尻ポケットが振動した。

 

「おわ?」
 
飛び起きる。周囲の客が迷惑そうに俺を見て・・・と、いつか経験したことのあるような状況に今、俺は巻き込まれている。
こうなると、続きはどうなるのか分かるだろう。
 

「あ、キョン、どう、有希の体調は?」

 

おや?俺の記憶とは違う展開になっているが、まあ気にしないでおこう。

 

長門の体調は至って平常、そう伝えるとハルヒは12時に駅前に集合と言い出した。

現在11時45分。

やれやれ、あいつはもっと早くに連絡をよこせないのかね。

 

俺は、本棚の前でなにやら分厚い本を読んでいる長門を見つけ、一緒に図書館を出ようとした。

 

ところが、なにやら小さな力が俺の袖にかかった。

ふと、振り向くと、そこにはいつかの今にも消えそうな表情があった。

 

「この本を借りたい。」

 

俺のの袖を掴んで15秒後、長門は細々とこう言った。

 

それなら、借りていけ。図書カードは持っているだろ?

 

「・・・・・・今は持っていない。たぶん、向こうの世界の私の家にある・・・・・・。」

 

この時、いかにも申し訳なさげに言う長門を可愛いと思った俺を誰が責められよう。

これを疑問に思うのなら、今の俺と代わってみるがいい。

まちがいなくコロリといくはずさ。
 

とはいえ、このままだと団長様に雷を落とされかねないので、俺はカウンターでカードがなくても本を借りられるか聞いてみた。

 

どうやらここの図書館では、図書カードを作った人の名前をパソコンで保存しているらしく、そこから長門有希の名前が見つかると、貸し出しの許可はあっさりおりた。
 

 

 

 

 

普段の長門より若干薄い本を持った長門を急かして着いた駅前には、すでに3人が到着していた。

 

「あ、有希、大丈夫?」

 

と、もはや決まり文句のように、長門に話しかけたのはハルヒだ。

 

まったく、いつかの合宿のときでもそうだったが、こいつはちと長門を心配しすぎてないか?確かに長門は、無口ではっきりとした意思表示をしないから、守りたくなるのも分からないでもないが・・・・・・。

 

いや、待てよ?ひょっとしたら、長門の方がすごいのか?周りの人の母性本能をくすぐる何かを持っているとか・・・
 

「どうしました?えらく真剣な顔をしていますね。」

 

俺を妄想の海から引きずり出したのは、いつも通りのにやけ顔をした古泉だった。

何でもない。すこしたわいないことを考えていただけだ。

 

「そうですか。それならいいんですが。」

 

と、古泉はオーバーすぎるリアクションで肩をすくめてみせた。
 

正直、俺は今起こっている不可解な出来事を古泉に教えるべきかどうか悩んでいた。

こいつならあの世界のことも知っているし、今、どんな事態なのか聞いてみれば延々と語ってくれそうだが、まあ、今はいいだろう。今日、長門から話を聞いてからでも遅くない。

 

ちなみに、ハルヒにこの話など、出来るわけはないし、朝比奈さんにこの事を教えても、ただオロオロさせてしまうだけだろう。
 
しばらくは俺1人で頑張ってみるか。いつも、みんなに頼ってばかりだからな。
 

 

 

 

それから、俺たちは駅前の適当なファミレスで昼食をとった後、朝の予告通りに午後は部室にて、機関誌の原稿を書くことになった。
 

「さて、私、あと少しで終わりますし、ちょっと張り切っちゃおうかなぁ~。」

 

周りに蝶々でも舞っていそうなルンルン気分で一番にパイプ椅子に腰掛け、鉛筆をにぎりしめたのは、我等のエンジェル、朝比奈さんだ。
 

彼女は、今年、大学入試を控えた受験生だったが、SOS団のイベントにも毎回とはいかなかったものの精力的に参加してくれた。

そのうえ、受験勉強も怠ることなく、健気に続けていき、そのかいあってか、ハルヒが前から志望校にしていたある大学に合格した。

 

確か、あそこの大学はかなり難関だったはず。努力は実るんですね。

 

合格発表翌日に、天使よりも美しい笑顔で

 

「やったぁ!やりました!うれしいですぅ~・・・。」

 

と、嬉し泣きしながら、部室に入ってきた朝比奈さんを思わず抱きしめて祝福したくなったが、周りにはSOS団も勢ぞろいしていたので、俺は寸前のところで思い止まった。
 

それからというもの、朝比奈さんは、入試前どたばたして、あまり団活に参加できていなかったからか、いつもにも増して、積極的に団活に参加した。

 

俺の気のせいかもしれないが、メイド姿もいつもより美しく見え、もはや女神の領域に達していたし、淹れてくれたお茶も、「みくる茶」といったネーミングで発売すればちょっとしたブームを巻き起こすのではないか、というぐらい美味しく感じた。

 

もちろん、機関誌作りでも、やる気満々で、去年の2倍のスピードで作業を進めていった。

そんな朝比奈さんに、去年は、朝比奈さんの原稿を段ポール箱に叩き込むのが趣味だった編集長もやや押され気味で、今年はずっと早い段階で、助言を与えていた。

 

こうして、朝比奈さんの原稿は、もはや完成間近まで、出来上がっていた。
 
ちなみに、長門は言うまでもなく、相変わらずよく分からない原稿をとっくに仕上げていたし、古泉は、運良く、もしくはハルヒの力で得意分野のミステリーのくじを2年連続引き当て、余裕のにやけ顔で原稿を仕上げていった。
 

なお、今回のテーマ決めくじ引きの結果は、古泉は先ほど言ったように、ミステリー。

朝比奈さんはファンタジー。

俺は、歴史小説だ。

これが、俺の原稿の進行具合を遅くしている大きな原因である。

歴史小説など、昔あったことをストーリーにまとめればいいのだろうと、気楽な気分でいたが、

 

「そんな考え、古すぎるわ。今や時代はエンターテイメントよ!歴史小説のなかにも、武士がいる世界に、変な博士がタイムマシンでやってきて、戦いを繰り広げる、なんてのがあってもおかしくないわ!」

 

という、ハルヒのでたらめな希望により、俺の原稿作りは、困難を極めていた。

 

だいたい、そんなどこかで聞いたことあるような話は、もはや歴史小説じゃないだろ。
まあ、そんな意見を出しても、蟻の前に置かれた塩のように、無視されるのは分かりきったことだったから、実行には移さなかったが。
 
おっと、言い忘れていたが、長門は恋愛小説だった。

長門が仕上げた小説が、恋愛とは言い難くも、まったく恋や愛が登場していないわけではない、そんな微妙な感じだったのも、これまた分かりきったことだろう。

 

は~あ、我ながら、文章力のなさを嘆くね。

 
俺は、ハルヒの突き刺すような鋭い視線を受けつつ、文章との戦いを繰り広げるべく、ノートパソコンのスイッチを入れた。
 
 
 
 

「・・・・・・う~ん。」

 

彼のうめき声が聞こえる。

今、さまざまなものが置かれている、このよく分からない部屋には、私と彼しかいない。

 

私の世界とは違ったショートカットの涼宮ハルヒは、機関誌の表紙を美術部に取りに、部屋を飛び出していった。
朝比奈みくるは、大学の準備があるといって、古泉一樹は、何か急用ができたといって、それぞれ帰ってしまった。
 
2人きりの部室。
 
私は、ノートパソコンのディスプレイを見ながら、頭を掻き毟っている彼を見た。
 
私は、彼らが機関誌作りというものを行っている間、先ほど、図書館で借りた本を読んでいたが、実際のところ、それほど集中できていなかった。
なぜなら、その機関誌作りというものに大いに興味を抱いていたからである。
こちらの世界では随分面白いことをやっているんだ・・・。
 

私の世界でも、年に一度、文芸部として文章を書かなければならなかったが、なにしろ文芸部は1人しかいなかったので、機関誌などを作る予算もなく、自分で作った小説は、文化祭の時に、掲示板に貼っておくくらいしか出来なかった。

今までの文芸部はずっと機関誌作りを行っていたらしいが・・・・・・。

 

だから、一度でいいから、文章をこういった雑誌に載せてみたいと思っていた。
 

私の視線に気づいたのだろう。彼が、パソコンとの睨めっこをやめて、私と目を合わせた。

 

「なあ、長門。」

 

私は、あわてて目をそらし、

 

「・・・・・・なに。」

 

と答えた。

 

「お前は確か、小説を書いたりしないんだよな?」
 

「・・・・・・そう。」

 

本当は、書いているのだが、確か彼には、書いていないと伝えていたはず。

 

「でも、いつも本読んでるから、少なくとも俺よりは、文章力あるよな。」

 

どうだろう。私は、彼がどのくらいの文章力を持ち合わせているか知らない。

 

どう答えるべきか悩んでいると、彼は、悪戯っ子のような笑みを浮かべつつ、

 

「どうだ、お前も何か書いてみるか?テーマは恋愛小説に限定されるし、締め切りももうすぐだから、結構、大変だけどな。」

 

と尋ねてきた。
 
やっぱり。何となくだが、そう言われるのではないかと思っていた。
私の正体もあっさり見抜いたし、彼は変に鋭い。
いつか、私の想いも分かってしまうのだろうか・・・・・・。
 

窓から差し込む夕陽のせいか、それとも今考えていることのせいか、赤い頬をした私は、自分の気持ちに嘘をついても、損するだけだと思い、素直に

 

「書いてもいい。」

 

と答えた。
本当は、書いてみたいなんだけと・・・・・・。
 
 

「お待たせ~!!どう、原稿仕上がった?」

 

ドアを突き飛ばすような勢いで開け、太陽のような明るい笑顔をした涼宮ハルヒは、手に抱えた紙束を机に置き、彼のパソコンを覗き込んだとたん、

 

「ちょっと!さっき見たときから、全然進んでないじゃないの!?」

 

と、怒鳴った。

 

 怒鳴りつけられた彼は、溜息をつきながらも、へいへいなどと、生返事を返して、パソコンの方へ向き直った。
 

私は、読書を再開しようと、本に視線を戻しかけたが、

 

「おい、長門。」

 

と、彼が小声で、私に囁いてきたので、その動作を一時停止した。

 

「さっきのこと、編集長様に伝えとけよ。この世界の長門は、もう原稿を仕上げちまってるんだ。書き直したいって言っとかないと、機関誌に載せることは出来ないぞ。」

 

彼は、そう言って、またパソコンとの睨めっこを再開した。

 

え・・・自分の口から?

 
私はもともと、意思表示をするのが苦手だ。

どうやって伝えようと、悩んでいると、都合よく

 

「有希、どうしたの、本も読まずにぼーっとして。どっか悪いとこでもでもあるの?」

 

と、涼宮ハルヒの方から話しかけてきた。

 私は、今がチャンスと思い、彼女の質問には答えず、かわりに

 

「原稿を書き直したい。」

 

と、少し気合をこめて言ったつもりだったが、何故か若干声が裏返ってしまった。

 
彼女はきょとんとした顔になり、私の顔を見つめている。
 
「・・・・・・。」

 

部室が静寂に包まれる。

 

私の頬が恥ずかしさのあまり赤くなっていくのを感じる。

彼は苦笑いをしながらやれやれといった感じで、首を振っている。

 

恥ずかしい・・・・・・。

 

 

     ~Different World's Inhabitants YUKI~ニチヨウビ(その六)~へ~続く~


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