ハルヒの唐突な思いつきによって生まれたくだらん演劇から早三ヶ月が過ぎ、正月を終え巷では寒い風も段々と自重してきているようだ。
 そう、今は春。初春の小鳥の囀りが心地よく聞こえるハイキングコースのおかげで、俺の気分も上々である。
 実はあの演劇は大きな反響を呼び、生徒の間ではよく噂されたほどの人気であった。それは長門のあのコスチュームからなのか、それとも朝比奈さんの人気からなのかは定かではない。
 俺への罵倒の声が少し胃の方へ痛みが刺さったが、俺はただただ頭を下げることしかできない。無力な自分に嫌気がさしてくるね。
 それで無論のこと、この世界の神兼時空間の歪み(以下略)は調子付いたのだ。季節が変わった今でも、その話題が出てくるほどにね。
 
――天使が出してくれる温かいお茶がいつも以上に有難く感じる、部室でのこと。
「本当に大好評だったわね! あの日から、あの興奮を忘れた日は一度もないわ。」
「それもこれも、全ては総監督様のシナリオが良かったからこそですよ。」
「嬉しいこと言ってくれるわね、古泉くん。まぁそうなんだけどねっ」
 美少女団長とハンサム副団長がニヤケながら会話している。ハルヒはいつから古泉のスマイル影響を受けたんだろうか。
 会話に入れない――入りたくないと言った方が正確か――残された俺ら三人だが、読書好き有機アンドロイドが世間的会話などするはずもなく、とりあえず俺は朝比奈さんに前から抱いていた疑問をぶつけることにした。
「朝比奈さん、いつも部室に来てますが……受験の方は大丈夫なんですか?」
「ああ、そのことなら心配ないんです。」
「まさか未来的な解決法を……?」
「いいえ、違いますよぅ。わたし、勉強の方は結構自信あるんです! 家に帰ったら毎日勉強していて…」
「いや、油断は禁物よ、みくるちゃん!」
 いつのまにか朝比奈さんの前で腰に手を当てて堂々と立っていた団長さんは、そのまま続けた。
「進学は何処なの?」
「ええっと…○○大学の方へ。」
「かなり難しい所じゃないの! 本当に大丈夫?」
 いつもここへ来させたのはお前だろうが。
「SOS団卒団者から浪人生や落第生が出たなんて噂がたったら、せっかく評判の付いたSOS団の人気はガタ落ちになるわ。」
「ふぇ……浪人だなんて……」
「おい、ハルヒ。朝比奈さんに失礼だろ。」
「……ちょっと言いすぎたかも。ん~……ま、頑張ってねみくるちゃん!」
「へ、ふぁいっ!」
 ハルヒの奴、今日は妙に素直に謝ったな。こんな珍しい日には隕石でも落ちてくるんじゃないのかね。こいつならやりかねないし。
 また厄介事に繋がらないかと心配したが、進展はないようだ。いやあ、良かった良かった。
「ならば、僕の家でお勉強会でも致しましょうか?」
 ……ニヤケ顔の口先から放たれた不意打ち攻撃――俺にとって、テポドンやどどん波級のものすんごいやつだ――を喰らう。
「それはいい考えね、古泉くん!さすがだわ。」
「勿体無いお言葉。」
「でもね、こういう時は有希の家の方が最適なのよ。ね、有希いいでしょ?」
「いい」
「じゃあ明日、有希ん家に集合ね! 何時にしようかしら…」
「おいおいちょっと待て! まずは朝比奈さんの了承を得るなどしてからだな…」
「つべこべ言うな! 全部みくるちゃんのためよ!」
「……でも、全員ですることはないだろう?そもそも受験生の勉強内容なんて俺には…」
「えぇっ、キョンくん、来ないんですかぁ?」
 俺の視界に世界三大美女さえ凌駕する天使のウルウル顔が飛び込んできた。
 やめてください朝比奈さん、俺が失神する前に。
「そんな思いやりのない奴だったなんて…サイテーね!」
「わ、分かったよ。俺も行かさせてもらう。」
 朝比奈さんのビューティフルフェイスに免じてな。
「そっ、それでいいのよ。じゃあ明日、1時に有希の家ね!解散!」
 
 
どうしてこうも都合よく明日が休日なのかという大きな疑問が脳で渦を巻いている中、下校中に俺は大きな溜息をひとつこぼした。
二年生は愚か、一年生の内容でさえよく理解できなかった俺の頭だぜ? それがなんで難解大学の入試の勉強など手伝える。
手伝えるのは、そうだなぁ……古泉とか長門くらいの頭脳じゃないといけないんじゃないか? ハルヒに入試問題が解かるかどうかも怪しいところだ。
ま、俺は部屋の片隅で根暗なダメ男の役でも演じてやるよ。今回ばかりはどうしようもない。
 
 
 明くる日の土曜日。今日はちょっぴしカジュアルに決めて、昼飯後に長門の家へと自転車を飛ばす。
 家までの道のりを特に描写する必要もなく、何事もなく長門宅マンションに到着。俺が自転車を駐輪所に止めていると、あのお方が目に入った。
「朝比奈さん、こんにちは。」
「あっ、キョンくん。こんにちは。」
 私服姿のマイエンジェルは、栗色の髪を揺らしながら微笑み、小さい歩幅でマンションに入っていく。
 長門にマンションの鍵を開けてもらい、エレベーターに乗り込み、七階のボタンを押すまでの過程を、俺は数十秒で済ませた。
「あの……今日のキョンくん……」
「はい?」
「なんだか……格好良い……ですねっ」
 これは……素直に喜んでいいんだよな。というかどうしたんだ、この朝比奈さんは。まさか偽者か?
 胸の星型ホクロでも確認してやろうかと思っていた時、朝比奈さんが紅潮しながら
「あのっ……別に、深い意味はありませんから!」と慌てて話した。心配はないようだ、この慌てっぷり様はいつもの朝比奈さんである。
 
 
ここから俺と朝比奈さんと長門とのほのぼのした時間も、古泉&ハルヒという異色のコンビ襲来も、俺の役立たず振りも、別に詳しく公表する気はない。
脳の中で少しイメージが出来たらそれで十分だ。そう、今回はこの後が大事だからさ。
 
 
 勉強:遊び で 4:6 程の割合だった今日の勉強会も終わり、団員に別れを告げたハルヒはそそくさと帰っていった。それに続く古泉は営業スマイルの如き笑顔で挨拶をし、帰宅していった。
 何事もなく終わったことに安堵しつつ自転車のペダルに足をかけたその時、今日の主役の朝比奈さんが声をかけてきた。
「あのっ……キョンくん、話があるんです。」
「どうしました? もし悩みがあるなら是非俺に頼ってください。」
「……ええ、じゃあわたしの我侭、聞いてくれますか?」
「もちろんです。」
「じゃあ、あの……わたし……」
 朝比奈さんは顔の前で人差し指を合わせもじもじしている。時折こちらを見たかと思うと、またうつむいて頬に朱の色を浮かべている。なんかデジャヴだな。
「わたしっ、キョンくんのことが禁則事項ですっ!」
「……は、はあ……?」
 俺のことが禁則事項ですと言われてもどう言い返していいか分からない。だって、そうだろう?
「それは一体どういう……」
「あ、ごめんなさい……これじゃあ、解かりません…よね。」
「ええ、残念ながら……」
「うんと、キョンくんのこと禁則事項しています……いいえ、すっごく禁則事項ですっ!」
 目の前で超美少女にこんな真剣な目で解読不能なことを連呼されたら、逆に可愛く思えてきてならない。
「そのぉ…世界で一番禁則事項です、キョンくん!」
「それはそれは、どうも」
 誰か、俺の役と変わろう。朝比奈語検定準二級(未公認でいいから)の資格持ってる奴、今すぐここに来るんだ。
「だから、わたしと付き合っ……禁則事項してください!」
「へ?今、付き合うって……」
「お、おお願いしますっ……!」
 突然、俺の脳の奥底に眠っていた記憶の糸が目覚めた。
 ああ……もう、そんな時期だったのか。
 今から約一年ほど前。今年の学校祭のそのまた前に遡った初春の日。俺が『俺』と出会ったあの日。
 『俺』は朝比奈さんと付き合っていると俺に自慢してきた。そして今、『俺』が俺になろうとしているのだ。
「わたしが卒業する日まで、お付き合……禁則事項させてくださいっ」
「も、もちろんです朝比奈さん! 俺も……好き、ですよ。」
 俺がOKするのも規定事項であり、そうでもなくとも朝比奈さんの告白を断るわけがない。断る理由を考え出すのに数年費やしてしまいそうだ。
「本当ですかぁっ!? 嬉しいっ……」
 がばっ、と抱きついてくる柔らかい体。今にも溶けてしまいそうな可愛らしい顔で俺を見上げたあと、俺の胸板に額を突きつけて僅かに震えている。
 ここまで男に『ずっと守ってみせる』と決意表明させてしまう女性もこの国にはこの方を含め指の数程も居ないだろう。
 長かった抱擁の時間の後、俺は朝比奈さんを家まで送ってやることにした。その帰り道の会話。
「キョンくん、わたしのこと、これからはみくるって呼んで欲しいの。」
「み、みくる……ですか?俺にそんな勇気は…」
「お願いっ、ね?」
「み、み、みくる……」
「もうちょっと、はっきり。」
「みくる……」
「もう一度だけ……」
「みくる。」
「ふぇ、キョン……くんっ……」
 朝比奈さん――改めみくるが今までにないような真っ赤な顔と歓喜の顔でこちらを見ては顔を伏す。ちょっと変な気持ちになってもおかしくはないような状況だった。
 すまん、これ以降の展開は禁則事項なんで、これくらいで勘弁してくれ。
 
 
俺とみくるが付き合ったというニュースはたちまち広がっていき、俺は人と会う度に冷やかされることになった。
でもまあそんなじゃれ合いも、付き合い始めて一ヶ月程経った今ではほとんど無くなっている。
 
 
 
 そして、例の時は来た。
 俺たちが付き合い始めたことによって、団長様からのサービスで『キョンみくアツアツデー』というのが設けられた。
 いつもの団活時間に、他の三人は自由時間で、俺とみくるはイチャイチャしてて良いという週に一度ある変梃りんなイベントだ。
 長門は学校の図書館、ハルヒは気まぐれに学校をうろつき、古泉は知らんが皆部室には居ないのを知っていた。今日も俺とみくるは文芸部室へと足を運ぶ。
 みくるがドアを開いた途端、足が止めて「あ、えっと……ああ。」と小声で呟き、上手く表現できない表情を浮かべている。
 どうしたんだと声をかけても返事がない。みくるの視線の方に目をやると、『俺』が居た。
 …そうか、これは『あの時』か。
「過去の俺だよな。初めましてと言うべきか?」
「あ、ああ……。」
 『俺』の顔には、どうすればよいのか、という文字が浮かんでるが、俺はあのことを伝える為に俺を呼び出す。
「ちょっとついてこい。」
 『俺』は言われるがまま部室を出たすぐの廊下までついてきた。
「大ニュースだぞ、仰天して気絶するなよ?」
 俺は1年前に、1年後の『俺』に話されたことをそのまま、記憶の限り話した。
 全てを話し終えると、『俺』は心配そうな声で聞いてきた。
「……ハッピーエンドで終える事ができる……んだろ?」
「禁則事項だ。」
「……ああ、そう。」
 くくく、『俺』をおちょくることに成功した。あの時俺が味わったウザさをこいつにも味あわせてやったのだ。自分自身に言っているのだとか、そんなの関係あるか。今の俺が満足ならそれでいい。
「朝比奈みくるを探す、それが目的だったはず。」
 ん?この声は……
「おお、1年前の長門か! ほんと変わってねえな。」
 どこか初々しい長門の頭をグシグシと弄ってやる。少しは抵抗してくれないと面白くないぜ、長門さん。
「…探さないのならわたし一人で探す。」
「いや、勿論俺も探すさ。ただコイツに捕まっちまってな。」
 俺を指差す『俺』に、俺は不機嫌な顔を『俺』に向けてやった。
「朝比奈さん、過去のあなたはこの時何処に居たか…ってのは教えてもらえませんよね?」
「屋上です。」
 『俺』は拍子抜けした様な表情を露にしてから、
「どうして屋上に? ま、まさか自殺を!?」
「自殺…というのも考えていたかもしれませんね。でも、キョンくんが止めてくれたから。それに…あの人達にもね。」
 『俺』は少し考えた風に顎に手を添えたあと、吹っ切れたように言い放った。
「じゃあ行くか、長門!」
 長門はこくり、と機械的な動きで肯定。
 みくるは『俺』に優しく微笑みかけて「頑張ってね♪」と励ましの言葉を一言。その言葉を受け取った『俺』は長門と一緒に屋上へと走っていった。
「ふふっ、朝比奈さんだって……懐かしいね。」
「そうだな……まだ幼いな、あいつも。」
「あの時のキョンくんは長門さんとキスしちゃう前かー。」
「んっ?あ、あれはだな、その……」
「ちょっとだけ長門さんに嫉妬しちゃった。」
「……みくる、あの時から俺のことを?」
「いつからかは分からないの。でも……ずっとずっと前から、かなぁ。」
 イタズラ娘の様な表情でペロッと舌を出して笑ったみくるを見て、俺は頬を赤く染めっぱなしだった。この後にも雑談やじゃれ合いをしていたがその時間もメンバーの集合が終わりを告げ、今日も俺たちは下校道を肩を並べて歩いた。
 この日常が俺にとって、普通で当たり前だった。だから俺は解からなかった。月日が流れていくうちに、その日常にも終わりが来ることを。
 

 

未来へのメッセージ 後篇へ

 


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