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第二十六章 大団円
 
色々あった翌週、俺は地元国立大学の2次試験を受けた。
「どうせ地方大学の2次募集だから」と高を括っていたのだが、試験直前にその志望倍率を見て驚いた。
20倍の競争率って、何?
理工系の学部で二次募集をするのは、国公立大学ではあまり無いこと。
さまざまな大学に落ちた、全国の理工系受験生が集中すること。
実は100年以上の歴史を持つ学部で、卒業後の就職率がかなり高いこと……などがこの異常な倍率になったらしいが、これは毎年恒例のことなんだそうだ。これも後で聞いた話だがな。
受験勉強などというものに既に粗縄をかけて記憶の奥底に仕舞い込んでいた俺が、試験当日どれほど苦労したかは言わなくても分かるだろうというものだ。ましてや、その直前にあった古泉と長門による俺の強制連行とそれに関連する頭の痛い出来事が、さらに俺の記憶領域を圧迫していたのは言うまでもない。
 
それでも、月が変わる前には、俺の元には合格通知が届いた。
佐々木の、例のおまじないのおかげかもしれん。その辺までも去年のハルヒと共通なのは、何の因果かね。
まあ、去年一年間の種明かしがあった後では、複雑な思いではあるがな。
 
入学式も滞りなく終わり、俺は晴れて大学生となった。志望していた大学とは違うが、まあその辺は言っても始まらないので止めておく。
各学部各学科別のセミナーを受け、一般教養や選択した学科に沿った選択科目の時間割の作成など、など……また、空いた時間を利用しての様々な活動。バイトを始めたりするヤツもいれば、サークル活動に入会するヤツなど様々だ。中には自分でサークルを立ち上げるヤツもいる。大学生は時間に余裕があると言われるが、ホントその通りだね。
車の免許も取った。親父が以前「車がないと生活できない」と言っていたことが、去年一年間の経験で身に染みて分かったからだ。エンジン付きの乗り物に憧れていたというのもある……車の免許と一緒に自動二輪の免許も取ったのは、金を出してくれた親には内緒だ。
それでもいきなり車なんか買えないわけで、俺は今、親父の会社の人から譲り受けた中古のスクーターで通学している。とはいうものの、流石に雪が降ったらスクーターでは何ともならんし、今でも雨が降ったら大変なことになる。パンツの中まで水浸し、とかな。
 
 
中古の軽自動車でも買うか。バイトでも探さないと、などと考えながらコンビニで中古車雑誌を立ち読みしていた4月中旬。俺は大教室で全学部共通の一般教養の授業が始まるのを待っていた。
 
「隣、いい?」
え……ああ、良いですよなどと当たり障りのない返事をしながら、結構座席は空いているのになんでわざわざ他人の隣に席を取るのかね?という疑問を抱いて、俺は何気なく声のした方を向いた。
 
物凄く見慣れたものが目にはいる。黄色い、リボン付きのカチューシャ。ちょっと短めのポニーテール。
「えっ……」
ハルヒだった。
 
ガタ、と思わず立ち上がりかけたが、ハルヒはいつものように人差し指を突きつけ、静かな声で注意した。
「静かに」
まるで酸素の足りない水の中にいる金魚のように俺が口をぱくぱくさせていると、ハルヒは何事もなかったように俺の隣に着席した。俺は、まじまじとハルヒを見つめながら、頭の中の混乱を何とか押さえ込もうと努力していた。
え~~と、待て待て。ここはどこだ?俺が通っている地元大学の大教室だ。OK。
今は何時だ?各学部各学科合同の一般教養の授業だ。今日が初日で、必修科目だ。これもOK。
では、何故ハルヒがここにいる?WHY?
わからん。どう考えても分からん。誰か俺にどうしてこんな状況になったのかを教えてくれ!
 
「こちらの席、空いてますか?」
のぅあ?!図らずも、情けない声が出た……どこのギャグマンガの主人公だ、俺は?
ハルヒの座っている反対側から掛けられたその声に、恐る恐る振り向く。こここ、古泉??
「ええ。お久しぶりです」
「ななななな、なんでお前らがここにいる?」
あまりにも驚愕したせいか、まともに声が出ない。
「そうですね……どこから説明しましょうか?」
「どうしてハルヒがここにいるのか、イヤ待て。なんでお前までここにいるのかを、かみ砕いて分かり易く短時間で説明しろ!」
「それはそれは、難しいことを貴方はさらりと仰る。わかりました。ではこの授業が終わったらお教えしましょう。1年生は、今日はこのコマで終わりのはずですから。……そうですね、彼女も含めて学食ででもというのは如何ですか?」
古泉が目を向けた先……俺の目の前には、アッシュブロンドの小柄な女性の後ろ姿があった。
長門も居るのかよ。いや、それ以前にそこにはさっきまで別の人間が座っていたような気がするのだが。
 
「……問題ない」
ギギ、と音がしそうなほどの速度でこちらを振り向いた長門は、そう一言呟くと、また同じようにして前に向き直った。あの、長門さん?せめて挨拶くらいはして欲しいのですが。
 
そんな長門と古泉を交互に見交わしていた俺の後ろ襟が強烈な力で引き倒された。ベンチの背もたれが俺の後頭部を直撃する……くそ、油断してた。目から火が散ったぜ。
「何しやがる!」
懐かしい感覚を伴った痛みを覚える後頭部を押さえながら、俺を引き倒したヤツに抗議した
「授業始まるわよ。何やってんの!?」
俺の後頭部にたんこぶを作った犯人は俺とは目を合わさず、かわいいアヒル口のまま答えた。
高校の授業とは違い、あちこちざわざわと声がする授業。時折、カラカラと後ろのドアが開く音もする。
出席を取ってさえしまえば、あとは授業を真面目に受けるも受けないも自分次第というわけだ。流石大学だね。まあ、後で地獄を見るのも自分次第なわけだが。
俺の両隣のハルヒと古泉はと見れば、真面目にノートを取っている。北高時代のハルヒの睡眠学習姿を見慣れていた俺にとっては、何だか新鮮な感覚だ。
講師の授業が雑談モードに入ったところで、俺はハルヒに話しかけた。
 
「なあ、ハルヒ」
「……何よ?」
アヒル口のままこちらを見るハルヒ……お前いつまでその口なんだよ。引きつるぞ。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「別にいいじゃない」
「いやでも、なんでわざわざこんな所に」
「……」
「あ、いや。言いたくなければ良いんだが」
「それよりもアンタ、久しぶりだってのに何よその顔は。もっと嬉しそうにしなさいよ」
「嬉しいことは確かだが、今は何でお前がここにいるのかの方が重要だ」
はあ、とため息をついてハルヒは視線を前に戻した。
「待つのはあたしのキャラじゃないってことに気付いただけ」
「何のこった。キャラって何のことだよ」
「去年一年、アンタが居ない生活をして判った。あたしは、アンタが居ないとダメ」
「……は?」
「だから、あたしはここにいる」
「……」
「何?迷惑だった?」
「いや、そんなことはないが……」
「決めたの。あたしの進む道はあたし自身が決めるのは当然だけど、ついでにアンタの道もあたしが決めてあげるわ。アンタはあたしに付いて来なさい。絶対に幸せにしてあげるから」
「ちょ……おまえ、それは」
「シッ!雑談終わったわよ」
強制的に会話を終了させられた俺は、そのまま授業終了のチャイムが鳴るまでハルヒに話しかけることは
出来なかった。
 
予想だにしなかった状況に授業の内容などまるで頭に入らなかった俺は、授業終了後にハルヒ以下の連中と学食に向かった。ハルヒと長門に両手を引かれ、古泉が俺の背後にぴったりついて来る光景を、入学早々俺は見知らぬ学生達にも披露してしまっていた。入学早々、あんまり派手なことはして欲しくないのだが。
 
「何このラーメン!具が少ない上に妙にしょっぱいだけじゃない!」
「……このカレーはレトルト、もしくは業務用のもの。これでこの値段というのは納得できない」
「カツ丼のトンカツは薄いし、タマネギも少ないわ!安いだけが取り柄ね!」
「……ハンバーグカレーのハンバーグも業務用。付け合わせのサラダが萎びている。もう少し考えるべき」
「ソバはもっとゆで具合に気を遣わなきゃね。コシが全然無いわ!これじゃ延びてるのと同じよ!」
「……カレーうどんのカレーもカレーライスと同じものを使用している。これではつゆとの相性は最悪」
……おい、食堂の人が引きつってるぞ。あんまり大声で感想をわめき散らすんじゃありません。それに女の子二人でメニューを片端から制覇していくのは流石にどうかと思うんだが。他の学生が別の意味で引いてるし。
 
「どうぞ」
コーヒーが入った紙コップを二人分持ってきた古泉は、俺の向かいに腰を下ろした。流石にハルヒと長門の大食い合戦を間近で見物したくなかった俺達は、学食からパーティションで区切られたカフェテリアにいた。
 
「……で?どういう事なんだこれは?」
「簡潔に言えば、涼宮さんが望んだからですよ」
「答えになってないぞ」
「そうですか?これほど簡潔な答えはないと思いますが」
「殴るぞ、お前」
「冗談です。では、まず……」
 
 
結局、古泉の話を要約するとこういう事だ。
ハルヒは受験の前に古泉と長門に相談した。俺が合格したなら良いが、失敗した場合どうするか。結局……
 
もし、俺が浪人するなら、ハルヒは大学を休学して俺の元で1年間家庭教師をする。
もし、どこか他の大学の2次募集に応募するのなら、ハルヒもそこを受ける。
もし、何らかの事情で俺がどこかに就職するなら、ハルヒもそこに就職する。
もし、上の3つ以外の選択肢が出た場合は、3人で改めて相談する。
 
……そして俺は落ちてしまったわけだ。厳密には違うが、今それを言っても始まらないからな。
あの日、病院で俺が大学を落ちてしまったことを知ったハルヒは、計画通りそれを実行したと言うわけだ。
 
「だが、待てよ。幾つか疑問がある。この大学の2次募集締切時には、まだハルヒは昏睡状態だったはずだ。どうやって応募した?百歩譲っても試験日にはまだ入院してたはずだ。どうやって試験を受けたんだ?」
「ああ、そんなことですか。2次試験応募の件は、長門さんに頼んで情報操作してもらいました」
……なんて事しやがる。
「受験生が一人増えただけです。別に合否判定を弄ったわけではありませんよ」
そりゃそうかもしれないが、何だかなー。
古泉がコーヒーの入った紙コップを持つのに釣られるように、俺も温くなった紙コップに口をつける。砂糖の入っていないブラックコーヒー。受験勉強の時の、俺の眠気覚ましの定番だ。
 
 
「試験については、病室で受けていただきました。本来は、予測不能な天変地異などで試験を受けることが出来なかった場合、別枠で試験を受けることが出来る、という特例です。それの延長上で、何らかの事情で当日現地で受けることが出来ない場合は別に指定された場所で試験を受けることが出来るんです」
なるほどね。で、それにはもちろん『機関』が介在したわけだな?
「ご明察です。そうでなければ涼宮さんはここには居ないわけですしね。もちろん、僕や長門さんもですが」
お前らも受けたのかよ。道理で募集倍率が上がったわけだぜ。
「いえ、我々は受けてませんよ。僕と長門さんは向こうの大学からの推薦特待生という扱いになってます。もっとも、工学部ではなく医学部ですが」
何じゃそりゃ?聞いたこともないが、そんな制度は。
「ええ、今年から発足した制度……厳密に言えば、先月末に急に決まった制度ですから、ご存じないのも無理有りません。ああ、多分今年限りで消えてしまう制度と聞いておりますが」
……そこまでするか。古泉を始めとする『機関』のハルヒへの忠誠ぶりには、感嘆の念を禁じ得ないね。まったく。
温くなったコーヒーを一気に飲み干し、俺は紙コップをテーブルに置いた。
 
ところで、ハルヒのご両親はそれで納得したのか?その……この大学で。
「ええ、実はそれが一番の難関でした。結局、卒業後に『機関』関連の優良企業に、優先的に就職させると言うことで御納得頂きました。ああ、もちろん『機関』の話はしてませんが」
……それまで『機関』頼みかよ。
「何でしたら、あなたの就職先もお世話しましょうか?」
結構だ。俺は俺の行きたいところに行くさ。まあ、いける所が有ればだがな。
「でも、多分心配は要りませんよ。涼宮さんは、あなたが将来どんな仕事を選ぼうとも、おそらくはずっとあなたの側にいると思います」
……なんでそんなことが断言できる?
古泉は持っていた紙コップを置き、例の3割り増しスマイルでこちらに顔を向けた。
 
「それが、涼宮さんの望んだことだからですよ」
「ちょっとキョン!財布出しなさい!」
いきなりの暴言が俺の後ろから聞こえた。それが誰かなんてのは、振り向かなくてもわかる。
しかも何だ、俺の財布を出せだと?お前はカツアゲをする不良学生か?
「メニュー全制覇するのにお金が足りないのよ!しょうがないからアンタに出して貰うことにしたわ!」
何言ってるんだお前は?あれだけ食って、まだ足りないのかよ?
「良いからさっさと出しなさい!」
 
ハルヒはそう言うと俺の尻ポケットに入っていた財布を、まるその技を職人芸とまで練り上げたスリのように
掠め取った。おい、待て!こりゃどう見ても犯罪だぞ?!
「へっへ~~ん、大学生のキョンの財布には幾ら入って……」
俺の財布の中をまさぐっていたハルヒは、そこまで言って固まった。ちらちらと俺の方を見ながら俺の財布の中から何かを取り出す。
「……ちょ、ちょ、ちょっとキョン!なんでアンタこんなもの中に入れてるのよ!」
引っ越しの時に貰った、ハルヒからの手紙だった。
 
あー、あのな。あんまり深い意味は無いんだ。何となく、お守りになるかと思ってな。
みるみる真っ赤になるハルヒ。短めのポニーテールと相まって、絶品だねこりゃ。
「ばばば、バカなことしてるんじゃないわよ!それに結局アンタ落ちちゃったじゃない!お守りも何もあったもんじゃないわ!」
ああ、今となってはな。でも、去年一年はそれが心の支えになっていたことも否めん。だからそれは、今でも俺のお守りなんだ。
「……今はアタシが居るから……」
は?何だって?
「うっさい!何でもない!有希行くわよ!このマズイ学食のメニューを全制覇して、学内ニュースで糾弾してやるんだから!」
顔が真っ赤なままのハルヒは手紙と俺の財布を持ったまま、長門を引き連れて再び学食の自動券売機の前に戻っていった。
ああ。こりゃあ俺たちの名前と顔が一般生徒と教授連に知れ渡るのも、時間の問題だな。
 
やれやれ。
 
 

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