1.落下物

 

 早朝サイクリングは第2中継点、つまり光陽園駅前にて終わりを告げる。
実はここまでも結構な上り坂で、ハルヒを乗せて自転車を漕ぐ俺はかなり必死だ。
ハルヒは俺を馬くらいに思ってるのか、「もっと早く漕ぎなさい!」なんて命令しやがる。
それでも毎日律儀に迎えに行っている俺って何なんだろうね。

 駅前駐輪場に自転車を停め、そこからはハイキングだ。
いつも通り、ハルヒと他愛もない話をしながら坂を上る。
話題もいつも通りだ。
朝比奈さんのコスプレ衣装、週末の探索の話、SOS団の今後の活動予定、
何故宇宙人が現れないのか、未来人はタイムマシンを発明したのか、超能力ってのは具体的にどういう能力か。
そんなハルヒの話をもっぱら聞き役時々突っ込み役に徹して朝の時間を過ごす。
後半の3つの問題については、むしろ俺の方が語れることが多ってことはもちろん秘密だ。
朝比奈さんの卒業が控えているにもかかわらず、その話題は出さない。
おそらく、不安とか悲しみとかを意識的に避けているのだろう。
いつかは直面しなくてはならないんだけどな。
話はいつも文芸部室まで持ち込んで、教室に移動して朝のHRが始まるまで続く。
同じテーマの話題なのに、毎回違う話が出来るってのは一種の才能だな。
芸人にでもなればいい。俺は笑えんが。

 まあでも、そんなハルヒを眺めながら過ごす朝の時間ってのも悪くはないさ。
今日もそんないつも通りの朝だと思っていたのだが──

 とんでもないことが起こりやがった。
 学校に到着して、中庭を歩いているときだった。
正面に見えるのは隣接した中学校で、その向こうは山だ。
住宅開発もここまでだったらしい。つくづくなんて学校に通っているんだ。
その正面に見える山の上に、なにやら光る物体が見えた。
いくら早朝だからって、もう7時にもなるので外はそれなりに明るい。
星が見えるって時間帯ではない。この季節は明けの明星が見えるのか?

 何だ? 超新星爆発か!?
そう思っている間に、その物体は輝度を増し、あっという間に山の中に姿を消した。

ドォーーーーーン

 遠くの方でそんな音が響いた気がした。
突然、しかもあっという間のことにしばらく呆気にとられていた俺は、ハルヒの声で正気に戻った。

「キョン!! 今の見た!? 何なのかしら!!」
100Wの笑顔を俺に向けて聞いてくる。まだ頭が回らずにいた俺は
「わからん」としか言いようがない。
「そうよ、UFOよ!! それしかないわ!! きっと裏山に墜落したのよ!!」
ちょっと待て! UFOだって? そんなわけあるか!!
「キョンも見たでしょ! 間違いないわよ! きっと侵略者ね。運転誤って墜落したのよ!」
UFOの操縦を運転と言うのかどうかという突っ込みはおいといて、とりあえず落ち着け!
「探しに行くわよ!! こんなチャンスは滅多にないんだから!!」
「おい、学校だろ!」
「そんなのどうでもいいわよ! いいからキョンも行く!!」
俺の手を強引に引いて歩き出すハルヒを、俺は何とかとどめた。
「あんな山に行くなら鞄が邪魔だ。登山道もないんだぞ。とりあえず部室に行こう」
 果たしてあれがUFOだったのか何だったのか、俺にはさっぱり分からない。
UFOの可能性もある。いや、高い。なんせハルヒだからな。
ハルヒがそろそろ普通の毎日に飽きて何かしやがった可能性がある。
でなきゃあんな近くに落ちるか? しかも、運良く人家のないところだ。出来すぎてる。
何とか長門に連絡できないか? しかしハルヒの目の前では出来ない。
俺が思案していると、ハルヒに怒鳴られた。
「こらぁ! ボサッとしてない! 宇宙人が逃げて行くかもしれないじゃない!」
UFOだったとして、あの速度で落下して宇宙人が無事だとは思えないのだが。
「宇宙人なんだから助かる技術くらいあるでしょ! いいからサッサと行く!!」
部室に行くことだけは何とか同意してくれたハルヒは、俺のネクタイを掴むと走り出した。

 何とか鞄を部室に置くことが出来た俺たちは、裏山探検隊を結成することになった。
隊長:涼宮ハルヒ
隊員:俺
以上。
……無事に帰ることを祈っていてくれ。

「バカ言ってないで、張り切って行くわよ!!!」

 ハルヒは部室でご丁寧にも「隊長」と書いた腕章を用意すると直ぐに飛び出して行った。
せめてSOS団が揃ってからにして欲しかったよ。やれやれ。

 俺たちが見たのは『山に落ちた』という事実だけだ。
むやみに山に入って見つけられる訳もない。
歩き回っても見つからずそのうち諦めるさ、と思っていた。
いや、見つからないでくれと祈ってさえいた。

 しかし、あれだけ派手に落ちたのに誰も騒いでないのは何故だろう。
これこそ、ハルヒの力かもしれない。
自分が第一発見者じゃなきゃ気が済まないだろうからな。
 足場の悪い山道──いや、道ですらないな──を上っていく。
下草も刈っておらず、木の枝を避けながら歩くのは非常に骨が折れた。
そんな道を、ハルヒは物ともせずにずんずん進んでいく。
いつぞやの朝比奈さん(みちる)との登山とは大違いだな。
ハルヒなら、ずり落ちて俺が支えてやる何てことは逆立ちして登ったってないだろう。
いや、さすがのハルヒも逆立ちして登山なんて無理か。

「おっかしいわね。UFOが墜落したなら煙くらい上がってても良さそうなんだけど……」
そんなことをブツブツ言いながらも、ハルヒの表情は生き生きとしている。
爛々と輝かせた瞳には、全宇宙の星を内包しているかというくらいだ。
そんなハルヒの横顔を見ながら登山していると

「うわっ」

 見事に足を滑らせた。
「あんたなにやってんのよ!」
ハルヒは俺をどやしつけながらもケラケラと笑っていた。
俺の醜態を見てそんないい笑顔するなよ。
あー 制服が泥だらけだぜ、畜生。

 しかし、そんなハルヒを見ていると、さっきからの疑念が膨らんで行く。
本当にUFOなのか?
お前がやったのか? ハルヒ。

 しばらく歩いた後、ありがたいことに前半の疑念は晴れることとなった。
 目の前が少し開けた。そんなに広くはない。
その真ん中に、直径2m程のくぼみが出来ていた。木の枝が散乱している。
掘り返されたような土肌は新しい。
そして、そのくぼみの真ん中に、明らかに周りの地質とは異なる黒い石が落ちていた。
「何これ?」
不思議そうな顔をしてハルヒが呟いた。
「おそらく、隕石だ」

果たして、人間が隕石の落下を目撃し、それを発見してしまう確率ってのは一体どれくらいのもんだろう。
宝くじ1等当たるより低い気がするぞ。
UFOの墜落を見る確率よりは高いだろうが。

 俺は1つ溜息をつく。ここでいきなり第三種接近遭遇なんてことにならなくて良かった。
どっちが捕獲されるかはわからんが、下手すりゃ第四種だ。ハルヒなら捕獲しそうだな。
俺はすでに第三種接近遭遇は済ましてるけどな。
UFOは見ていないが。
宇宙人に殺されかけたのは、さて第何種と言っていいんだろうな。

 ハルヒはクレーターの真ん中に近づくと、地面に半分埋まった黒い石を眺めた。
「隕石かぁ。実は小さいUFOってことはないかしら?」
しかしどう見ても石だった。

「でもこれも凄い発見よね!
 もしかしたら石じゃなくて地球外生命体の秘密の道具か何かかもよ!」
ドラ○もんかよ、じゃなくてしまった! そっちの可能性があったか!
普通なら寝言は寝て言えと片づけられる発言も、ハルヒが言うとシャレにならん。
やはり長門に連絡を取ってみるかと考えていると、ハルヒは無防備にその石を手に取った。
「おい! むやみに触るな!」
 声をかけるのが遅かった。
ハルヒがその石を拾って立ち上がったとたん──

 その場に倒れた。

「おい! ハルヒ!! しっかりしろ!!!!」

 何があった?
いくら呼んでも目を開けない。
ハルヒを抱き起こして揺さぶってみる。
さっきまであんなに元気だったのに?
ハルヒに何が起こった?

 頼む、目を開けてくれ!

 すまん。先に気付くべきだった。
今回のことはハルヒ絡みか、さもなければ宇宙人絡みか。
何かある、とうすうす気がついていたのに、俺はハルヒを止めなかった。

「ハルヒ……!」
気がつくと、俺はハルヒを抱きしめていた。
畜生、本当に何が起こった。

 いや、落ち着け。
原因は十中八九あれだ。あの隕石。
だったら俺にはどうしようもない。助けを呼ばなくては。
ようやく長門に電話することを思い出した。
『……』
いつもの無言で出てくれた。
「もしもし! 長門! 助けてくれ!」
相変わらず無言だが、構わずに続ける。
「今学校の裏山にいる。隕石が落ちたらしくてハルヒと捜していた」
『午前7時4分、地球の重力にとらえられた落下物を確認』
「その隕石をハルヒが触ったとたんに倒れちまった。意識が戻らねぇ」
『……そちらに行って確認する。待っていて』
電話は一方的に切れた。
と思ったら、長門がいた。
「長門!? どうやって来た!?」
聞いても俺に分かる答えが返ってくるはずもないのだが、一種の瞬間移動らしい。
量子変換がどうたらと言っていた気がするが、すまん。さっぱりわからん。
本当に何でもありだな。時間も凍結出来るこいつだ、空間移動なんて朝飯前だろう。

 その長門はしばらくハルヒをじっと眺めた後、ハルヒの手にある隕石を眺めていた。
何とかその表情を読み取ろうとして、俺は不安になった。長門が1ミリほど顔をしかめた気がした。
「緊急事態」
その一言で、俺は目の前が真っ暗になった気がした。
「しっかりして」
長門の声で我に返る。
「涼宮ハルヒを学校へ。部室に行く」
いつになく緊迫した声で──と言っても俺にしか解らないだろうが──俺に言った。
「わかった」
どのみち俺に出来ることはない。

 ハルヒを背負うと歩きにくい山道をそろそろと下りていった。
今思うと長門に任せた方が早く下りられたのだが、俺はハルヒを誰かに任す気にはなれなかった。
長門は誰かに電話をしていた。おそらく古泉と朝比奈さんだろう。

 学校に着くと、校門で古泉と朝比奈さんが待っていた。
登校中の生徒も多く見られるが、気にしちゃいられない。
「直ぐに救急車とタクシーが来ます。部室ではなく病院に行きましょう」
そう言ったとたん、救急車とタクシーが現れた。どこかで待機していたのかもしれない。
ストレッチャーにハルヒを乗せ、俺も付き添いで救急車に乗り込んだ。
救急隊員は、やはりというか多丸兄弟だった。

「ハルヒ……」
手を握っても、握り返されることはない。
早く長門の説明を聞きたかったが、ハルヒの側を離れたくなかった。
おそらく古泉と朝比奈さんは、タクシーの中で状況を説明されているだろう。

 やがて救急車は見覚えのある病院に着いた。これは予想の内だった。
『機関』なら、ハルヒに対しては出来る限りのことをするだろう。
驚いたことに、ハルヒは医師の診察を受けず、直ぐに病室へと運ばれた。
「診察はしないんですか?」
側にいた多丸(兄)さんに聞くと、そういう指示だと言う。
不思議に思っていると、長門が来て言った。

「診察は無意味。涼宮ハルヒは病気ではない」 
 

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