「すまない、長門。これは返すよ」
彼が差し出した入部届けを、私はまっすぐ見れなかった。
あなたも……私の側を離れていってしまう。
「だがな、実を言うと俺は最初からこの部屋の住人だったんだ。わざわざ文芸部に入部する必要もないんだ。なぜなら、なぜなら俺はSOS団の団員その一だからだ」
そう言って彼がパソコンのキーを押した直後、

彼はこの世界から消え去った。

集合時間三分前、運動しなれない体を一生懸命走らせて駅前に向かう。
私が着いた頃にはもうみんな集まっていた。
「遅い、罰金……は可哀そうね。って有希。大丈夫?」
昨日眠れなかったせいか、朝起きたときは時間ギリギリ、
体育のときしか運動したことがない体を走らせて駅前までやってきた。
そんな体はキリギリと悲鳴を上げている。
「まず、喫茶店で休もう。有希、大丈夫?」
こくんと何とか頷いた。
彼が消え去ってから、彼女は不思議とか何とか大騒ぎし、毎週日曜に集まって不思議探しをすることに決めた。
日曜日に学年も学校まで違う四人が集まり、不思議探しと称して町を歩く。
文芸室で本を読むだけの私の生活にアクセントができた。
朝倉さんも、私に新しい友達ができたと喜んでいた。
でも、ここに彼は居ない……

「それじゃ、お昼にまた集合ね」
爪楊枝で作られたくじは、涼宮さんと古泉くんのチームと、私と朝比奈さんのチームに分けた。
「ええっと…どこへ行きますか?」
私よりも一つ年上なはずなのに、舌足らずでちっちゃな朝比奈さんが話しかけてくる。
「最初に会ったときのこと、覚えてる?」
「最初に会ったときですか? 涼宮さんが私を無理やり文芸部室に引っ張ってきて、それから……え~っと、何でしたっけ?」
そして、この世界に起こりつつあるもう一つの異変。
彼に関する記憶が、消し去られつつある。
彼が消えてからの一週間は、まだ彼の存在を覚えていた。
しかし、時間が経つにつれて彼に関する記憶は消しゴムをかけられたように消えていった。
今集まっているメンバーでも、最初に集まったときの記憶はもうほとんど忘れている。
「長門さん? 長門さん、大丈夫ですか?」
ぼーっとしていた。慌てて朝比奈さんに返事を返す。
そして、私たちは町を歩き始める。
あてもなく……

行き着いたのは図書館、朝比奈さんもそこそこ本が好きなようで、二人で分けられたときはよく図書館にいく。
まだ貸出冊数に余裕があったはず、本棚から本を何冊か取り出す。
面白そうな本を見つけ、イスに腰を下ろして読みふける。
「……長門さん、長門さん。もうそろそろ時間ですよ」
呼びかけられていたことにハッと気づく。
本を読みはじめると周りのことがまったく気にかからなくなってしまうのは私の悪い癖だ。
「ごめんなさい……」
読みかけていた本を閉じ、借りる予定の本をまとめて立ち上がった。
涼宮さん、古泉くん、朝比奈さんは私の大切な友達だ。
「貸出ですか、じゃ、貸し出しカードを」
財布に入れっぱなしにしている貸し出しカードを取り出し……
記憶が蘇る。
「くぅっ……」
カウンターに手をつく。
今、少しの間だけ彼のことを完全に忘れていた。
気を抜くたびに、彼の記憶はどんどん私の頭から消え去ってゆく。
お願いだから、これ以上彼の記憶を持っていかないで……
「あの、大丈夫ですか?」
カウンターの向こうの司書の人が心配そうに覗き込む。
まだ、大丈夫。彼のことは、まだ私が覚えている。

ひときりの放課後。私は一人窓辺で本を読む。
お隣さんのコンピューター研究会の人に聞いても、このパソコンが勝手に起動するはずがないらしい。
ましてや、彼がこの世界から消え去るなんてことは。
コンピューター研究会に行ったときに借りてきた本。
この世界を疎み、別の世界に消えてしまった男の子。
女の子は周りの人々が男の子の記憶が薄れていく中、必死に男の子のことを想い続ける。
そして、彼のことを想い続けて一年間たったとき、彼は帰ってくる。
私も、彼のことを想い続ければ彼も帰ってくるのだろうか?
彼はきっと、彼の世界のSOS団に戻っていったのだろう。
この世界を、私が宇宙人ではないこの世界を捨てて。
私が宇宙人である言う小説の中のような世界に消えてしまった彼。
彼がこの世界に戻ってきたとき、誰も彼の事を覚えていないのは悲しすぎる。だから、

私は彼のことを、想い続ける。

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