「――伏せてっ!」
 最初に叫んだのはハルヒだった。しかし、教室にいる誰もその意味を悟ることができず、それに従ったのは俺だけだった。
 次の瞬間、教室の窓ガラスが吹き飛び、多数の赤い光球が教室中に撃ち込まれる。悲鳴すら上げる暇もなく、
呆然と突如教室目の前に現れたヘリに呆然としていたクラスメイトたちにそれが浴びせられた。
 しかし、俺は床に伏せたままそれを避けるべくダンゴムシのように縮まっていたため、その先教室内がどうなったのか、
激しい判別しようのない轟音と熱気の篭もった爆風でしか俺は知ることができなかった。時折、鉄を砕いたような臭いが
鼻から肺や胃に流れ込み、猛烈な嘔吐感を誘ってくる。
「キョン!」
 誰かが俺の襟首をつかみ、俺の身体を引きずり始めた。俺は轟音の中、何がどうなっているのか確認しようと
目を開けようとして、
「目は閉じて! いい!? 絶対に開けるんじゃないわよ!」
 耳元に届いたのはハルヒの声だった。どうやら俺を引きずっているのはこいつらしい。目をつむった状態だったが、
今俺が引きずられている方向を推測すると、どうやら教室の外に出るつもりのようだ。
「何だ、どうなんているんだハルヒ! 教えてくれ!」
「良いから黙ってなさい! 教室から出るのが先決よ!」
 ぴしゃりとハルヒの声が飛ぶ。
 ほどなくして教室外に引っ張り出されたのか、手を付けている床のさわり心地が変わったのを感じた。
 この時、俺のすぐそばを何かが高速で飛び去ったのに驚き、思わず軽く目を開けて――
「…………っ!」
 またすぐに閉じた。一瞬見えたのは、ガラスを失った窓ガラス、そして教室の床が赤く染まりその上には、
机や椅子の破片が散らばっていた。だが、その中には見たこともない物体も多数混じっていて……
 戻す寸前だった。その正体不明の物体がなんなのか悟ったとたん、俺の胃が溶けてなくなりそうになる。
一瞬だったというのに、まるで根性焼きか入れ墨を脳に刻まれたように、はっきりと鮮明な一枚の惨劇の写真が
ずっと目を閉じても視界に焼き付き続けた。
 俺はたまらず教室の方ではない方向へ顔を背けて目を開ける。別の視覚情報を脳内に新規導入しなければ、
ずっとスプラッタ映像が俺の目を支配し続けるからだ。
 目を開けた先には、ハルヒのドアップがあった。それも全身血まみれで、セーラー服も半分近く血で赤く染め上げられている。
そして、すぐに俺の顔をつかむと、
「いい!? 誰だかわからないけど恐らく狙いはあたし、あるいはあんた! このままだと生徒を巻き込むだけだから、
とっととここから逃げるわよ!」
「あ、ああ……いや、あ、なんだ、そうなのか……そうなんだ。いや! それよりお前その血は……!」
「あたしのじゃない! 巻き添えになった人のものよ! あたしは何ともない――そんなことより早く移動しないと
攻撃が続けられるだけだわ!」
 ハルヒは一方的に話を進めると、俺の手を取って走り始めた。一目散に教室から離れるように走り始める。
 そうか。
 今俺たちは襲われたんだ。
 前に朝倉の襲撃を受けたのと同じように、誰かが俺かハルヒの命を狙って。
 そして、その牙は俺たちだけでは収まらず、周囲にいたクラスメイトたち全てを飲み込んだ。
 …………
 なんてこった。昨日の古泉・朝倉のカミングアウトからハルヒの好印象まで良い感じに進んでいると思った矢先に、
信じたくないような大惨劇が起きた。俺が狙われるのなら、正直まだ救われたかも知れない。すでに経験済みだしな。
だが今回は違う。宇宙人の変態パワーによる襲撃ではなく、現代的な手法による無差別攻撃。これがショックでない奴がいるなら、
今すぐお前に全責任を押しつけてやるから出てきてくれ。
 ふと俺は――何となく身を引かれるような視線を感じて、振り返った。そこには、教室の出入り口からこちらをのぞき込むように
見ている朝倉の姿があった。しかも、あのいつもの微笑みまで浮かべてやがる。
 あの野郎。無事ならどうして助けてくれなかったんだ。あいつの力ならあんな攻撃楽々受け止められただろう。
 いや、それは違う。長門があの15000回以上繰り返された夏の日をなぜ止めなかったのかその理由を思い出せ。
情報統合思念体――その配下にいるインターフェースの役割はハルヒの観察だ。朝倉暴走のように情報統合思念体身内の問題なら
何らかの対処を取るかも知れないが、今俺たちを襲ってきたのはどうみてもただの人間が使う攻撃ヘリである。
だったら連中は手を出さないだろう。ただの人間同士の殺し合いだと判断して。
 ふと、隣の六組の前を通りかかったとき、出入り口から中が見えた。そこでは攻撃こそ受けていないが、
目の前を飛び交っている一機の攻撃ヘリの前に悲鳴を上げて右往左往する生徒たちの中で、ぽつんと読書を続ける長門の姿が。
 俺は必死に心の中で叫ぶ。助けてくれ長門。お前は誰の好きにもさせないと言ってくれたじゃないか。
だから、せめて俺とハルヒ以外の無関係な人を守ってやってくれ――
 しかし、その思いは届くことなく六組の中にも苛烈な銃弾が撃ち込まれ始めた。飛び散る壁や窓ガラスの破片に
俺はただひたすら目を閉じて現実逃避に努めることしかできない。
「降りるわよ!」
 俺は激しい脱力感の中、階段を下りていくハルヒの手に引かれて走ることしかできなかった。
 
◇◇◇◇
 
 しばらく校舎内を走り回ったあと、俺たちは一階の校舎の隅に一旦身を隠すことにした。いい加減、俺とハルヒの息も
上がりつつあったからだ。
「一体っ……なんだってんだっ……!」
「知らないわよ、そんなことっ!」
 俺はひどく動揺していた。一方のハルヒも状況がつかめないせいか、強い苛立ちを見せている。
 さっきの攻撃ヘリは俺たちの姿を見失ったのか、学校周辺を飛び回っているだけで攻撃は控えているみたいだった。
四方八方からあのヘリのローターから発せられるバタバタ音だけが校舎の廊下に響き渡っている。
 学校内は収拾のつかない混乱状態になっていた。正気を失って逃げまどう生徒、負傷しておぼつかない足で歩く生徒、
動かなくなった生徒を抱きかかえて助けて!と叫ぶ生徒……。中には校舎外に逃げ出そうとする生徒たちもいたが、
攻撃ヘリがそれを阻止するように飛び回っているせいか、誰も外へ逃げ出せていない。見通しの良い場所に
ホイホイと出てしまえば狙い撃ちされてしまうかも知れないという恐れがある以上、うかつに出れないのだ。
 俺はふと思いつく。ハルヒの能力なら、あの殺人ヘリをなんとかできるんじゃないかと。
 だが、それを口にする前にハルヒは苦渋に満ちた表情で壁に拳を叩きつけた。まるで、俺の心の中を読んで、
できるならとっくにやっていると言いたげに。
 そうだ。ここでハルヒが反撃なんかできるわけないんだ。この学校には沢山のインターフェースや機関のエージェントが
潜んでいる。万一、ハルヒが自らの力を使ってあの殺人ヘリと戦えば、即座にハルヒは自分の能力を自覚していると
ばれてしまうだろう。そうなれば、機関はどう動くかは不明だが、情報統合思念体は即刻全人類ごと抹殺してしまう。
それでは本末転倒だ。
 ハルヒの強い苛立ちは、できるのにそれを行えない矛盾の袋小路に対してのものなんだろう。ちっ、となると、
長門や朝倉は助けてくれない、ハルヒは動きを封じられたも同然になるから、一体誰に助けを求めれば良いんだ……
 って、一つしかいねぇじゃねーか。この事態を未然に防ぐべき組織がある。機関だ。それを怠って古泉たちは
一体何をやっている!?
 俺はすぐに携帯電話を取り出し、古泉にかけてみる。しかし、コールはするもののいつまで経ってもつながる気配はない。
こんな時に何やってんだ。いや、ひょっとして最初の攻撃に巻き込まれたんじゃないだろうな?
 何度もかけてみるが、やはりつながらず。どうすりゃいいんだよ。
 と、ハルヒが何かに気が付いたのは突然走り出した。あわてて俺もそれ続く。
 ちょうど校舎の真ん中当たりでハルヒは立ち止まり、もう一つの校舎の前でホバリングを続けている攻撃ヘリを見つめた。
それはしばらくそのまま停止を続けていたが――
「やめてっ!」
 ハルヒの悲痛な叫びが俺の耳を貫く。その瞬間、ヘリの両サイドからミサイルのような物が発射されて、
もう一つの校舎の二階にある教室に撃ち込まれた。
 強烈な爆音・爆風で俺たちのいた廊下の窓ガラスも一気に割れて飛び散り、俺たちの身体にバラバラと降り注ぐ。
 襲撃者は俺たちがいない場所、つまり無関係な人間のいる場所に向かって攻撃を加えたのだ。
あまりに残酷で冷酷な敵のやり方に、俺は怒りよりも恐怖を感じる。
 と、ここで俺の携帯に着信が入った。発信者は――古泉一樹となっている。
 俺は即座に通話ボタンを入れ、向こうの言葉も聞かずに状況の説明を求めた。
「一体全体どうなってやがる! 襲ってきたのは何だ!? お前ら今まで何をやってきたんだよ! とっとと何とかしてくれ!
このままじゃ、被害や犠牲者が増える一方だぞ!」
 こっちの一方的な物言いに、古泉はしばらく黙って聞いているだけだったが、やがて、
『とにかく落ち着いてください。焦る気持ちもわかりますが、それでは有効な対策も取れません』
「落ち着けだって――うおっ!」
 今度は俺たちのいる校舎三階に向けてミサイルが発射された。上階で発生した爆発の衝撃で、校舎全体が地震に
襲われたようにぐらぐらと激しく揺れる。
 ええい、確かに焦っても攻撃が続くばかりか。
「どうすりゃいい!?」
『今、機関の方で対処を行っています。時期にあなたたちを襲っている者たちの排除に移る予定です。
あなたたちはしばらく見つからないように隠れていてください』
「そんなこと言っても、奴らは無差別攻撃を始めているんだぞ! 悠長なことを言っている場合じゃないんだ!」
『わかっています! しかし、それしか方法が――』
「キョン」
 俺と古泉の会話に割り込む声。見れば、ハルヒがうつむいたまま肩を振わせていた。そして、俺が聞くべきかどうか
迷っていることについて古泉に確認するように指示を出す。
『何かありましたか? 問題があれば言ってください』
 どうやら古泉にはハルヒの声は聞こえなかったらしい。何かあったのかと珍しく焦りの声をこちらにかけてきている。
 俺は躊躇していた。
 ハルヒが聞けと言うことは確かに確認しておかなければならないことだ。
 だが……もし予想通りだったら。
 その時、ハルヒはどう思うだろう。そして、それはどうすればいいのだろうか。
 …………
 また一発のミサイルがどこかに着弾したらしい。激しく校舎が揺さぶられた。ええい、迷っている場合ではない。
 俺は意を決してその確認を行う。
「古泉。一つ確認したい」
『なんでしょうか?』
「襲ってきたのは機関の人間か?」
 その指摘に古泉はしばらく黙ったままだったが、やがてこう言った。短く、か細い声で。
『……そうです。機関の強硬派によるものです』
 古泉から言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。機関――ハルヒが作り上げたに等しい組織がこんな無差別殺戮を行っている。
そして、それをそそのかしたのは俺だ。なら――この惨劇の責任は俺にあることになる。
 ハルヒは耳では聞き取れないはずだから、何らかの超パワーで俺と古泉の通話を聞き取っていたのだろう。
機関強硬派によるものだとわかったと同時に走り出し、階段を駆け上がる。
「待てハルヒ! 待ってくれ!」
 俺はすがるようにそれを追った。ハルヒがやろうとしていることはすぐにわかった。襲ってきた奴らを排除すること。
もちろん、それは自分が力を持っていることを情報統合思念体や機関に後悔することと同義であるから、
つまりはハルヒは機関――超能力者を作ることに見切りを付けたってことだ。
 ――排除後に、ハルヒはこの世界をリセットする。
 走りながら必死に俺は考えた。
 何だ。
 何を間違えたんだ。
 確かに俺の世界とは多くの点で異なることがあった。
 だが、それでも朝倉が暴走する可能性はあっても、機関強硬派がこんな行動に打って出る理由は何だ?
 ……それとも、俺の世界でもこういった事例はあってただ表面化していなかっただけなのか。
 そんなわけねえ。
 そんな分け合ってたまるか!
 だってそうだろ? 強硬派が望むように、ハルヒに強い衝撃を与えようとするならいつでもできたはずだ。
 そのチャンスは多々にあった。
 それが実行されなかったと言うことは、俺のいた世界と今ここの世界では大きく何かが異なっているはずだ。
 何だ?
 それは……なんなんだ?
 
 俺は結局ハルヒに追いつくことができず、そのまま校舎屋上に飛び出した。すでにハルヒは屋上の中心で空を見上げている。
さあ自分はここだと言っているように。
 すぐに俺もハルヒの元に近づこうとするが、その前にハルヒの真正面にあの殺戮ヘリが現れる。
ローターから激しく発生する風に煽られ、俺の足は止められた。
 だが、ハルヒはセーラー服と髪は激しくなびくものの、全くそれに動じていない。
 やがてあの多数の生徒を殺戮した回転式の機関砲がハルヒに向けられる。ちょうどハルヒは俺に背を向ける格好になっているため
どんな表情をしているのか見えない。
 もうすぐハルヒは何かの力でこの攻撃ヘリと戦うのだろう。止めるしかないのだ。
 どんなハリウッド的アクションが展開されるのかと思っていたが、予想に反して戦いは静かに進行した。
攻撃ヘリはハルヒに回転式機関砲を向けたまま微動だにせず、ただ浮かんでいるだけ。
 ――いや違う。ハルヒは指一つ動かす気配がなかったが、攻撃ヘリの方が勝手に異音を発し始めていた。
それもエンジン音がおかしいとかではなく、金属が軋んでいくような脳髄をくすぐる嫌な音を鳴らしている。
 やがて攻撃ヘリはブラックホールに吸い込まれていくように、次第に機体がつぶれ始めた。
めりめりと嫌な音とともに圧縮されていき、破片一つ飛ばすことなく、火花一つ飛ばすことなく小さくなっていく。
 そのまま圧縮が続き、最後には野球のボール程度の球体までになってしまった。そこでハルヒはようやく腕を動かす。
すっと横に振った手を合図に、圧縮された攻撃ヘリは散り一つなく拡散するように消失した。
 …………
 さっきまで俺を覆っていたヘリの轟音が完全に消え失せ、辺りには校舎から聞こえてくる生徒たちの悲鳴・怒号が支配する。
遠くからは警察か消防かわからないが、けたたましいサイレンが鳴り響き、こちらに近づいてきていた。
 終わった。何もかもが。
 ハルヒはすっとうつむき加減のまま、俺のそばを通り校舎の中に戻っていく。
 ちょうどその際にこう言い残して。
「……昨日言ったことは全部撤回するわ。あたしはこんなことをする連中を作りたくないし、一緒にいたくもないから。
この世界はここで終わりよ。情報統合思念体が動く前に、リセットの準備に入るわ」
 
 ちくしょう――何でこんな事になったんだよ……!
 
◇◇◇◇
 
「一体これはどういう事なのか説明しろ。お前のわかりにくいたとえ話は全て却下だ。簡潔にわかりやすくに言え。
でなきゃ、俺がどんな行動を取るか保証しねぇ。今は頭の血管がぶち切れる寸前なんだからな」
 この惨劇後、校庭の隅で呆然としていた俺の前に現れた古泉に、俺は食って掛かっていた。
こんな状況でもいつものあのニヤケスマイルを浮かべて現れたら、即刻ぶん殴っていたが、さすがに事態は深刻らしく
表情は硬いままだったので握った拳はそのままにしておいてやる。お前の返答次第でどう動くがわからんがな。
 校舎の状況は最悪だった。目で確認は俺自身が拒否しているため、喧噪の中で流れてきた話を拾った限りじゃ、
死傷者は百人単位に上っているらしく、特に俺の五組は生存している人間がほとんどいない惨状だそうだ。
朝倉は無事だったのを確認しているから全員死亡ではないだろうが、谷口や国木田もダメと見て良いだろう。
 現在では警察や消防がひっきりなしに動き回り、状況把握に努めている。負傷者は多すぎるため重傷者のみ救急車で
運び出し、まだ何とかなる人間は校庭にテントを張って治療を行っている。
 まさに地獄絵図だった。
 あの後、ハルヒはどこかに姿を消してしまい、俺は何もできない無力感に浸りつつ校庭への避難誘導に従って
校庭に出てきていた。そこへ古泉の野郎が現れたって訳だ。
 俺に胸ぐらをつかみ上げられたまま、古泉はしばらく黙っていたが、
「今回の件については申し訳ないとしかいいようがありません。強硬派の存在は機関内部では周知の事実でしたが、
このような行動を取るとは予想もしていませんでした」
「甘すぎるだろ! 危険な目的を持っているならもっと早い段階で手を打っておけばいいじゃないか!」
「状況は複雑にして微妙なんです。例えそう言った目的を持っていたとしても、うかつに動けません。
なぜなら、僕たち機関の他に情報統合思念体――TFEI端末の主流派も涼宮さんに対して観察という意味で
傍観を決め込んでいるからです。機関強硬派が例え目的を果たそうと行動を起こすと言うことは
情報統合思念体主流派と敵対の道を歩むということでもあります。そうなれば、強硬派はただでは済みません。
彼らの能力は僕らの存在などいともあっさり消せます。涼宮さんの観察の支障となると判断されればあっさりと抹消されて
終わりでしょう。そう言った考えで、強硬派もうかつに手を出すことはないと判断していました」
 そうか。だから俺の世界では機関の危ない連中は手を出してこなかったってわけか。だが、ここではいともあっさり
ハルヒにちょっかいを出してきた。何だ? 何が違っている?
 俺はしばらく考え込んでいたが、途中で別の事に気が付く。
「待てよ。ならお前らの危険思想を持った連中が動いたって事は、情報統合思念体――朝倉たちと敵対する道を
選んだってことでいいんだよな? だが、何の保証もなく動くってのはおかしくねぇか? 何か動くきっかけがあるはずだ」
「それなんですが……」
 ここで古泉は俺が冷静になりつつあると判断したのか、俺の手をふりほどき制服を整える。
 そして続ける。
「まだ結論は出ていませんが、どうも情報統合思念体の一部と結託したようなんです。きっかけはわかりませんが、
何らかの情報を得て機関強硬派は動かざるを得なくなった。その理由についてはまだわかっていません。
現在、情報を精査中です」
 古泉の淡々とした説明に、俺はどっと疲れを感じて地面に座り込む。校庭の方が騒がしくなったのを見ると、
どうやら保護者たちが次々と駆けつけ始めたようだ。怒号・叫び・悲鳴……この世の負の感情が怨念のように校庭を支配する。
俺の家族にはさっき無事を知らせる電話を入れているのでこれ以上の心配をかけてはいないが。
 古泉は俺に視線を合わせるようにしゃがみ、
「僕が言うのもなんですが、起こってしまったことについてとやかく議論をしている余裕がない事態です。
今回の一件で機関も対応しなければならないことが発生していますので」
「ああ、とっとと危険人物どもを牢屋にでも放り込んでおいてくれ」
「それはとっくに完了済みですよ。それ以外のことです」
「……なんだと?」
 嫌な予感がする。事後対処が終わっていて、次にやることと言えば……やはりハルヒのことか?
 古泉は続ける。
「今回の襲撃では、TFEI端末、機関ともにその対応が行えませんでした――おっと、TFEI端末はもともと介入する気は
なかったようですが。それはさておき、そんな状況でありながら誰かが機関強硬派の襲撃を撃退しています。
あなたは何か知りませんか?」
「…………」
 俺は答えるべきかどうか迷ってしまう。ハルヒはもうリセットをかけるべく準備を開始すると言っていた。
なら今ここでばらしてもどっちみちかわらないだろう。だが、何の違いで今回の惨劇が発生したのかわからない状態で
うかつな行動を取って取り返しの付かないことになったら……
 結局俺は首を振って、
「逃げるので精一杯だったから、よくわからん。気が付いたらいなくなっていた」
「そう……ですか」
 古泉の表情はなぜか残念そうに見えた。まるでどうして本当のことを言ってくれないのかと言いたげなように。
言った方が良かったのか? それとも何かたくらんでいるのか。
 俺はたまらず聞き返す。
「なんなんだ、一体。言いたいことのがあるならはっきりと言ってくれ」
「……涼宮さんのことですよ」
 やっぱりそうか。
「あの状況下で、事故以外に強硬派を撃退する能力を有しているのは涼宮さん以外にいません。
そうなると、彼女が突然追いつめられた状況にショックを受け自分の力を自覚してしまったか、あるいは――」
 ――古泉は憂鬱そうに目を細め、
「元から涼宮さんは自分の力を認識していたということですね」
 ちっ、やっぱりそう言う結論になるわな。そうなると、すでに情報統合思念体も同じ認識を持っていて――うん?
だったらとっくに地球ごと抹殺されていてもおかしくないか? あるいはハルヒがリセットするか。
 俺は念のために追求しておくことにする。
「万一だ、ハルヒが力を認識するなり、元からそうだったりした場合、何の不都合が発生するんだ?
おっと昨日朝倉と一緒に聞かされた話は一応理解しているつもりだ。それをふまえた上でお前らがどう動くかってことを
確認しておきたいんだが」
「その点についてですが、はっきり言って機関の方ではこのままでも一向に構いません。実際に涼宮さんが力を認識しても、
不都合のない今まで通りの世界が続いてくれればいいんですから」
「なら別に問題ないだろ」
「ですが、情報統合思念体――TFEI端末から得られた情報によれば、彼らはそれでは困るようですね。
何らかの動きを見せるようですが、僕のような末端の人間まではその内容について聞かされていません」
 動きってのは、ハルヒごとこの星を吹っ飛ばすことだろうな。だが、なぜ実行に移していないのだろうか。
 古泉は続ける。
「同僚からの情報によれば、どうやらその情報統合思念体の動きは機関にとって大変都合の悪いことのようでして。
僕にもその件について非常招集がかかっています」
 そりゃ地球ごと抹殺しますよと言われればとんでもない騒ぎになるのは確実だからな。
 古泉はすっと立ち上がると、
「では、僕は機関の方に行かなければならないので」
 そう言って俺の元を立ち去ろうとする。
「ちょっと待て!」
 と、俺は思わず古泉を呼び止めてしまう。どうしても言っておきたいことがある。
 古泉はなんでしょうかと振り返った。
「なあ古泉。頼みがある」
「言ってください」
 俺は立ち上がり、古泉の目をじっと見て、
「……ハルヒを見捨てないでくれ。頼む」
 俺の言葉に、古泉はさわやかなスマイルを浮かべるだけだった。
 
◇◇◇◇
 
「ちょっといいかな?」
 古泉と入れ替えにやってきたのは朝倉だった。俺は思わず身構えてしまった。この状況で襲われればひとたまりもないからな。
 だが、朝倉はいつもの柔らかな笑みのまま、
「そんなに警戒しなくても良いよ。あなたに何かしようとは思っていないから」
「だが、ハルヒが力を自覚した、あるいは元々自覚していたかも知れないということが不都合なんだろ?」
「それはそうなんだけどね……」
 ちょっと困ったようなような表情になる朝倉。
 だが、次にその口から飛び出たのは予想外――いや、俺の脳みその血管をぶち切るのに十分な言葉だった。
「元々涼宮さんが認識している可能性は、情報統合思念体内部でも検討されていた事よ。でも、大勢を占める主流派は
そんなことを一々確認する必要はないとして放置という選択を取っていたのよね。これに関しては他の勢力も大差ないわ。
でね、かといってそのままだと何も起こらずなぁんにも観測できないのよ。そんなのつまらないと思わない?
あたしたちの目的は涼宮さんの情報創造能力を観測すること。ただ見ているだけじゃ何も変わらない。
だからね、上の人たちなんて無視して動くことにしたのよ」
 あの時――ナイフで朝倉に斬りつけられたときの記憶が俺の脳裏に蘇る。あの時もそんなことを言っていた……まずい。
今すぐ走って逃げ出すべきか?
 朝倉はこっちの動揺もお構いなしに続ける。
「でも残念なことに情報統合思念体の主流派はそれを許さない。そこであたし考えたのよ。昨日、機関っていう組織も
一枚岩ではないってことを言っていたじゃない。だから、その人たちに代わりに涼宮さんを襲ってもらうことにしたの」
 唐突すぎる告白。俺の視界が真っ赤に染まるんじゃないかと思うほどに、頭に血が上る。
「お前が……お前がこの事態を引き起こしたってのか?」
「そうよ。でも彼らも独自の目的を持っていたのよね。あたしはあなたを殺すようにけしかけたつもりだったんだけど、
直接涼宮さんを襲うとは思っていなかったわ。そんなことをしたら涼宮さんが力を自覚しちゃうじゃない。
そうなったら観測できなくなっちゃう。まさに本末転倒よね。全く勝手なことをしてくれたおかげで大迷惑よ」
 朝倉はいつもの笑みを崩さない。
 この野郎。昨日偶然聞きつけた機関強硬派を利用することにしたってのか。主流派の目をごまかすために。
またそれなら長門も行動できないと考えたのだろう。
 この惨劇の元凶は、昨日のたった一度の会話が原因。まさか、あれだけでここまで事態が変化するなんて思ってもいなかった。
結局は朝倉の暴走なんだが、それによって思わぬ副産物を朝倉――情報統合思念体は得てしまったことが最大の問題だ。
「今回の一件で涼宮さんは確実に自分の能力について自覚したわ。敵を倒したのは他ならぬ彼女だもの。
この時点で情報統合思念体の観測作業は終了して、強制措置に入る。これは情報統合思念体全てにおける共通意識」
「その強制措置ってのを教えてもらおうか」
 知ってはいるが、念のために確認してみる。朝倉は表情一つ変えず、
「この惑星全ての知的有機生命体の排除。涼宮さんを含めてね」
 やっぱりそうか。だが、なぜ俺にこんな話をしてくるんだ? とっとと実行すりゃいいだろ。
 そこでさっき古泉が言っていたことを思い出す。情報統合思念体の動きは機関にとって不都合なことであると。
「あ、気が付いたかな? そう、機関がどうも情報統合思念体主流派と接触して交渉しているみたいなのよ。
彼らにとって抹殺措置は避けたいみたいだから。わたしには有機生命体の死の概念がよくわからないから、
何でそんなに必死になっているのか理解できないけどね」
「お前らと違って、俺たちは死んだら終わりなんだよ。情報なんたらで無敵の存在であるお前らとは違ってな」
 俺は悪態を付く一方で希望が胸に渦巻き始める。機関の主流派はまだ諦めていない。何とかハルヒを守ろうとしているんだ。
きっとそうに違いない。ハルヒを守ることが自分たちの命を守ることにつながるって事だからな。
 ふと、ここまで来て思う。朝倉は何でこんな話を俺にしているんだ?
 この問いかけに、朝倉はぐっと俺に顔を近づけてきて、
「実はちょっとあなたに興味があったのよ。いろいろ調べてみたんだけど、あなたはただの有機生命体に過ぎない。
でも、涼宮さんという特別な存在に見初められている。それはなぜ? どうせこれが最期になるだろうから
確認しておきたかったの」
「知らねえよ。俺は俺だとしか言いようがない」
 実は異世界人だとは言わなかった。情報統合思念体が地球ごと破滅させるかどうかは、まだわからなくなってきたからな。
切り札になるかもわからないが、余計な不確定要素を作るべきではない。
 と、朝倉は俺から離れ、
「そっか。残念。実はあなたが涼宮さんに何かの力を与える存在かも知れないとちょっと期待したんだけどな」
「あいにく俺はミジンコ並みに普通なんでね。残念だったな」
 ここで朝倉は何かの情報をキャッチしたような顔を浮かべ、
「あ、どうやら交渉がまとまったみたい。わたしに任務終了の通達が来たわ」
 そう言うのと同時に、朝倉の身体が以前長門がやった情報連結解除と同じようにさらさらと消滅していく。
 俺はせめてこれからどうなるのか確認しておきたかったので、
「おい! これからどうなるのか、冥土のみやげかどうかは知らんが教えてくれても良いだろ!?」
「もうすぐわかるわよ。もうすぐね♪」
 朝倉はいつもの笑みのまま消えていってしまった。
 ちっ、これ以上の情報を得るのは無理だったか。しかし、機関が情報統合思念体にストップをかけているという事実は
かなり大きな収穫だ。
 俺はすぐに携帯電話を取り出し、ハルヒへつなぐ。
 
 ……ハルヒ。まだ機関に絶望するのは早いぞ。古泉たちは思った以上にやってくれるかも知れないんだ。
 
◇◇◇◇
 
 ハルヒは旧館の一つの部室から呆然と外の様子を眺めていた。
 外はマスコミも駆けつけてきたのか、報道のヘリを含めてますます喧噪に包まれている。
 俺は携帯でここにいることを知らされ、ここにやって来た。もちろん、ハルヒにリセット中止――最悪でも様子見に
してくれというために。
「で、そんなにあわててどうしたってのよ」
「中止しろ!」
「は?」
 息が切れているせいで端的な発言しかできん。とにかく何でも良いから止めさせないと。
 俺はぐっとハルヒの肩をつかみ、顔を寄せて、
「リセットだ! もうちょっと待ってくれ!」
「……理由は?」
 半目でうさんくさそうなハルヒの表情だったが、俺は構わず続ける。
「朝倉と接触した。どうやら、情報統合思念体と機関が何かの交渉を行っているみたいなんだよ!
旨くすれば、お前が力を自覚していることがばれてもどうにかなるかもしれないぞ!」
「だから、この惨状を受け入れろって言うわけ?」
 ハルヒがばっと窓から校舎の惨状を示すように指を向けた。そこには未だ回収されない動かない生徒の姿や
血まみれの廊下・教室、粉砕された校舎の一部……爆撃を受けた後の状態の学校が広がっている。
 俺は手を振りながら、
「それはわかっている。こんな状態で放っておけるわけがないからな。だが、せめて機関が情報統合思念体にどういう影響を
与えるのか、その確認をした後でも十分だろ? もう少し待ってくれ、頼む!」
 必死の説得。このままこの状態を続けるのは俺もはっきり言って嫌だし、リセットはむしろ望むところだ。
しかし――しかしだ。このまま終わりにしても何の成果もないのは事実。だったら、せめて機関がどう動くのかだけは
見極めておきたい。機関の主流はハルヒの平穏無事な一生にある。ならば、きっと力の自覚後も同様の状態を
維持しようとするはずなんだ。そうに決まっている。
 それであれば、確認後にリセットをして今度はこの惨劇が起きないようにすれば良いだけ。答えは目の前にあると言っていい。
 だが、ハルヒはなぜか納得しようとしなかった。じっと疑惑の目を俺に向け続けている。そして言う。
「まあ、あんたに言われなくてもリセットはしばらくするつもりはなかったわよ。あたしのことを知ったはずの情報統合思念体が
動きを見せないから。何でかと思えば、機関って連中が何かたくらんでいるって訳ね」
「古泉も呼び出しを受けていたし、もうすぐ何かの動きがあると思うぞ。それから――」
「……あのさ、キョン」
 ハルヒはいつになく真剣――いや、まるで子供に説教するかのような目つきで俺を見つめた。
 俺はその視線に自分の口が完全に塞がれた気分になる。
 そして、ハルヒは言った。
「あんた、一体誰を見てそう思っているの?」
「誰って……そりゃ機関、いや古泉だな。あいつらの目的は昨日話したとおり俺の世界と同じだったから違いはないはずだ」
「でも違うわ。ここはあんたの世界とは違う」
 ――ハルヒはすっと目を瞑り、俺を諭すように、
「あんたは今を見ていない。キョンが見ているのは、自分の脳内にいる古泉くんよ。その姿を見てきっとこう考えている、
こうしてくれる、そう思っている――いや、思いこんでいるだけじゃないの?」
「それは……」
 ……反論できなかった。
 俺は本当に古泉一樹という人間を把握しているのか? 元の世界では少なくともあいつの言動から見ても、
機関よりもSOS団を優先させるはずだ。
 だが、この世界の古泉はどうだ? まだあってから数週間しか経っていないんだ――
 ――――
 ――――
 一瞬だっただろう。俺は何かが起こったことだけ理解できたが、それがなんなのかはさっぱりわからないまま、
床に突っ伏していた。辺りにはガラスが大量に飛び散り、部屋の中の備品はめちゃくちゃに散らかっている。
 何だ? 何が起こった?
 すぐに俺の身体が誰かによって引き寄せられた。目の前にはハルヒのドアップが浮かぶ。
 必死に何かを叫んでいるようだったが、俺の耳には何も届かなかった。それどころか、激しい頭痛とめまいが
視界を揺さぶり続け、意識を保つだけで精一杯の状況である。
 ハルヒはすっと俺の額に指をつけ、眉間にしわを寄せた。何かのおまじない――いや情報操作か。
俺に対してそれを行おうとしているのか?
 ほどなくして、俺のめまい・頭痛が停止し聴覚も復活した。同時に、多数の花火のような爆発音が辺りに広がっていることに
気が付く。激しい断続的に続く地鳴りと揺れを感じることに、聴覚どころか感覚すら狂っていたことに気が付かされた。
俺の身体異常を一瞬にして直したのか。とんでもない奴だよ、ハルヒは。とりあえずありがとうと礼を言っておく……
「そんなものいらない! それどころじゃない!」
 ハルヒのつばが俺の顔にかかった。同時に背後の校舎の屋上が吹っ飛び、破片と爆風が俺のいる部屋に流れ込んできた。
ハルヒは俺をかばうように抱きかかえてそれから守ってくれる。
 ここでようやく事態に気が付いた。また北高は何かからの攻撃を受けている。いや、爆発音の大小から考えて、
北高だけじゃない。もっと遠くも同様の爆発が起きているに違いない。
 なんだってんだ!
「屋上に上がるわよ!」
 そう言ってハルヒは俺の手を引いて走り出した。
 旧館から校舎へ渡る途中、校舎二つのうち一つはさっきの爆発で完膚無きまで破壊されていたのが見える。
ハルヒはもう一つの校舎の屋上に向かっているのだろう。
 途中通りかかった校庭では、大パニックが起きていた。逃げまどう生徒・保護者・マスコミ関係者を
警察や消防の人間が必死に逃げるように誘導していた。
 だが、すでに校庭でも爆発が起きたらしく、ところどころクレーターができあがっていた。その周辺には
傷ついた人たちの姿もある。北高はこの地域では高台に位置するため、広がる街並みをある程度一望できたが、
やはりさっき感じていたとおり次々と爆発が発生して煙が立ち上っている。まるで戦争状態だった。
 ハルヒはそんなことお構いなしに、校舎の階段を駆け上がった。俺はその引かれる手のままに走りながら
混乱を越えて錯乱の域に達していた。
 古泉は機関の強硬派はすでに押さえ込んだかのようなことを言っていた。だったら今度の攻撃はないんだ?
まだ機関強硬派の残党がいたのか? いや、いくらなんでも機関がそこまで無能だとは思わないし、
さっきの襲撃とは桁違いの規模の攻撃であることから、残党の仕業とは思えない。こんな事ができるなら
最初の攻撃時にやっているだろうからな。
 屋上の扉を開け、ハルヒはそこの中心に飛び出した。体育系部活の運動もびっくりな無酸素無呼吸階段いっき登りに
いい加減息の切れた俺は膝をついて肺をフル稼働させて酸素補給に努める。
 一方のハルヒは少し肩で呼吸はしているが、休む気配は見せない。それどころか、すっと両手を広げて、
「全部食い止める!」
 ハルヒの叫び。同時に俺から見える360度全方位の青空で無数の爆発が起きた。
もう展開について行けない。誰でも良いから今すぐ俺に状況を教えてくれ。
 すぐハルヒは再度空に向かってにらみをきかせる。すると、また同じようにそこら中の空で爆発が起きる。
 どうやら、ハルヒが攻撃を阻止しているらしい。ってことは、さっきからの大爆発は空から何かが飛んできているのか?
「砲撃よ! バカみたいに大量の砲弾が雨あられと降ってきているわ! 狙い先は北高だけじゃない、もうめちゃくちゃに
周辺の町全体に撃ち込まれているの!」
 ハルヒの怒鳴り声と同時に、また空中爆発が大量発生した。なんてこった。本当に戦争じゃねぇか。
そんな国際法無視上等なことをやらかしているバカ野郎はどこのどいつなんだよ。
 しばらくハルヒVS無差別砲撃戦が続く。俺はただオロオロするばかりで何もできない。
だが、この事態に対処できている人間なんてハルヒ以外にはいないだろう、校庭や学校周辺の人たちもパニックになって
もう誰の誘導も指示も無視して四方八方に逃げている。逃げ場がどこなのかわからないのに、走らずにいられないみたいだ。
 また空一面に爆発による火球が無数にできる。いかんいかん! どうすりゃいいんだ?
 そうだ、とにかくこの攻撃の意図はわからないが、これ以上人を巻き込むわけにはいかん。安全地帯を探して、
そこに誘導しないと。
「ハルヒ! 取り込み中だと思うが、安全な場所を探すことはできないのか!? 俺がここにいても仕方ないから、
教えてくれれば下の人たちをそっちに誘導するぞ!」
「今やっているわよ! ぎりぎりだから話しかけないで!」
 また空に無数の爆発の花が開く。くそったれ、いい加減にしやがれ! どれだけの人の命を奪う気だ!?
 と、ここでハルヒは一瞬落胆するように、顔を下に向けた。だが、また砲弾が空に現れたのか、キッと顔をゆがめて
それらを破壊する。
 そして、絶望の色に染まった声で言った。
「安全地帯は……ないわ!」
「……なんだと!?」
 どういうことだよ。
「北高を中心にして不可視遮断フィールドが展開されているのよ! 簡単に入ってこれるけど絶対に出れない空間、
あと外側から見ても別になにも変わっていないように見える状態になっている! 攻撃はその範囲内にくまなく加えられているわ!
どこに逃げても無駄よ!」
 そんな。じゃあただ黙って死ぬのを待つしかできないってのかよ。
 いや待て。そんな芸当はいくら機関の超能力者でもできないはずだぞ。ならやっているのは情報統合思念体か?
しかし、それにしては随分地球人類的手段を取っているように感じるが。
 待て待て。そんなことを詮索している場合ではないんだ。今は何とか攻撃を避ける方法を見つけなければならない。
「だったら、攻撃の元を削げば良いんじゃないか!? 砲撃を受けているって言うなら、どこかに発射している奴らが
いるって事だろ!? ならそっちを叩けばいい!」
「ええ、確かにいるわね。でも、それがどこだか教えてあげようか?」
 俺の方に疲れ切った自虐的な笑みを浮かべるハルヒ。相当の疲労があるのか、顔中汗だくになり、
頬には髪の毛がまとわりついている。
「ここから数千キロ離れた砂漠地帯よ。恐らく演習場か何かでしょうね。きっと砲撃している連中もここに撃ち込んでいるとは
思っていないはずよ。SF映画のワープみたいに、砲弾だけが北高上空に転送されてきているんだから」
 俺が愕然となった。数千キロ? 攻撃している連中はこの惨状を全く理解していない? 何を言っているんだ?
もう訳がわからんぞ。それなら、ひたすら攻撃を防いでいることしかできねぇじゃねえか。
 どうしようもなくなった俺だったが、それでも黙って指をくわえていることはできず、当てもなく周囲を見回した。
ハルヒのおかげで砲撃の着弾はなくなったが、パニックは収まらず逃げまどう群衆が見える。
 ふと――完全に偶然だったが、もう一つの破壊された校舎の残骸を見ているときに、俺は人影を見た。
遠くだったのと日陰だったためただのシェルエットにしか見えなかったが、長細い筒のようなものをこちらに向けている。
 とっさだった。それがなんなのかきっと普段映画の見過ぎだったのに加えて、辺り一面戦争映画モードだったのが
俺の判断を導いてくれたのだろう。ハルヒに体当たりしていた。
「――ちょっと何するのよキョ――!」
 ハルヒの声の抗議は途中中断を余儀なくされた。なぜなら、体当たりのショックでハルヒの立っていた位置に
入れ替わった俺の右の二の腕辺りがちぎれ飛んだからだ。
 自分の腕がなくなった瞬間、俺は痛みは全く感じなかった。全神経が麻痺し、腕に当たった猛烈な衝撃だけが身体を震わせる、
飛んでいく右腕はやたらとゆっくりと俺の後方に飛んでいった。野球の試合のウルトラスーパースロー映像みたいになめらかに。
「キョン!」
 次の瞬間ハルヒが俺を抱きかかえた。同時に俺の右腕が元に戻っていることに気が付く。当然痛みも何もない。
またハルヒが治癒してくれたのか? 全く医者にでもなれば全世界の人間が救えるぞ。人口爆発は必死だけどな。
 ってそんなのんきなことを考えている場合じゃねえ。
 俺を助けるために、砲撃阻止を一旦中止したためか、北高一帯に無数の砲弾が降り注ぎ大地震のように校舎が揺さぶられた。
 だが、憎らしいことに今やるべき事はそっちの阻止ではない。
「ハルヒ! 早く――!」
「わかってる!」
 ハルヒは俺を抱えると、校舎の上を飛びはね回った。言っておくがただの喜劇でも運動でもないぞ。
俺の感覚が正しいなら、ハルヒが飛び跳ねた後1秒以内にそこに何か鋭利で高速なものが飛んで行っている。
つまり俺たちは今何者から銃撃を受けているって訳だ。
 俺の体重なんて無視するかのようにハルヒは華麗にその銃撃を避け続けた。ただし、避けられているのは
ハルヒの身体・洞察能力が素晴らしいだけであって、相手も的確に俺たちに銃弾を飛ばしてきている。
こいつじゃなければ全段命中は確実だろうな。
 やがてハルヒは校舎と屋上の出入り口の前に移動した。続けて三発の銃弾が出入り口の壁に突き刺さりコンクリート片を
飛び散らせるが、ハルヒは動かない。どうやらここだと相手の位置から死角にはいるようだ。続いた三発の銃弾は
ここから焦りを誘い移動させるための威嚇射撃だろう。相手は完璧なプロだな。それを見破るハルヒも大した奴だが。
 ハルヒはさすがに体力の疲弊が激しいのか、しばらく胸を上下させて酸素補給に努めている。
その間にもまた砲撃がそこら中に加えられまくっているが、これではどうしようもない。
「とにかく、狙撃している奴の始末が先決ね……」
 一旦大きく深呼吸をして、酸素補給を強制終了させたハルヒは死角からでないように辺りの様子を探る。
相手は何者なんだ? この状況でハルヒを狙って攻撃してくる以上、砲撃を行っている奴と同じ連中だろうが。
 ふとハルヒはぱんと手を叩く。同時に周囲に空中モニターっぽいものが映し出された。それらには黒ずくめ――特殊部隊とか
ああいう格好をした連中が10人くらい映し出されている。全員、手に銃を持ち何かの指示を出し合っていた。
手際よく無駄のないその動きは、やはりプロそのものだ。
「あっ……!」
 その中の一人の顔を見て、俺は思わず声を上げてしまった。年齢の読みづらい美人女性。格好は軍隊でもあの顔だけは
変わるわけがない。森さんだった。
 ハルヒはそんな俺を見逃さない。すぐに問いつめてきた。
「どうやら知っている人がいるみたいね。今はあんたの主張なんて聞いている暇はないからとっとと教えて」
「ああ、古泉の同僚って言っていた人だよ……俺の世界での話だがな。ちくしょう!」
 俺は屋上の床を拳で殴りつける。
 森さんは古泉と同僚、そして古泉は機関の主流派に属しているはずだ。ってことは森さんも主流派であると考えていいわけで、
彼女が襲撃に荷担していると言うことは、今無差別大規模攻撃+狙撃を行っているのは機関主流派ってことになる。
どういうわけだ。あれだけハルヒの平穏を望んでいたのに、何でこんな事をしている……!
「全部片づけてくるわ。あんなのがうろちょろしているとこっちもやりづらいから」
「…………」
 俺はハルヒがその超人的な力で屋上から襲撃者に向かって飛びかかっていくのを止めるどころか、言葉一つ吐けなかった。
 主流派の攻撃。機関はハルヒの排除を決断した。この事実は確定した。
 ……なぜだ? なんでだ?
 ほどなくして、銃撃戦が階下で始まる。激しい銃声と小さな爆発音があちこちで起こり、ハルヒと機関の激しい戦いが
容易に想像できた。
 砲撃は相変わらず激しく続き、街の大半が廃墟に変わろうとしている。
 俺はもうするべき事も、したいことも思いつかず呆然としているだけだった。
 十分程度立ったぐらいだろうか。軽い足取りで誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ハルヒか?
 だが、屋上の入り口に現れたのは、黒ずくめの襲撃者一人だった。すぐに俺の姿を見つけると、手にした短銃を俺に向け
立つように声をかけてきた。
 その声にも聞き覚えがある。
「新川……さんですか?」
 少し老いているが力強く威圧感のある声。あの執事を演じていた新川さんのものだ。
 だが、初めてあったはずの俺の問いかけに動揺一つ見せることなく、さらに立て!と叫ぶ。俺はどうすることもできず、
両手を上げて立ち上がり……
 次の瞬間、新川さんは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。その背後からハルヒの姿が現れる。
その手には一人の北高制服の人間が抱えられていた。
 ハルヒは新川さんをまるで粗大ゴミでも投げ捨てるように、蹴り飛ばし離れたところに追いやった。
さらに脇に抱えていた人間を俺の方にぞんざいに投げつけてくる。
「邪魔者は全部排除してきたわよ。ついでにこいつもいたから拾ってきた。言いたいことがあるなら今の内に言っておきなさい。
ついでに使えそうな情報を持っていれば聞き出しておいて。あたしはまた砲撃阻止に入るから」
「……やあどうも」
 それは古泉だった。俺は自分の意思よりも先に感情でそいつの頬を思いっきりぶん殴る。
 その勢いそのままに胸ぐらをつかみ上げ、
「おい! これは一体どういう事だ! 今すぐわかりやすく説明しろ! でなきゃ屋上から突き落としてやる!」
「…………」
 俺の脅迫に古泉は黙ったままなぜか腕に付けている時計をちらりと見た。俺はその態度に苛立ちを募らせ、
さらに数回同じ言葉とともに、古泉の身体を揺さぶる。今更何を隠し事しようってんだ。
 やがて古泉は観念したようなため息を吐いて、
「……機関は決断しました。涼宮さんの排除をね」
「なんでだ? お前らはハルヒが何の変哲もなく一生を過ごすことを望んでいたんじゃないのかよ!」
「そうです。その通りです。しかし、それは手段であって目的ではありません。目的を達成するための条件が変化した場合、
手段は変化します。当然のことだと思いますが」
「目的? ならお前らにとってハルヒは手段に過ぎない――」
 俺は自分で言っていて気が付いた。そうだ。その通りだ。機関にとってはハルヒは手段でしかない。
 俺の世界でもここの世界でも、機関の目的は世界の安定
 ハルヒが明るい笑顔で過ごせる毎日を作ることはそのために必要だった――これは目的を実現するための手段だ。
 だが、目的は変わらなかったが、ハルヒの力の自覚という状況が変化した。これにより、情報統合思念体はハルヒの排除に動く。
おっとハルヒだけではなく、この地球そのものを滅ぼすって事が重要だ。つまりハルヒの存在は、世界の安定には貢献しない。
むしろ害をなすものへと変わってしまった。なら手段は変わる。
「情報統合思念体――TFEI端末はこう言いました。涼宮さんが力を自覚した。だからこの星ごと抹消すると。
ですが、そんなことをされるのは勘弁願いたい。機関の主流派――いえ、機関全ての人間の意識は固まりました。
涼宮さんを排除して、情報統合思念体にはそれでこの星の破壊だけはやめてもらう。機関は情報統合思念体の役割の肩代わりを
申し出たんですよ」
 その方法ってのがこの無差別砲撃とハルヒの暗殺か。
「ええ、その通りです。この星の抹消だけはどんな手段を使っても阻止しなければなりません。だから、機関が代わりに
涼宮さんとその影響下にある人間を抹殺するんです。幸い情報統合思念体はそれでも構わないと言ってくれたようですね。
ならば迷う必要なんてありません」
「影響のある人間……だと?」
「そうです。涼宮さんは無自覚かどうかは知りませんが、周辺の人に何らかの影響を与え続けています。
身近な例を挙げるなら、ほらちょうどここにいいサンプルがいるじゃありませんか」
 古泉は両手を上げて自分をアピールした。ああ、なるほどな。ハルヒの影響を受けた人間――つまり超能力者もそれに
含まれるって訳だ。もちろん、俺の世界でいたあの中河のように、何だかしらんうちに影響を受けていた例もあるだろう。
情報統合思念体はハルヒだけに飽きたらず、そう言った人たちまで消さなきゃ気がすまんのか。
 ……まさかそのために地球ごと抹殺しようとしているのか?
 古泉はやれやれと手を振って、
「その通りです。もともと彼らにとって僕たち地球人類なんて大した価値を持っていないのでしょう。
逆に危険性が認められれば、一律削除が容易に可能と言うことです。そこまでする必要があるかどうかなんて考えずに、
全ての危険性を排除するために全人類の抹消を行うんです」
 呆れてものも言えん。情報統合思念体ってのはそこまで冷酷非道なバカ野郎どもだったのか。
 で、地球全滅だけは避けたいから、せめてハルヒ+その周辺の一般市民丸ごと虐殺で手を打ちませんか?って機関が
提案したんだな?
 ……もう一発ぶん殴って良いか?
「それは勘弁していただきたいですね。それにあなたは機関の決断に反発しているようですが、他に選択肢があったとでも
いうつもりでしょうか? 機関は最悪の事態をさけるために、必死の思いでこの苦行を行っているんですよ?」
「こんな行為を受けいれられるほど、俺は落ちぶれちゃいないんでね……!」
 古泉と俺のやり取りの間も、ハルヒは必死に砲撃を全て食い止めていた。だが、北高周辺から出れないのであれば、
こんな水際阻止を続けていても何の意味もない。ハルヒの体力もどこまで持つかわからないしな。
 だが。
 古泉――機関の決断とやらに、俺は反論できる材料は持っていない。あるのは世界のリセットだけだが、
それをばらすわけにも行かないのだ。そもそもそれは機関の世界の安定という目的とは明らかに乖離しているわけだし。
 なら……どうすればいい?
 …………
 …………
 くそっ……
 くそ、ちくしょうっ!
 俺の無力さと頭の悪さを今ほど嘆いた時はない。
 何も思いつかない。
 逆に俺がハルヒとは何にも関わっていなかった場合、迷った上で人類全滅よりかは限定的大虐殺の方がマシだと
判断しちまいそうだ。
 古泉は胸ぐらをつかんだままだった俺の腕を引き離すと、その場に力なく座り込む。
「いい加減、諦めたらどうですか? ここで仮に機関の攻撃をなんとかできたとしても、次に待っているのは
情報統合思念体による人類抹殺ですよ? どうやっても無駄なんです……何をやっても防ぎようがありません……」
 完全に諦めモードか。ん、ちょっと待った。
「おい古泉。さっきハルヒの影響を受けた人間は全て抹殺って言っていたよな? それってお前も含まれるんじゃないか?
それでいいのかよっ!?」
 俺の指摘に古泉はすっと顔を下に向けて、
「機関からはあとで回収するって言われていたんですけどねぇ……。予定時刻はとっくに過ぎているんですが、
全くその気配はありません。これは担がれたと見るべきでしょう。僕もその抹殺対象リストにきっちり含まれていたと」
「お前……」
 こいつも結局巻き込まれただけって事かよ。どっちかというと被害者か。そして――
「あんたのやったことはいたずらに他人を巻き込んだだけだったってことよ」
 ハルヒから図星を付かれる。
 俺は全力で否定したくなったが、何も口が動かなかった。内心ではそうだと受け入れているからだろう。
 疲れ切った足の重みに耐えきれず、俺も古泉の横に座り、
「すまねぇ……お前を巻き込じまって」
 そんな俺の謝罪に古泉はその意味を理解できないようで、
「なぜあなたが謝るのでしょうか? どちらかというと僕の方があなたを巻き込んだようなものですよ?」
「違うんだ……それは違うんだよ、古泉……」
 酷い脱力感。もう何もやる気がしない……なにも……
「キョンっ!」
 それを打ち破ったのはハルヒの一喝だった。見上げれば、ハルヒは仁王立ちで必死に砲撃の阻止に努めている。
 そうだ。俺は何を諦めているんだ? まだ俺にはやれることがある。いや、こうなった以上、やることは一つしかない。
 ハルヒによるこの時間平面のリセット。
「そうよっ! でもそれにはちょっと時間と準備がかかるわ! とてもじゃないけどこの状況じゃできそうにない。
だから一旦落ち着かせる必要があるの! だから協力して!」
「だが、何をすりゃいいんだ!?」
 俺の問いかけにハルヒは、古泉の方を指差し、
「確認するけど、この攻撃は情報統合思念体と機関が協力して行っている、でいいのよね!?」
「え、ええ……そうですが……それが……?」
 古泉はきょとんとした表情で答える。何をしようとしているのかわからないのだろう。当然だが。
「でもまだ何か隠している。そうよね!」
 この指摘に古泉の表情が一変した。何だと? この状況下で一体古泉は何を隠しているってんだ。
 ハルヒは続ける。
「こんな攻撃を続けていても、効率が悪い上に住民全部を抹殺なんて不可能だわ!
だったら、これには別の意図があるってことよ! あたしの勘では、ただの陽動! 本当の攻撃手段は別にあるはずだわ!
それにわざわざ外部と遮断して、さらに外側からはこの惨状が見えないようにしている! これには絶対に意図があるはず!」
「……どういうことだ、古泉!」
 俺は再び古泉の胸ぐらをつかみ上げる。
 もう俺の腹は決まった。ハルヒの時間平面のリセットを実行する。そのためには、これ以上の邪魔を入れるわけにはいかない。
 古泉の顔は答えるべきか迷っているように見える。とにかく吐かせるしかない。
 俺は何度も答えを求めて古泉に問いつめるが、一向に口を割ろうとしない。そんな中、ふと気が付く。
古泉がまだ時計を気にしていることに。迎えの予定時間は過ぎたって言うのに、今更何を……
「そうか。この先に何かが起きるんだな? それも一瞬にしてお前らの手段を実現できる方法ってやつが!」
「……くっ」
 これを指摘して、古泉はようやく勘弁したらしい。苦渋のうめきを漏らしつつ、
「考えてみてください。突然、街一つが消滅するような事態が起きれば、世界の人たちはその原因を知りたいと思いますよね?」
「ああ、そうだな」
「だから、納得できる理由が必要なんですよ。なぜこの惨劇が起きたのか、少なくても表面的な理由が」
 俺は回りくどい古泉の説明に苛立ち、一発頬をぶん殴ると、
「それは何だと聞いているんだ! とっとと答えやがれ!」
「核ですよ」
 古泉の回答は俺の脳内に激しくこだました。
 核。核って核兵器のことだろ? あの大量破壊兵器。あれを使って町ごと吹っ飛ばす気か!?
 だが、ハルヒは意外と落ち着いた様子で、
「そんなことだろうと思ったわ。この砲撃はあたしを誘い出すための補強策って訳ね。この攻撃の阻止に夢中になっている間に
どかんとやってしまおうと。危うく引っかかるところだったわ」
「その……通りです。冷戦崩壊に伴って行方不明になっていた核弾頭を機関の方で保管していたんですよ。
こういった事態がいつ起こっても良いように。事前砲撃は周辺から見えるわけにはいきませんからね。
そのためにTFEI端末の力を借りています。そして、核でこの周囲を一掃後、全世界には核によるテロが発生したと
発表して――それで終わりです。ああ、起爆予定時刻はあと五分後、いまさら解除は不可能ですよ? 
僕はどこに仕掛けられているのかも知りませんから聞き出そうとしても無駄です。例え解除できたとしても、
次に待っているのは人類滅亡ですから余り推奨もできません。ハハハハ……」
 古泉の表情は自暴自棄になっていることを伺わせた。そりゃそうだ。もうすぐ自分は死ぬんだからな。
もう何もかもぶちまけてやけくそになってしまいたいのだろう。
 だが、礼を言うぞ。これでリセットのチャンスができた。
「ハルヒ! 五分でできるのか!?」
「十分よ!」
 ハルヒは目を閉じて意識の集中に入る。情報操作――時間平面のリセット。現状、俺たちができることはこれしかなくなった。
 古泉は状況が変わったことに感づいたのか、
「な、何をする気なんですか!? さっきも言いましたが、万一これを乗り切ったとしてもさっき言ったとおり……」
「古泉」
 俺はうろたえる古泉の肩をつかんで顔を寄せる。
「まず謝る。巻き込んで済まなかった。お前をこんな目に遭わせたのは、ハルヒじゃなくて俺だ。
俺がそうハルヒにやれっていったんだからな。だから憎むなら俺を憎んでくれ」
「何を言って……」
 時間がない。古泉の言葉なんて聞いている暇はないので一方的に続ける。
「その上で確認したい。お前はハルヒや俺と出会って過ごした日々はどうだった? 嫌々続けていたのか、それとも
機関の仕事だからと言う理由で無機質に付き合っていただけか?」
「……いえ。この際だから本音でしゃべらせてもらいますが――その間は自分の仕事も忘れるぐらいに楽しかったです。
いっそそのまま何も考えることなく、あなたや涼宮さんと一緒に楽しく過ごせたらなと思ったほどでした」
 それだ、それが確認したかった。
 同時に俺はハルヒの方へ振り返り、
「おい、ハルヒ! お前はどうだった? この数週間楽しかったか!?」
 ハルヒはしばし考えたのかワンテンポ遅れて、眉をひそめたまま、
「ええ! そうよ! 久しぶりに楽しく過ごせたわ!」
 そう言い返してきた。不満が篭もったようないいっぷりだったが、こないだ聞いた話から考えて本音と見て良いだろう。
 俺もそうさ。SOS団のある元の世界に比べれば、1割にも満たない満足度だが、決してつまらない日々じゃなかったぞ。
 再度古泉を向かって、
「約束させてくれ。絶対にこの罪滅ぼしはさせてもらう。俺の世界じゃ、お前――機関とも仲良くやっていたからな。
この世界も絶対にお前やその他もろもろがハルヒを一緒に笑って過ごせるものにしてやる。絶対の約束だ!」
 俺の断言に、古泉は唖然と口を開いたまま言う。
「あなたは……一体誰なんですか?」
 俺か?
 俺はな……
「俺はお前や宇宙人――情報統合思念体や未来人が一緒に仲良く共存している世界からやって来た異世界人さ」
 
 そう宣言したとたん、ハルヒを中心に猛烈な強風が吹き始める。
 いったんはさよならだ、古泉……
 
 世界が暗転し、俺の意識も闇へと落ちていった――
 
◇◇◇◇
 
 どのくらいの時間が経ったのだろうか。俺はひんやりとした床が方に当たっていることに気が付く。
目を開けてみれば視界に広がるのは、あの灰色の部屋、そしてどこに出もあるような教室の床。
 そうか。リセットをかけてここに戻ってきたのか。ハルヒが潜伏場所にしている時間平面の狭間とやらに。
 俺はゆっくりと起き上がった。
 ふと気が付く。ハルヒが団長席――俺の世界ではだ――に突っ伏して眠っていることに。俺が起きたことに全く気が付かず、
可愛らしい寝息を立て眠りこけていた。あれだけの大仕事を一人でこなしていたんだから、疲れて当然か。
 風邪を引くのかどうかわからんが、念のため制服の上着をハルヒの上に掛けてやった。
 
 俺はパイプ椅子に座り考える。
 結局の所、機関を作った世界は失敗に終わってしまった。これは認めなければならない。
 しかし、古泉を俺たちの仲間内に引き込んだことは間違いじゃなかった。ただ時間がなかっただけで、
もっと時をかけて信頼を醸成していけば、必ず良い関係が築ける。
 
 ――待っていろ古泉。絶対に楽しい日常が続く世界を作り上げてお前を仲間に引き入れてやるからな。
 
 
 ~~涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(前編)へ~~


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