じゃあ……また明日ね。
「おう。また明日」
 夕焼けに赤く染まる世界の中。あたしはいつもと変わらない背中で歩くあいつを見えなくなるまで眺めた。
 どうしてあんなに平然としていられるのよ。あたしに告白しといて……。
 
 
 そりゃあたしはたくさん告白されたしたくさんフってきたし、たくさん付き合ってきたわ。
 でもね、こんなに近い人間に告白されたのは初めてなのよ。そう。あたしにとって『どうでも良くない人間』に告白されたのが初めて。
 気がついたらいつも一緒にいる男。キョン。あんたはあたしを好きだって雰囲気なんて一切見せなかったじゃない。
 なんでいきなり告白なんかするのよ。ふざけないでよ。あたしだってそうとわかってればそれなりの心構えで行ったのに。
 心臓も頭も体も変になっちゃったじゃない。あ、立ってらんない……。
 ベンチに座っていいかな? もうすぐ暗くなりそうな時間なんだけどさ。
 キョンに告白された川沿いのベンチ。一度は立ち上がったけどもう一度そこに座り込んだ。
 やばい。あたしとしたことが予想してなかったわ。まさかキョンがあたしを好きなんて。
 だってこれまでそんな素振りは一回も見せなかったじゃない。
 好きな人がこれだけ近くにいるなら何らかの動きがあるはずでしょ? いつもあたしじゃなくてみくるちゃんとか有希ばっかり見てるくせに……。
「なんだ。まだ居たのか?」
 うひゃっ!? あ、あああんたこそなんでまだいるのよ!
「……お前が座布団にしてる物が何かわからないのか?」
 不意に気付くお尻の下の感触。キョンのカバンがそこに置かれていた。
 
「さっさと退いてくれ。帰れん」
「はいはい。ちょっと待ってなさ……」
 ちょっと待つのはあたしの頭の中よ。ここで退いたらキョンはあたしのお尻に敷かれた温もりのあるカバンを持って帰ることになるのよ?
 そんなの恥ずかしいじゃない! ここは意地でも退けないわ!
「おい。声に出てるぞ。いくら俺がハルヒのことを好きだからってそんな変態のような真似はしないからさっさと渡せ」
 口に出てたかしら? いや。でもキョンが何と言おうが渡せないわ。
「そうか。じゃあ俺も横に座って待つぞ。……よっと」
 ……しまったわ。こんな頭の中がグチャグチャの時にキョンが隣りに座るなんて予想外だわ。
 そもそも平常心でいられるこいつは本当になんなのよ。軽い気持ちの告白?
 それは無いわね。あれだけ熱意のこもった告白受けたのは初めてだもん。
 まさか平常心を装ってるのかしら? それはあるかもしれないわ。
 あたしから手を触られたら意外に真っ赤になったりして。真っ赤なキョンなんてなかなか見れないわよね。
 試してみる価値はあるわ……。
 ベンチを見下ろすと二つの手が見える。あたしのちっさい手とキョンの意外におっきな手。
 そういえばお互いに手を繋ぎあったことって無いのよね。いつもあたしが引っ張るだけで。
 ちょっと繋いでみたいかも。……でも繋いじゃったら単純なキョンは勘違いしそうね。
 あたしが告白をOKしたって思い込みそう。
 それはそれでいいのかしら? あたしはどう返事しようとしてたんだっけ?
 あー。わかんない。心臓が脈打つ。頭がグラグラする。目が回る。
 あたしはキョンを好きなの? 好き嫌いで言ったらそりゃ好きよ。
 じゃあ恋愛感情は? 考えたこともないわ。だってこれまで通りでも楽しかったんだから。
 
 返事を出せないあたしは何を考えてるんだろ……。
「おーい」
 なによ。マヌケな声なんか出しちゃって。
「お前こそ何なんだ。俺の手をいじくりまわして」
 キョンの右手があたしの両手に包まれてることを視界に入れた。……あたしってバカ?
 無意識でこんなことしてるなんてあたしの方が変態じゃない。
「まぁだいぶ暖かいけどな。お前の手も暖めようか?」
 キョンは何も気にしてないみたい。これくらい今まで通りよね。あたしが意識しすぎか。
「そうね。頼むわ。しっかり暖めなさい」
 キョンの両手があたしの両手を包んだ。あー、暖かいわ。やっぱり思った通り安心感がある。
 まるで小さい頃に握られた親父の手みたい。
「返事は……」
 キョンはあたしの手を暖めながら口を動かしてた。あたしの顔を見ながら。
「返事はお前が口で言うまで待つからな。だからこうやって手を握ったって何されたってお前が言葉でOKを出すまでは俺達は『団長』と『団員』だ」
 何が言いたいのかよくわからないわよ。バカキョン。でもなんとなくわかった気がする。
 たぶんキョンはあたしに時間をくれたんだわ。考える時間を。
 
 その優しさは本当にうれしい。でもね……キョンのくせに上から目線なのがムカつくわ。
 今のセリフを逆手に取って反撃してやるわ。あたしはいつでも上じゃないとイヤなの。
「キョン。それはあたしが何をしても付き合ったりフったりしたことにならないわけよね?」
「その通りだ。お前が俺に全力ビンタをかまそうがフったことにはならん」
 なかなか面白いじゃない。ちょっとこっちに寄りなさい。キョン。
「うげ……マジか」
 キョンは本当にビンタをされると思ってるみたい。思いっきり目を瞑ってる。
 でも違う。あたしの反撃はそんなもんじゃないの。
「ちゅっ」
 これがあたしの反撃。何故か一回だけあった夢の中を含めたら二回目。現実なら初めてのキョンとのキス。
「は? 今、ハルヒお前……?」
 今日は帰るわ。返事は保留にしとくんだからね!
 生殺し作戦とでも呼んどくわ。キョンは期待するだろうけどまだ付き合ってはないって状況でイライラさせたげるのよ!
 ふふふ。楽しくなってきたわ。
「今度こそまた明日ね! バイバイ、キョン!」
 
 
 目覚めもよく、あたしはいつもよりさらに早く学校へと向かった。
 昨日のモヤモヤも全部なくなったし足取りも軽いわ。今日も教室に一番乗……り……。
「よう。遅いなハルヒ」
 あり得ないわ。なんで遅刻まであと一時間半もある時間にキョンがいるのよ。
 今日は雨……が降りそうな気配もないわ。なにがあったのよ。
「誰かさんのせいで昨日眠れなくてな。しょうがないから早く学校に来たわけだ」
 あ。昨日のアレは結構キョンに効いちゃったみたい。あたしは全然問題ないんだけどさ。
「確かにOKを口で言うまでとは言ったがあんなことされるとさすがに期待するだろ?」
 確かにそれはわからなくはないわね。でもあんまり気にしちゃダメよ。
 あんたは団員としての使命も全うしなくちゃダメなんだからね!
「そう思うなら早く結論を出してくれ……」
 そう言うとキョンは机に突っ伏して寝息をたてはじめた。本当に寝れなかったみたいね。
 あたしは自分の席について寝息で上下するキョンの背中を見つめた。
 この背中が好き。この雰囲気が好き。だけど付き合うのは迷う。どうしてかって?
 あたしは今の状況が好きなの。もしも告白をOKしてこの環境が変わったらどうしようとか思っちゃうと簡単に返事出来ないのよ。
 可能ならずっと返事をはぐらかしていたいわ。ずっと友達以上。恋人未満のままで……。
 
 
 そんな関係を続けてもう一か月くらい経ったかな。変化なんて急に起こるもの。
 やっぱりいつまでもこのままなんて理想は続かないみたい。
 あたしは前と同じ時間。同じ場所にキョンに呼び出された。ただ一つ違うのはキョンから感じる雰囲気が全然違う。
「いつまで俺をおちょくるんだ?」
 
 言葉にトゲがある。明らかにわかる怒りがあたしに向いてる。
「いつも朝比奈さんで遊んでるように今回は俺で遊んでるのか?」
 ち、違うわよ。あんた言ったじゃない。返事はあたしが口で言うまで待つって。
「限界って物があるだろう。やけに俺にひっついてくるくせに返事ははぐらかす。そんなの我慢出来なくなって当然だ」
 確かにそうなんだけど……。あたしは答えを出すのが恐い。この生活が変わるのが。
 でもこのまま答えなかったらキョンが怒って生活が変わっちゃう。
「……じゃあどうすればいいのよ! あんたのせいであたしはずっと悩んでるのよ!?」
 違う。あたしはこんなことが言いたいんじゃない。
「俺もお前のせいで悩んでるんだ!」
 ほら。あたしのバカ。キョンが怒っちゃったじゃない。謝りなさい。今すぐに。
「……やっぱり無理だったか。すまんなハルヒ。悩ませて。もういいから」
 ダメ。それ以上言わないでよ。それ以上言われる前に謝りなさいよ。あたし!
「告白する前に戻るぞ。じゃあな。ハルヒ。また明日」
 夕焼けに赤く染まる世界に消えていくキョン。こないだみたいに見つめるしか出来ないあたし。
 なんで肝心な時には動けないのよ。今追いかけて捕まえて謝れば間に合うでしょ?
 なんで動けないのよ……。

 
 結局追いかけることが出来ないままあたしはベンチに座り込んだ。
 結局元には戻れないと思う。あんなケンカしちゃったら明日からもう……。
 あー。マズいわ。涙が出て来ちゃいそう。泣くのなんて何年ぶりかしら?
 周りに誰もいないし泣いてもいいわよね? たぶん泣いたらすっきりするわよ。
 
 人通りが元々少ない場所だったからよかったわ。あたしが泣いても誰にも迷惑かけてないし。
 はぁ……。キョン。キョン。大好きだったのよ。でも変わるのが恐かったからしょうがないの。
 だからまた明日からは仲良く……。
「何を泣いてやがる」
 ……また来るのね。泣いてないわよ。今度はなんで戻ってきたのよ。
「そんなに俺のカバンの上は居心地がいいか?」
 どうやらまたカバンを忘れてその上にあたしが座ってるみたい。ほんとバカキョンなんだから。
「帰りたいから退いてくれないか?」
「やだ」
「じゃあ隣りに座らせてもらうぞ」
 羞恥プレイ? いやがらせ? ともかく性格悪いわ。普通は女が泣いてたらそっとしておくでしょ。
 しかもほんとに黙って座ってるだけだし。優しい言葉の一つでもかけなさいよ。
 そりゃあたしが返事しなかったのが悪いから言葉なんてかけたくないだろうけどさ……。
「……返事」
「ん?」
 そうよ。あたしはまだ返事してないもん。じゃあまだ大丈夫じゃない?
「告白の返事。OKだから。付き合ってあげるわ」
「…………」
 
 やっぱりダメ? ちょっと都合良すぎるわよね。仲がギクシャクするくらいなら付き合いたいって思ったけど手遅れよね。
「……やれやれ。わがままな奴だな。そんなわがままな所も含めて好きなんだが」
 キョンが優しくあたしの肩を抱き寄せる。……腫れた目見られちゃう。
「いいな?」
 ここでキスしたらもう戻れない。けどよく考えたら全然心配いらないわよね。
 だってケンカなんてしなきゃいいのよ。いつもお互い大好きでいればギクシャクしないじゃない。
 あたしとしたことが久しぶりの色恋沙汰で弱気になってたわね。
「あたしが窒息するくらいまでやってちょうだい」
 瞬間、キョンの唇があたしに当たった。手の暖かさと同じくらい安心する暖かさ。
 『友達』では味わえない感覚。やっぱり『恋人』を選んでよかったわ。
 もう一生離れないわ。あたしの性格やプライドねじ曲げてでもキョンとはケンカしないんだから!
「……もう限界だ。改めてよろしくな。ハルヒ」
 窒息まではいかなかったけどしあわせで満腹にはなったから許したげる!
 改めてよろしくね。キョン!
 
 
つづく
次は『恋人以上……?』です


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