
 まだわけのわからんことを言ってやがる。今のこいつには何を言っても無駄の様だ。こんなアホはほっといてさっさと行くか。
 気がつくとまばらだった生徒も、俺たちの周りをびっしり埋めつくすまで増えていた。始業時間が近いんだな。
 俺は谷口を置いて歩きだす。後ろから、
「おい待てよキョン」
 などと言ってるが無視だ。
 
 
 
 教室に入ると、岡部教諭こそいなかったが、クラスの連中ほとんどが揃っていた。
「おはようキョン、谷口。遅かったね。ギリギリだよ」
 国木田がこちらを向いて手を上げる。
「国木田聞けよ、こいつさっき一年の女子からラブレター貰いやがったんだぜ」
 おい、谷口。お前さっきの俺の忠告聞いてなかっただろ?それとも聞いていてわざとか?
「いいじゃねーかよキョン、喜びは友と分かち合うもんだろ?」
 お前のその顔は明らかに祝福する顔じゃないだろ。
「へぇ~それはすごいね。相手の子は可愛かったの?」
「俺様的美的ランクBプラスってとこだな。だがな、まだあどけない少女の面影が残ってるから若干幼く見えるが、ありゃあ、あと数年で化けるぜ。間違いなくAランク候補だな」
 何でこいつは一目見ただけでここまで分析できるんだ?
「それでキョンはどうするの?返事はしたの?」
「何か話そうと思ったが、走って行っちまったよ」
「よっぽど恥ずかしかったんだろうね。うらやましいよ」
「ちくしょ~、きっと男に告白するなんて初めてだったんだろうなぁ。何でその相手が俺じゃなくキョンなんだっ!」
 知るかそんなの。それより鞄を置きに行かせてくれ。
「ああ、ごめんキョン。僕が邪魔だったね」
 国木田が一歩横にズレると、机に頬杖をついて窓の外を眺めるハルヒの姿が見えた。
 俺はハルヒに一言朝のあいさつをして、鞄を置き、国木田のところへ向かおうと、身を翻すと、
「よおっ、涼宮。こいつさっき一年の女子に告白されてたぜ」
 谷口のニヤけたアホ面がよりにもよってハルヒにさっきの出来事を話しやがった。
 こいつ俺に一体何の恨みがあるんだ?
 窓の外を見ていたハルヒも谷口の言葉を聞いてギロリと鋭い眼光をこちらに向け、
「それ本当なの?」
 明らかに不機嫌な様子だった。
 しまった、何でこうゆう日に限ってご機嫌斜めなんだよ。
「ああ、間違いないぜ。これが証拠の品だ」
 ブレザーのポケットに入れておいたはずのラブレターをいつの間にか谷口が持っていて、ハルヒに投げるように渡した。
「一人だけもてた罰だ。頑張れよ」
 谷口が俺の肩を叩き自分の席へと歩いていった。
 谷口、お前あとでシャイニングウィザードな。
 ラブレターを手にしたハルヒは中を開き、目を通し始めたので、俺は慌ててラブレターをハルヒから取り上げようとしたが、
ハルヒはくるっと背中を向け、俺の手の届かないようにした。
「おい、ハルヒ」
 俺は横から取ろうと手を伸ばすがうまい具合にくるっくるっと背中を向ける。 だんだんイライラしてきて声を張り上げようかと思っていると、
「ホームルーム始めるぞ~」
 チャイムと共に岡部教諭が入ってきた。
 立っていた生徒は自分の席へ座る。
「ほら、あんたもさっさと座りなさいよ」
 ハルヒは読み終わったらしく、ラブレターを俺に突き返した。
 俺はラブレターを鞄に仕舞い、ハルヒの前の席に座る。
「え~じゃあ今日でこの席は最後だ。帰りに予定通り席替えをするからな」
 そうだった、今日は席替えの日だった。といっても俺もハルヒも席の位置が変わんないから関係のないイベントなんだがな。
 
 
 
 ホームルームが終わり、岡部教諭が去った後、ハルヒは俺の背中にシャーペンを刺し、
「ねぇキョン、あんたどうすんの?」
 唐突に何を言っているんだ。
「何がだ?」
「一年からラブレターもらったんでしょ?返事をどうするのかって訊いてんのっ!」
「あっ、ああ、そのことか。今どうするか悩んでるんだがな」
「さっさとしなさいよねっ!」
「何でそんなに急かすんだ?」
「別に急かしてなんかないわよ。ただあんまり遅いんじゃ相手も可哀想だと思ったからよっ!」
 ふん、と鼻を鳴らしつつハルヒは窓の方に顔を向け、机に顔を伏せた。
 何でこいつはこんなにも不機嫌なんだ。昨日まであんな元気だったのに。一体何があったんだ。
 俺の携帯が振動した。中を開くと古泉からのメールで、
『小規模ですが、閉鎖空間が発生しました。今、仲間たちが現場に向かいました。あなたはこれ以上、彼女を刺激しないようにしてください』
 閉鎖空間だと。なぜだ。ハルヒは俺と会う前から不機嫌だったんじゃないのか?
 くっそ、俺がハルヒに何をしたっていうんだ。
 それにしても、古泉。この文面だと俺が悪いみたいじゃないか。何でもかんでも俺のせいにするんじゃねえ。
 俺は古泉にメールの返事をせずに携帯をしまった。
 
 
 
 その後のハルヒは相変わらずの不機嫌で、たまに起きたと思うとシャーペンの芯を俺の頭にぶつけたり、シャーペンを俺の頭に刺したりと地味に痛い攻撃を仕掛けてきた。
 頼むからハルヒ、自分の不機嫌を他人にぶつけないでくれ。やられる側としてみてもだんだん腹が立ってくる。
 
 
 
 昼休み、ハルヒはいつものようにチャイムと共に教室を出なかった。
 机に顔を伏せていて顔は見えないがどうやら寝ているらしい。わざわざ起こすのも可哀想な気がするので放っておいてやろう。
 俺は鞄からおふくろ特製弁当を取り出し、中を開き食べ始める。
「なあ、飯食い終わったら一年の教室行かないか?」
 谷口が箸を止め、俺と国木田に言う。
「一年の教室に?何しに行くんだい?」
「もちろんやることと言ったら一つしかねぇだろ?女子を見に行くんだよ」
 一年の女子を見に行ってどうするっていうんだよ。
「可愛い子をチェックしに行くんだよ。一応チェックし終えたつもりだったがまだ見落としがあるかもしれないからな」
 こいつのこの情熱を少しでも勉学に向ければ、俺と一緒に定期試験の点数に悩まされることなんてないだろうに。
「それと、ついでだから今朝の女子にも一言あいさつに行こうぜキョン」
 あいさつって、お前は何か話すことでもあるのか?
「俺じゃねぇよ。キョン、お前が行くんだ。もちろんラブレターの返事をしにだ。俺なら迷わずOKするんだがな。返事は決まったか?」
 そういうことか。まあ決まったといえば決まったな。こんな短時間で答えを出すのはあまりよろしくないかもしれないが、俺の考えは変わらないだろう。
「ああ、一応決めたつもりだ」
「ほおっ」
 谷口はまたしてもにやけ面になった。どうやらこいつのこの顔は冷やかしの顔らしい。
「それで、どうするんだ?付き合うのか?」
 机に身を乗り出して待っている谷口に応えてやろうとすると、
「断りなさいよ!」
 突然俺の頭上から声が降ってきた。
 振り返ると先ほどまで机に伏せていたハルヒが立ち上がっており、見るもの全てを恐怖させるんじゃないかと思わせる眼光を俺に向けていた。
「うぉっ、ハルヒお前起きてたのか」
「いっ、今起きたところよっ!」
 ハルヒは多少慌てた様子を見せたが、
「キョン!あんた一年の女子のところに行くなら、断りなさいよ!」
 ハルヒは相変わらずの強い口調だ。
 ていうかお前寝てたのに何で会話の内容知ってんだ。
「ちょっと待てハルヒ。何でお前にそんなことまで指示されなきゃいけないんだ」
「あたしがSOS団の団長で、あんたがその団員だからよっ!」
「SOS団とは関係ないだろ」
「大いに関係あるわ。SOS団の活動の邪魔になるから恋愛は禁止!これは団長命令よっ!」
 はあ、やれやれ。今のこいつに何を言っても無駄な様だ。
 俺は後ろに曲げた態勢を元に戻し、食事の再開をしようとした。
「はっは~ん。あんたさては付き合いたいとか思ってたわね。残念だったわね~。あんたが告白されるなんて千載一遇のチャンスと言っても過言でもないわ」
 自分が無視されたことが気に入らなかったのか、ハルヒは俺の背中に好き放題言いやがる。
 そして、この時の俺は相当イライラしていた。
 谷口の言動、古泉からのメール、ハルヒの不機嫌、これら全てが俺のストレスになっていた。普段の俺なら聞き流せるはずだった。しかし今の俺には無理だった。
「それにしても、あんたなんかを好きになる奴がいるなんて物好きもいたものね。よかったわね~物好きな女の子にもてて」
 この言葉を聞いた途端、体中の血液が全て頭にのぼった様な気がした。
「ふざけんじゃねぇ!」
 俺は立ち上がりハルヒを睨み付けていた。教室にいる連中ほとんどが俺の方を振り返る。
「さっきから黙って聞いてりゃあ好き放題言いやがって!俺のことはいくら言っても構わない。だがな、知りもしないやつの悪口を言うんじゃねぇっ!」
 ハルヒは不意を突かれ、ぽかんと口を開けていた。
「だいたいな、お前はいつもいつも好き勝手でわがままで、団長だからとかわけのわかんない理由で人を振り回し、迷惑をかける!これ以上お前には付き合いきれんっ!」
 もはや関係のないことまで言ってしまっている。だが止まらない。
 ハルヒは「なっ何よっ!」と俺を睨み返していたが、
「お前は最低だっ!」
 俺は決定打を言ってしまった。
 殴られると思っていた。殴られて当然である言葉を言ってしまったのだから。
 俺は飛んでくるハルヒのパンチに備え、歯を食い縛り、目を瞑り顔を背けた。
 しかし、いくら待ってもパンチは飛んでこず、ハルヒの罵倒も聞こえてこなかった。
 俺は、そろりと目を開くと、ハルヒは心ここにあらずといった様な顔をしていた。
 ハルヒの大きくて黒い目は本来の輝きを失ったかの様で、瞳には俺の顔が映ってはいたが焦点はまるであっていなかった。
 やがてハルヒは肩を震わせ、一言「バカッ」と言い残してから走って教室から出ていった。
 
 
 
「おいっキョン、お前らしくないな~」
「本当だよ。ビックリしたよ」
 俺とハルヒとのやりとりを一部始終見ていた二人がそれぞれ言葉をかける。
 俺はそんな二人に、「ああ」とか「すまん」としか言えなかった。
「あれっ、キョン。あれって」
 国木田が教室のドアの方を指差す。目をやると古泉が立っていた。
 来ると思っていた。
 俺は二人に、
「悪い、一年の教室に行くって話、二人で行ってくれ」
 と言って、食いかけの弁当を片付け、古泉のところへ歩きだす。
 古泉はいつものスマイルフェイスではなかった。今の古泉の顔を喜怒哀楽で表すなら間違いなく“怒”に当てはまる顔をしていた。
「先ほどの閉鎖空間に続いて、今度はかなり大規模な閉鎖空間が発生してしまいました。僕もこれから現場に出向かなくてはなりません」
 古泉の手には鞄がぶら下がっていた。
「僕は先ほどメールで彼女をこれ以上刺激しないでくださいと忠告しましたよね。彼女を刺激したのはあなたで間違いありませんね?」
「ああ、そうだ。すまん」
「僕は閉鎖空間を消滅させるために学校を早退するのが嫌で怒っているわけではありません。
ただ……いえ、何でもありません。それでは急ぐので失礼します」
 意味深な言葉を残し、古泉は去っていった。
 残された俺は、頭を冷やしに屋上へでも行こうかと思ったが、ふらふら歩いてばったりハルヒに出会すとまずいのでやめておく。それに昼休みも残り少ないからな。
 
 
 
 昼休み明けの授業、ハルヒは教室に戻ってこなかった。その授業だけではなく、さらに次の授業にも戻ってこなかった。つまりハルヒは午後の授業全てを欠席した。
 鞄は机にかかったままなので、さすがに帰ったなんてことはないと思うんだが、一体どこで何をしているんだか。
 
 
 
 帰りのホームルームになるとハルヒは戻ってきた。
 俺はなんて声をかければ良いのかわからず、声をかけるどころか顔すら見ることができなかった。それはハルヒも同じであろう。
「えーじゃあ朝言った通り席替えをするぞー。いつもの様にくじ引きだ」
 この席替えで、俺は今まで手放したことがない窓際後方二番目の席を引くことはできなかった。
 俺が引き当てた席は、廊下側前方一番目。要するに一番前を引いてしまったのだ。
 ハルヒはというと、いつも通り窓際の一番後ろを引いていた。
 俺は廊下側一番前、ハルヒは窓際一番後ろ。つまり俺の席とハルヒの席は、この教室の端と端、一番離れていることになる。
 はあ、やれやれ。まあこの席だとハルヒと顔合わせることもないし、居眠りの回数も減り、成績も上がっていくだろう。
 なるべくポジティブに考えることにしよう。
 
 
 
 放課後、俺はハルヒが教室を出たことを確認してから俺も教室を出た。
 いつもならこのまま文芸部室まで自然と足が連れて行ってくれるのだが、今日ばっかりは部室に行きたくなかった。
 俺の足は下駄箱へと向き、歩きだした。
 
 
 
 家に帰り、俺はベッドに横になる。妹が「あれっ、キョンくん今日は早いんだね~」と驚いていた。
 確かにこんな早く帰ったのは久しぶりだった。
 いつもならSOS団の活動真っ最中の時間だからな。
「暇だ……」
 天井を見上げ呟く。
 このまま横になってると寝ちまいそうだ。今眠ったら、夜寝れなくなっちまう。
 まあ、それでも良いか、などと襲いくる睡魔に白旗を上げようとしていると、携帯が鳴った。
 ディスプレイを見ると『朝比奈みくる』の6文字が表示されていた。
 出るか出るまいか葛藤していたが、携帯を耳にあて、俺の声を待っている愛らしい上級生を想像すると、通話ボタンを押さずにはいられなかった。
『あっ、もしもしキョンくん?みくるです』
「どうもこんにちは」
『あの……、ちょっとお話したいことがあるんですけどいいですか?』
「えぇ、構いませんよ」
 朝比奈さんが俺と話したいこと……。まあ大体の見当はつく。
『今日、どうして部活がなかったかキョンくんわかります?』
 ハルヒのやつ、部活まで休んだのか。これは想定外だった。不機嫌な仏頂面してでも部室には行くと思ってたんだがな。
「部活なかったんですか?」
『ふぇっ?キョンくん今日部室に行かなかったんですか?』
「えっ、ええ……」
『部室のドアに「自主休日!」って書いてある紙が貼ってあったんですぅ。だから涼宮さん何かあったのかなって……』
「そうだったんですか」
『キョンくんはどうして部室に行かなかったんですか?』
 何て言えば良いのだろう。相手が朝比奈さんだから、適当にもっともらしいことを言えばごまかせるかもしれないが、自分の都合だけで朝比奈さんに嘘をつくなどできるはずが無い。
 俺は今日あった出来事を全て話した。
 もちろん一年の女子からラブレターを貰ったことや、ハルヒに激怒してしまったことも全て包み隠さずだ。
 話しずらい内容だったが、朝比奈さんは、何度も相づちを打ってくれて、とても話しやすい雰囲気をつくってくれた。
 この人が俺の嫁さんになってくれれば、仕事の悩みや愚痴などを黙って聞いてくれるんだろうなぁと、起こるはずもない妄想を繰り広げていると、
『キョンくん?』
「はははい、何でしょう?」
 俺としたことが朝比奈さんと電話中だというのに違う世界に行っていた様だ。
『キョンくんはどうして涼宮さんが怒っていたかわかりますか?』
 そんなこと俺が教えてほしいです。
「俺と会った時から不機嫌っぽかったですし、恐らく昨日いやな夢でも見たんじゃないんですか?」
『それは違うと思います……』
 朝比奈さんはあっさりと否定した。
 まあ今のは俺も本気で言ったわけじゃないんだが、何だか朝比奈さんにはハルヒの怒りの原因がわかっているような感じがする。
『うまく言えないんですけど……涼宮さんは怒っていたわけではないと思うんです。え~と、涼宮さんはキョンくんと会うまでは普通だったと思うんです』
 俺と会うまではいつも通りのハルヒだった。しかし俺と会ってからハルヒは普通じゃなくなった。どうなってるんだ?
「どういうことですか?」
 朝比奈さんの返答次第で、俺はショックで寝込むことになるかもしれない。
『あっ、すみません。ちょっと勘違いさせるような言い方をしちゃいました。別に涼宮さんはキョンくんのことが嫌いだからっていう意味ではありません』
 この言葉を聞いて少し安心した。
 そりゃあ一年以上も毎日顔を合わせてる相手から、実は顔も見たくないほど嫌われてたなんて衝撃の事実が発覚したなんてことになったら、俺は明日からどんな顔して学校に行きゃ良いんだ。
『キョンくん、一年生の女の子から貰ったラブレター、涼宮さんに見られちゃったんですよね?』
「ええ」
 あの谷口のアホのせいでな。そういや谷口に罰を与えるのをすっかり忘れていた。
『たぶん、そのラブレターが原因だと思うんです』
「ラブレターがですか?このラブレターがハルヒを刺激しちまったってことですか?」
『あたしはそう思うんです』
「ラブレターとハルヒがどんな関係があるんですか?」
『……えっと、あの……それはちょっとあたしからは言えません……』
 肝心なことを朝比奈さんは教えてくれなかった。
「禁則事項ってやつですか?」
『いえ、そういうわけではないんですけど、これはキョンくんが気付くべきことだと思うんです』
「はあ……、わかりました。なんとか頑張ってみます。ありがとうございます朝比奈さん」
『ふふっ、また部室で会いましょうね』
「ええ、では失礼します」
 通話は終わったが、俺から切るのは失礼な気がしたので朝比奈さんが切るのを待っていると、
『……キョンくんはもう少し、乙女心を分かってあげた方が良いです……』
 今までとは違って、悲しげな声だった。
 そして電話は切れた。
 やれやれ乙女心って言われてもなぁ……。難しい宿題を出されたもんだ。
 朝比奈さん曰く、ハルヒの不機嫌の原因は俺が一年の女子からもらったラブレター。
 なぜそれで不機嫌になったかは俺が気付かなくてはならないことで、ヒントは乙女心にある。
 ……ダメだ。わからん。
 俺は考えることをやめると、さっきまでおとなしくしていた睡魔がまた襲ってきた。
 
…………
………
……

 
 ふと目を覚まし、時計を見ると6時半を示していた。
 ずいぶん寝たと思ったんだがたいして時間はたってないようだ。
 とりあえず顔でも洗おうかと下に降りるとパジャマ姿の妹がいた。
「おはようキョンくん!もう朝だよ」
 何?朝だって?
 ということは今は午後の6時半ではなくて朝の6時半ということか。俺としたことが半日以上眠ってしまった。
 もちろん今日も学校はある。しかし、このまま学校に行くのはさすがにまずいよな。
 俺は鏡に目をやると、ボサボサ頭とヨレヨレになった制服を着ている自分の姿が映っていた。
 制服は仕方ないにしても、シャワーくらいは浴びておこう。幸い、まだ急ぐ時間ではないからな。
 
 
 
 学校までの道のり、やけに足取りが重い。こんなに学校に行くのが憂鬱なのは、期末テスト以来だ。
 結局ハルヒの不機嫌の原因も分からないまま学校についてしまった。
 教室のドアを開け、窓際の一番後ろの席を見ると、いつもいるはずのハルヒの姿はなかった。
 同時に、一つ前の席を見ると、すでに誰かの鞄が置いてあり、そこでようやく俺はハルヒの前の席だったのは昨日までの話で、今日から俺はハルヒの席から一番離れた席に座ることを義務づけられていたことを思い出した。
 俺は一番前である自分の席に向かい歩きだし、席に座った。
 数分後、チャイムが鳴り、岡部教諭が入ってきた。
「ホームルーム始めるぞ~」
 岡部教諭は全員が着席したのを確認してから口を開いた。
「え~と、今日も全員出席だな」
 ということは、ハルヒも来ているのか。恐らく、ぶすっとした表情で窓の外でも眺めてることだろう。
 俺はそんなハルヒの姿を確認しようとしたが、やめておいた。
 一番前の席で堂々と後ろを向くという行為は、話し中の岡部教諭の機嫌を損なう危険性があるし、なによりハルヒと目が合う恐れもあるからだ。
 俺はその二つの危険を避けるため、真っすぐ前を向き、岡部教諭の話を聞いていた。
 
 
 
 ホームルームも終わり、岡部教諭が去った後、着席していた生徒達は、それぞれ話し相手の所へ向かうべく立ち上がる。
 俺もその一人で、国木田の所へ歩きだした。途中、ハルヒの席に目をやったが、すでに空席となっていた。
 一限が始まるまでの短い休みだというのにどこへ行ったことやら。
 俺はその休み時間、国木田と谷口と談笑して過ごし、やがてチャイムが鳴り、一限の担当教諭が教室に入ってきたので俺は席に座った。
 しかし、空席のまま座り主が戻ってこない席が一つだけあった。ハルヒの席だ。
 
 
 
 ハルヒはその授業だけでなく、今日一日の授業全てを欠席した。
 帰りのホームルームだけは出席したようで、ホームルームが終わった後、どかどかと教室から出ていくハルヒの後ろ姿だけ、俺はかろうじて確認することができた。
 結局、今日俺はハルヒと仲直りすることはおろか、顔すら合わすことさえできなかった。
 昨日のことは俺にも非はあると思う。だが俺から「悪かった」と謝るのはどうにも気が引ける。
 ……こんな調子で良いのだろうか。――いや、良いはずがない。
 あいにく俺は、防げる世界の崩壊をぼさっと見てるほど冷めた人間でも、閉鎖空間で戦う古泉を傍観してる薄情者でもないんでな。
 
 ……しかし、もう帰りのホームルームも終わってしまい、仲直りすべき相手も帰ってしまったみたいなので、俺も帰ることにした。
 
 
 
 俺は昇降口で靴を履き変えていると、
「やあ、今お帰りですか?」
 振り返ると、『機関』専属の超能力者、古泉一樹がこちらに歩み寄っていた。
「部活もないことですし、どうです?一緒に下校でも」
 俺としては断る理由などない。ただこいつとはあまり会いたくなかった。昨日の件で俺は古泉達、『機関』の人間に迷惑をかけたことは間違いない。
 しかも俺がハルヒとの仲を元に戻さないかぎり、こいつらに迷惑をかけ続けることになるのも事実。
 しかし、俺は今日ハルヒと仲直りすることはできなかった。だから俺は古泉に会わす顔など、どこにもなかった。
 かといって古泉から逃げるのでは何の解決にもならないことは俺でもわかる。
 俺は昇降口で古泉が来るのを黙って待ち、古泉が横に並んだのを横目で確認してから歩きだした。
 
 
 
「すまなかった」
 坂道の途中、俺は口を開いた。
「おやっ?それは言う相手を間違えているのではないのでしょうか?」
 ああ、お前の言う通りだ。本来、ハルヒにこの言葉を告げてからお前に言うべきだったな。
 俺は隣にいる奴の顔を今日初めて見てみた。
 
 古泉の顔は昨日の様な“怒”を表してはいなかったが、いつもの穏やかな笑みでもなかった。無理に笑っている感じで、何より疲労の色がありありと見てとれた。
「やはり例のアレは発生しているのか?」
 俺は古泉から目をそらし、訊いた。
「今日はまだ発生していませんが、恐らく時間の問題でしょう」
 古泉はそう言うと、立ち止まった。
「すいません、少々寄り道したい場所があるんですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、別に構わないがどこに行くんだ?」
「こっちです。大して遠くありませんのでご安心を」
 
 
 
 古泉についていき、行き着いた場所は、幾多の花を揃え、俺も母の日など、年に数回世話になる場所だった。
「花屋か」
「えぇ、そうです。少々お待ちいただけますか?」
 そう言うと古泉は店の奥へと姿を消した。
 数分後、戻ってきた古泉の手には何種類もの色をした花を束ねた物を持っていた。
「その花束はどうするんだ?誰かにあげるのか?」
「ええ……」
 古泉はそれだけ言うと、黙って下を向いてしまった。
 何やら訊いてはいけないことを訊いてしまったのだろうか。いや、古泉だってこの位の質問をされることぐらいわかってたはずだ。
 俺は黙ってしまった古泉に何か話し掛けるべきなのかと考えていると、古泉がゆっくり顔を上げ、しゃべり始めた。
「昨日、閉鎖空間が発生したことはご存じの通りです。実はその閉鎖空間で負傷者が出てしまいました。彼はすぐに病院に運ばれましたが、意識不明の重症です。今日も意識が戻ったという報告はされていませんので、恐らくまだ……」
 古泉はそれだけ言うと、また口を閉ざし、俺たちに近づく車に手を上げた。
「僕はこれから彼の病院に行きますので、これで失礼します」
 そう言うと古泉はその車の後部座席に乗り込んだ。
 俺は動揺していた。昨日の閉鎖空間で意識不明の重症者が出てしまったこと。
 その閉鎖空間の発生の原因となったのは間違いなく、俺だ。
 俺が昨日、ハルヒとケンカなどしなければ閉鎖空間など発生しなかった。
 つまり怪我人が出ることなどなかった。
 ――これは俺が招いてしまったことだ。
 俺は車のドアを閉めようとドアに手をかけた古泉に向かって言った。
「俺も行っていいか?」
 
 
 
 車で走ること10分ほどだろうか、その間ずっと無言だった車内だったが、俺から口を開いた。
「訊かないんだな、昨日何があったのか」
「おや、何やら訊いてほしい様な口振りですね」
 いや、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。
 古泉は笑みを浮かべ、
「あなたから直接訊かなくても、あなた方の言動を見れば大体の見当はつきますよ。何かと表情に出やすいですしね」
 こいつに言われると全てを見透かされている様な気がして、良い気がしない。不愉快だ。
 俺は軽く舌打ちをいれ、窓へと視線を向け、
「なあ、古泉」
「何でしょう?」
「昨日、閉鎖空間で怪我を負った人、その……命とかは……?」
 俺はこれから見舞いに行く人のことについて、一番訊いておきたいことを口にした。
「医師の話によりますと、命に別状はありません。意識の方も、直に回復するとのことでした」
 俺は心底ホッとした。
 視線をフロントガラスに戻し、横目で古泉を見ると、さっきまであった古泉の笑みはなくなっていた。
「ただ、“恐怖”という後遺症が残り、二度と《神人》と戦えなくなるでしょう。《神人》と戦う時に恐怖心が微塵でもあると、今度こそ命を落とすかもしれない。恐怖は人の身体を硬直させます。一度芽生えてしまった恐怖心はなかなか取り除けません。ですから『機関』は彼の生命を考え、二度と閉鎖空間へは向かわせないそうです。ちなみにこのことを彼に告げるのは僕の役割でしてね」
 全く嫌な役割です。と古泉は続け、俺は再び窓の外へと視線を向けた。
「まだ病院に到着するまで時間もあることですし、昨日のことについてお話すことにしましょう。お聞きになりたくなければどうぞ、ご自由に。独り言だと思って頂いて構いません」
 古泉はわざとらしい咳払いをして、
「昨日、閉鎖空間は午前と午後、どちらにも発生したことはご存知であると思います。その閉鎖空間はどれも不可解なものでしてね。そうですね、わかりやすいように午前と午後に分けて説明しましょう」
 俺が午前中にハルヒにしたことと言ったら、ラブレターをハルヒに見られたことで、午後ハルヒにしたことと言ったら無論、ハルヒを怒鳴りちらしたことか。
 昨日の朝比奈さんとの電話でこれらがハルヒを不機嫌にさせたことはわかっている。
「まず、午前中に発生した閉鎖空間ですが、規模はとても小さく、僕が行く必要もありませんでした。現場に行った仲間に聞いた話によると、その閉鎖空間の《神人》の様子がどうも変だったそうです」
「前にも似たような話を聞いたな」
「えぇ、ですが前回の佐々木さんの時とは似て非なるものなんです。今回の場合、《神人》は暴れていました。ここまでは何らおかしいことはないのですが、問題なのはこの後です。今まで破壊活動をしていた《神人》がピタリと止まり、大暴れしていたのが嘘のように全く動かなくなったのです」
 俺は何かしゃべろうとしたが、口を挟む時間を古泉は与えてくれなかった。
「その後、仲間たちも不思議に思ったのでしょう。しばらく静観してたらしいのですが、一向に暴れる気配を見せないので、この隙に《神人》を倒したそうです。そして、この閉鎖空間は消滅しました。しかし、その後も涼宮さんは閉鎖空間を発生させ、《神人》を出現させました。ですが、やはり《神人》はひと暴れしたら、またしても動かなくなったらしいです」
 古泉は言い終わるとひと呼吸いれ、口を閉じた。
 俺は今までに二回あの青白い巨人を見たがどちらも暴れ狂ってたから、何もせずつっ立ってるなんてイマイチ想像しがたい。
「それが午前中に起こった閉鎖空間か?」
「えぇ、その後も何度か消滅、発生のいたちごっこをしていたらしいですが、午後になり、事態は更に悪化しました」
 午後ということは、昼休み、俺がハルヒに激怒してしまったことか……。
「やはり閉鎖空間が発生したのですが、今度のはかなり規模が大きくてですね、遠方にいた能力者も集められ、『機関』の能力者全てがその閉鎖空間に集いました」
 まるで昔見たアニメの最終回みたいな話だな。
「こちらの準備は万全でした。そして、《神人》が出現し、暴れだしました。恐らく、午前の様におとなしくなると踏んでいた我々でしたが、《神人》は一向に破壊活動をやめようとはせず、むしろ激しさを増す一方でした。さすがにこれ以上、放置しておくと世界崩壊の危機を感じたので、僕を含め、能力者全員で《神人》に向かいました」
 俺は古泉の話を黙って聞きながら、初めて閉鎖空間に連れて来られた時に見た、赤い玉となって、青白い巨人と戦っていた超能力者達を思いだしていた。
「《神人》に近付き、我々は怯みましたよ。あんなに激しく暴れているのを見たのはずいぶん久しぶりでしてね。足が竦みましたよ」
 古泉は苦笑混じりに言った。
「他の仲間達も僕と似た様なもので、なかなか動けずにいましたが、いつまでもそうしているわけにはいかないと思ったのでしょう、一人、単独で《神人》に向かう仲間がいました。」
 俺はそこまで聞くとその人物の今後がどうなるか、大体の想像がついてしまった。
「彼は攻撃を始めようと、スピードを上げて《神人》の顔面目がけて突っ込みましたが、迫りくる《神人》の右手を躱しきれずに、地上へとはたき落とされてしまいました……」
「それで、その後はどうなった?」
 俺は古泉の話を催促した。
「このままだと彼は《神人》に踏み潰されてしまう。それだけは何としても避けなければならない。我々は一斉に《神人》に攻撃を開始し、何とか倒すことができました。そして、閉鎖空間は消滅し、彼は病院に運ばれました」
 これが昨日の出来事ですと言い終わり、古泉は深く息を吐いた。
 俺は古泉の話を聞き終わり、黙って考え事をしていた。
 これから見舞いに行く人のことを聞かされたのだから、その人のことを考えるべきなのかもしれんが、俺は全く別のことを考えていた。
「古泉、一つ訊きたいことがある」
「何でしょう?」
「前にお前は、あの青白い巨人はハルヒの無意識だと言ったよな?」
「えぇ、確かに言いました」
 つまり、巨人の行動はハルヒの無意識そのものであるということ。
 俺が昨日、一年の女子からラブレターを貰い、そのラブレターをハルヒに見られた。
 このことが閉鎖空間発生のトリガーとなった。
 そしてその閉鎖空間で破壊活動をする巨人。
 しかし破壊活動をやめ、ピタリとおとなしくなる。
 俺はこれらを整理して考えていると一つの仮説にたどり着いた。
 しかし、どうもその考えには疑問がありすぎて自信がない。
「古泉、さっき一つと言ったがもう一つだけ訊かせてくれ」
「どうぞ」
「昨日の巨人はどうしてお前が言う様な不可解な行動をとったんだ?」
 古泉は「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめた。
「涼宮さんの心は、あるきっかけにより不安定になりました。しかし、どうしてそのことが自分の心を乱しているのかわからない。でも、どうしてもそのことが頭から離れない。この様な涼宮さんの意識が閉鎖空間の発生、つまりは《神人》の行動に反映したのだと、僕は推測します」
 俺は古泉の言葉を聞き、自分の仮説が確信へと変わった。信じたくないがな。いや、もしかしたら俺の勘違いという可能性もゼロではない。
 もしそうだった場合、俺は北高一の笑いもんだっぜ。
「古泉、すまんが車を停めてくれ」
「どうかしましたか?」
「……急用ができた」
 我ながら自分勝手だと思うが、俺は今すぐ会わなければならない人物がいる。
「良いでしょう。でもその前に、一つおもしろい話を提供致しましょう。あなたにとっても大変興味深いと思いますよ」
「……何だ」
 一刻も早く車から降りたい気分だったが、ワガママを言っているのは俺なのだからあまり強くは言えず、古泉のおもしろい話とやらを聞くことにした。
「さっき僕とあなたは昇降口で会いましたね?あなたは、たまたまだとお思いだと思いますが、実は僕はあなたが来るのを待っていたんですよ。それも、あなた方のクラスがホームルームをしている時からです」
 何を気持ち悪いことを暴露しているんだこいつは。放課後に待ち伏せする相手は女子限定にしてくれ。
「何が言いたい?」
「まあそう慌てずお聞きください。ホームルームが終わった後、涼宮さんはどうしました?」
「……ホームルームが終わった途端に帰った」
 俺は岡部教諭の話が終わり、教室から出ていくハルヒの後ろ姿を思い出した。
「それは変ですねぇ。先程も言いましたが、僕はあなた方のクラスがホームルームをしているときから昇降口にいたんですが、涼宮さんの姿を見ていないんですよ」
「そんなはずはない、俺はあいつが教室から出ていくところを見たんだ」
「教室から出たからといって、下校したとは限りません。もしかしたら校内のどこかに行ったのかもしれませんよ?」
 下校するために通らなければならない昇降口で、ハルヒを見なかった古泉。となると確かに下校していないってのが自然な考え方だな。
 ハルヒが学校にいる。だが今もいるとは限らない。
 俺は車内のデジタル時計に目をやると、まだ部活動の下校まで時間はあった。走れば間に合うかもしれない。
 古泉はそんな俺の思惑を察したのか、運転手に一言合図し、運転手はハザードランプを点灯させ、車は道路の左へと寄り停車した。
 俺は車から降りようとドアを開けようとしたが、
「最後にもう一つだけよろしいですか?」
 まだ何かあんのかよ。
「僕達『機関』の人間の中には涼宮さんに閉鎖空間を発生させることに嫌悪感を抱いてる人も少なからずいます。世界崩壊云々とは関係なく、涼宮さんに不満や怒りを感じさせたくないと言う、一種の親心に近い感情を持っているのでしょう。ですから、あなたも出来る限り涼宮さんを悲しませたりしないでくださいね」
 古泉は言い終わるとゆっくりと微笑んだ。
「……見舞いに行く予定だった人にはすまなかったと伝えてくれ」
「ええ、わかりました」
「色々悪かった。それと、一応礼を言っておく」
「ふふっ……、明日部室でSOS団全員が集まれることを願っていますよ」
 俺は車から降り、今まで車で走った道を逆走した。
 古泉によるとハルヒは学校にいる。まだあいつが学校にいるとは限らないが、俺は夢中で学校へと走った。
 顔を合わせずらいなどとは言ってられん。俺はハルヒに会って話さなければならないことがある。
 ハルヒは俺が貰ったラブレターを見て、俺が何て返事するのか気になってしょうがなかったんだ。
 もしかしたら俺が告白を受けて、一年の女子と付き合うかもしれない。それがあいつにとって不安だった。
 でもそれを認めたくなかった。だから閉鎖空間を発生させても巨人を暴れさせることができなかったんだろ?
 そんなハルヒの気持ちに気付けずに、俺はハルヒとケンカをしちまった。
 だが、朝比奈さんと古泉のおかげでようやく俺は気付くことができた。
 少々気付くのが遅い気もするが、仕方ない。
 頼む、まだ学校にいてくれよ。
 俺は革靴の走りにくさが気にならないほど夢中で走っていた。
 やがて俺は北高へと続く長い坂道に差し掛かった。
 携帯電話を取り出し、時間を見ると、下校時間ギリギリで、下校する生徒もいた。
 俺はそんな生徒達の中を走り抜けた。
 汗びっしょりで学校へと必死に坂道を駆け上がる俺の姿はさぞかし彼らにとって滑稽な光景だろう。視線が多少痛いが気にしてられん。
 俺はようやく校門にたどり着いた。
 前屈みの姿勢になり呼吸を落ち着かせる。顔から流れ落ちた汗が地面を濡らす。
 一通り呼吸も落ち着いた所で、俺は顔を上げ、校舎へと足を踏み入れた。
 文芸部室まで一直線で歩き、俺は二日ぶりに部室の前まで来た。
 一番最初に目についたのは、ドアに乱雑に張られている『自主休日!』の文字。そして室内の電気は点いてなかった。
 さすがにもう帰っちまったか……などと半分諦めかけながらも、俺はドアノブを回してみた。
 何と俺の予想を裏切り、施錠はされておらず、ドアが開いてしまった。
 そこに広がった光景は、無人の文芸部室でも、ましてやエンジェル朝比奈の神々しいお着替えの姿でもなかった。
 俺の目に映った光景は、ドアに背を向け、団長机に胡坐をかいて座るハルヒの後ろ姿と、教室の隅っこのパイプ椅子にちょこんと座り、読書をする長門の姿だった。
「ハルヒ」
 返事はない。こちらを見向きもしない。
「ハルヒっ!」
 俺は最初より声を張って呼び掛けるが、反応なし。長門の無反応までもが今の俺には虚しく感じる。
 ……静寂がやけに耳に障る。このまま立ってるべきか、それとももう一度呼び掛けるべきか、決めかねていると、
「……今日の活動はなしよ!何しにきたのっ!」
 やけにとがった声が飛んできた。
「ハルヒ、……昨日はきつく当たってすまなかった。……それだけ言いたかったんだ」
 俺はようやく謝ることができた。たとえこれでハルヒに罵声を浴びせられるとしても満足だ。
 俺の言葉を聞き、ようやくハルヒがこちらを向いた。その顔は笑顔でも怒り顔でもなく、言うなれば長門の様な無表情で、目は真っ赤に充血していた。
 ハルヒは俺の言葉を理解できなかったのかの様に、少しの間固まっていたが、
「……別に良いわよ……。あたしも少し言いすぎたと思ってたわ……」
 やけに細くて小さい声が返ってきた。自然と俺も小声になる。
「そうか……」
「……」
「……」
 ハルヒに謝るというミッションを俺はコンプリートでき、これでめでたくハルヒとも仲直り、……のはずなんだが、どうしてだろう、今まで通りに接することができないのは。
 まるで今までどう接していたかを忘れてしまったみたいだ。
「……」
「……」
 お互いに沈黙が続く。正直に言うときまずい。
 長門に助け船を出してもらおうかと、長門の定位置の教室の隅を見るが、座り主をなくしたパイプ椅子だけがぽつんとあるだけだった。
 ……一応念のため部室内を見渡すが、どこにも長門の姿はない。
 下校時間だから帰ってしまったのだろうか。
 それとも長門でも「居づらい」と感じる時があるのだろうか。
 居ないのならしょうがない。自分のことは自分でってか。
「……なあ、ハルヒ」
「……何よ」
「明日の放課後にでも返事を言いに行こうと思うんだが」
「そう……、あたしから特に言うことはないわ。ただ、たまには部活にも顔だしなさいよ」
 ハルヒは机から降り、窓の前に立つ。
「おい、勘違いするな。俺は一度も付き合うなんて言ってないぞ」
「えっ?」
 ハルヒは振り返り、でっかい目をこちらに向けた。
「俺も色々考えたんだが、やはり俺はあの子と付き合うことはできない」
「あんたあんなに嬉しそうにニヤニヤしてたのに、バカみたい」
 お前が断れって言ったんだろ。それに俺は断じてニヤニヤなどしていない。
「そこで、だ。明日お前についてきてほしい」
「はぁっ?何であたしがあんたの告白の返事について行かなきゃいけないのよっ!」
「何でって、朝比奈さんの時はついてってたじゃないか」
「あんたとみくるちゃんは違うの。全く別物」
 気が付いたらハルヒの調子が元に戻っている様な気がする。
 それにしても何という意味不明な理屈。仕方ない、出来ればこれは言いたくなかったんだがな。この際やむを得ない。
「好きなんだハルヒ」
「えっ?」
「ずっと気付いてはいたが、認めたくなかった」
「えっ?ちょっ、えっ?」
 ハルヒは今までの調子はどこに行ったのやら、キョロキョロと落ち着きを無くし、目だけではなく顔も真っ赤になっていた。テンパってるハルヒってのもなかなか見物だな。
「明日お前を紹介したい。この人がいるから俺は付き合うことができないと言うつもりなんだっ!」
「そっ、それって……」
「ああ、俺はこの団が好きなんだ。だからこの生活を崩したくない。そして、この人が、SOS団団長、涼宮ハルヒだって言ってやるつもりなんだ」
「……ふぇっ?好きって、部活がってこと?」
「……?ああ、そうだが」「……」
 いつの間にかハルヒは平静を取り戻し、赤面していた顔も普段通りに戻っていた。忙しいヤツだ。
「分かったわよ!明日行けば良いんでしょっ!!」
「ああ、てか何でまた怒ってるんだ?」
「別に怒ってないわよ!ふん。帰るわよ。いつのまにか有希もいなくなっちゃったみたいだし」
 ハルヒは言うと同時に、俺の方(正確にはドアの方だが)に歩み寄り、俺の横を通り過ぎドアを開け、出ていった。
「おい、待てよハルヒ」
 俺もドアから出るとハルヒは大分廊下の先まで歩いていた。
 ハルヒは否定したが、どう見ても怒ってる様に見えるのは俺の気のせいだろうか。何か怒らせる様なことを言っちまったか?
 俺は緊急臨時脳内会議を開催するが、答えはでない。
「あっキョン、鍵掛けといて」
 ハルヒは足を止め、こちらを振り返り、文芸部室の鍵を下投げでフワリと投げた。
 鍵はきれいに放物線を描き、俺の手の中に収まった。
「ついでだからドアに貼ってある紙取っちゃって」
 はいはいっと、んっ?
 俺はドアに貼ってある「自主休日!」と書かれた紙を剥がそうとしたが、さっきまであったその紙が跡形もなく無くなっていた。
 ハルヒは剥がしてないし、俺だって剥がしてない。
 とすると考えられるのは長門しかいない。
 長門がなぜあの紙を剥がしたのか、あいつの真意がいまいちよくわからないが、あいつも部活が休みなのは嫌ってことなのか?
「キョン!何してるの?置いてくわよ~」
 わかったわかった。今行きますよ……ってもう見えないし。
 俺は鍵を掛け、急いでハルヒの呼ぶ方へ走った。
 
 
 
 翌日、俺は昨日汗だくで走った坂道をやはり汗をかきながら歩き、北高に到着した。
 昇降口を抜け教室までたどり着きドアを開けた。
 ハルヒの姿が見える。
「よっ、今日は早いんだな」
 俺はハルヒに声をかけた。
「あんたが遅いのよ。もうチャイム鳴るじゃない。ほら早く座りなさいよ」
 ハルヒは手を伸ばし、窓際後方二番目の席の椅子を引き、俺に座るよう命じた。
 しかしなハルヒ、そこはもう俺の席じゃないんだよ。
「ハルヒ、俺の席はあそこだ」
 俺はここから一番離れにある廊下側前方一番目を指差した。
「そっ、そう言えばそうだったわね」
 ハルヒが引いた椅子を元に戻すと同時にチャイムが鳴った。
「じゃあなハルヒ」
 俺はハルヒに軽く手を上げ自分の席へ向かった。
 席に着くと、岡部教諭がやってきた。
「みんなおはよう。ホームルーム始めるぞ」
 騒いでた生徒も静かになり、生徒の視線が岡部教諭に集まる。
「えー最近この当たりに不審者がたびたび目撃されてる。特徴は黒いジャケットに……」
 俺は岡部教諭の業務台詞を話半分で聞きながら、ホームルーム終了のチャイムを待った。
「最後に非常に残念な知らせがある」
 『最後』という台詞に過剰に反応してしまう自分が情けない。ようやく終わるか。
「授業中、私語がうるさいと他の先生達から苦情が入ってる。本当はこんなことしたくはないんだが、今から席替えをするぞ」
 静かだった生徒達がざわめきだした。
 おいおい、おとといしたばっかだろ?少しうるさいくらいでまた席替えなんて普通するか?
「じゃあいつも通りくじ引きでやるが、うるさくなるならまた席替えするからな」
 賛成をする生徒と批判をする生徒の声を聞きながら、俺は何の気なしに後方を振り替えると、ニヤリと笑うハルヒと目が合った。
 
 
 
おわり

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最終更新:2020年05月27日 09:12