①入学式
 
僕は国木田。フルネームはまだ禁則事項らしい。
 
幼い頃から「国木田くんはできる子ねぇ」という同級生の保護者からの賛辞や、「やーん、この子、カワイイ~!」という年上の女性からのラブコールを受けて、何を考えているのか分からない笑顔とどす黒い本音を持った高校生に育った。
というのは冗談で、とりあえず無難な、一般的な高校生に育っていると自分では思っているから安心して続きを読んでほしい。
 
今日は北高の入学式。
僕の学力では県外の進学校にも行けた。北高の理数コースだって余裕だったけどね、なんだかんだで普通科に進学している。おっと、別にレベルの低い集団に混じって優越感に浸ろうとか、そんなことはいくら僕でも考えちゃいないさ。もちろん、普通科のレベルだったら特に熱心に学業に専念しなくても問題ない、と認識してるけどね。
これは慢心でも自意識過剰でもなんでもない。冷静な現状の分析だよ。
 
「うぃーっす、国木田。また同じクラスのようだな。俺としては、大変、助かる。」
「なんだい、キョン。僕がキョンを助けた記憶なんてそうそうありはしないんだけど、まさか君は僕の事を宿題模範解答作成マシーンだとか思ってたりしないだろうね」
「まあそれもあるけどな。知った顔がいるってのはとりあえず安心材料だ」
紹介が遅れたようだ。今僕と話していたのはキョン。彼に到っては苗字すら禁則事項らしい。もちろん僕は本名を知っているわけだけど、ここで書こうとしてもプロテクトがかかるだろうからやめておこう。とりわけ公序良俗に反する名前だから、とか常用漢字で表記できない、とかそういう理由のプロテクトではない。良識ある読者諸兄の方々にはそこのところ、安心してこの問題をスルーして頂くとしよう。
 
ところでこのキョンという友人は、特にその女性趣味の異常さ、というのか突飛さで知られている。別にこの平凡な友人がロリコンであるとかハードなSM趣味があるとか、そういう異常さではない。
中学時代の彼女だった佐々木さんは容姿端麗、才色兼備、特に非の打ち所がない女性に見えたが、重大な欠陥を抱えていた。
 
僕っ娘だったのだ。
 
現実世界で一人称に「僕」を使う女性は極めて稀だ。しかも佐々木女史のケースでは男子と会話する時だけ僕っ娘になるのだから、相当奇妙なケースだろう。
仮想してほしい。「僕っ娘」彼女との蜜月を。
 
「俺、もう、我慢、できないよ…」
「うん…僕もだ。…じゃあ、いこうか」
「うわっ、おまえのこれどろどろに溶けてるぞ」
「やめてくれ、僕だってそんなつもりじゃ…」
 
念のため言っておくが、これは棒アイスを買って炎天下の中を暫く歩いた後、それを食べようとするキョンと佐々木さんの様子を想像したものだ。邪な想像をした読者諸氏に猛省を促したいところだが、今回ばかりはサンプルが悪すぎる。これはもう腐った女子の方々が狂喜しそうな世界しか連想できない。よくもまあキョンもお付き合いを続けられたものである。あるいはキョンはそっちでもいけるのかもしれない。とんだ両刀使いだ。
 
何が言いたいかというと、僕は中3以来、キョンに背後を許したことがないということだ。
 
 
②谷口と涼宮さん
 
僕は国木田。フルネームはまだ禁則事項らしい。
 
気が付けばもう五月だ。相変わらずキョンとよくつるんでいる。おっと、別に学業成績の低いキョンとつるむことで優越感に浸っているわけでもないし、異常異性嗜好の持主のキョンと一緒にいれば恋愛感情に流された際に棲み分けが可能、と考えているわけでもない。僕はそこまで打算的じゃないから誤解しないでほしい。
 
ところで、今キョンの横にいる男子は谷口だ。彼もフルネームで呼べない事情があるのでどうか了承いただきたい。この谷口という男は、ちょっとこういっては失礼だが、無類の女好きで成績はキョンに輪をかけた低空飛行、空気を読む能力は常識を弁えた一般的な高校生のそれを遥かに下回り、声の大きさだけがとりえ、という可哀相な男だ。
待ってくれ、いい意味でいっているんだ。
 
最近キョンは自分の後ろの席の涼宮さんという女の子に夢中だ。やはりキョンは異常嗜好の持主だなぁと深く実感した次第である。涼宮ハルヒという女の子は、最初の自己紹介でいきなり教室中の全員の度肝を抜く発言をした爆弾少女だ。といいたいところだが、後で谷口に聞いた話では、東中出身のクラスメートにとっては別段驚く事でもなかった、という。
そういうわけで三行前の僕の表現を「クラスの半分以上の」に訂正しておこう。
僕の見たところ、外見は非常に魅力的な女性と称していいだろう。目鼻立ちも整っており、スタイルも悪くない。ありていに言えば、涼宮さんは可愛い。髪型は奇抜だが、それは決して外観を損ねるものでなく、いかなる景観保護条例にも抵触しない。
しかし結局のところ、異性を評価するにあたり外見などはあくまでセンター試験、一次試験に過ぎないのだ。もちろんセンターでの足切りもあるが、ある程度の点を取ればむしろ内面という二次試験の配点比率の方が重要だ。
では外見以外のスペック(国木田調べ)を検証していくと、運動神経は極めていいらしい。
学業成績もいい。なんというスーパーマンであろうか。しかし変人で人付き合いは悪いようだ。
教室で彼女に話しかける人間といったらキョンか朝倉さんか、まあそんなところかな。
それも大概はぶっきらぼうな受け答えであしらっている。
僕の私見を述べさせて貰えば、奇人変人の類を伴侶に持つと絶対に苦労するはずだ。
安定と秩序を好む僕からすれば、ちょっと涼宮さんは願い下げである。もっとも、谷口はどうやら中学時代に涼宮さんに告白してOKされ、5分でフられた過去をお持ちらしい。
谷口も十分異常嗜好だな。5分間OKした涼宮さんも十分異常嗜好か。
ちなみにキョンのかつての伴侶たる佐々木女史も「安定と秩序」を掲げていたが、それならまずその一人称を直したらいいんじゃないかな。明らかに周りから異常と思われる振る舞いをしておいて安定と秩序とは滑稽だな、フフ…
 
そういえばさっき朝倉涼子の名前を出したが、彼女は運動神経と学業成績と容姿の全てに於いて涼宮さんに肉薄し(その実、ひとつも勝てていないのはなんとも皮肉であるが)、のみならず気さくで人当たりが良く、いつの間にかクラスのリーダー的存在になっているという凄い女性だ。涼宮さんに比べたらどう考えても朝倉さんの方が安定した伴侶たりえる。
 
しかし朝倉さんでも駄目なのだ。彼女は完璧すぎる。全てにおいて普遍的に万能であるという点で既に彼女は普遍的ではない。何か裏がある。異常嗜好のキョンや全身精巣の谷口には理解し得ないだろうが、僕の目は欺けない、ということだ。
 
まあ結論を言えば、僕は阪中さんくらいの子がちょうどいいと思う。
 
③SOS団
 
僕は国木田。フルネームはまだ禁則事項らしい。
 
後ろの席の変人美少女、こと涼宮ハルヒさんに猛烈なアプローチをかけていたキョンは、どういう手を使ったのかは知らないが急激に涼宮さんとの距離を近しいものにしていた。
もっとも、僕にもそんな予感がしなかったわけでもなく、女心の機微も空気も読めない谷口との賭けは見事に僕の勝ちとなった。
『キョンが五月以内に涼宮ハルヒとまともな会話を5分間継続させられるか』という賭けを持ちかけたのは実は僕のほうだった。途端に谷口は憐れむような目で僕を見たあと遠目でキョンを見て、「五月どころか一年でも無理じゃねーのか」と嘲笑していた。
谷口は賭け金を1000円に設定し、僕の肩を叩いてもう一度憐れみの表情を浮かべた。
いうまでもなく今は僕が谷口の懐を嘲笑し憐れんでいる。とはいえ、かつて自分が5分でフられた女を友人に取られ、財布も軽くなるというのでは谷口があまりにも惨めだ。
あまり古傷を抉るのはよそう。同情して100円玉を返してあげたら泣いて感謝していた。
 
涼宮さんはどうしてなかなか、積極的な女の子だ。いきなりキョンの髪の毛を引っ掴んで後頭部を机の天板に叩きつけるという荒業を授業中に行なうことができる少女はそうはいまい。
かと思えばチャイムと同時にキョンを階段のてっぺんまで引き摺り、自分より身長が高い相手の胸倉を掴んで協力を強制する。うーん、キョンの趣味はどうにも理解できない。
 
そんな涼宮さんは、キョンと共に新しい部活を作ることにしたようだ。傍から見れば、キョンと一緒にいる時間を作るための口実としか思えないのだが、キョンは超弩級の鈍感だし、涼宮さんは意地っ張りだし、これでは両者の関係がステップアップするきっかけがなかなかないだろう。
僕が普遍的な女性を支持する理由の一端もそこにある。意地っ張りは見方によってツンデレにも性悪にもなり兼ねない。もっとも、原因を女性にのみ求めるのは酷だろう。鈍感もキョンのレベルまで達すると女性に不要な苛立ちを抱かせるし、谷口のような男子は場の空気をぶち壊すことしかできない。おや、僕の周りにはまともな人間はいないのだろうか。
待ってくれ、いい意味でいっているんだよ。
 
「国木田くーん、ここの問題なんだけど、わかる?」
「ああ、これね。これはこの数値をここに代入して、それでほら、この公式を使えばいいよ」
「すごーい、国木田くんって頭いいんだね」
「そんなことないって。力になれて嬉しいよ」
フフ、これだよ、これ。照れ隠しに髪の毛を引っ掴んだり、笑顔でアーミーナイフを突き立てたり
といった異常性・非日常性とは無縁のこの一連の普遍的コミュニケーションの流れ!
やはり阪中さんのような女子はよく分かっている。
そもそも、谷口は男女の関係をいきなりナンパや告白から始めようとするのだが、それがまず間違いだ。谷口から異性を惹きつけるフェロモンが半端なく出ているとか、あるいは超絶美形で凝視した女が全員失禁するとかそういうわけでもないのに、距離をいきなり縮めようとするから失敗する。ひとつひとつのプログラムが甘い。だから拒絶を許す。
あれ、僕はいったい何をいっているんだろうか。谷口を敵性と判定する前に思考を中断しよう。
 
そうそう、朝倉涼子が転校した。突然すぎる転校、行き先はカナダ、これはどう考えても異常だ。
僕の見立てでは、朝倉涼子は特殊工作員だったのではないか、と思う。だから、もうこの世に朝倉涼子なる人物がいないとしてもおかしくはない。国家ぐるみの隠蔽だ。
巻き込まれなくてよかったと本気で思う。彼女の異常すぎる普遍性をいち早く察知した自分の慧眼にただただ感謝するばかりだ。
 
④野球1
 
僕の名は国木田。フルネームはまだ禁則事項らしい。
 
最近休日にキョンと会うことはなかった。まあそれはキョンが毎週土曜日に涼宮さん達と『不思議探索パトロール』とかいう(名前はうろ覚えだ)イベントを行なっているからだ。
傍から見れば集団デートでしかないのだが、当人達に自覚がないのが一番の恐怖だ。
ある種の集団催眠にでもかかっているのだろうか。しかしそんな集団催眠は聞いたことがない。要は鈍感と意地っ張りの化学反応に過ぎない。
 
それはともかくとして、そんなキョンから久しぶりに休日の予定を聞かれた。なんでも、キョンの、もとい涼宮さんとキョンの部活が野球大会に出るので、面子合わせに僕に声がかかった、ということらしい。友人の頼みを無碍に断ることはできない。
まあ参加するとしよう。部活などに入っていない僕にとって、休日は文字通り休みの日だ。
暇なら街にも出かけるし、疲れていたら眠る。これこそ自由人である。
 
というわけで当日、キョンに言われた場所に集まってみると、なかなかバラエティに富んだメンバーが集まっていた。キョンの部活仲間である涼宮さん、長門さん、朝比奈さん、古泉くん、このあたりは僕の予想の範疇である。そして朝比奈さんの友人である鶴屋さん。
この先輩もまあいいだろう。なぜキョンの妹がいるのだろう。僕は考え付く限りの理由を検証した。なるほど、キョンは勝ちたくないのだ。おそらくこの大会は涼宮さんに無理矢理参加させられた、というところだろう。妹を連れてくる時点で勝負を諦めているのだ。
そうなると、この大会、なんとしても一回戦敗退が義務付けられるな。
一回戦は三年連続ディフェンディングチャンピオンの上ヶ原パイレーツだ、と聞いた。
涼宮さんにとっては悪いニュースだが、キョンにとっては願ってもない幸運だろう。
ポジションと打順をくじ引きで決めているあたり、涼宮さんも本気で勝てるとは思っていないのかもしれない。ちなみに僕は7番ファーストだ。これは敗北の鍵を握るのは僕だと思って間違いあるまい。友人のために一肌脱ぐとしよう。
 
 
キョンの願いとは裏腹に、涼宮さんはなかなかの好投手だった。先頭打者と2番打者を悠々と三振させる。パイレーツにはもう少し頑張っていただかないと友人の悩みの種が増えるばかりだ。もっとも、素人目から見ても涼宮さんの投球はちょっとした脅威であり、パイレーツの責任を追及するのは理不尽かもしれない。
そう思っていたら、三番打者は白球をスタンドへ運んでしまった。前年度優勝者はやはり伊達ではない。とはいえ、一回表の攻撃で二塁打を打った涼宮さんのことだから、あるいは以後の打席で連続ホームランを打たないという保障はない。
念には念を入れておこう。
 
そんなわけで、一回裏、パイレーツの攻撃、五番打者の貧打をわざとエラーしたのはあくまでもキョンのためだということを明記しておきたい。どうやら小説の方では単純に僕のエラーということしか記述されていないようなのではっきりさせておくが、あれは故意のエラーだ。おっと、軽蔑は止してくれ。なんせ小学生の妹を連れてきてまで敗北しようという友人がいるのだ。これは何らかの事情があるのだろうと、彼の意図を汲んでやるのに吝かではないだろう。
読者諸兄は誤解しているかもしれないが、僕は運動神経も谷口よりはいいのだ。
あのエラーはわざとなのだ。
 
谷川流にとって僕がさほど重要な登場人物でないことくらい認識しているが、僕の沽券に関わるような描写は避けてほしいものだ。そもそも、谷口と比較しても僕の扱いは酷くないか?
 
⑤野球2
 
僕の名は国木田。フルネームはまだ禁則事項らしい。
 
かいつまんで前回の日記の内容を紹介すると、他ならぬ友人の頼みで休日の野球大会に引っ張り出された僕だったが、友人の連れてきたメンバーを見て、友人の早期敗退の意図を瞬間的に察知。友人とは全く正反対の想いを抱く涼宮さんの大活躍を見て危機感を募らせた僕は友人のために敢えてエラーを犯すのだった、とまあこんなところだろうか。
 
そんな僕の努力もむなしく、自分でもインチキとしか思えない我がチームの11打席連続本塁打によって、僅か一回にして両チームの状況は逆転してしまった。口には出さなかったが、あれはどう考えてもバットがおかしい。みんな気づいてないのか。谷口は間違いなく気づいていない。
自分の実力でホームランを打ったと思っているのだろう。お気楽な奴だ。いっそメジャーにでも挑戦してくれ。その異変も12打席目以降は起こらなかったけれど。
 
あの怒涛の攻撃は長門さんから始まりキョンで終わった。要するに二人だけが本塁打を二度、打っているわけである。しかしキョンは負けたいはずではなかったのか。これではエラーをした僕が道化ではないか。あるいは長門さんになんらかの原因があるとも考えられる。即ち、実はソフトボール部の特待生として入学した長門さんが危機的状況に業を煮やし、その秘めたる力を発揮し、またそのスピリチュラルなエネルギーがバットに宿り全員に本塁打を打たせたものの、点を重ねるに連れそのエネルギーの顕現も衰え、キョンの打順が終わった時点で完全に消失したとするものだ。
 
とはいえ長門さんは文芸部員のはずであるし、僕はそういったスピリチュラルな出来事は信用していない。真相は闇の中か…
そして時間の関係で迎えた最終回、ピッチャーは涼宮さんに代わってキョン。どうやら本腰を入れて負ける心積もりのようだな。影ながら一塁から応援しよう。
という僕の心境とは裏腹に、キョンは有り得ない魔球を8球連続で投げ、あっという間に二つの三振と二つのストライクを奪って見せた。もう何がなんだか。試合中にどうしても勝たなければならない事情が湧いて出た、ということなのだろうか。まあ悩んでも仕方が無い。どうせもう僕が何もしなくてもあの魔球で勝つだろう。捕手を務めているのが長門さんであるから、当然僕の疑念は彼女に向けられるべきであるが、もうこの際どうでもいい。キョンの魔球が物理法則を無視したところで知ったことではないよね。
 
ファーストで一人モチベーションを下げていたら、キャッチャーの長門さんがボールをファンブル、振り逃げでバッターが走り出した。振り逃げのルールをいまいち把握していないらしかった長門さんはしばらくぼーっとして、キョンに指示されて急いでセカンドに送球。
おいおい、長門さんがピッチャーやったほうがよかったんじゃないか。
それにしても、結局セカンドでアウトになったので、またしても僕の出番は無しだ。この試合、脇役の鶴屋さんは神がかったフィールディングを見せ、谷口ですらショート強襲の当たりを捌くシーンが映像化されているというのにこの僕の扱いはなんなんだ。妹?小学生を引き合いに出すのはちょっと、ね。
 
これは谷川流のせいなのか山本寛のせいなのか、はたまた松元恵がいけないのか。
真相はやはり闇の中だ。
 
⑥映画撮影
 
僕の名は国木田。フルネームはまだ禁則事項らしい。
 
キョンの未来の花嫁にして、彼を傍若無人という鎖で縛りつけ引っ張り回すツンデレ美少女涼宮ハルヒさんは、文化祭を前にまたもや意味のわからない企画を発案したらしい。
もっとも、意味のわからない企画そのものは文化祭前に限らず四六時中発案されていることであり、要するに僕と谷口という部外者がそれに巻き込まれるというケースがあの野球大会以降は文化祭前までなかった、ということなのだ。
キョンの口から語られる様々な真実を聞く限り、その企画参加を強制される確率の低さを喜ぶべきなのか、どうか。一回でも参加している時点で不幸なのかもしれないが。
 
今度は僕らに映画出演のオファーである。映画、ねぇ。はっきり言って、素人が思い付きで製作を始めた映像作品が映画と呼べる程度の代物になる見込みはほとんどないだろう。
なんでもこなす涼宮さんのことだからあるいは、なんて思っている諸氏には謹んで再考を促しておこう。なんでもこなす、というのは彼女に関する限りは勢いでなんでもこなす、ということであり、そのベクトルが映像製作に向かったところで、ソードマスターヤマトも真っ青の無理矢理な結末を迎えるだろうことは想像に難くない。
 
そんなことは僕にはまあ関係ないことで、とりあえず面白そうならばそれでいいのだ。
SOS団には朝比奈さんという美しい先輩が居られる。しかもどういうわけか毎回コスプレでご登場だ。僕が好きなタイプの女性は阪中さんである、と神に誓えるが、こと鑑賞に限り朝比奈さんや長門さんのような女性は魅力的だ。念を押しておくが、実際に恋愛対象となり得るかは全くの別問題だ。ドジっ娘はデメリットの方が多く、無口っ娘は一緒にいて気疲れする。やはり僕は阪中さんにこの想いを捧げるしかあるまい。
 
本題に入るのが遅れてしまったようだが、どうせ本題について書くことはそう多くない。
僕と谷口の役は、長門さん扮する悪の宇宙人に操られて朝比奈さん扮する未来メイドを池に突き落とす役だ。この部分だけ聞いても何の話かまったくわからないだろうが、一通り台本を見たところで決して話を理解することはできないのだから安心して欲しい。
むしろ、妙な状況設定を与えられずに『朝比奈さんを池に落とす役』とだけ説明された方がどれだけ分かりやすいかしれない。もっとも、僕の都合は涼宮さんの前では風前の灯に過ぎず、結局のところアホでないという一点で差異化されてはいるものの、谷口と対して変わらない扱いなのである。
 
そうそう、肝心の撮影に関してだが、特に撮り直しもなく、一発撮りで終わった。
谷口が朝比奈さんと一緒に池に落ちた時には本当に大爆笑しそうになったが、池から上がった谷口がやたら不機嫌そうにむくれていたので笑いをかみ殺した。
谷口が落ちた事を全く気にも留めずに涼宮さんが次の撮影へ移ってしまったことが不満らしいが、中学校三年間同じクラスにいたら彼女のそういう性格もわかりそうなものなんだけれど。それを承知で朝比奈さんや長門さん目当てで撮影に馳せ参じたのだからこれはもう完全に谷口の自己責任だよね。やれやれだね。
 
谷口の不平は思ったより長く続いて、休み明けに学校でキョンと会った時も嫌味ばかり言っていた。キョンもキョンで、涼宮さんの映画を馬鹿にされると柄にもなく怒ったりして。
なんだかんだでキョンの涼宮さんへの愛情の深さが伺い知れて、微笑ましく思うと同時にじんましんが出たのはもちろん内緒だ。
 
⑦文化祭1
 
僕の名は国木田。もうこの前口上もそろそろ飽きてきた。どうせ僕のフルネームが禁則でなくなる日など永久にこないのだ。谷川流にとっての僕はその程度の存在だ。体のいい主人公の友人、エロゲにおける主人公以外の男キャラクター並の存在意義しかないのだ。
高校一年生がエロゲを比喩に持ち出すのはいかがなものか、と思うが、いざとなったら全責任を谷口と作者に押し付ける覚悟はできている。
 
前回の日記で書いた通り、僕はキョンの部活(団といったほうがいいようだが)の自主制作映像作品に出演を強要され、半分は自分の意思で好演を披露したわけだが、撮影以後は特に何事もなく文化祭当日が来てしまった。うちのクラスはなにやらよくわからない展示をやるようなのだけれど、僕はそこまで深く携わっていないので知る由もない。おっと、別にクラスでハブられているわけじゃないんだよ。
 
クラス発表は展示、部活は無所属、となれば文化祭当日は一般客とさして変わらないほど暇ができる。阪中さんをエスコートしてチョコバナナの一本や二本でも奢ろうかとも考えた。
吝かではない。吝かではないが、今日はキョンの先輩である朝比奈さんとその友人の鶴屋さんのクラスの焼きそば喫茶へ足を運ぶ予定であり、ちょっとそこに阪中さんを連れていくのは勇気が要りそうだ。暫く逡巡して、結局谷口と行動することにした。
ところでチョコバナナに特に深い意味はない。僕は全身精巣の谷口と違ってそこまで男性ホルモンをたぎらせてはいない。
谷口と共にいくつかのクラスの出し物を覗き、廊下を歩いていたらキョンに遭遇した。
徹夜で映画の編集をしていたので、今まで部室で寝ていたのだという。少しは文化祭を楽しめといいたい。とにもかくにも、キョンが来た以上、可及的速やかに朝比奈さんのクラスの焼きそば喫茶に向かいたいところだ。キョンと一緒に行けばあるいは割引ないしサービスが期待できるかもしれない。どちらかといえば後者を期待するが。
 
焼きそば喫茶「どんぐり」の前は異様な雰囲気の男子生徒が行列を作っていた。行列の先頭辺りに朝比奈さんの友人である鶴屋さんがいる。なんと、素晴らしい衣装じゃあないか。
朝比奈さんも美しいが、鶴屋さんも相当な美人だ。うーん、こういう台詞は僕じゃなく谷口の範疇なんだが敢えて言おう、当方は紅く萌えている。当方腐敗、マスターマニアだな。
こんなことを阪中さんの前で言ったら僕は自分で自分を永久冷凍刑に処す所存だ。
「どうだいっ。この衣装、めがっさ似合ってると思わないかなっ?どうにょろ?」
はい、めがっさ似合ってます。それでその変な言葉遣いが直れば女性として非の打ち所がないかと思うのですが、どうにょろ?
 
当初朝比奈さんから貰っていた割引券は30%オフだったが、鶴屋さんの計らいによって一人300円の焼きそばを三人500円で食べられることになった。これはおよそ44.5%の割引だが、三人で500円という半端な値段にしたら揉め事になるというのが鶴屋さんには予想できなかったのだろうか。いっそ600円の方が角が立たなくてよかったのだが。
それにしても台詞のほとんどの最後にエクスクラメーションマークをつけてくるあのテンションには驚愕を禁じえない。いっそ静かにしていれば更に支持層が拡がると思うのだが。
雉も鳴かずば撃たれまい、鶴も語らずば引かれまい。
 
「元気な人だなあ。毎日あのテンションでよく疲れないよね」
つい本音が出てしまった。険がこもってなければいいのだが。
 
⑧文化祭2
 
僕の名は国木田。フルネームはまだ禁則事項らしい。
 
前回はどこまで書いたかな。そうだ、文化祭で朝比奈さんの焼きそば喫茶に並んだあたりか。
結局30分ほど待たされて、ようやく中へ案内されたが、いやはや、教室の中は予想以上の壮観だった。鶴屋さんが着ていたウエイトレスの衣装を全員が身に纏っており、異空間のような心地すらしたものだ。これはもう谷口ならずとも堪りません。谷口と違って全身から男性ホルモンが分泌されているわけではないが、僕とて宦官ではないのだからね。
 
水を持ってきたウエイトレスさんは他ならぬ朝比奈さんだった。文句なく美しい。
「ようこそ、キョン君と、その友達の…」
僕は迷わず自分の名を告げていたが、さらに大声の谷口の自己紹介によりかき消された感が否めない。こいつは後でもう一度池にでも沈めたほうがいいかもしれない。その拍子に池の鯉に谷口の男性ホルモンが摂取されたらちょっとした鯉の修羅場が見られるかもしれないから興味はあるが、本当にやったら環境ホルモンどころの騒ぎじゃないな。よしとこう。
 
焼きそばそのものの味は、まあ普通だった。一般的な女子高生の文化祭の出し物の焼きそばにそこまで期待してどうするというのだ。幸い、この物語にはすぐに女将を呼ぶ芸術家やいきなり薀蓄を垂れ出すぐうたらサラリーマンは出てこないので、これで十分なのだ。
僕たちは喫茶を出て一息ついた。
キョンがこの後どうするかと聞いてきたので、僕はキョンたちの映画を見てみたいな、と告げた。
谷口は乗り気ではない。池に落ちたシーンを見るのが恥ずかしいのかな?常識的に考えれば
あれは確実にNGシーンだからカットされてると思うけど。自意識過剰もいいところだ。
谷口はおもむろにナンパをしようと言い出した。谷口の頭の中の構造を知りたいものだ。
今度流行の脳内チェッカーでもやらせてみようか。
ところで、谷口がナンパの話を持ちかけた時に僕は谷口の後ろを愛すべき阪中さんが歩いていくのを見て、ついそちらに気をとられていた。僕の目の前にいる、運動神経と大脳新皮質の発達分の栄養を全て対異性欲求に回された哀れな友人は、僕のノーリアクションを肯定と取った模様だった。キョンはあからさまに倦怠感を顕にし、やるなら二人でやってくれ、と谷口の相手を僕に押し付けた。おやおや。僕も谷口の相手はごめんだよ。
「ていうか谷口、僕もナンパはよしとくよ。すまないけど一人で成功させて、成功したら後でその子の友達でも僕に紹介してよ。それが友情ってもんじゃないかな?」
そういって僕は阪中さんの歩いていった方へ足を向けた。
おっと、別にストーカーじゃないよ。気になる異性のほうへ自然と歩みを進めてしまうのは雄の本能さ。そればかりは谷口でなくても発動する。
当の谷口は、といえばまた間抜けな顔をして僕とキョンを見送っていた。
 
その後僕がどうしたかって、それは本編では明かされていない。あるいは阪中さんとの甘い文化祭デートを楽しんだかもしれないし、見失ってやむなく視聴覚室の上映会で時間を潰したかもしれない。涼宮さんのライブを聞いて僕なりに少しテンションを上げていたかもしれないし、あるいは谷口に合流してナンパが玉砕するのを横から笑って見ていたかもしれない。とりあえずこの物語で次に僕が登場するのは、文化祭の二日後。僕たちの教室にENOZが来訪した事を涼宮さんに報告する役目だけだ。つまり、その間何があったとしても読者諸兄には分かるはずもなく、また特に興味がない人も多いことだろう。
 
ただひとつ、文化祭当日のことでひどく後悔していることがあるとすれば、僕と谷口は声を揃えて同じ回答を口にするだろう。
やはりナンパなんかよしておけばよかった、と。
 
⑨僕は消失も憤慨もしていない~エピローグみたいなもの~
 
僕の名は国木田。いつになったらフルネームのプロテクトが解除されるんだろう。
 
日記がだいぶご無沙汰になっていた理由は原作者に聞いてくれ。残念ながらこのSS作者には原作に無いエピソードをぶち込んで僕を活躍させようとか、あるいは僕の甘酸っぱい恋物語を追加しようとか、そんな力量も度胸もない。せいぜい僕が阪中さんに秘める想いをところどころにネタよろしく配置する程度しかできない。ネタか。はっ、なんとも因果なものだね。
 
そんなわけで文化祭の後、僕が北高の第一学年を修了するまでの間は、まあ僕にとってはそれなりに平和だったと評せざるを得ない。僕と阪中さんの関係はクラスメートという段階から進歩するわけでもなく、谷口は相変わらずアホでKYで、キョンと涼宮さんは長年連れ添った夫婦のようにテンポのよい掛け合いを繰り返していた。クリスマス頃にキョンが階段から落ちて暫く学校を休んだ時の涼宮さんの慌てぶりを見れば、いくら涼宮さんが罵声だの弁解だのを並べたところで、「ツンデレ乙」としかいえない。実際に口に出したらツンの部分で突き殺され兼ねないので、僕はあの意地っ張りの一角獣にはなるべく干渉しないことにしている。
 
そういえば冬休み明け直後に、SOS団の前身たる文芸部が存続の危機に陥っているとかで、無理矢理文芸誌の原稿を書かされたこともあったっけ。あの時は、涼宮さんに寄稿を強制された谷口を見て嘲笑していたらついでに捕まってしまい、なかなかハードな仕事を押し付けられたものだ。学習お役立ちコラム十二篇って、普通一つの雑誌に一人が寄稿する量では断じてない。週刊誌で一号に一篇ずつ掲載すれば二ヵ月半も持つ。十二週打ち切りなら最短記録を免れるレベルだよ、ホントに。有用性を見ても、谷口のよくわからないエッセイより遥かに優れたものだと断言できる。まあ谷口は噛ませ犬という言葉を具現化したようなキャラクターだから仕方あるまい。天の声には逆らえない。僕も、谷口も。
 
そして僕は今、揺れる白球と躍動する少女達を見てキョンと共に感嘆の声をあげている。
隣では谷口が何やら息を荒げているが、理由は言わずと知れたことだろう。彼の全身のホルモン臓器が一気に動きを活発化させたに違いない。僕は、といえば全く邪念とは無縁に阪中さんを眺めていた。阪中さんのトスを涼宮さんが華麗にアタックする様は見ていて爽快だ。
阪中さんの<禁則事項>をトスできたらもっと爽快だろうか。おっと、こんな妄想は谷口の専売特許だった。一瞬の邪念は僕が生物学的に雄である証、読者諸氏の軽蔑はご勘弁願いたい。

早いものでもう入学して一年が経過する。来年度からは文系理系に分かれ、今まで同じ道を歩んだ友人たちとも袂を分かつ運命が待ち構えているかもしれない。僕は理系に進む。
こればかりはキョンや谷口に合わせて、というわけにもいかないだろう。ぬるま湯に浸かった学園生活にもそろそろ見切りをつけなくてはね。

「えーっ、阪中さん文系に進むのぉ?」
「うん、あたし数学苦手なのね。理系はちょっと…」
「あたしも文系だしさ、また来年も同じクラスかも!」
「ほんとー?それは素直に嬉しいのね」

…そういえば僕は文系科目が苦手だったな。旧帝大への進学を目指す僕にとって文系科目は足枷になりかねない。来年一年は敢えて文系を選択し、苦手科目の克服に充てたほうが賢明かもしれない。いや、そうに違いない。あくまでこれは僕が個人で考え、決めた結論だ。
何者にも影響などされていない。国木田という男はそんな芯のしっかりした男なのだ。
 
 


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