「あーもうなんで二人ともずーっと無言なの!?」

 

ハルヒの苛立ちも虚しく俺の耳元に響くだけで、盗聴器はうんともすんとも反応してくれやしなかった。
故障のケースも一応考えてはみたのだが、遠目から見ても
長門と朝比奈さんが話している様子など微塵も見当たらなかった。
ただただハルヒの怒りのボルテージがあがるだけで、
俺は限界まで膨らんでいく風船がいつ割れちまうかひやひやするような思いで
長門にひたすらテレパシーを送り続けた。なんでもいいからなにか話題を作れ長門。
そこから少しずつ本題へ移っていけばいいのだから。
しかし、皮肉にも霊媒師でもなんでもない凡人である俺の念など届くはずもなく、
というかあいつは同じ宇宙人の電波くらいしか受信できないだろう、
どんどん距離を意味なく進んでいくだけであった。

曲がり角を曲がると、ちょうど朝比奈さんが住んでいるアパートが見える。
古くもなく、かといって新しいわけでもないいたって普通のアパート。
長門は高級マンションに住まわしてもらっているし、古泉の住んでいるところも
なかなかのところだったように思える。
わざわざ未来からこんな昔にやってきてクソ面白くもないハルヒの観察など
やらされているのだから、もう少し豪華そうな居住スペースくらい与えてやってもいいじゃないかと
思うが、もしかして朝比奈さんがいた未来は財政面が苦しかったりするのだろうか?
ってそんな未来の日本経済などどうでもいいのだ、所詮俺には関係のない話だからな。

 


いつもはそこの曲がり角を曲がるときに朝比奈さんとは別れるのだが、
今日は長門が「送る」と言っているのだから、まだ別れるまでには距離はある。
しかし送ると言ってもせいぜいアパートの手前ぐらいまでだろう。そこまで余裕があるわけではない。
予想外の長門のじれったさに俺が焦っていると、ようやく盗聴器からかすかな声が聞こえた。

 

「来たわよ!」

 

さっきまで俺にまで伝染しそうなくらい負のオーラ全開だったハルヒが、
待ち望んでいた変化の訪れにぱっと顔を輝かせる。
よくもまあそう簡単に感情を切り替えられるな。長門にも少しわけてやれよ。
そうすればもう少し地球も平和に回れるだろうよ。

 

『話がある』
『ふえっ…!?あのう…今日、ですか?』
『そう、こっち』

 

朝比奈さんの了解を得ないまま長門は腕をぐいぐいとひっぱっていく。
なかなか俺の言っている通り強引にやってくれているようだが、少しやりすぎだったかもしれないな。
朝比奈さんがふえーと素っ頓狂な声をあげて怯えている。

 


『え、えっと、あのう、わたし何か悪いことでもしちゃったんですかぁ…?』
『していない』
『え、えぇ~…じゃあ、どうして…』
『僕の個人的な話』
『長門くんの…?』
『そう』

 

話の内容が悪いことではないことに安心したのか、長門の返答を聞いて朝比奈さんは落ち着きを取り戻して大人しくなった。
しかしまだ長門の手には朝比奈さんの腕が握られたままである。
朝比奈さんは安心すると途端に鈍くなるというかぼーっとするような傾向があるようだから、
腕を握られっぱなしなことにも気付いていないようだ。正直うらやましいぞ、長門。
俺も朝比奈さんからの不可抗力の密着はあったものの、
自主的には隣で並んで歩くぐらいしかしたことがないぞ。
少し身体を近づけてみたらぱっと避けられたもんだから、手を握るなんてもってのほかだ。
ハルヒ的にはそんなことしたら死刑だしな。
そう考えると映画撮影のときの古泉は仕事感覚とはいえ抱えあげたり、
手を重ね合わせたり色々と美味しい体験をしているではないか。
きっとあの時の俺の忌々しいゲージはマックス飛び越えて地球にヒビが入ってたな、
俺が小学生のときのバイブル星のカービィスーパーデラックスでそんなミニゲームがあったが、あんな感じ。

どちらかといえば苦い部類に入る思い出を思い返しているうちに喫茶店に到着したようだ。
俺が両手で数えても指が足らないくらい奢らされている喫茶店である。
バイトもしておらず、上流家庭でもない俺はいつもこの
不定期かつ不条理な奢りによって小遣いのやりくりに悩まされている。
どうやっても五人分の会計をひねり出すには足らなすぎるからな。
おかげさまでお袋への借金はたまる一方である。とても申し訳ない。この場で謝罪しておこう。

 


長門はようやくそこで朝比奈さんの腕を解放し、店内へ入っていった。
朝比奈さんもそれに続いて入っていく。俺たちも入っていきたい気持ちは
やまやまだったのだが、喫茶店もそれほど広くはない。
もし、朝比奈さんに見つかれば、やはり少なからずは不審に思われるだろうし、
俺に助けを求めるような視線を送られたりしたら困る。
俺は朝比奈さんのあのすがるような目にめっぽう弱いのだ。
あの目には長門との約束をなんなく破れそうなくらい悩殺力が高い。俺には効果抜群なのである。
それぐらいヤバイ。そうなっては俺の人間性が疑われてしまいそうなので、
事前にそうなるのを防ごうというわけだ。
だから、今あの二人の状況を知る術はこの盗聴器にしかない。
頼むからまともに会話してくれよ、長門。

しばらくして、注文をとりにきたウエイトレスと思しき女の人の声が聞こえてくる。
なんだか聞き覚えのあるような声だが、気のせいだろうか。
少し気になって、隠れていた陰からガラス張りの窓に顔を覗かせて見てみると、
そこにはあの長門のお仲間の宇宙人、喜緑さんがいた。
そういえば、前に佐々木ご一行に半分無理矢理この喫茶店に連れてこられたときに、
ここで働いていたような気がする。別にそんなに働く必要もなさそうだが、
まだバイトは続けていたようである。

思わずぼーっと見ていると喜緑さんと目があってしまった。
幸い、ガラス窓に背向けて座っている朝比奈さんと顔をあわせることはなかったのだが、
俺は慌てて顔をひっこめて影に隠れた。ハルヒに、「一体何やってんのよ」と
睨まれたが、それを無視して盗聴器に耳をすませる。


『…あ、喜緑さん、ですよねぇ』
『前は色々とお世話になりました。さっき、そこの入口のほうに
涼宮さんたちを見かけましたけど、また何かご活動でもなさってるんですか?』
『えっ!ほんとですかあ?』

 


思わぬ喜緑さんの発言に、ギクリと心臓が飛び出しそうになり、冷や汗が出た。
隣でハルヒがあんたのせいじゃないといわんばかりに力いっぱい睨みつけてくる。
確かに俺のせいなのだが、そこは喜緑さんがスルーしてくれてもよかったのではないだろうか。
俗にいう空気読めないというやつである。なんというKY。あれ最近AYとかいう新語が出てきてるよな、
頭弱いの意味で。最近の長門にピッタリなんじゃないか?ってどうでもいいでしょそんなこと。

 

『でも、店に入ってくるような雰囲気ではなかったですから、
もうどこかへ行かれたのかもしれませんねえ』
『ふえー…そうなんですかぁ…』

 

残念そうな朝比奈さんの声が聞こえると同時に、俺の肩の力も一気に抜けた。
なんだかどっと疲れたような気がする。というか喜緑さん、確信犯だったんですか。
別に空気読めないんじゃなくて読まないんだな。カマドウマのときもよくわからない人だなと思ったが、
ただひとついえることは彼女の腹の中は真っ黒だということだ。

 

『それはそうと、お二人とも実は付き合っていらしたんですね』

 

俺がもし店内で飲み物をすすっていたとしたら多分全部外に噴出していただろう。
いきなり何を言い出すんですか喜緑さん。一応長門のお仲間なんだから、
長門が性転換をしたことももしかしたら知っているのかもしれないし、
一歩譲って知っていないにしても、長門と朝比奈さんが付き合っていないことなんて確実に知っているだろう。
つくづく人をいじるのが大好きな宇宙人なんだろうなあ、きっと。

 


『えっ!ち・・ちが、違いますよっ!』
『あら、そうなんですか?あまりにもお似合いでしたから、遠目に見ていててっきりそうだとばかり』
『そのうちそのような関係になる予定』
『ふえ?何か言いました?長門くん』
『なにも』

 

相変わらず長門はギリギリのジョークをかましやがるな。
朝比奈さんも本当に聞こえなかったのかはたまた聞こえないふりをしていたのか。
うふふ、という喜緑さんの本当に楽しげな声が去っていったあと、注文した飲み物が来たようだ。
からから、というストローで氷をかき混ぜるような音が微かに聞こえる。

 

『それで…話ってなんなんですか…?』
『あなたは男女が行う恋愛に関してどのように思うか』

 

ストレートだな、オイ。
さきほどの喜緑さんの件もあってか、朝比奈さんはえっ、と少し驚いたような声をあげる。

 

『えと…その…わたしは、自由には出来ない身ですけど、
お互いが好き合ってる時点で恋愛っていうのは成立してると思うんです。
付き合うとか付き合わないとか、そういう言葉の問題はまた違う気がして…
うぅ~ん、うまくいえないんですけど、別に気持ちを声に出して伝える必要ってないのかなって
なんだかこういうのって難しいですよねぇ、…あっ!もしかして長門くん好きな子とかできたんですかぁ?』
『え』
『同級生の子とかですか?下級生ってあんまり顔を合わさないから知らない子ばっかりですけど、
そういうのだったら応援します!早く言ってくれればよかったです~』

 


まるでにこにこという音まで聞こえそうなくらい朝比奈さんが明るくなる。
いやいやいや。あながち間違っちゃいないがその相手っていうのが朝比奈さん、あなたなんですよ。
そんなことも露知らず長門に朝比奈さんはその相手がどんな人なのかを興味津々で問いかける。
長門の声がまったく聞こえてこないから、とりあえずなんでも首を振ってごまかしておいたのだろう。

 

『そろそろ出たほうがいいかもしれない』
『あ、もうこんな時間なんですねぇ、なんだかむしろあたしが付き合わせちゃったみたいで悪いです』
『悪くない』

 

お、とうとうBコースへ移行するようだ。ちょっとここまでくるのにマンネリすぎたから、
なんらかの大きなアクションが起こるといい。とりあえずチンピラ担当の古泉に一応確認の電話をとっておこう。
携帯で電話帳を探しだし、コールボタンを押す。………おや、出ないな。こいつなら2コールあたりで出るのだが。
そうして切ろうと思った瞬間、電話がつながるような音が聞こえた。

 

「はぁはぁ…、すみません、少し立て込んでて」
「どうしたんだ息切れまでして。大丈夫なのか?」
「いえ、それほどお気になさらず。それで、Bコースですか?」
「ああ」
「ちゃんと役者もバッチリ用意しましたよ。今から向かわせます」
「すまんな、なんか色々頼んじまって」
「ええ、何も遠慮なさらないでください。ではまた、後ほど」

 

ピッと電話が切れた。通話時間約45秒。古泉にしては簡潔な電話だ。
いつもの多弁なあいつの喋りに慣れているせいか、なんだか物足りないような気がするな。

 

*

 

「はあ、そろそろ向こうへ向かわないといけないそうです。新川さん、残念ですがアレはお預けですね」
「その件なら仕方がないでしょう」
「ですよね。けど、あれは卑怯です新川さん。復帰中にPKファイヤーでハメて、
空中↓Aで落とすのは無しっていう取り決めしたじゃないですか」
「そうでしたか?」「そうですよ」

 

床になげだされた任天堂64。ささっているカートリッジは大乱闘スマッシュブラザーズ。
改めて個人ルールを厳しく取り決めあう新川と古泉。
森はその光景あっけからんとした表情で見つめていた。

 

「でも結局森さんのピカチュウには負けるんですよね」
「私たちがタッグを組んでも負けますからね」
「森さん今度からピカチュウ以外のを使ってくださいね。実力っていうのは開きすぎていると面白みに欠けますから」

 

「早く行きますよ新川、古泉。それとピカチュウ以外っていうのは断じて受け入れません」

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最終更新:2007年10月22日 21:19